2004/3/11 3/12 3/13 3/14・ritonjp

      第七 下之巻 地蔵堂の巻

 竹の柱に萱の屋根、鯨よる浜虎伏す野辺も、思う男と暮らすなら、何の厭わん何辛かろと、昔々の流行唄に在る物乍ら是は是、其の状態の切なるを、物に喩えて云うのみにて、実に其の事在る時は、少々嫌な男の傍でも朝夕不自由なく暮らすが増しとぞ思うべし。
 されば音勢は吉光に誘われたる夜の道、怖々乍ら走往きて、軒も傾く地蔵堂。
 渾身しどとに濡れしぼたれ、暇洩る風の身に染みて、其れさえ心苦しきに、又もや降り来る雨の足。
 生憎風の吹き起こりて、堂の板間えばらばらと、音も厳しく降り注ぐ。
 其れのみならで今迄は、消え残りたる灯明の幽か乍らも心の頼みと、思いし物を吹き入るる、烈しき風にはしなくも、消えて後は烏玉の、其処とも判ぬ真暗闇。
 唯恐ろしさの弥益して、吉光の傍に擦り寄り俯きて物も云わず。
 吉光もまた今更に、よし無き事をしてけりと、男乍らも何とやら、後視らるる心地して、音勢が背にへ手をうち掛け痴話も口説も出ばこそ、弱り給えど女子を具し、怯るる振りを視するならいよいよ音勢が怖じもせんと、自ら心を励まして、四方に眼を配り給う。
 現に其の昔業平が二条に后の唯人にて、在せし折から盗み出し、芥川のほとりにて、雨降り雷さえ鳴りはためき、やなぐいを自ら負いて戸口に立てりし其の夜半も、思い出られて物凄く、心も消ゆるばかりなるに、猶雨風の小止みなく、一頻りなる荒風、吹き来たりしが椋の樹の、堂の方に差し覆いし、枝をぽっきりと吹き折て、軒端え掛けてどうと落つる。
 其の物音に驚きて、音勢は否やと吉光に、力を究めて抱きつく。
 此方も肝を消し、音勢を直と抱き締め、ほっと一息顔と顔、暫く有りてざわざわと、蔀を伝い地に落ちるは、木の枝なんどは吹き折しと、心ずきて怖気も失せ、始めて匂う伽羅の香は、音勢が髪か白粉の、蘭麝の香りも憎からず。
 えならぬ心地にむくむくと、亀頭を揚ぐる若盛り。
 吉光は其の儘に音勢を膝に引き上げて、物も謂わずに口と口、怖さ乍らも惚れ抜いた、男に抱き締められて、忽ち心もあじになり、舌をいだせばスパスパと、吸われていとど快く、思わず上気の有様に、吉光は手を伸ばし、そろそろ音勢が内股え差入れ給えば内股を、少し広げて猶擦り寄る。
 其の可愛さも耐え難く、先ずそらわれより段々と、心静かに撫で廻し、指の腹にて玉門を探りてみればはやじくじくと、吐淫に湿る左右の淵、いと軟らかき肌触り、絹羽二重も何ならず。
 さればそろそろ一本の、指差入れ玉門の上下左右を緩やかにいじり廻せば堪ずやありけん音勢は頻りに上気して、耳と頬と赤くなし、鼻少しつまらせて、吾知らず腰を動かし男にひたと抱き付き、更に前後を覚えぬ体。
 吉光はや堪らず、火の如く勃起たる一物、宛がいてじょこじょこじょこと、十度ばかり腰を遣えば、其の度毎に少しづつ。
 何時の間にか根元までしっくり這入れば内狭く、抜き差しの度雁首を、擦らるる心地よさに吉光は舌を伸ばし、音勢が口を嘗め乍ら、九浅一深の術を尽し、突き立つる程に其の快さ、何に喩えん物もなく、音勢は唯フゥフゥフゥと、目を瞑り物も謂わずに力を入れていだきつき、身を少し震わするは、精が往くならんと察しれば、此方も堪らずドクドクドクと湯の如くなる腎水を、弾き込みツッ締め付ける。
 今は怖さも打ち忘れ、頓て眼を明きにっこりと笑う笑窪の愛嬌娘。
 吉光ただ可愛さに彷彿として物も覚えず。
 殊に血気の若大将、精はゆきぬれど陰茎は、猶しゃっきりと弱りも遣らねば、其の儘に抜きもせず、左右の手にて抱き竦め、さっくさっくと腰を遣えば、今度は二人の陰水が、玉中に充満たれば、ずるりずるりと大いに滑り、外の方まで溢れ出し、玉茎の根元紅舌の上、空割までもびたびたと、互いにぬるる花の雨。
 暫くありて二人とも一緒に精を遣りしまい、懐紙におし拭い
吉「如何だ快かったか」ト顔覗かれ応えもせず、唯赤らむおぼこの情、いと可愛くぞ思われける。
 兎かくする間に鶏の声、遠近に聞こえツッ、はや白々と明け渡るに、雨も止み風も凪て、東の方のきらきらしきは、程無く朝日の昇るなるべし。
 されば二人は帯等を、〆直して立ち上がり、はや吉光は堂の際ざしえ、たち出給う其の折から、向うえ一挺の駕籠を釣らせ、女子三四人前後に立ち、其の他供とおぼしき者、十四五人もやありつらん。
 此方を差して来にければ、遥かに視掛けて序悪しと、手を持て音勢を推しとどめ、暫時堂内にかくろいて、遣り過さんとし給う程に、彼の人々は急ぎ足、忽ち堂のほとりえ来しを、何者ならんと吉光は、扉を少し押し開き、顔差し出して視給う途端、此方も見上げて吃驚し
「ヲヤマァ此処に入しったョ」ト云いツッ階を駆け上がるは、日頃寵愛の側室幾瀬、跡に続けきて片貝桃代、其の他若党小者も皆一容に肝を消し、其の処え蹲る。
 かくて三人の側室等は、堂内え入り音勢を見て、さてもしおらしきよい娘、其れ故にこそ吉光の、館えも帰られず、遊びて在すものならん、とは思えども他に人もなく、此の辻堂に如何にして、娘と二人在すらんと、夫れさえに不審晴れず。
 片貝は腰を屈め、
「此頃仮初めの御出より二三日経てども御帰還なし。余りの事に御身の上を案じ過ごして申合わせ、手人斗り連れまして、今朝はとうから御迎い心、確か御出先は嵯峨とやら、承わったを宛にして参りましたに、思いも懸けず、如何して此処に」
 と訝しかれば、吉光莞爾と笑み給い
「ヲヽ左様か大儀であった、つい戻ろうと思うたが、少しの訳で遅うなり、皆の者にも苦労をさした。此処に居るは音勢と云う者、其方達も心易う世話して遣ってくりゃれ。乗物迄宜気が付いた。折角の心いれ、ドレ我は駕籠に乗ろう。近う余い」
 仰せした、駕籠さし寄すれば吉光は、其れにひらりと乗り給う。
 音勢は、是なる女子どもの容子を見るに側室なるべし。若しさも在らば此の身をば、慰撫せき者になすらんと思えば、己が心から、何となう後身たくて、乱れし髪を掻き揚げ等しつ、果敢果敢しくは物も云わず。
 幾瀬、片貝、桃代等の、三人は夫れと察するから、中々快からねど、重き君の仰せなるを、争で疎略になすべきと、傍に寄りて挨拶し、いざ我々と連立ちて君の御供をし給えと、促さるるを幸に、音勢は頻りに言葉を低うして、三人が跡にて引添うて、吉光が駕籠に遅れじと喘ぎ喘ぎ行く程に、生垣左右に結い巡らして、小さき冠木門を建て、裡より数多の枝うちかわせし、松の緑の色をまし、柳桜も折知り顔に盛りを魅する其の気色、内ぞ床しき其の有様に、吉光駕籠を駐めさせ、暫し其の様をうち視やりて、
「此処は誰が住居ぞや」と問せ給う。
「日頃より連歌なんどの御相手に、度々御前え召れぬる、兎見謙杖が家なり」と聞こし召して忽ちに心の裡におぼすよう。
 謙杖が娘小曾女と云えるは、生れ付き手弱かにて、心の雅び比類なしと、人の噂に聞いたる事あり。
 僥倖なれば立ち寄りて、其れを見ばやと乗物の、戸を引き開けて三人を召し
「此処は兎見が宅とやら、俺は駕籠でよいけれど昨夜の雨で道もぬかり、歩行路はみなも大儀であろうに、僥倖謙杖は風雅な雄士、立ち寄って休息し、朝餉でも支度して、緩々館え帰ろう程に、其方達先ず先に往って此事伝えよ」
 と仰せによって片貝始め、三人はやをら門を入り、云々のよしおとなえば、兎見は聞きて
「思いもかけぬ、こは有難き御来臨、さはれ余りにはやくして、未だ掃除も行き届かず、暫し其れに」と謂い捨てて、やがて小者端女等を急がし立てヽ慌ただしく、塵うち払い御座を設けいざいざ是え謂う間もなく、はや入り給う吉光公は、築山遣水などいと可笑しう、造り立てたる庭の面、彼方此方と視やり給いさて書院え通り給えば、片貝、幾瀬、桃代、音勢は君の左右に座を占める。
 奥には謙杖衣服を改め、妻の小弱木、娘の小曾女も、御目見えをさすべきに、髪も掻き揚げ身仕舞もはようせよと急き立てて、静々と御前えいで、板縁の端に蹲まり思いも懸けずも来臨の忝なきよしを申せば、吉光微笑給い
「朝まだきの押し掛け客、さこそ便なく思うらめど、忍びの上のまた忍び、下部の他は女子ども、些かも気をおかず、近こう参って四方山の噺でもして聞かせやれ、去来去来」
 と懇ろにのたまう程に謙杖は、然らば御免と進みより
「いと面白き花の様、君には如何見給うらん。夜半の嵐に残り無く、もて参りしかと思いしに、さのみには散りも失せず、未だ其の眺めの尽きざるは、君の来まさん用意にか、草木は非情なりと申せど、情無くてやかくあるべき」
 と申せば御機嫌麗しく、
「謙杖よくも言したり。さた伝え聞く其方が娘小曾女とかやは雅びにて、敷島の道を好むとやら。知る如く和歌の道は此身にも大好きにて、歌詠む人と聞く時は、何やら床しく思うなり。今日此処え来た甲斐に小曾女にも合い、其の詠草をも見まほしくおもうなり」
 と仰せにはっと謙杖が、
「仰せまでいはず、得御目見えを願はんと存じては居りますれど閨の姿の乱れ髪。其れ取り揚げてと心ならずも、遅くなはるにて侍るやらん。先ず緩々といらせ給え」
 ト、兎角する間に御酒肴、朝餉の用意も整いて、端女が運ぶるを謙杖が、受け取りて、御前え持ちいで、
「俄かの事にて行き届かず、粗末乍らも御酒一献」ト云うを聴きて傍へに侍りし片貝始め三人の傍女、音勢もあとに引きそうて、銚子土器を吉光君の、御傍近くへ進めれば、謙杖に会釈あり土器を取り上げ給う。
 此の折妻の小弱木と小曾女は衣服を改めて、板縁の方よりするすると歩みいずれば謙杖が
「即ち是へ参りしは、妻小弱木と小曾女にはべり、よき折を得て御目見えを致すは、彼等が身の僥倖有難う存じます」
 と述べば吉光、
「ヲヽ左様か、今云う通り遠慮はない。サァサァ近こう」ト在るによって小弱木小曾女諸共に遥か末座に進み寄る。
 かくて吉光は御土器を、先ず謙杖に賜りッ何時の程にかお使いを、館に走らせ給いけん。
 御近習なる岩井蔀が、唐櫃二合かき担はせ、庭口より進み入り、縁の端に手を仕えて、
「仰せにまかせ品々をかきもたらして参り候。如何計らい申そう」
 と言えば吉光うち笑み給い
「其処へ出し並べい」と仰せに蔀は唐櫃の蓋はね開けて取り出すは、黄金作りの太刀一振、巨勢の金岡が絵巻物、白銀五十枚台に載せ是は謙杖への御土産、又、沈壇の寄木にて造り設けし櫛の箱、綾錦の巻絹十巻是をば妻の小弱木へ、また高蒔絵の短冊箱染付の香炉堆朱の香合、また一角を持て彫みたる筆架硯屏を始めとし、世にも稀なる名器ども、且つ御小袖一重ね、是は小曾女に取らする物との仰せに三人は額ずきて其の恩を謝し奉り、蔀も次の間へ通らせて、様々に持成しけり。
 かくて御盃の数重なり、君にも酔いを催し給い、御機嫌斜めならざれば、三人の側室に小弱木小曾女、音勢も今は打解けて、さかずき数編巡らす侭に、其の程々に酔いを発して、声さえ高くなりもてゆけば、折こそよけれど小弱木は、予ねて腰元に謂い付け置きけん、琴胡弓三味線を持ち来たりて後へ置く。
 小弱木は会釈して、
「始めての御入りに慰め参らす品もなく、さこそ不束なれど小曾女事、些か糸竹を習い覚え、音色可笑しゅう致し侍り、御慰みにはならずとも御笑い草も一興と、御気色を窺わず、是へ器を取寄せ侍り、苦しからずば一曲を御聞きにいれ侍らんか」
吉光「其れこそ幸い、其の相方に誰にても得いでよ」
 とのたまうにぞ、
「さらば」と言いて片貝は三味線を掻取りつ、幾瀬は胡弓の役につ居れば、小曾女は琴の柱をかけて、やがて弾きだす三人の音色、何れもまさず劣らぬ曲に、人々心耳を澄ますばかり、暫しは一座静まりたり。

  「地蔵堂之巻」 終

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