2004/2/28 2/28 2/29 2/29 投稿者:ritonjp

   『正写相生源氏』  東都女好庵住

      上巻 第一 北嵯峨の巻

 此処に何れの御時にや、花洛北嵯峨の片辺、表に冠木門を構え、庭に築山鑓水なんど、いと床しくも住みなしたる。
 其の屋の主人は年の頃、四十路ばかりの寡婦にて、唯一人の女児をもてり。
 如何なる筋目の人なりや、絶えて男と云う者なけれど、四季の衣掌朝夕の暮らしにさえ事かかず、はした女二三人と六十路ばかりの老爺一人を召使いて、豊かならねど貧しくは、あらぬさまに世を送る。頃は如月の中旬、野末に春を知らせつる梅の白きは、はや萎れて、紅のみぞ盛りなる庭に飛び交う。
 小雀も世間知らずか母鳥を慕うて羽ふくらしつ、倶に餌拾うしおらしさ。
 女児音勢は縁端に、見て居りしが後振り向き、
音「アレ御母さん御覧なさい。あれは大方昨日か一昨日巣立ちを致したので、御座いましょうね。
 誠に可愛いじゃァ御座いませんか」ト云うに、
 母親浅香は頷き、
「ほんにノゥ鳥でさえあの様に、子を慈しがるは自然の情。
 却って人間はあれ程の、情がないと思うか知らぬが、お前の御祖父さんは派手好きで、常に立派な物好み、辞世れた跡へ残るは、此の家屋敷と借銭ばかり。
 夫れも他なりや宜けれども、荘官殿への質に入れた、田地の元金三百両、是は代々此の家に伝わった家督田地手放しては御先祖へ済まぬと云うてで有りたけれど、何にを云うても大金で請戻す手段も無いうちに、知っての通り年の上、こうなってみれば私の役目、何卒ぞして取戻したら草葉陰で、祖父様がさぞ御喜びなさろうと思っても、男の手でさへ、及ばぬお金を女の身で、届かぬ事と諦めても、朝夕に気に罹り、神仏へも無理な御願い懸けた御蔭か、此の間お前にも話した通り、室町様がお前の噂を何処からか御聞き遊ばし、是非是非挙げろ。其の替わり、御金は望み次第に遣ろうと、順庵さんの、御取次ぎ。
 ヤレ嬉しや其の金で田地は直ぐに手元へ戻る、とは思ってても、お前は未だようよう取って十四の女児。
 十三年の其の間丹精したも可愛さと、又、末始終楽しみにもと、思ったものを御殿へあげ、室町様の御寝間のお伽。
 有難いには違いもないが、花見遊山も好きにはならず、結構な物を食べ美しい着物着て、見掛け斗りは羨ましくても、身は儘ならぬ籠の鳥。
 傾城より少します、宮仕えも朋輩の妬み嫉みで苦労も多く、其れより結句牛は牛馬は馬連れ気は軽くお袋お出でか能天気、今日は初寅鞍馬へ往こう、支度しやれと無造作の暮らしは実の楽しみと、思えばいっそお断りを立て様かとは思いながら、左様して見れば御金が出来ず、二つ良い事サテ無いものよ、と、小唄に謡うも違いなし、マァマァお前の心をも聞いた上でと相談したら
『わたしの安堵家の為、何の少しも厭いましょう、親の為なら傾城に売られる娘も沢山ある、夫から見ればお月様と鼈程な違い様、人が聞いたら果報やけて、死ねば良いと申しましょう。何卒佐様して御爺様の其れ程苦労になされた田地取戻して下さればお前も一生楽になる、三方四方是程冥加に余った事ははない』と器用に挨拶した故に其の通り順庵さんに申した所
『其れならば近々のうち御沙汰があろう』と言われたもモゥ五六日、大方間も有るまい程に、往きたい処でも有るならば、今日にも往ったが良いぞや」ト実に児を思う親心は、又格別と知れたり。
 折から来るは此の地の金持ち、弓削道足と云う者にて、此の年五十許り。
 されど気軽で年よりは、若く見ゆるが日頃の自慢、此の頃流行る点取り発句、朝香も音勢も云い習い、何処の奉灯、彼処の奉額、月並運座衆議判判者披露の初会のと、持ち込まれては否とも云われず。
 彼の道足は此の道に古く染まりて巧者なり。
 女に勝を取せんと、折々に代句もして遣るにぞ。
 音勢は叔父さん叔父さんと、隔てあらねば道足もいと憎からず往き通い、遊ぶには良き女子の世帯、誰に遠慮も内証の事迄裏なく語り合う間柄なれば其処へきて
道「何だ御袋大分真面目で何か云う」
浅「ナァニ此間お前さんにもお話申した事サァ」
道「ムヽムヽ音勢ぼうの事か。彼は至極あの児の了見がいい。コゥコゥ音勢ぼう、室町様は誠に美男で女をば滅法可愛がってらっしゃると云う噂だ。お前は僥倖だ。此様なあどけなへのはまた一倍、可愛がって嘗めたり乾かしたりさっしゃるだろう。折角むっちりとした、頬ぺたを嘗めなくされねへ様に気をつけなョ」
おとせ「アレ否な叔父さんだ、私は其様な事は知らないョ」
道「お前知らなくっても、先で教えて下さらぁ。何ならマァ其の前に、自己が教へてやろうか」
おと「ホヽヽ嫌だノゥ」
 未だ男に近江路や、心、堅田か石山娘、瀬田の夕照ほんのりと、顔赤くして駆けてゆく
浅「どうも未だ彼通りで御座いますから、今度御殿へ挙げても、何様だろうかと案じられますのサ。他の子供を見るのに、モゥ十四にも為れば些とは春心みが、付くもので御座いますが、何故彼様で御座いましょう。其の癖まんざらな、馬鹿でも無いかとおもいますが」
道「其れじゃぁお前が十四位の時は余程洒落て巧者に遣ったと見へるね」
浅「何故ヱ」
道「夫だって十人並マァ、あの位なものサ今ッから、色気たっぷりあってみねへ。大変だ、然しノゥ、朝香さん小袋と小娘にゃァ、油断がならねへと、云う譬えの通り、色気が出めへが、体が小さかろうが、初花せへ咲きゃァ随分間に合うと言う事だぜ」
浅「勿論夫にしちゃァ些早い方かして、コゥト去年の霜月辺りから、体が汚れましたがね。何だか一向なねんねさんで困りますョ」
道「何だか人の噂にゃぁ、室町様は大の腎張で、得手物も大きいと言う噺しだ」
浅「また馬鹿を言いなさる」
道「ナニナニそりゃァ本当だ、然し其様な大物で、無二無三に突かけられちゃァ」ト眉の間に皺を寄せ、案じる面持。此方にも唯案じるは其処ばかり。
 暫し兎角の詞もなく暫く有って声を潜め、
朝「御心易いから申しますが、実は其れを案じますのさ、万一して怪我でもして御覧なさい、宜恥ッ掻きで御座いますから」
道「底もあれば蓋も有りだか、ナニナニまさか其様な事有るめへ。然し朝香さん、女郎屋なんぞ見るのに体が大きけりゃァ十三でも十四でも、モゥ客を取らせるが、左様云うのは其処の宅へ出入の人か、又は他の娼妓へ久しく馴染で来る客人が、何れ四十以上の人に、水揚げをして貰って、夫れからだしやす。左様せへすりゃぁ、何様な強蔵に出会っても、間違ねへが左様でねへと、悪くすると怪我をして困ると云う事だ」
浅「ヲヤヲヤ左様かねへ。何故また四十以上の人に、恃みますねへ」
道「ハテサ若ヱ者はいざ戦場と言ってみねへ。松の根っ子か、山椒の擂粉木の様にして突き立てるから溜らねへ。処が四十以上の者は、例え勃起ても何処か和らかで、ふうわりとするだろう。其の上お前場数巧者で、中々新造を痛める様な事はしねへサ」
浅「フム左様かねへ」
道「マァお前なんざぁ何歳の時、何様な人に割られたか、大概覚えがあろう。考えてみねへな」
浅「ホヽヽヽモゥ久しい事たから其様な事忘れ切ったのサ」
道「ィヤイヤそりゃぁ嘘だ。初めて割って貰った人は死ぬまで決して忘れるものじゃぁねへとョ。そりゃぁ男でせへ左様だノ。夫から沢山に成ちゃァ、一々覚えてもいねへけれど」
浅「お前なんざァ猶の事さね」
道「何故何故こりゃァ一番聴き所だ。遂にさせた事もなくって」
浅「またお前此様な老婆が如何なるものかんへ」
道「イヤ未だ未だ左様まんざら捨てたもんじゃァねへ」
浅「拾いもされまいねホヽヽヽ」
道「マァ雑談は冗談。音勢ぼうの事が心証に気になるか」
浅「其れが実に苦労サ」
道「夫れなら自己が、水揚げをしてやろうじゃァねへか左様すれば大丈夫だ。ヱヽそれじゃァ悪いか」
浅「左様さねへ」ト考える、
道「何も自己が彼様な手も足もねへ、お玉杓子を見る様なものを、是非抱いて寝てへと云うじゃァねへが、左様して出せば大丈夫で、お前が安心にも為ろうかと思うのだ。其処で朝香さんこうし様。是からお前方が立派な身の上に成って、銭も金も要るめへかれど、既に娼妓の水揚げでせへ夫々の祝儀をしてやる訳。深窓に養われて、手入らずをする訳だから自己が小袖一襲祝儀として、金十両弾みやしょう。ハヽヽヽ然し一晩で十両、あんまり安直でもねへノハヽヽヽヽ」
浅「ナニそりゃァ何様でも善いが、彼児が承知すれば宜が」ト早や十両の祝儀と聞いてどうせ他人に預ける娘、取れば取得と云う気になる。
道「其処はお前からよく左様言聞かして、何でも御殿へ出るなやァ、左様して往かねへと悪いからと言ってみねへ。仔細はねへハナ」
浅「夫れなら左様言いますから、晩に来てみてお呉んなさいナ」
道「ムヽ良し良し晩に来やしょう」

第一 終 第二「初寝の巻」へ

相生源氏-北嵯峨の巻 初寝の巻 室町の巻 返り花の巻 過去の巻 変詐の巻 地蔵堂の巻 古今伝授の巻 惚薬之巻 丑の時詣の巻 
開好記 男壮里見八見傳@ A B C D E 開談夜能殿 上   口吸心久茎 閨中大機関 錦木草紙 此の糸 
四季情歓語花暦-天之巻@ A  地之巻-前 人之巻 葉男婦舞喜上-中  愛-絆集 TOP頁