古今和歌集 巻第五 秋 哥 下
 これさだのみこの家の哥合のうた   文屋やすひで
吹くからに 秋の草木のしほるれば むべ山風を あらしといふらむ

  これさだのみこの家の哥合のうた   文屋やすひで
草もきも 色かはれどもわたつうみの 浪の花にぞ 秋なかりける

 秋の哥合しける時よめる   紀よしもち
もみぢせぬ ときはの山は吹くかぜの をとにや秋を ききわたる覧

霧立ちて 鴈ぞなくなる片岡の 朝の原は もみぢしぬらん

神な月 時雨もいまだふらなくに かねてうつろふ 神なびのもり

ちはやぶる 神なび山のもみぢばに おもひはかけじ うつろふ物を

 貞観の御時綾綺殿のまへにむめの木ありけり。
 にしのかたにさせりける枝のもみぢはじめたりけるを、うへにさぶらふをのこどものよみけるついでによめる
   藤原かちをむ
おなじえを わきてこのはのうつろふは
 西こそ秋の はじめなりけれ
 いし山にまうでける時、をとは山のもみぢをみてよめる
   つらゆき
秋風の 吹きにし日よりをとは山 みねのこずゑも 色づきにけり

 これさだのみこの家の哥合によめる   としゆきの朝臣
しらつゆの 色はひとつをいかにして 秋のこのはを ちぢにそむらん

 これさだのみこの家の哥合によめる   壬生忠岑
秋の夜の 露をばつゆとをきながら
 かりのなみだや のべをそむらん

あきの露 いろいろことにをけばこそ 山のこのはの ちぐさなるらめ

 もる山の邊にてよめる   つらゆき
しらつゆも 時雨もいたくもる山は
 したばのこらず いろづきにけり
 秋のうたとてよめる   ありはらのもとかた
雨ふれど 露ももらじをかさとりの 山はいかでか もみぢそめけん

 神のやしろのあたりをまかりける時に、
 いがきのうちのもみぢをみてよめる つらゆき
ちはやぶる 神のいがきにはふくずも
 秋にはあへず うつろひにけり
 是貞のみこの家の哥合によめる   ただみね
あめふれば かさとり山のもみぢばは 行きかふ人の 袖さへぞてる

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた
ちらねども かねてぞおしきもみぢばは 今は限りの 色とみつれば

 やまとのくににまかりける時、さほ山にきりのたてりけるをみてよめる   きのとものり
たがための 錦なればか秋ぎりの さほの山べを たちかくすらむ

秋ぎりは けさはなたちそさほ山の
 ははそのもみぢ よそにてもみん

 秋のうたとてよめる   坂上これのり
さほ山の ははその色はうすけれど 秋はふかくも なりにける哉

 人のせんざいにきくにむすびつけてうへけるうた
   在原なりひらの朝臣
うへしうへば 秋なき時やさかざらん
 花こそちらめ ねさへかれめや

 寛平御時きくの花をよませたまうける
   としゆきの朝臣
久方の 雲のうへにてみる菊は あまつほしとぞ あやまたれける

 このうたは、まだ殿上ゆるされざりける時に、
 めしあげられてつかうまつれるとなん
 これさだのみこの家の哥合のうた   きのとものり
露ながら おりてかざさむ菊の花 おいせぬ秋の ひさしかるべく

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   大江千里
うへし時 花まちどをにありしきく うつろふ秋に あはむとやみし

 おなじ御時せられける菊合に、すはまをつくりて
 きくの花うへたりけるにくはへたりける哥、
 ふきあげのはまのかたにきくうへたりけるをよめる
   すがはらの朝臣
秋風の ふきあげにたてるしらぎくは
 花かあらぬか 浪のよするか

 仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる
   素性法師
ぬれてほす 山ぢのきくの露のまに 早晩ちとせを 我はへにけん

 きくの花のもとにて人のひとまてるかたをよめる
   とものり
花みつつ 人まつ時は白妙の 袖かとのみぞ あやまたれける

 おほさはの池のかたにきくうへたるをよめる
   とものり
ひともとと 思ひし花をおほさはの 池のそこにも たれかうへけん

 世中のはかなきことを思ひけるおりに、
 きくの花をみてよみける   つらゆき
秋のきく にほふかぎりはかざしてん
 花よりさきと しらぬわが身を

 しらぎくの花をよめる   凡河内みつね
心あてに おらばやおらんはつしもの
 をきまどはせる しらぎくの花

 これさだのみこの家の哥合のうた   讀人しらず
いろかはる 秋のきくをばひととせに
 ふたたびにほふ 花とこそみれ

 仁和寺にきくの花めしける時に、うたそへてたてまつれとおほせられければよみてたてまつりける  平さだふん
秋ををきて 時こそ有りけれ菊の花
 うつろふからに 色のまされば

 人の家なりけるきくの花をうつしうへたりけるをよめる   つらゆき
さきそめし やどしかはればきくの花
 色さへにこそ うつろひにけれ

さほ山の ははそのもみぢちりぬべみ
 よるさへみよと てらす月かげ

 宮づかへひさしうつかうまつらで山ざとにこもり侍りけるによめる   藤原關雄
奥山の いはかきもみぢちりぬべし てる日の光 みる時なくて

龍田河 紅葉乱れてながるめり わたらば錦 中やたえなむ

 このうたはある人、ならのみかどの御哥也となむ申す
たつた川 もみぢばながる神なびの みむろの山に 時雨ふるらし

 又は、あすかがはもみぢばながる
こひしくは みてもしのばんもみぢばを
 吹きなちらしそ 山おろしのかぜ

秋風に あへずちりぬるもみぢばの
 ゆくゑさだめね 我ぞかなしき

あきはきぬ 紅葉はやどにふりしきぬ
 道ふみわけて とふ人はなし

ふみわけて 更にやとはむもみぢばの
 ふりかくしてし 道とみながら

秋の月 山邊さやかにてらせるは
 おつるもみぢの かずをみよとか

吹く風の 色のちぐさにみえつるは 秋のこのはの ちればなりけり

   せきを
霜のたて露のぬきこそよはからし 山の錦のをればかつちる

 うりんゐんの木のかげにたたずみてよみける
   僧正遍昭
わび人の わきてたちよるこのもとは
 たのむかげなく もみぢちりけり

 二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風に龍田川にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる そせい
もみぢ葉の ながれてとまるみなとには 紅深き 浪やたつらん

 二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風に龍田川にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる なりひらの朝臣
ちはやぶる 神世もきかずたつたがは から紅に 水くくるとは

 これさだのみこの家の哥合のうた   としゆきの朝臣
わがきつる 方もしられずくらぶ山
 木々のこのはの ちるとまがふに

 これさだのみこの家の哥合のうた   ただみね
神なびの みむろの山を秋ゆけば 錦たちきる 心ちこそすれ

 きた山にもみぢおらんとてまかれりける時によめる
   つらゆき
みる人も なくてちりぬる奥山の もみぢはよるの 錦なりけり

 秋のうた   かねみの王
たつたひめ たむくる神のあればこそ 秋のこのはの ぬさとちるらめ

 をのといふ所にすみ侍りける時、もみぢをみてよめる
   つらゆき
秋の山 もみぢをぬさとたむくれば
 すむわれさへぞ たび心ちする

 神なびの山をすぎてたつた川をわたりける時に、
 もみぢのながれけるをよめる きよはらのふかやぶ
神なびの 山をすぎ行く秋なれば たつた川にぞ ぬさはたむくる

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   藤原おきかぜ
白浪に 秋のこのはのうかべるを あまのながせる 舟かとぞみる

 たつた河のほとりにてよめる   坂上是則
もみぢばの ながれざりせばたつた川 水の秋をば たれかしらまし

 しがの山ごえにてよめる   はるみちのつらき
山がはに 風のかけたるしがらみは
 ながれもあへぬ もみぢなりけり

 池の邊にてもみぢのちるをよめる   みつね
風ふけば おつるもみぢば水きよみ
 ちらぬかげさへ そこにみえつつ

 亭子院の御屏風のゑに、河わたらむとする人の、もみぢのちる木のもとに、むまをひかへてたてるをよませたまひければ、つかうまつりける みつね
立ちとまり みてをわたらんもみぢばは
 雨とふるとも 水はまさらじ

 これさだのみこの家の哥合のうた   ただみね
山田もる 秋のかりいほにをく露は いなおほせどりの 涙なりけり

ほにもいでぬ 山田をもると藤衣 いなばの露に ぬれぬ日はなし

かれる田に おふるひづちのほにいでぬは
 世を今更に 秋はてぬとか

 きた山に僧正へんぜうとたけがりにまかれりけるによめる   そせい法し
もみぢばは 袖にこきいれてもていでなん
 秋は限りと みん人のため

 寛平御時ふるきうたたてまつれとおほせられければ、
 たつたがはもみぢばながるといふうたをかきて、
 そのおなじ心をよめりける   おきかぜ
み山より おちくる水の色みてぞ 秋はかぎりと 思ひしりぬる

 秋のはつる心をたつたがはに思ひやりてよめる
   つらゆき
年ごとに もみぢばながす龍田がは
 みなとや秋の とまりなるらん

 なが月のつごもりの日、大井にてよめる   つらゆき
ゆふづくよ をぐらの山になくしかの
 こゑのうちにや 秋はくるらん

 おなじつごもりの日よめる   みつね
みちしらば たづねもゆかんもみぢばを
 ぬさとたむけて 秋はいにけり

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