古今和歌集 巻第十五 戀 哥 五

 五條のきさいの宮のにしのたいにすみける人に、ほいにはあらでものいひわたりけるを、む月のとをかあまりになん、ほかへかくれにける。
 あり所はききけれど、えものもいはで又のとしの春、むめの花さかりに、月のおもしろかりける夜、こぞをこひて、かのにしのたいにいきて、月のかたぶくまで、あばらなるいたじきにふせりてよめる   在原なりひらの朝臣
月やあらぬ 春やむかしの春ならぬ
 我身ひとつは もとの身にして

   藤原なかひらの朝臣
花すすき 我こそしたに思ひしか
 ほにいでて人に むすばれにけり

   藤原かねすけの朝臣
よそにのみ きかまし物ををとは川
 わたるとなしに 身なれそめけん

   凡河内みつね
わがごとく 我をおもはむ人も哉
 さてもやうきと 世を心見む

   もとかた
久方の あまつそらにもすまなくに
 人はよそにぞ 思ふべらなる

みても又 またもみまくのほしければ
 なるるを人は いとふべら也

   きのとものり
雲もなく なぎたるあさの我なれや
 いとはれてのみ 世をばへぬらん

花がたみ めならぶ人のあまたあれば
 わすられぬらん かずならぬ身は

うきめのみ おひてながるる浦なれば
 かりにのみこそ あまはよるらめ

   伊勢
あひにあひて 物思ふころの我袖に
 やどる月さへ ぬるるかほなる

秋ならで をくしら露はねざめする
 わがたまくらの しづくなりけり

すまのあまの しほやき衣おさをあらみ
 まどほにあれや 君がきまさぬ

山しろの よそのわかごもかりにだに
 こぬ人たのむ 我ぞはかなき

あひみねば 戀こそまされみなせがは
 なににふかめて 思ひそめけむ

暁の しぎのはねがきももはがき
 君がこぬよは 我ぞかずかく

たまかづら 今はたゆとや吹くかぜの
 をとにも人の きこえざるらん

わが袖に まだき時雨のふりぬるは
 君がこころに 秋やきぬらむ

山の井の あさき心もおもはぬを
 かげばかりのみ 人のみゆらん

忘草 たねとらましをあふことの
 いとかくかたき ものとしりせば

こふれども あふよのなきは忘草
 ゆめぢにさへや おひしげるらむ

夢にだに あふことかたくなり行くは
 われやいをねぬ 人やわするる

   けむげい法師
もろこしも 夢にみしかばちかかりき
 おもはぬなかぞ はるけかりける

   さだののぼる
ひとりのみ ながめふるやのつまなれば
 人を忍ぶの 草ぞおひける

   僧正へんぜう
わがやどは 道もなきまであれにけり
 つれなき人を まつとせしまに

   僧正へんぜう
今こんと いひてわかれしあしたより
 おもひくらしの ねをのみぞなく

こめやとは 思ふ物からひぐらしの
 なくゆふぐれは たちまたれつつ

いましはと わびにし物をささがにの
 衣にかかり われをたのむる

今はこじと 思ふ物からわすれつつ
 またるる事の まだもやまぬか

月よには こぬ人またるかきくもり
 雨もふらなん わびつつもねん

うへていにし 秋田かるまでみえこねば
 けさはつかりの ねにぞなきぬる

こぬ人を 松ゆふぐれの秋かぜは
 いかにふけばか わびしかるらむ

ひさしくも なりにける哉すみのえの
 まつはくるしき 物にぞありける

   かねみのおほきみ
住のえの まつほどひさになりぬれば
 あしたづのねに なかぬ日はなし

 なかひらの朝臣あひしりて侍りけるを、かれがたになりにければ、ちちがやまとのかみに侍りけるもとへまかるとてよみてつかはしける  伊勢
みわの山 いかにまちみん年ふとも
 たづぬる人も あらじと思へば

   雲林院のみこ
吹きまよふ 野風をさむみ秋はぎの
 うつりもゆくか 人の心の

   をののこまち
今はとて わが身時雨にふりぬれば
 事のはさへに うつろひにけり

 返し   小野さだき
人を思ふ こころこの葉にあらばこそ
 風のまにまに ちりもみだれめ

 なりひらの朝臣きのありつねがむすめにすみけるを、うらむることありて、しばしのあひだ、ひるはきてゆふさりはかへりのみしければ、よみてつかはしける
   小野さだき
あまぐもの よそにも人のなりゆくか
 さすがにめには みゆるものから

 返し   なりひらの朝臣
ゆきかへり そらにのみしてふる事は
 わがゐる山の かぜはやみなり

   かげのりのおほきみ
唐衣 なれば身にこそまつはれめ
 かけてのみやは こひんと思ひし

   とものり
秋風は 身をわけてしもふかなくに
 人の心の そらになるらむ

   源宗于朝臣
つれもなく なり行く人の事の葉ぞ
 秋よりさきの もみぢなりける

 ここちそこなへりけるころ、あひしりて侍りける人のとはで、ここちをこたりて後、とぶらへりければ、よみてつかはしける   兵衛
しでの山 ふもとをみてぞかへりにし
 つらき人より まづこえじとて

 あひしれりける人のやうやくかれがたになりけるあひだに、やけたるちの葉にふみをさしてつかはせりける
   こまちがあね
時すぎて かれ行くをののあさぢには
 今はおもひぞ たえずもえける

 物思ひけるころ、ものへまかりけるみちに野火のもえけるをみてよめる   伊勢
冬がれの 野べとわが身をおもひせば
 もえても春を またまし物を

   とものり
水のあわの きえでうき身といひながら
 流れて猶も たのまるる哉

みなせがは ありてゆく水なくばこそ
 つゐにわが身を たえぬとおもはめ

   みつね
よし野がは よしや人こそつらからめ
 はやくいひてし ことはわすれじ

世中の 人の心は花ぞめの
 うつろひやすき 色にぞ有りける

心こそ うたてにくけれそめざらば
 うつろふ事も おしからましや

   こまち
いろみえで うつろふものは世中の
 人の心の 花にぞありける

我のみや よをうぐひすとなきわびん
 人の心の 花とちりなば

   そせい法師
おもふとも かれなむ人をいかがせむ
 あかずちりぬる 花とこそみめ

今はとて きみがかれなば我やどの
 花をばひとり みてやしのばん

   むねゆきの朝臣
忘草 かれもやするとつれもなき
 人の心に しもはをかなむ

 寛平御時御屏風にうたかかせたまひける時、よみてかきける   そせい法し
わすれぐさ なにをかたねと思ひしは
 つれなき人の こころなりけり

   そせい法し
秋の田の いねてふこともかけなくに
 なにをうしとか 人のかるらん

   きのつらゆき
はつかりの なきこそわたれ世中の
 人のこころの 秋しうければ

あはれとも うしとも物をおもふとき
 などかなみだの いとながるらむ

身をうしと 思ふにきえぬ物なれば
 かくてもへぬる 世にこそ有りけれ

   典侍藤原なほいこ朝臣
あまのかる もにすむむしの我からと
 ねをこそなかめ 世をばうらみじ

   いなば
あひみぬうきも我身のからころも
 思ひしらずもとくるひも哉

 寛平御時きさいの宮の哥合哥   すがののただをむ
つれなきを 今はこひじとおもへども
 こころよはくも おつる涙か

   伊勢
人しれず たえなましかばわびつつも
 なきなぞとだに いはまし物を

それをだに 思ふ事とて我やどを
 みきとないひそ 人のきかくに

あふことの もはらたえぬる時にこそ
 人のこひしき 事もしりけれ

わびはつる 時さへもののかなしきは
 いづこをしのぶ なみだなるらん

   藤原おきかぜ
怨みても なきてもいはむ方ぞなき
 鏡にみゆる かげならずして

ゆふされば 人なきとこをうちはらひ
 なげかんためと なれるわが身か

わたつみの わが身こす浪立ちかへり
 あまのすむてふ うらみつるかな

あらを田を あらすきかへしかへしても
 人の心を 見てこそやまめ

ありそ海の はまのまさごとたのめしは
 わするる事の かずにぞ有りける

あしべより くもゐをさして行くかりの
 いやとをざかる 我身かなしも

しぐれつつ もみづるよりもことのはの
 心の秋に あふぞわびしき

秋風の ふきとふきぬるむさしのは
 なべてくさばの 色かはりけり

   小町
秋かぜに あふたのみこそかなしけれ
 わが身むなしく なりぬとおもへば

   平貞文
あき風の ふきうらがへすくずのはの
 うらみても猶 うらめしき哉

秋といへば よそにぞききしあだ人の
 我をふるせる 名にこそありけれ

わすらるる 身をうぢばしの中たえて
 人もかよはぬ としぞへにける

 又は、こなたかなたに人もかよはず   坂上これのり
あふ事を ながらのはしのながらへて
 こひわたるまに 年ぞへにける

   とものり
うきながら けぬるあわとも成りななむ
 ながれてとだに たのまれぬ身は

流れては いもせのやまのなかにおつる
 吉野の河の よしや世中

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