古今和歌集 巻第十七 雑 哥 上

わがうへに 露ぞをくなるあまのかは
 とわたる舟の かいのしづくか

おもふどち まとゐせるよは唐錦
 たたまくおしき 物にぞありける

うれしきを なににつつまん唐衣
 たもとゆたかに たてといはましを

限りなき 君がためにとおる花は
 時しもわかぬ 物にぞありける

 ある人のいはく、この哥はさきのおほいまうちぎみの也
紫の ひともとゆへにむさし野の
 草はみながら あはれとぞみる

 めのおとうとをもて侍りける人に、うへのきぬををくるとてよみてやりける なりひらの朝臣
むらさきの 色こき時はめもはるに
 野なるくさ木ぞ わかれざりけり

 大納言ふぢはらのくにつねの朝臣、宰相より中納言になりける時に、そめぬうへのきぬのあやををくるとてよめる   近院右のおほいまうちぎみ
いろなしと 人やみるらんむかしより
 ふかき心に そめてしものを

 いそのかみのなんまつが、宮づかへもせで、いそのかみといふ所にこもり侍りけるを、にはかにかうぶりたまはりければ、よろこびいひつかはすとて、よみてつかはしける
   ふるのいまみち
日の光 やぶしわかねば磯神
 ふりにしさとに 花もさきけり

 二条のきさきの、まだ東宮のみやすん所と申しける時に、おほはらのにまうでたまひける日よめる
   なりひらの朝臣
おほはらや をしほの山もけふこそは
 神世のことも 思ひいづらめ

 五節のまひひめをみてよめる   よしみねのむねさだ
あまつかぜ 雲のかよひぢ吹きとぢよ
 をとめのすがた しばしとどめん

 五節のあしたに、かんざしのたまのおちたりけるをみて、たがならんととぶらひてよめる
   河原の左のおほいまうちぎみ
ぬしやたれ とへどしらたまいはなくに
 さらばなべてや あはれとおもはん

 寛平御時に、うへのさぶらひに侍りけるをのこども、
 かめをもたせて、きさいの宮の御方におほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるを、くら人どもわらひて、かめをおまへにもていでて、ともかくもいはずなりにければ、つかひのかへりきて、さなんありつるといひければ、くら人のなかにをくりける   としゆきの朝臣
たまだれの こがめやいづらこよろぎの
 磯のなみわけ おきにいでにけり

 女どものみてわらひければよめる   けむげいほうし
かたちこそ み山がくれのくちきなれ
 心は花に なさばなりなん

 方たがへに人の家にまかれりける時に、あるじのきぬをきせたりけるをあしたにかへすとてよみける
   きのとものり
蝉のはの よるの衣はうすけれど
 うつりがこくも にほひぬるかな

をそくいづる 月にもある哉あしひきの
 山のあなたも 惜しむべら也

わが心 なぐさめかねつさらしなや
 をばすて山に てる月をみて

   なりひらの朝臣
おほかたは 月をもめでじこれぞこの
 つもれば人の おいとなる物

 月おもしろしとて、凡河内みつねがまうできたりけるによめる  きのつらゆき
かつみれど うとくもある哉月かげの
 いたらぬさとも あらじとおもへば

 池に月のみえけるをよめる   きのつらゆき
ふたつなき 物と思ひしをみなそこに
 山のはならで いづる月かげ

あまのかは 雲のみおにてはやければ
 光とどめず 月ぞながるる

あかずして 月のかくるる山もとは
 あなたおもてぞ こひしかりける

 これたかのみこのかりしけるともにまかりて、やどりにかへりて、よひと夜さけをのみ、ものがたりをしけるに、十一日の月もかくれなんとしけるおりに、みこゑひてうちへいりなんとしければよみ侍りける
   なりひらの朝臣
あかなくに まだきも月のかくるるか
 山のはにげて いれずもあらなん

 田むらのみかどの御時に、齋院に侍りけるあきらけいこのみこを、ははあやまちありといひて、 齋院をかへられんとしけるを、そのことやみにければよめる
   あま敬信
おほぞらを てり行く月しきよければ
 くもかくせども 光けなくに

磯神ふる からをののもとかしは
 本の心は わすられなくに

いにしへの 野中のし水ぬるけれど
 もとの心を しる人ぞくむ

いにしへの しづのをだまきいやしきも
 よきもさかりは ありし物也

今こそあれ 我もむかしはおとこ山
 さかゆく時も ありこしものを

世中に ふりぬる物はつのくにの
 ながらのはしと われとなりけり

ささの葉に ふりつむ雪のうれをもみ
本くだち行く わがさかりはも

おほあらき のもりのしたくさおいぬれば
 こまもすさめず かる人もなし

 又は、さくらあさのをふのした草
かぞふれば とまらぬ物をとしといひて
 ことしはいたく おいぞしにける

をしてるや なにはの水にやくしほの
 からくも我は おいにける哉

 又は、おほとものみつのはまべに
おいらくの こむとしりせばかどさして
 なしとこたへて あはざらましを

 このみつの哥は、むかしありけるみたりのおきなのよめるとなん
さかさまに 年もゆかなんとりもあへず
 すぐるよはひや ともにかへると

とりとむる物にしあらねば 年月を
あはれあなうとすぐしつる哉

とどめあへず むべもとしとはいはれけり
 しかもつれなく すぐるよはひか

鏡山 いざたちよりてみてゆかん
 年へぬる身は おいやしぬると

 この哥はある人のいはく、大伴のくろぬしが也
 なりひらの朝臣のははのみこ、ながをかにすみ侍りける時に、なりひら宮づかへすとて、時々もえまかりとぶらはず侍りければ、しはす許に、ははのみこのもとより、とみの事とて、ふみをもてまうできたり、あけてみれば、ことばはなくて、ありけるうた   業平朝臣母
おいぬれば さらぬわかれもありといへば
 いよいよみまく ほしき君かな

 返し   業平朝臣
世中に さらぬ別れのなくもがな
 ちよもとなげく 人のこのため

 寛平御時きさいの宮のうたあはせの哥
   ありはらのむねやな
しらゆきの やへふりしけるかへる山
 かへるがへるも おいにけるかな

 おなじ御時のうへのさぶらひにて、をのこどもにおほみきたまひて、おほみあそびありけるついでにつかうまつれる   としゆきの朝臣
おいぬとて などかわが身をせめぎけん
 おいずはけふに あはまし物か

ちはやぶる 宇治のはしもりなれをしぞ
 あはれとは思ふ 年のへぬれば

我みても ひさしくなりぬすみのえの
 きしのひめまつ いくよへぬらん

住吉の 岸のひめまつ人ならば
 いく世かへしと とはましものを

梓弓 いそべのこまつたが世にか
 よろづよかねて たねをまきけん

 この哥はある人のいはく、かきのもとの人まろが也
かくしつつ よをやつくさんたかさごの
 おのへにたてる まつならなくに

   藤原おきかぜ
たれをかも しる人にせんたかさごの
 まつもむかしの 友ならなくに

わたつうみの おきつしほあひにうかぶあわの
 きえぬ物から よる方もなし

わたつ海の かざしにさせる白妙の
 なみもてゆへる あはぢしま山

わたのはら よせくる浪のしばしばも
 見まくのほしき 玉津嶋かも

なにはがた しほみちくらしあま衣
 たみののしまに たづなきわたる

 つらゆきがいづみのくにに侍りけるときに、やまとよりこえまうできてよみてつかはしける   藤原ただふさ
君をおもひ おきつのはまになくたづの
 尋ねくればぞ ありとだにきく

 返し   つらゆき
おきつなみ たかしのはまのはままつの
 なにこそ君を まちわたりつれ

 なにはにまかれりける時によめる   つらゆき
なにはがた おふるたまもをかりそめの
 あまとぞ我は なりぬべらなる

 あひしれりける人のすみよしにまうでけるによみてつかはしける   みぶのただみね
住吉と あまはつぐともながゐすな
 人忘草 おふといふなり

 なにはへまかりける時、たみののしまにてあめにあひてよめる   つらゆき
雨により たみののしまをけふゆけど
 名にはかくれぬ 物にぞありける

 法皇にしかはにおはしましたりける日、つるすにたてりといふ事をだいにてよませ給ひける   つらゆき
あしたづの たてるかはべを吹く風に
 よせてかへらぬ 浪かとぞみる

 中務のみこの家の池に舟をつくりて、おろしはじめてあそびける日、法皇御覧じにおはしましたりけり。
 ゆふさりつかた、かへりおはしまさんとしけるおりに、よみてたてまつりけるまさんとしけるおりに、よみてたてまつりける   伊勢
水のうへに うかべる舟の君ならば
 ここぞとまりと いはまし物を

 からことといふ所にてよめる   真せい法し
宮こまで ひびきかよへるからことは
 浪のをすげて 風ぞひきける

 ぬのひきのたきにてよめる   在原行平朝臣
こきちらす たきの白玉ひろひをきて
 世のうき時の 涙にぞかる

 布引のたきのもとにて、人々あつまりて哥よみける時によめる   なりひらの朝臣
ぬきみだる 人こそあるらし白玉の
 まなくもちるか そでのせばきに

 よしののたきをみてよめる   承均法師
たがために ひきてさらせるぬのなれや
 世をへてみれど とる人もなき

   神たい法師
きよたきの せぜのしら糸くりためて
 山わけごろも をりてきましを

 龍門にまうでて、たきのもとにてよめる   伊勢
たちぬはぬ きぬきし人もなき物を
 なに山ひめの ぬのさらすらん

 朱雀院のみかど、ぬのひきのたき御らんぜむとて、ふん月のなぬかの日、おはしましてありける時に、さぶらふ人々に哥よませ給ひけるによめる
   たちばなのながもり
ぬしなくて さらせるぬのをたなばたに
 我心とや けふはかさまし

 ひえの山なるをとはのたきをみてよめる   ただみね
おちたぎつ たきのみなかみ年つもり
 おいにけらしな くろきすぢなし

 おなじたきをよめる   みつね
風ふけど ところもさらぬ白雲は
 よをへておつる 水にぞありける

 田むらの御時に、女ばうのさぶらひにて、御屏風のゑ御覧じけるに、たきおちたりけるところおもしろし、これを題にて哥よめと、さぶらふ人におほせられければよめる   三條の町
思ひせく 心のうちのたきなれや
 おつとはみれど をとのきこえぬ

 屏風のゑなる花をよめる   つらゆき
さきそめし 時より後はうちはへて
 世は春なれや 色のつねなる

 屏風のゑによみあはせてかきける   坂上これのり
かりてほす 山田のいねのこきたれて
 なきこそわたれ 秋のうければ

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