古今和歌集 巻第一 春 哥 上

 ふるとしに春たちける日よめる   在原元方
年の内に 春はきにけりひととせを
こぞとやいはん ことしとやいはん

 春たちける日よめる   紀貫之
袖ひぢて むすびし水のこほれるを
春立つけふの 風やとくらん

春霞 たてるやいづこみよしのの
吉野の山に 雪はふりつつ

 二條のきさきの春のはじめの御うた   二條のきさき
雪の内に 春はきにけり鴬の
こほれるなみだ いまやとくらん

梅がえに きゐる鴬春かけて
なけどもいまだ 雪はふりつつ

 雪の木にふりかかれるをよめる   素性法師
春たてば 花とやみらむ白雪の
かかれる枝に うぐひすのなく

心ざし ふかくそめてしおりければ
きえあへぬ雪の 花とみゆらん

 ある人のいはく、さきのおほきおほいまうちぎみの哥也
 二条のきさきのとう宮のみやすん所ときこえける時、
 正月三日おまへにめして、おほせごとあるあひだに、
 日はてりながら雪のかしらにふりかかりけるをよませ
 給ひける 文屋やすひで
春の日の 光にあたる我なれど
かしらの雪と なるぞわびしき

 雪のふりけるをよめる   きのつらゆき
霞たち このめも春の雪ふれば
花なきさとも 花ぞちりける

 春のはじめによめる   ふぢはらのことなお
春やとき 花やをそきとききわかん
鴬だにも なかずもあるかな

 はるのはじめのうた  みぶのただみね
はるきぬと 人はいへども鴬の
なかぬかぎりは あらじとぞ思ふ

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   源まさずみ
谷風に とくる氷のひまごとに
打ち出づるなみや はるのはつ花

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   紀とものり
花のかを 風のたよりにたぐへてぞ
鴬さそふ しるべにはやる

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   大江千里
鴬の たによりいづるこゑなくは
春くることを たれかしらまし

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   在原棟梁
春たてど 花もにほはぬ山ざとは
物うかるねに うぐひすぞなく

野邊ちかく いへゐしせれば鴬の
なくなるこゑは あさなあさなきく

かすが野は けふはなやきそわか草の
つまもこもれり 我もこもれり

み山には まつの雪だにきえなくに
宮こはのべの わかなつみけり

春日野の とぶひののもりいでてみよ
今いくかありて わかなつみてん

梓弓 をして春雨けふふりぬ
あすさへふらば 若菜つみてむ

 仁和のみかど、みこにおましましける時に、
 人にわかな給いける御うた
きみがため 春の野にいでてわかなつむ
我衣手に 雪はふりつつ

 哥たてまつれとおほせられし時、よみてたてまつれる
   つらゆき
春日野の わかなつみにやしろたへの
袖ふりはへて 人のゆくらん

 在原行平朝臣
春のきる 霞の衣ぬきをうすみ
山かぜにこそ みだるべらなれ

 寛平御時きさいの宮の哥合によめる
   源むねゆきの朝臣
ときはなる 松のみどりも春くれば
今ひとしほの 色まさりけり

 哥たてまつれとおほせられし時、よみてたてまつれる
   つらゆき
わがせこが 衣春雨ふるごとに
野邊のみどりぞ 色まさりける

 哥たてまつれとおほせられし時、よみてたてまつれる
   つらゆき
あをやぎの 糸よりかくる春しもぞ
みだれて花の ほころびにける

 西大寺の邊の柳をよめる   僧正遍昭
浅緑 いとよりかけて白露を
珠にもぬける 春の柳か

ももちどり さへづる春は物ごとに
あらたまれども 我ぞふりゆく

をちこちの たづきもしらぬ山中に
おぼつかなくも 喚子鳥かな

 鴈のこゑをききて、こしにまかりける人をおもひて
 よめる 凡河内躬恒
春くれば かりかへるなり白雲の
道行きぶりに 事やつてまし

 歸鴈をよめる   伊勢
はるがすみ たつをみすててゆくかりは
花なき里に すみやならへる

折りつれば 袖こそにほへ梅花
ありとやここに うぐひすのなく

色よりも かこそあはれとおもほゆれ
たが袖ふれし やどの梅ぞも

やどちかく 梅の花うへじあぢきなく
松人のかに あやまたれけり

梅花 立ちよる許ありしより
人のとがむる かにぞしみぬる

 むめの花ををりてよめる
   東三条の左のおほいまうちぎみ
鴬の 笠にぬふてふ梅花
折りてかざさむ 老かくるやと

 素性法師
よそにのみ あはれとぞみし梅花
あかね色かは 折りてなりけり

 梅花ををりて人にをくりける   とものり
きみならで 誰にかみせん梅花
色をもかをも しる人ぞしる

 くらぶ山にてよめる   つらゆき
梅花 にほふ春べはくらぶ山
やみにこゆれど しるくぞありける

 月夜に梅花ををりてと、人のいひければ、おるとて
 よめる   みつね
月夜には それとも見えず梅花
かをたづねてぞ しるべかりける

 はるの夜むめの花をよめる   みつね
春の夜の やみはあやなし梅花
 色こそみえね かやはかくるる

 はつせにまうづるごとに、やどりける人の家に、ひさしくやどらで、程へて後にいたれりければ、かの家のあるじ、かくさだかになんやどりはあると、いひいだして侍りければ、そこにたてりける梅の花ををりてよめる
   つらゆき
ひとはいさ 心もしらずふるさとは
 花ぞむかしの かににほひける

 水の邊に梅の花さけりけるをよめる   伊勢
春ごとに ながるる河を花とみて
 おられぬ水に 袖やぬれなん

 水の邊に梅の花さけりけるをよめる   伊勢
年をへて 花のかがみとなる水は
 ちりかかるをや くもるといふらむ

 家にありける梅の花のちりけるをよめる   つらゆき
くるとあく とめかれぬ物を梅花
 いつの人まに うつろひぬらん

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた
むめがかを 袖にうつしてとどめてば
 春はすぐとも かたみならまし

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   素性法師
ちるとみて あるべき物を梅花
 うたてにほひの 袖にとまれる

ちりぬとも かをだにのこせ梅花
 こひしき時の 思ひいでにせん

 人の家にうへたりけるさくらの、花さきはじめたりけるをみてよめる つらゆき
ことしより 春しりそむる櫻花
 ちるといふ事は ならはざらなん

山たかみ 人もすさめぬさくら花
 いたくなわびそ 我みはやさむ

 又は、さととをみ人もすさめぬ山ざくら
山ざくら 我みにくればはるがすみ
 峯にもおにも 立ちかくしつつ

 そめどののきさきのおまへに花がめにさくらの花をささせたまへるをみてよめる さきのおほきおほいまうちぎみ
としふれば よはひはおいぬしかはあれど
 花をしみれば 物思ひもなし

 なぎさのゐんにてさくらをみてよめる
   在原業平朝臣
世中に たえてさくらのなかりせば
 春の心は のどけからまし

いしばしる たきなくもがな櫻花
 たおりてもこん みぬ人のため

 山のさくらをみてよめる   素性法師
見てのみや 人にかたらむさくら花
 てごとにおりて いへづとにせん

 花ざかりに京をみやりてよめる   素性法師
みわたせば 柳櫻をこきまぜて
 宮こぞ春の 錦なりける

 桜の花のもとにて、年のおいぬる事をなげきてよめる きのとものり
色もかも おなじむかしにさくらめど
 年ふる人ぞ あらたまりける

 おれるさくらをよめる   つらゆき
たれしかも とめておりつる春霞
立ちかくすらん 山のさくらを

 哥たてまつれとおほせられし時によみたてまつれる
   つらゆき
櫻花 さきにけらしもあしひきの
 山のかひより みゆるしら雲

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   とものり
みよし野の 山べにさけるさくら花
 雪かとのみぞ あやまたれける

 やよひにうるふ月ありけるとしよみける   伊勢
さくら花 春くははれる年だにも
 人の心に あかれやはせぬ

 桜の花の盛りに、久しくとはざりける人のきたりける時によみける
あだなりと 名にこそたてれ櫻花
 年にまれなる 人もまちけり

 返し   業平朝臣
けふこずは あすは雪とぞふりなまし
 消えずは有りとも 花とみましや

ちりぬれば こふれどしるしなき物を
 けふこそ櫻 おらばおりてめ

折りとらば おしげにもあるか櫻花
 いざやどかりて ちるまではみん

 きのありとも
さくら色に 衣はふかくそめてきん
 花のちりなん 後のかたみに

 さくらの花のさけりけるをみにまうできたりける人に、よみてをくりける みつね
我やどの 花みがてらにくる人は
 ちりなむ後ぞ こひしかるべき

 亭子院哥合の時よめる   伊勢
みる人も なき山ざとのさくら花
 外のちりなん 後ぞさかまし

春上 春下  秋上 秋下   離別 羇旅 物名 戀1 戀2 戀3 戀4 戀5 哀傷 雑上 雑下 書架