古今和歌集 巻第十三 戀 哥 三
 やよひのついたちより、しのびに人にものらいひてのちに、雨のそぼふりけるによみてつかはしける
   在原業平朝臣
おきもせず ねもせでよるをあかしては
 春の物とて ながめくらしつ

 なりひらの朝臣の家に侍りける女のもとによみてつかはしける   としゆきの朝臣
つれづれの ながめにまさるなみだ川
 袖のみぬれて あふよしもなし

 かの女にかはりて返しによめる   なりひらの朝臣
あさみこそ 袖はひづらめ涙河
 身さへながると きかばたのまん

よるべなみ 身をこそとをくへだてつれ
 心は君が 影となりにき

いたづらに 行きてはきぬる物ゆへに
 みまくほしさに いざなはれつつ

あはぬよの ふるしら雪とつもりなば
 我さへともに けぬべき物を
 このうたは、ある人のいはく、柿本人麿が哥なり

   なりひらの朝臣
秋ののに ささわけしあさの袖よりも
 あはでこしよぞ ひぢまさりける

   小野小町
見るめなき わが身を浦としらねばや
 かれなであまの あしたゆくくる

   源宗于朝臣
あはずして こよひあけなば春の日の
 ながくや人を つらしとおもはん

   みぶのただみね
晨明の つれなくみへし別れより
 あか月ばかり うき物はなし

   ありはらのもとかた
逢ふ事の なぎさにしよる浪なれば
 うらみてのみぞ たちかへりける

かねてより 風にさきだつなみなれや
 あふことなきに まだき立つらん

   ただみね
みちのくに ありといふなるなとり川
 なきなとりては くるしかりけり

   みはるのありすけ
あやなくて まだきなき名のたつた川
 わたらでやまん 物ならなくに

   もとかた
人はいさ 我はなき名のおしければ
 昔も今も しらずとをいはむ

こりずまに 又もなき名はたちぬべし
 人にくからぬ 世にしすまへば

 ひんがしの五條わたりに、人をしりをきてまかりかよひけり。しのびなる所なりければ、かどよりしもえいらで、かきのくづれよりかよひけるを、たびかさなりければ、あるじききつけてかの道によごとに人をふせてまもらすれば、いきけれどえあはでのみかへりて、よみてやりける   なりひらの朝臣
人しれぬ わがかよひぢのせきもりは
 よゐよゐごとに うちもねななん

   つらゆき
しのぶれど こひしき時はあしひきの
 山より月の いでてこそくれ

こひこひて まれにこよひぞ相坂の
 ゆふつけどりは なかずもあらなん

   をののこまち
秋のよも 名のみなりけりあふといへば
 事ぞともなく あけぬるものを

   凡河内みつね
ながしとも 思ひぞはてぬむかしより
 あふ人からの 秋のよなれば

しののめの ほがらほがらとあけゆけば
 をのがきぬぎぬ なるぞかなしき

   藤原くにつねの朝臣
あけぬとて 今はの心つくからに
 などいひしらぬ おもひそふらむ

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   としゆきの朝臣
あけぬとて かへる道にはこきたれて
 雨も涙も ふりそぼちつつ

   寵
しののめの わかれををしみ我ぞまづ
 鳥よりさきに なきはじめつる

ほととぎす 夢かうつつかあさつゆの
 おきてわかれし 暁のこゑ

玉匣 あけばきみがなたちぬべみ
 夜ふかくこしを 人みけんかも

   大江千里
けさはしも おきけん方もしらざりつ
 思ひいづるぞ きえてかなしき

 人にあひてあしたによみてつかはしける
   なりひらの朝臣
ねぬる夜の 夢をはかなみまどろめば
 いやはかなにも なりまさる哉

 業平朝臣の伊勢のくににまかりたりける時、齋宮なりける人に、いとみそかにあひて、又のあしたに、人やるすべなくて、おもひをりけるあひだに、女のもとよりをこせたりける
君やこし 我やゆきけんおもほえず
 夢かうつつか ねてかさめてか

 返し   なりひらの朝臣
かきくらす 心のやみにまどひにき
 ゆめうつつとは 世人さだめよ

むばたまの やみのうつつはさだかなる
 夢にいくらも まさらざりけり

さ夜ふけて あまのとわたる月かげに
 あかずも君を あひみつる哉

君がなも わが名もたてじなにはなる
 みつともいふな あひきともいはじ

名とり川 せぜのむもれぎあらはれば
 いかにせんとか あひみそめけん

吉野河 水のこころははやくとも
 瀧のをとには たてじとぞおもふ

こひしくは したにをおもへ紫の
 ねずりの衣 色にいづなゆめ

   をののはるかぜ
花すすき ほにいでてこひば名をおしみ
 したゆふひもの むすぼれつつ

 たちばなのきよきがしのびにあひしれりける女のもとよりをこせたりける
おもふどち ひとりひとりがこひしなば
 たれによそへて ふぢ衣きん

 返し   たちばなのきよき
なきこふる 涙に袖のそぼちなば
 ぬぎかへがてら よるこそはきめ

   こまち
うつつには さもこそあらめ夢にさへ
 人めをもると みるがわびしさ

   こまち
かぎりなき おもひのままによるもこむ
 夢ぢをさへに 人はとがめじ

   こまち
ゆめぢには あしもやすめず通えども
 うつつにひとめ 見しごとはあらず

おもへども 人めつつみのたかければ
 川と見ながら えこそわたらね

たぎつせの はやき心をなにしかも
 人めつつみの せきとどむらん

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   きのとものり
紅の 色にはいでじかくれぬの
 したにかよひて こひはしぬともz

   みつね
冬の池に すむにほどりのつれもなく
 そこにかよふと 人にしらすな

   みつね
ささの葉に をくはつしもの夜をさむみ
 しみはつくとも 色にいでめや

山しなの をとはの山のをとにだに
 人のしるべく わがこひめかも

 このうたある人、あふみのうねめのとなん申す
   きよはらのふかやぶ
みつしほの ながれひるまをあひがたみ
 みるめのうらに よるをこそまて

   平貞文
しらかはの しらずともいはじそこきよみ
 流れて世々に すまんと思へば

   とものり
したにのみ こふればくるしたまのをの
 たえてみだれん 人なとがめそ

   とものり
我こひを しのびかねてはあしひきの
 山橘の 色にいでぬべし

おほかたは 我名もみなとこぎいでなん
 世をうみべたに みるめすくなし

   平貞文
枕より 又しる人もなきこひを
 なみだせきあへず もらしつる哉

風ふけば 浪打つ岸のまつなれや
 ねにあらはれて なきぬべら也

 このうたはある人のいはく、かきのもとの人まろがなり
池にすむ なををしどりの水をあさみ
 かくるとすれど あらはれにけり

あふ事は たまのを許なのたつは
 よしののかはの たぎつせのごとz

むらどりの たちにし我名今更に
 事なしぶとも しるしあらめや

きみにより 我なは花に春霞
 野にもやまにも たちみちにけり
   伊勢
しるといへば 枕だにせでねし物を
 ちりならぬ名の そらにたつらむ

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