古今和歌集 巻第二 春 哥 下

春霞 たなびく山のさくら花
 うつろはむとや 色かはり行く

まてといふに ちらでしとまる物ならば
 なにをさくらに 思ひまさまし

のこりなく ちるぞめでたきさくら花
 有りて世中 はてのうければ

この里に たびねしぬべし櫻花
 ちりのまがひに いへぢわすれて

うつせみの 世にもにたるか花ざくら
 さくとみしまに かつちりにけり

 僧正へんぜうによみてをくりける   これたかのみこ
櫻花 ちらばちらなむちらずとて
 ふるさと人の きても見なくに

 雲林院にてさくらの花のちりけるを見てよめる
そうくほうし
さくらちる 花の所は春ながら
 雪ぞふりつつ きえがてにする

 さくらの花のちり侍りけるを見てよみける
   そせい法し
花ちらす 風のやどりはたれかしる
 我にをしへよ 行きてうらみむ

 うりむゐんにてさくらの花をよめる   そうくほうし
いざさくら 我もちりなむひとさかり
 有りなば人に うきめみえなん

 あひしれりける人のまうできて、かへりにけるのちに、
 よみて花にさしてつかはしける  つらゆき
ひとめみし きみもやくるとさくら花
 けふはまちみて ちらばちら南

 山のさくらを見てよめる   つらゆき
春霞 なにかくす覧さくら花
 ちるまをだにも 見るべき物を

 心地そこなひてわづらひける時に、風にあたらじとて、おろしこめてのみ侍りけるあひだに、おれるさくらのちりがたになれるを見てよめる  藤原よるかの朝臣
たれこめて 春のゆくゑもしらぬまに
 まちし櫻も うつろひにけり

 東宮雅院にてさくらの花のみかは水にちりてながれけるをみてよめる  すがのの高世
枝よりも あだにちりにし花なれば
 おちても水の あわとこそなれ

 さくらの花のちりけるをよみける   つらゆき
ことならば さかずやはあらぬさくら花
 みる我さへに しづ心なし

 さくらのごと、とくちる物はなしと人のいひければよめる つらゆき
櫻花 とくちりぬともおもほえず
 人の心ぞ 風もふきあへぬ

 さくらの花のちるをよめる   きのとものり
久方の ひかりのどけき春の日に
 しず心なく 花のちるらむ

 春宮のたちはきのぢんにて、さくらの花のちるをよめる
   ふぢはらのよしかぜ
春風は 花のあたりをよぎてふけ
 心づからや うつろふとみん

 さくらのちるをよめる   凡河内みつね
雪とのみ ふるだにあるをさくら花
 いかにちれとか 風のふくらん

 ひえにのぼりて、かへりまうできてよめる   つらゆき
山たかみ みつつわがこしさくら花
 風は心に まかすべらなり

 大伴黒主(つらゆき)
春さめの ふるは涙かさくら花
 ちるをおしまぬ 人しなければ

 亭子院哥合哥   つらゆき
さくら花 ちりぬるかぜのなごりには
 水なきそらに 浪ぞたちける

 ならのみかどの御うた   平城天皇 大同天子
故郷と 成りにしならの宮こにも
 色はかはらず 花はさきけり

 はるのうたとてよめる   よしみねのむねさだ
花の色は 霞にこめてみせずとも
 かをだにぬすめ 春の山かぜ

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた そせい法し
はなの木も 今はほりうへじ春たてば
 うつろふ色に 人ならひけり

春の色の いたりいたらぬ里はあらじ
 さけるさかざる 花のみゆらん

 はるのうたとてよめる   つらゆき
みわ山を しかもかくすか春霞
 人にしられぬ 花やさくらむ

 うりむゐんのみこのもとに、花みに、きた山の邊にまかれりける時によめる  そせい
いざけふは 春の山邊にまじりなん
 くれなばなげの 花の影かは

 はるのうたとてよめる   そせい
いつまでか 野邊に心のあくがれむ
 花しちらずは 千世もへぬべし

春ごとに 花のさかりはありなめど
 あひみん事は いのちなりけり

花のごと 世のつねならばすぐしてし
 むかしは又も かへりきなまし

吹く風に あつらへつくる物ならば
 このひともとは よぎよといはまし

まつ人も こぬものゆへに鴬の
 なきつる花を 折りてける哉

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   藤原おきかぜ
さく花は ちぐさながらにあだなれど
 誰かは春を 怨みはてたる

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   藤原おきかぜ
春霞 色のちぐさにみえつるは
 たなびく山の 花のかげかも

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた
   ありはらのもとかた
霞立つ 春の山邊はとをけれど
 吹きくる風は 花のかぞする

 うつろへる花をみてよめる   みつね
花みれば 心さへにぞうつりける
 色にはいでじ 人もこそしれ

鴬の なくのべごとにきてみれば
 うつろふ花に 風ぞ吹きける

吹く風を なきてうらみよ鴬は
 我やは花に 手だにふれたる

 典侍洽子朝臣
ちる花の なくにしとまる物ならば
 我鴬に おとらましやは

 仁和の中將のみやすん所の家に、哥合せんとてしける時によみける  藤原後蔭
花のちる ことやわびしきはるがすみ
 たつたの山の うぐひすのこゑ

 うぐひすのなくをよめる   そせい
こづたへば をのがはかぜにちる花を
 たれにおほせて ここらなくらん

 鴬の花の木にてなくをよめる   みつね
しるしなき ねをもなく哉鴬の
 ことしのみちる 花ならなくに

こまなめて いざみにゆかむふるさとは
 雪とのみこそ 花はちるらめ

ちる花を なにかうらみん世中に
 わが身もともに あらんものかは

 小野小町
花の色は うつりにけりないたづらに
 我身世にふる ながめせしまに

 仁和の中將のみやすん所の家に、哥合せむとしける時によめる そせい
おしと思ふ 心はいとによられなん
 ちる花ごとに ぬきてとどめん

 しがの山ごえに女のおほくあへりけるによみてつかはしける つらゆき
梓弓 春の山邊をこえくれば
 道もさりあへず 花ぞちりける

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   つらゆき
春の野に わかなつまんとこし物を
 ちりかふ花に 道はまどひぬ

 山でらにまうでたりけるによめる   つらゆき
やどりして 春の山邊にねたる夜は
 夢の内にも 花ぞちりける

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   つらゆき
吹く風と 谷の水としなかりせば
 み山がくれの 花を見ましや

 しがよりかへりけるをうなどもの、花山にいりて藤花のもとにたちよりて、かへりけるによみてをくりける
   僧正遍昭
よそにみて かへらむ人に藤の花
 はひまつはれよ 枝はおるとも

 家に藤花さけりけるを人のたちとまりて見けるをよめる
   みつね
わがやどに さける藤なみ立ち歸り
 すぎがてにのみ 人のみるらん

いまもかも さきにほふらむたち花の
 こじまのさきの 山吹の花

春雨に にほへる色もあかなくに
 かさへなつかし 山ぶきのはな

山ぶきは あやななさきそ花みんと
 うへけんきみが こよひこなくに

 よしのがはの邊に山ぶきのさけりけるをよめる
   つらゆき
吉野河 岸の山吹ふく風に
 そこの影さへ うつろひにけり

かはづなく ゐでの山吹ちりにけり
 花のさかりに あはまし物を

 この哥はある人のいはく、たち花のきよともが哥也
 春のうたとてよめる   そせい
おもふどち 春の山邊に打ちむれて
 そこともいはぬ たびねしてしが

 はるのとくすぐるをよめる   みつね
梓弓 春たちしより年月の
 いるがごとくも おもほゆるかな

 やよひに、鶯のこゑのひさしうきこえざりけるをよめる
   つらゆき
なきとむる 花しなければ鴬も
 はてはものうく なりぬべらなり

 やよひのつごもりがたに、山をこえけるに、
 山河より花のながれけるをよめる  ふかやぶ
花ちれる 水のまにまにとめくれば
 山には春も なくなりにけり

 春をおしみてよめる   もとかた
おしめども とどまらなくに春霞
 歸る道にし たちぬとおもへば

 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた   おきかぜ
こゑたえず なけや鴬ひととせに
 ふたたびとだに くべきはるかは

 やよひのつごもりの日、花つみよりかへりける女どもを見てよめる  みつね
とどむべき 物とはなしにはかなくも
 ちる花ごとに たぐふ心か

 やよひのつごもりの日、雨のふりけるに、
 藤花ををりて人につかはしける  なりひらの朝臣
ぬれつつぞ しゐておりつる年のうちに
 春はいくかも あらじと思へば

 亭子院の哥合のはるのはてのうた   みつね
けふのみと 春をおもはぬ時だにも
 立つことやすき 花のかげかは



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