古今和歌集 巻第十四 戀 哥 四
みちのくの あさかのぬまの花かつみ
 かつみる人に 戀ひやわたらん

あひみずは 戀しき事もなからまし
 をとにぞ人を きくべかりける

   つらゆき
いその神 ふるのなかみちなかなかに
 みずはこひしと おもはましやは

   ふぢはらのただゆき
きみといへば みまれみずまれふじのねの
 めづらしげなく もゆる我こひ

   伊勢
夢にだに 見ゆとはみえじあさなあさな
 我おもかげに はづる身なれば

いしまゆく 水のしらなみ立ちかへり
 かくこそはみめ あかずもあるかな

伊勢のあまの あさな夕なにかづくてふ
 みるめに人を あくよしも哉

   とものり
春霞 たなびく山の櫻花
 みれどもあかぬ きみにもあるかな

   ふかやぶ
心をぞ わりなき物と思ひぬる
 みる物からや こひしかるべき

   凡河内みつね
かれはてん 後をばしらで夏草の
 ふかくも人の おもほゆる哉

あすかがは ふちはせになる世なりとも
 思ひそめてん 人はわすれじ

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた
おもふてふ 事の葉のみや秋をへて
 色もかはらぬ 物にはあるらん

さむしろに 衣かたしきこよひもや
 我を松覧 宇治の橋姫

 又は、うぢのたまひめ
きみやこむ 我やゆかんのいさよひに
 まきのいたども ささずねにけり

   そせい法し
今こんと いひし許に長月の
 ありあけの月を まちいでつる哉

月夜よしよよしと人につげやらば
 こてふににたり またずしもあらず

きみこずは ねやへもいらじこ紫
 我もとゆひに 霜はをくとも

宮木野の もとあらのこはぎつゆををもみ
 風をまつごと 君をこそまて

あなこひし 今もみてしが山がつの
 かきほにさける 山となでしこ

つのくにの なにはおもはず山しろの
 とはにあひみん ことをのみこそ

   つらゆき
しきしまの やまとにはあらぬから衣
 ころもへずして あふよしも哉

   ふかやぶ
こひしとは たがなづけけん事ならん
 しぬとぞただに いふべかりける

みよしのの おほかはのべのふぢなみの
 なみにおもはば わがこひめやは

かくこひん ものとは我も思ひにき
 心のうらぞ まさしかりける

あまのはら ふみとどろかしなる神も
 思ふなかをば さくるものかは

梓弓 ひきののつづらすゑつゐに
 わがおもふ人に ことのしげけん

 このうたは、ある人、あめのみかどのあふみのうねめにたまひけるとなむ申す
夏びきの てびきのいとをくりかへし
 事しげくとも たえむと思ふな

 この哥は返しによみてたてまつりけるとなむ
さと人の 事はなつ野のしげくとも
 かれゆく君に あはざらめやは

 藤原敏行朝臣のなりひらの朝臣の家なりける女をあひしりて、ふみつかはせりけることばに、いままうでく、雨のふりけるをなむみわづらひ侍るといへりけるをききて、かの女にかはりてよめりける   在原業平朝臣
かずかずに おもひおもはずとひがたみ
 身をしる雨は ふりぞまされる

 ある女のなりひらの朝臣をところさだめずありきすとおもひて、よみてつかはしける
おほぬさの ひくてあまたになりぬれば
 おもへどえこそ たのまざりけれ

 返し   なりひらの朝臣
おほぬさと 名にこそたてれながれても
 つゐによるせは ありてふ物を

すまのあまの しほやくけぶり風をいたみ
 おもはぬ方に たなびきにけり

玉かづら はふ木のあまたになりぬれば
 たえぬ心の うれしげもなし

たがさとに よがれをしてか郭公
 ただここにしも ねたるこゑする

いで人は 事のみぞよき月草の
 うつし心は 色ことにして

いつはりの なき世なりせばいか許
 人の事の葉 うれしからまし

いつはりと 思ふものから今更に
 たがまことをか 我はたのまむ

   素性法師
秋風に 山のこの葉のうつろへば
 人のこころも いかがとぞ思ふ

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   とものり
蝉のこゑ きけばかなしな夏衣
 うすくや人の ならんと思へば

うつせみの 世のひとごとのしげければ
 わすれぬ物の かれぬべらなり

あかでこそ おもはんなかははなれなめ
 そをだに後の わすれがたみに

わすれなんと 思ふ心のつくからに
 ありしよりけに まづぞこひしき

忘れなん 我をうらむな郭公
 人のあきには あはんともせず

たへず行く あすかのかはのよどみなば
 心あるとや 人のおもはん

 このうた、ある人のいはく、なかとみのあづま人が哥也
よどがはの よどむと人はみるらめど
 流れてふかき 心ある物を

   そせい法し
そこひなき ふちやはさはぐ山河の
 あさきせにこそ あだ浪はたて

紅の はつ花ぞめの色ふかく
 思ひしこころ われわすれめや

   かはらの左大臣
みちのくの しのぶもぢずりたれゆへに
 みだれんと思ふ 我ならなくに

おもふより いかにせよとか秋風に
 なびくあさぢの 色ことになる

ちぢの色に うつろふらめどしらなくに
 心し秋の もみぢならねば

   をののこまち
あまのすむ さとのしるべにあらなくに
 うらみんとのみ 人のいふらん

   しもつけのをむね
くもり日の かげとしなれる我なれば
 めにこそ見えね 身をばはなれず

   つらゆき
色もなき 心を人にそめしより
 うつろはむとは おもほえなくに

めづらしき 人をみんとやしかもせぬ
 我したひもの とけわたるらん

かげろふの それかあらぬか春雨の
 ふる日となれば 袖ぞぬれぬる

ほりえこぐ たななしを舟こぎかへり
 おなじ人にや こひわたりなん

   伊勢
わたつみと あれにしとこを今さらに
 はらはば袖や あわとうきなん

   つらゆき
いにしへに 猶立ちかへる心哉
 こひしきことに ものわすれせで

 人をしのびにあひしりて、あひがたくありければ、その家のあたりをまかりありきけるおりに、かりのなくをききてよみてつかはしける   大伴のくろぬし
思ひいでて こひしき時ははつかりの
 なきてわたると 人しるらめや

 右のおほいまうちぎみすまずなりにければ、かのむかしをこせたりけるふみどもをとりあつめて返すとてよみてをくりける   典侍藤原よるかの朝臣
たのめこし 事のは今は返してむ
 我身ふるれば をき所なし

 返し   近院の右のおほいまうちぎみ
今はとて かへす事のはひろひをきて
 をのが物から かたみとやみん

   よるかの朝臣
玉桙の 道はつねにもまどはなん
 人をとふとも 我かとおもはむ

まてといはば ねてもゆかなんしひてゆく
 こまのあしおれ まへのたなはし

 中納言源ののぼるの朝臣のあふみのすけに侍りけるとき、よみてやれりける   閑院
相坂の ゆふつけどりにあらばこそ
 きみがゆききを なくなくもみめ

   伊勢
ふるさとに あらぬものから我ために
 人の心の あれてみゆらむ

   寵
山がつの かきほにはへるあをつづら
 人はくれども 事づてもなし

   さかゐのひとざね
おほぞらは こひしき人のかたみかは
 物思ふごとに ながめらるらむ

あふまでの かたみも我はなにせんに
 見ても心の なぐさまなくに

 おやのまもりける人のむすめに、いとしのびにあひてものらいひけるあひだに、おやのよぶといひければ、いそぎかへるとて、もをなんぬぎをきていりにける、そののちもをかへすとてよめる   おきかぜ
あふまでの かたみとてこそとどめけめ
 涙にうかぶ もくづなりけり

かたみこそ 今はあたなれこれなくは
 わするる時も あらまし物を

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