古今和歌集 巻第十八 雑 哥 下
世中は なにかつねなるあすかがは
 きのふのふちぞ けふはせになる

いく世しも あらじ我身をなぞもかく
 あまのかるもに 思ひみだるる

鴈のくる 峯のあさぎりはれずのみ
 おもひつきせぬ 世中のうさ

   をののたかむらの朝臣
しかりとて そむかれなくに事しあれば
 まづなげかれぬ あなう世中

 かひのかみに侍りける時、京へまかりのぼりける人につかはしける  をののさだき
宮こ人 いかにととはば山たかみ
 はれぬもゐに わぶとこたへよ

 文屋のやすひでがみかはのぞうになりて、あがたみにはえいでたたじやと、いひやれりける返事によめる
   小野小町
わびぬれば 身をうき草のねをたえて
 さそふ水あらば いなんとぞ思ふ

   小野小町
あはれてふ ことこそうたて世中を
 思ひはなれぬ ほだしなりけれ

あはれてふ 事のはごとにをく露は
 むかしをこふる なみだなりけり

世中の うきもつらきもつげなくに
 まづしる物は なみだなりけり

よのなかは 夢かうつつかうつつとも
 夢ともしらず ありてなければ

世中に いづらわが身の有りてなし
 あはれとやいはん あなうとやいはむ

山里は 物のわびしき事こそあれ
 世のうきよりは すみよかりけり

   これたかのみこ
白雲の たえずたなびく峯にだに
 すめばすみぬる 世にこそありけれ

   ふるのいまみち
しりにけん ききてもいとへ世中は
 浪のさはぎに 風ぞしくめる

   そせい
いづくにか 世をばいとはん心
こそ 野にも山にも 迷ふべらなれ

世中は むかしよりやはうかりけん
 わが身ひとつの ためになれるか

よのなかを いとふ山邊のくさ木とや
 あなうの花の いろにいでにけん

みよし野の 山のあなたにやども哉
 世のうき時の かくれがにせむ

世にふれば うさこそまされみよしのの
 いはのかけ道 ふみならしてん

いかならん いはほのなかにすまばかは
 世のうきことの きこえこざらむ

あしひきの 山のまにまにかくれなん
うき世中は あるかひもなし

世中の うけくにあきぬ奥山の
 この葉にふれる ゆきやけなまし

 おなじもじなき哥   もののべのよしな
よのうきめ みえぬ山ぢへいらんには
 おもふ人こそ ほだしなりけれ

 山の法しのもとへつかはしける   凡河内みつね
世をすてて 山に入るひとやまにても
 猶うき時は いづちゆくらん

 物思ひける時、いときなきこを見てよめる
   凡河内みつね
今更に なにおひいづらん竹のこの
 うきふししげき よとはしらずや

世にふれば 事の葉しげきくれ竹の
 うきふしごとに 鴬ぞなく

木にもあらず 草にもあらぬ竹のよの
 はしにわが身は なりぬべら也

 ある人のいはく、たかつのみこの哥也
我身から うき世中となづけつつ
 人のためさへ かなしかるらむ

 おきのくににながされて侍りける時によめる
   たかむらの朝臣
おもひきや ひなのわかれにおとろへて
 あまのなはたき いさりせんとは

 田むらの御時に、事にあたりてつのくにのすまといふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける  在原行平朝臣
わくらばに 問ふ人あらばすまのうらにも
 しほたれつつ わぶとこたへよ

 左近將監とけて侍りける時に、女のとぶらひにをこせたりける返事によみてつかはしける   をののはるかぜ
あまびこの をとづれじとぞ今は思ふ
 我か人かと 身をたどる世に

 つかさとけて侍りける時よめる   平さだふん
うき世には かどさせりともみえなくに
 などかわが身の いでがてにする

 つかさとけて侍りける時よめる   平さだふん
ありはてぬ 命まつまのほどばかり
 うき事しげく おもはずもがな

 みこの宮のたちはきに侍りけるを、宮づかへつかうまつらずとて、とけて侍りける時によめる
   みやぢのきよき
つくばねの このもとごとにたちぞよる
 春のみ山の かげをこひつつz

 時なりける人の、にはかに時なくなりてなげくをみて、みづからの、なげきもなく、よろこびもなきことを思ひてよめる   清原ふかやぶ
光なき 谷には春もよそなれば
 さきてとくちる もの思ひなし

 かつらに侍りける時に、七条の中宮のとはせたまへりける御返事にたてまつれりける   伊勢
久方の なかにおひたるさとなれば
 ひかりをのみぞ たのむべらなる

 きのとしさだが、あはのすけにまかれりける時に、むまのはなむけせんとて、けふといひをくれりける時に、ここかしこにまかりありきて、よふくるまでみえざりければつかはしける   なりひらの朝臣
今ぞしる くるしき物と人またん
 さとをばかれず とふべかりけり

 これたかのみこのもとにまかりかよひけるを、かしらおろして、をのといふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに、ひえの山のふもとなりければ、ゆきいとふかかりけり。
 しひてかのむろにまかりいたりて、おがみけるに、つれづれとして、いとものがなしくて、かへりまうできてよみてをくりける   なりひらの朝臣
わすれては ゆめかとぞ思ふ おもひきや
 ゆきふみわけて 君をみんとは

 深草のさとにすみ侍りて、京へまうでくとて、そこなりける人によみてをくりける   なりひらの朝臣
年をへて すみこしさとをいでていなば
 いとど深草の とやなり南

 返し
野とならば うづらとなきて年はへん
 かりにだにやは 君はこざらむ

我をきみ なにはのうらにありしかば
 うきめをみつの あまとなりにき

 このうたは、ある人、むかしおとこありけるをうなの、おとことはずなりにければ、なにはなるみつのてらにまかりて、あまになりてよみて男につかはせりけるとなんいへる 返し
なにはがた うらむべきまもおもほえず
 いづこをみつの あまとかはなる

 返し
今さらに とふべき人もおもほえず
 やへむぐらして かどさせりてへ

 ともだちのひさしうまうでこざりけるもとに、よみてつかはしける   みつね
水のおも におふるさ月のうきくさの
 うき事あれや ねをたえてこぬ

 人をとはでひさしうありけるおりに、あひうらみければよめる   みつね
身をすてて ゆきやしにけん思ふより
 外なる物は こころなりけり

 むねをかのおほよりが、こしよりまうできたりける時に、雪のふりけるをみて、をのが思ひはこのゆきのごとくなんつもれるといひけるおりによめる   みつね
きみがおもひ 雪とつもらばたのまれず
 春より後は あらじとおもへば

 返し   宗岳大頼
君をのみ 思ひこしぢのしら山は
 いつかはゆきの きゆるときある

 こしなりける人につかはしける   きのつらゆき
思ひやる こしのしら山しらねども
 ひとよも夢に こえぬよぞなき

いざここに 我世はへなんすがはらや
 ふしみのさとの あれまくもおし

わがいほは みわの山もとこひしくは
 とぶらひきませ すぎたてるかど

   きせん法し
我いほは 宮このたつみしかぞすむ
 世をうぢ山と 人はいふなり

あれにけり あはれいくよのやどなれや
 すみけん人の をとづれもせぬ

 ならへまかりける時に、あれたる家に女の琴ひきけるをききて、よみていれたりける   よしみねのむねさだ
わび人の すむべきやどとみるなべに
 なげきくははる ことのねぞする

 はつせにまうづる道に、ならの京にやどれりける時よめる   二条
ひとふるす さとをいとひてこしかども
 ならの宮こも うきななりけり

世中は いづれかさして我がならん
 ゆきとまるをぞ やどとさだむる

相坂の あらしのかぜはさむけれど
 ゆくゑしらねば わびつつぞぬる

風のうへに ありかさだめぬちりの身は
 ゆくゑもしらず なりぬべら也

 家をうりてよめる   伊勢
あすかがは ふちにもあらぬ我やども
 せにかはり行く 物にぞ有りける

 つくしに侍りける時に、まかりかよひつつごうちける人のもとに、京にかへりまうできてつかはしける
   きのとものり
ふるさとは みしごともあらずおののえの
 くちし所ぞ こひしかりける

 女ともだちとものがたりして、別れてのちにつかはしける   みちのく
あかざりし 袖のなかにやいりにけん
 わがたましひの なき心ちする

 寛平御時に、もろこしのはう官にめされて侍りける時に、東宮のさぶらひにて、をのこどもさけたうべけるついでによみ侍りける   ふぢはらのただふさ
なよ竹の よながきうへにはつしもの
 おきゐて物を 思ふころかな

風ふけば おきつしらなみたつた山
 よはにや君が ひとりこゆらん

 ある人、この哥はむかし大和の國なりける人の女に、
 ある人すみわたりけり。
 この女おやもなくなりて、家もわるくなり行くあひだに、この男河内のくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆきけり。
 さりけれども、つらげなるけしきもみえで、かうちへいくごとに男の心のごとくにしつつ、いだしやりければ、
 あやしと思ひて、もしなきまに、こと心もやあるとうたがひて、月のおもしろかりけるよ、かうちへいくまねにて、せんざいのなかにかくれてみければ、夜ふくるまで、
 ことをかきならしつつうちなげきて、この哥をよみてねにければ、これをききて、それより、又外へもまからずなりにけりとなんいひ伝えたる
たがみそぎ ゆふつけどりか唐衣
 たつたのやまに おりはへてなく

わすられん 時しのべとぞはま千鳥
 行くゑもしらぬ あとをと簷爐襪

 貞観の御時、万葉集はいつ許つくれるぞととはせたまひければ、よみてたてまつりける   文屋ありすゑ
神な月 時雨ふりをけるならのはの
 名におふ宮の ふるごとぞこれ

 寛平御時、哥たてまつりけるついでにたてまつりける
   大江千里
あしたづの ひとりをくれてなくこゑは
 雲のうへまで きこえつがなん

 寛平御時、哥たてまつりけるついでにたてまつりける
   藤原かちをん
人しれず 思ふ心は春がすみ
 たちいでてきみが めにも見えなむ

 うためしけるときに、たてまつるとて、よみておくにかきつけてたてまつりける   伊勢
山川の をとにのみきくももしきを
 身をはやながら 見るよしもがな

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