古今和歌集 巻第四 秋 哥 上

 秋立つ日よめる   藤原敏行朝臣
あききぬと めにはさやかに見えねども
 風のをとにぞ おどろかれぬる

 秋立つ日うへのをのこども、かものかはらにかはせうえうしけるともにまかりてよめる  つらゆき
河風の すずしくもあるかうちよする
 浪とともにや 秋はたつらん

わがせこが 衣のすそを吹き返し
 うらめづらしき 秋のはつかぜ

昨日こそ さなへとりしかいつのまに
 いなばそよぎて 秋風のふく

秋風の 吹きにし日より久方の
 あまのかはらに たたぬ日はなし

ひさかたの あまのかはらのわたしもり
 きみわたりなば かぢかくしてよ

天河 もみぢをはしにわたせばや
 たなばたつめの 秋をしもまつ

こひこひて あふよはこよゐあまのかは
 霧立ちわたり あけずもあらなん

 寛平御時なぬかのよ、うへにさぶらふをのこども哥たてまつれとおほせられける時に、人にかはりてよめる
   とものり
あまの河 あさせしら浪たどりつつ
 わたりはてねば あけぞしにける

 おなじ御時、きさいの宮の哥合のうた
   藤原おきかぜ
契り劔 心ぞつらき織女の
 としにひとたび あふはあふかは

 なぬかの日の夜よめる   凡河内みつね
年ごとに あふとはすれどたなばたの
 ぬるよのかずぞ すくなかりける

 なぬかの日の夜よめる   凡河内みつね
たなばたに かしつるいとのうちはへて
 年のをながく こひやわたらん

   そせい
こよひこむ 人にはあはじ七夕の
 ひさしき程に まちもこそすれ

 なぬかのよの暁によめる   源むねゆきの朝臣
今はとて わかるる時は あまのかは
 わたらぬさきに 袖ぞひぢぬる

 やうかの日よめる   みぶのただみね
けふよりは 今こむ年の昨日をぞ
 いつしかとのみ まちわたるべき

このまより もりくる月のかげみれば
 心づくしの 秋はきにけり

おほかたの 秋くるからに我身こそ
 かなしき物と 思ひしりぬれ

わがために くる秋にしもあらなくに
 虫のねきけば まづぞかなしき

物ごとに 秋ぞかなしきもみぢつつ
 うつろひゆくを かぎりとおもへば

ひとりぬる とこはくさばにあらねども
 秋くるよひは 露けかりけり

 これさだのみこの家の哥合のうた
いつはとは 時はわかねど秋の夜ぞ
 物思ふことの かぎりなりける

 かむなりのつぼに人々あつまりて秋のよおしむうたよみけるついでによめる  みつね
かく許おしと 思ふ夜をいたづらに
 ねであかすらん 人さへぞうき

白雲に はねうちかはしとぶかりの
 かずさへみゆる あきのよの月

さ夜なかと よはふけぬらしかりがねの
 きこゆるそらに 月わたるみゆ

 これさだのみこの家の哥合によめる   大江千里
月みれば ちぢにものこそかなしけれ
 わが身ひとつの 秋にはあらねど

 これさだのみこの家の哥合によめる   ただみね
久方の 月の桂も秋は猶
 もみぢすればや てりまさるらむ

 月をよめる   在原元方
秋の夜の 月のひかりしあかければ
 くらぶの山も こえぬべら也

 人のもとにまかれりける夜、きりぎりすのなきけるをききてよめる   藤原ただふさ
きりぎりす いたくななきそ秋のよの
 ながきおもひは 我ぞまされる

 是貞のみこの家の哥合のうた   としゆきの朝臣
秋のよの あくるもしらずなくむしは
 わがごとものや かなしかるらん

あきはぎも 色づきぬればきりぎりす
 わがねぬごとや よるはかなしき

秋のよは つゆこそことにさむからし
 くさむらごとに むしのわぶれば

君しのぶ 草にやつるるふるさとは
 松虫のねぞ かなしかりける

秋ののに 道もまどひぬまつむしの
 こゑする方に やどやからまし

あきののに 人松虫のこゑすなり
 我かとゆきて いざとぶらはん

もみぢばの ちりてつもれる我やどに
 たれをまつむし ここらなくらん

ひぐらしの なきつるなべに日はくれぬと
 思ふは山の かげにぞありける

ひぐらしの なく山ざとの夕ぐれは
 風よりほかに とふ人もなし

 はつかりをよめる   在原元方
まつ人に あらぬものからはつかりの
 けさなくこゑの めづらしき哉

 是貞のみこの家の哥合のうた   とものり
秋風に はつかりがねぞきこゆなる
 たがたまづさを かけてきつらん

わがかどに いなおほせどりのなくなべに
 けさ吹く風に かりはきにけり

いとはやも なきぬるかりか白露の
 色どる木々も もみぢあへなくに

春霞 かすみていにしかりがねは
 今ぞなくなる 秋ぎりのうへに

夜をさむみ 衣かりがねなくなべに
 はぎのしたばも うつろひにけり

 このうたはある人のいはく、かきのもとの人まろが也と
 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   藤原菅根朝臣
秋風に こゑをほにあげてくる舟は
 あまのとわたる かりにぞありける

 かりのなきけるをききてよめる   みつね
うきことを 思ひつらねてかりがねの
 なきこそわたれ 秋のよなよな

 これさだのみこの家の哥合のうた   ただみね
山里は 秋こそことにわびしけれ
 しかのなくねに めをさましつつ

 これさだのみこの家の哥合のうた
奥山に 紅葉ふみわけ鳴く鹿の
 こゑきく時ぞ 秋はかなしき

秋はぎに うらびれをればあしひきの
 山したとよみ 鹿のなくらん

あきはぎを しがらみふせてなくしかの
 めには見えずて をとのさやけさ

 これさだのみこの家の哥合によめる
   藤原としゆきの朝臣
秋はぎの花さきにけり 高砂の
おのへのしかは今やなく覧

 むかしあひしりて侍りける人の、秋ののにあひて、
 ものがたりしけるついでによめる  みつね
秋はぎの ふるえにさける花みれば
 本の心は わすれざりけり

あきはぎの したばいろづく今よりや
 ひとりある人の いねがてにする

なきわたる かりの涙やおちつらん
 物思ふやどの はぎのうへの露

はぎの露 たまにぬかんととればけぬ
 よしみん人は 枝ながらみよ

 ある人のいはく、この哥はならのみかどの御うた也と
おりてみば おちぞしぬべき秋はぎの
 枝もたわわに をけるしら露

萩が花 ちるらむをののつゆじもに
 ぬれてをゆかん さよはふくとも

 是貞のみこの家の哥合によめる   文屋あさやす
秋ののに をく白露はたまなれや
 つらぬきかくる くものいとすぢ

   僧正遍昭
名にめでて おれる許ぞをみなへし
 我おちにきと 人にかたるな

 僧正遍昭がもとに、ならへまかりける時におとこ山にてをみなへしをみてよめる ふるのいまみち
をみなへし うしとみつつぞ行きすぐる
 おとこ山にし たてりとおもへば

 是貞のみこの家の哥合のうた   としゆきの朝臣
秋ののに やどりはすべしをみなへし
 名をむつまじみ たびならなくに

   をののよし木
をみなへし おほかるのべにやどりせば
 あやなくあだの 名をやたちなん

 朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
   左のおほいまうちぎみ
女郎花 秋のの風にうちなびき
 心ひとつを たれによすらん

 朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
   藤原定方朝臣
秋ならで あふことかたきをみなへし
 あまのかはらに おひぬものゆへ

 朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
   つらゆき
たが秋に あらぬものゆへをみなへし
 なぞ色にいでて まだきうつろふ

 朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
   みつね
つまこふる しかぞなくなる女郎花
 をのがすむのの 花としらずや

 朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
   みつね
をみなへし 吹きすぎてくる秋風は
 めにはみえねど かこそしるけれ

 朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
   ただみね
人のみる ことやくるしきをみなへし
 秋ぎりにのみ たちかくるらん

 朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
   ただみね
ひとりのみ ながむるよりは女郎花
 わがすむやどに うへてみましを

 ものへまかりけるに、人の家にをみなへしうへたりけるをみてよめる   兼覧王
をみなへし うしろめたくも見ゆる哉
 あれたるやどに ひとりたてれば

 寛平御時、蔵人所のをのこども、さが野に花みんとてまかりたりけるとき、かへるとてみなうたよみけるついでによめる   平さだふん
花にあかで なにかへるらんをみなへし
 おほかるのべに ねなまし物を

 これさだのみこの家の哥合によめる   としゆきの朝臣
なに人か きてぬぎかけしふぢばかま
 くる秋ごとに のべをにほはす

 ふぢばかまをよみて人につかはしける   つらゆき
やどりせし 人のかたみかふぢばかま
 わすられがたき かににほひつつ

 ふぢばかまをよめる   そせい
ぬししらぬ かこそにほへれ秋ののに
 たがぬぎかけし ふぢばかまぞも

   平貞文
今よりは うへてだにみじ花すすき
 ほにいづる秋は わびしかりけり

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた
   ありはらのむねやな
秋の野の 草のたもとか花すすき
 ほにいでてまねく 袖とみゆらん

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   素性法師
我のみや あはれとおもはんきりぎりす
 なく夕かげの 山となでしこ

みどりなる ひとつ草とぞ春はみし
 秋は色々の 花にぞありける

ももくさの 花のひもとく秋ののに
 思ひたはれむ 人なとがめそ

月草に 衣はすらむあさ露に
 ぬれてののちは うつろひぬとも

 仁和のみかど、みこにおはしましける時、ふるのたき
御覧ぜむとておはしましけるみちに、遍昭がははの家にやどりたまへりける時に、庭を秋ののにつくりて、
おほむものがたりのついでによみてたてまつりける
   僧正遍昭
さとはあれて 人はふりにしやどなれや
 庭もまがきも 秋ののらなる

古今和歌集 春上 春下  秋上 秋下   離別 羇旅 物名 戀1 戀2 戀3 戀4 戀5 哀傷 雑上 雑下 書架