古今和歌集 巻第十二 戀 哥 二

   小野小町
思ひつつ ぬればや人のみへつらん
 夢としりせば さめざらましを

   小野小町
うたたねに こひしき人をみてしより
 ゆめてふ物は たのみそめてき

   小野小町
いとせめて こひしき時はむばたまの
 夜の衣を かへしてぞきる

   素性法師
秋風の 身にさむければつれもなき
 人をぞたのむ くるる夜ごとに

 しもついづもでらに人のわざしける日、真せい法しのだうしにていへりけることばをうたによみて、小野小町がもとにつかはせりける   あべのきよゆきの朝臣
つつめども 袖にたまらぬ白玉は
 人をみぬめの なみだなりけり

 返し   こまち
をろかなる 涙ぞそでに玉はなす
 我はせきあへず たぎつせなれば

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   藤原敏行朝臣
戀ひわびて うちぬるなかに行きかよふ
 夢のただぢは うつならなむ

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   藤原敏行朝臣
すみのえの きしによる浪よるさへや
 ゆめのかよひぢ 人めよぐらん

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   をののよしき
わがこひは み山がくれの草なれや
 しげさまされど しる人のなき

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   紀とものり
よゐのまも はかなくみゆる夏虫に
 まどひまされる こひもするかな

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   紀とものり
ゆふされば 螢よりけにもゆれども
 ひかりみねばや 人のつれなき

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   紀とものり
ささの葉に をくしもよりもひとりぬる
 我衣手ぞ さえまさりける

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   紀とものり
わがやどの きくのかきねにをくしもの
 きえかへりてぞ こひしかりける

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   紀とものり
河のせに なびくたまものみがくれて
 人にしられぬ こひもする哉

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   みぶのただみね
かきくらし ふるしら雪のしたぎえに
 きえて物思ふ ころにもあるかな

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   藤原おきかぜ
きみこふる 涙のとこにみちぬれば
 みをつくしとぞ 我はなりける

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   藤原おきかぜ
しぬるいの ちいきもやすると心みに
 玉のを許 あはんといはなん

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   藤原おきかぜ
わびぬれば しひてわすれんとおもへども
 夢といふ物ぞ 人だのめなる

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた
わりなくも ねてもさめてもこひしきか
 心をいづち やらばわすれん

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた
こひしきに わびてたましひまどひなば
 むなしきからの なにやのこらん

 寛平御時きさいの宮の哥合のうた   きのつらゆき
君こふる 涙しなくはから衣
 むねのあたりは 色もえなまし

   きのつらゆき
世とともに 流れてぞゆく涙河
 冬もこほらぬ みなわなりけり

   きのつらゆき
夢ぢにも 露やをくらん夜もすがら
 かよへる袖の ひぢてかはかぬ

   素性法師
はかなくて ゆめにも人をみつるよは
 あしたのとこぞ おきうかりける

   藤原ただふさ
いつはりの 涙なりせば唐衣
 しのびに袖は しぼらざらまし

   大江千里
ねになきて ひぢにしかども春さめに
 ぬれにし袖と とはばこたへん

   としゆきの朝臣
わがごとく 物やかなしきほととぎす
 時ぞともなくよただなく覧

   つらゆき
さ月山 こずゑをたかみほととぎす
 なくねそらなる 戀もする哉

   凡河内みつね
秋霧の はるる時なき心には
 たちゐのそらも おもほえなくに

   清原ふかやぶ
虫のごと こゑにたててはなかねども
 涙のみこそ したにながるれ

 これさだのみこの家の哥合のうた
秋なれば 山とよむまでなくしかに
 我おとらめや ひとりぬる夜は

   つらゆき
あきののに みだれてさける花の色の
 ちぐさに物を 思ふころかな

   みつね
ひとりして 物をおもへば秋のよの
 いなばのそよと いふ人のなき

   ふかやぶ
人を思ふ 心はかりにあらねども
 くもゐにのみも なきわたるかな

   ただみね
秋風に かきなすことのこゑにさへ
 はかなく人の こひしかるらむ

   つらゆき
まこもかる よどのさは水雨ふれば
 つねよりことに まさるわがこひ

 やまとに侍りける人につかはしける   つらゆき
こえぬまは よしのの山のさくら花
 人づてにのみ ききわたる哉

 やよひ許に、ものたうびける人のもとに、また人まかりつつせうそこききて、よみてつかはしける  つらゆき
つゆならぬ 心を花にをきそめて
 風ふくごとに 物おもひぞつく

   坂上これのり
わがこひにくらぶの山のさくら花
 まなくちるともかずはまさらじ

   むねのかのおほより
冬河の うへはこほれる我なれや
 したに流れて こひわたるらん

   ただみね
たぎつせに ねざしとどめぬうき草の
 うきたる戀も 我はするかな

   とものり
夜ゐ夜ゐに ぬぎてわがぬるかり衣
 かけておもはぬ 時のまもなし

   とものり
あづまぢの さやのなか山中々に
 なにしか人を 思ひそめけん

   とものり
しきたへの 枕のしたに海はあれど
 人を見るめは おひずぞありける

   とものり
としをへて きえぬおもひはありながら
 よるのたもとは 猶こほりけり

   つらゆき
わがこひは しらぬ山ぢにあらなくに
 迷ふ心ぞ わびしかりける

   つらゆき
紅のふり いでつつなくなみだには たもと
のみこそ 色まさりけれ

   つらゆき
白玉と みえし涙もとしふれば
 からくれなゐに うつろひにけり

   みつね
夏むしを なにかいひ劔心から
 我もおもひに もえぬべら也

   ただみね
風ふけば 峯にわかるる白雲の
 たえてつれなき 君が心か

   ただみね
月かげに わが身をかふる物ならば
 つれなき人も あはれとやみん

   ふかやぶ
こひしなば たが名はたたじ世中の
 つねなき物と いひはなすとも

   つらゆき
つのくにの なにはのあしのめもはるに
しげき我戀 人しるらめや

   つらゆき
てもふれで 月日へにける白まゆみ
 おきふしよるは いこそねられね

   つらゆき
人しれぬ 思ひのみこそわびしけれ
 我なげきをば 我のみぞしる

   とものり
事にいで ていはぬ許ぞみなせ川
したにかよひて 戀しき物を

   みつね
君をのみ おもひねにねし夢なれば
 我心から みつるなりけり

   ただみね
命にも まさりておしくある物は
 みはてぬ夢の さむるなりけり

   はるみちのつらき
梓弓 ひけばもとすゑ我方に
 よるこそまされ こひの心は

   みつね
わがこひは ゆくゑもしらずはてもなし
 あふを限りと おもふばかりぞ

   みつね
我のみぞ かなしかりけるひこぼしも
 あはですぐせる 年しなければ

   ふかやぶ
今ははや こひしなましをあひみんと
 たのめし事ぞ 命なりける

   みつね
たのめつつ あはでとしふるいつはりに
 こりぬ心を 人はしらなむz
   とものり
いのちやは なにぞは露のあだものを
 あふにしかへば おしからなくに

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