会津八一
かすが野に押してるつきのほがらかに
あきのゆふべとなりにけるかも

かすがののみくさ折りしきふすしかの
つのさへさやにてるつくよかも

うちふしてものもふ草のまくらべを
あしたのしかのむれわたりつつ

つの刈るとしか追ふ人はおほてらの
むねふきやぶるかぜにかもにる

こがくれてあらそふらしきさをしかの
つののひびきに夜はくだちつつ

うらみわびたちあかしたるさをしかの
もゆるまなこにあきのかぜふく

かすが野にふれるしらゆきあすのごと
けぬべくわれはいにしへおもほゆ

もりかげのふぢのふる根によるしかの
ねむりしつけきはるの雪かな

はるきぬといまかもろびとゆきかへり
ほとけのにはに花さくらしも

わぎもこがきぬかけやなぎみまくほり
いけをめぐりぬかささしながら

くわんおんの背にそふ蘆のひともとの
あさきみどりにはるたつらしも

ほほゑみてうつつごころにありたたす
百済ぼとけにしくものぞなき

つといればあしたのかべにたちならぶ
かの招堤のだいぼさつたち

はつなつのかぜとなりぬとみほとけは
をゆびのうれにほのしらすらし

こんでいのほとけうすれし紺綾の
だいまんだらに虻のはねうつ

たび人の目にいたきまでみどりなる
築地のひまの菜畑のいろ

香薬師わがをろがむとのきひくき
ひるのちまたをなづみゆくかも

たび人にひらく御堂のしとみより
迷企羅が太刀にあさひさしたり

みほとけのうつらまなこにいにしへの
やまとくにはらかすみてあるらし

ちかづきて仰ぎみれどもみほとけの
みそなはすともあらぬさびしさ

あきはぎは袖にはすらじふるさとに
ゆきてしめさむ妹もあらなくに

かきの實をになひてくだるむらびとに
いくたびあひしたきさかのみち

まめがきをあまたもとめてひとつづつ
くひもてゆきしたきさかのみち

缺けおちていはのしたなるくさむらの
つちとなりけむほとけかなしも

たきさかのかしのもみぢにきぬかけて
きよきかはせにあそぶ子等はも
ゆふさればきしのはにふによる
蟹のあかきはさみに秋のかぜふく

おほらかにもろ手のゆびをひらかせて
おほきほとけはあまたらしたり

あまたたびこのひろまへにめぐりきて
たちたるわれぞ知るやみほとけ

毘樓博叉まゆねよせたるまなざしを
まなこにみつつあきの野をゆく

おほてらのほとけのかぎり灯ともして
よるのみゆきを待つぞゆゆしき

おほてらのにはの幡鉾さよふけて
ぬひのほとけに露ぞおきにける

ならさかのいしのほとけのおとがひに
こさめながるるはるはきにけり

浄るりの名をなつかしみみゆきふる
はるのやまべをひとりゆくなり

かれわたる池のおもてのあしのまに
かげうちひたしくるる塔かな

毘沙門のふりしころものすそのうらに
くれなゐもゆる寶相華かな

はたなかのかれたるしばに立つひとの
うごくともなしものもふらしも

はたなかに真日てりたらすひとむらの
かれたるくさにたちなげくかな

しぐれのあめいたくなふりそ金堂の
はしらのまほそ壁にながれむ

ふるてらのはしらにのこるたび人の名を
よみゆけどしるひともなし

ふぢはらのおほききさきをうつしみに
あひみるごとくあかきくちびる

からふろの湯げたちまよふゆかのうへに
うみにあきたるあかきくちびる

からふろのゆげのおぼろにししむらを
ひとにすはせしほとけあやしも

たかむらにさしいるる日もうらさびし
ほとけいまさぬあきしぬのさと

まばらなる竹のかなたのしろかべに
しだれてあかきかきの實のかず

あきしぬのみてらをいでてかへりみる
いこまがたけにひはおちむとす

まがつみはいまのうつつにありこせど
踐みしほとけのゆくへしらずも

ひとりきてかなしむ寺のしろかべに
汽車のひびきのゆきかへりつつ

おほてらのまろきはしらの月かげを
つちにふみつつものをこそおもへ

せんだんのほとけほのてるともし
火のゆららゆららにまつのかぜふく

とこしへにねむりておはせおほてらの
いまのすがたにうちなかむよは

しぐれふる野すゑのむらのこのまより
みでてうれし薬師寺の塔

くさにねてあふげばのきのあおそらに
雀かつとぶやくし寺の塔

水煙のあまつおとめがころもでの
ひまにもすめる秋のそらかな

あらしふくふるきみやこのなかぞらの
いりひの雲にもゆる塔かな

いかるがのさとのおとめはよもすがら
きぬはたおれりあきちかみかも

うまやどのみこのまつりもちかづきぬ
松みどりなるいかるがのさと

いかるがのさとびとこぞりいにしへに
よみがへるべきはるはきむかふ

うまやどのみこのみことはいつのよの
いかなるひとかあふがざらめや

みとらしのあづさのまゆみつるはけて
ひきてかへらぬいにしへあはれ

おしひらくおもきとびらのあひだよりは
やみえたまふみほとけのかほ

たちいでてとどろととざす金堂の
とびらのおとにくるるけふかな

ちとせあまりみたび周れるももとせを
ひとひのごとくたてるこの塔

あめつちにわれひとりゐてたつごとき
このさびしさをきみはほほえむ

あまたみしてらにはあれどあきの日に
もゆるいらかはけふみつるかも

うつしよのかたみにせむといたつきの
みをうながしてみにこしわれは

ひとりきてめぐる御堂のかべのゑの
ほとけのくにもあれにけるかも

おほてらのかべのふるゑにうすれたる
ほとけのまなこわれをみまもる

うすれゆくかべゑのほとけもろともに
わがたまのをのたえぬともよし

ほろびゆくちとせののちにこのてらの
いづれのほとけありたたすらむ

みほとけのあごとひぢとにあまでらの
あさのひかりのともしきろかも

くわんおんのしろきひたひに瓔珞の
かげうごかしてかぜのわたるみゆ

みとらしのはちすにのこるあせのいろの
みどりなふきそこがらしのかぜ

あまつかぜ吹きのすさみにふたがみの
をさへみねさへかつらぎのくも

ふたがみのてらのきざはし秋たけて
やまのしづくにぬれぬ日ぞなき

ふたがみのすその竹むらひるがへし
かぜふきいでぬ塔のひさしに
おにひとつ行者のひざをぬけいでて
あられうつらむふたがみの里

あしびきの山のはざまのいはかどの
つららに似たるきみがあごひげ

やまとより吹きくるかぜをよもすがら
山のこぬれにききあかしつつ

さきだちて僧がささぐるともし火に
くしきほとけのまゆあらはなり

なまめきてひざにたてたるしろたへの
ほとけのひぢはうつつともなし

くろ駒のあさのあがきにふませたる
をかのくさねとなづみぞわがこし

世をそしるまづしき僧のまもり来し
このくさむらのしろきいしずゑ

耳しふとぬかづくひとも三輪やまの
このあきかぜをきかざらめやも

ささやかに丹ぬりの塔のたちすます
木のまにあそぶ山さとの子等

みほとけの肱まろらなるやははだの
あせむすまでにしげる山かな

やまとぢの瑠璃のみそらにたつくもは
いづれのてらのうへにかもあらむ

わさだかるおとめがとものかかふりの
白きをみつつみち奈良にいる

をしかなくふるきみやこのさむき夜を
いへはおもはずいにしへおもふに

なら山のしたはのくぬぎいろにいでて
ふるへのさとをおもひぞわがする

あかき日のかたむくのらのいやはての
ならのみてらのかべのゑをおもへ

のこりなくてらゆきめぐれかぜふきて
ふるきみやこはさむくありとも

ならさかを浄瑠璃でらにこえむ日は
みちの真埴にあしあやまちそ

ならやまをさかりし日よりあさにけに
みてらみほとけおもかげに立つ

みすずかるしなののはてのむらやまの
みねふきわたるみなつきのかぜ

かぎりなきみそらのはてをゆく雲の
いかにかなしきこころなるらむ

おしなべてさぎりこめたるおほぞらに
なほたちのぼるあかつきのくも

あさあけのをのへをいでし白くもの
いづれのそらにゆきかくれけむ

くもひとつみねをめぐりて湯のむらの
はるるひまなきわがこころかな

いにしへのヘラスのくにのおほ神を
あふぐがごときくものまはしら

あをそらのひるのうつつにあらはれて
われに答へよいにしへのかみ
かみつけのしら根の谷にきえのこる
ゆきふみわけてつみしたかむな

ふねはつるあさのうらわにうちむれて
しろきあひるのなくぞかなしき

帆はしらのなかよりみゆるいそやまの
てらのもみぢばうつろひにけり

わがすてしバナナのかはをながしゆく
しほのうねりをしばしながむる

みやじまとひとのゆびさすともし火を
ひだりにみつつふねはすぎゆく

うなばらをわがこえくればあけぬりの
しまのやしろにふれるしらゆき

いかしゆのあふるるなかにもろあしを
ゆたけくのべてものおもひもなし

はまの湯のにはのこのまにいさりびの
かずもしられずみゆるこのごろ

たちばなのこぬれれたわわにふくかぜの
やむときもなくいにしへおもほゆ

わがこころつくしのはまたちばなの
いろつくまでにあきふけにけり

うなばらにむかふすやへのしらくもを
みやこのかたにゆめはぬひゆく

をちこちの島のやしろのもろがみに
わがうたよせよ沖つしらなみ

あしびきのやまくに川のかはぎりに
しぬぬにぬれてわがひとりねし

やまくにのかはのくまわにたつきりの
われにこふれかゆめにみえつる

よひにきてあしたながむるむかつをのこ
ぬれしづかにしぐれふるなり

ひとみなのよしとふもみぢちりはてて
しぐるる山をひとりみるかな

しぐれふる山をしみればこころさへ
ぬれとほるべくおもほゆるかも

あさましくおいゆくやまのいはかどを
つつみもあへずこのはちるなり

むかつをの杉のほこふでぬきもちて
ちひろのいはにうたかかましを

しぐれふるやまくにかはのたにまより
ゆふかたまけてわれひとりゆく

やまくにの川のせさらずたつきりの
たちかへりみつつみむよしもがも

あきさらばやまくにかはのもみぢばの
いろにかいでむわれまちがてに

むかし人こころゆくらにものかきし
ふすまにたてばなみだながるる

なほざりにゑがきし蘭のふでにみる
たたみのあとのなつかしきかな

いにしへの人にわれあれやもろともに
ものいはましをものかかましを
このごろのよるのながきにはにねりて
むらのおきながつくらせるさる

かはら焼くおきながみせのさむしろの
かぜにふかるるさにぬりのさる

さるの皇子茶みせのたなにうま並めて
あしたのかりにいまたたすらし

たちならぶ墓のかなたのうなばらを
ほぶねゆきかふひごのはまむら

菊ううとおりたつにはのこのまゆも
たまたまとほきうぐひすのこゑ

きくううとつちにまみれてさにはべに
われたちくらす人なとひそね

はなすぎてのびつくしたるすゐせんの
ほそ葉みだれてあめそそぐみゆ

かすみ立つをちかたのべのわかくさの
しら根しぬぎてしみづわくらし

しらゆりの葉わけのつぼみいちじろく
みゆべくなりぬあさにひにけに

野のとりのにはのをささにかよひきて
あさるあのとのかそけくもあるか

ゆくはるのかぜをときじみかしのねの
つちにみだれてちるわかばかな

まめううるはたのくろつちこのごろの
あめをふくみてあをまちにけむ

いりひさすはたけのくろに豆ううと
つちおしならす手のひらのおと

あめはれしきりのしたはにぬれそぼつ
あしたのかどのつきみさうかな

うまのるとわがたちいづるあかときの
つゆにぬれたるからたちのかき

あきづけばまたさきいでしうらにはの
くさにこぼるるやまぶきのはな

水かれしはちすのはちにつゆくさの
はなさきいでぬあきはきぬらし

おこたりて草になりゆくひろにはの
いりひまだらにむしのねぞする

しげりたつかしのこのまのあを空を
ながるるくものやむときもなし

わがかどのあれたるはたをゑがかむと
ふたりのゑかきくさに立つみゆ

むさしののくさにとばしるむらさめの
いやしくしくにくるるあきかな
みよしののむだのかはべのあゆすしの
しほくちひびくはるのさむきに

はるあさきやまのはしゐのさむしろに
むかひのみねのかげのよりくる

あまごもるやどのひさしにひとりきて
てまりつく子のこゑのさやけさ

ふるみやのまだしきはなのしたくさの
をばながうれにあめふりやまず

かぐやまのかみのひもろぎいつしかに
まつのはやしとあれにけむかも

かぐやまのこまつかりふせむぎまくと
をのうつひとのあせのかがやき

はるの野のことしげみかもやまかげの
くはのもとどりとかずへにつつ

ちはやぶるうねびかみやまあかあかと
つちのはだみゆまつのこのまに

くさふめばくさにかくるるいしずゑの
くつのはくしやにひびくさびしさ

やまでらのさむきくりやのともしびに
ゆげたちしらむいものかゆかな

あめそそぐやまのみてらにゆくりなく
あひたてまつるやましなのみこ

ちよろづのかみのいむとふおほてらを
おしてたてけむこのむらのへに

たなごころうたたつめたきガラスどの
くだらぼとけにたちつくすかな

あせたるをひとはよしとふ頻婆果の
ほとけのくちはもゆべきものを

ガラスどにならぶ四はうのみほとけの
ひざにたぐひてわがかげはゆく

のちのよのひとのそへたるころもでを
おもげにたたす四てんわうかな

かすがののしかふすくさのかたよりに
わがこふらくはとほつよのひと

かすがののよをさむみかもさをしかの
まちのちまたをなきわたりゆく

あまごもるならのやどりにおそひきて
さけくみかはすふるきともかな

みわたせばきづのかはらのしろたへに
かがやくまでにはるたけにけり

のびやかにみちによこたふこのいはの
ひとにしあれやわれをろがまむ

かたむきてうちねむりゆくあきのよの
ゆめにもたたずわがほとけたち

あさひさすいなだのはてのしろかべに
ひとむらもみぢもえまさるみゆ

みかぐらのまひのいとまをたちいでて
もみぢにあそぶわかみやのこら

やまゆけばもずなきさわぎむさしのの
にはべにあしたおもひいでつも

ゆめどのはしづかなるかなものもひに
こもりていまもましますがごと

義疏のふでたまたまおきてゆふかげに
ふみならしけむこれのふるには

とほつよのみくらいできてくるるひを
まつのこぬれにうちあふぐかな

しかなきてかかるさびしきゆふべとも
しらでひともすならのまちびと

しかなきてならはさびしとしるひとも
わがもふごとくしるといはめやも

おとなへば僧たちいでておぼろげに
われをむかふるいしだたみかな

あさひさすしろきみかげのきだはしを
さきてうづむるけいとうのはな

だいひかくうつらうつらにのぼりきて
おかのかなたのみやこをぞみる

せきばくとひはせうだいのこんだうの
のきのくまよりくれわたりゆく

あまぎらしまだきもくるるせうだいの
にはのまさごをひとりふむかな

よもすがら戒會のかねのひびきよる
ふるきみやこのはたのくさむら

のきひくきさかのみだうにひとむれて
にはのまさごにもるるともしび

うつろひしみだうにたちてぬばたまの
いしのひとみのなにをかもみる

かいだんのまひるのやみにたちつれて
ふるきみかどのゆめをこそまもれ

維摩居士むねもあらはにくむあしの
ややにゆるびしすがたこそよけれ

あきのひは義淵がふかきまなぶたに
さしかたむけりひとのたえまを

かべにゐてゆかゆくひとにたかぶれる
ぎがくのめんのはなふりにけり

いかでわれこれらの面にたぐひゐて
ちとせののちのよをあざけらむ

をとめらはかかるさびしきあきののを
ゑみかたまけてものがたりゆく

をとめらがものがたりゆくののはてに
みるによろしきてらのしろかべ

うつくしきひともこもれりむさしのの
おくかもしらずあらしふくらし

あをによしならやまこえてさかるとも
ゆめにしみえこわかくさのやま

ふるてらのみだうのやみにこもりゐて
もだせるこころひとなとひそね
たまたまにやまをしふめばおのづから
やまのいぶきのあやにかなしも

やまつつじうつろうなべにおにつつじ
もゆるたをりにのぼりいでにけり

このをかのうめのふるえだのびはてて
なつにかむかふきるひとなしに

みはるかすのらのいづくにすむはとの
とほきつづみとききのよろしき

とねいまだうらわかからしあしびきの
やまかたづきてしろむをみれば

たなぐもをそごひになしてあまそそる
あかぎのねろはまなかひにたつ

むらぎものこころはるけしまなかひに
なつづくやまのそきたつをみて

あかぎねのをちかたとほきやまなみに
ふたらさやけくくものよるみゆ

かみつけのくにのかぎりとたつくもの
ひまにもしろきほたかねのゆき

かみつけのそらのみなかにかがよへる
くもはしづけしいにしへもかく

いたりつくやまのみづうみおほならの
ひろはゆたけくかげろへるかも

ならのははいまをはるびとわがたてる
つかのあひだものびやまざらむ

はるやまのならのわかばになくせみの
くぐもりてのみわがよはをへむ

おほならのかなしさきそうみづうみの
きしのいはほにつるはなにうを

しろがれにかれたつかやのなかにして
つつじはもゆるみづうみのはてに

きしゆけばあさのまさごにおほきなる
こひしにてありやまのみづうみ

しよくだうのあしたのまどにひとむらの
あけのかまづかぬれたてるかも

おちあひのしづけきあさをかまづかの
したてるまどにものくらひをり

かまづかのあけのたりはのしげりはを
いはひかくろひいなぐすむみゆ

かまづかはたけにあまれりわがまきて
きのふのごとくおもほゆるまに

すゐせんをほりたるあとにかまづかを
わがまきしひはとほからなくに

むらさきはあけにもゆるをきにもゆる
みどりはさびしかまづかのはな

かまづかのあけのひとむらゑがかむと
われたちむかふふでもゆららに

かまづかはあけにもゆるをひたすらに
すみもてかきつわがこころから

すみもちてかけるかまづかうつせみの
わがひたひがみにるといはずやも

かすがののをばなかたまけおくつゆの
おもきこころをわがいかにせむ

雲ふかみいまかいざよふあまつひの
ひかりこもらふかつらぎのそら
うつろひしつづれのほとけつかへきて
やまはことしももみぢせるかも

こもりゐてほとけおりけむふたがみの
やまのをかべのかりいほしおもほゆ

まちなかにあしたのかねのつきおこる
きやうとにいねてあしのばしをり

たいがだうここにすみきとひとひらの
いしぶみたちてこだちせるかも

きよみづのやねのひはだのまだらにも
つゆをふくめるこけのいろかな

くわんおんののきのしとみにしろじろと
ものふりけらしひとのひびきに

こだちなきにはをきづきてしろすなに
いはすゑけらしいにしへのひと

そとにはのまつにかげりていはむらを
ひたせるすなのたゆたふににつ

そとにはのかきのこずゑをうつさをの
ひびきもちかししろすなのうへに

あささむきてらのいたまをわたりきて
いしひえはてしえいだうのゆか

えいだうのあさのくらきにうちならぶ
むろまちどののそくたいのざう

ふるてらのながきいたまをひたすらに
わがおもひこしたかうぢのかほ

たかうぢのざうみていづるえいだうの
のきにはるけきあきのそらかな

あないじやのけうときすがためにありて
しづこころなきぎんかくのには

むかしきてかたりしそうのおもかげの
しろきふすまをさりがてぬかも

ともとわがおりたつてらのにはのへに
せまりてあおきたかまどのやま

ひむがしのやまべをけづりやまをさへ
しぬぎてたてしこれのおほてら

いくとせのひとのちからをささげこし
おほきほとけはあふぐべきかな

うちあふぐのきのくまわのさしひぢき
まそほはだらにはるびさしたり

あまぎらすみてらのいらかあさにけに
をちかたびとのかすみとやみむ

ひさしくもつかざるかねをおしなでて
こもれるひびききかずしもあらず

ひさしくもつかざるかねははるのひに
ぬくもりてありねむれるがごと

さをしかのみみのわかげにきこえこぬ
かねをひさしみこひつつかならむ

いこまねをそがひにみつつめぐりこし
むぎのなかなるひとすぢのみち

ふるみやのをかべにたてばいくとせの
はるびさしたりそのくさのねに

すめろぎはここにいましてひむがしの
おほきみてらをみそなはしけむ

かれくさにわかくさまじりみだれふす
おほみやどころふめばくやしも
十一
みはるかすふるきみやこのののはてに
ひとありてうつくはのかがやき

いくむらのみささぎまろくつらなれる
ふるきみやこのきたやまのそら

あるときはまなこしひたるたうそうに
ものたまはりてねぎらはせけむ

ひさかたのつきひはるけきおほみやの
かれたるしばにものもひやまず

いくたびをわれまたきたりこのをかの
みくさのうへにものおもはめや

をろがみてきのふのごとくかへりこし
みほとけすでになしといはずやも

みほとけはいかなるいこのをのこらが
やどにかたたすゆめのごとくに

みほとけはいまさずなりてふるあめに
わがいしぶみのぬれつつかあらむ

いでましてふたたびかへりいませりし
みてらのかどにわれたちまたむ

かどのへのたかまどやまをかれやまと
そうはなげかむこゑのかぎりを

うつせみのちからをつくしわたつみの
そらのみなかにかむさりにけり

たぐひなきくにつみたまののぼりくと
やすのかはらにかむつどひせむ

なにびとかけふのはふりにぬかづきて
きみがみたまになかざらめやも

さすたけのきみをつつみてふるさとの
やまはしげらむのちのよのために

みんなみにあすはゆかむとひとりきて
しづかにたてりゆふづきのもとに

わがうたをたづさへゆきてたたかひの
ひまによむとふあらきはまべに

くりやべはこよひもともしひとつなる
りんごをさきてきみとわかれむ

ちはやぶるかみのみやゐにたらちねと
ぬかづくみればふるさとももほゆ

うつしみはいづくのはてにくさむさむ
かすがののべをおもひでにして

かすがののこぬれのもみぢもえいでよ
またかへらじとひとのゆくひを

かすがやましみたつすぎのながぞらに
こゑはるかなるとびのひとむら

うかびたつたふのもこしのしろかべに
あさのひさしてあきはれにけり

みほとけのひかりすがしきむねのへに
かげつぶらなるたまのみすまる

いにしへのうたのいしぶみおしなでて
かなしきまでにもののこほしき

りつゐんのそうさへいでてこのごろは
はたつくるとふそのにはのへに

せうだいのけふのときこそうれしけれ
そうのつくれるいものあつもの

ゆくりなきもののおもひにかかげたる
うでさへそらにわすれたつらし

けふもまたいくらりたちてなげきけむ
あじゆらがまゆのあさきひかげに
十二
よりたてばはにわのうまのたてがみの
あらきくしめにこころはいりぬ

うみゆかばみづくかばねとやまがはの
いはほにたちてうたふこらはも

もみぢばのたにまはるけくわたりきて
こけまだらなるてらのきざはし

なみたたすほとけともしみいくとせを
つぎてきにけむやまのたをりに

わたるひのひかりともしきやまでらの
しづけきゆかにたつほとけたち

こんだうのくらきをいでてこのまなる
くさのもみじにめをはなちをり

しよくとりてむかへばあやしみほとけの
ただにいますとおもほゆるまで

うらわかくほとけいましてむなだまも
ただまもゆらにみちゆかしけむ

すがしくもはなやぎてこそおはしけれ
につたうしやもんへんぜうこんがう

みゆきふるかうやおりきてこもりねし
ならのやどりのよひのともしび

かすがののもりのこぬれをつたひきて
さるなくらしもやどのふるには

とりはててひとつのかきもなきにはの
なににしぬびてあそぶさるかな

すめろぎのくにたたかふとかすがなる
やまべのさるのしらずかもあらなむ

ひとのよのつみとふつみのことごとく
やきほろぼすとあかきひあはれ

うつせみのちしほみなぎりとこしへに
もえさりゆくかひとのよのために

うつせみはあけにもえつつくりからに
みはりてしろきまなこかなしも

いにしへのひじりのまなこまさやかに
かくをろがみてゑがきけらしも

あかふどうわがおろがめばときじくの
こゆきふりくものきのひさしに

さちあれとはるかにならのふるてらに
たくなるごまのわれにみえくも

もえさかるごまのひかりにめぐりたつ
十二のやしやのかげおどるみゆ

あささむきをかのみだうにひれふして
ずずおしもむときくがかなしき

みほとけのあまねきみてのひとつさへ
わがまくらべにたれさせたまへ

うらわかくいへさかりきてほとほとに
わがよはここにをへむとするも

むかしわがあしたゆふべによみつぎし
ふみなほありて書庫はかなしも

まなびすととしのよそぢをかかげこし
わがむなぞこのほそきともしび

むかしひとこゑもほがらに卓うちて
とかししおもわみえきたるかも

たちいでてとやまがはらのしばくさに
かたりしともはありやあらずや
十三
ひのもとのみてらのかべにゑがかむと
しほのやほぢをわたりこしひと

いまさざるみこをしぬびてしづかなる
みてらとひこしからのゑだくみ

ゆめのごとありこしてらのかべのゑに
なほさやかなるふでのあとあはれ

まちゆけばばうくうがうのあげつちに
をぐさあをめりあめのいとまを

うちひさすおほきみやこのみちのへに
ひとむらほむぎいろにいでつも

すずかけのかげらふみちにいくばくの
くろつちありてなすびはなさく

きぞのよひさいていねたるひとえだの
たいさんぼくはさきいでにけり

おほらかにひとひをさきてうつろへる
たいさんぼくのはなのいろかも

さきはててひとひのうちにうつろへる
ましろきはなのこころをぞおもふ

あをによしならのみほとけひたすらに
さきくいませといのるこのごろ

ばらのねをさきてうづめしりんだうの
はなぶさしろくうつろひにけり

とりはててものなきはたにおくしもの
はだらにみゆるにんどうのかき

あさひさすリラのしづえにかけすてし
みかんのかはにかぜそよぐみゆ

うつりきてうたたわびしきくさのとに
けさをながるるあきさめのをと

ともしびににはのまつむしのぼりきて
ほとほとなくかさよふくるまで

ことぐさのつゆけきなかにたちぬれて
あさをふようのしろたへにさく

わがたてるはたけのはてにきこえくる
にはのこぬれのひよどりのこゑ

おろかなるあるじこもりてふみよむと
このまのつぐみささやくがごと

もろごゑにつぐみなきつれとびさりし
かきのほつえのゆれやまずけり

うみおちてつちにながるるかきのみの
ただれてあかきこころかなしも

さざんくわのいくひこぼれてくれなゐに
ちりつむつちにあめふりやまず

はるさればむらのわかびとふえふきてし
しかぶりこしはたのほそみち

あすならういろづくなかゆさしいでて
つぼみとぼしきこうばいのえだ

すゐれんのうきはまだしきいくはちの
みずにかがよふはるのしらくも
十四
はしゐしてものかくかみのいくたびか
ひざにみだるるはつなつのかぜ

にはなかのしばにしみたつしはぎのめを
ゆりもてわたるはつなつのかぜ

うらにはのこのねたちぐきはるかなる
はたのこみちにいでしたかむな

あめいろのめだかかはむとい
いでてもとめしおほきみずがめ

ひたあをきかめのみなぞこひろければ
わたのみなかとめだかすむらし

さみだるるせとのをばやししたぐさに
けさをにほへるくちなしのはな

かきもとのたにのさはべのほたるびの
このごろとばずときさりにけり

たれこめてねむれるあさをねもさやに
むかひのをかにもづなきしきる

いくとせのこのはちりけむにはかげの
つちのごとくにわれおひにけむ

うらわかくさいあるひととまとゐして
うまらにくひしそばのあつもの

くりひらくふるきゑざうにかたむきて
まなこあつめしともしびのかげ

あをによしならのみてらのふるがはら
たたみにおきてかたりけるかも

よみさしておきたるきぞのふみさへも
つちのぬくみともえさりにけり

わがやどのちまきのふみのひとまきも
ゆるさぬかみのこころさぶしも

やけあとにたてばくるしもくだけたる
せいじのさらのつちにまじりて

みやこべをのがれきたればねもごろに
しほうちよするふるさとのはま

おりたてばなつなほあさきしほかぜの
すそふきかへすふるさとのはま

かきわかばもゆるにはべのしろすなに
あさをあふるるみぞがはのみず

さびいろのひばをそがひにひとむらの
ぼたんのわかばかがやきたもつ

いちじろくひときのつぼみさしのべて
あさをぼたんのさかむとするも

ことしげきみやこいできてふるさとの
たのものかぜにうまいするかも

やまばとのとよもすやどのしづもりに
なれはもゆくかねむるごとくに

やすらぎてしばしいねよとわがことの
とはのねむりとなるべきものか

かなしみていづればのきのきのしげり
たまたまあかきせきりうのはな
十五
くわんおんのだうのいたまにかみしきて
うどんのかびをひとりほしけり

かたはらにものかきをればほしなめし
うどんのひかげうつろひにけり

のきしたにたちくるくさのたかだかと
はなさきいでぬひとりすめれば

にははれてえひろごれるやまぶきの
えださししのぐはぎのはなぶさ

うゑおきてひとはすぎにしあきはぎの
はなぶさしろくさきいでにけり

あきふかみみだうののきにすごもると
かやにはねうつはちのむれみゆ

みゆきふるふゆをちかみかわがかどに
ひにはこびこしそまびとのしば

おほきひといでてをしへよもろびとの
よりてすすまむひとすぢのみち

ひとつひのひかりもしらずくらきのの
はてにもみちのあらざらめやも

とこよなすをぐらきのべとあれぬとも
ひとあるところくになからめや

あさゆきてまなびしふみのからうたを
ひとりずしつついねしよもあらむ

あさひさすほたのほのへのつるしがき
ほのしろみかもとしはきぬらし

みゆきつむたのもこえきてふるにはの
こぬれとよもすわたつみのかぜ

すべもなくやぶれしくにのなかぞらを
わたらふかぜのおとぞかなしき

あうたうのえだにこもりてわがききし
さつきのえだのをとめらがうた

あうたうのえだのたかきにのぼりゐて
はるけきとものおもほゆるかも

のぼりゐてわがはくたねのひとつづつ
くさにかくるるあうたうのえだ

つかさびとことあやまりてひとひらの
やけのとやきしくにぞくやしき

ちちははのくににきたれどちちはは
もすでにいまさずものなしわれは

はるすぎてなつきたれどもしろたへの
ひとへごろももあらぬわれかも

けさのあさゑがきしきくのしらつゆの
かわきなはてそとしはへぬとも

ともしびのかげのさむきにひとりみる
けさゑがきたるしらぎくのはな

たけゑがくふでのしたよりふきいでて
みそらになびくあきかぜのおと

あきかぜのひにけにふけばひさかたの
みそらになびくひともとのたけ

のちのよをこぞりてひとのしのぶとも
ふたたびあはむわれならなくに

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