旅 路 BGM Y.H 提供
 浅間の煙 伊良子清白

  その一

おく霜早き信濃路の
関より西は紅葉して
秋か御空の鮮やかに
けぶり色濃き浅間山

低くつらなる唐松の
梢に暮れの日はさして
斜めにおとす雁金の
(つばさ)に白き野路の風

()(くさ)刈る子が行きなづむ
蓼科山は青くして
佐久の平らに(こや)したる
八十の里わは霞たり

  その二

から松がくり行く駒の
いななく声も秋にして
岩舟山の頂に
一つらかかる雁の文字

佐久の手児奈が面影は
笠に深みて見えねども
をとめさびすと花染めの
帯は可憐に結びたり

牧にすさびの草の笛
手綱曳く子が恋となる
空はさやけき秋の風
浅間のけぶりまた高し


山 の 国  島木赤彦
八ガ岳

野は今は白雲の群の片寄りに 吹き寄せられし夕光かな

まばらなる冬木林にかんかんと 響かんとする青空の色

凩の吹きしずまれば瀬の鳴りの いづこともなし広き野なかに

冬山ゆ流れ出でたるひとすじの 川光り来も夕日の野べに

かさかさと落葉林を通り抜けし 夕明るさをたどき知れず

諏訪湖

またかがやく夕焼空の下にして 凍らんとする湖の静けさ

夕空の天の夕焼けひたりたる 褐色の湖は動かざりけり

かわきたる草枯れいろの山あいに 湖は凍りて固まりにけり

この夕氷のいろに滲みたる 気明かりのいちじろく見ゆ

発哺温泉にて  三好達治

上林渋の方よりしきまくる 夕立雨に岩燕まう

昼の雲船のさまして動かざる 鹿島鑓てう藍の山かな

秋たちぬ人と別るる旅の日の 沓掛茶屋のきりぎりすかな

今宵また不知火見ゆと国原の 長野の街の灯をめづるかな

信遊草  伊藤左千夫
天そそりみ雪ふりつむ八ヶ嶽 見つつを来れば雲(くき)を出づ

ひさかたの青雲たかく八ヶ嶽 峯八つならぶ雪のいかしさ

岡の辺の芽生の茨の立ち枝は 茜せりけり霜をしみかも


 木曽路

木曽山に流れ込みけり天の川  一 茶

白雲や青葉若葉の三十里    子 規

吹き飛ばす石も浅間の野分かな 芭 蕉


 信濃路  小林一茶

戸隠の 屋根から落ちる 清水哉

暮れ行くや 扇のはしの 浅間山

有明や 窓からおがむ 善光寺

有明や 浅間の霧が 膳をはう

そばどきや 月の信濃の 善光寺

欠け鍋に 旭さす也 是も春

長閑さや 浅間のけぶり 昼の月


 旅人の唄  野口雨情

山は高いし野はただ広し
一人とぼとぼ旅路の長さ

かわく隙無く涙は落ちて
恋しきものは故郷の空よ
今日も夕日の落ちゆくさきは
どこの国やら果てさえ知れず

水の流れよ浮き寝の鳥よ
遠い故郷の恋しい空よ
明日も夕日の落ちゆくさきは
どこの国かよ果てさえ知れず


 人買船

人買船に買われて行った
貧乏な村の山ほととぎす

日和は続け港は凪ろ
皆さんさよならと 泣き泣き言うた

栞 旅路 海潮音 昭和撰百人一首 孔雀船 清白 詞華集 人を恋ふる歌 プーシキン他 金子みすヾ 
少年の日 甃のうへ 犀星 和漢朗詠集 常総の詩歌 巌頭之感 久保田万太郎 書架