漂 泊 蓆戸に 秋風 河添の旅籠屋さびし 哀れなる旅の男は 夕暮の空を眺めて いと低く歌ひはじめぬ 亡母は 柳洩る 故郷の 旅人に 旅人は |
亡母なきはゝは 柳やなぎ洩もる 故郷ふるさとの 旅人たびびとに 旅人たびびとは |
白晶はくしやうの皿さらをうけ 清涼せいろうの里さといでゝ 鳴門なるとの子こ海うみの幸さち |
月つきに沈しづめる白菊しらぎくの 佐久さくの平たひらの片かたほとり 蓼科山たでしなやまの彼方かなたにぞ 旅路たびぢはるけくさまよへば |
島しま 黑潮くろじほの流ながれて奔はしる 眠ねむりたる巨人きよじんならずや 峨々がゞとして岩いは重かさなれば 裸々らゝとして樹きを被かうぶらず 鳥とり啼なくも魚うを群むれ飛とぶも 青空あをぞらも大海原おほうなばらも 眠ねむりたる巨人きよじんは知しらず |
花 賣はなうり 花賣娘はなうりむすめ名なはお仙せん 村むらの外はづれの媼おばにきく 市いちに艶えんなる花賣はなうりが |
花柑子はなかうじ 島國しまぐにの花柑子はなかうじ 病やめる子こよ和なごの今いま 生いくをとめ月姫つきひめは 清きよらなる身みとかはり |
不開あかずの間ま 花吹雪はなふぶき 蝕むしばめる 香かぐの物もの 夢ゆめの華はな 諸扉もろとびら 思おもふ今いま 年とし若わかき 怪けし瞳ひとみ 何なにしらん 白壁しらかべに |
安乘あのりの稚兒ちご 志摩しまの果はて安乘あのりの小村こむら 早手風はやてかぜ岩いはをどももし 柳道やなぎみち木々きゞを根ねこじて 虚空みそら飛とぶ断ちぎれの細葉ほそば 水底みなぞこの泥どろを逆上さかあげ とある家やに飯いひ蒸むせかへり 荒壁あらかべの小家一村こいへひとむら いみじくも貴たふとき景色けしき |
戲たはぶれに わが居をる家いへの大地おほづちに わが居をる家いへの大空おほぞらに わが居をる家いへの古厨子ふるづしに わが居をる家いへの厨内くりやうち |
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