永遠の恋
沢 ゆき
十九を抱いたなだらかな沼よ
あがきを止めた十九の命を沼へおき
人妻に変わった私の屍に
それらの太陽は色あせた
生きながら死んで
凡てが仇な消滅に急ぐ時
屍を虚妄に懸け
仮装の私はいつわりに生きた
心が極みにゆきつくと
尾鰭が生えてただよい藻草をまとい
水脈の夢にききほける
人のゆけない私の場所に水鳥がむれ
思い思いに鳴音の一つ一つを
接ぎ合わせるいじらしさ
七十を過ぎて今も沼においた
十九の孤独に恋する
牛久沼のほとりで
沼の朝霧
沢 ゆき
擂りぬいた玻璃の粉を沼の朝霧に吹きつけながら
丘を陽は昇ろうとする
子魚の夢を敷いて沼はまどかに睡ている
ひたち平野の劫初からならびたつめおと山
久遠に<対>を解かないめおと山
久遠に<面>よせないめおと山
暁の虚空を一筋流れ寄り
筑波の朝霧沼の朝霧と解けあい
よあけの瞼をゆるく包む
めおと山の朝霧と沼の朝霧となにを語らうのか
静寂の底沼をさぐれば聾するばかり
白昼はくっきり沼に澄み落ちる沈黙の山の紫
老いて頬のぬくもりうすれ愛しみに馴れすぎて
涙腺の乾からびたまま煩悩は剥がれて
はてなくつづく水に孤影がうつる
常磐線から牛久沼の筑波を見る
芋銭の河童
沢 ゆき
むらさきの花片ぶあつにぶあつに
鬼蓮ひらく月明
河童はみんな張りのばし
もはややぶけるほども
うすくうすくひろげた水かきに
秘めごとを包んで ―
いと寂かに水の恩典に浴する
牛久沼のみおの流れはてなし
河童の鮮やかな水越えに
月明の柳垂れる
月は月波の
野口雨情
月は月波のいただきに
山の彼方も照りぬべし
常陸鹿島のわたつみに
海の真珠またまも照りぬべし
山にありては山彦の
音もおぼろに響くなれ
海にありては千万の
海の音こそ聞くもえん
花の涅槃ねはんの雲もあれ
雲にたなびく花もあれ
かぎり知られぬ幸いの
深き泉は湧きぬべし
朝靄の中
北原白秋
うすら寒うてもよい湿りだ
どこかに日の光もある
柳のなびきも青うなった
低い田圃も犂かれて来た
ほうっとどこかで火を燃やしている
誰だか焼いているのだ草の根を
風が来たいや土のかをりが通った
おおもう春が動いているのだ
早春の潮来にて