人を恋ふる歌 
与謝野鉄幹

妻をめとらば才たけて
顔うるはしくなさけある
友をえらばば書を読んで
六分の侠気四分の熱

恋のいのちをたづぬれば
名を惜むかなをとこゆゑ
友のなさけをたづぬれば
義のあるところ火をも踏む

くめやうま酒うたひめに
をとめの知らぬ意気地あり
簿記の筆とるわかものに
まことのをのこ君を見る

あゝわれコレッヂの奇才なく
バイロン、ハイネの熱なきも
石をいだきて野にうたふ
芭蕉のさびをよろこばず

人やわらはん業平が
小野の山ざと雪を分け
夢かと泣きて歯がみせし
むかしを慕ふむらごころ

見よ西北にバルガンの
それにも似たる国のさま
あやふからずや雲裂けて
天火ひとたび降らん時

見よ西北にバルガンの
それにも似たる国のさま
あやふからずや雲裂けて
天火ひとたび降らん時

妻子をわすれ家をすて
義のため恥をしのぶとや
遠くのがれて腕を摩す
ガリバルヂイや今いかん

玉をかざれる大官は
みな北道の訛音あり

三十年京城

慷慨よく飲む三南の
健児は散じて影もなし

四たび玄海の浪をこえ
韓のみやこに来てみれば
秋の日かなし王城や
むかしにかはる雲の色

あゝわれ如何にふところの
剣は鳴りをしのぶとも
むせぶ涙を手にうけて
かなしき歌の無からや

わが歌ごゑの高ければ
酒に狂ふと人は云へ
われに過ぎたる希望をば
君ならでは誰か知る

「あやまらずや真ごころを
君が詩いたくあらはなる
むねんなるかな燃ゆる血の
値すくなきすゑの世や

おのづからなる天地を
恋ふるなさけは洩すとも
人を罵り世をいかる
はげしき歌を秘めよかし

口をひらけば妬みあり
筆をにぎれば譏りあり
友を諫めに泣かせても
猶ゆくべきや絞首台

同じ愁ひの世にすめば
千里のそらも一つ家
おのが袂と云ふなかれ
やがて二人のなみだぞや」

はるばる寄せしますらをの
うれしき文を袖にして
けふ北漢の山のうへ
駒たてて見る日の出づる方