金子みすヾ
 鯨法会

鯨法会は春のくれ、
海にとびうおとれるころ。

はまのお寺が鳴るかねが、
ゆれて水面みのもをわたるとき、

村のりょうしがはおり着て、
はまのお寺へいそぐとき、

おきでくじらの子がひとり、
その鳴るかねをききながら、

死んだ父さま、母さまを、
こいし、こいしとないてます。

海のおもてを、かねの音は、
海のどこまで、ひびくやら。

 つもった雪

上の雪 さむかろな。
つめたい月がさしていて。

下の雪 重かろな。
何百人ものせていて。

中の雪 さみしかろな。
空も地面じべたもみえないで。

 大漁

朝焼け小焼だ 大漁だ
大羽鰮の 大漁だ。

浜は祭りの ようだけど
海のなかでは 何万の
鰮のとむらい するだろう

 日の光

おてんと様のお使いが
そろって空をたちました。
みちで出会ったみなみ風、
(何しに、どこへ。)とききました。

ひとりは答えていいました。
(この「明るさ」を地にまくの、
みんながお仕事できるよう。)

ひとりはさもさもうれしそう。
(わたしはお花をさかせるの、
世界をたのしくするために。)

ひとりはやさしく、おとなしく、
(わたしはきよいたましいの、
のぼるそり橋かけるのよ。)

のこったひとりはさみしそう。
(わたしは「かげ」をつくるため、
やっぱり一しょにまいります。)

 きりぎりすの山登り

きりぎつちょん、山登り
朝からとうから、山登り。
ヤ、ピントコ、ドッコイ、
ピントコ、ナ。

山は朝日だ、野は朝露だ、
とても跳ねるぞ、元気だぞ。
ヤ、ピントコ、ドッコイ、
ピントコ、ナ。

あの山、てっぺん、秋の空、
つめたく触るぞ、この髭に。
ヤ、ピントコ、ドッコイ、
ピントコ、ナ。

一跳ね、跳ねれば、昨夜見た、
お星のもとへも、行かれるぞ。
ヤ、ピントコ、ドッコイ、
ピントコ、ナ。

お日さま、遠いぞ、さァむいぞ、
あの山、あの山。まだとほい。
ヤ、ピントコ、ドッコイ、
ピントコ、ナ。

見たよなこの花、白桔梗、
昨夜のお宿だ、おうや、おや。
ヤ、ドッコイ、つかれた、
つかれた、ナ。

山は月夜だ、野は夜露、
露でものんで、寝ようかな。
アーア、アーア、あくびだ、
ねむたい、ナ。


 不思議

私は不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかつてゐることが。

私は不思議でたまらない、
青い桑の葉食べてゐる、
蠶が白くなることが。

私は不思議でたまらない、
たれもいぢらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

私は不思議でたまらない、
誰にきいても笑つてて、
あたりまへだ、といふことが。

 お魚

海の魚はかはいそう

お米は人に作られる、
牛は牧場で飼はれてる、
鯉もお池で麩を貰ふ。

けれども海のお魚は
なんにも世話にならないし
いたづら一つしないのに
かうして私に食べられる。

ほんとに魚はかはいさう。

 私と小鳥と鈴と

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面じべたを速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

 土

こッつん こッつん ぶたれる土は
よいはたけになって よい麦生むよ。

朝からばんまで ふまれる土は
よいみちになって 車を通すよ。

ぶたれぬ土は ふまれぬ土は
いらない土か。

いえいえそれは 名のない草の
おやどをするよ。

 花のたましい

散ったお花のたましいは、
み仏さまの花ぞのに、
ひとつ残らず生まれるの。

だって、お花はやさしくて、
おてんとさまが呼ぶときに、
ぱっとひらいて、ほほえんで、
蝶々にあまい蜜をやり、
人にゃ匂いをみなくれて、

風がおいでとよぶときに、
やはりすなおについてゆき、

なきがらさえも、ままごとの
御飯になってくれるから。

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