修道院の秋 南部修太郎

「好いかよう……」と、若い水夫の一人が、間延びのした太い聲で叫びながら船尾の纜ともづなを放すと、鈍い汽笛がまどろむやうに海面を掠めて、船は靜かに函館の舊棧橋を離れた。
 港の上にはまだ冷冷とした朝靄が罩め渡つて、雨上りの秋空は憂ひ氣に暗んでゐた。
 騷がしい揚錨機ウインチの音、出帆の相圖の笛の響などが、その重く沈んだ朝の空氣を顫はしながら聞える。
 蒼黒く濁つた海は果敢ない空の明るみを波の背に映しながら、絶えず往き來する小蒸汽の蹴波に搖いでゐた。
 時時白い鴎の群が水を滑るやうに低く飛んで、さつと身を飜しては船の陰に隱れる。
 そして何時の間にか雪を散らしたやうな點になつて、遠くの波の間にふんはりと浮ぶ。
 荷役に忙しい樺太や釧路通ひの汽船や、白いペンキの醜く剥げ落ちた帆船の中には、舷の低い捕鯨船の疲れたやうな姿が横はつてゐる。
 私の船はその間を緩かに進んで行つた。
 眼に映るすべては、秋の訪おとづれ速かな北國の寂しい朝の姿であつた。
 港を包む遠近をちこちの山の頂には冷たい色の雲が流れて、その暗い陰影に劃られた山山の襞には憂欝と冷酷の色が深く刻まれてあつた。
 北國の旅人はその自然に對して何等の親しみも温みも感じることが出來ない。
 時には世に反く孤高の聖者の如く、時には荒み果てた心冷かな廢人の如く、北國の自然は常に彼と離れて立つてゐる。
 彼は孤獨を感じる。
 そして自然と人との間に近づき難いやうな壁のあることを意識する。
 美しさがあつても、輝きがあつても、それは大理石の刻像のやうに血がない熱がない。
 山を仰いでも海を眺めても、北國の旅人の心に迫るものは、常に云ひ知れぬ空虚と寂寞の感じである。
 私は昨夜の雨に濡れた船首の甲板の上に立ちながら、そんなことを考へてゐた。
 そして所在なきままに煙草に火を點けては、しきりなく吸つた。
 船は何時しか埠頭を遠く離れてゐた。
 振り返ると、灰色の秋空の下に、函館の町が一目に見える。
 海から眺める町の感じは何處となく Exotic で、あの古めかしい鉛色の瓦屋根のないことが日本の町らしい親しみを薄くする。
 然し右手の臥牛山の中腹から、やや急な傾斜を作つて、入り亂れた家家が流れるやうに大野の平地の方へ擴がつてゐる地形の面白さが私の眼を惹いた。
 處處に寺院の屋根や洋館の塔などが際立つて聳えてゐる。
「あの森の蔭が五稜廓だね……」と、船員に訊ねてゐる爺さんがゐた。
 少し白髮混りの頤鬚をしごきながら、何か云つては時時聲高く笑ふ。
 面白い、人の好ささうな爺さんである。
 私も思はず釣り込まれて、譯もなく笑つたりした。
「好い凪ぎだな。」と、彼は獨言のやうに云つて、微笑しながら海を見廻した。
 私はまた煙草に火を點けて、甲板の片隅の蓙の上に腰を降した。
 冷たい潮風が絶えず頬を流れて、紫色の煙草の烟をすいすいと消して行つた。
「修道院へお出でですか。」と、突然私に話し掛けた人があつた。
「さうです。」と、私は立ち上つて、彼の方を振り向きながら答へた。
「お初めてですか。」と、彼はまた云つた。
 背廣の輕裝に薄色の鳥打を被つて、甲板の手摺にそつと身を凭せてゐる。
「ええ……あなたもいらつしやるんですか。」と、私は聞き返した。
 彼は親し氣な微笑を浮べた。
「札幌から鳥渡商用で函館こちらへ參つたんですが、丁度今日は日曜で一日隙が出來ましたし、トラピストといふ人達も識りたいと思ひまして……」と、彼は私をぢつとみつめながら、詞ことばを途切つて、
「あなたはどちらから……」と、云ふ。
 三十四五の、何處か事業家とでも云つた顏立で、その態度の慇懃な内にも、何となく若若しい心の覇氣が感じられる。
「この夏北海道を旅行しまして、丁度、歸りがけなんです。」
「ははあ御旅行ですか、それは結構ですな。やつぱり東京の方から……」
「さうです。」
「何しろ好いお仲間が出來ました。Kと申します。何分よろしく……」と、彼は快活な聲で氣輕さうに云つた。
 そして幾度か燐寸マツチを擦り消しながら、やつと煙草に火を點けると、歩調をとるやうにして狹い甲板を往き來した。
 私はそのまま詞を途切つて海を眺めてゐた。
 背後うしろの蓙の上で絶え間なく笑ひを交へながら何か話し合つてゐる船客達の聲が、蜂の唸りのやうに耳を掠めて行つた。
 殉教者の惱み――私は想像の中にトラピストの人達の生活を描いてみた。
 そしてそれは私が彼等に對して全くの Stranger であると云ふ點から、今其處に近づかうとしてゐる私の心持を色色な意味に不安ならしめた。
 と同時に、何か不思議なものに觸れると云つたやうな好奇の念も湧かずにはゐなかつた。
 何れにしても彼等は私達の眼から見れば、或る特殊な世界に或る特殊な生活を營んでゐる人達である。
 嚴格な戒律の下に、一身を祈祷と沈默と勞働とに捧げて、あらゆる衆愚と凡俗の世を離れた靜かな修道院の中に自分の一生を過すと云ふこと――それは少くとも一つの奇蹟とも云ふべき生活である。
「それが果して人間としてほんたうの生活なのであらうか。」と、私は密かに疑つた。
「神の爲めに、ただひたすらに神の爲めに……」と、私は心の中で繰り返した。
「若しそれがほんたうの生活であるならば、少くとも私も考へてみなければならないのだ。」と、私はまた思つた。
 彼等は人から離れてゐる。
 あらゆる人間的の世界から隱遁してゐる。
 歡樂を知らない。
 美食を思はない。
 そして絶對に性の欲求を斥しりぞけてゐる。
 のみならず神に對して祈る聲は持つてゐても、人に對しては聲を鎖してゐる。
 人は靈のみに生く――それを彼等は堅き信條としてあらゆる手段で自分の肉體を虐げてゐる。
「それほど人間の肉體は醜いものだらうか。
 それ程苛責しなければならない肉體だらうか。
 それならば何故彼等は自殺しないのだらうか。」それは次に起るべき疑ひであつた。
 然し行爲の上から云へば、彼等の生活は眞に徹底した生活のやうに思はれる。
 主義と實行との完全な一致がある。
 その飽くまでも靈の世界の永遠を信ずるの強きに於て、また絶え間なき祈祷と瞑想によつて精神生活を充實せしめ、怠りなき勞働によつて肉體を鞭打ちつつ妄執と欲望と邪念から解脱せんとする努力に於て、私は尊ぶべきものあるを思ふことが出來る。
「そして自分は……」と、私は省みた。
 私は自分の心の不安と、生活の動搖とを思はないではゐられなかつた。
 其處には自分に反き人を裏切るあらゆる虚僞があつた。
 淺ましい野心と嫉妬と猜疑とがあつた。
 また其處には病み疲れた不健康な、醜い欲望に穢されきつた肉體があつた。
 そして彼等と自分とを隔ててゐる或る物を考へた時、私は息詰るやうな氣がした。
 今自分の前に展けようとしてゐる一つの世界、それは或る恐怖に似た感情を私の胸に呼び起した。
 私は思はずまた我に返つて、不安な視線を海の上に投げた。
 船は防波堤を掠めて、油を流したやうな穩かな海にうねりを殘しながら進んでゐた。
 船と船とが行き合ふと、緩かな汽笛が響いて、よどんだ水がうねりとうねりの間でせせ笑ふやうに白い泡沫しぶきを立てたりした。
 灣は次第に海峽に開いて、靄にかすんでゐた、向う岸の當別の岬が漸くはつきり見え出した。
 少し崖が崩れて、赤土の覗いてゐるあたりから、くすんだ色の低い灌木の生えた丘が遠く續いてゐる。
 その海峽を向いた岬の端に燈臺の建物が、ほの白く浮いてゐる。
 すべてが單調で薄暗いやうなそのあたりの景色が私を倦きさせた。
 氣が附くと船客の人達も皆默つてしまつて、立つたのも坐つたのも腰掛けたのも氣の拔けたやうな顏をして海面を眺めてゐる。
 機關の響が鈍いリズムを打つのが聞えて來た。
 長い長い航海を續けてゐるやうな頽廢の氣持が其處に漂つてゐた。
 私は空を見上げた。
 鈍色の雲に少し明るみが差して、うすれ日が幽かに洩れて來た。
 そして海峽の波がその明るみを映して銀色に光り始めた。
 ぢつと見詰めてゐると、それが遠くなつたり近くなつたりする。
 雲が少しづつ動いて行くのである。
「あの陰ですよ。ほら、建物の端が見えるでせう。」と、Kさんが私の側に近寄つて來て、岬の上を指差した。
 大きな赤煉瓦の建物が岬に續く高い丘の斜面に見えた。
 それは周圍の景色と餘に不調和に目立つてゐた。
 灣の口を横切つて船は當別岬に近づいた。
 物寂しい漁村がその陰に見えた。

「あの道を行くんですね。」
 船から小さな棧橋に飛び降ると、二人はかう頷き合ひながら左へ折れて、磯傳ひの道を歩き始めた。
 一面に干した烏賊の匂ひがひどく鼻をついた。
 だんだんに空が明るくなり出した。
 そして地面に薄い影が出來る程の日光が洩れて來た。
 朝から風もない程沈んだ日は、幽かな日光を受けてぢつと身動きもしないやうに默してゐた。
 その單調に鎖した空氣の中に二人の靴音が高く聞えた。
 そして詞も途切れ勝ちになつて、二人は俯いたまま足早に歩いた。
 道は崖際を海となぞへに通つてゐた。
 新しい木橋を渡ると、道は二つに分れてゐた。
「どつちでも行かれますけ……」と、Kさんに尋ねられた老婆はにべもなく答へて、すたすたと歩いて行つた。
「こつちから行つてみませう。」と、二人は云ひながら、崖に沿うた少し急な狹い道を登つた。
 村の人家や、海がだんだんに眼の下に見えて來た。
「好い景色ですね。」と、云ひながら、私は少し喘ぎ喘ぎ登つた。
 健脚らしいKさんは杖を振りながら元氣好く登つた。
 彼は全く好い體格の人であつた。
 登りつめると其處は一面の原で、道からも時時見えた修道院の建物が遙かの丘に高く聳えてゐた。
「なんだ思つたより近いんですね……」私はKさんの後から云ひ掛けた。
 牧草は美しく刈り取られて、なだらかな傾斜をなした緑の原が私達の前に展がつた。
 遠くの方にはきらきら光る海峽を背景にして、牧牛の群が靜かに草を食んでゐる。
 牧舍のあたりには小さな人影が動いてゐた。
 やがてその牧舍の陰から馬に牽かせた車が現れて、丘の方へ緩かに登つて行つた。
 それは干した牧草を小山のやうに積んでゐた。
 私は Millet の繪を想ひ出した。
 私達は草原の中の小道を靜かに歩いた。
 處處で蟋蟀が啼いてゐる。
 二人の足音が近づくとはたと啼き止む。
 草はまだ濕つてゐて、靴の先が濡れて光つた。
 近くの低い落葉樹は鮮かな赤に色づいて、沈んだ空氣の中にぢつと葉を重ねてゐた。
 小道が廣い眞直ぐな道に這入る處に灰色にくすんだ家があつて、人影が見えた。
 Kさんは私の方を振向いて、
「鳥渡訊ねて見ませう。」と云ひながら、中へ這入つて行つた。
 廣い緑の牧場と、靄にかすんだ海峽の水と、黄ばんだポプラの林と、赤煉瓦の清楚な修道院の建物と――それ等が秋らしい靜かな色の調和を作つて快く私の瞳に沁み渡つた。
 そして、この靜かな穩かな周圍の中に生きて行く修道士の生活がほのかに思ひ浮んだ。
 やがてKさんと一緒に、質素な詰襟の服を著て、黒塗の木靴をはいた、五十位の年配の人が出て來た。
「私が御案内致します。」と、彼は私の方を向いて輕く挨拶をした。
 細い眼、表情のない顏、白髮混りのまばらな頬髯が寂しい殉教者らしい感じを與へた。
 そして、その少し口ごもりながら話す聲は何時も低く、つつましやかだつた。
 絶對に無言な人達の中で、彼は外來者に對する唯一の話手であると聞いた。
 S氏と云つた。
 白い正門に向つた眞直ぐな道を左へ折れて、私達は牛舍の方へ歩いて行つた。
 なだらかな傾斜を登るにつれて、海峽の水が廣く遙かに見えて來た。
「牛は今六十頭をります。」などと、S氏は云つた。
 牛舍は見るからに美しく整頓してゐた。
 それから丘を登つて修道院の裏手に行くと牛酪バタアの製造場があつた。
「腕の續く限り働いて機械力を補ふんです。勞働の時間には院長始め修道士全部が働きます。それは熱心なものですよ。」と、S氏は貧しい機械を前にしながら云ふ。
 その日は丁度日曜だつたので爲事は休んで、祈祷が非常に多くなると云ふことであつた。
 三人がポプラの林の間を拔けて、修道院の建物に近づいた時、地下室から聲高な祈祷の聲を聞いた。
 明り窓から黒の僧衣を著た修道士の姿が見えた。
「修道士は無言だと云ふんぢやないんですか。」と、私は彼等の聲を聞きながら訊ねた。
「さうです。然し祈祷と説教と懺悔の時だけはありたけの聲を出します、それも羅甸語でなんです。」と、S氏は微笑しながら答へた。
「普通の會話が出來ないとすると、どうして相互の意志を通じるんですか。」と、Kさんは訊ねた。
「暗號が定めてあります。」
「暗號……不便ですなあ。」と、Kさんは私の方を振り向きながら、幽かな驚きの表情を浮べて輕く笑つた。
 修道院の傍にささやかな附屬會堂があつた。
「どうぞ此處で暫くお休み下さい。」と、S氏は云ひながら、私達を正面の室に導いた。
 そしてまた扉を締めて、出て行つた。
 彼の木靴の音が床に緩く響いた。
 室は自分の息が聞える程靜かであつた。
 重い、然し落ち著いた感じのする質素なテエブルと二三脚の粗末な椅子が置いてあるばかりで、地味な唐草模樣の壁紙が室を薄暗く思はせた。
 そして十字架の基督や、僧衣の人の像が其處に掛かつてゐた。
 やがて落葉頃のまばらな、ポプラの林に向いた窓から、しめやかな秋の光線が覗くやうに差してゐる。
 幹と幹、枝と枝との重りの間から、青い牧草の原と山の方へ登る道が見えた。
 私はKさんと言葉を交へながらも、自分の聲が肝高に響くやうな氣がしてならなかつた。
 そしていつ知らず二人の聲は密やかになつて行つた。
「ほんたうにしんとしてますね。一生こんな處に生活して行くなんて不思議なやうにお思ひになりませんか。」と、私はKさんに云つた。
 音響と色彩との強い刺戟の中に生きて行く都會の生活を私は思ひ浮べてゐた。
「さうですね。とても私には駄目ですよ。やつぱり我我のやうなものは、世間のごたごたの中に身を投げて、喜んだり苦しんだり悶えたりしながら、働いてゐてこそ生き甲斐があるやうに思ふんです。私にはとてもこんな生活の意味が分りません。」實務家のKさんはそんなことを云つた。
 そして語氣を改めて、
「一體實社會を離れて、信仰生活だけに沒頭することが人としての道に適ふのでせうか。」と、強く云ひ放つた。
 Kさんは彼の背後にある實社會の強い現實的な力を忘れることが出來ないやうに見えた。
「さあ、とに角私は彼等が自分を考へるやうに人のことも考へて貰ひたいと思ひます。
 信仰の力が得られたら、また世間へ出て實社會的の爲事をしても好いでせう。
 或は教へを以て人達を救ふのも道の一つです。
 それでなければ彼等の信仰は生きて來ないぢやないでせうか。
 神に奉仕すると云ふこと、或は信仰を得ると云ふこと――それは我我の世界に住んでゐては遂に出來ないことなのでせうか。
 人を愛して絶えず群集の中に身を置いた處が基督の偉大な處だと思ひます。
 もつと好い意味に人間的であつて欲しい。
 それが私のトラピストに對する氣持です。」
「さう……何と云ひますかね。とに角偏狹です。一種の型の中に填つた人達のやうな氣がしますよ。」
「厭世家とでも云ふんでせう。厭世家と云ふものは一種のイゴイストですから……」
 聲が途切れると、またしんとなる。
 煙草の烟が流れもしないでぢつと漂つてゐる程、室の空氣は落ち著いてゐた。
「然し我我が想ふ程、嚴しい生活ではないのかも知れませんね。」Kさんは少し皮肉なやうな調子で云つた。
 私もそれにつれて何氣なく笑つた。
 が、それは二人の今密かに感じてゐる或る心持にそぐはなかつたやうに見えた。
 二人はテエブルの面を見詰めながらふと默り込んだ。
 と、その沈默をまさぐるやうに急に鐘の響が聞えた。
 それはあたりの靜かな空氣の中にしんしんと沁み渡つた。
 すべてのものの息の根に迫るやうにさわやかに響いた。
 そして幽かな餘韻を殘しながら、次第に遠い靜けさの中に消えて行つた。
 私は小指の先を動かすのも恐れるやうにして、その鐘の響に耳を傾けてゐた。
「好い音色ですね。」と、最後の餘韻が吸はれるやうに絶えて後暫くしてKさんが重く口を切つた時、私はほつと息をついた。
「それでは修道院の方へ……」と、S氏が扉を開けながら聲を掛けた。
 私達は靜かに立ち上つた。
 そして外に出ると、細い砂利の上を踏みながら入口の方へ歩いて行つた。
 私も中では彼等と同じく沈默しなければならないのだと思つた。
 と同時に、私は何か嚴かなものに近づくやうな敬虔な感じと、不安の念を意識した。
「これは祈祷室です。」と、S氏は密やかに云つて、第一の扉を靜かに開いた。
 眞白い壁と薄樺色に塗られた木具とに、室の中は明るく柔かに沈んで、十字架の基督の像を挾んだ二人の聖者の像が正面の高壇にぢつと立つてゐた。
 室の空氣は怪しく沈んで、その中から身を引き寄せるやうな異樣な誘惑が迫つて來た。
 一人の異國の修道士が近くの窓際で讀書に耽つてゐた。
 彼は重たげに顏を擧げて、私達の姿に Pensive な瞳を投げた。
 そして、幽かに禮に答へると、また靜かに眼を頁ペイジの上に落した。
 また一人の異國の修道士は僧衣を引き摺りながら、足音もなく這入つて來た。
 彼は聖像の前に嚴かに十字を切ると、金色の燭臺を降して、それを兩手に支へたまま、人無きが如くに私達の眼の前を去つて行つた。
「何と云ふ人達だらう……」と、私は思つた。
 彼等の顏には少しの表情の動きも現れなかつた。
 その態度には冷たさを感じるまでの落ち著きがあつた。
 そして、その姿には何等の人としての親しみを感じさせるものがなかつた。
 若し彼等が動かなかつたならば彫像のやうに見えたかも知れない。
 私は明かに自分が特殊の世界の中に立つてゐることを意識した。
 彼等と自分との間には大きな淵がある。
 淵を越えて彼岸に達しなければ、私には彼等の眞が分らない。
 また彼等に親しみが感じられない。
 然し、この淵を越える爲めには私は自分の人間性を失つてしまはなければならないのではあるまいかと思つた。
 少くとも自分の眞底から流れて、すべての人を愛しすべての人に親しみたいと云ふ感情を拒否してしまはなければならないのだ。
 それは私には出來ない。
「あれが彼等の云ふ全き人なのであらうか。」と、私はまた密かに疑つた。
 私達は廣やかな長い廊下に出た。
 高い窓から柔かな乳色の光線が流れて、あたりは明るく密やかであつた。
 そして小さな咳をしてもまた朗かな反響が自分の耳に歸つて來た。
 窓際の壁には磔刑前後の基督の事蹟が版畫になつて掛けられてゐた。
 鞭打たれつつ躓きつつ引かれて行く基督の姿は餘に痛ましく、餘に凄慘であつた。
「修道院の生は苦しく死は安し。」「人は瞑想によつてのみ信仰の道に達す。」私はさうした戒律の幾つかを反對の壁に仰いだ。
 幾人かの修道士は時時靜かに廊下を往き來した。
 彼等の多くは若い日本人であつた。
 私達が頭を下げると、彼等は默したまま頭をさげた。
 然し私は自分と同胞の修道士の人達の顏が著しく蒼白く憔悴してゐるのを見た時、また其處に云ひ知れぬ寂しさと惱みの影を見た時、私の胸は怪しく悲しみを覺え、同時に或る驚きを感じた。
 私は祈祷室に於ける第一の感じを裏切られたのである。
 そして殉教と云ふ貴い犧牲の心の陰がふと私の頭の中を掠めて行つた。
「彼等もやがてあの異國の修道士のやうな冷たい彫像に變つてしまふのであらうか。」と、私は思つた。
 沈默は何處にも擴がつてゐた。
 説教室にも圖書室にも……。
 そして、私はその力強い沈默のリズムに合せるやうな愼しみを以て物靜かに歩いた。
 玄關の廣間にはマリアの像が立つてゐた。
 その傍から私達は二階へ昇つた。
 其處は修道士の寢室で、廊下の兩側に正しい區劃をなして、簡素な寢臺が置かれてある。
 入口の純白なカアテンをあげて中に這入ると、枕邊の小さな聖像が眼に著いた。
 窓を通して銀色の海が遠く見えた。
 海峽の霧の夜に朧ろな月が差し入る時、または靜かな秋の夜にポプラのわくら葉がかさこそと散るのを聞く時、彼等は密かに床の上にぬかづいて、心から神に祈るのであらう。
 そして夜が更けて行つたならば、あのさわやかな鐘の音が眞夜中を報じてしんしんと鳴り響くのであらう。
 その神祕な幽遠の靜けさは恐らくあらゆる人の心の妄執も邪念も打ち滅ぼして行くに違ひない。
 私は窓際に凭つて、緑の牧場と、輝く海とを見降しながら縱な空想に耽つた。
「三階には鑛物の標本室と病室があるだけです。御覽になりますか。」と、S氏は私達を促すやうにして云つた。
「標本室ですつて……」と、Kさんは聞き返した。
「いゝえ、別に修道に關したものではないのですが、此處の院長はもと考古學者か何かだつたやうです。」と、S氏は穩かな微笑を片頬に浮べながら云つた。
「何處の方です。」と、私は訊ねた。
「佛蘭西の人です。」
 屋根裏の三階の片隅を整然と爲切つて、地層成立の地代によつて、各種の鑛石や化石や未開人種の所持品などが並べてあつた。
 そして、術語の説明が加へてあつた。
 それは少くとも彼が可成りの專門家であることを思はせた。
「お若い方ですか。」
「さうですね。それでも五十を越しておいででせう。」と、S氏は云つた。
 第三紀層、白堊紀、石炭紀、Silurea 紀と地球創成の跡を究めて、遂に太古の暗黒時代に這入つた時、若き研究家であつた彼が、人生の大きな不安に捉はれて、深い懷疑に沈んだ時を私は想像した。
 少くとも考古學者からトラピストの生活に進むまでの彼の生涯には、何等かの思想上の Struggle があつたではないかと思はれた。
「今は病人はをりません。」と、病室の前でS氏が云つた。
「醫師がおいでになるのですか。」と、Kさんは訊ねた。
「村醫に來て貰ふのです。」と、S氏は階段を降りながら、何氣なく答へた。
 死に對して、そんなに冷淡なのかと云ふやうな表情がKさんの顏に浮んだ。
 私達が元の休憩室に歸つた時、机の上には食事の用意が調つてゐた。
「お疲れでしたらう。御覽の通り無骨な料理ですが、お食あがり下さい。」と、S氏は傍の椅子に腰を降しながら云つた。
 麺麭パンと肉やサラドの盛つた皿が備へてあつた。
「修道士はどんな食事をなさるんですか。」と、Kさんが訊ねた。
「一餐の時に一品、即ち麺麭パンなら麺麭、野菜なら野菜と云ふのが定めです。勿論精進です。牛乳でも脂肪を拔いて飮みます。御馳走もありませんが、これはお客の時や病人にだけ許される食物です。」S氏はいつも低い聲で云ふ。
「修道院は出來るだけ不毛荒廢の地に建てるのが主義ださうですね。」と私が口を切る。
「さうです。さう云ふ處を開墾して、その土地から得たもので自活するのが主義です。さうですね、私が此處へ來てからかれこれ二十三年になりますが……」S氏は細い眼をふせながら、屈託もなく云つた。
「二十三年ですつて……」と、Kさんはフォオクの手を休めて、驚きの面持おももちをする。
「あなたも修道をしておいでになるのですか。」と、私はS氏の寂しい顏を見ながら聞いた。
「えゝ、修道士ではありませんが、殆どあの人達と同じ生活をしてゐます。
 さう……私が此處へ參つた時分はあたりは一面の藪で、隨分酷い處でしたよ。
 全くこれまでに爲上げる骨折りは非常なものでした。
 よく秋の末に草が枯れる時分になりますと、山火事がありましてね。
 とうとう前の木造の修道院は燒けてしまひましたつけ……今の煉瓦造りになつてから、十年餘りですよ。
 とに角まだトラピストとしての理想の位置には達しません。
 院長さんは創立後五十年だと云つてゐますから約あと三十年ですね。
 全く遠大な計畫です。
 然し、過ぎ去つた月日などは全く夢のやうに思ひます。
 こんな處にゐても、やつぱり時は同じやうに經つのですがね。」と、S氏は幽かに笑つた。
 柔和な顏に落ち著きはあつたが、まばらな白髮にも、片頬の小皺にも、消し難いやうな寂しさがあつた。
 私は自分の年齡と殆ど同じ長さの年月をこんな處で過して來たS氏を悲しく見守つた。
「その間ずつと此處にお住ひでしたか。」と、ふとKさんは云つた。
「ええ、一年ばかり前に用事があつてちよつと凾館へ行きました。それぐらひなものです。彼處あすこも少しは變りましたらうな……」S氏は、indifferent な聲で云つた。
 恐らくこの人にとつては津輕海峽の霧も、美しいポプラの林ももう何等の感興を與へないのであらうと密かに思つた時、今までの自分の感じや印象のすべてを疑ひたいやうな氣持がした。
 話しながらも私達はこの質素な晝餐に舌皷を打つた。
 酒精を拔いたといふ酸味の強い麥酒がS氏の手によつてコツプに注がれた。
「つまり修道士の方は此處で一生をお過しなさるんですね。」と、Kさんは獨言のやうに云つた。
 そして私と視線が何氣なく交つた。
「さうです。喜んで一生を過します。然し、彼等には地上の生よりも天上の生に意味があるのです。つまり修道院の生活は死後永遠の靈の世界に生きようとする準備のやうなものでせう。」不思議なものを不思議ともなく傳へるS氏の低い聲が私達の耳に響いた。
 頼りなげな午後の日差しが靜かに林の中に落ちてゐる。
 靜寂を亂す何等の物音も聞えなかつた。
 S氏の聲は續いて行つた。
「修道士の臨終が近づきますと、あの鐘が鳴るのです。病室の床の上に美しい灰を撒き、清らかな藁を敷いて、その上に病人を寢かすことになつてゐます。そして院長を始めすべての修道士がそれを取卷いて、生別の祈祷を捧げてやります。病人が最後の息を引き取ると、また鐘が鳴ります……」修道士にとつては死が喜びである。
 彼にとつては死は何等の恐怖を齎らさない。
 そして死後の世界は彼等の云ふ永遠の饗筵なのであるなどと、S氏は云つた。
 私はかうした話に聞き入りながら、ふとあの祈祷室の窓際に坐ってゐた異國の修道士の姿を想ひ出した。
 私は彼の冷やかな、蝋のやうな瞳の色が忘れられない。
 彼もまたそのやうにして死んで行くのであらうか。
 そして永遠の饗筵を樂しむのであらうか。
「もうそろそろ歸りの船の時刻ですね。」と、Kさんは時計を見ながら云つた。
「もうそんなですか。」と、私は聞き返した。
 自分の世界を忘れてゐた私は、時刻と云ふ聲にまたはつきりと我に歸つた。
 私は旅人であつた。
 汽船、函館の町、湯川の宿に殘して來た妹、そして遙かに東京の家――さうした自分の背景が雜然と意識の中に浮んで來た。
 歸らなければならない自分であることを明かに思つた。
 私が懷しむ人達の爲めにも私を待つてゐて呉れる人達の爲めにも……。
 S氏に別れを告げて、私達は修道院の正面の道を眞直ぐに降りて行つた。
 Kさんも、私も何か或る緊張から解放されたやうな空虚うつろな心持で、默したまま靜かに歩いた。
 雲が切れたのか、明るい光線がぱつと私達の背後から輝いた。
 牧牛の群は既に影を潜めて、緑の草原の上には日差しが斜めになつてゐた。
「私にはとても想像もつかない、不思議な人達です。」と、Kさんは私の方を振り向いて云つた。
「さうです。少くとも私にはあれが人間としてのほんたうの生活だとは思へません。」と、私は考へながら云つた。
 何か強い鋭い感激を與へられるやうに期待してゐた私の心は裏切られて、其處には或る物足りないやうな何物かが殘つた。
 その物足りなさをつき詰めて行くと、やつぱり私には彼等の生活の眞價値が疑はれた。
 彼等の善或は愛、彼等の沒我或は自己犧牲は貴いものであるかも知れない。
 然しそれはトラピストといふ限られた世界を出でないものである。
 云ひ換へれば彼等自身の爲めのものである。
 私はそれがもつと廣い、そして全人類的な意味を持つことを要求する。
 またよし彼等が全き人たらんことを目的としてゐるにしても、それが全人類的に何等の交渉のないものであつた時、無意味なものになつてしまふのではあるまいか。
 そして同時に私は彼等の偏狹な頑固かたくなな生活が、基督の教への中に味はれるやうな温かな親しみのある廣い人間的な味を失つてゐることを寂しく思はないではゐられない。
「彼等には果して心の動搖がないであらうか。」と、私は思つた。
 そしてあの廊下で遇つた日本人の若い修道士の顏附を想ひ浮べた。
「努力の生涯に絶えないやうな不安と矛盾とがやつぱり彼等にもあるに違ひない。」と、私は考へた。
 一致と徹底とがあつても、また人間は次の一致と徹底とを望まなければならないものだ。
 そして遂に滿足と云ふことを知り得ないのが、不幸な人間の運命なのではないか。
 彼等もそれに違ひない。
「そんならば人にはやつぱり眞の安心はないのだ。堅く掴んでゐられる信仰は生きてる間はないのだ。よしありとしてもすべてそれらは瞬間のもの假構のものに過ぎない。死が自分の眼を鎖して人間としてのあらゆる意識を消してくれる時でなければ……」
 自分の心が次第に暗い處へ引き摺られて行くやうな寂しさを感じながら、私は無意識に歩いてゐた。
 Kさんは杖を振りながら、私の二三間先を歩いてゐる。
 私が顏を擧げた時、丘を越えて眞青の海が見えた。
「船はまだ見えないやうですよ。」と、Kさんは丘の端に立ちながら、私の方を振り返つて云つた。
 私は彼に近づいて行つた。
 そして崖の上の草の茂みに腰を降して、煙草を吸つた。
 午後の海は靜かに輝いてゐた。
 遠くの水平線は灰色の靄に隱されて、海と空との間に、陸奧の山々が幽かに浮んで見えた。
 そして寂しい海の上には往き來する小舟の影もなかつた。
 ただきらきらと潮流に乘つて動いて行く浪のうねりが限りなく續いてゐる。
 私はぢつと瞳を定めて、その跡を見守つてゐた。
「さうだ、死が來なければ人は眞の安穩やすらぎを得ることは出來ないのだ。」
 私はさう心の中に呟きながら、Kさんの後から坂道を降りて行つた。

(五年十月・處女作)

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