平林漠漠として煙は織るが如く、 寒山一帶傷心の碧みどり。 暝色高樓に入り、 人有り樓上に愁ふ。 玉階空しく佇立し、 宿鳥歸へり飛ぶこと急、 何處いづこか是れ歸程ならん、 長亭更に短亭。 |
江南の好き、 風景舊もと曽て諳そらんず。 日出づれば江花紅きこと火に勝り、 春來らば江水綠あをきこと藍に如しく。 能く江南を憶はざらんや! |
江南の憶ひ、 最も憶ふは是れ杭州。 山寺の月中に桂子を尋ね、 郡亭の枕上に潮頭を看る。 何れの日か更に重ねて游ばん。 |
江南の憶ひ、 其の次に憶ふは呉宮。 呉酒一杯春竹葉、 呉娃双び舞ふ醉芙蓉。 早晩復た相ひ逢はん。 |
一曲の新詞酒一杯、 去年の天氣舊もとの亭臺。 夕陽西に下しづめば幾いづれの時か回らん? 可奈何いかんともする無し花は落ちり去り、 曾ての相識の似ごとき燕歸り來る。 小園の香徑獨り徘徊す。 |
庭院深深として深きこと幾許いくばくぞ? 楊柳煙かすみを堆こめ、 簾幕重なれるを數ふる無し。 玉勒雕鞍遊冶の處、 樓高けれど見へず章臺の路を。 雨橫ざまにして風狂ふ三月の暮、 門は黄昏たそがれを掩さへぎれど、 計る無し春を留め住おくを。 涙眼にて花に問へど花は語らず。 亂紅散りし花飛び過ぎて秋千に去る。 |
汴水流れ、泗水流る、 流れて到るは瓜州の古き渡頭。 呉山點點ひとつひとつに愁ふ。 思ひ悠悠、恨み悠悠。 恨み歸れる時に到らば方まさに始めて休をはらん。 月明に人樓に倚よる。 |
鶯鶯燕燕春春、
花花柳柳眞眞、 事事風風韻韻。 嬌嬌嫩嫩、 停停當當人人。 |
鶯鶯燕燕は春春として、
花花柳柳は眞眞として、 事事に風風韻韻たり。 嬌嬌嫩嫩として、 人人に停停當當たり。 |
西塞山前白鷺はくろ飛び、 桃花流水鱖魚けいぎょ肥ゆ。 靑き箬笠じゃくりふ、綠の蓑衣さい、 斜風細雨歸るを須もちゐず。 |
桂枝香 金陵懷古 宋・王安石
登臨送目、正故國晩秋、 天氣初肅。 千里澄江似練、 翠峰如簇。 歸帆去棹殘陽裡、 背西風酒旗斜矗。 彩舟雲淡、 星河鷺起、 畫圖難足。 念往昔、繁華競逐。 嘆門外樓頭、 悲恨相續。 千古憑高、 對此漫嗟榮辱。 六朝舊事隨流水、 但寒煙衰草凝綠。 至今商女、 時時猶唱、 後庭遺曲。 |
登臨して送目すれば、 正に故國は晩秋、 天氣初めて肅たり。 千里の澄江練ねりぎぬの似ごとく、 翠峰簇やじりの如し。 歸帆棹を去る殘陽の裡、 西風を背にうけ酒旗斜めに矗たつ。 彩舟に雲淡く、 星河に鷺起つ、 圖ゑに畫かんも足みたし難し。 往昔を念おもへば、繁華競ひて逐く。 嘆く門外樓頭、 悲恨相ひ續く。 千古憑高す、 此に對して漫そぞろに榮辱を嗟なげく。 六朝の舊事流水に隨ひ、 但だ寒煙衰草綠を凝らす。 今に至るも商女、 時時猶ほも唱ふ、 後庭遺曲。 |
霧に樓臺ろうだいを失い、 月に津渡しんとに迷ひ、 桃源たうげん望斷すれども尋たづぬる處無し。 可なんぞ堪たへん孤館こくゎん春寒しゅんかんに閉ざされ、 杜鵑とけんの聲裏に斜陽暮るるに。 驛は梅花ばいくゎを寄せ、 魚うをは尺素せきそを傳ふ、 砌つみ成す此この恨み重數きはまり無し。 郴江ちんかうは幸自もとより郴山ちんざんを繞めぐるべきも、 誰たが爲に流れ下くだりて瀟湘せうしゃうに去るや。 |
阿那曲あだきょく 羅袖香を動かして香已やまず、 紅蕖こうきょ嫋嫋でうでうたり秋煙の裏うち。 輕雲嶺上にありて乍たちまち風に揺られ、 嫩柳どんりう池塘に初めて水を拂ふ。 |
天涯也有江南信、
梅破知春近。 夜闌風細得香遲、 不道曉來開遍、 向南枝。 玉臺弄粉花應妬、 飄到眉心住。 平生箇裏願杯深、 去國十年老盡、 少年心。 |
天涯也もまた有り江南の信、
梅破ほころびて春の近きを知る。 夜 道はからざりき曉來開くこと遍し、 南枝に向おいて。 玉臺に粉おしろいを弄ほどこせば花應まさに妬むべし、 飄ただよひて眉心に到りて住とどまる。 平生箇かくの裏さまならば杯の深きを願ひしも、 國を去ること十年老ほとんど盡きたり、 少年の心。 |
遙けき夜沈沈として水の如く、 風緊きつくして驛亭は深く閉ざす。 夢は破れ鼠は燈を窺ひ、 霜は曉寒を送り被しとねを侵す。 寐いぬる無し、寐いぬる無し、 門外に馬嘶きて人起く。 |
纖雲巧を弄し、 飛星恨みを傳へ、 銀漢迢迢として暗ひそかに度わたる。 金風玉露一たび相ひ逢はば、 便すなはち勝卻す人間じんかんの無數なるに。 柔情水に似て、 佳期夢の如し、 忍びて顧かへりみんや鵲の橋の歸路を。 兩情若もし是れ長久ならん時, 又豈あに朝朝暮暮たるに在あらんや。 |
波は渺渺として、柳は依依たり。 孤村芳草遠く、 斜日に杏花飛ぶ。 江南春盡きんとして離腸斷じ、 蘋は汀洲に滿てども人未だ歸へらず。 |
江城子 秦觀
南來飛燕北歸鴻。偶相逢。慘愁容。 綠鬢朱顏、 重見兩衰翁。 別後悠悠君莫問、 無限事、不言中。 小槽春酒滴珠紅。 莫怱怱。滿金鐘。 飮散落花流水、 各西東。 後會不知何處是、 煙浪遠、暮雲重。 |
南來の飛燕北歸の鴻。 偶たまたま相ひ逢ふ。慘たる愁容。 綠鬢朱顏は、 重ねて見まみえれば兩衰の翁たり。 別後の悠悠たるは君問ふこと莫なかれ、 無限の事、中を言らじ。 小槽の春酒珠なす紅を滴らす。 怱怱たる莫なかれ。金鐘に滿たす。 飮散ずれば落花流水、 各おのおの西東す。 後會知らず何處いづこか是これなるを、 煙かすめる浪遠く、暮雲重し。 |
春去也、
多謝洛城人。 弱柳從風疑舉袂、 叢蘭浥露似霑巾。 獨坐亦含顰。 |
春去らんとす也、
多謝す洛城の人に。 弱柳風に從ひて疑ふらくは袂を舉げたるかと、 叢蘭露に浥れて巾を霑すが似ごとく。 獨り坐して亦た顰を含む。 |
邊草、邊草、 邊草盡き來りて兵老ゆ。 山南山北雪は晴れ、 千里萬里月は明るし。 明月、明月、 胡笳の一聲愁ひ絶す。 |
枯藤老樹昏鴉、
小橋流水人家、 古道西風痩馬。 夕陽西下、 斷腸人在天涯。 |
枯藤の老樹昏くれの鴉、
小橋の流水人家、 古道の西風痩馬。 夕陽西に下れば、 斷腸の人天涯に在り。 |
西塞山せいさいざん邊白鷺はくろ飛び、 散花洲さんくゎしう外片帆へんぱん微かすかなり。 桃花たうくゎ流水りうすゐ鱖魚けつぎょ肥ゆ。 自みづから一身を庇かばふ靑き箬笠じゃくりふ、 到る處に相あひ隨したがふ綠あをき蓑衣さい。 斜風しゃふう細雨さいう歸るを須もちゐず。 |
水の曲くま山の隈くま四、五の家、 夕陽の煙火えんくゎ蘆花ろくゎを隔へだつ。 漁唱歇やみ、醉眠斜めなり、 綸竿りんかん蓑笠さりふ是これ生涯。 |
好個かうこの神仙張志和ちゃうしわ、 平生只ただ是これ一漁蓑ぎょさ。 月に和して醉ゑひ、船を棹さをさして歌ふ。 樂は江湖かうこに在るを奈何いかにかす可べき。 |
乾坤けんこん何いづれの路か生涯を指す。 歳月を抛なげうち、煙霞えんかに臥す、 在處の江山は便すなはち是これ家。 |
胡馬よ、胡馬よ、 遠く燕支山の下もとに放つ。 沙に跑はしり雪に跑はしりて獨ひとり嘶いななく、 東を望み西を望みて路に迷ふ。 路に迷ふ、路に迷ふ、 邊草窮きはまり無く日暮れんとす。 |
壯にして功名を誤ち老いて詩を學ぶ、 五湖の煙水鴟夷しいに似たり。 鷄犬を呼び、妻兒を載す。 共に住まん瓜皮艇の一枝。 |
雪色の髭鬚ししゅ一老翁らうをう、 時に短棹たんたうを開きて長空に拔く。 微かすかに雨有るも、正に風無し。 宜よろしく五湖の煙水の中に在るべし。 |
釣臺の漁父褐かつを裘きうと爲なし、 兩兩三三舴艋さくもうの舟。 能よく棹さをを縱あやつりて、流れに乘るに慣なれ、 長江の白浪曾かつて憂へず。 |
松江しょうかうの蟹舎かいしゃ主人歡よろこび、 菰飯こはん蓴羮じゅんかう亦また共に餐さんす。 楓葉ふうえふ落ち、荻花てきくゎ乾かわく。 醉ゑひて漁舟ぎょしうに宿せば寒を覺えず。 |
孟姜女まうきゃうぢょ、杞梁きりゃうの妻。 一たび燕山えんざんに去りて更に歸らず。 造り得たる寒衣かんい送るに人無く、 自家みづから征衣を送るを免れず。 |
秋風清きよく。秋月明るし。 葉葉えふえふ梧桐ごとう檻外かんがいの聲。 歸夢をして成すこと難かたからしむ。 砌みぎりの蛩は鳴き。樹きの鳥は驚く。 塞雁さいがん行行かうかう天際てんさいに橫たはる。 偏ひとへに旅客の情を傷いたましむ。 |
滿江紅 金陵懷古 元・薩都剌
六 代豪華、春去也、更無消息。 空悵望、山川形勝、 已非疇昔。 王謝堂前雙燕子、 烏衣巷口曾相識。 聽夜深、 寂寞打孤城、 春潮急。 思往事、愁如織。 懷故國、空陳跡。 但荒煙衰草、 亂鴉斜日。 玉樹歌殘秋露冷、 臙脂井壞寒螿泣。 到如今、 只有蔣山青、 秦淮碧。 |
六代の豪華、 春去る也、更さらに消息無し。 空しく山川の形勝を悵望ちゃうばうすれば、 已すでに疇昔ちうせきに非ず。 王謝わうしゃ堂前の雙さう燕子えんし、 烏衣巷ういかう口に曾かつて相ひ識しれり。 夜深く、 寂寞せきばくとして孤城を打つ 春潮しゅんてうの急きふなるを聽く。 往事わうじを思へば、愁ひは織おるが如し。 故國を懷へば、陳跡ちんせき空し。 但ただ 荒煙くわうえん衰草すゐさう、 亂鴉らんあ斜日しゃじつのみ。 玉樹ぎょくじゅの歌は殘りて秋露冷たく、 臙脂えんじの井せいは壞こはれて寒螿かんしゃう泣く。 如今じょこんに到り、 只だ有るは蔣山しゃうざん青く、 秦淮しんわい碧みどりなるのみ。 |
滿 眼韶華、
東風慣是吹紅去。 幾番煙霧。 只有花難護。 夢裏相思、 故國王孫路。 春無主。杜鵑啼處。 涙染臙脂雨。 |
滿眼の韶華せうくゎ、
東風慣是ためしに紅を吹きて去る。 幾番ばんの煙霧ぞ。 只だ花の護まもり難がたき有り。 夢裏に相あひ思ふ、 故國王孫わうそんの路。 春に主無なし。杜鵑啼なく處。 涙は染む臙脂えんじの雨に。 |