李淸照詞 [索引] [書架] |
聲聲慢 尋尋覓覓、 冷冷淸淸、 凄凄慘慘戚戚。 乍暖還寒時候、 最難將息。 三杯兩盞淡酒、 怎敵他、曉來風急。 雁過也、正傷心、 却是舊時相識。 滿地黄花堆積、 憔悴損、 如今有誰堪摘。 守着窗兒、 獨自怎生得黑。 梧桐更兼細雨、 到黄昏、點點滴滴。 這次第、 怎一個、愁字了得。 |
尋し尋して覓め覓めて、 冷冷たり淸淸たり、 凄凄たり慘慘たり戚戚たり。 暖にして乍ち還また寒き時候、 將息最も難し。 三杯兩盞の淡酒は、 怎いかんぞ他それに敵はん、曉來の風急なるに。 雁過ぐる也、正に傷心、 却って是れ舊時の相識たり。 滿地の黄花堆積すれど、 憔悴して損はれ、 如今なんぞ摘むに堪へん。 窗べによりそひ君をまてど、 獨りにて怎生いかんぞ宵までをすごさん。 梧桐更に細雨を兼くはへ、 黄昏に到りて、點點滴滴。 這かくなる次第、 怎いかんぞ一個の、「愁」字に了し得ん。 |
昨夜雨疏にして風驟なり、 濃き睡りも殘酒を消さず。 試みに問ふ簾を卷く人に、 却って道ふ:「海棠は舊に依る」と。 知るや否や?知るや否や? 應に是れ綠肥え紅痩せたるべし。 |
風住やみ塵香りて花已すでに盡つき、 日晩たかくして倦みながら頭を梳すく。 物は是なるも人は非にして事事休し、 語らんと欲して涙先に流る。 聞説きくならく雙溪さうけい春尚なほ好く、 也また擬して*参照↓輕舟を泛ばすと。 只だ恐る雙溪の舴艋こぶね舟、 載せて動かせず、許多あまたの愁ひ。 |
嘗て記す溪亭の日暮、 沈醉して歸路を知らず。 興盡きて晩く舟を回らす、 誤りて入る藕花の深き處。 爭いかでか渡らん、爭いかでか渡らん、 驚き起つ一灘の鷗鷺。 |
鳳凰臺上憶吹簫 香冷金猊、 被翻紅浪、 起來慵自梳頭。 任寶奩塵滿、 日上簾鈎。 生怕離懷別苦、 多少事、欲説還休。 新來痩、 非干病酒、 不是悲秋。 休休! 這回去也、 千萬遍陽關、 也則難留。 念武陵人遠、 煙鎖秦樓。 惟有樓前流水、 應念我、終日凝眸。 凝眸處、從今又添、 一段新愁。 |
香は金猊を冷し、 被しとねは紅浪を翻し、 起來して慵く自ら頭を梳く。 寶奩れん塵の滿つるに任せ、 日は簾鈎に上る。 怕おそるるは離の懷おもひと別わかれの苦、 多少の事は、説とかんと欲しては還また休やむ。 新來痩せたり、 病酒に非で、 悲秋にもあらず。 休やめよ休やめよ! 這この回の去きょ=行なる也や、 千萬遍の“陽關”も、 也また則すなはち留め難し。 武陵の人の遠きを念ひ、 煙は鎖とざす秦樓を。 惟ただ有るは樓前の流水、 應まさに我を念おもふべし、終日眸を凝らさん。 眸を凝す處、今從より又添へん、 一段の新愁を。 |
薄霧濃雲永き晝を愁ひ、 瑞腦金獣に消へ。 佳節又重陽、 玉枕紗廚、 半夜に涼初めて透る。 東籬に酒を把りて黄昏の後、 暗ひそやかなる香有りて袖そでに盈みつ。 道いふ莫なかれ消魂せざると、 簾西風に捲かるれば、 人は黄花比よりも痩ごとせん。 |
永遇樂 落日熔金、 暮雲合璧、 人在何處? 染柳烟濃、 吹梅笛怨、 春意知幾許。 元宵佳節、 融和天氣、 次第豈無風雨? 來相召、香車寶馬、 謝他酒朋詩侶。 中州盛日、 閨門多暇、 記得偏重三五。 鋪翠冠兒、 撚金雪柳、 簇帶爭濟楚。 如今憔悴、 風鬟霜鬢、 怕見夜間出去。 不如向、簾兒底下、 聽人笑語。 |
落日金を熔かし、 暮雲璧を合はす、 人何處にか在る? 柳を染めて烟ること濃く、 「梅」を吹く笛の怨み、 春意幾許いくばくなるかを知らん。 元宵の佳節、 天氣融和すれど、 次第に豈あに風雨の無からん? 來りて相ひ召くは、香車寶馬、 謝す他その酒朋詩侶を。 中州汴京の盛んなる日、 閨門多く暇にて、 記し得たり三五元宵節を偏ひとへに重んぜしを。 鋪翠の冠兒カワセミの冠、 撚金雪柳金糸・絹紙の髪飾り、 簇帶かざりは濟楚うるはしきを爭ふ。 如今憔悴し、 風鬟霜鬢、 怕見ためらふ夜間に出去するを。 簾兒の底下もとに向おいて、 人の笑ひ語れるを聽くに如しかず。 |
病より起きれば蕭蕭として兩鬢華しろく、 臥して看る殘月窗の紗に上る。 豆蔻梢を連ねて熟水に煎じ、 分茶する莫し。 枕上に詩書閑に處して好く、 門前の風景雨來りて佳し。 終日人に向かひて蘊藉多き、 木犀の花。 |
紅き藕はすの香は殘すたる玉簟の秋。 輕やかに羅裳を解あげ、 獨り蘭舟に上る。 雲中誰か錦書を寄こして來きたる、 雁字回かへる時、 月は西樓に滿つ。 花自おのづから飄零して水自ら流る。 一種の相思は、 兩處閑愁す。 此の情消し除く可べき計すべ無し、 才ようやくく眉頭みけんを下くつろげしも、 却って心頭に上す。 |
風定しづまりて落花深く、 簾外紅を擁して雪を堆む。 長とこしへに記す海棠開きし後、 正に是れ傷春の時節。 酒闌つき歌罷やみ玉尊空しく、 靑き缸ともしび暗ひそかに明滅す。 魂夢幽ひそやかなる怨に堪えず、 更に一聲啼く鴂ほととぎす。 |
風柔く日薄くして春猶ほ早く、 夾衫乍ち着れば心情好し。 睡りより起きれば微寒覺え、 梅花鬢上に殘くづる。 故郷何處いづこか是れなる? 忘れ了おほせり醉ひを除非のぞきては。 沈水臥せる時に燒たき、 香消つけども酒未だ消えず。 |
寂寞たる深閨、 柔腸一寸愁ひ千縷。 春を惜めど春は去り、 幾點かの花を催ほす雨。 欄干に倚ること遍くも、 只だ是れ情緒いき無し。 人何處いづこぞ、天に連なる芳草は、 望斷す歸來の路を。 |
天は雲濤に接して曉霧に連なり、 星河轉ぜんと欲して千帆舞ふ。 彷彿たる夢魂帝所に歸り。 天語を聞くに、 殷勤我に問ふ:何處いづこにか歸らんと。 我は報こたふ:路長く日暮を嗟なげく、 詩を學ぶれど謾むなしく有るは人を驚かすの句 九萬里の風鵬正に舉げよ。 風住やむ休なかれ、 蓬舟吹き取えて三山へ去らしめよ。 |
窗前誰が種へし芭蕉の樹、 陰は滿つ中庭。 陰は滿つ中庭。 葉葉心心、 舒のばし卷きて餘情有り。 傷心の枕上三更の雨、 點滴霖霪、 點滴霖霪、 愁損せる北人は、 慣れず起き來りて聽く。 |
秋千を蹴こぎ罷をへ、 起たち來りて慵ものうげに整ふ纖纖なる手。 露は濃く花は痩せ、 薄き汗輕衣に透る。 客の入り來るを見、 襪たび剗はだしにて金釵溜め、 羞ひ和ながら走にぐ。 門に倚より回首し、 卻って青梅を把て嗅ぐ。 |
歸鴻聲斷たえ殘雲碧く、 背窗雪落ちて爐煙直し。 燭底に鳳釵明きらめく、 釵頭人勝輕し。 角聲曉漏を催し、 曙色牛斗に回もどる。 春意看花難く、 西風舊寒を留む。 |
臨江仙 歐陽公作「蝶戀花」、有「深深深幾許」之句、予酷愛之。 用其語作「庭院深深」數闕、其聲即舊「臨江仙」也。 歐陽公「蝶戀花」を作るに、「深深として深きこと幾許ぞ」之句有り、 予酷く之を愛す。其の語を用ひて「庭院深深」數闕を作るも、 其の聲は即ち舊「臨江仙」也。 |
庭院深深深幾許、 雲窗霧閣常扃。 柳梢梅萼漸分明。 春歸秣陵樹、 人老建康城。 感月吟風多少事、 如今老去無成。 誰憐憔悴更雕零。 試燈無意思、 踏雪沒心情。 |
庭院深深として深きこと幾許いくばくぞ、 雲窗霧閣常に扃とざす。 柳梢梅萼漸く分明。 春は歸る秣陵の樹、 人は老ゆ建康の城まち。 月に感じ風に吟ずるは多少の事、 如今老い去りて成おもひなすこと無し。 誰か憐まん憔悴更に雕零。 試燈意思おもしろさ無く、 雪を踏むことも心情おこる沒なし。 |
許はなはだしく莫れ杯深く琥珀濃きを、 未だ沈醉を成さざるに意先に融け、 疏鐘已に應ふ晩來の風に。 瑞腦の香消え魂夢斷たれ、 辟寒金小さければ髻鬟鬆ゆるむ、 醒さめし時空しく對す燭花の紅きに。 |
紅く 南枝に探る開くこと遍しや未しや。 知らず醞藉は幾多の時なるを、 但だ見る包藏無限の意。 道人憔悴す春窗の底もと、 悶え損ねて闌干に愁ひて倚らず。 未だ必ずしも明朝風起こらざるべし。 |
湖上に風來りて波浩渺たり、 秋已すでに暮れ、紅はな稀まれにして香少なし。 水光山色人與と親しむ、 説いひて盡きず、無窮に好しと。 蓮子已に成り荷葉老ゆ、 淸露洗ひ、蘋花汀草。 沙に眠れる鴎鷺回頭せず、 恨めるが似也ごとし、人の歸るの早きを。 |
夜來沈醉して妝を卸おろすこと遲く、 梅萼殘枝を插す。 酒は醒さめ薰りは破る春の睡りを、 夢は斷たれて歸るを成さず。 人悄悄として、月依依たり、 翠簾垂らして。 更に殘蕊を挼もみ、 更に餘香を撚よれど、 更に得かかる些かの時。 |
年年雪の裏なかに、 常に梅花を插して醉ひき。 梅花を挼み盡して好しき意おもひ無く、 贏かち得たり滿衣の淸き涙を。 今年海角天涯、 蕭蕭として兩鬢に華しらが生ず。 晩來の風勢を看取る、 故に應に梅花を看るに難かたし。 |
高閣に臨めば、 亂山平野煙光薄し。 煙光薄し、棲鴉歸りし後、 暮天に角ふえを聞く。 斷香殘酒情懷惡く、 西風催ほし襯うながして梧桐落つ。 梧桐落つ、 又た還なほもふたたび秋色、 又た還なほもふたたび寂寞。 |
天上星河轉じ、 人間簾幕垂る。 涼生じて枕簟涙痕滋く。 起ちて羅衣を解きつつ聊いささか問ふ、 夜何ぞ其いかばかりならん。 翠みどり貼れる蓮蓬小さくして、 金銷の藕葉稀なり。 舊時の天氣舊時の衣、 只だ情懷のみは似ずに有り、 舊家むかしの時に。 |
寒日蕭蕭として瑣窗に上のぼり、 梧桐應まさに恨む夜來の霜。 酒闌けて更に喜ぶ團茶の苦きを、 夢斷たれて偏ひとへに宜し瑞腦の香。 秋已すでに盡き、日猶なほ長し、 仲宣の懷遠より更に淒涼たり。 分に隨ひて尊前に醉ふに如しかず、 負ふ莫れ東籬の菊蕊の黄きに。 |
生きては當に人傑と作なるべく、 死しては亦鬼雄と爲なる。 今に至りて項羽を思ふに、 江東に過よぎるを肯がへんぜざるを。 |
千古の風流八詠樓、 江山留め與ふるは後人の愁ひ。 水は通る南國三千里、 氣は壓す江城十四州。 |
詩を趙挺之に上たてまつる 何ぞ況んや人間父子の情。 |
詩を趙挺之に上たてまつる 手を炙らば熱す可べきも心は寒かる可べし。 |
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