小山重疊して金明滅、 鬢の雲度わたらんと欲す香顋の雪に。 懶げに起き蛾眉を畫く。 妝を弄び梳洗遲し。 花を照らす前後の鏡。 花面交こもごも相あひ映ず。 新たに帖りて羅襦に綉りするは、 雙雙金の鷓鴣。 |
玉樓明月長へに相ひ憶ふ。 柳絲裊娜として春無力。 門外草萋萋たり。 君を送れば馬の嘶くを聞けり。 畫いろうつくしき羅うすぎぬ金の翡翠。 香かぐはしき燭消とけて涙を成し、 花落ちて子規啼けば、 綠窗に殘夢迷ふ。 |
人人盡く説とく江南は好しと、 遊人只ただ合まさに江南に老ゆべし。 春水は天よりも碧あおく、 畫船がせんに雨を聽きて眠る。 爐ろ邊人は月の似く、 皓しろき腕かいなは雙つの雪を凝こらせる。 未だ老いざれば鄕に還かえる莫なかれ、 鄕に還かえらば須すべからく斷腸すべし。 |
紅樓の別れの夜惆悵に堪へんや。 香燈に半ば捲く流蘇の帳とばりを。 殘月門を出でし時、 美人涙と和ともに辭す。 琵琶金翠の羽。 絃上黄鶯語るに: 我に勸む早つとに家に歸れと。 綠窗に人花の似ごとし。 |
記し得たり那かの年花の下もと。 深夜。初めて謝娘しゃじょうを識しりし時。 水堂の西面は畫簾がれん垂れ。 手を攜たずさへ暗ひそかに相ひ期す。 惆悵ちゅうちょうたり曉の鶯殘なごりの月。 相あひ別れ。此これ從より音塵を隔つ。 如今いま倶ともに是これ異鄕の人。 相あひ見まみゆるに更に因よし無し。 |
相あひ見まみゆること稀まれに、相ひ憶おもふこと久し 眉淺く淡く烟かすめること柳の如し。 翠みどりの幕を垂らし、同心を結ぶ。 郎きみに侍はべりて綉うすぎぬの衾しとねを燻くんず。 城上の月。白きこと雪の如し。 蝉鬢せんびんの美人愁絶す。 宮樹暗く、鵲橋ぎんが橫たはる。 玉籤せん初めて明あかつきを報ず。 |
夜夜相ひ思ひて更漏殘すたれ。 明月に傷心して欄干に凭よる。 君を想ふに我を思ひて錦の衾しとね寒からん。 咫尺しせきの畫堂深きこと海に似、 憶ひ來って唯だ舊き書ふみを把とりて看る。 幾いづれの時か手を攜へて長安に入らん。 |
千萬の恨み、 恨みの極まれるは天涯に在り。 山月は知らず心裏の事、 水風は空しく落つ眼前の花。 碧雲揺曳して斜めなり。 |
梳洗そせん罷をはり、 獨り江樓に倚よりて望む。 過ぎ盡くす千帆皆是ならず、 斜暉き脈脈として水悠悠。 腸斷す白蘋ひんの洲。 |
春日遊ぶ、 杏花吹きて頭に滿つ。 陌あぜみち上誰たが家の年少ぞ、 足はなはだ風流いき。 妾わらは擬おもふに身を嫁與ゆだぬとも、 一生休んぜん。 縱たとひ無情に棄てらるるとも、 羞づ能あたはず。 |
船は湖光を動かし灧灧たる秋。 年少を貪り看て船の流るるに信まかす。 端無くも水を隔てて蓮子を抛れば、 遙か人に知られて半日羞づ。 |
四月十七、 正に是れ去年の今日。 君と別れし時。 涙を忍びて佯いつはりて面を低げ、 羞はぢらひを含みて眉を斂む。 知らず魂ひ已に斷たれ、 空しく夢に相ひ隨ふ有り。 天邊の月を除卻せば、 人の知る沒なし。 |
昨夜夜半、 枕上分明に夢に見まみゆ。 語ること多時にわたる。 舊に依る桃花の面かほ、 頻に低ぐ柳葉の眉を。 半ば羞ぢ還た半ば喜び、 去らんと欲して又依依たり。 覺め來って知るは是れ夢、 悲みに勝たへず。 |
玉爐香り、紅蝋涙して、 偏まさに畫堂の秋思を照らす。 眉の翠薄れ、鬢雲殘くづる。 夜長くして衾枕寒し。 梧桐の樹。三更の雨は。 道しらず離情正に苦なるを。 一葉葉、一聲聲。 空階に滴りて明あかつきに到る。 |
東風急つよく、 花に惜別せん時手に頻りに執る、 羅帷に愁ひて獨り入る。 馬嘶けば殘雨春蕪を濕ほす、 門に倚りて立たずむ。 語を寄す薄情の郞に、 粉香涙と和ともに泣くと。 |
君に勸む今夜須すべからく沈醉すべし、 樽前に話す莫なかれ明朝の事を。 珍重す主人の心、 酒深くして情も亦た深し。 須すべからく愁ふべし春漏の短きを、 訴ふる莫れ金杯に滿ちたるを。 酒に遇あひては且しばし呵呵かかたれ、 人生能よく幾何いくばくぞ? |
石城舊に依りて空しき江國、 故宮は春色。 七尺の靑絲芳草碧なり、 絶世得え難がたし。 玉英凋しぼみ落ちて盡き、 更に何人なんぴとか識しらん。 野棠織るが如く、 只だ是れ人をして怨憶を添へ敎しむ、 悵望極り無し。 |
蝴蝶兒、晩春の時。 阿嬌初めて着る淡黄の衣を、 窗に倚よりて伊これを畫くを學ぶ。 還ほも似たり花間に見えしに、 雙雙對對として飛ぶ。 端はし無くも涙に和して臙脂を拭へば、 雙翅をして垂らせ敎しむを惹まねく。 |
菡萏香蓮十頃の陂いけ。 小姑戲あそびに貪ふけり蓮を採ること遲し。 晩來水を弄びて船頭濕る、 更に紅裙を脱して鴨兒を裹む。 |
永き夜人を抛て何處いづこへか去り、 音たより來たること絶ゆ。香閣掩とざし、 眉斂ひそめ、月將に沈まんとせば。 怎いかでか忍ばん相ひ尋ねざるを。 孤衾を怨む。 我が心を換へて你なんぢが心と爲し、 始めて知る相ひ憶ふことの深きを。 |
花は柳條に映じ、 閑に向ふ綠萍の池上。 欄干に凭より、細浪を窺へば、 雨蕭蕭たり。 近來音信兩ふたつながら疏索まれに、 洞房空しく寂寂たり。 銀屏にて掩ひ、翠箔を垂らし、 春宵を度わたる。 |
綠槐陰裏黄鶯語り。 深院人無く春の晝午さがり。 畫簾垂らせば、金鳳舞ひ。 寂莫たる綉屏に香一炷すぢ。 碧天の雲、定める處無し。 空しく夢魂の來去有るのみ。 夜夜綠窗に風雨ありて。 斷腸せるを君信ずや否や。 |
何處の遊女ぞ、 蜀國雲雨多し。 雲は情を有し花は語を解す、 窣地さらさらたる綉羅金縷。 妝よそほひ成るも金鈿整はず。 羞ひを含み月を鞦韆に待つ。 綠槐の陰裏に住みて在り、 門は臨む春水の橋邊に。 |
洛陽城裏春光好く、 洛陽の才子他鄕に老ゆ。 柳は暗ふかし魏王の堤。 此の時心轉うたた迷ふ。 桃花春水綠にして、 水上に鴛鴦浴みづあびす。 恨を凝らして殘暉に對し、 君を憶おもへど君は知らず。 |
蘭燼落ち、 屏上紅蕉暗し。 閒やかに夢む江南の梅熟す日を、 夜船に笛吹き雨蕭蕭たり。 人は語る驛邊の橋。 |
淸曉妝よそほひ成る寒食の天、 柳球斜めに裊でうとして花鈿を間す、 簾を捲き直ちに出づ畫堂の前。 指點さす牡丹の初めて綻ほころべる朶えだを、 日高くして猶ほも自ら朱欄に凭より、 顰を含むも語らず春殘を恨むを。 |
憶ふ昔花間に初めて面かほを識りしとき、 紅袖にて半ば妝臉を遮れり。 輕やかに石榴の裙帶を轉ひるがへし、 故ことさらに纖纖たる玉指を將もって、 偸ひそかに雙ならべる鳳の金の綫いとを撚よる。 碧き梧桐は深深たる院にはを鎖とざし、 誰たれか料はかり得て、 兩情何いづれの日か繾綣せしめん。 羨む春來の雙燕、 玉樓に飛び到り、 朝暮相ひ見まみゆるを。 |
手裏に金の鸚鵡、 胸前に鳳凰を綉ぬひとる。 偸ぬすみ眼みて暗ひそかに形相し、 嫁ぐに如しかず、 鴛鴦と作ならん。 |
晩日ゆふべ金陵の岸草平かに、 落霞明かにして、水無情なり。 六代の繁華、 暗ひそかに逝波の聲を逐ふ; 姑蘇臺上の月空しく有りて、 西子の鏡の如く、 江城を照らす。 |
相ひ見まみゆる處、晩くれの晴れたる天、 刺桐の花の下越臺の前。 暗裡に眸ひとみを回めぐらし深く意を屬たくし、 雙翠を遺のこし、 象に騎のり人に背むけて先さきに水を過わたる。 |
春光暮んと欲し、 寂寞閒たる庭戸。 粉蝶雙雙として檻を穿ちて舞ふ、 簾卷かるれば晩天に疏雨。 愁を含み獨り閨の幃に倚り、 玉鑪煙は斷たれ香は微かなり。 正に是これ銷魂の時節、 東風樹に滿ちて花を飛ばす。 |
彩舫に乘りて、蓮塘を過ぐ。 棹歌は驚き起こす睡れる鴛鴦を。 游女香を帶び偎よりそひて笑ひを伴ひ、 窈窕たるを爭ひ、 競ひて團荷を折りて晩照を遮る。 |
春山煙收まらんと欲し、 天澹くして稀星小し。 殘月臉邊に明く、 別涙清曉に臨む。 語ること已に多けれど、情未だ了をはらず、 迴首して猶ほ重ねて道ふ。 記し得たり緑の羅裙を、 處處に芳草を憐めかし。 |
相ひ問ふを休やめよ、相ひ問ふを怕おそる、 相ひ問はば還また恨みを添ふ。 春水滿塘に生じ、 鸂鶒還た相ひ趁おふ。 昨夜雨霏霏として、 明あかつきに臨みて寒さ一陣。 偏ひとへに憶おもふ戍樓の人、 久しく邊庭の信を絶つ。 |
如今却って憶ふ江南の樂しかりきを、 當時の年少春衫薄し。 騎馬斜橋に倚れば、 滿樓の紅袖招く。 翠の屏金の屈曲、 醉ひ入る花叢の宿に。 此の度たび花枝に見まみゆれば、 白頭になるも誓って歸らじ。 |
野花芳草、 寂寞たる關山の道。 柳は金絲を吐き鶯語は早く、 惆悵たり香閨に暗かに老ゆるを。 羅帶に同心を結べるを悔み、 獨り朱欄に凭れば思ひ深し。 夢より覺むれば半床に斜月、 小窗より風觸りて琴を鳴らす。 |
春愁の南陌。 故國音書隔つ。 細雨霏霏として梨花白し。 燕は畫簾金額を拂ふ。 盡日王孫相ひ望み、 塵は衣上の涙痕に滿つ。 誰か橋邊向にて笛を吹く、 馬を駐とどめて西を望みて消魂す。 |
空しく相ひ憶ひ、 消息を傳へ得る計無し。 天上の嫦娥も識らずして、 書を寄さんとて何處にか覓もとむる。 新たに睡りより覺め來りて力無く、 伊かの書跡を把もたば忍びず。 滿院の落花春寂寂として、 芳草の碧きに斷腸す。 |
門前の春水白蘋の花、 岸上は無人にして小艇は斜す。 商女經へ過ぎて江暮れんと欲し、 殘食を散き抛すて神鴉に飼ふ。 |
亂れし繩千結すれば人を絆むすぶこと深く、 越の羅萬丈なれど表おもての長たけは尋一ひろ。 楊柳身に在りて意緒を垂らし、 藕花落ちり盡して蓮心見あらはる。 |
留め得ずして。 留め得たる也もまた應まさに無益なるべし。 白紵の春衫雪の如き色。 揚州に初めて去りし日。 別離を輕んじ、抛擲に甘んず。 江上の滿帆風疾し。 卻って羨む彩鴛三十六、 孤鸞還また一隻。 |
秋夜香閨に思ひ寂寥として、 漏とき迢迢たり。 鴛帷羅幌に麝煙銷え、 燭光搖らぐ。 正まさに憶おもふ玉郞遊蕩に去り、 尋ぬるに處無し。 更に聞く簾外に雨蕭蕭として、 芭蕉に滴るを。 |
膩粉瓊妝碧紗を透し、 雪誇るを休めよ。 金鳳の掻頭鬢より墮おちんとして斜めに、 髮交こもごも加はる。 雲屏に倚よりて新たに睡りより覺め、 夢を思ひて笑む。 紅腮さい隱し出す枕函の花、 些些いささかばかり有り。 |
蒼翠滿院に濃陰たりて、 鶯對して語り、蝶交り飛びて、 薔薇に戲る。 斜日欄に倚れば風好く、 餘香綉衣を出づ。 未だ玉郞の消息を得ざれば、 幾れの時にか歸らん。 |
正まさに是れ破瓜の年幾、 情を含み慣あまえ得て人に饒ゆるさる。 桃李の精神鸚鵡の舌、 なんぞ堪たへる可べけんや虚むなしく良宵を度すごすに。 卻ひとへに愛す藍あをき羅うすぎぬの裙子スカート、 羨む他その長ひさしく繊腰を束しむるを。 |
傾國傾城恨み餘り有り、 幾多の紅涙姑蘇に泣く、 風に倚り睇ひとみを凝こらせば雪の肌膚。 呉主の山河空しく落日、 越王の宮殿半ば平蕪、 藕はす花さき菱ひし蔓のびて重湖に滿つ。 |
江樓に背き、海月に望む。 城上の角聲嗚咽をえつす。 堤柳は動き、島は煙かすみて昏くらし。 兩行に征雁分かる。 京口の路。歸帆の渡。 正まさに是これ芳菲度わたらんと欲す。 銀燭盡き、玉繩低し。 一聲す村落の鷄。 |