白帝城頭春草生え、 折鹽山下蜀江淸し。 南人上うたひ來る歌一曲、 北人上おこし動かす莫なかれ鄕の情おもひを。 |
山桃の紅き花は上頭に滿ち、 蜀江の春水は山を拍ちて流る。 花の紅きは衰へ易きこと郞きみの意に似て、 水流の無限なるは儂わが愁ひに似たり。 |
江上春來りて新雨晴れ、 瀼西の春水に縠紋生ず。 橋東橋西好き楊柳、 人來たり人去りて歌行を唱ふ。 |
日は三竿を出いで春霧消え、 江頭の蜀客蘭橈を駐とどむ。 狂夫に憑りて寄す書ふみ一紙、 成都萬里橋に住みて在り。 |
兩岸の山花雪の似ごとく開き、 家家春酒銀杯に滿つ。 昭君坊中女伴多く、 永安宮外に靑くさを踏みて來たる。 |
瞿塘嘈嘈さうさうたる十二灘、 人は言ふ道路古來難かたし。 長とこしへに恨む人心水に如しかず、 等閑ゆゑなく平地に波瀾を起こす。 |
巫峽蒼蒼たり煙雨の時、 淸猿啼きて在るは最高の枝。 箇裏ここの愁人腸自ら斷つは、 由來は是れ此の聲の悲しきにあらず。 |
城西門前の灧澦堆、 年年の波浪摧く能あたはず。 人心を懊惱さすは石に如しかず、 少時は東去し復また西來す。 |
楊柳靑靑として江水平く、 郞の江上に歌を唱ふ聲を聞く。 東邊日出でて西邊雨ふる、 道ふは是れ晴無きは却て晴有りと。 |
楚水巴山は江雨多く、 巴人能く唱ふ本鄕の歌。 今朝北客歸去せんことを思ひ、 回かへりて紇那に入らんとして綠羅を披まとふ。 |
山上層層たる桃李の花、 雲間の煙火は是れ人家。 銀釧金釵來りて水を負ひ、 長刀短笠燒畬に去ゆく。 |
瞿塘峽口水煙低く、 白帝城頭月西に向く。 唱ひ到る竹枝の聲咽ぶ處とき、 寒猿閑鳥一時に啼く。 |
竹枝苦ひどく怨む何人なんぴとを怨むや、 夜静かに山空しくして歇やみて又た聞こゆ。 蠻兒巴女聲を齊ひとしくして唱ふ、 江南に愁殺して使君を病ません。 |
巴東の船舫巴西に上り、 波面に風生じて雨脚齊ひとし。 水蓼花を冷して紅簌簌として、 江蓠葉を濕して碧凄凄たり。 |
江畔の誰が家ぞ竹枝を唱ふ、 前聲斷ち咽むせびて後聲遲し。 多くは是れ通州司馬の詩ならん。 |
檳榔花發きて鷓鴣啼き、 雄は煙瘴に飛びて雌亦た飛ぶ。 |
木棉の花盡き茘枝垂れ、 千花萬花郞の歸るを待つ。 |
芙蓉蔕を並べて一心に連なり、 花は隔子を侵すを眼應まさに穿つべし。 |
筵中蝋燭は涙珠紅く、 合歡よろこびの桃の核は兩人仁同じ。 |
斜めの江風起こりて横波を動おこし、 蓮の子を劈さき開かば苦き心多し。 |
山頭の桃花谷底の杏、 兩花窈窕として遙かに相ひ映ず。 |
門前の春水白蘋の花、 岸上は無人にして小艇は斜す。 商女經へ過ぎて江暮れんと欲し、 殘食を散き抛すて神鴉に飼ふ。 |
亂れし繩千結すれば人を絆むすぶこと深く、 越の羅萬丈なれど表おもての長たけは尋一ひろ。 楊柳身に在りて意緒を垂らし、 藕花落ちり盡して蓮心見あらはる。 |
帝子蒼梧に復また歸らず、 洞庭に葉下おちて荊雲飛ぶ。 巴人夜竹枝を唱ひし後、 腸斷つ曉猿聲漸く稀なり。 |