此の糸
離れ座敷の長唄を、此方の部屋にて唯一人、聞きつつホット溜息を吐いて涙の一雫胸を悩ます花魁此の糸、身に詰まされし物思い
此糸「アヽーアヽー、何時ぞやの朝半さんを梯子迄送った時、
心細い事を言って帰らしった揚句種々な不都合から文の便りを楽しみに、儚い仲で此の頃は病気で居さっしゃると聞きながら片時看病をして上げ申す事もならないひとは誠に悔しいこった」ト案じ入ったる床の内。
はや丑満の頃なりしが、今夜の客は千葉の藤兵衛、宵に山谷の鍋長屋へ鰻を食いにと四五人連出行きし侭未だ帰らず。
外に客無き故に、想う男の半次郎が近く在ば今宵程よき首尾あるに不逢して、過ごさんものか悔しやと、及ばぬ事迄くよくよと、思案に気さえ放心と、我を忘れし其の折から、半次郎の友達二人、新造買いにて来たりしが、此処え忍んで此の糸の眠り兼ねたる枕元
○△「花魁、花魁」
此糸「ヲヤ、花月さんと雪さん」ト起上る此の糸の耳に口、何やら密かに囁けば、
此糸「ヱ、其れじゃァ直ぐに奥庭からかえ」
○△「そうさ、鉄漿溝へも板渡して、他の友達が待って居るから大丈夫だ」
此糸「ヲヤ、夫れじゃァ嬉しいねへ」ト互いに囁く。
次の間には、此唐琴屋の評判女郎泣嬌と噂の「
侍 「ハアハア、何様も為らぬ為らぬ、お前も気ィ遺るのかナ。
此方の一物の雁首をお前の小宮え吸込む様じゃヲヽヲヽハァハァハァたまらぬたまらぬ」
衣 「アレサアレサ、マア助つぁん、主はマァ気を遣ちゃァ否だョ。
何でも今夜は久し振りざますから、思い入れわちきに遣らせてお呉れョ。ヱヽモゥ何様しいせぅ、まことにようざますョ、
アレサ、そんなに口元許りせずとモット奥の方をきつゥく突いておくんなましョ。アレモウモゥ」と四辺を忘れてヨガリ泣き、と文字通り大修羅場の真最中で、思わず差し覗いて見れば、二人は夜着も撥ね退け、交合衣は枕を外し雪の肌も丸見えの大乱れ 花月も雪次郎も堪り兼ね、気を悪くして立ち千擦り。
此糸の手を引いて、難なく忍ぶ奥の庭、やがて塀も越えさせて、溝に掛けたる小板橋、渡る足さえぶるぶると、振え振えて漸う漸うに根岸の里に送られ行き半次郎の側に寄り添い
糸 「半さん、病気は些たぁ宜ざますか」
半 「ナニ、どうも久しくお前に逢ないから能はないのサ。
しかし今夜は花月と雪が親切に連れて来て呉れたから、思い掛けなく顔が見られるのだ」と此糸の衿元え手を掛けて顔と顔を押付、嬉そうににっこりと笑、抱きつく
此糸「アレサマア、顔をとっくりと見せて呉んなまし、ヲヤ其様に疲も被成でない」
半 「ナアニ痩せたのさ、けども、花月と雪さんがお前を送届けて帰り乍、久振りだからたんと御馳走を被成と言われたのが力に為って、大丈夫な人の様に為って居るから案被成な」
此糸「ヲヤヲヤ燃ざますか。夫れじゃあァ花月さんも雪さんも、わちき許り置いて帰らしったかねへ」
半 「真に気の利いた友達サノ。サアマア草臥れたろうから些っと休みな」と、床の上に引き倒し、横に抱き付て口を吸いにかかる
此糸「ヲヤマァ主は其様な元気があらっしゃるのかヘ」と、嬉しそうに男の顔を従容と眺め、ひしひしと抱き付く。
半次郎は早くも此糸を仰向にして前を捲れば、火炎も立つべき緋縮緬の湯文字も捲れ雪よりも白くすべすべしたる肌をあらわし、恥ずかしそうなる美麗さ、此の花魁此糸は姿形の麗はしきのみならず、恋ヶ窪の廓中第一の交合上手にて、古今無類の玉門也。
然れば生娘の時より今に至る迄玉門の左右の肉柔らかに膨れ上り、羽二重の絹に真綿を包みし如く実頭の肉高く柔らかなり。
又細く柔らかなる毛の三十本ばかり上の方に生えて股の色白く光艶々としたる肌を見たるばかりにても男は気を遣るべきに様にぞ思われける。
此糸「アレサ、半さん、恥しらしい。何故そんなに見なますへ。
わちきやァ嫌ざますヨウ」ト口には言えど此月頃、焦がれ焦がれし恋男に遠慮もあらず割込まれて勤めの心は夢にも思わぬ素人気と為りしゆえ、少しも早く一物を入れて欲しさに其れとは言はねど顔に表れて、耳を赤くし溜息吐いて、思わず腰を持ち上げ寄り添うを、半次郎は見澄まして、紫色の玉茎を火の如くおやしたて・・・
藤兵衛「アンレ、ソレソレ、いつだにねえあしらい、此糸おらァ堪らん堪らん」
此糸はっと夢から覚める。