2004/3/6 1 3/7 投稿者・ritonjp

      第六 「変詐たばかりの巻」

 うら若く寝よげに見ゆる若草を、結ぶ縁の緒や、今朝より雨の小止みなく、軒端を巡る玉水の、音は寝耳に響きつつ吉光公は目を覚まし、見給えば暁まで、添臥したる朝香も居らず、雨降りながら日高きにや、雨戸屏風は建て込めて、手許はいとど暗けれど、格子は輝くばかりなるに、こは昨夜の疲れにて、寝忘れたりと起き上がり、手をほとほと鳴らし給えば「ハイ」と応えて静々と、屏風を明けて這入るは朝香、寝乱れ髪最早繕い、菊童やらん薄っすりと、紅鉄漿さえも程のよく、嗚呼惜しむべし此の女、今十年も若からば、類もあらぬ美人ぞと、見蕩るばかりの婀娜造り。
 手をつかえ頭をさげ
朝「モゥ御目が覚めましたか。今日は生憎大雨で、とても館へお帰りは、成り憎かろうと佐栗殿も申すに拠って其の儘に、静か致しておりました」
光「左様で有ったか。如何にも大雨、然し朝香そなた宜早く起きたの。おりゃ大分疲れたそうで、夫れから後は一向知らず今漸う目覚めた」
朝「ホヽヽヽ私も貴君様の御蔭で、体はぐんにゃり筋骨を、抜かれた様に、成りましたが、兎角する間に烏の声、佐栗殿に見付っては、貴君の御恥に成ろうかと、起きて納戸へ参っても、頭上がぶらぶらぐらぐらと、眩暈が致す様で有を堪え堪えて容子にも気取られまいと致した折は、どんなに苦しう御座いましたろう」
光「胴だモゥ一辺苦しい思いをする気はないか」
朝「ハィ随分宜しゅう御座いますね。ホヽヽヽ好きな奴と御蔑み遊ばしましょう」
光「大方懲り懲りしたろう」
朝「ィヱ懲りは致しません」
光「懲りずば此処で迎酒サァ来や」ト手を執り給えば朝香にこにこと後を向き
朝「誰ぞ参ると悪う御座います」
光「主ないそなたと寝て居る所へ、誰が来たとて構いはあるまい。夫れとも何ぞ喧しく、云う人でも内証に有るのか」
朝「ホヽヽヽ如何致しまして此様な老婆を御慈悲深い貴君為ればこそ、気休め御仰って下さるけれど誰も構手は御座いません」
光「人は何様だか何処までも、俺は構い通す気じゃ」ト云いつつ引寄せ口と口、チュウチュウスパスパスパと吸いながら内股へ手を入れ給えば、汐干しに見えぬ沖の石、乾く暇なくびたびたびたと潤う陰門差ながらに、ほかほか火照る心よさ。
 二本指を差入れて子宮に届けとくりくりいらえ給えば、朝香は目を瞑り吾を忘れ、フゥフゥフゥと鼻息は軒端の雨の音に紛れ、聞こえねばこそ幸なれ。
 折から屏風の外よりして、
「ハィおっかさん只今帰りました」
 音勢が声に心付き忽ち飛退き前を合わせ、
朝「よく此の降るのに帰ったノ、昨夜帰らぬ位だから、大方今日も逗留か、モシ左様ならば駕籠をかヽして、迎いを遣ろうと思って居たョ」
音「ヲヤ左様で御座いますか、今聞きましたら昨日から、御客様が有るとの事、生憎留守でさてお困り」と、半ば言わせて、
浅「左様さ、実は昨夜もお待ち兼ねたョ。今御前にも丁度お目覚め。マァそっち往って休息しな。今にお目見えさせましょう」ト云えば、音勢は
「ハィハィ」と彼方の座敷え行く。
 浅香はにっこり吉光が顔を見上げて
「あれだから昼は油断がなりませぬ。どうて今日は御逗留、晩にゆっくり殺すとも活かすともして下さいまし」ト膝を突けば吉光も本意なき様に起きいで給う。
 浅香は下女を呼び立てて、屏風を片寄せ夜の物畳みて雨戸くらすれば、忽ち換る昼の体、嗽手水を参らせツツ、用意なしたる朝餉、温め直して持出す膳部。
 其の配膳には丁度よき、娘音瀬が役回り。
 淑やかにいで来たり、御目通りをなしければ、吉光つらつら視給うに、聞きしに勝る艶やかさ。
 其の品形のしおらしさ、花を尋ねて舞う胡蝶、露を含める海棠の花の姿も何ならず。
 吉光はヤヤ見蕩れ、持ちたる箸を吾知らず、はたりと膳へをちこちの、人や見なんと顔少し、赤らめ給う御有様。
 色白くして眉秀、眼は涼やかに鼻筋通り、朱の唇たおやかに、業平源氏の君なんどは、物の本にて見たるのみ。
 斯かる艶しき風流士の亦二人とは世間に有るびょうもなき御姿に、音勢も見蕩れ鼻白み、胸少しどきつくを、じっと静めて差し俯くは、籬に咲ける姫百合の露重げなる其の風情、吉光は唯彷彿と酔えるが如くに思し召し、程なく御膳も果てければ、雨益々小止み無く、降り頻りて何と無く、寂しさ勝る庵の裡。
 浅香はそろそろ御膳え出で、
浅「生憎の此の雨さぞ御退屈で御座りましょう。何は無くとも御酒一つと、申し着けたも未だ参らず。夫れまでの、御慰み、此の頃娘がちと許り習い始めた一中節、下々では流行ますが、上ッ方のお耳には如何であろうか存知ませねど、モシ鄙びたる一節でも、苦しう無いと思し召さば、御笑い種に致させましょう」ト云えば吉光聞き給い
「如何にも都一中とやらが、近頃広めた唱歌の一曲。面白い物と云う事じゃが、未だ聴いた事は無い、其れは幸い早様早様」ト仰せについて穴沢佐栗も、お傍に在りしが膝を進め
「娘御の一曲なら、天津乙女が影向にも、猶ました事であろう。殊に流行りの一中節、サァサァ早く御聞かせなされ」と云うに浅香は嗜みの、三味線取りい出し、音勢が前え押し据えて
「サァ何なりと御慰みの弾き語り、一つ二つ御聞きに入れや」
音勢「ホヽヽヽ未だ此頃漸う始めたばっかりで」ト跡は口篭る乙女の倣い。
 母は只管進めたて
「よく出来ぬのも亦一興サァさぁ」と云う程に、音勢は是非もなく膝に置く三筋の調べ一筋に、思い初めたる色糸の心のかけを夕霞。
 男の顔を睨に、一度二度なら三度笠、声よく唄い手も濃やかに、いとも妙なる一曲に、吉光主従を始めとし、其の座の人々一様に感を催す斗り為れば、吉光は扇を披きて
「ヤンヤヤンヤ」と褒め給い器量と謂い芸と謂い、また類いなき娘ぞと、漫に恋のせめくれば、直ぐに館え連れ戻り、傍に置きて楽しまばやと、心も此処にあらぬ迄、気さえ急がれ給えども、降雨の頻りにて御迎いの御供も参らず。
 されば今宵は亦此の家に、一宿なし彼の娘と、契らばやと目論み給えど、また思い返さるるに乙女は頓より傍仕えにと、約諾なれば仔細なけれど、吾逸早く其の母なる浅香に手をつけ彼もまた、吾を慕う風情なれば、今宵此の家に臥したりとも、音勢えを手に入る事難からん、如何はせんと考え給いつ。
 此処に一つの謀計を、心に設け佐栗を召し、耳に口を差し寄せて、斯様斯様の計らえと、仰せ給えば頷きて、首尾よく為遂げ候はんと、云うに拠って吉光は、其の日の暮れるを待ち給う。
 程無く浅香が誂えの、酒と肴も調えぬれば、御前え持ち出でて、上下ざわめ渡りッ、其の日夕暮れの頃ほい迄、酌み交わして遊び給う。
 此の時吉光厠えとて、座を立ち給えば御後より、音勢は自ら湯桶と手拭、両手に捧げて持ち往きけるが、折節此処に人もなし。
 吉光は振向いて
「ヲヽ音勢か大儀大儀、マァ其品は下に置きや、鳥渡お主に用がある。此処え来やれ」ト手を執って、引寄せ給えば流石はおぼこ、胸どきどきと赤らむ顔、
 吉光は振向いて
「ヲヽ音勢か大儀大儀、マァ其品は下に置きや、鳥渡お主に用がある。此処え来やれ」ト手を執って、引寄せ給えば流石はおぼこ、胸どきどきと赤らむ顔。
 吉光ぐっと顔と顔とを押付ければ、伽羅の油に白粉も麝香の馨も床しくて、此方も身内ぞっとしつ、物もいはずに口と口。
 音勢は此の頃道足に恋の所訳を教えられ、生の娘にあらざれば、怖々乍ら舌の先、鳥渡ばかりい出すにぞ、吉光スパスパと吸い給えども未だ事足らず、襟首じっと〆付けて、舌を強く絡み吸い給う。
 其の勢いに音勢が舌の根の限り吸込みて、猶スパスパ吸いたてられ、音勢は忽ち上気して、耳と頬とを真赤にになし、自由に為って在りければ、吉光いとど可愛さに衿に掛けたる手を〆付け、左の手を差し伸ばして前を捲り、徐徐と差し入れて見給うに、いまだ十四の乙女にて、玉門の額際には、薄毛少々指の先に触る様にて確かとは知れず。
 両の淵は柔柔と蒸したての饅頭を二つ合わせし如くとは、何時も変わらぬ喩えぬて、其の肌触り得も謂われず。
 吉光いとど堪り兼ね、此の処え押し転ばししてとは、思い給えども其れもまた、いとはした無き所為のみ為らず、暇を取らば人も来んと、思えば是さえ心に任せず。
 其の上音勢が気あつかい、
「アレ誰か参るそうで足音が致します」ト恐るる乙女の心さえ、汲み取るものから手を放し
光「夫れなら晩に我が往くから、其の積もりで待って居やョ」
音「ハィ」ト言ったばかり。
 口を袖にて覆いにっこりとして嬉しげなり。
 吉光は其の儘に、厠に入りて程もなく、頓て元の席え来給いつ。
 猶様々の戯れに其の日もやや暮れ果て、人々も酔蕩け、戌刻過ぎにも為りければ、はや御憩み宜らんと、浅香は予ねて吉光と今宵は飽く迄楽しまんと思うものから婢女に、謂いつけて、巳が臥所と音勢が臥所は二間を隔て、また吉光の御臥所は、巳が上の間に御床を敷かせ、其れより以下は夫々の部屋に敷かせつ。
 程なく君を始めとして各々閨に入りけるが、音勢は、吉光が艶かたなるに、乙女心の惑いつつ、今宵忍ぶと宜いしが、若し実言なら人々の寝るやを俟ちて在すらんと、思えば其の身も眠られず。
 故意と灯火を細くして心も心ならぬ迄、嬉しくも有りまた怖く、間睡もせで在りけるが、吉光は浅香が心を粗しり給いて昼の程、佐栗と示し合わせし事あり。
 浅香は是を知るよしなく、はや君の在すらん。
 先に君の仰せには、今宵忍ばん其の折に、灯火煌々しくては、四辺見ら縷々心地なり。
 消して置けとの事ならん、其の心して上の間え、御寝せ申せば巳が閨へ忍ぶに惑い給う事あらじ、と頓て灯火を吹き消しつ、今か今かと俟つ折から、間の襖徐りとと明けて、来る人在るは定かに其れと、浅香はやおら身を起こし
「ハィ此処で御座います」ト小声で言うを導にて、手を差し伸ばし探り寄る。
 其の手を捕らえ夜着の裡え、引き入れ其の儘に浅香が衿首しっかと押さえ物も言わずに口を吸う。
 浅香は俟ちに待ち焦がれたる、事にし有れば是も同じく、男の衿をいっかと抱締め、舌を長く差し出して

2004/3/7 3/8 3/9 投稿者・ritonjp

 其の手を捕らえ夜着の裡え、引き入れ其の儘に浅香が衿首しっかと押さえ物も言わずに口を吸う。
 浅香は俟ちに待ち焦がれたる、事にし有れば是も同じく、男の衿をいっかと抱締め、舌を長く差し出して、ペチャペチャスパスパスパとやや暫く吸い合う程に、心地は更に天外え飛去る斗りの思いにて、吐淫はびたびた両股えつたう斗りに潤えば、浅香は頻りに腰動かし、顔を顰めてい抱きつく男は徐々そろそろ手を入れて、先ずさねがしらを指にていらい廻し、夫れより陰門へ二本指を、差込て見るに、びたぐじょびたぐじょじょぼじょぼと泡立つばかりに淫水流れ、両の土手は膨れ挙り、さねはひくひく動き出して、俟ち兼ねる景勢に此方は猶も気を静め、玉門の上下を数十ぺん指にて擦り、また尻の穴にも指を差込み指と指にて、前後の隔てを擦り立て、いよいよゆびを、深く差し入れて、子宮をぐりぐり指の腹もてこそごる様になしければ、浅香は堪えず
「ァアァアァ」と声を立てつつ股を広げ、夢中に為って、抱締め、陰門を開けてどろどろどろと熱湯の如き淫水を、頻りに流して鼻息荒く、男の股へ手を入れて、木の如くなる男根を、握りつめての嬌り啼き。
 男も今は堪え兼ね、其の侭に両足をつっと割込で一物の頭を玉門に宛がへば、浅香は得たりと腰を捻る。
 男もぐっと一突きに、突っ込む互いの勢いに、毛際まで差し込めば、いきり切って、てらてらと、光るばかりのへのこ頭。
 子壺へぐりぐりと障るや否や、浅香は
「ヒィ」と声立て、しがみ付きつつ腰持ち上げ、正体もなく精をやったり。
 男のも名におう上開に、嬌がり立てられソレいくと、云う間もあらず、ヅキヅキヅキドッキンドッキンと龍吐水にて、弾き出したる水の如く、五体絞って腎水を勢い強く弾き込めば、子壺に臨みし女の淫水、是が為押し戻され、小壺の中にて交じり合い陰陽激して水闘の、勢いなしければ、其の心よさ喩えん方なく、命も此処に終わるべき、心地になりて眼も見えず、耳も聾たる如くなり。
 さても吉光四辺を伺い時分はよしと立ちいで給いて、予ねて目当ての音勢が閨、此処ぞと外面に佇みて、裡の様子を窺い給うに、いまだ寝ずや、身を動かす音の聴こえて、小さき咳き、一つ二つする程に、さてこそ此処に疑いなし、と障子をそろりと明けて見るに、燈火幽かに消残り、屏風をぐるりと引廻らし、其の裡に臥したる容子。
 吉光やをら其の屏風を静かに手を掛け引除け給えば、音勢は其れと起直り、嬉しさ身に余れども、未だ恋なれぬ心には、何と云うべき言葉なく、差し俯きて居る風情、猶うちつけにかやかくと、言うには況してしおらしく、吉光其処へ寄り添い給い、
光「大方待って居るだろうと、先刻から来たかったが、未だ家人が寝ぬ様子、他は兎もあれ、浅香にはチト差障りの事もあり、よく寝さしてと俟つうちに、遅く為ってさぞ待遠、然し永く俟たせた替わり、夜の明ける迄寝かしはせぬぞや枕はないか」ト見回し給えば、音勢は後え手をやって、取りいだしたるは下着の小袖を、くるくる巻て紙を宛、鹿の子扱きで結びしは、其の間を合わす気転の細工
光「ヲヽ是はよく出来た、二人が縁の結び目は下に廻すが寝宜かろう」
音「モシ是が遊ばし憎くば不躾乍ら私の、此の木枕を上げましょうか」
光「木枕より願わくは、こうして其方の手枕を」ト謂いつつ音勢の手を執って、其の身の衿に宛がいつ、其の侭其処に寝給えば、音勢も共に横になる。
 其の衿元え手を掛けて、じっと引寄せ口と口、吸う間もあらず手を遣って、内股へ入れ給えば、音勢は思わず窄める股を、また押し開き掌を、額へ宛て指を伸ばし、紅舌より徐々玉門を探り給うに些かは、潤いいでし容子にて、指の股がびたびたすれば、吉光た易く指を入れず、猶三四へん五六へん指先を動かしッ、試み給えば次第次第に、吐淫潤い両淵まで少しびたびたする程に、頓て中指一本を、静かに入れて上下をあしらい給えば、身を縮め、顔を男の胸に宛、唯スゥスゥと息ずかい荒く為る容子を見て、吉光は松の木の如く勃起て縦横に筋いと太く逞しき、業物のき亀頭より胴中まで唾を塗り、また玉門へも唾を塗りて、やがて押し宛がい、ちょこちょこちょこと小刻みに突き給うに、音勢は眼をねぶり歯を噛締めて、左右の手にて吉光が、背中を確りいだき締め、唯ハァハァと息遣い、
光「どうだ。痛いか」
音「イヽェ」
光「モゥちっと強くしてもいいか」
音「ハィよぅ御座います」
光「夫れなら鳥渡持つ上げやれ」
音「持ち上げるとは如何致すので御座います」
光「ハヽヽヽ如何するとって、下から上へ持ち上げるのサ」
音「其れじゃァこうで御座いますかヱ」
光「アレそりゃあ動く斗りだ、マァマァ出来ざぁ其れでも善い」トひつッすかすか突き給へば了得の大物半ば過ぎて、やや根元まで這入らんとする時、此方の間にて声高く
「ヲヤまぁお前は佐栗さん怪しからない。私は否だョ。お前はとんだ贋物ダ。左様とは知らず取乱したが、今更恥しい、私はきかぬ、ききません」ト泣声出して叫き立つるを、吉光不意と耳に入り、さては佐栗が長居して、事発覚しか、こは便なしと、暫時腰を遣い止めて、聞き給う程に音勢も聞き付け、常にあらざる母の声、訝れば吉光が、今は包むよしもなく、在り様は斯様斯様と事の次第を告げ給えば、音勢は聞きて奈何せん、左様と知らで此の有様、母の男を寝取りたる、罪さえ深しとうち驚き、其の侭に跳ね起きる。
 吉光元より音勢をば、側室と為すべき筈にして、厭うべきにはあらねども、うち腹立てたる声のさま、浅香が此処え来たらんには、如何なる恥を掻かすらんと思し召せば安き心もなし。
 音勢はいとど、おぼこ気に、斯かる姿を見るならば、母の怒りの烈しくて、此身はともあれ、若し君に、こよなき無礼有るならば、後の祟りも後ろめたし、一先ず此処を去るに如かじと、思い詰ツッ庭先の雨戸を明けて身を隠す。
 何処ヱ往くぞと吉光も続いて其処へ立ち出で給う、程もあらせず荒々かに、障子を開きて駆入る浅香、娘も見えず君もなし。
 これはこれは、何処え隠ろい給う、元より娘は参らすべき筈にはあれど、いざ今日よりと母にも告げず慰み給うは、君にも似げなき御振舞、殊に此身を変計りて、青侍の佐栗をもて、身代わりに立て給う、然は知らずして有無にも及ばず打解けたるは身の愚かさ、とは云い乍ら御計らい、妾はつやつや心得難し、喩え上なき貴人の為給う事ながらも、こは此の侭に置き難し。
「何処に在すぞい出給え。娘は何処ヱ隠れたる。音勢、音勢」ト呼びたつる、声さえ凄く聞こゆる程に、音勢はいとど、胴震はして、歯の根も合わぬさま。
 吉光もまたさらに面目なく、声を呑みて暫し在りしが、兎にも角にも此の侭いでんは面伏せなり。
 幸い雨晴れ雲間より、月の光りも幽かなり。
 女子ながらも二人連れ、一先ず此処を逃げいでんと、音勢に囁き手を引いて、庭の切戸を押し開き、外へたちいで、喘ぎ喘ぎ、走り行く事七八丁、又もや雲の裡覆い、頻りに降り来る雨の足。
 傘も持たねば頭上より、しどとに濡るる便なきのみか、四辺りさえ暗くなり、足の運びも覚束なきに、音勢はいとど恐れ惑い、唯吉光に身を寄せかけ、帯の結目を緊と押さえて、渾身しきりに戦慄のみ。
 吉光は是を見て、いとど侘しくとやかくと、見回す傍に火の光り。
 人家や在ると立寄れば、軒傾ける草庵は、予ねて覚えの地蔵堂、此処は暫しと身を容れて、滅残る仏前の燈明を掻き立てつ、濡れたる衣を絞りなどす。
 音勢は上着の小袖を引き抜き、君が御足のぬれたると、また汚れしを押し拭い、其の身の足さへ拭いとりて、顔見合わせつ諸共に、太やかなる息を吻くなるべし。

          中之巻 終

相生源氏-北嵯峨の巻 初寝の巻 室町の巻 返り花の巻 過去の巻 変詐の巻 地蔵堂の巻 古今伝授の巻 惚薬之巻 丑の時詣の巻 
開好記 男壮里見八見傳@ A B C D E 開談夜能殿 上   口吸心久茎 閨中大機関 錦木草紙 此の糸 
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