愛 鷹   若山牧水
愛鷹山の 根に湧く雲を あした見つ ゆふべ見つ夏の をはりとおもふ

明がたの 山の根に湧く 眞白雲 わびしきかなやと びとびに涌く

畑なかの 小みちを行くと ゆくりなく 見つつかなしき 天の川かも

うるほふと おもへる衣の 裾かけて ほこりはあがる 月夜の路に

天の川 さやけく澄みぬ 小夜更けて さし昇る月の 影は見えつつ

走り穗の 見ゆる山田の 畔ごとに 若木の木槿 咲きならびたり

畑の隈 風よけ垣の 木槿の花 むらさき深く 咲き出でにけり

駿河なる 沼津より見れば 富士が嶺の 前に垣なせる 愛鷹の山

大君の 御料の森は 愛鷹の 百重なす襞に かけてしげれり

大君の 持たせるからに 神代なす 繁れる森を 愛鷹は持つ

この山の なだれに居りて 見はるかす 幾重の尾根は 濃き森をなせり

蜘蛛手なす 老木の枝は くろがねの ぶれるなして 落葉せるかも

時すぎて 今はすくなき 奧山の 木の間の紅葉 かがやけるかな

高山に 登り仰ぎ見 たか山の 高き知るとふ 言のよろしさ

天地の 霞みをどめる 春の日に 聳えかがやく ひとつ富士が嶺

くもり日は 頭重かる わが癖の けふも出で來て 歩む松原

わがこころ 澄みゆく時に 詠む歌か 詠みゆくほどに 澄めるこころか

牧水  渓をおもふ 枯野の旅 酒の讃 抜粋 秋草と虫の音 駿河湾一帯の風光 梅の花 桜の花 梅花 夏を愛する言葉 愛鷹 空想と願望 書架