若山牧水

わが庭の 竹のはやしの 浅けれど 降る雨見れば 春は来にけり

しみじみと けふ降る雨はきさらぎの 春のはじめの 雨にあらずや

窓さきの 暗くなりたるきさらぎの 強降雨を見て なまけをり

門出づと 傘ひらきつつ大雨の 音しげきなかに 梅の花見つ

ぬかるみの 道に立ち出で大雨に 傘かたむけて 梅の花見つ

わがこころ 澄みてすがすがし三月の この大雨のなかを 歩みつつ

しみじみと 聞けば聞ゆるこほろぎは 時雨るる庭に 鳴きてをるなり

こほろぎの 今朝鳴く聞けば時雨降る 庭の落葉の 色ぞおもはる

家の窓 ただひとところあけおきて けふの時雨に もの読み始む

障子さし 電灯ともしこの朝を 部屋にこもれば よき時雨かな

うす日さす 梅雨の晴間に鳴く虫の 澄みぬる声は 庭に起れり

雨雲の ひくくわたりて庭さきの 草むら青み 夏むしの鳴く

飯かしぐ ゆふべの煙庭に這ひて あきらけき夏の 雨は降るなり

はちはちと 降りはじけつつ荒庭の 穂草がうへに 雨は降るなり

俄雨 降りしくところ庭草の 高きみじかき 伏しみだれたり

渋柿の くろみしげれるひともとに 滝なして降る 夕立の雨

わが屋根に 俄かに降れる夜の雨の 音のたぬしも 寝ざめて聴けば

あららかに わがたましひを打つごとき この夜の雨を 聴けばなほ降る

あかつきの 明けやらぬ闇に降りいでし 雨を見てをり 夜為事を終へ

 紀伊熊野浦にて
船にして 今は夜明けつ小雨降り けぶらふ崎の 御熊野の見ゆ

 下総犬吠岬にて
とほく来て こよひ宿れる海岸の ぬくとき夜半を 雨降りそそぐ

 信濃駒ヶ嶽の麓にて
なだれたち 雪とけそめし荒山に 雲のいそぎて 雨降りそそぐ

 上野榛名山上榛名湖にて
山のうへの 榛名の湖の水ぎはに 女ものあらふ 雨に濡れつつ

 常陸霞が浦にて
苫蔭に ひそみつつ見る雨の日の 浪逆の浦は かき煙らへり

雨けぶる 浦をはるけみひとつゆく これの小舟に 寄る浪聞ゆ

ゆきあひて けはひをかしく立ち向ひ やがて別れて ゆく子蟹かな

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