枯野の旅 若山牧水

 乾きたる 落葉のなかに
 栗の實を 濕りたる
 朽葉がしたに 橡の實を
 とりどりに 拾ふともなく
 拾ひもちて 今日の山路を
 越えて來ぬ

 長かりしけふの山路
 樂しかりしけふの山路
 殘りたる紅葉は照りて
 餌に餓うる鷹もぞ啼きし
 上野の草津の湯より
 澤渡の湯に越ゆる路
 名も寂し暮坂峠

 朝ごとにつまみとりて
 いただきつ ひとつづつ食ふ
 くれなゐの酸ぱき梅干
 これ食へば水にあたらず
 濃き露に卷かれずといふ
 朝ごとの ひとつ梅干
 ひとつ梅干

 草鞋よお前も
 いよいよ切れるか
 今日昨日一昨日
 これで三日履いて來た
 履上手の私と
 出來のいいお前と
 二人して越えて來た
 山川のあとをしのぶに
 捨てられぬ思いもぞする
 なつかしきこれの草鞋よ


枯草に腰をおろして
取り出す 參謀本部
五萬分の一の地圖
見るかぎり續く枯野に
所々立てる枯木の
立枯の楢の木は見ゆ

路は一つ
間違へる事は無き筈
磁石さへよき方をさす
地圖をたたみ 元氣よく
マツチ擦るとて
大きなる欠伸をばしつ

頼み來しその酒なしと
この宿の主人言ふなる
破れたる紙幣とりいで
お頼み申す隣村まで
一走り行て買ひ來てよ

その酒の來る待ちがてに
いまいちど入るよ温泉に
壁もなき吹き曝しの湯に

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