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山家集 季節の歌

 一月、睦月、正月

  正月元日に雨降りけるに
 いつしかも 初春雨ぞ降りにける 野辺の若菜も 生ひやしぬらん

 二月、如月

 願はくは 花のしたにて春死なん そのきさらぎの 望月の頃

 三月、弥生

  三月一日足らで暮れにけるによみける
 春ゆゑに せめてもものを思へとや みそかにだにも 足らで暮れぬる

  またの年の三月に、出羽の国に越えて、滝の山と申す山寺に侍りけるに、桜の常よりも薄紅の色濃き花にて、並み立てりけるを、寺の人々も見興じければ
 たぐひなき 思ひいではの桜かな 薄紅の 花のにほひは

 四月、卯月

  たづねざるに郭公を聞くといふことを、賀茂社にて人々よみける
 ほととぎす 卯月の忌に忌こもるを 思ひ知りても 来鳴くなるかな

  例ならぬ人の大事なりけるが、四月に梨の花の咲きたりけるを見て、梨の欲しき由を願ひけるに、もしやと人に尋ねければ、枯れたる柏につつみたる梨を、ただ一つ遣はして、こればかりなど申したりける
 花のをり 柏に包む信濃梨は 緑なれども あかしのみと見ゆ

 五月、皐月

  雨中待郭公といふことを
 ほととぎす しのぶ卯月も過ぎにしを なほ声惜しむ 五月雨の空

 ほととぎす 待つ心のみ尽くさせて 声をば惜しむ 五月なりけり

  雨中郭公
 五月雨の 晴れ間も見えぬ雲路より 山ほととぎす 鳴きて過ぐなり

  五月つごもりに、山里にまかりてたち帰りけるを、郭公もすげなく聞き捨てて帰りしことなど、人の申し遣はしたりける返事に
 ほととぎす 名残りあらせて帰りしが 聞き捨つるにも なりにけるかな

  題知らず
 空はれて 沼の水嵩を落さずば あやめもふかぬ 五月なるべし

  五月五日、山寺へ人の今日いる物なればとて、しやうぶを遣はしたりける返事に
 西にのみ 心ぞかかるあやめ草 このよばかりの 宿と思へば

  五月雨
 水たたふ 岩間の真菰刈りかねて むなでに過ぐる 五月雨の頃

 五月雨に 水まさるらしうち橋や 蜘蛛手にかかる 波の白糸

 五月雨は いはせく沼の水深み わけし石間の 通ひどもなし

 小笹しく ふるさと小野の道のあとを また沢になす 五月雨の頃

 つくづくと 軒の雫をながめつつ 日をのみ暮らす 五月雨の頃

 東屋の 小萱が軒の糸水に 玉ぬきかくる 五月雨の頃

 五月雨に 小田の早苗やいかならん 畔のうき土 あらひこされて

 五月雨の 頃にしなれば荒小田に 人もまかせぬ 水たたひけり

  或る所に、五月雨の歌十五首よみ侍りしに、人に代りて
 五月雨に 干すひまなくて藻塩草 煙も立てぬ 浦のあま人

 水無瀬川 をちの通路水満ちて 舟渡りする 五月雨の頃

 広瀬川 渡りの沖のみをじるし 水嵩ぞ深き 五月雨の頃

 はやせ川 つなでの岸を沖に見て のぼりわづらふ 五月雨の頃

 水わくる 難波堀江のなかりせば いかにかせまし 五月雨の頃

 舟すゑし みなとの蘆間棹立てて 心ゆくらん 五月雨の頃

 五月雨の 小止む晴れ間のなからめや 水の嵩ほせ 真菰刈る舟

 五月雨に 佐野の舟橋浮きぬれば 乗りてぞ人は さし渡るらん

 五月雨の 晴れぬ日数のふるままに 沼の真菰は 水隱れにけり

 水なしと 聞きてふりにし勝間田の 池あらたむる 五月雨の頃

 五月雨は 行くべき道のあてもなし 小笹が原も うきにながれて

 五月雨は 山田の畔の滝まくら 数を重ねて 落つるなりけり

 川ばたの 淀みにとまる流れ木の 浮橋渡す 五月雨の頃

 思はずに あなづりにくき小川かな 五月の雨に 水まさりつつ

 いかにせん その五月雨の名残りより やがてを止まぬ 袖のしづくを

 五月雨の 晴れ間たづねてほととぎす 雲ゐに伝ふ 声聞ゆなり

 六月、水無月

  六月祓
 禊して 幣きりながす河の瀬に やがて秋めく 風ぞ涼しき

  陰陽頭に侍りける者に、或る所の端者もの申しけり。いと思ふやうにもなかりければ、六月晦日に遣はしけるに代りて
 わがために つらき心をみなつきの 手づからやがて 祓へ棄てなん

  承安元年六月一日、院、熊野へまゐらせ給ひける跡に、住吉に御幸ありけり。
  修行し廻りて、二日、かの社にまゐりたりけるに、住の江新しく仕立てたりけるを見て、後三条院の御幸、神、思ひ出で給ひけんとおぼえて、詠みける
 絶えたりし 君が御幸を待ちつけて 神いかばかり うれしかるらん

 七月、文月

  七月十五夜、月明かかりけるに、船岡にまかりて
 いかでわれ 今宵の月を身にそへて 死出の山路の 人を照らさん

 八月、葉月

  八月十五夜
 山の端を 出づる宵よりしるきかな 今宵しらする 秋の夜の月

  八月、月の頃、夜更けて北白川へまかりけり。由あるやうなる家の侍りけるに、もの音のしければ、立ちどまりて聞きけり。
  折あはれに秋風楽と申す楽なりけり。庭を見入れければ、浅茅の露に月の宿れる気色あはれなり。
  添ひたる荻の風身にしむらんとおぼえて、申し入れて通りける
 秋風の ことに身にしむ今宵かな 月さへすめる 庭のけしきに

 九月、長月

  九月十三夜
 今宵はと 心得顔にすむ月の 光もてなす 菊の白露

  後九月、月をもてあそぶといふことを
 月見れば 秋加はれる年はまた あかぬ心も そらにぞありける

  菊
 幾秋に われあひぬらん九月の 九日につむ 八重の白菊

  九月ふたつありける年、閏月を忌む恋といふことを人々詠みけるに
 ながつきの あまりにつらき心にて 忌むとは人の 言ふにやあるらん

  御あとに、三河の内侍候ひけるに、九月十三夜、人にかはりて
 かくれにし 君が御影の恋しさに 月にむかひて 音をや泣くらん

  塩湯にまかりたりけるに、具したりける人、九月晦日に、さきに上りければ、遣はしける人に代りて
 秋は暮れ 君は都へ帰りなば あはれなるべき 旅の空かな

 ながつきの 力合はせに勝ちにけり わがかたをかを 強く頼みて

 十月、神無月

  十月はじめつかた、山里にまかりたりけるに、きりぎりすの声のわづかにしければよめる
 霜うづむ 葎が下のきりぎりす あるかなきかの 声聞ゆなり

  時雨歌よみけるに
 東屋の あまりにも降る時雨かな 誰かは知らぬ 神無月とは

  十月中の頃、宝金剛院の紅葉見けるに、上西門院おはします由聞きて、侍賢門院の御時思ひ出でられて、兵衛殿の局にさし置かせける
 紅葉見て 君がためとや時雨るらん 昔の秋の 色をしたひて

  そのかみまゐり仕うまつりける慣ひに、世を遁れて後も、賀茂にまゐりけり。
  とし高くなりて、四国の方へ修行しけるに、また帰りまゐらぬこともやとて、仁安二年十月十日の夜まゐり、幣まゐらせけり。
  内へも入らぬことなれば、棚尾の社にとりつきて、まゐらせ給へとて、心ざしけるに、木の間の月ほのぼのに、常よりも神さび、あはれにおぼえて、詠みける
 かしこまる 四手に涙のかかるかな またいつかはと 思ふあはれに

  東屋と申す所にて、時雨の後、月を見て
 神無月 時雨晴るれば東屋の 峯にぞ月は むねとすみける

 神無月 谷にぞ雲は時雨るめる 月澄む峯は 秋にかはらで

  古屋と申す宿にて
 神無月 時雨ふるやに澄む月は 曇らぬ影も たのまれぬかな

  十月十二日、平泉にまかり着きたりけるに、雪降り、嵐激しく、ことの外に荒れたりけり。
  いつしか衣河見まほしくて、まかりむかひて見けり。河の岸に着きて、衣河の城しまはしたる事柄、やう変りてものを見る心地しけり。汀凍りてとりわき冴えければ
 とりわきて 心もしみて冴えぞわたる 衣河見に きたる今日しも

  筑紫に、腹赤と申す魚の釣をば、十月一日に下ろすなり。
  師走に引き上げて、京へは上せ侍る、その釣の繩、遙かに遠く引きわたして、通る舟のその繩に当りぬるをば、かこちかかりて、高家がましく申して、むつかしく侍るなり。その心を詠める
 腹赤釣る おほわださきのうけ繩に 心かけつつ 過ぎんとぞ思ふ

 十一月、霜月

 十二月、師走