万葉相聞歌 古歌集へ

 朝寝髪 我は梳らじ うるはしき 君が手枕 触れてしものを

 はねかづら 今する妹が うら若み 笑みみ怒りみ 付けし紐解く

 かきつはた 丹つらふ君を いささめに 思ひ出でつつ 嘆きつるかも

 ま薦刈る 大野川原の 水隠りに 恋ひ来し妹が 紐解く我れは

 思ふ人 来むと知りせば 八重葎 覆へる庭に 玉敷かましを

 玉敷ける 家も何せむ 八重葎 覆へる小屋も 妹と居りてば

 ただひとり 寝れど寝かねて 白栲の 袖を笠に着 濡れつつぞ来し

 雨も降る 夜も更けにけり 今さらに 君去なめやも 紐解き設けな

 恋ひ恋ひて 逢へる時だに うるはしき 言尽してよ 長くと思はば

 うつせみの 常のことばと 思へども 継ぎてし聞けば 心惑ひぬ

 置きて行かば 妹はま愛し 持ちて行く 梓の弓の 弓束にもがも

 後れ居て 恋ひば苦しも 朝猟の 君が弓にも ならましものを

 験なき 恋をもするか 夕されば 人の手まきて 寝らむ子ゆゑに

 我が背子にまたは逢はじかと思へばか今朝の別れのすべなくありつる

 恋ひ死なば 恋ひも死ねとか 我妹子が 我家の門を 過ぎて行くらむ

 夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものそ

 あしひきの 山のしづくに 妹待つと 我れ立ち濡れぬ 山のしづくに

 我を待つと 君が濡れけむ あしひきの 山のしづくに ならましものを

 足柄の 御坂に立して 袖振らば 家なる妹は さやに見もかも

 色深く 背なが衣は 染めましを み坂給らば まさやかに見む

 大君の 命畏み 出で来れば 我の取り付きて 言ひし子なはも

 高麗錦 紐の片方ぞ 床に落ちにける 明日の夜し
 来なむと言はば 取り置きて待たむ

 刈り薦の 一重を敷きて さ寝れども 君とし寝れば 寒けくもなし

 さし焼かむ 小屋の醜屋に かき棄てむ 破れ薦を敷きて 打ち折らむ
 醜の醜手を さし交へて 寝らむ君ゆゑ
 あかねさす 昼はしらみに ぬばたまの 夜はすがらに この床の
 ひしと鳴るまで 嘆きつるかも

 我が心 焼くも我なり はしきやし 君に恋ふるも 我が心から

 赤らひく 肌も触れずて 寐ぬれども 心を異には 我が思はなくに