梁塵秘抄 古歌集へ

 思ひは陸奥みちのくに 恋は駿河に通ふなり
 見初めざりしばなかなかに 空に忘れて止みなまし

 百日百夜はひとり寝と 人の夜妻は何せうに 欲しからず
 宵より夜中まではよけれども 暁鶏鳴けば床寂し

 君が愛せし綾藺笠 落ちにけり落ちにけり 賀茂川に川中に
 それを求むと尋ぬとせしほどに 明けにけり明けにけり
 さらさらさやけの秋の夜は

 わが恋は 一昨日おととい見えず昨日来ず
 今日おとづれなくば 明日のつれづれいかにせん

 恋ひ恋ひて たまさかに逢ひて寝たる夜の夢は
 いかが見る さしさしきしと抱くとこそ見れ

 恋しとよ君恋しとよゆかしとよ 逢はばや見ばや見ばや見えばや

 いざ寝なん 夜も明け方になりにけり 鐘も打つ
 宵より寝たるだにも飽かぬ心をや いかにせん

 盃と鵜の食ふ鳥と女子おんなごは 果てなきものぞいざ二人寝ん

 結ぶには何はのものか結ばれぬ 風の吹くには何か靡かぬ

 住吉四所の御前には 顔よき女帝ぞおはしける
 男は誰ぞと尋ねれば 松ヶ崎なる好き男

 王子の御前の笹草は 駒は食めどもなほ茂し
 主ぬしは来ねども夜殿よどのには 床の間ぞなき若ければ

 厳粧狩場の小屋習ひ しばし立てたれ閨ねやの外に 懲らしめよ 宵のほど
 昨夜よべも昨夜も夜離よがれしき 悔過けかはしたりともしたりとも 目な見せそ

 隣の一子が祀る神は 頭の縮れ髪ます髪額髪
 指の先なる拙神てづつがみ足の裏なる歩き神

 われを頼めて来ぬ男 角三つ生いたる鬼になれ さて人に疎まれよ
 霜雪霰降る水田みずたの鳥となれ さて足冷たかれ 池の浮草となりねかし
 と揺りかう揺り揺られ歩け

 冠者は妻設けに来んけるは かまへて二夜は寝にけるは
 三夜といふ夜の夜半ばかりの暁に 袴取りして逃げにけるは

 わぬしは情けなや わらはがあらじとも住まじとも 言はばこそ憎からめ
 父や母のさけたまふ仲なれば 切るとも刻むとも世にあらじ

 美女うち見れば 一本葛にもなりなばやとぞ思ふ
 本より末まで縒らればや 切るとも刻むとも 離れがたきはわが宿世

 女の盛りなるは 十四五六歳二十三四とか
 三十四五になりぬれば 紅葉の下葉に異ならず

 鏡曇りては 我が身こそやつれける 我が身やつれては男退け引く

 京より下りしとけのほる 島江に屋建てて住みしかど そも知らず
 打ち捨てて いかに祀れば百太夫 験なくて 花の都へ帰すらん

 山の調めは桜人 海の調めは波の音 また島巡るよな
 巫きねが集いは中の宮 厳粧遣戸はここぞかし

 鈴はさや振る藤太巫女 目より上にぞ鈴は振る ゆらゆらと振り上げて
 目より下にて鈴振れば 懈怠けたいなりとて ゆゆし 神腹立ちたまふ

 よくよくめでたく舞うものは 巫かんなぎ、小楢葉、車の筒とかや
 やちくま、侏儒ひき舞、手傀儡、 花の園には蝶、小鳥

 おかしく舞うものは 巫、小楢葉、車の筒とかや 平等院なる水車
 囃せば舞い出ずる蟷螂いぼうじり、蝸牛

 舞え、舞え、蝸牛 舞わぬものならば 馬の子や牛の子に蹴ゑさせてん
 踏み破らせてん まことに美しく舞うたなら 華の園まで遊ばせてん

 いざれ独楽こまつぶり 鳥羽の城南寺の祭見に 我はまからじ、恐ろしや
 懲り果てぬ 作り道や四塚に 焦る上がり馬の多かるに

 娑婆にゆゆしく憎きもの 法師の焦る上がり馬に乗りて
 風吹けば口開きて 頭白かる翁どもの若女好み 姑の尼君のもの妬み

 このごろ都に流行るもの 肩当て、腰当、烏帽子止め
 襟の立つ型、錆烏帽子 布打の下袴、四幅の指貫さしぬき

 このごろ都に流行るもの 柳黛りゅうたい、髪々、似而鬘
 塩焼き、近江女、女冠者 長刀持たぬ尼ぞ無き

 武者を好まば、小胡ぐい 狩を好まば、綾藺草あやいぐさ まくりあげて
 梓の弓を肩に掛け 軍いくさ遊びをよ、軍神いくさがみ

 鷲の住む深山には なべての鳥は棲むものか
 同じき源氏と申せども 八幡太郎はおそろしや

 天魔が八幡に申すこと 頭の髪こそ、前世の報にて生いざらめ
 そは生いずとも絹蓋長幣なども奉らん 呪師のまつりぬとただ秘せよ
 しないたまえ

 博打の好むもの 平賽子ひょうさい鉄賽子かなさい四三賽子しそうさい
 それをば誰にうち得たる 文三刑三月々清次とか

 あそびの好むもの 雑芸、鼓、小端舟
 大笠翳かざし艫取女しもとりめ 男の愛祈る百大夫ひゃくだゆう

 聖の好むもの 木の節、鹿角、鹿の皮 蓑笠、錫杖、木櫺もくれんじ
 火打ち笥、岩屋の苔衣

 聖の好むもの 比良の山をこそ尋ぬなれ 弟子やりて 松茸、平茸、滑薄
 さては池に宿る蓮のはい根芹ねせり、根ぬ菜ねぬなは、牛蒡ごんぼう河骨 かわほね、独活うど、蕨、土筆つくづくし

 凄き山伏の好むものは 味気な凍てたる山の芋
 山葵、かし米、水雫 沢には根芹とか

 武者の好むもの 紺よ紅、山吹、濃蘚芳 茜、寄生木ほやの擦すり
 良き弓、胡ぐい、馬鞍、 太刀、腰刀、鎧甲に脇楯、籠手具して

 博打法師の様がるは 地蔵よ、伽旃かせん、二郎、寺主とか
 尾張や伊勢のみみづ、 新発意しもち、無下に悪きは鶏足房

 聞くにおかしき經読みは とうかく高砂の明泉房みょうせんぼう
 江口のふちにたのやけの君 淀には大君、次郎君

 媒人なこうど女の様がるは 胡蝶、てらよ まつさへ、 ふたこの宮人 すしの人
 光めでたき玉川は 夜夜照らす月とかや

 男怖じせぬ人 賀茂女ひめ、伊予女、上総女
 はししあかてる夢なえの すしの人 室町わたりのあこほと

 見るに心の澄むものは 社やしろ壊れて禰宜ねぎもなく
 祝なき 野中の堂のまた破れたる 子産まぬ式部の老いの果て

 頭は白き翁ども 仏事を勤めよ千たびは
 頭白かる鶴だにも 沢には千歳年経なり

 鵜飼はいとおしや 万劫年経る亀殺し また鵜の首を結い
 現世はかくてもありぬべし 後生わが身をいかにせん

 木樵は恐ろしや 荒けき姿に鎌を持ち 斧を下げ
 うしろに柴木巻い上るとかやな 前には山守寄せじとて杖を提げ

 婿の君、冠者かざの君 何色の何擦か好うだう 着まほしき 菊塵きくじん、山吹、止擦とめずり
 花村濃はなむらご、御綱柏や 輪鼓りゅうご、輪違わちがえ、笹結び纐纈こうけつまえたりのほやの鹿子結い

 清太が作りし刈り鎌は 何しに研ぎけん焼きけん作りけん
 捨てたうなんなるに 逢坂、奈良坂、不破の関 栗駒山にて草もえ刈らぬに

 清太が作りし御園生みそのふに 苦瓜、甘瓜の熟れるかな
 紅南瓜 ちぢに枝させ生瓢なまびさごものな宣びそ、ゑぐ茄子

 おうなが子供はただ二人 一人の女子おんなごは 二位中将殿の厨くりや雑仕に召ししかば
 奉てき弟おととの男子おのこごは宇佐の大宮司が早船船子に請いしかば
 奉てき 神も仏も御覧ぜよ 何を祟りたまう、若宮の御前ぞ

 我が子は十余になりぬらん 巫こうなぎしてこそ歩くなれ 田子の浦に潮踏むと
 いかに海人あまびと集うらん まだしとて 問いみ問わずみなぶるらん いとおしや

 我が子は二十歳はたちになりぬらん 博打してこそ歩くなれ 国々の博党に
 さすがに子なれば憎かなし 負かしたまうな 王子の住吉、西宮

 媼の子供のありさまは 冠者は博打の打ち負けや 勝つ世なし
 禅師はまだきに夜行好めり 姫が心のしどけなければ、いとわびし

 尼はかくこそ候えど 大安寺の一万法師も伯父ぞかし 甥もあり
 東大寺にも修学して子も持たり 雨気の候えば ものも着で参りけり

 心の澄むものは 秋は山田の庵ごとに
 鹿驚かす引板ひたの声 衣しで打つ槌つちの音

 心の澄むものは 霞、花園、夜半の月
 上下も分かぬは恋の路 岩間を漏り来る滝の水

 常に恋するは 空には織女たなばた、流星よばひぼし
 野辺には山鳥、秋は鹿 流れの公達、冬は鴛鴦をし

 河辺に遊ぶは文の鳥 沖の波をこそ数に書け 数とすれ
 や 浜の真砂は数知らず や 千秋せんずの願ひは満ちぬらむ

 小磯の浜にこそ 紫檀赤木は寄らずして 流れ来で
 胡竹の竹のみ吹かれ来て たんたなりやの波ぞ立つ

 こゆりさんの渚には 金の真砂ぞ揺られ来る
 栴檀香樹の林には 付属の種こそ流れけれ

 風になびくもの 松の梢の高き枝 竹の梢とか
 海に帆かけて走る船 空には浮雲 野辺には花薄

 すぐれて速きもの 鷂はいたか、隼、手なる鷹 滝の水、
 山より落ち来る柴車 三所五所に申すこと

 烏は見る世に色黒し 鷺は年は経れどもなお白し
 鴨の首をば短しとて継ぐものか 鶴の足をば長しとて切るものか

 小鳥の様がるは 四十雀、鶸鳥ひわどり、燕つばくらめ 三十二足らうたる啄木鳥てらつつき
 鴛鴦をし、鴨、翡翠そひ、鳰にほ鳥、川に遊ぶ

 西の京行けば 雀、燕、筒鳥や さこそ聞け
 色好みの多かる世なれば 人は響むとも 麿だに響まずは

 羽なき鳥の様がるは 炭取、楫取、かいもとり 石取いしなとり 虎杖、
 垣穂に生ふてふサルトリや 弓取、筆取、小弓の矢取とか

 祇園精舎のうしろには よもよも知られぬ杉立てり
 昔より 山の根なれば生いたるか杉 神のしるしと見せんとて

 峰の花折る小大徳 面立ちよければ裳袈裟よし
 まして高座に上りては 法の声こそ尊けれ

 すぐれて高き山 大唐唐には五台山 霊鷲山
 日本国には白山天台山 音にのみ聞く蓬莱山こそ高き山

 年頃撫で飼う龍の駒 馬場の末にぞ練ずなる
 すは走り出でて 若宮三所は乗りたまひ 慈悲の袖をぞ垂れたまふ

 上馬の多かる御館かな 武者の館ぞと覚えたる
 呪師の子呪師の肩踊り 巫きねは博多の男巫おとこみこ

 御馬屋の隅なる飼猿は 絆離れてさぞ遊ぶ 木に登り
 常磐の山の楢柴は 風の吹くにぞ ちうとろ揺るぎて裏返る

 西山通りに来る樵夫 を背を並べてさぞ渡る 桂川
 後なる樵夫は新樵夫な 波に折られて尻杖捨ててかいもとるめり

 茨木小木の下にこそ 鼬いたちが笛吹き猿奏で かい奏で
 蝗いなご麿賞で拍子つく さて蟋蟀きりぎりすは 鉦鼓しょうごの鉦鼓のよき上手

 あしこに立てるは何人ぞ 稲荷の下の宮の大夫息子か 真実の太郎なや
 俄に暁の兵士ひょうじについ差されて残りの衆生たちを平安に護れとて

 侍五藤君 召しし弓矯はなど問はぬ 弓矯ゆだめもノ矯のだめも持ちながら
 讃岐の松山へ入りにしは 讃岐の松山に 松の一本歪みたる
 捩もじりさの捩よじりさに 嫉そねうだるとかや

 釈迦の御法みのりは浮木なり 参りあう我らは亀なれや
 今は当来とうらい弥勒の 三会さんえの暁、疑わず

 法華経八巻やまきは一部なり 二十八品ほんいづれをも
 須臾しゅゆの間も聞く人の 仏に成らぬはなかりけり

 像法ぞうほう転じては 薬師の誓ぞたのもしき
 一たびみ名をきく人は 萬よろずの病なしとぞいふ

 四大聲聞いかばかり よろこび身よりもあまるらん
 我らは来世の仏ぞと たしかにききつるけふなれば

 熊野の権現は 名草の浜にぞおり給ふ
 わかの浦にましませば としはゆけども若王子

 よろづの佛の願よりも 千手のちかひぞ頼もしき
 枯れたる草木もたちまちに 花咲みなると説い給ふ

 はるのはじめの梅の花 よろこびひらけてみなるとか
 みたらし川のうす氷 心とけたるただいまかな

 松の木かげにたちよれば ちとせのみどりぞ身にしめる
 むめが枝かざしにさしつれば 春の雪こそふりかかれ

 ちはやぶる神々に をはしますものならば
 あはれにおぼしめせ 神もむかしは人ぞかし

 四大声聞いかばかり よろこび身よりもあまるらん
 我らは後世の仏ぞと たしかにききつる今日なれば

 みねのあらしのはげしさに きぎの木の葉もちりはてて

 ゆめゆめ如何にも謗るなよ 一乗法華の受持者をば
 薬王、勇施、多聞、持国、十羅刹の 陀羅尼を説いてぞ護るなる

 我らは何して老いぬらん 思えばいとこそ哀れなれ
 今は西方極楽の 弥陀の誓いを念ずべし

 鷲のおこなう深山より 聖徳太子ぞ出でたまう
 鹿かせぎが苑なる岩屋より 四果の聖ひじりぞ出でたまう

 龍女は仏になりにけり などか我らもならざらん
 五障の雲こそ厚くとも 如来月輪がつりん隠されじ

 狂言綺語のあやまちは 仏を讃むるを種として
 荒き言葉も如何なるも 第一義とかにぞ帰るなる