「私の万葉集」 大岡 信 目録

熟田津に 舟乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな
                                      額田王

額田王‥鏡王の娘。大海人皇子(のちの天武天皇)の寵愛を受けて十市皇女を生み、のち天智天皇の妃となった。
熟田津にきたつ‥伊予国、愛媛県松山市北部の和気・堀江のあたり。
漕ぎ出でな‥「な」は活用語の未然形ににつき、勧誘の意をあらわす。

 この熟田津で舟出しようとよい月を待っていると、潮もいよいよ満ちてきた。さあ今こそ漕ぎ出よう。時は満ちた。

二十 あかねさす 紫野行き 標野行き 野守りは見ずや 君が袖振る
                                      額田王

あかねさす‥紫・日・昼などにかかる枕詞。
標野しめの‥皇室・貴人が領有した野原。
 狩場などにされ、一般人の立ち入りを禁じた。
袖振る‥愛情の表現。

 アカネサス紫野を行き、御料地の標野を行き、なんと大胆なことをなさるの、野の番人は見とがめないでしょうか、私に袖を振るあなたを。

二十一 紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも
                                   大海人皇子

(二十)に答えて。狩猟後の夜に行われた宴での贈答歌。
 作者はのちの天武天皇。
紫の‥「の」は比喩・類似の関係を示す。...のような。
ゆゑ‥活用語の連体形を受けて接続助詞のように用い、逆説をあらわす。...なのに。

 紫草の根で染めた紫の色、それほどにも美しく照り映える女よ、もしあなたを厭わしく思うなら、人妻であることを知りながら、どうして私があえて恋することなどあろうか。

四十 あみの浦に 舟乗りすらむ 娘子らが 玉裳の裾に 潮満つらむか
                                     柿本人麻呂

柿本人麻呂‥奈良時代の歌人。
 持統・文武天皇に仕えた宮廷歌人的存在。歌聖と称される。
あみの浦‥あごの浦。三重県英虞湾とも、同県鳥羽のあたりともいう。
玉裳‥接頭語の「玉」は美称。「裳」は女性が腰から下にまとった衣。

 あみの浦に舟遊びをしているだろうあの乙女らの、美しい裳の裾に、今ごろは満潮が寄せていることだろうか。

八八 秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞 いつへの方に 我恋やまむ 磐姫皇后

磐姫皇后いはのひめのおほきさき‥仁徳天皇の皇后。
霧らふ‥「きる(霧)」の未然形+上代の反復・継続の助動詞「ふ」。
 霧や霞がかかる。

 秋の田の稲穂の上に重く漂っている朝霧よ、その霧のようにいつ晴れるとも知れぬ私の恋よ、いったいどんな方角へ向かってこの恋は晴れてゆくのだろうか。

一一四 秋の田の 穂向きの寄れる 片寄りに
                   君に寄りなな 言痛くありとも 但馬皇女

但馬皇女‥天武天皇皇女。高市皇子、穂積皇子らの異母妹。
 これは穂積皇子を想っての歌。
片寄りに‥風などのため、一つの方向へ寄り傾いて。
言痛たくこちたく‥うわさが多くてうるさい、わずらわしい。

 秋の田で稲穂がいっせいに傾き、片なびきしているように、私もひたむきにあなたに寄り添いたいのです。いかに世間の目がうるさくとも。

一二五 橘の 影踏む道の 八衢に 物をそ思ふ 妹に逢はずして
                                  三方沙弥

橘‥果樹の名。
 初夏に芳香のある白い花をつけ、冬に小さい実が黄色に熟する。
八衢やちまた‥「八」は数の多いの意。
 チマタは別れ道、あれこれ思い迷うことのたとえ。

 街路樹として植えられている橘、それらが落としている影を踏んでゆく道の、幾筋にも岐れている別れ道のように、私はくよくよ思い悩む、いとしい女に逢わないでいて。

一二六 遊士と 我は聞けるを やど貸さず 我を帰せり おその風流士
                                     石川女郎

遊士・風流士みやびを‥ミヤ(宮廷)から派生した動詞ミヤブの名詞形ミヤビにヲ(男)がついた語で、大宮人にふさわしい高い趣味をもった人物。

 教養もあり、男女の機微もわかっている雅びな人と私は聞いていたのに、一夜の宿を貸すことさえせずに私を帰してしまったとは、なんという鈍感な風流士でいらっしゃること。

一四一 磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば またかへりみむ
                                    有間皇子

有間皇子ありまのみこ‥孝徳天皇の皇子。六五八年、蘇我赤兄に唆され謀反をはかるが、発覚したとして当の赤兄に捕縛され、中大兄に尋問を受けた後、送還途中に処刑される。
引き結び‥幸運を願って草の葉や木の枝を結ぶ古代の呪い。
ま幸く‥「マ」は接頭語。無事で。

 磐代の浜の松の枝を、こうして引き寄せ結んでいる。明日の命は知れない私が、もし幸運にも無事であったなら、立ち還ってまたこれを見よう。

一五八 山吹の 立ちよそひたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく
                                     高市皇子

高市皇子たけちのみこ‥天武天皇第一皇子。
 母が身分の低い尼子娘だったため、位は草壁・大津の次だった。
 この歌は、異母妹(または姉)の十市皇女とをちのひめみこへの死者哀悼の歌。
山吹‥バラ科の落葉低木。晩春、黄色の花が咲く。
知らなく‥「ナク」は打消のズのク語法で、知らないことよ、の意をいう詠嘆的終止の語法。

 山吹が咲き乱れている山清水。その水を何としてでも汲みたいのだが、境界で遮られていて、私にはついに道の入口がわからない。

一六五 うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山を 弟と我が見む
                                     大伯皇女

大伯皇女‥六八六年十月三日、謀反のかどで処刑された天武天皇第三皇子大津皇子の同母姉。
二上山‥奈良県北葛城郡当麻村。北に雄岳、南に雌岳の二つの峰があり、大津皇子の墓は雄岳の山頂付近。
いろせ‥イロは接頭語。セは妹イモの反対で、男の呼称。
 兄弟、恋人、夫など。

 この現し世の人である現し身の私は、明日からはあの二上山をわが弟として見ることでしょうか。

二一一 去年見てし 秋の月夜は 照らせども 相見し妹は いや年離る
                                     柿本人麻呂

去年見てしこぞみてし‥「シ」は活用語の連用形につく、過去の助動詞「き」の連体形。...た。

 二人して去年見あげた秋の月は、今年もああして照っているが、一緒に見あげたいとしい妻は、どんどん年が遠ざかるばかり。

二五一 淡路の 野島の崎の 浜風に 妹が結びし 紐吹き返す
                                柿本人麻呂

浜風に‥「吹き返す」が他動詞的用法であり、「浜風をして紐を吹き返さしむ」の意になるというのが定説。

 淡路の野島の崎。船から港におり立てば、浜風が私を包む。
 その浜風が、旅立ちのとき航海の安全を祈り妹が結んでくれた紐を、はたはたと吹きひるがえす。

二六六 近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ
                                  柿本人麻呂

夕波千鳥‥夕暮れの波間を群れて飛ぶ千鳥。
しのに‥副詞。心が悲しみなどで沈むさま。しみじみと。

 近江の海の夕波千鳥よ。おまえたちが鳴くのを聞いていると、心もうつろにしなえて、ひたすら昔のことが思われる。

三一八 田子の浦ゆ うち出でてみれば ま白にそ
                  富士の高嶺に 雪は降りける 山部赤人

山部赤人‥聖武天皇の行幸に供奉した宮廷歌人。
 作歌年次の明記されたものは七二四〜七三六年まで。
 三十六歌仙のひとり。
田子の浦‥現在は富士川東岸の静岡県富士市にあるが、中世以前には富士川西岸の同県庵原郡の蒲原・由比・倉沢あたりの海岸を指した。
田子の浦ゆ‥「ユ」は動作の行われる場所や移動・通過する場所を示す格助詞。
ま白にそ‥「ソ」は強調の係助詞。
 原則としてこの「ソ・ゾ」を受ける結びの活用語は連体形になる(ケル)。

 田子の浦を通ってひろびろとしたところに出た。
 見上げれば、たいしたものだ、富士の高嶺に真っ白に雪が降っている。

三二八 あをによし 奈良の都は 咲く花の 薫ふがごとし 今盛りなり
                                   小野老

小野老‥大宰少弐小野老朝臣。九州大宰府の次官。
あおによし‥「奈良」の枕詞。
 奈良坂の辺で青土あおにを産したことによるという。

 アヲニヨシ奈良の都は、爛漫と咲く花がいっせいに照り映えるように、今を盛りと咲き誇っている。

三三五 我が行きは 久にはあらじ 夢のわだ
                 瀬にはならずて 淵にありこそ 大伴旅人

大伴旅人‥奈良時代の歌人。中納言、太宰帥、大納言を歴任。
夢のわだ‥吉野の宮滝付近の淵の名。

 わたしの筑紫赴任も、もうそんなに長くはないだろう。
 夢のわだよ、浅瀬になどならず、淵のままでいてくれ。

三四一 賢しみと 物言ふよりは 酒飲みて
               酔ひ泣きするし 優りたるらし 大伴旅人

旅人の作で最も有名な「讃酒歌」十三首より。
優りたるらし‥「ラシ」は助動詞特別活用。
 動詞型活用語の終止形に付く。推定・確信をあらわす。

 賢者ぶってものを言うより、酒をくらって酔い泣きする醜態の方が、まだましだとおれは思う。

三五一 世の中を 何に喩へむ 朝開き 漕ぎ去にし舟の 跡なきごとし
                                    沙弥満誓

沙弥満誓さみまんぜい‥木曽路の開通などに治績をあげ、大宰府観世音寺の造営の責任者となって筑紫に赴任。
朝開き‥早朝に船出すること。

 世の中の無常を何にたとえようか。朝がくれば港を出て漕ぎ去ってしまった舟の、あの水脈が、跡かたもないようなもの。

三九五 託馬野に 生ふる紫草 衣に染め
                いまだ着ずして 色に出でにけり 笠女郎

笠女郎かさのいらつめ‥生没年未詳。大伴家持と関わりのあった女性の一人で、奈良朝中期の女性歌人としては、家持の叔母大伴坂上郎女と並称される優れた歌人であった。家持宛ての恋歌二十四首が有名。
紫草むらさき‥野草の名。
 根は紫色の染料に用いられ、夏、白色の花を開く。

 託馬野に生えている紫草で私は衣を染めました。
 でも、まだ着もしないうちに、気持ちが顔に現れてしまったのです。

四三〇 やくもさす 出雲の児らが 黒髪は 吉野の川の 沖になづさふ
                                 柿本人麻呂

やくもさす‥八雲さす。
 雲がむくむく立ちのぼる意から、「出雲」にかかる枕詞。
児‥子供、卵、男女ともに人を親しんでいう語。
なづさふ‥水に浮かぶ、水に漂う。

 ヤクモサス出雲の乙女の黒髪よ、吉野の川の沖合に浮かび漂って。

四四八 磯の上に 根延ふむろの木 見し人を
                 いづらと問はば 語り告げむか 大伴旅人

 作者が大納言に任ぜられ、大宰府から京に上る途中、鞆の浦で詠んだ歌。
むろの木‥原文「天木香樹」。杜松ねずの古名で、ヒノキ科の常緑針葉樹。備後地方では寿命をつかさどる霊木として信仰されてきた。
いづら‥不定称。どのあたり。

 磯の上に根をはっているむろの木が、「かつて共に私を見たあの方はどうなさった」と問うならば、その後のことを語り明かしてやろうか、私は。

五〇二 夏野行く 小鹿の角の 束の間も 妹が心を 忘れて思へや
                                   柿本人麻呂

小鹿の角の‥鹿の雄の角は毎年生え変わるが、初夏の頃はまだ短く、そこから短いものの譬喩として使われた。
束の間も‥「束」は長さの単位で、こぶしを握った時の指四本の幅をいった。
忘れて思へや‥「ヤ」は反語をあらわす係助詞。

 夏野を行く牡鹿の角は短い。そのように短い束の間にも、わが妻の心を忘れようか、忘れなどするものか。

五五七 大舟を 漕ぎのまにまに 岩に触れ 覆らば覆れ 妹によりては
                                     土師水道

土師水道はにしのみみち‥伝未詳の官人。大伴旅人の下僚だった。
まにまに‥随に。物事、またその進行にまかせるさま。

 大舟を漕ぐ、その勢いにまかせて岩にぶつかり、舟が転覆するならそれもいいさ、それが妻のゆえというなら。

六〇〇 伊勢の海の 磯もとどろに 寄する波 恐き人に 恋ひ渡るかも
                                      笠女郎

家持宛ての恋歌のひとつ。
恐きかしこき‥恐ろしい、おそれ多い。

 伊勢の海の磯を轟かせて打ち寄せる波、そのように私を恐れで満たす人に、恋いこがれて日を送っているのです、この私は。

六〇三 思ひにし 死にするものに あらませば
                   千度そ我は 死にかへらまし 笠女郎

死にかへらまし‥「マシ」は助動詞特別活用。事実に反する、または実現しそうにない状態を仮に想定して、その場合に起こる事柄を想像する意を表す。
千度そ‥「ソ」(ゾ)は強調を意味する係助詞。

 人を思うというだけでも死ぬということがあるならば、私は千遍も死を繰り返していることだろう。

六八八 青山を 横切る雲の いちしろく 我と笑まして 人に知らゆな
                              大伴坂上郎女

大伴坂上郎女‥旅人の異母妹で家持の叔母。穂積皇子に愛され、その没後大伴宿奈麻呂に嫁し、坂上大嬢を生む。
いちしろく‥著ろく。はっきりと。

 青山を横切る白い雲のように、はっきりそれとわかるような思い出し笑いなどをなさらないでね、みなに二人のことが知られてしまいますもの。

六九四 恋草を 力車に 七車 積みて恋ふらく 我が心から 広河女王

恋草‥草がどんどん生い繁るように、恋もあとからあとから生い出て押しとどめようもない。
力車‥荷物を載せて人が押してゆく荷車。
恋ふらく‥「ラク」は上代語の接尾語。...なのも、...というのも。

 恋草を力車に七台も積むほどに恋いに恋うるのも、もとはといえば私自身の心から出たもの、他の誰に仕向けられたものでもないのよ。

七二七 忘れ草 我が下紐に 着けたれど 醜の醜草 言にしありけり
                                   大伴家持 

大伴家持‥旅人の子。越中守など諸官を経て中納言。
 「万葉集」編者かとされる。
 家持が坂上大嬢(坂上郎女の娘)に送った歌。
忘れ草‥萱草かんぞうのこと。これを体に結びつけておくと憂いを忘れるという中国の俗信から。
下紐‥下裳、下袴などの、表に見えない紐。

 忘れ草を下着の紐につけてみたのに、この阿呆な草め、何の役にもたたない名ばかりの草だった。

七九八 妹が見し 楝の花は 散りぬべし 我が泣く涙 いまだ干なくに
                                     山上憶良

山上憶良‥奈良時代の歌人。唐に渡り、中国思想や仏教を学び、現実的な人生社会を詠んだ歌が多い。憶良が妻を失った大宰府長官の大伴旅人に対して弔意を披瀝したもの。
あふち‥栴檀せんだんの古称。初夏、淡紫色の小さい花が群がり咲く。
散りぬべし‥「ベシ」は確信のある推測・予想の意の助動詞で、終止形につく。

 妻が目にしていた楝の花も、もう散ってしまいそうだ。
 私の泣く涙は、まだ乾くひまもないというのに。

八一〇 いかにあらむ 日の時にかも 音知らむ 人の膝の上 我が枕かむ
                                      大伴旅人

 旅人が藤原不比等の第二子、中衛府の大将だった藤原房前に琴を贈った折り、その由来を説明した手紙と歌二首のうちのひとつ。

 いつ、どんな時になったら、この琴の音を知ってくださる人の膝の上で、膝を枕に横たわることができるのでしょうか。

八四七 我が盛り いたくくたちぬ 雲に飛ぶ
                  薬食むとも またをちめやも 員外

 旅人の邸宅で人が集って開かれた宴より。
 員外とは編纂された三十二首の枠の外にあるという意味で作者は不明だが、大伴旅人と推定されている。
くたちぬ‥「クタツ」は「降つ」で、傾く、衰えること。
をちやめも‥「オツ」は「復つ」でもとへ戻る、若返るの意。

 わが身の盛りはすっかり過ぎてしまった。雲に飛ぶ力を与えてくれるという仙薬を食べてみても、再び若返ることがあろうか。

八九三 世の中を 厭しとやさしと 思へども
              飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば 山上憶良

 貧窮問答歌の反歌。憶良が大宰府から京都に帰った後、七十歳を越えた頃の作だろうとされる。
やさし‥動詞「やす(痩)」の形容詞化。身が痩せ細る思いである、の意。つらい、耐え難い。
鳥にしあらねば‥「シ」は強調の意の副助詞。

 この世は憂さのきわみ、痩せ細る思いのきわみ、それでも飛び立つことはできぬ、おれは鳥ではないのだもの。

九〇五 若ければ 道行き知らじ 賂はせむ したへの使ひ 負ひて通らせ
                                    山上憶良

まひ‥まひなひ。謝礼や賄賂を贈ること。またはその品。
したへ‥下方。死者の行く地下の世界。黄泉の国。

 若いので冥途への道も知らないだろう。
 お礼のまいないなら差し上げよう。
 あの世への使者よ、あの子をどうか背負って連れていってくれ。

九一八 沖つ島 荒磯の玉藻 潮干満ち い隠り行かば 思ほえむかも
                                     山部赤人

 聖武天皇の紀伊国海部郡玉津島への行幸の際に詠んだ歌。
荒磯ありそ‥「あらいそ」の変化した形。岩石が多く、波の荒い海岸。
い隠り‥「イ」は接頭語。
思ほえんかも‥「カモ」は詠嘆の意を表す終助詞。
 係助詞「カ」+終助詞「モ」。

 沖の島の荒磯に生えている美しい藻よ。
 今は引いているが、この潮が満ちてきてその藻も見えなくなってしまえば、さぞや恋しく思われることだろうなあ。

九四四 島隠り 我が漕ぎ来れば ともしかも 大和へ上る ま熊野の舟
                                     山部赤人

島‥播磨国の室津港南方の辛荷島。
ともしかも‥「トモシ」は不十分、不満足に感じる気持ち。羨ましい。
ま熊野‥「マ」は接頭語。

 島の陰に隠れつつ私が漕いでくると、ああなんて羨ましい、熊野の船が大和の方へ漕ぎのぼってゆく。

九六五 凡ならば かもかもせむを 恐みと 振りたき袖を
                       忍びてあるかも 遊行女婦児島

遊行女婦児島あそびめこしま‥大宰府を去る大伴旅人を見送った人の中にいた遊女。
オホ‥いい加減なさま、普通であるさま、平凡。
かもかも‥「かもかくも」とも。ともかくも。どのようにでも。

 普通のお方であったなら、どうとでもいたしましょうが、恐れ多いことだと思って、振りたい袖もこらえています。

九六七 大和道の 吉備の児島を 過ぎて行かば
                    筑紫の児島 思ほえむかも 大伴旅人

吉備の児島‥備前国児島郡で、今は倉敷市児島。

 大和道の吉備の児島を通り過ぎる時には、筑紫の児島のことが思い出されるだろう、きっと。

九七八 士やも 空しくあるべき 万代に
               語り継ぐべき 名は立てずして 山上憶良

 重病の床にあった憶良の辞世の歌というべきもの。
をのこやも‥「ヤモ」は反語の意を表す。係助詞「や」+係助詞「も」。
空しくあるべき‥「ベキ」は推量の助動詞「ベシ」の連体形。

 男子たるもの、このまま空しい亡骸になってしまっていいものだろうか。
 万代に語り伝えるにも足る名を立てぬままに。

九九六 御民我 生けるしるしあり 天地の
                 栄ゆる時に あへらく思へば 海犬養岡麻呂

 聖武天皇の詔に応じて。
 太平洋戦争の時代に、このかなりの名声を博した歌。
しるし‥徴、験。前兆、霊験、甲斐など。
あへらく‥「ラク」は助動詞「り」の未然形「ら」+接尾語「く」。
 ...たこと(には)。

 天皇の御民である私は、まことに生き甲斐を感じております。天も地も一体となって栄えているこの御代に生まれ合わせたことを思いますと。

一〇四二 一つ松 幾代か経ぬる 吹く風の
                   声の清きは 年深みかも 市原王

市原王‥安貴王の子、志貴皇子の曾孫にあたるという、王族詩人の家系に生まれた人。

 一本松よ、幾代を経たのか、おまえは。吹く風の声がそんなに清らかなのは、年月を深く重ねたからだろうか。

一〇七七 ぬばたまの 夜渡る月を 留めむに
                   西の山辺に 関もあらぬかも 作者未詳

ぬばたまの‥射干玉の。檜扇の黒い実。
 「黒」「夜」「夕」「月」などにかかる。

 ヌバタマノ夜空を渡る月が美しい。
 あれを押しとどめるため、西の山辺に関所でもないものだろうか。

一一二九 琴取れば 嘆き先立つ けだしくも
                   琴の下樋に 妻や隠れる 作者未詳

けだしくも‥蓋しくも。もしも。ひょっとして。
下樋‥琴の表板・裏板の間のうつろになっている部分。

 琴を弾いて悲しみをまぎらわそうと思うが、手に取ればたちまち嘆きが先立つ。もしや、琴のうつろに、亡き妻(の魂)がこもっているのではないだろうか。

一二二二 玉津島 見れども飽かず いかにして
                  包み持ち行かむ 見ぬ人のため 作者未詳

 作者は藤原房前ではないかとされている。
玉津島‥和歌山市和歌の浦にあった小島。

 玉津島の美しいこと。いくら見ても見飽きない。どうやってこの島を包んで持ち帰ろうか、まだここを見ていない人のために。

一二五二 人こそば おほにも言はめ 我がここだ
                    しのふ川原を 標結ふなゆめ 古歌集

言はめ‥「メ」は推量の助動詞「む」の巳然形。...でしょうが。
ここだ‥幾許。「ここば」とも。これほどたくさん。こんなにもひどく。
標結ふ‥自分の領分であることを示す標識として杭を打ち、縄を張って、他人の立ち入りを禁じること。
ユメ‥強く命令する時に用いる副詞。多くは禁止の意で、決して、絶対に。

 ほかの人たちは大したことじゃないとおっしゃるでしょう。
 でも、私がこんなにも恋い慕っている川原です。
 標など結って独り占めするなんてことを、決してしないでください。

一二五七 道の辺の 草深百合の 花笑みに
                 笑みしがからに 妻と言ふべしや 古歌集

笑みしがからに‥「カラニ」は原因・理由・契機などを示す接続助詞。
ただ...だけで。格助詞「カラ」+格助詞「ニ」。

 道ばたの草の繁みに咲いている百合のように、この私が花笑みに微笑んであなたを見たからといって、それであなたの妻だなんて、とんでもない。

一二六五 今年行く 新島守が 麻衣
              肩のまよひは 誰か取り見む 古歌集

新島守‥新しく辺境防備のために派遣される防人。
 諸国から徴兵され、三年交代で筑紫・壱岐・対馬の防備に当たる。
まよひ‥織り糸が乱れて片寄ること。ほつれ。

 今年新たに行く新規の防人が着ている麻衣、あの衣の肩のほつれは誰が繕うのだろう。

一三一一 橡の 衣は人皆 事なしと
                言ひし時より 着欲しく思ほゆ 作者未詳

つるはみ‥ドングリの古称。その煮汁で染め、鉄で媒染した着物は濃いねずみ色で、身分の低い階級の者が着た。
事なし‥平穏無事である。わずらわしいことがない。

 つるばみで染めた着物は気楽だと、世間の人々が言うのを聞いてから、ああ着たいものだと思えてならぬ。

一三五一 月草に 衣は摺らむ 朝露に
               濡れての後は うつろひぬとも 作者未詳

月草‥露草の古称。
 これで染めた布は変色しやすいので、変わりやすいことの喩えに。

 露草で着物を染めることにしよう。
 朝露に濡れてしまって色が褪せてしまっても、ままよ、私は決心した。

一四一一 幸ひの いかなる人か 黒髪の
                 白くなるまで 妹が声を聞く 作者未詳

 どんな幸せな人が、黒髪の白くなるまで妻の声を聞くのだろう。

一四一二 我が背子を いづち行かめと さき竹の
                     そがひに寝しく 今し悔しも 作者未詳

背子せこ‥「兄子」「夫子」とも。
 女性が夫、恋人、兄弟などを親しんで呼ぶ語。
いづち‥何方。何地。どちらの方向へ。どこに。
さき竹の‥「そがひ(背向)」の枕詞。
 竹を割くと、その両面は互いに背を向け合うことから。
寝しく‥「シク」は過去の助動詞「き」の連体形「し」+接尾語「く」。
 ...たこと。...たことには。

 私の夫は、ここ以外のどこへ行く所があろうか、どこへも行きはすまいと思って、彼の生前、サキタケノ背中を向けて向けて寝たことが、今となってはほんとに悔やまれる。

一四一八 石走る 垂水の上の さわらびの
                 萌え出づる春に なりにけるかも 志貴皇子

志貴皇子‥天智天皇の第七皇子。白壁王(光仁天皇)、湯原王らの父。
石走るいはばしる‥水が石の上を走るように流れる。
垂水‥流れ落ちる水。滝。
さわらび‥早蕨。芽を出したばかりのワラビ。

 岩をほとばしり流れてゆく垂水の上に、ああ、わらびが萌え出る春がまたもやめぐってきたのだ。

一四二四 春の野に すみれ摘みにと 来し我そ
                   野をなつかしみ 一夜寝にける 山部赤人

 春の野にすみれを摘むためにやって来た私だが、野原があまりにもなつかしく去り難いため、一夜をここで過ごしてしまった。

一四三五 かはづ鳴く 神奈備川に 影見えて
                   今か咲くらむ 山吹の花 厚見王

かはづ‥カジカ。カエルの一種。カエルの別称。
神奈備川‥神奈備(甘南備)の地を流れる川の意だが、神の御霊の降りたまう森という意味の神奈備は、当時飛鳥と竜田の二ヶ所が代表的であった。そのどちらを指すかは不明。

 河鹿が鳴くあの神奈備川に影を映し、今や咲きはじめただろうか、あの岸辺の山吹の花は。

一四五一 水鳥の 鴨の羽色の 春山の
               おほつかなくも 思ほゆるかも 笠女郎

水鳥の‥鴨の枕詞。
思ほゆ‥思われる。遠く離れた物事についていうことが多い。

 ミズドリノ鴨の羽色のような春山が、霞に包まれておぼつかないように、あなたの気持ちも、何から何までおぼつかなくて。

一四八一 我がやどの 花橘に ほととぎす
                今こそ鳴かめ 友に逢へる時 大伴書持

大伴書持‥大伴家持の弟。
やど‥家の敷地。屋敷の中庭。庭先。

 家の庭の、花が咲いている橘の木に、ほととぎすよ、ちょうどいい、今こそ来て鳴いてくれ、友がやって来ているこの時に。

一五二七 彦星し 妻迎へ舟 漕ぎ出らし
                 天の川原に 霧の立てるは 山上憶良

彦星し‥「シ」は強めの助詞。
出らしづらし‥「ラシ」は推定の助動詞。動詞型活用語の終止形につく。

 彦星が妻迎え舟を漕ぎ出したらしい。天の川原に霧が立っているのを見ると(櫂のしずくが霧となって散っている)。

一五五五 秋立ちて 幾日もあらねば この寝ぬる
                     朝明の風は 手本寒しも 安貴王

秋立ちて‥「立つ」は季節、月などが始まる。立秋。
あらねば‥「ネバ」は逆説的な確定条件。...ないのに。
 打消の助動詞「ズ」の巳然形「ネ」+接続助詞「バ」。
手本たもと‥袂。手首。上腕。

 立秋過ぎてまだ幾日にもならないのに、この寝起きに感じる夜明けの風の、手首に冷たいことよ。

一六四四 引き擧じて 折らば散るべみ 梅の花
                   袖に扱入れつ 染まば染むとも 三野石守

擧じて‥つかむ、引く。
散るべみ‥「ベミ」は推量の助動詞「ベシ」の「ベ」+原因・理由を表す接尾語「ミ」。...に違いないので。
扱入れつこきれつ‥こきいれつの縮約。扱くはむしり取る、しごく。

 引き寄せて折ったりすると花が散りそうなので、この梅の花、そのまま枝から手でしごいて袖に入れてしまった。
 香りが袖に染みるなら染みてもいい。

一七四三 大橋の 頭に家あらば ま悲しく
                 ひとり行く児に 宿貸さましを 高橋虫麻呂

高橋虫麻呂‥天平時代の歌人。養老年間、常陸守だった藤原宇合の下僚として常陸におり、『常陸国風土記』の編纂に加わった。
つめ‥詰め。端、たもとの意。
貸さましを‥「マシ」は反実仮想の助動詞特別活用。
 ...たら、...だろうに。

 大橋のたもとにおれの家があったなら、いとしくも悲しげに独り歩いて行くあの子に、宿を貸してやろうものを。

一七九一 旅人の 宿りせむ野に 霜降らば
                 我が子羽ぐくめ 天の鶴群 遣唐使随員の母

 天平五年初夏、難波を出発した遣唐使の一随員の母親が、前途の無事を祈って子に贈った歌。
羽ぐくむ‥羽含むの意か。親鳥がひなを羽でおおって育てる。

 異国に旅する旅人が宿りするであろう野に、もし霜が降るようなことがあったなら、どうかわが子を羽で包んでやっておくれ、天の鶴たちよ。

一七九九 玉津島 磯の浦廻の 砂にも
              にほひて行かな 妹も触れけむ 柿本人麻呂歌集

玉津島‥和歌山市南部の雑賀野の離宮から沖に見えた美しい島。
浦廻うらみ‥入江の湾曲部。
行かな‥「ナ」は意志・希望の意を表す終助詞。
触れけむ‥「ケム」は過去の推量を表す助動詞。...ただろう。

 玉津島の磯、この磯の浦辺のこまかく美しい砂にも、からだいっぱい染まって行こう、いとしい妻も触れたであろうものを。

一八一二 ひさかたの 天の香具山 この夕
                 霞たなびく 春立つらしも 柿本人麻呂歌集

ひさかたの‥「天」「雨」「月」「雲」などにかかる枕詞。
天の香具山‥奈良県桜井市にある山。耳成山・畝傍山とともに大和三山として知られる。

 ヒサカタノ天の香具山に、この夕べ、霞がたなびいている。
 いよいよ春になったらしいぞ。

一八八五 物皆は 改まる良し ただしくも
                人は古り行く 宜しかるべし 作者未詳

ただしくも‥ただし。
宜しかるべし‥「ベシ」は推量の助動詞。

 すべて物は新しくなるのがいい。
 ただし、人間というものは、古くなっていくのがよいようであるよ。

一八九六 春されば しだり柳の とををにも
                 妹は心に 乗りにけるかも 柿本人麻呂歌集

とをを‥たわみしなうさま。

 春になると、しだれ柳がたわたわとしなう有様さながらに、あの娘は私の心に乗りかかってきたのだ、ああ。

一九三九 ほととぎす 汝が初声は 我がにもが
                   五月の玉に 交へて貫かむ 作者未詳

我がにもが‥「モガ」は願望の意を表す終助詞。...が欲しい。
 ...であったらなあ。
五月の玉‥五月五日の節句に飾った薬玉。
 麝香や沈香などを錦の袋に入れ、五色の糸で装飾した。

 ほととぎすよ、お前の初声は私にくれ、その鋭くよく通る声を、五月の玉に混ぜ合わせて、袋の緒に通そう。

二〇六二 機の 踏み木持ち行きて 天の川
                   打橋渡す 君が来むため 作者未詳

はたもの‥布を織る道具。織機。
踏み木‥機で横糸を通すとき、縦糸を交互に上下させるため足で踏んで動かす木の板。
打橋うちはし‥板を両岸の間に架け渡し、取り外しのできるようにした橋。

 織機の踏み木を持って川べりに行き、私は天の川に打橋を渡します。
 あなたが渡って来られるように。

二一〇一 我が衣 摺れるにはあらず 高松の
                  野辺行きしかば 萩の摺れるそ 作者未詳

摺る‥形木などに布地を押し当てて模様を染め出す。
行きしかば‥「シカ」は過去の助動詞「キ」の巳然形。
 「バ」は原因・理由を示す接続助詞。...ので。
摺れるそ‥「ソ」は強調・指定の係助詞。

 私の衣は自分で摺り染めしたわけではないよ。
 高松の野のあたりを行ったので、萩がおのずと摺ってくれたのだ。

二一〇八 秋風は とくとく吹き来 萩の花
               散らまく惜しみ 競ひ立つ見む 作者未詳

とくとく‥疾く疾く。早く早く。
散らまく‥「マク」は推量の助動詞「ム」の古い未然形「マ」+接尾語「ク」。
 ...だろうこと。

 秋風よ、早く吹いて来い。萩の花が、散るのが惜しくてさかんに風に逆らい、身をもむ姿を見てやろう。

二二六四 こほろぎの 待ち喜ぶる 秋の夜を
                   寝る験なし 枕と我は 作者未詳

しるし‥きざし、ご利益、甲斐。

 こおろぎが待つ甲斐があったと喜んでいる秋の夜なのに、寝たって何の甲斐もありやしない、枕と私は。

二三〇二 ある人の あな心なと 思ふらむ
                 秋の夜長を 寝覚め伏すのみ 作者未詳

あな‥感動したり、憂悶したときに発する語。ああ。まあ。あら。
心な‥心なし。思いやりがない。思慮分別がない。忠実だ。
思ふらむ‥「ラム」は推量の助動詞。...だろう。

 ある人が、ああ思いやりのない夜だ、と思うであろう秋の夜長を、私ときたら、悶々とひとり眠れず寝覚めて横になっているばかりだ。

二三七五 我ゆ後 生まれむ人は 我がごとく
                   恋する道に あひこすなゆめ 作者未詳

我ゆ後‥「ユ」は動作・作用の時間的・空間的な起点を示す格助詞。...より。
あひこすなゆめ‥「コス」は願望の意の助動詞。「ユメ」は強い禁止の副詞。
 けっして。絶対に。

 私より後に生まれる人は、ゆめゆめ私のように恋するという道に出くわしてはいけないよ。

二四五六 ぬばたまの 黒髪山の 山菅に
              小雨降りしき しくしく思ほゆ 柿本人麻呂歌集

ぬばたまの‥ぬばたまは檜扇の黒い実。
 「黒」「夜」「夕」「夢」などにかかる枕詞。
黒髪山‥奈良北方、佐保山の一部をなす山。
山菅やますげ‥山に生える菅の草。
しくしく‥頻く頻く。絶え間なく。重ね重ね。しきりに。

 ヌバタマノ黒髪山の山菅に、しきりに小雨が降り続いている。
 あの降りしく小雨さながら、私はしきりにあの人を思っている。

二四七五 我がやどは 甍しだ草 生ひたれど
               恋忘れ草 見るにいまだ生ひず 柿本人麻呂歌集

甍しだ草‥屋根から生え出てくるシダ類。

 わが家には、屋根のしだなら生えているが、恋忘れ草だけは、見ていてもまだ生えてこない、困ったものだ。

二五三九 相見ては 千年や去ぬる 否をかも
                   我や然思ふ 君待ちかてに 作者未詳

否をかも‥「カモ」は疑問の意の係助詞。...かなあ。
待ちかてに‥「カテニ」は補助動詞下二段「カツ」の未然形+打消しの助動詞「ズ」の連用形「ニ」。...できないで。

 二人相逢って以来、もう千年もたってしまったのか、いやそうではないのかしら。私がそう思っているだけなのか、あなたを待ちきれずに。

二五七二 いつはりも 似付きてそする 何時よりか
                   見ぬ人恋ひに 人の死にせし 作者未詳

 嘘をつくにも似つかわしいように言うものですよ。いつの時代から、まだ見てもいない人を恋するあまり、人が死にましたか。

二六五一 難波人 葦火焚く屋の すしてあれど
                    己が妻こそ 常めづらしき 作者未詳

葦火‥干した葦を燃料にして焚く火。葦は難波の名物。
すして‥煤して。すすけて。古びて。古妻の形容。
めづらしき‥愛づの形容詞化。素晴らしい。可愛い。清新だ。

 難波人が葦火をさかんに焚いて煤けさしてしまった家のように、煤けて古びてはいるが、自分の古妻こそ、いつもいつもかわいいものだ。

二八一九 おしてる 難波菅笠 置き古し
              後は誰が着む 笠ならなくに 作者未詳

おしてる‥押し照る。「難波」にかかる枕詞。
ならなくに‥断定の助動詞「ナリ」の未然形+打消の助動詞「ズ」の古い未然形「ナ」+接尾語「ク」+接続助詞「ニ」。...ではないのに。

 オシテル難波の菅笠を、あなたは長い間放っておいたじゃありませんか。あとで他の誰がかぶるわけでもないのに。

二八五八 妹に恋ひ 寝ねぬ朝に 吹く風は
               妹にし触れば 我にも触れこそ 柿本人麻呂歌集

触れこそ‥「コソ」は希望の助動詞「コス」の命令形。...してほしい。

 恋人が恋しくてまんじりともしなかった朝、風が吹いて通る。
 ああこの風は、あの女に触って来たのなら、この俺にも触っていってくれ。

二八七五 天地に 少し至らぬ ますらをと
                 思ひし我や 男心もなき 作者未詳

 天地の大には若干劣るが、われこそは大丈夫と自負してきたこの俺が、何ともはや、恋のために今はもう手も足も出ない。

二九八二 針はあれど 妹しなければ 付けめや
                     我を悩まし 絶ゆる紐の緒 作者未詳

妹しなければ‥「シ」は強調の副助詞。
付けめやと‥「ヤ」は反語の係助詞。
 付けられるだろうか、そんなことはできまい。

 「針はあるけれど、奥さんがいない身では、私を付けることもできないね、かわいそうに」とばかり言って、ぷつんと切れてしまいました、くやしい紐めが。

三一七四 いざりする 海人の梶の音 ゆくらかに
                      妹は心に 乗りにけるかも 作者未詳

いざり‥漁り。
乗りにけるかも‥「ケル」は過去の助動詞「ケリ」の連体形。「カモ」は詠嘆の助動詞。...であることよ。

 漁をする海人の梶がゆったりと音をたてるように、ゆったりと彼女は私の心に乗り移ってきた。

三二四九 磯城島の 大和の国に 人二人
                 ありとし思はば 何か嘆かむ 作者未詳

磯城島のしきしまの‥奈良県磯城郡の地。
 ここに都があったことから「大和」にかかる枕詞。
ありとし‥「シ」は強調の副助詞。

 シキシマノ大和の国に、あなたと同じ人が二人いるのだと思えるのなら、何を嘆くことがあろう。
 ほかに一人もいないから、こんなにも嘆くのです。

三二七一 我が心 焼くも我なり はしきやし
                君に恋ふるも 我が心から 作者未詳

はしきやし‥愛しきやし。
 愛惜・追慕などの気持ちを込め、感動詞的に用いる。

 わが心を焼くのも私。いとしいあなたに恋いこがれるのも、わが心から。他の誰のせいでもない。

三三五一 筑波嶺に 雪かも降らる いなをかも
                  かなしき児ろが 布乾さるかも 常陸国の歌

常陸国‥今の茨城県。筑波嶺は筑波山。
降らる‥降れるの東言葉。
いなをかも‥「ヲ」は間投助詞。違うのかな。
かなしき児ろが‥愛しき。愛しい。「ロ」は親愛の気持ちを表す接尾語。

 筑波嶺に雪が降ったのかな。いや、違うかな。
 いとしいあの娘が、織り上げた布を乾したのかな。

三三九九 信濃道は 今の墾り道 刈りばねに
                   足踏ましむな 沓はけ我が背 信濃国の歌

信濃国‥今の長野県。
 信濃道は和銅六年(七一三)、美濃と信濃の間に開通。
刈りばね‥木や竹の切株。
背‥女性から、夫・恋人・兄弟などを親しんで呼ぶ語。

 信濃道は、最近できたばかりの新道。
 鋭い切株で足を踏み抜いたりしないでね。
 沓をはいて行くのよ、あなた。

三四二五 下野 安蘇の川原よ 石踏まず
                空ゆと来ぬよ 汝が心告れ 下野国の歌

下野国‥今の栃木県。
空ゆと‥「ユ」は動作の行われる場所や移動・経過する場所を示す格助詞。...を。...を通って。

 おれはこうして下野の安蘇の川原を、石も踏まずに宙を飛んでやって来たのだ。おまえのほんとの気持ちを、さあ、言ってくれ。

三四五九 稲搗けば かかる我が手を 今夜もか
                    殿の若子が 取りて嘆かむ 作者未詳

稲搗けば‥脱穀も精米も、すべての作業をひっくるめて稲ツクと言った。
かかる‥皸る。ひび、あかぎれが切れる。

 稲をついたのでひび割れしている私の手を、今夜もお邸の若様が手に取って、ひどい荒れかただなあ、と嘆くことだろうか。

三五六七 置きて行かば 妹はまかなし 持ちて行く
                       梓の弓の 弓束にもがも 作者未詳

まかなし‥「マ」は純粋・強調の接頭語。かなしはかわいそう。
梓‥木の名。材質が堅く、上代には弓の材料とした。
弓束にもがも‥「モガモ」は終助詞「モガ」+終助詞「モ」。
 実現しそうもない事柄についての願望の意を表す。

 妻を置いて行ったら、かわいそうでならない。いっそ、こうしておれが持って行く梓の弓の、にぎりの弓束であったらよかったのに。

三五八〇 君が行く 海辺の宿に 霧立たば
                 我が立ち嘆く 息と知りませ 作者未詳

 あなたが行く海辺の停泊地に、もし霧が立ったなら、私が立ち嘆く、そのため息だと思ってください。

三六六九 旅にあれど 夜は火燈し 居る我を
            闇にや妹が 恋ひつつあるらむ 大判官壬生宇太麻呂

恋ひつつ‥「ツツ」は継続・進行の意を表す接続助詞。

 私は旅にあっても、夜ともなれば火をともしてこうしているが、いとしい妻はさだめし真暗な闇の中で、ひたすら私のことを恋いしたっているのだろう。

三七二四 君が行く 道の長手を 繰り畳ね
                 焼き滅ぼさむ 天の火もがも 狭野弟上娘子

長手‥長路。長い道のり。
もがも‥実現しそうもない事柄についての願望の意の終助詞。

 あなたが行く、配所への長い道、その道をくるくると手繰り寄せ、折り畳んで焼き滅ぼしてくれるであろう天の火よ、どうかあれを焼き尽くしておくれ。

三七三七 人よりは 妹そも悪しき 恋もなく
                 あらましものを 思はしめつつ 中臣宅守

あらまし‥「マシ」は事実と異なる状態を想像して、そうあったらいいのにと希望する意の助動詞。
思はしめつつ‥「シメ」は使役の助動詞「シム」の連用形。

 他人よりは、第一にあなたこそ悪い人だ。あなたに会わず、恋することもなくいられたらよかったのに、こんなにも物思いにふけらせて。

三七五〇 天地の 底ひの裏に 我がごとく
               君に恋ふらむ 人はさねあらじ 狭野弟上娘子

底ひ‥奥底。果て。限り。
さね‥決して、まったくの意の副詞。歌語として用いられる。

 天地の裏まで探したところで、私ほどにあなたを恋している女は、どこにもいないでしょう。

三七七二 帰り来る 人来れりと 言ひしかば
                 ほとほと死にき 君かと思ひて 狭野弟上娘子

ほとほと‥殆と。もう少しのところで。危うく。
死にき‥「キ」は過去の助動詞。

 帰って来たぞ、人が着いたぞ、と人々が言ったので、すんでのところで私は死ぬところでした。あなたかと思って。

三八〇七 安積香山 影さへ見ゆる 山の井の
                     浅き心を 我が思はなくに 作者未詳

安積香山‥福島県郡山市日和田の郊外にある小さな丘。
山の井‥山から自然に湧き出た水を堰きとめて飲料水としているところ。
なくに‥打消の助動詞「ズ」の古い未然形「ナ」+接尾語「ク」+接続助詞「ニ」。...ないのに。

 安積香山の影までくっきりと映っている澄んだ山の井、あの水は浅いが、わたしはあのように浅くは、あなたを思ってなどいません。

三八一六 家にある 櫃に鑰刺し 蔵めてし
                  恋の奴が つかみかかりて 穂積親王

穂積親王‥天武天皇第五皇子。
ひつ‥ふたのある頑丈な大形の箱。長櫃、唐櫃など。

 家にある櫃にかけがねをかけて、しっかりと閉じ込めておいたのに、恋の奴め、またしても抜け出して、おれ様につかみかかりおって。

三八二八 香塗れる 塔にな寄りそ 川隈の
                 屎鮒食める いたき女奴 長忌寸意吉麻呂

塔にな寄りそ‥「ナ」〜「ソ」の形の間に動詞の連用形、カ変・サ変は未然形を挟んで、その動詞の表す動作を禁止する意を表す。
いたき‥甚き。はなはだしい。ひどい。

 香を塗っていい匂いをたてている塔に、近寄ったりするな。
 川隈に群れつどう屎鮒を食っている、やりきれないこの女の奴め。

三八三五 勝間田の 池は我知る 蓮なし
                 然言う君が ひげなきごとし 作者未詳

しか‥そう。そのように。そのとおり。

 勝間田の池は、私よく存じてますよ、蓮なんてありません。
 あるとおっしゃるあなた様に、おひげがないのと同じです。

三八三九 我が背子が 犢鼻にする 円石の
                   吉野の山に 氷魚そ懸れる 安倍子祖父

犢鼻たふさき‥犢鼻褌とくびこんという言葉の略で、ふんどしのこと。
氷魚ひを‥琵琶湖に棲息する鮎の幼魚。
 透明な体をしていて、冬季に網代でとらえて賞味した。
氷魚そ‥「ソ」は強調・指示の係助詞。

 亭主がふんどしにしている丸石の吉野山に、(琵琶湖の)氷魚が吊りさがっているぜ。

三八四一 仏造る ま朱足らずは 水溜まる
                池田の朝臣が 鼻の上を掘れ 大神奥守

ま朱まそほ‥「マ」は接頭語。赤い土。鍍金用に用いられた。
水溜まる‥「池」の枕詞。

 仏造りの人々よ、ま朱が足りなくなった時には、掘るがいいぞ、ミヅタマル池田の朝臣の鼻の頭を。

三八五四 痩す痩すも 生けらばあらむを はたやはた
                       鰻を捕ると 川に流るな 大伴家持

はたやはた‥将や将。副詞「ハタ」+係助詞「ヤ」の「ハタヤ」はひょっとしての意。さらに「ハタ」をつけて強調。

 痩せに痩せてはいても、生きていられればいいさね。
 ひょっとして、鰻を捕ろうとしたばかりに、その体で、川に流されたなんてことのないようにしておくれ。

三八五八 このころの 我が恋力 記し集め
                  功に申さば 五位の冠 作者未詳

功‥官吏の勤務評定を踏まえた言い方で、功績の意。
五位‥奈良時代の位階はすべてで三十階。重要な位階は一位から八位までで、各階に正・従があるうえ、その各々にさらに上・下があった。

 この日ごろのおれの恋の労苦を書き連ね、それを功績として上申したならば、まさに五位の冠には値するはず。

三八七七 紅に 染めてし衣 雨降りて
             にほひはすとも うつろはめやも 作者未詳

にほふ‥匂う。美しく照り映える。色が美しく染まる。
うつろふ‥移ろふ。移動する。心が変わっていく。色が褪せる。
めやも‥推量の助動詞「ム」の巳然形+反語の係助詞「ヤ」+終助詞「モ」。反語の意を表す。...しようか(いやそんなことはあるまい)。

 美しい紅で染めた着物だ、雨が降ったからといって、色はますます美しく照り映えるだけで、褪せるなんてことがあるはずもない。

三八九六 家にても たゆたふ命 波の上に
                浮きてし居れば 奥か知らずも 作者未詳

たゆたふ‥ゆらゆらと揺れ動く。心が動いて決心がつかない。
知らずも‥「モ」は感動・詠嘆の意の終助詞。

 家に居てさえ定めなく揺れやまぬ命なのに、まして恐ろしい波の上に浮かんでいるのだ、いったい涯てはどうなるのだろう。

三九一三 ほととぎす 楝の枝に 行きて居ば
                 花は散らむな 玉と見るまで 大伴家持

あふち‥栴檀せんだんの古称。初夏、淡紫色の小さい五弁花が群がり咲く。
散らむな‥「ナ」は感動・詠嘆の意の終助詞。
見るまで‥「マデ」は物事の程度の極端を示す副助詞。

 ほととぎすが楝の枝に飛んで行き、そこにとまったら、さぞかし花が散ることだろうな、まるで玉さながらに。

三九二二 降る雪の 白髪までに 大君に
                 仕え奉れば 貴くもあるか 橘諸兄

橘諸兄‥天平一八年(七四六)当時、左大臣。聖武天皇治世、隆盛の藤原氏に対抗しうる唯一最大の存在。
貴くもあるか‥「モ」〜「カ」の形で、詠嘆の意を表す。

 降る白雪を同じ白髪になるまでも、大君にお仕え申すことができて、貴く有り難いことです。

三九四二 松の花 花数にしも 我が背子が
                  思へらなくに もとな咲きつつ 平群女郎

松の花‥決して目立つ花ではないことから。
思へらなくに‥「ナクニ」は上に述べたことを詠嘆の意を込めて打消し、逆説の関係で下に続ける。...ないのに。
もとな‥わけもなく。やたらに。

 あなたは待ち続ける私のことを、松の花としか見ていないのですね。
 花の数のうちにも入らない私。
 それなのに私は、いたずらにこうして咲き続けている。

三九六五 春の花 今は盛りに 匂ふらむ
               折りてかざさむ 手力もがも 大伴家持

かざす‥挿頭す。草木の枝葉や花を折って髪や冠に挿す。
もがも‥実現しそうもない事柄についての願望の意。
 ...であったらなあ。

 春の花は今を盛りと美しく咲き匂っているだろう。
 折って挿頭にするだけの手の力が欲しいものよ。

三九六八 うぐひすの 来鳴く山吹 うたがたも
                  君が手触れず 花散らめやも 大伴池主

うたがたも‥きっと。決して。
めやも‥反語の意を表す。...しようか(そんなことはあるまい)。

 鶯の来て鳴く山吹は、よもや君の手に触れずに花を散らすことなど、ないでしょう。

三九八〇 ぬばたまの 夢にはもとな 相見れど
                   直にあらねば 恋止まずけり 大伴家持

ぬばたまの‥射干玉の。「黒」「夕」「夜」「夢」などにかかる枕詞。
あらねば‥「ネバ」は打消の助動詞「ズ」の巳然形「ネ」+接続助詞「バ」。
 原因・理由を示す。...ないので。

 ヌバタマノ夢ではいたずらに逢うけれど、じかに逢うのではないから、恋しさは止まない。

四〇一九 天離る 鄙とも著く ここだくも 繁き恋かも
                     和ぐる日もなく 大伴家持

天離る‥アマザカル。「鄙ひな」にかかる枕詞。
鄙‥都から遠く離れた所。地方。いなか。
ここだく‥幾許。これほどたくさん。こんなにもひどく。

 アマザカル鄙である証拠に、こんなにも恋が繁くなりまさるのだろうか。片時も静まる日もなく。

四〇八〇 常人の 恋ふといふよりは 余りにて
                我は死ぬべく なりにたらずや 大伴坂上郎女

 世間の人が「恋い慕っている」という程度ではありません。
 私はもう、恋しくて死ぬばかりになったではありませんか。

四一〇九 紅は うつろふものそ 橡の
              なれにし衣に なほ及かめやも 大伴家持

うつろふものそ‥「ソ」は強調・指定の係助詞。...なのだ。
つるはみ‥ドングリの古称。またドングリのかさを煎じた汁で染めた色。
 衣類を染め、普段着として着た。
及くしく‥及ぶ。追いつく。匹敵する。

 美しい紅の色は褪せやすいもの。
 橡染めの着馴れた着物に、なんといっても及ぶものではあるまい。

四一三九 春の園 紅にほふ 桃の花
               下照る道に 出で立つ娘子 大伴家持

にほふ‥匂ふ。色が美しく染まる。つややかに輝く。薫る。

 春の園の、紅に美しく輝いている桃の花が、樹下まで照らしている道に出で立つ乙女よ。

四一四三 もののふの 八十娘子らが 汲みまがふ
                     寺井の上の 堅香子の花 大伴家持

もののふの‥文武官の数多いこと、またその官人が氏に属すことから「八十やそ」「五十」、また「い」の音を持つ語や「うぢ」などにかかる枕詞。
まがふ‥粉ふ。入り乱れる。見間違える。
堅香子かたかご‥カタクリの古称。

 モノノフノ何人も群れている少女たちが、入り乱れて楽しげに汲んでいる寺井のほとり、かたくりの花よ。

四一五〇 朝床に 聞けば遥けし 射水川
                朝漕ぎしつつ 唄ふ舟人 大伴家持

 朝の寝床で聞いていると、遥かに聞こえる、射水川を朝漕ぎながら、のどかに歌っている、舟人の声が。

四一九七 妹に似る 草と見しより 我が標めし
                   野辺の山吹 誰か手折りし 大伴家持

見しより‥「ヨリ」は原因・理由の意の格助詞。

 あなたに似た草だと思ったので、私がひそかに目じるしをして「私の草」と決めていた野辺の山吹の花、いったいどこのどなたが手折ったのでしょう。

四二二一 かくばかり 恋しくしあらば まそ鏡
               見ぬ日時なく あらましものを 大伴坂上郎女

まそ鏡‥真澄鏡。よく澄んではっきり映る鏡のことで、「清き」「照る」「見」などにかかる枕詞。
あらましものを‥「マシ」は現実に反する事柄を仮想する助動詞。

 こんなにも恋しくてたまらないのだったら、マソカガミ見ない日も時もなく、いつも一緒にいたらよかったのに。

四二九〇 春の野に 霞たなびき うら悲し
                 この夕影に うぐひす鳴くも 大伴家持

うら悲し‥「うら」は心の意。内心。
夕影‥夕暮の日の光。
鳴くも‥「モ」は感動・詠嘆の終助詞。...なあ。...ことよ。

 春の野に霞がたなびき、おのずともの悲しい。
 この夕暮の光の中、うぐいすが鳴いているではないか。

四二九二 うらうらに 照れる春日に ひばり上がり
                       心悲しも ひとりし思へば 大伴家持

うらうらに‥うららかに。のどかに。
ひとりし‥「シ」は強調の助詞。

 春の日はうららかに照っている。その中にひばりがあがる。
 うら悲しいことだ、独り物思いをしていると。

四三二二 我が妻は いたく恋ひらし 飲む水に
                影さへ見えて よに忘られず 若倭部身麻呂

以後、家持の歌以外は防人歌。
よに‥下に打消の表現を伴って、決して、断じての意の副詞。

 おれの妻はひどくおれを恋い慕っているらしい。この飲んでいる水に、あれの姿まで見えて、おれはとても忘れられない。

四三二三 時々の 花は咲けども 何すれそ
                  母とふ花の 咲き出来ずけむ 丈部真麻呂

何すれそ‥いったいどうして。

 四季それぞれ花は咲くのに、いったいなんで、母という花は咲き出て来ないのだろう。

四三四七 家にして 恋ひつつあらずは 汝が佩ける
              大刀になりても 斎ひてしかも 日下部三中の父

あらずは‥「ハ」は叙述を強調する係助詞。
佩くはく‥刀などを腰に着ける。腰に帯びる。
斎ふいはふ‥物忌みをする。守る。
しかも‥願望の終助詞「シカ」+詠嘆の終助詞「モ」。
 ...したいものだなあ。

 家にいて恋い慕っているよりは、おまえが腰に下げている大刀になっても、おまえを守ってやりたいものだ。

四三七三 今日よりは 顧みなくて 大君の
                 醜のみ楯と 出で立つ我は 今奉部与曽布

 大戦中、軍国意識鼓吹のため事あるごとに引用された。

 今日からは後も振り向かず、大君のつたない護り手として行くのだ、おれは。

四四〇一 韓衣 裾に取り付き 泣く子らを
               置きてそ来ぬや 母なしにして 他田舎人大島

韓衣からころむ‥大陸風の衣服。袖は広く裾は長い。
 上前と下前を深く重ねて着る。
子ら‥「ラ」は親愛の情を表す接尾語。

 韓衣の裾にとりすがり、泣き叫ぶ子供を残して、防人に応じてきたのだった。あの子の母親もいないのに。

四四一〇 み空行く 雲も使ひと 人は言えど
                  家づと遣らむ たづき知らずも 大伴家持

み空‥「ミ」は美称、または語調を整える接頭語。
家づと‥「つと」はみやげにする土地の産物。みやげ。
たづき‥方便。手だて。方法。ありさま。

 空を行く雲だって使いをつとめると人は言うが、みやげを家に届けるにはどうしたらいいのか、何ひとつすべもないのに。

四四一七 赤駒を 山野にはかし 捕りかにて
                  多摩の横山 徒歩ゆか遣らむ 宇遅部黒女

はかす‥放つ。放牧する。

 赤駒を山野に放牧してあるのが、うまく捕まえられず、横に連なっている多摩の山々を、徒歩で行かせることだろうか。

四四二四 色深く 背なが衣は 染めましを
                  み坂給らば まさやかに見む 物部刀自売

背な‥「ナ」は親愛の意を表す接尾語。背子が中央語であるのに対して、接尾語がついたものは東国語。
み坂給らば‥東から越えて行く足柄山は、「神のみ坂」と信じられていたため、そこを越えて行くには、神の許しを頂いてこそ安全だと考えられた。
まさやかに‥「マ」は接頭語。はっきりと。

 あの人の衣は、色も濃く染めておけばよかった。
 足柄のみ坂を無事に通るとき、はっきり見られるだろうから。

四四七〇 水泡なす 仮れる身そとは 知れれども
                     なほし願ひつ 千年の命を 大伴家持

なす‥比況・例示の意を表す接尾語。...のように。
なほし‥「シ」は強調の副助詞。

 水の泡のように、今は仮に合っているだけの身だとは知っているが、それでも私は願った、千歳の長い寿命を。

四五一六 新しき 年の初めの 初春の
              今日降る雪の いやしけ吉事 大伴家持

いやしけ‥「イヤ」は弥。いよいよ。ますます。
 「シケ」は絶えることなく続くこと。

 新しい年の初め、この初春の、今日積もる雪のように、良き事も、次々に積もるがよい。