春花秋月何の時にか了らん、 往事多少いくばくかを知らん。 小樓昨夜又東風、 故國は回首に堪へず 月明の中。 雕欄玉砌ぎょくせい應に猶ほ在り、 只だ是れ朱顔改まる、 君に問ふ:能く幾多の愁ひ有りや。 恰も似たり一江の春水の 東に向かって流るるに。 |
言無く獨り西樓に上れば、 月鈎の如し。 寂寞たる梧桐の深き院 清秋を鎖す。 剪りても斷てず、 理へども還た亂るるは、是離愁。 別に是一般の滋味の 心頭に在り。 |
簾外に雨は潺潺として、 春意闌珊たり。 羅衾は耐へず五更の寒きに。 夢裏知らず身は是れ客なるを、 一餉歡を貪る、 獨り自ら欄に憑る莫れ、 無限の江山。 別るる時は容易に見ゆる時は難し。 流水落花春去る也、 天上人間。 |
林花は謝り了くす春の紅ひ、 太にも匆匆たり。 奈いかんともする無し 朝來の寒雨晩來の風。 臙脂の涙、 人を留めて醉はしむるは、幾いづれの時か重ならん。 自ら是れ人生は長への恨みにて 水は長へに東す。 |
四十年來の家國、 三千里地の山河。 鳳閣龍樓霄漢に連なり、 玉樹瓊枝姻蘿を作す。 幾ぞ曾て干戈を識る。 一旦歸して臣虜と爲り、 沈腰潘鬢消磨す。 最も是れ蒼惶として廟を辭するの日、 敎坊猶も奏す別離の歌、 涙を垂らして宮娥に對す。 |
多少いくばくの恨ぞ? 昨夜夢魂の中! 還また似たり舊時上苑に遊べるに、 車は流水の如く馬は龍の如し、 花月正に春風! |
人生愁恨何ぞ能く免れん? 銷魂獨り我情何ぞ限りあらん? 故國夢に重ねて歸れど、 覺め來りて雙涙垂る! 高樓誰と與にか上らん? 長へに記す秋晴の望め。 往事已に空と成り、 還なほ一夢の中の如し! |
風情漸く老ゆれば春に見ひて羞づ、 到る處に消魂しつつ舊遊に感ず。 多謝す長條の相識なるが似ごとく、 強ひて煙穂を垂らして人頭を拂ふ。 |
心事數莖の白髪、 生涯一片の靑山。 空林雪有りて相ひ待てど、 古路人無くて獨り還る。 |
深院靜かに、小庭空し、 斷續せる寒砧斷續せる風。 奈いかんともする無し夜長くして人寐いねず、 數聲月と和ともに簾櫳に到る。 |
閑夢遠く、 南國正に芳春。 船上の管絃江面渌きよく、 滿城の飛絮輕塵に輥まじる。 忙殺す看花の人を。 閑夢遠く、 南國正に淸秋。 千里の江山寒色に暮れ、 蘆花深き處孤舟を泊める。 笛は月明の樓に在り。 |
昨夜風雨を兼くはへ、 簾帷に颯颯たる秋聲。 燭殘すたれ漏水時計斷たれ頻に枕を欹そばだて、 起坐するも平かなること能はず。 世事漫そぞろに流水に隨ひ、 算かぞへ來たれば夢裏の浮生。 醉鄕は路穩かにして宜よろしく頻しきりに到るべくも、 此の外は行くに堪へず。 |
浪淘沙 往事只だ哀しむに堪へん、 景に對するも排くつろぎ難し。 秋風の庭院蘚こけ階きざはしを侵す。 珠簾を一任うちすてて閑として巻かざるも、 終日誰か來らん。 金鎖已に沈埋し、 壯氣蒿莱すたる。 晩涼やかに天靜まりて月華開く。 想ひ得たり玉樓瑤殿の影、 空く照らす秦淮を。 |
花明るく月黯くして輕き霧籠もり、 今宵好し郞きみが邊もとに向かひて去ゆくに。 剗襪たびはだしにて香階を歩み、 手には提ぐ金縷の鞋くつ。 畫堂の南畔に見まみえ、 一晌しばし人に偎よりそひて顫ふるふ。 奴わらはは出で來ること難きが爲、 君をして恣意ほしいままに憐いとほしましむ。 |
蝶戀花 遙けき夜亭皋に閑そぞろに歩を信まかす。 乍たちまち過ぐ淸明を、 早や覺ゆ春の暮れるを傷む。 數點の雨聲風約し住とどむ。 朦朧たる淡月雲來去す。 桃李依依として春は暗ひそかに度すぎゆく。 誰ぞ秋千に在りて、 笑裏に低低と語らふは? 一片の芳心千萬の緒、 人間じんかん個ひとつも沒なし安排の處! |
別れて來より春は半なかば、 觸目愁ひ腸はらわたを斷つ。 砌みぎりの下もと落梅雪の亂るるが如く、 拂ひ了をへど一身に還なほ滿つ。 雁來きたれど音信凭たよる無く。 路遙かにして歸夢成し難し。 離恨恰あたかも似たり春草に、 更に行き更に遠ざかれど還なほ生ず。 |
呈鄭王十二弟 東風水を吹きて日山に銜かくれ、 春來れば長つねに是れ閑たり。 落花狼籍酒闌珊、 笙歌醉夢の間。 珮聲悄として、晩妝殘くづる、 誰に憑たよりて翠鬟を整へん。 光景に留戀して朱顏を惜しみ、 黄昏に獨り欄に倚る。 |
雲鬢亂れ、晩妝殘る。 恨みを帶びたる眉兒遠岫攅ひそむ。 斜に香顋を托し春笋嫩やはらかく、 誰たが爲に涙と和ともに欄干に倚よる。 |
多少の涙、 臉かをを斷よこぎり復また頤おとがひを橫ぎる。 心事將に涙と和ともに説いふ莫なかれ、 鳳笙休やめよ涙する時向に吹くを、 腸はらわたの斷たれること更に疑ひ無からん。 |
冉冉たる秋光留め住おけず、 階に滿たす紅葉の暮。 又た是れ重陽過ぎ、 臺榭登臨せる處、 茱萸の香み墮つ。 紫菊の氣、庭戸に飄たり、 晩煙細雨を籠む。 嗈嗈新雁寒に咽ぶの聲、 愁恨年年長とこしなへに相ひ似たり。 |
晩の妝よそほひ初めて過をはり、 沈檀輕く注す些兒箇いささか。 人に向かいて微かすかに露はす丁香の顆、 一曲の淸歌、 暫し櫻桃を引して破ひらかしむ。 羅袖裛れ殘すたるれども殷色可よきは、 杯に深くいたせば旋たちまち香醪に涴ぬ被らさる。 繍床に斜めに 紅き茸いとを爛嚼かみつぶして、 笑ひて檀郎に向ひて唾く。 |
晩妝初めて了をはり明るき肌は雪のごとく、 春殿に嬪娥魚貫して列す。 笙簫吹斷す水雲の閒に、 重ねて霓裳を按じて歌遍徹す。 風に臨みて誰か更に香屑を飄す、 醉ひて闌干を拍けば情味切なり。 歸る時放つを休やめよ燭花の紅きを、 待まさに馬蹄を踏みしめんとす淸夜の月。 |
閬苑情有り千里の雪、 桃李言無く一隊の春。 一壺の酒、一竿の身、 快活儂われの如き幾人か有らん? |
紅日已に高く三丈透る、 金爐次第に香獸に添ふ、 紅錦の地衣歩に隨ひて皺む。 佳人舞ひ點ずれば金釵溜り、 酒惡あしくして時に花蕊を拈りて嗅ぐ、 別殿遙かに聞こゆ簫鼓の奏づるを。 |
櫻花落り盡くす階前の月、 象牀に愁ひて薰籠に倚る。 遠はるけきは是れ去年の今日 恨みは還なほ同じ。 雙鬟整はずして雲憔悴し、 涙は沾ぬらす紅き抹胸を。 何處ぞ相思の苦しみは? 紗窗醉夢の中。 |
雲一緺、玉一梭、 淡淡たる衫兒薄薄たる羅、 輕く顰ひそむ雙つの黛螺まゆ。 秋風多さはに、雨相ひ和し、 簾外芭蕉三兩窠、 夜長ければ人奈何いかんせん。 |
蓬莱の院にはは閉す天台の女、 畫堂に晝寢いねて人の語る無し。 枕に抛り翠雲光き、 繍衣に異香を聞ぐ。 潛び來れば珠鎖動き、 驚き覺む銀屏の夢。 臉かほ慢ほころびて笑ひ盈盈たりて、 相ひ看て無限の情あり。 |
銅簧韻しらべ脆きよかにして寒竹鏘として、 新聲慢ゆるやかに奏し纖玉を移す。 眼色暗ひそかに相ひ鈎いざなひ、 秋波橫に流れんと欲す。 雨雲繍戸に深く、 未だ衷素を諧かなふるに便ならず。 宴罷をはり又た空と成り、 夢は迷ふ春雨の中。 |
一櫂たうの春風一葉の舟、 一綸の繭縷けんる一輕の鉤。 花は渚に滿ち、酒は甌に滿つ、 萬頃の波中に自由を得う。 |
庭前に春は紅英を逐ひて盡き、 舞態徘徊す。 細雨霏微として、 雙眉を時暫も開か放しめず。 綠窗冷靜にして芳音斷たれ、 香印灰と成る。 情懷を奈いかんとす可べき、 睡ねむらんと欲せば朦朧として夢に入り來る。 |
曉月は墜おち、宿雲は微かすかに、 語無く枕を頻しきりに欹そばだつ。 夢は芳草を回りて思ひ依依たり、 天遠く雁聲稀なり。 啼鶯は散じ、餘花は亂ちり、 寂寞たる畫堂深院。 片紅掃くを休やめて伊その儘從なすがままにし、 留めて舞人の歸るを待つ。 |
風は小院に回かへり庭蕪くさは綠に、 柳は眼ぶき春は相ひ續く。 闌に憑より半日獨ひとり言ふこと無し、 舊に依る竹聲新月 當年に似たり。 笙歌未だ散ぜず尊罍在り、 池面の冰初めて解く。 燭は明るく香は暗ひそかやかに畫樓深く、 滿鬢の淸霜殘雪 思ひは任たへへ難がたし。 |
轆轤ろくろ金井きんせい梧桐ごとうの晩くれ、 幾いくばくの樹か秋に驚く。 晝の雨は愁ふるが如く、 百尺ひゃくせきの蝦鬚かしゅ玉鉤に上ぐ。 瓊窗けいさうに春は斷たれて雙蛾さうが皺ひそむ、 邊頭を迴首す。 鱗游に寄せんと欲するも、 九曲きうきょくの寒波に溯流そりうせず。 |
轉燭飄蓬一夢に歸り、 陳跡を尋ねんと欲して人の非なるを悵うらむ、 天は心願をして身與と違たがは敎しむ。 月を待つ池臺空むなしく逝ゆく水、 花を蔭かくす樓閣漫あふるる斜暉、 登臨惜まず更に衣の沾ぬるるを。 |
秦樓しんろうに簫せうを吹く女は見えずして、 空しく餘す上苑じゃうゑんの風光を。 粉英ふんえい金蕊きんずゐ自おのづから低昂ていかうす。 東風我を惱まし、 纔いましも發す一襟いつきんの香。 瓊窗けいさう晝の夢殘日を留め、 當年恨みを得何ぞ長き。 碧欄干の外に垂楊すゐやう映ず。 暫時相ひ見えし、 夢の如くして思量するも懶ものうし。 |