獄中の壁に題す 門を望みて投止せし張儉を思ひ、 死を忍ぶこと須臾しゅゆは杜根を待つ。 我自ら刀を橫たづさへ天に向かひて笑ふ、 去留の肝膽は兩つの崑崙。 |
慷慨かうがいして燕市に歌ひ、 從容しょうようとして楚囚と作なる。 刀を引き一たび快を成せば、 負そむかず少年の頭に。 |
運華蓋に交りて何をか求めんと欲す、 未だ敢て身を翻さざるに已すでに頭を碰うつ。 破帽もて顏を遮して鬧市を過ぎ、 漏船に酒を載せて中流に泛べん。 眉を橫てへて冷ややかに對す千夫の指しに、 首を俯して甘んじて爲る孺子の牛と。 小樓に躱け進みて一統を成し、 他その冬夏と春秋を管せん。 |
手に三尺を持ち山河を定め、 四海家と爲なし共に和を飮ふくむ。 妖邪を擒とらへ盡つくして地網を投げ、 奸宄を收め殘ほろぼして天羅に落つ。 東南西北皇極に效ひ、 日月星辰凱歌を奏かなづ。 虎嘯き龍吟じて世界を光かがやかし、 太平一統樂しきこと如何ぞ。 |
陸放翁集を讀む 詩界千年靡靡ひひたる風、 兵魂銷とけ盡つくして國魂空むなし。 集中十に九は從軍の樂らく、 亙古こうこの男兒は一いつに放翁。 |
徐錫麟を輓いたむ 百尺ひゃくせきの樓に登り、 大好の河山を看る。 天若もし情有らば、 應まさに識しらしむべし四方に猛士を思ふを; 一抔いつぽうの土を留め、 以て日月と光かがやきを爭ふ。 人誰たれか死なざる、 獨ひとり千古に先生を讓らん。 |
半壁の東南三楚の雄、 劉郞死去して霸圖空し。 尚餘の遺孽艱難甚しく、 誰か斯人と慷慨を同うせん。 塞上の秋風に戰馬悲しみ、 神州の落日に哀鴻泣く。 幾時か黄龍酒を痛飮し、 江流を橫攬して一もっぱら公を奠まつらん。 |
賊を殺すに心有るも、 天を回めぐらすに力無し。 死するに其の所を得たり、 快なる哉快なる哉。 |
獄中にて鄒に贈る 鄒容は吾が小弟、 被髮して瀛洲えいしうに下る。 快するどき剪刀にて辮べんを除き、 牛肉を乾し糇ほしいひを作る。 英雄一たび入獄するや、 天地亦た悲秋。 命に臨みて手を掺とるを須もとむ、 乾坤只だ兩頭あるのみ。 |
歳月如流、
秋又去、 壯心未歇。 難收拾、 這般危局、 風潮猛烈。 把酒痛談身後事、 舉杯試問當頭月。 奈呉儂、 身世太悲涼、 傷心切。 亡國恨、終當雪。 奴隷性、行看滅。 嘆江山、 已是金甌碎缺。 蒿目蒼生揮熱涙、 感懷時事噴心血。 願吾儕、 煉石效媧皇、 補天闕。 |
歳月は流るる如く、
秋又た去り、 壯心未だ歇やまず。 收拾し難し、 這この般の危局を、 風潮猛烈なり。 酒を把りて身後の事を痛談し、 杯を舉げて試みに問ふ當頭の月に。 呉の儂ひとを奈いかんせん、 身世太はなはだ悲涼にして、 傷心切なり。 亡國の恨み、終つひに當まさに雪すすぐべし。 奴隷の性、行ゆくゆく滅ずるを看る。 江山を嘆く、 已すでに是れ金甌は碎かれ缺く。 蒼生を蒿目して熱涙を揮ひ、 時事に感懷して心血噴る。 願はくば吾が儕ともがらよ、 石を煉りて媧皇に效ならひ、 天の闕けたるを補へ。 |
大盗も亦また道有るも、 詩書屑いさぎよしとする所にあらず。 黄金は糞土の若ごとく、 肝膽は硬きこと鐵の如し。 馬を策むちうちて懸崖を渡り、 弓を彎ひきて胡月を射る。 人頭にて酒杯を作り、 仇讎きうしうの血を飮み盡つくさん。 |
梁任父同年に贈る 寸寸の山河寸寸の金、 瓜離くゎり分裂力つとむるに誰たれにか任せん。 杜鵑とけんに再拜して天を憂ふるの涙、 精衞せいゑいは窮り無し海を填うづむるの心に。 |
溪山を買はんと欲して錢を用ゐず、 倦うみ來りて枕を高くす白雲の邊。 吾が生此この外ほかに他の願ひ無く、 谷に飮み邱をかに棲すむ二十年。 |
千里書を修するは只だ牆の爲、 他かれに三尺を讓るも何ぞ妨さまたげ有らんや。 長城萬里今猶ほ在るも、 見えず當年の秦始皇。 |
舞榭歌臺羅綺叢、
都無人跡有春風。 踏靑無限傷心事、 併入南朝落炤中。 |
舞榭歌臺羅綺の叢、
都て人跡無くして春風有り。 踏青たふせい限り無し傷心の事、 併あはせて入いる南朝落炤らくせうの中うち。 |
大陸を望む 我を高山の上に葬れかし、 我が大陸を望まん; 大陸見ゆ可べからざれば、 只だ痛哭せん! 我を高山の上に葬れかし、 我が故郷を望まん; 故鄕見ゆ可べからざれば、 永とはに忘る能あたはず! 天蒼蒼として、野茫茫たり、 山の上、國に殤有り! |
到底君王舊盟に負そむき、 江山の情は重んずるも美人は輕んず。 玉環夫妻の味を領略せば、 此これ從より人閒じんかんに再びは生れず。 |
日暮東塘正落潮、
孤篷泊處雨瀟瀟、 疏鐘夜火寒山寺、 記過呉楓第幾橋。 |
日暮れて東塘正に落潮、
孤篷泊する處雨瀟瀟たり、 疏鐘夜火寒山寺、 呉楓より第幾いく橋を過ぎしかを記す。 |
楓葉蕭條水驛空、
離居千里悵難同。 十年舊約江南夢、 獨聽寒山半夜鐘。 |
楓葉ふうえふ蕭條せうでうとして水驛すゐえき空し、
離居千里同じくし難かたきを恨なげく。 十年の舊約きうやく江南かうなんの夢、 獨ひとり聽く寒山半夜の鐘。 |
藥爐經卷に生涯を送り、 禪榻の春風に兩鬢華しろし。 一語君に寄す君聽き取るや? 「兒女をして蘆花を衣きせしめず」。 |
再び露筋祠に過る 翠羽すゐう明璫めいたう尚ほ儼然げんぜんたり、 湖雲こうん祠樹しじゅ烟よりも碧みどりなり。 行人かうじん纜ともづなを繋つなげば月初めて墮おち、 門外の野風に白蓮びゃくれん開く |
梅花素心有りて、 雪月と一色を同じうす。 照らし徹とほす長夜の中を、 遂つひに天下をして白しめん。 |
夜來の春雨垂柳すゐりうを潤うるほし、 春水新たに生ずるも塘を滿たさず。 日暮の平原風過ぐる處、 菜花の香は豆花の香に雜まじはる。 |
秋を訪ふ絶句 豆架瓜棚暑さ長からず、 野人の籬落秋光を占む。 牽牛花は是れ隣家の種しゅ、 痩竹一莖扶けて墻しゃうに上らす。 |
月之精、顧兔生。
三五盈、揚光明。 友墨卿、宣管城。 浴華英、規而成。 乾隆 御銘 |
月の精、兔生顧かへりみる。
三五盈みちて、光明を揚ぐ。 墨卿を友として、管城に宣のぶ。 華英に浴して、規して成る。 乾隆 御銘 |
縞素臨江誓滅胡、
雄師十萬氣呑呉。 試看天塹投鞭渡、 不信中原不姓朱。 |
縞素かうそ江に臨みて誓って胡を滅さん、
雄師ゆうし十萬氣呉を呑む。 試こころみに看よ天塹てんざん鞭を投じて渡らば、 信ぜず中原朱を姓なのらざらんとは。 |
精衞せいゑい 萬事平らかならざること有り、 爾なんぢ何なんすれぞ空むなしく自みづから苦む。 長ちゃうじて一寸いっすんの身を將もって、 木を銜くはへて終古しゅうこに到る。 我が願ひは東海を平たひらけくすること、 身みは沈むとも心は改まらず。 大海は平らかなる期とき無からんも、 我が心も絶たゆる時無し。 嗚呼あゝ君見ずや 西山に木を銜くはへたる衆鳥多く、 鵲かささぎ來り燕去りて自おのづら窠すを成す。 |
大江の歌罷やみて頭を掉ふりかへりて東し、 邃密すゐみつなる羣科世の窮きはれるを濟すくはん。 面壁十年壁を破るを圖はかり、 酬むくはれ難き海に蹈ふみだすも亦た英雄。 |
薄暮難再留、
暝色猶靑蒼。 策馬自此去、 悽惻摧中腸。 顧羨此老翁、 負耒歌滄浪。 牢落悲風塵、 天地徒茫茫。 |
薄暮はくぼ再び留とどまり難く、
暝色めいしょく猶なほ靑蒼せいさうたり。 馬に策むちうちて此ここ自より去れば、 悽惻せいそくとして中腸ちゅうちゃうを摧くだく。 顧かへって羨うらやむ此この老翁らうをう、 耒すきを負おひて滄浪さうらうを歌ふを。 牢落らうらくとして風塵ふうぢんを悲しめば、 天地徒いたづらに茫茫ばうばうたり。 |
唱うたふ莫なかれ當年たうねんの『長恨歌ちゃうごんか』を、 人間じんかん亦また自おのづから銀河有り。 石壕村せきがうそん裏り夫妻の別わかれ、 涙は長生殿ちゃうせいでん上じゃうよりも多からん。 |
一夜狂風國豔殘、
東皇應是護持難。 不堪重讀元輿賦、 如咽如悲獨自看。 |
一夜いちや狂風に國豔こくえん殘すたれ、
東皇應まさに是これ護持すること難かたかるべし。 重かさねて讀むに堪たへず元輿げんよの賦ふ、 咽むせぶが如く悲しむが如く獨ひとり自みづから看る。 |
度遼將軍歌 黄遵憲
聞鷄夜半投袂起、檄告東人我來矣。 此行領取萬戸侯、 豈謂區區不余畀。 將軍慷慨來度遼、 揮鞭躍馬誇人豪。 平時蒐集得漢印、 今作將印懸在腰。 將軍嚮者曾乘傳、 高下句驪蹤迹遍。 銅柱銘功白馬盟、 鄰國傳聞猶膽顫。 自從弭節駐鷄林、 所部精兵皆百煉。 人言骨相應封侯、 恨不遇時逢一戰。 雄關巍峨高插天、 雪花如掌春風顛。 歳朝大會召諸將、 銅鑪銀燭圍紅氈。 酒酣舉白再行酒、 拔刀親割生彘肩。 自言平生習鎗法、 煉目煉臂十五年。 目光紫電閃不動、 袒臂示客如鐵堅。 淮河將帥巾幗耳、 蕭娘呂姥殊可憐。 看余上馬快殺賊、 左盤右辟誰當前。 鴨綠之江碧蹄館、 坐令萬里銷烽烟。 坐中黄曾大手筆、 爲我勒碑銘燕然。 么麼鼠子乃敢爾、 是何鷄狗何蟲豸。 會逢天幸遽貪功、 它它籍籍來赴死。 能降免死跪此牌、 敢抗顏行聊一試。 待彼三戰三北餘、 試我七縱七擒計。 兩軍相接戰甫交、 紛紛鳥散空營逃。 棄冠脱劍無人惜、 只幸腰間印未失。 將軍終是察吏才、 湘中一官復歸來。 八千子弟半摧折、 白衣迎拜悲風哀。 幕僚歩卒皆雲散、 將軍歸來猶善飯。 平章古玉圖鼎鐘、 搜篋價猶値千萬。 聞道銅山東向傾、 願以區區當芹獻、 藉充歳幣少補償、 毀家報國臣所願。 燕雲北望憂憤多、 時出漢印三摩挱。 忽憶遼東浪死歌、 印兮印兮奈爾何 |
度遼將軍の歌 鷄を聞き夜半に袂たもとを投じて起き、 檄げきに告ぐ:東人我來れ矣りと。 此この行萬戸侯を領取せん、 豈あに區區たるを余に畀あたへずと謂いはんや。 將軍慷慨して來りて遼れうを度わたり、 鞭を揮ふるひ馬を躍をどらせて人豪じんがうを誇る。 平時蒐集しうしふして漢印を得え、 今將印と作なして懸けて腰に在り。 將軍嚮者まへに曾かつて傳でんに乘り、 高下句驪蹤迹しょうせき遍あまねし。 銅柱に功を銘めいす白馬の盟、 鄰國傳へ聞きて猶なほ膽きも顫ふるはす。 弭節びせつ自從このかた鷄林けいりんに駐し、 部ひきゐる所の精兵は皆みな百煉。 人は言ふ骨相應まさに封侯ほうこうたるべしと、 時に遇あはざるを恨みて一戰に逢ふ。 雄關巍峨ぎがとして高く天に插さし、 雪花は掌たなごころの如く春風顛ふさがる。 歳朝さいてう大いに會して諸將を召し、 銅鑪どうろ銀燭紅氈こうせんを圍む。 酒酣たけなはにして白さかづきを舉げ再び行酒し、 刀を拔きて親しく生なまの彘肩ていけんを割さく。 自みづから言ふ平生鎗法さうはふを習ひ、 目を煉ねり臂ひを煉ること十五年。 目光は紫電のごとく閃ひらめきて不動、 袒臂たんぴ客に示せば鐵の如く堅かたし。 淮河わいがの將帥は巾幗きんくゎく耳のみ、 蕭娘呂姥せうぢゃうりょぼ殊ことに可憐。 看みよ余われ馬に上のるや快すみやかに賊を殺し、 左盤右辟さはんうひして誰たれか前に當らん。 鴨綠あふりょくの江かう碧蹄館へきていくゎん、 坐して萬里ばんりに令して烽烟を銷けす。 坐中の黄・曾くゎうそうは大手筆だいしゅひつ、 我が爲碑に勒ろくして燕然えんぜんに銘めいせしめん。 么麼えうまの鼠子そし乃なんぢ敢へて爾しかる、 是これ何たる鷄狗けいこう何たる蟲豸ちゅうち。 天幸に會ひ逢ひて貪功を遽いそぎ、 它它籍籍たたせきせき來りて死に赴おもむかん。 敢あへて抗あらがふは顏行に聊いささか一試せん。 彼かの三戰三北さんせんさんぼくの餘を待ちて、 我が七縱七擒しちしょうしちきんの計を試こころみん。 兩軍相ひ接して戰たたかひ甫はじめて交はり、 紛紛として鳥散して營を空むなしくして逃ぐ。 冠を棄すて劍を脱するも人の惜しむ無く、 只ただ幸ひにも腰間の印未だ失はれず。 將軍終つひには是れ察吏さつりの才、 湘中しゃうちゅうの一官に復また歸り來る。 八千の子弟半ば摧折さいせつし、 白衣迎拜すれば悲風哀かなし。 幕僚ばくれう歩卒皆雲散し、 將軍歸り來りて猶なほ善飯のごとし。 古玉を平章して鼎鐘ていしょうを圖はかり、 篋けふを搜さば價あたひ猶ほ千萬に値あたる。 聞道きくならく:銅山は東に向かって傾くと、 願はくは區區たるを以て芹獻きんけんに當て、 藉かりて歳幣に充あてて補償に少ふちせよ、 家を毀こぼち國に報むくゆるは臣の願ふ所。 燕雲えんうん北のかたを望めば憂憤多く、 時に漢印を出いだして三たび摩挱まさす。 忽たちまち憶おもふ『遼東浪死の歌れうとうらうしうた』、 印や印や爾なんぢを奈何いかんせん! |
年來腸は斷つ秣陵まつりょうの舟、 夢は繞めぐる秦淮しんわい水上の樓。 十日じふじつ雨絲うし風片ふうへんの裏うち、 濃春のうしゅんの煙景は殘秋ざんしうに似たり。 |
虞や 千夫も辟易へきえきす楚の重瞳ちょうどう、 仁謹じんきん居然たり百戰の中。 博はくし得たり美人心に死を肯がへんずるを、 項王此の處こところ是これ英雄。 |
玉樓春擬古の决絶詞 人生若もし只ただ初見の如ごとくあらば、 何事ぞ秋風畫扇ぐゎせんを悲しまん。 等閒とうかんは故人の心を變卻へんきゃくす、 卻かへって道いふ故人は心變かはり易やすしと。 驪山りざん語り罷をはる淸宵の半なかば、 夜雨やうの霖鈴りんれい終つひに怨まず。 何如いかんぞ薄倖の錦衣きんいの兒じ、 比翼連枝ひよくれんりは當日たうじつの願ねがひ。 |
誰か念おもはん西風に獨り自から涼りゃうするを、 蕭蕭せうせうたる黄葉くゎうえふに疏窗そさうを閉ざす。 往事を沈思ちんしして殘陽ざんやうに立たたずむ。 酒を 書を賭とし消つひやし得て茶を溌そそがば香る。 當時只ただ道おもへらく是これ尋常なりと。 |
五十年前ごじふねんぜん夢幻むげんの身、 今朝こんてう手を撒はなちて紅塵こうぢんを撇はらふ。 他時口を睢ほしいままにして瀾おほなみを安んずるの日、 記きし取れ香魂かうこんは是これ後身。 |
海上雪深き時、 長空一雁無し。 平生李少卿、 酒を持ち來りて相ひ勸む。 |
纜ともづなを繋つなぎて北風勁つよく、 五更荒岸くゎうがんの舟。 戍樓じゅろうに孤角語つげ、 殘臘に異鄕に愁うれふ。 月暈かさつけて山は睡ねむるが如く、 霜寒くして江かうは流れず。 窅然えうぜんとして萬物靜まりて、 而して我獨ひとり何をか求めん。 |
莫説光陰去不還、
少年情景在詩篇。 燈痕酒影春宵夢、 一度謳吟一宛然。 |
説いふ莫なかれ光陰は去りて還かへらずと、
少年の情景は詩篇しへんに在り。 燈痕とうこん酒影しゅえい春宵しゅんせうの夢、 一度ひとたび謳吟おうぎんすれば一いつに宛然ゑんぜんたり。 |
江北かうほくの流民りうみんを睹みて感有り 江南かうなん塞北さいほく路みち茫茫ばうばう、 一たび嗷嗷がうがうたるを聽きけば一たび斷腸す。 無限の哀鴻あいこう飛び盡つくさず、 月明げつめいは水の如き滿天の霜。 |
黄日半窗煖、
人聲四面希。 餳簫咽窮巷、 沈沈止復吹。 小時聞此聲、 心神輒爲癡。 慈母知我病、 手以棉覆之。 夜夢猶呻寒、 投於母中懷。 行年迨壯盛、 此病恆相隨。 飮我慈母恩、 雖壯同兒時。 今年遠離別、 獨坐天之涯。 神理日不足、 禪悅詎可期。 沈沈復悄悄、 擁衾思投誰。 |
黄日窗に半ばして煖あたたかく、
人聲四面に希まれなり。 餳簫たうせう窮巷きゅうかうに咽むせび、 沈沈として止みて復また吹く。 小時此この聲を聞かば、 心神輒すなはち爲ために癡ちたり。 慈母我が病やまひを知り、 手てづから棉めんを以て之これを覆おほふ。 夜夢にも猶なほ呻うめき寒おののき、 母の中懷ちゅうくゎいに投ず。 行年かうねん壯盛さうせいに迨およぶも、 此の病恆つねに相あひ隨したがふ。 我が慈母の恩を飮のむは、 壯なりと雖いへども兒時に同じ。 今年遠く離別りべつし、 獨ひとり天の涯はてに坐す。 神理日々足たらず、 禪悅ぜんえつ詎なんぞ期す可べけんや。 沈沈復た悄悄、 衾を擁して誰たれにか投ぜんと思ふ。 |
江上にて青山を望み舊きうを憶おもふ 揚子やうしに秋は殘すたるる暮雨ぼうの時、 笛聲てきせい雁影がんえい共に迷離めいり。 重ねて來きたる三月靑山の道、 一片の風帆ふうはん萬の柳絲りうし。 |
江上にて青山を望み舊きうを憶おもふ 長江練の如く布颿輕く、 千里山は連なる建業城。 草は長じ鶯は啼き花は樹に滿つ、 江村の風物は清明を過ぐ。 |
淸明せいめい連日雨瀟瀟せうせう、 看送る春痕しゅんこんの鵲巣じゃくさうに上のぼるを。 明月情じゃう有り還なほ我われと約し、 夜來きたりて相ひ見みる杏花きゃうくゎの梢こずゑに。 |
昔作秦淮客、
朱樓賦洞簫。 白頭故人盡、 重上石城橋。 |
昔は秦淮しんわいの客きゃくと作なり、
朱樓に洞簫どうせうに賦す。 白頭故人盡つき、 重かさねて上いたる石城橋せきじゃうけう。 |
啤酒尤傳免恨名、
創於湃認路易傾。 吾曾入飮王酒店、 三千人醉飮如鯨。 |
啤酒ビール尤もっとも傳ふ免恨ミュンヘンの名、
湃認バイエルンの路易ルイ傾キングより創はじまる。 吾曾かつて王の酒店に入りて飮みたるに、 三千の人は醉ひて飮むこと鯨の如し。 |
己亥きがい雜詩 浩蕩たる離愁白日斜めに、 吟鞭東を指す即ち天涯。 落紅は是れ無情の物にあらずして、 化して春泥と作りても更に花を護らん。 |
大王は真しんの英雄、 姫きも亦また奇女子きじょし。 惜しい哉かな太史公たいしこう、 美人の死を紀しるさず。 |
青山せいざんに咬かみ定めて放鬆はうしょうせず、 根を立たせるは原もとより破岩はがんの中に在り。 爾その東西南北の風に任まかす。 |
樊圻はんきの畫ぐゎ 蘆荻ろてき花無く秋水しうすゐ長く、 淡雲たんうん微雨びう瀟湘せうしゃうに似たり。 雁聲がんせい搖落えうらくして孤舟こしう遠く、 何處いづこの靑山せいざんか是これ岳陽がくやうなる。 |
船中の曲 儂われは是これ船中せんちゅうに生まれ、 郎きみは是これ船中せんちゅうに長ちゃうず。 心を同おなじうすれば苦くも亦また甘かんにならん、 篙さをを弄ろうし復また槳かいを蕩こぐ。 |
無端遭酷禍、
誰與訴蒼穹。 情苦一身小、 途窮萬事空。 死生從弱息、 出處任狂童。 髣髴貞魂在、 凄涼江上楓。 |
端はし無なくも酷禍こくくゎに遭あひ、
誰たれと與ともにか蒼穹さうきゅうに訴うったへん。 情じゃうは苦くるしむ一身いっしん小ちひさきを、 途みちは窮きはまりて萬事ばんじ空むなし。 死生しせいは弱息じゃくそくに從したがひ、 出處しゅっしょは狂童きゃうどうに任まかす。 髣髴はうふつとして貞魂ていこんの在あるがごとく、 凄涼せいりゃうたり江上かうじゃうの楓かへで。 |
即目三首其の一 蒼蒼さうさうとして遠煙ゑんえん起おこり、 槭槭さくさくとして疏林そりんに響ひびく。 落日らくじつ西山せいざんに隱かくれ、 人は耕たがやす古原こげんの上。 |
即目三首其の二 蕭條せうでうたる秋雨しううの夕ゆふべ、 蒼茫さうばうとして楚江そかう晦くらし。 時に一舟いっしうの行くを見る、 濛濛もうもうたる水雲すゐうんの外ほかに。 |
即目三首其の三 白浪はくらうの金山寺きんざんじ、 靑山せいざんの鐵甕城てつをうじゃう。 故人こじん今は見えず、 楊柳やうりう秋聲しうせいを作なす。 |
真州絶句六首の一 揚州やうしう西に去されば是これ真州しんしう、 河水かすゐ清清せいせいとして江水かうすゐ流ながる。 斜日しゃじつ估帆こはん相あひ次つぎて泊とまれば、 笛聲てきせい遙はるかに暮くれの江樓かうろうより起おこる。 |
真州絶句六首の二 白沙はくさ江頭かうとう春日しゅんじつの時、 江花かうくゎ江草かうさう望のぞめば參差しんしたり。 行人かうじん記きし得えたり曾游そういうの地、 長板橋ちゃうばんけう南なん舊もとの酒旗。 |
真州絶句六首の四 江干かうかん多くは是これ釣人てうじんの居きょ、 柳陌りうはく菱塘りょうたう一帶疎そなり。 好よし是これ日ひ斜めにして風定さだまるの後のち、 半江はんかうの紅樹こうじゅに鱸魚ろぎょを賣る。 |
懷ひを書す 我われ此この生せいを樂ねがはざるに、 忽然こつぜんとして世に生うまる。 我われ方まさに此この生せいを欲ほっするに、 忽然こつぜんとして死又また至いたる。 「 此この味原もともと二なる無し。 終つひに嫌うとんず天地の間、 此この一番の事多きを。 |
李杜りとの詩篇しへん萬古ばんこに傳へ、 今に至り已すでに覺ゆ新鮮ならずと。 江山かうざん代々だいだい才人さいじんの出いづる有りて、 各々おのおの風騷ふうさうを領りゃうすること數百年。 |
再別康橋 徐志摩
輕輕的我走了、正如我輕輕的來; 我輕輕的招手、 作別西天的雲彩。 那河畔的金柳、 是夕陽中的新娘。 波光裏的豔影、 在我的心頭蕩漾。 軟泥上的靑荇、 油油的在水底招搖 在康河的柔波裏、 我甘心做一條水草。 那楡蔭下的一潭、 不是清泉是天上虹 揉碎在浮藻間、 沈澱著彩虹似的夢。 尋夢?撑一支長篙、 向靑草更靑處漫溯 滿載一船星輝、 在星輝斑斕裏放歌。 但我不能放歌、 悄悄是別離的笙簫 夏蟲也爲我沈默、 沈默是今晩的康橋 悄悄的我走了、 正如我悄悄的來 我揮一揮衣袖、 不帶走一片雲彩。 |
再びケンブリッジに別れを告げる そっと立ち去さろう、 ちょうど、そっと来きた時のように; わたしは、そっと手を振ふって、 西空にしぞらの雲との別れとする。 あの川のほとりの金色に耀かがやく柳は、 夕日の中の花嫁はなよめである; 波の燦きらめきの中でのあでやかな影が、 わたしの胸の中で、漂ただよい動いている。 柔らかな泥どろの上の青い水草は、 つやつやとして水の底でむくむく ケム川の穏おだやかな波の中で、 わたしは、一筋の水草みずくさに甘あまんじてなろう。 あの楡にれの木の茂みの下の深い淵ふちは、 清らかな 揉もみ砕くだかれて、漂ただよう藻もの間に、 沈み澱よどんでいるのは、虹にじにも似にた夢なのだ。 「夢?」を探そう一本の長い棹さおでさおさして、 青草が、更に青い処にゆっくりと溯さかのぼっていく; 船パントに星の輝かがやきをいっぱいに積み込み、 星の燦きらめきが華やかな下で声高く歌を歌おう。 でも、声高く歌うたうのはいけない、 ひそやかさが、別わかれの音楽なのだ; 夏の虫でも、わたしのために沈黙ちんもくしており、 沈黙が今宵こよいのケンブリッジなのだ。 ひそやかに、わたしは立たち去ろう、 ちょうど、わたしがひそやかに来きた時のように; わたしは、袖そでをちょっと振ってみたが、 ひとかけらの雲も、一緒いっしょに附ついてこない。 |
雨巷 戴望舒
撐著油紙傘、獨自彷徨在悠長、 悠長又寂寥的雨巷、 我希望逢著 一個丁香一樣地 結著愁怨的姑娘。 她是有 丁香一樣的顏色、 丁香一樣的芬芳、 丁香一樣的憂愁、 在雨中哀怨、 哀怨又彷徨; 她彷徨 在這寂寥的雨巷、 撐著油紙傘 像我一樣、 像我一樣地 默默彳亍著 冷漠、淒清、 又惆悵。 她默默地走近、 走近、又投出 太息一般的眼光 她飄過、 像夢一般地、 像夢一般地淒婉迷茫像夢中飄過一枝丁香地、 我身傍飄過這個女郞她默默地遠了、 遠了、 到了頽圮的籬牆、 走盡這雨巷。 在雨的哀曲裏、 消了她的顏色、 散了她的芬芳、 消散了、甚至她的 太息般的眼光 丁香般的惆悵。 撐著油紙傘、 獨自彷徨在悠長、 悠長又寂寥的雨巷、 我希望飄過 一個丁香一樣地 結著愁怨的姑娘。 |
雨の横町 番傘をさしながら 一人で、長くさまよう 長くて寂しい雨の横町 わたしは出逢うのを望むそれは 一つのライラックと同様な 愁いを凝結させた少女とを 彼女には ライラックと同様な色 ライラックと同様な香り ライラックと同様な憂いがある 雨の中で悲しみ憎む 悲しみ憎んでは、またしても、さまよう 彼女は、 この寂しい雨の横町をさまよって、 番傘をさして わたしと同じ様に わたしと同じ様に黙りこくって、 少し進んではたたずんでいる 冷淡で、うら寂しく、 恨み悲しんでいる 彼女は黙ったまま近づいてきて 近づいたかと思うと、またしても 溜め息のような眼差しを注いでくる 彼女はゆらめいて過ぎ去り、 夢のように 夢のように、穏やかで悲しくて、ぼうっとしている 夢の中のようにゆらめいて過ぎ去った一枝のライラックのように わたしのそばをゆらめいて過ぎ去ったこの女性 彼女はだまったまま、遠ざかっていった くずれた土塀に到るまで。(頽廃の限界まで) この雨の横町を歩きつくした 雨の悲しい曲の中で… 彼女の色が消えてしまった 彼女の匂いがちりぢりになってしまった 散って消えてしまった、甚だしくは、彼女の… ため息のようなまなざしを ライラックのような恨み悲しみを 番傘をさしながら 一人で、長くさまよう 長くて寂しい雨の横町 わたしはゆらめいて過ぎ去ることを願う 一つのライラックと同様な 愁いを凝結させた少女を |
蚊か 斗室としつ何いづくよりか來きたる豹へう脚きゃくの蚊か、 殷いんとして雷鼓らいこの如く聚あつまりて雲の如し。 多た無なし一點いってん英雄の血、 |
王淑亮わうしゅくりゃうの蘇州そしうに之ゆくを送おくる 蘆花ろくゎ楓葉ふうえふ江天かうてんを憶おもふ、 夢は斷つ姑蘇こそ二十年。 舊友に若もし逢あひて相あひ問訊もんじんせば、 「長安多くは酒家に向おいて眠る」と。 |
亂峯らんぽう重疊ちょうでふとして水橫斜わうしゃ、 村舍依稀いきとして若耶じゃくやに在あるがごとし。 老いに 全家ぜんか合まさに烟霞えんかに住まふを得うべし。 風に催うながされて筍じゅんは低頭の竹と作なり、 日に傾く葵きは衞足ゑいそくの花を開く。 雨ふれば山姿さんしを玩めでて晴るれば月に對す、 辭す莫なかれ閒澹かんたんに生涯を送るを。 |
三邊の烽火ほうくゎ軍營を照らし、 十萬の丁男ていだん夜兵を練る。 但ただ腰閒えうかんをして寶剣を懸けしめば、 丈夫ぢゃうふ何いづれの處ところか名を成なさざらん。 |
小樓の春雨は呉篷ごほうに似、 萬里の浮家ふか定蹤ていしょうを少かく。 墨海ぼっかいに金きんを淘よなげて水利を知り、 硯田けんでんに税を收めて山農に學ぶ。 升沈しょうちん祗ただ覺さとる生せいは戲しばゐの如しと、 貧病ひんびゃう方まさに爲なる世の容いるる所と。 蒲團ほたんを坐破ざはすれども歸ること未いまだ得ず、 夜天やてんの何處いづこか一聲いっせいの鐘。 |
呉興ごかう雜詩 散じて千溪と作なりて萬家に遍あまねし。 深き處は菱ひしを種うえ淺きは稻を種うえ、 深からず淺からざるは荷花かくゎを種うう。 |
人生南北多岐路。
將相神仙、 也要凡人做。 百代興亡朝復暮、 江風吹倒前朝樹。 功名富貴無憑據。 費盡心情、 總把流光誤。 濁酒三杯沈醉去、 水流花謝知何處 |
人生南北に岐路きろ多し。
將相しゃうしゃう神仙しんせん、 也また凡人の做なるを要す。 百代の興亡かうばう朝あさ復また暮くれ、 江風かうふうは吹き倒たふす前朝ぜんてうの樹き。 功名こうみゃう富貴ふうき憑據ひょうきょ無し。 心情を費つひえ盡くして、 總そうじて流光りうくゎうを誤あやまつ。 濁酒だくしゅ三杯沈醉ちんすゐし去れば、 水は流れ花は謝せども何處いづこなるかを知らん |
銷夏せうか詩 衣冠を著つけざること半年に近く、 水雲深き處花を抱いだきて眠る。 平生へいぜい自みづから想おもふ無官の樂たのしみ、 第一に人に驕おごるは六月の天。 |
杜曲ときょくの西南牧之ぼくしの冢つかを弔とむらふ 兩枝りゃうしの仙桂せんけい氣き雲を凌しのぎ、 江湖かうこに落魄らくはくす杜と司勳しくん。 今日こんにち終南山色しゅうなんさんしょくの裏うち、 小桃せうたう花下くゎかの一孤墳。 |