上代詩 [索引] [書架]

 黍離
詩經・王風
彼黍離離、彼稷之苗。
行邁靡靡、中心搖搖。
知我者、謂我心憂、
不知我者、謂我何求。
悠悠蒼天、此何人哉。

彼黍離離、彼稷之穗。
行邁靡靡、中心如醉。
知我者、謂我心憂、
不知我者、謂我何求。
悠悠蒼天、此何人哉。

彼黍離離、彼稷之實。
行邁靡靡、中心如噎。
知我者、謂我心憂、
不知我者、謂我何求。
悠悠蒼天、此何人哉。



の黍離離たり、彼の稷之れ苗す。
行き邁くこと靡靡たり、中心搖搖たり。
我を知る者は、我を心憂ふと謂ひ、
我を知らざる者は、我を何をか求むると謂ふ。
悠悠たる蒼天、此れ何人ぞや。

彼の黍離離たり、彼の稷之れ穗す。
行き邁くこと靡靡たり、中心醉ふが如し。
我を知る者は、我を心憂ふと謂ひ、
我を知らざる者は、我を何をか求むると謂ふ。
悠悠たる蒼天、此れ何人ぞや。

彼の黍離離たり、彼の稷之れ實る。
行き邁くこと靡靡たり、中心噎ふさがるが如し。
我を知る者は、我を心憂ふと謂ひ、
我を知らざる者は、我を何をか求むると謂ふ。
悠悠たる蒼天、此れ何人ぞや。

 垓下歌
秦末漢初・項羽
力拔山兮氣蓋世、
時不利兮騅不逝。
騅不逝兮可奈何、
虞兮虞兮柰若何。



力は山を拔き氣は世を蓋おほ
時利あらず騅すゐ逝かず
すゐの逝かざるを奈何いかにすべき
や虞や若なんぢを柰何いかんせん。

 易水歌
燕荊軻
風蕭蕭兮易水寒、
壯士一去兮不復還。




風蕭蕭せうせうとして易水えきすゐ寒く、
壯士一たび去りて復た還かへらず。


 大風歌
漢・高祖・劉邦
大風起兮雲飛揚。
威加海内兮歸故鄕。
安得猛士兮守四方!



大風起きて雲飛揚す。
威は海内に加わりて故鄕に歸る。
いづくにか猛士を得て四方を守らしめん!

 撃壤歌

日出而作、日入而息。
鑿井而飮、耕田而食。
帝力于我何有哉。




日出で而作り、日入り而いこふ。
井を鑿うがち而飮み、田を耕し而くらふ。
帝力我に于いて何か有らん哉


 楚辭 離騷
屈原
帝高陽之苗裔兮、
朕皇考曰伯庸。
攝提貞于孟陬兮、
惟庚寅吾以降。

皇覽揆余初度兮、
肇錫余以嘉名。
名余曰正則兮、
字余曰靈均。

 中略

亂曰:
已矣哉!
國無人莫我知兮、
又何懷乎故都?
既莫足與爲美政兮、
吾將從彭咸之所居!




帝高陽の苗裔にて、
が皇考は伯庸と曰ふ。
攝提孟陬に貞あたりて、
れ庚寅かのえとらに吾れ以って降うまる。

ちち覽ずるに余の初めて度すを揆はかりて、
はじめて余に錫たまふに嘉名を以てす。
余に名づけて正則と曰ひ、
余に字あざなして靈均と曰ふ。

 中略

亂に曰く:
已矣哉やんぬるかな
國に人無く我を知るもの莫し、
又何ぞ故都を懷しまん乎
既に與ともに美政を爲すに足るもの莫し、
吾れ將に彭咸に從ひて居す所に之かん!


 楚辭 離騷
屈原
衆皆競進以貪婪兮、
憑不厭乎求索。
羌内恕己以量人兮、
各興心而嫉妬。
忽馳騖以追逐兮、
非余心之所急。
老冉冉其將至兮、
恐脩名之不立。
朝飮木蘭之墜露兮、
夕餐秋菊之落英。
苟余情其信姱
以練要兮、
長顑頷亦何傷。




衆皆競ひ進みて以て貪婪に、
つれども求索するに厭かず。
ああ内に己を恕じょして以て人を量はかり、
各ゝおのおの心を興して嫉妬す。
忽ち馳騖ちぶして以て追逐す、
余が心の急とする所に非ず。
い冉冉ぜんぜんとして其れ將まさに至らんとし、
脩名しうめいの立たざるを恐る。
朝には木蘭の墜露を飮み、
夕には秋菊の落英を餐す。
かりそめにも余が情其れ信まことに姱くして
以て練要ならば、
長く顑頷するも亦何をか傷まん。


 楚辭 漁父

屈原既放、游於江潭、
行吟澤畔、
顏色憔悴、形容枯槁。

漁父見而問之曰:
「子非三閭大夫與?
何故至於斯?」
屈原曰:
「舉世皆濁我獨淸、
衆人皆醉我獨醒、
是以見放。」

漁父曰:
「聖人不凝滯於物、
而能與世推移。
世人皆濁、
何不淈其泥而揚其波
衆人皆醉、
何不餔其糟而歠其釃
何故深思高舉、
自令放爲?」

屈原曰:
「吾聞之:
新沐者必彈冠、
新浴者必振衣。
安能以身之察察、
受物之汶汶者乎?
寧赴湘流、
葬於江魚之腹中、
安能以皓皓之白、
而蒙世俗之塵埃乎」

漁父莞爾而笑、
鼓枻而去。
乃歌曰:
「滄浪之水淸兮、
可以濯我纓、
滄浪之水濁兮、
可以濯我足。」
遂去、不復與言。


 漁父ぎょほ

屈原既に放たれて、江潭に游び、
ゆくゆく澤畔に吟ず、
顏色憔悴して、形容枯槁せり。

漁父ぎょほ見て之これに問ひて曰いはく:
「子は三閭大夫に非ずや?
何の故に斯ここに至れると?」
屈原曰く:
「世を舉げて皆濁り我れ獨り淸めり、
衆人皆醉ひて我れ獨り醒めたり、
ここを以って放たれりと。」

漁父曰く:
「聖人は物に凝滯せず、
而して能く世と推移す。
世人皆濁らば、
何ぞ其の泥を(にご)して而て其の波を揚げざる
衆人皆醉はば、
何ぞ其の(かす)(くら)ひて其の(しる)(すす)らざる
何の故に深思高舉して、
みづから放たれしむかと?」

屈原曰く:
「吾之これを聞く:
新たに沐する者は必ず冠を彈はじき、
新たに浴する者は必ず衣を振ふ。
いづくんぞ能く身の察察たるを以て、
物の汶汶たる者を受けんや?
むしろ湘流に赴き、
江魚の腹中に葬らるとも、
いづくんぞ能く皓皓の白きを以って、
世俗の塵埃を蒙らんや?」

漁父莞爾として笑って、
えいを鼓して去る。
すなはち歌ひて曰く:
「滄浪の水淸まば、
以って我が纓えいを濯あらふ可く、
滄浪の水濁らば、
以って我が足を濯あらふ可し。」
つひに去り、復た與ともには言はず。


詠史 八首之六
西晉・左思
荊軻飮燕市、
酒酣氣益震。
哀歌和漸離、
謂若傍無人。
雖無壯士節、
與世亦殊倫。
高眄邈四海、
豪右何足陳。
貴者雖自貴、
視之若埃塵。
賤者雖自賤、
重之若千鈞。




荊軻燕市に飮み、
酒酣たけなはにして氣益ますます震ふ。
哀歌して漸離に和し、
おもへらく傍かたはらに人の無きが若ごとしと。
壯士の節無しと雖いへども、
世と亦た倫たぐひを殊ことにす。
高眄かうべんして四海を邈あなどり、
豪右何ぞ陳ぶるに足らん。
貴き者は自ら貴たっとぶと雖いへども、
これを視ること埃塵の若ごとし。
賤しき者は自ら賤しむと雖いへども、
これを重んずること千鈞の若ごとし。


七哀詩 三首之一
後漢末・魏・王粲
西京亂無象、
豺虎方遘患。
復棄中國去、
委身適荊蠻。
親戚對我悲、
朋友相追攀。
出門無所見、
白骨蔽平原。
路有飢婦人、
抱子棄草間。
顧聞號泣聲、
揮涕獨不還。
未知身死處、
何能兩相完。
驅馬棄之去、
不忍聽此言。
南登霸陵岸、
迴首望長安。
悟彼下泉人、
喟然傷心肝。




西京亂れて象かたち無く、
豺虎方まさに患わづらひを遘かまへんとす。
復た中國を棄てて去り、
身を委ねんに荊蠻に適く。
親戚我に對して悲しみ、
朋友相ひ追ひて攀とどむ。
門を出づれば見る所無く、
白骨平原を蔽おほふ。
路に飢ゑたる婦人有りて、
いだける子を草間に棄つ。
顧りみて號泣の聲を聞き、
なみだを揮ぬぐひ獨ひとり還かへらず。
「未だ身の死す處を知らざれば、
何ぞ能く兩ふたつながら相ひ完まったふせん。」
馬を驅って之これを棄てて去り、
の言聽くに忍ばず。
南霸陵の岸に登り、
かうべを迴めぐらして長安を望む。
悟る彼の『下泉』の人を、
喟然として心肝を傷いたましむるを。


詠史詩 八首之五
西晉・左思
皓天舒白日、
靈景耀神州。
列宅紫宮裏、
飛宇若雲浮。
峨峨高門内、
靄靄皆王侯。
自非攀龍客、
何爲欻來游。
被褐出閶闔、
高歩追許由。
振衣千仞岡、
濯足萬里流。




皓天白日を舒げ、
靈景神州に耀く。
宅列紫宮の裏、
飛宇雲の浮くが若し。
峨峨たる高門の内、
靄靄として皆王侯なり。
自らは攀龍の客に非ず、
何爲なんすれぞたちまちに來り游べる。
褐を被て閶闔を出で、
高歩して許由を追はん。
衣を振る千仞の岡に、
足を濯ぐ萬里の流れに。


 五噫歌
漢・梁鴻
陟彼北芒兮、噫!
顧瞻帝京兮、噫!
宮闕崔巍兮、噫!
民之劬勞兮、噫!
遼遼未央兮、噫!




彼の北芒に陟のぼりて、噫ああ
帝京を顧瞻して、噫!
宮闕崔巍として、噫!
民の劬勞は、噫!
遼遼未だ央きず、噫!


 壯士篇
張華
天地相震蕩、
回薄不知窮。
人物稟常格、
有始必有終。
年時俯仰過、
功名宜速崇。
壯士懷憤激、
安能守虚沖。
乘我大宛馬、
撫我繁弱弓。
長劍橫九野、
高冠拂玄穹。
慷慨成素霓、
嘯咤起淸風。
震響駭八荒、
奮威曜四戎。
濯鱗滄海畔、
馳騁大漠中。
獨歩聖明世、
四海稱英雄。




天地相ひ震蕩めぐり、
回薄窮まるを知らず。
人物は常格を稟け、
始め有れば必ず終る有り。
年時は俯仰たちまちに過ぐれば、
功名宜よろしく速崇すべし。
壯士憤激を懷おもへば、
いづくんぞ能く虚沖を守らんや。
我は乘る大宛の馬、
我は撫す繁弱の弓。
長劍九野に橫かまへ、
高冠玄穹を拂ふ。
慷慨素霓を成し、
嘯咤淸風を起す。
震響八荒を駭おどろかして、
奮威四戎に曜かがやかす。
鱗を濯す滄海の畔、
騁を馳す大漠の中。
獨歩たり聖明の世、
四海英雄と稱たたふ。


 孺子歌
孟子
滄浪之水淸兮、
可以濯我纓、
滄浪之水濁兮、
可以濯我足。


 孺子じゅしの歌

滄浪の水淸まば、
以って我が纓えいを濯あらふ可く、
滄浪の水濁らば、
以って我が足を濯あらふ可し。


 碩鼠
詩經・魏風
碩鼠碩鼠、
無食我黍。
三歳貫女、
莫我肯顧。
逝將去女、
適彼樂土。
樂土樂土、
爰得我所。

碩鼠碩鼠、
無食我麥。
三歳貫女、
莫我肯德。
逝將去女、
適彼樂國。
樂國樂國、
爰得我直。

碩鼠碩鼠、
無食我苗。
三歳貫女、
莫我肯勞。
逝將去女、
適彼樂郊。
樂郊樂郊、
誰之永號。




碩鼠碩鼠、
我が黍を食ふ無かれ。
三歳女なんぢに貫つかへ、
我を肯へて顧かへりみる莫し。
きて將まさに女なんじを去り、
彼の樂土に適かんとす。
樂土樂土、
ここに我が所を得ん。

碩鼠碩鼠、
我が麥を食ふ無かれ。
三歳女なんぢに貫つかへ、
我を肯へて德めぐむ莫し。
きて將まさに女なんじを去り、
彼の樂土に適かんとす。
樂國樂國、
ここに我が直きを得ん。

碩鼠碩鼠、
我が苗を食ふ無かれ。
三歳女なんぢに貫つかへ、
我を肯へて勞いつくしむ莫し。
きて將まさに女なんじを去り、
彼の樂土に適かんとす。
樂郊樂郊、
誰か之きて永とこしなへに號さけばん。


 詠荊軻
東晉・陶潛
燕丹善養士、
志在報強嬴。
招集百夫良、
歳暮得荊卿。
君子死知己、
提劒出燕京。
素驥鳴廣陌、
慷慨送我行。
雄髮指危冠、
猛氣衝長纓。
飮餞易水上、
四座列群英。
漸離撃悲筑、
宋意唱高聲。
蕭蕭哀風逝、
淡淡寒波生。
商音更流涕、
羽奏壯士驚。
心知去不歸、
且有後世名。
登車何時顧、
飛蓋入秦庭。
凌厲越萬里、
逶迤過千城。
圖窮事自至、
豪主正怔營。
惜哉劒術疏、
奇功遂不成。
其人雖已歿、
千載有餘情。




燕の太子は善く士を養い、
志は強き嬴に報いるに在る。
百夫の良を招集し、
歳暮に荊卿を得
君子は己を知るもののために死す、
劒を提げ燕京を出づ。
素驥は廣陌に鳴き、
慷慨して我が行を送る。
雄髮は危冠を指し、
猛氣は長纓を衝く。
易水の上に飮餞し、
四座群英を列ぬ。
漸離悲筑を撃ち、
宋意高聲に唱ふ。
蕭蕭として哀風逝き、
淡淡として寒波生ず。
商音更に涕を流し、
羽奏壯士驚く。
心に知る去りて歸らず、
且つ有るは後世の名。
車に登りて何れの時にか
顧ん、飛蓋秦庭に入り。
凌厲萬里を越え、
逶迤として千城を過ぐ。
圖窮りて事自ら至る、
豪主正に怔營たり。
惜い哉劍術疏にして、
奇功遂に成らず。
其の人已に歿すと雖も、
千載餘情有り。


 關雎
『詩經』周南
關關雎鳩、
在河之洲。
窈窕淑女、
君子好逑。

參差荇菜、
左右流之。
窈窕淑女、
寤寐求之。
求之不得、
寤寐思服。
悠哉悠哉、
輾轉反側。

參差荇菜、
左右采之。
窈窕淑女、
琴瑟友之。
參差荇菜、
左右芼之。
窈窕淑女、
鐘鼓樂之。


 關雎くゎんしょ

關關たる雎鳩しょきうは、
河の洲に在り。
窈窕たる淑女は、
君子の好き逑つれあひなり。

參差たる荇菜は、
左右に之を流もとむ。
窈窕たる淑女は、
めても寐ても之を求む。
之を求めて得ざれば、
めても寐ても思服す。
はるかなる哉悠かなる哉、
輾轉反側す。

參差たる荇菜は、
左右に之を采る。
窈窕たる淑女は、
琴瑟もて之を友とす。
參差たる荇菜は、
左右に之を芼る。
窈窕たる淑女は、
鐘鼓もて之を樂ましむ。


 國殤
『楚辭』九歌
操呉戈兮被犀甲、
車錯轂兮短兵接。
旌蔽日兮敵若雲、
矢交墜兮士爭先。

凌余陣兮躐余行、
左驂殪兮右刃傷。
霾兩輪兮縶四馬、
援玉枹兮撃鳴鼓。
天時墜兮威靈怒、
嚴殺盡兮棄原野。

出不入兮往不反、
平原忽兮路超遠。
帶長劍兮挾秦弓、
首身離兮心不懲。
誠既勇兮又以武、
終剛強兮不可凌。
身既死兮神以靈、
魂魄毅兮爲鬼雄。




呉戈を操りて犀甲を被ひ、
車は轂こくを錯して短兵接す。
旌は日を蔽りて敵は雲の若く、
矢は交も墜ちて士は先を爭ふ。

余が陣を凌ぎて余が行を躐み、
左の驂は殪たふれて右は刃傷す。
兩輪霾まりて四馬縶まつはる、
玉枹を援りて鼓を撃ち鳴らす。
天時墜ちて威靈怒り、
嚴く殺され盡くして原野に棄つらる。

出でては入らずして往きては反かへらず、
平原忽はるかにして路超遠たり。
長劍を帶びて秦弓を挾み、
首 身離るれども心は懲りず。
誠に既に勇なるのみか又た以って武たらん、
つひに剛強にして凌をかす可からず。
身既に死すれど神以て靈し、
魂魄毅つよくして鬼雄爲り。


 禮魂
『楚辭』九歌
成禮兮會鼓、
傳芭兮代舞。
姱女倡兮容與。
春蘭兮秋菊、
長無絶兮終古。




禮を成して鼓を會し、
芭を傳へて代はるがはる舞ふ。
姱女倡ひて容與たり。
春蘭と秋菊と、
長へに絶ゆること無く終古ならん。


 長歌行
漢・古樂府
青青園中葵、
朝露待日晞。
陽春布德澤、
萬物生光輝。
常恐秋節至、
焜黄華葉衰。
百川東到海、
何時復西歸。
少壯不努力、
老大徒傷悲。



青青たる園中の葵、
朝露日を待ちて晞かわく。
陽春德澤を布き、
萬物光輝を生ず。
常に恐る秋節の至りて、
焜黄せる華葉の衰ふを。
百川東のかた海に到るも、
いづれの時か復た西に歸らん。
少壯にして努力をせざれば、
老大になりて徒いたづらに傷悲せん。

 詩四首 其三
前漢・蘇子卿
結髮爲夫妻、
恩愛兩不疑。
歡娯在今夕、
燕婉及良時。
征夫懷往路、
起視夜何其。
參辰皆已沒、
去去從此辭。
行役在戰場、
相見未有期。
握手一長歎、
涙爲生別滋。
努力愛春華、
莫忘歡樂時。
生當復來歸、
死當長相思。




結髮夫妻と爲り、
恩愛兩ふたつながら疑はず。
歡娯今夕に在り、
燕婉えんゑん良時に及ぶ。
征夫往路を懷おもひ、
起ちて夜の何其いかんを視る。
參辰皆な 已すでに沒す、
去り去りて此れ從り辭せん。
行役して戰場に在らば、
相ひ見ること未だ期有らず。
手を握り一たび長歎すれば 、
涙は生別の爲に滋しげし。
努力して春華を愛し、
歡樂の時を忘るる莫なかれ。
生きては當まさに復た來きたり歸るべく、
死しては當まさに長とこしへに相ひ思ふべし。


 采薇歌
殷末周初・伯夷
登彼西山兮、
采其薇矣。
以暴易暴兮、
不知其非矣。
神農虞夏、
忽焉沒兮、
吾適安歸矣!
吁嗟徂兮、
命之衰矣


 采薇の歌

彼の西山に登りて、
其の薇を采る。
暴を以て暴に易へ、
其の非を知らず。
神農虞夏、
忽焉こつえんとして沒し、
吾適まさに安いづくにか歸らんとす!
吁嗟ああかん、
めいの衰へたるかな!


 麥秀歌
殷末周初・箕子
麥秀漸漸兮、
禾黍油油。
彼狡僮兮、
不與我好兮。



麥秀でて漸漸たり、
禾黍油油たり。
彼の狡僮、
我と好からざりき。

 狡童
詩經・鄭風
彼狡童兮、
不與我言兮。
維子之故、
使我不能餐兮。

彼狡童兮、
不與我食兮。
維子之故、
使我不能息兮。



の狡童は、
われと言らず。
ただの故に、
我をして餐する能あたはざらしむ。

の狡童は、
われと食はず。
ただの故に、
我をして息いこふ能あたはざらしむ。

 蒼天已死
漢末・張角
蒼天已死、
黄天當立、
歳在甲子、
天下大吉。


 蒼天已に死す

蒼天已すでに死し、
黄天當まさに立つべし、
歳甲子に在りて、
天下大吉なり。


 葛生
『詩經』唐風
 生蒙楚、
蘞蔓于野。
予美亡此、
誰與獨處。

葛生蒙棘、
蘞蔓于域。
予美亡此、
誰與獨息。

角枕粲兮、
錦衾爛兮。
予美亡此、
誰與獨旦。

夏之日、冬之夜。
百歳之後、
歸于其居。

冬之夜。夏之日、
百歳之後、
歸于其室。



くず生え楚いばらを蒙おおひ、
かずら野に蔓はびこる。
が美しきひと此こに亡ねむる、
誰と與ともにかせん獨り處り。

くず生え棘こなつめを蒙おおひ、
かずらはかに蔓はびこる。
予が美しきひと此こに亡ねむる、
誰と與ともにかせん獨り息いこふ。

角枕粲きらめき、
錦衾爛かがやく。
予が美しきひと此こに亡ねむる、
誰と與ともにかせん獨り旦あさす。

夏の日、冬の夜。
百歳の後、
其の居はかに歸らん。

冬の夜。夏の日、
百歳の後、
其の室はかに歸らん。

 鴇羽
『詩經』唐風
 肅鴇羽、
集于苞栩。
王事靡盬、
不能蓺稷黍。
父母何怙。
悠悠蒼天、
曷其有所。

肅肅鴇翼、
集于苞棘。
王事靡盬、
不能蓺黍稷。
父母何食。
悠悠蒼天、
曷其有極。

肅肅鴇行、
集于苞桑。
王事靡盬、
不能蓺稻粱。
父母何嘗。
悠悠蒼天、
曷其有常。




肅肅たる鴇ほうの羽、
しげれる栩くぬぎに集むらがる。
王事盬おろそかにする靡ければ、
稷黍を蓺うる能はず。
父母何をか怙たのまん。
悠悠たる蒼天、
いづれのときか其の所を有せん。

肅肅たる鴇ほうの翼、
しげれる棘コナツメに集むらがる。
王事盬おろそかにする靡ければ、
稷黍を蓺うる能はず。
父母何をか食まん。
悠悠たる蒼天、
いづれのときか其の極を有せん。

肅肅たる鴇ほうの行はねのもと
しげれる桑くわに集むらがる。
王事盬おろそかにする靡ければ、
稷黍を蓺うる能はず。
父母何をか嘗なめん。
悠悠たる蒼天、
いづれのときか其の常を有せん。


 楚狂接輿歌
『論語・微子』
鳳兮、鳳兮!
何德之衰。
往者不可諫、
來者猶可追。
已而!已而!
今之從政者殆而。



鳳や、鳳や、
何ぞ德の衰へたる。
往く者は諫いさむべからず、
來る者は猶ほ追ふべし。
みなん!已みなん!
今の政に從ふ者は殆あやふし。

 虞美人歌
秦末・虞美人
漢兵已略地、
四方楚歌聲。
大王意氣盡、
賤妾何聊生。




漢兵已に地を略し、
四方楚の歌聲。
大王意氣盡き、
賤妾何ぞ生を聊んぜん。


 七歩詩
魏・曹植
煮豆燃豆萁、
豆在釜中泣。
本是同根生、
相煎何太急?


 七歩詩 應聲而作詞

豆を煮るに豆萁まめがらを燃やせば、
豆は釜中に在りて泣く。
本是れ同根に生ぜしに、
相ひ煎ること何ぞ太はなはだ急なる?


 秋風辭
漢・武帝・劉徹
秋風起兮白雲飛、
草木黄落兮雁南歸。
蘭有秀兮菊有芳、
懷佳人兮不能忘。
汎樓船兮濟汾河、
橫中流兮揚素波。
簫鼓鳴兮發櫂歌、
歡樂極兮哀情多。
少壯幾時兮奈老何。


 秋風の辭

秋風起こりて白雲飛び、
草木黄落して雁南歸す。
蘭に秀しう有りて菊に芳はう有り、
佳人を懷なつかしみて忘るる能あたはず。
樓船を汎うかべて汾河を濟わたり、
中流を橫ぎりて素しろき波を揚げ。
簫鼓鳴りて櫂歌たうかこる、
歡樂極りて哀情多し。
少壯幾時いくときぞ老いを奈何いかんせん。


 敕勒歌
北朝北齊民歌 斛律金
敕勒川、陰山下。
天似穹廬、
籠蓋四野。
天蒼蒼、野茫茫、
風吹草低見牛羊。


 敕勒の歌

敕勒の川、陰山の下。
天は穹廬に似て、
四野を籠蓋す。
天蒼蒼として、野茫茫たり、
風吹き草低れて牛羊見あらはる。


 短歌行
曹操
對酒當歌、
人生幾何。
譬如朝露、
去日苦多。

慨當以慷、
憂思難忘。
何以解憂、
唯有杜康。

青青子衿、
悠悠我心。
但爲君故、
沈吟至今。

呦呦鹿鳴、
食野之苹。
我有嘉賓、
鼓瑟吹笙。

明明如月、
何時可輟。
憂從中來、
不可斷絶。

越陌度阡、
枉用相存。
契闊談讌、
心念舊恩。

月明星稀、
烏鵲南飛。
繞樹三匝、
何枝可依。

山不厭高、
水不厭深。
周公吐哺、
下歸心。



酒に對しては當まさに歌ふべし、
人生幾何いくばくぞ。
譬へば朝露の如く、
去日苦はなはだ多し。

慨して當に以って慷すべきも、
憂思忘れ難し。
何を以ってか憂ひを解かん、
唯だ杜康の有るのみ。

青青たる子の衿、
悠悠たる我が心。
但だ君が為め故、
沈吟して今に至る。

呦呦として鹿鳴き、
野の苹を食ふ。
我に嘉賓有り、
瑟を鼓し笙を吹く。

明明たること月の如きも
何の時か輟る可けんや。
憂ひは中從り來たり、
斷絶す可からず。

みちを越え阡みちを度り、
げて用って相ひ存はば
契闊談讌して、
心に舊恩を念おもはん。

月明るく星稀まれにして、
烏鵲南に飛ぶ。
樹を繞めぐること三匝そう
何れの枝にか依る可き。

山高きを厭いとはず、
水深きを厭はず。
周公哺を吐きて、
天下心を歸せり。

古詩十九首之十五
生年不滿百、
常懷千歳憂。
晝短苦夜長、
何不秉燭遊。
爲樂當及時、
何能待來茲。
愚者愛惜費、
但爲後世嗤。
仙人王子喬、
難可與等期。
生年百に滿たず、
常に懷おもふ千歳の憂ひを。
晝短くして夜の長きを苦み、
何ぞ燭を秉りて遊ばざる。
樂を爲すこと當まさに時に及ぶべし、
何ぞ能く來茲を待たんや。
愚者は費つひえを愛惜し、
だ後世の嗤わらはるると爲るのみ。
仙人王子喬、
のぞみを等しくするを與ともにすること難かたかる可し。

 薤露歌
漢・無名氏
薤上露、何易晞。
露晞明朝更復落、
人死一去何時歸。

 薤露かいろの歌

薤上の露、何ぞ晞かわき易やすき。
露晞かわけば明朝更に復た落つ、
人死して一たび去れば何いづれの時にか歸らん。

 古歌
漢・無名氏
秋風蕭蕭愁殺人、
出亦愁、入亦愁。
座中何人、
誰不懷憂。
令我白頭。
胡地多飆風、
樹木何修修。
離家日趨遠、
衣帶日趨緩。
心思不能言、
腸中車輪轉。




秋風蕭蕭として人を愁殺し、
出づるもも亦た愁へ、入るも亦た愁ふ。
座中何人なんぴとか、
たれか憂ひを懷いだかざる。
我をして白頭ならしむ。
胡地に飆風へうふう多し、
樹木何ぞ修修たる。
家を離れ日びに遠きに趨おもむき、
衣帶日びに緩ゆるきに趨く。
心思言ふ能あたはず、
腸中車輪轉ず。


古詩十九首之一
行行重行行、
與君生別離。
相去萬餘里、
各在天一涯。
道路阻且長、
會面安可知。
胡馬依北風、
越鳥巣南枝。
相去日已遠、
衣帶日已緩。
浮雲蔽白日、
遊子不顧返。
思君令人老、
歳月忽已晩。
棄捐勿復道、
努力加餐飯。

行き行きて重ねて行き行き、
君と生きながら別離す。
相ひ去ること萬餘里、
各ゝおのおの天の一涯に在り。
道路阻けはしく且つ長く、
會面安いづくんぞ知る可けん。
胡馬は北風に依り、
越鳥は南枝に巣くふ。
相ひ去ること日に已すでに遠く、
衣帶日に已に緩ゆるし。
浮雲白日を蔽おほひ、
遊子顧返せず。
君を思へば人をして老いしめ、
歳月忽たちまち已に晩る。
棄捐せらるるも復た道ふこと勿なからん、
努力して餐飯を加へん。


 南風歌

南風之薰兮
可以解吾民之慍兮
南風之時兮
可以阜吾民之財兮


 南風の歌

南風の薰ずる
以て吾が民の慍いかりを解く可
南風の時なる
以て吾が民の財を阜ゆたかにす可


 蒿里行
曹操
關東有義士、
興兵討群凶。
初期會盟津、
乃心在咸陽。
軍合力不齊、
躊躇而雁行。
勢利使人爭、
嗣還自相戕。
淮南弟稱號、
刻璽於北方。
鎧甲生虮蝨、
萬姓以死亡。
白骨露於野、
千里無鷄鳴。
生民百遺一、
念之斷人腸。



關東に義士有り、
兵を興こして群凶を討つ。
初め盟津まうしんに會するを期すも、
すなはち心は咸陽かんやうに在り。
軍合はさるも力齊そろはず、
躊躇して雁行す。
勢利人をして爭はしめ、
嗣還自ら相ひ戕そこなふ。
淮南の弟稱號し、
璽を北方に於いて刻む。
鎧甲に虮蝨きしつを生じ、
萬姓以て死亡す。
白骨野に露さらし、
千里鷄鳴無し。
生民百に一を遺のこす、
これを念おもへば人の腸を斷たたしむ。

 蒿里曲
漢・樂府
蒿里誰家地、
聚斂魂魄無賢愚。
鬼伯一何相催促、
人命不得少踟蹰。




蒿里誰が家の地ぞ、
魂魄を聚斂して賢愚無し。
鬼伯一に何ぞ相ひ催促し、
人命少しばらくも踟蹰するを得ず。


 懷沙
楚・屈原
亂曰:
浩浩沅湘、
分流汨兮。
脩路幽蔽、
道遠忽兮。
懷質抱情、
獨無匹兮。
伯樂既沒、
驥焉程兮
民生稟命、
各有所錯兮。
定心廣志、
余何所畏惧兮?
曾傷爰哀、
永歎喟兮。
世溷濁莫吾知、
人心不可謂兮。
知死不可讓、
願忽愛兮。
明告君子、
吾將以爲類兮。



亂に曰く:
浩浩たる沅湘、
分流して汨こつたり。
ながき路幽かすかに蔽かくれ、
道遠忽たり。
質を懷いだき情を抱いだけるも、
獨り匹あかし無し。
伯樂既に沒し、
驥焉いづくんぞ程はからんや?
民生命を稟け、
各ゝおのおのく所有り。
心を定め志を廣め、
余何ぞ畏惧せる所ならんや?
かさねて傷いたみ爰ここに哀しみ、
永く歎喟たんきす。
世溷濁こんだくして吾を知る莫く、
人心謂ふ可からず。
死は讓る可からざるを知る、
願くば愛しむを忽ゆるがせにせよ。
明かに君子に告ぐ、
吾將まさに以て類を爲さんと。

 矛銘
古逸
造矛造矛、
少間弗忍、
終生之羞。
余一人所聞、
以誡後世子孫。

 矛の銘

矛を造り矛を造る、
少間忍びずんば、
終生の羞あり。
余一人聞きし所、
以て後世の子孫を誡いましむ。

 楚人謠
『古詩源』古逸
楚雖三戸、
亡秦必楚。

 楚人の謠

楚は三戸と雖も、
秦を亡すものは必ず楚ならん。

 別歌
前漢・李陵
徑萬里兮度沙漠、
爲君將兮奮匈奴。
路窮絶兮矢刃摧、
士衆滅兮名已隤。
老母已死、
雖欲報恩將安歸。



萬里を徑わたりて沙漠を度り、
君が將と爲りて匈奴に奮ふ。
路窮きはまり絶えて矢刃しじん摧け、
士衆滅びて名已に隤つ。
老母已すでに死せり、
恩に(むく)いんと(ほっ)すと(いえど)()(いず)くにか歸せん。

與蘇武詩 其一
前漢・李陵
良時不再至、
離別在須臾。
屏營衢路側、
執手野踟蹰。
仰視浮雲馳、
奄忽互相踰。
風波一失所、
各在天一隅。
長當從此別、
且復立斯須。
欲因晨風發、
送子以賤躯。

 蘇武に與ふる詩 其の一

良時再びは至らず、
離別須臾しゅゆに在り。
衢路くろの側に屏營へいえいし、
手を執りて野に踟蹰ちちうす。
浮雲の馳するを仰あふぎ視るに、
奄忽えんこつとして互たがひに相ひ踰ゆ。
風波に一たび所を失へば、
各ゝおのおの天の一隅に在り。
長く當まさに此れ從り別るるべくも、
しばし復た立ちて斯須ししゅす。
晨風の發するに因って、
子を送るに賤躯を以てせんと欲ほっす。

 康衢謠
列子
立我蒸民。
莫匪爾極。
不識不知。
順帝之則。



我が蒸民を立つる、
なんじが極に匪あらざるは莫し。
らず知らず。
帝の則のりに順ふ。


 江南

江南可採蓮、
蓮葉何田田。
魚戲蓮葉閒。
魚戲蓮葉東。
魚戲蓮葉西。
魚戲蓮葉南。
魚戲蓮葉北。



江南蓮を採る可く、
蓮葉何ぞ田田たる。
魚は蓮葉の閒に戲れ、
魚は蓮葉の東に戲れ、
魚は蓮葉の西に戲れ、
魚は蓮葉の南に戲れ、
魚は蓮葉の北に戲る。

 悲愁歌
烏孫公主・劉細君
吾家嫁我兮天一方、
遠託異國兮烏孫王。
穹盧爲室兮氈爲牆、
以肉爲食兮酪爲漿。
居常土思兮心内傷、
願爲黄鵠兮歸故鄕。



吾が家我を嫁がす天の一方、
遠く異國に託す烏孫王。
穹盧を室と爲して氈を牆と爲し、
肉を以て食と爲して酪を漿と爲す。
居常土くにを思ひ心内に傷いため、
願はくは黄鵠と爲りて故鄕に歸らん。

 普天之下
『詩経』小雅
普天之下、
莫非王土
率土之濱、
莫非王臣。



普天ふてんの下もと
王土に非あらざるは莫く;
率土そつとの濱ひん
王臣に非あらざるは莫し。

 桃夭
『詩經』周南
桃之夭夭、
灼灼其華。
之子于歸、
宜其室家。

桃之夭夭、
有蕡其實。
之子于歸、
宜其家室。

桃之夭夭、
其葉蓁蓁。
之子于歸、
宜其家人



桃の夭夭たる、
灼灼しゃくしゃくたる其の華。
の子于ここに歸とつぐ、
其の室家に宜よろし。

桃の夭夭たる、
ふんたる其の実有り.
とつぐ、
其の家室に宜よろし。

桃の夭夭たる、
其の葉蓁蓁しんしんたり。
の子于ここに歸とつぐ、
其の家人に宜よろし。

 卜居
『楚辭』屈原?
世溷濁而不清。
蝉翼爲重、
千鈞爲輕。
黄鐘毀棄、
瓦釜雷鳴。
讒人高張、
賢士無名。
吁嗟默默兮、
誰知吾之廉貞。



世溷濁こんだくして清まず。
蝉翼せんよくを重しと爲し、
千鈞を輕しと爲す。
黄鐘くゎうしょうを毀棄ききし、
瓦釜がふを雷鳴す。
讒人ざんにん高張し、
賢士名無し。
吁嗟あゝ默默として、
たれか吾の廉貞を知らんや。

 招魂
『楚辭』宋玉
朱明承夜兮、
時不可以淹。
皐蘭被徑兮、
斯路漸。
湛湛江水兮、
上有楓、
目極千里兮、
傷春心。
魂兮歸來哀江南!



朱明夜を承けて、
時は以て淹とどむ可からず。
皐蘭かうらん徑を被おほひて、
の路漸ひたる。
湛湛たんたんたる江水よ、
上に楓有り、
目は千里を極きはめて、
春心を傷いたましむ。
魂よ歸り來れ江南哀かなし!

 吁嗟篇
曹植
吁嗟此轉蓬、
居世何獨然。
長去本根逝、
宿夜無休閑。
東西經七陌、
南北越九阡。
卒遇回風起、
吹我入雲間。
自謂終天路、
忽然下沈泉。
驚飆接我出、
故歸彼中田。
當南而更北、
謂東而反西。
宕宕當何依、
忽亡而復存。
飄颻周八澤、
連翩歴五山。
流轉無恆處、
誰知吾苦艱。
願爲中林草、
秋隨野火燔。
糜滅豈不痛、
願與根荄連。



吁嗟ああの轉蓬、
世に居る何ぞ獨ひとり然しかる。
長へに本根を去りて逝き、
宿夜休閑無し。
東西七陌しちはくを經
南北九阡きうせんを越す。
にはかに回風の起るに遇ひ、
我を吹きて雲間に入る。
自ら謂おもふ天路を終へ、
忽然として沈泉に下る。
驚飆きゃうへう我を接むかへ出で、
もとの彼の中田に歸らしむ。
まさに南すべくして更に北し、
東と謂おもふに反かへって西す。
宕宕たうたうとして當まさに何いづくにか依るべく、
たちまち亡びて復た存す。
飄颻へうえうとして八澤を周まはり、
連翩れんぺんとして五山を歴
流轉して恆處無く、
たれか吾が苦艱を知らん。
願はくは中林の草と爲り、
秋野火に隨ひて燔かれん。
糜滅びめつに痛ましからざらんも、
願はくは根荄こんかいと連つらならんや。

 胡笳十八拍
漢魏・蔡文姫
我生之初尚無爲、
我生之後漢祚衰。
天不仁兮降亂離、
地不仁
兮使我逢此時。
干戈日尋兮道路危、
民卒流亡兮共哀悲。
煙塵蔽野兮胡虜盛、
志意乖兮節義虧。
對殊俗兮非我宜、
遭忍辱兮當告誰。
笳一會兮琴一拍、
心憤怨兮無人知。

戎羯逼我兮爲室家、
將我行兮向天涯。
雲山萬重兮歸路遐、
疾風千里兮揚塵沙。
人多暴猛兮如虺蛇、
控弦被甲兮爲驕奢。
兩拍張弦兮弦欲絶、
志摧心折兮自悲嗟。

越漢國兮入胡城、
亡家失身
兮不如無生。
氈裘爲裳
兮骨肉震驚、
羯羶爲味
兮枉遏我情。
鼙鼓喧兮從夜達明、
胡風浩浩兮暗塞營。
傷今感昔兮三拍成、
銜悲畜恨
兮何時平。

無日無夜
兮不思我鄕土、
稟氣含生
兮莫過我最苦。
天災國亂兮人無主、
唯我薄命兮沒戎虜。
殊俗心異兮身難處、
嗜慾不同
兮誰可與語。
尋思渉歴兮多艱阻、
四拍成兮益悽楚。

雁南征兮欲寄邊聲、
雁北歸兮爲得漢音。
雁飛高兮邈難尋、
空斷腸兮思愔愔。
攅眉向月兮撫雅琴、
五拍泠泠兮意彌深。

冰霜凜凜兮身苦寒、
飢對肉酪兮不能餐。
夜間隴水兮聲嗚咽、
朝見長城兮路杳漫。
追思往日兮行李難、
六拍悲來兮欲罷彈。




我れ生まるる初さき尚ほ無爲なるも、
我れ生まれし後のち漢祚衰ふ。
天不仁にして亂離を降だし、
地不仁にして
我れをして此の時に逢はしむ。
干戈日ゝに尋つづきて道路危あやふく、
民卒にはかに流亡して共に哀悲す。
煙塵野を蔽おほひて胡虜盛さかんなり、
志意乖そむきて節義虧く。
殊俗に對して我が宜よしとするところに非ず、
忍辱に遭ひて當まさに誰たれにか告ぐべき。
笳一會して琴一拍し、
心憤怨すれど人の知る無し。

戎羯じゅうけつ我れに逼せまりて室家つまと爲し、
我れを將したがへ行きて天涯に向かふ。
雲山萬重ばんちょうにして歸路遐はるかなり、
疾風千里にして塵沙を揚ぐ。
人多くは暴猛にして虺蛇きだの如く、
ゆづるを控へ甲かふを被かうむりて驕奢を爲す。
兩拍弦こといと張れど弦いと絶えんと欲ほっす、
志摧くだけ心折れて自ら悲嗟す。

漢の國を越して胡の城まちに入り、
家亡び身失ひて
生無きに如かず。
氈裘を裳と爲せば
骨肉震驚し、
羯羶を味と爲せば
我が情枉遏わうあつす。
鼙鼓へいこけんとして夜從り明あかつきに達し、
胡風浩浩として塞營暗し。
今を傷いたみ昔に感じて三拍成り、
悲しみを銜ふくみて恨みを畜たくはへて
いづれの時にか平けくならん。

日ゝに無く夜ゝに無し
我が鄕土を思はざるを、
稟氣りんき生を含みて
我が最苦に過ぐる莫し。
天災わざはひ國亂れて人に主無く、
だ我が命めい薄くして戎虜に沒す。
殊俗心異りて身處しょし難く、
嗜慾同じからずして
たれと與ともにか語る可き。
尋思渉歴して艱阻多く、
四拍成りて益ゝますます悽楚たり。

雁南征して邊聲を寄せんと欲
雁北歸して漢音を得んと爲
雁飛ぶこと高くして邈はるか尋ね難し、
空しく斷腸して思ひ愔愔いんいんたり。
眉を攅あつめ月に向かひて雅琴を撫し、
五拍泠泠れいれいとして意彌ゝいよいよ深し。

冰霜凜凜として身苦寒し、
飢ゑて肉酪に對して餐する能はず。
夜間に隴水聲嗚咽す、
朝に長城を見て路杳漫えうまんたり。
往日を追思して行李難かたく、
六拍悲しみ來りて彈くを罷めんと欲す。


胡笳十八拍 第七拍~
第十二拍 漢魏・蔡文姫
日暮風悲兮邊聲四起
不知愁心兮説向誰是
原野蕭條兮烽戍萬里
俗賤老弱兮少壯爲美
逐有水草兮安家葺壘
牛羊滿野兮聚如蜂蟻
草盡水竭兮羊馬皆徙
七拍流恨兮惡居於此

爲天有眼兮
何不見我獨漂流、
爲神有靈兮
何事處我天南海北頭
我不負天兮
天何配我殊匹、
我不負神兮
神何殛我越荒州。
製茲八拍兮
擬排憂、
何知曲成兮心轉愁。

天無涯兮地無邊、
我心愁兮亦復然。
人生倏忽
兮如白駒之過隙、
然不得歡樂
兮當我之盛年。
怨兮欲問天、
天蒼蒼兮上無縁。
舉頭仰望兮空雲煙、
九拍懷情兮誰與傳。

城頭烽火不曾滅、
疆場征戰何時歇。
殺氣朝朝衝塞門、
胡風夜夜吹邊月。
故鄕隔兮音塵絶、
哭無聲兮氣將咽。
一生辛苦兮縁別離、
十拍悲深兮涙成血。

我非食生而惡死、
不能捐身兮心有以。
生仍冀得兮
歸桑梓、
死當埋骨兮
長已矣。
日居月諸兮在戎壘、
胡人寵我兮有二子。
鞠之育之兮不羞恥、
愍之念之兮生長邊鄙
十有一拍兮因茲起、
哀響纏綿兮徹心髓。

東風應律兮暖氣多、
知是漢家天子
兮布陽和。
羌胡蹈舞兮共謳歌、
兩國交歡兮罷兵戈。
忽遇漢使兮稱近詔、
遣千金兮贖妾身。
喜得生還兮逢聖君、
嗟別稚子兮會無因。
十有二拍兮哀樂均、
去住兩情兮
難具陳。




日暮風悲しくして邊聲四起し、
知らず愁心を誰に向かってか説くを是なるを。
原野は蕭條として烽戍ほうじゅ萬里、
ならひは老弱を賤いやしみて少壯を美よしと爲す。
ひて水・草有れば家を安とどめて壘を葺き、
牛羊野に滿ちて聚あつまること蜂蟻の如し。
草盡き水竭くさば羊馬皆な徙うつる、
七拍恨みを流せど此こに居すを惡にくむ。

天に眼まなこ有り爲れば
何ぞ見えざる我れ獨ひとり漂流するを、
神に靈有り爲れば
何事ぞ我れを天南海北の頭ほとりに處せしむると。
我れは天に負そむかざるに
天は何ぞ我を殊匹しゅひつ=胡人のつれあいに配めあはすや、
我れは神に負そむかざるに
神は何ぞ我を殛つみせんとて荒州に越すや。
ここに八拍を製して
憂ひを排するを擬なぞらへんとするも、
何ぞ知らん曲成りて心轉うたた愁ふるを。

天は涯はて無くして地は邊かぎり無し、
我が心愁ひて亦た復た然しかり。
人生倏忽しゅくこつとして
白駒の隙を過ぐるが如く、
しかれども歡樂を得ざること
我が盛年に當らん。
怨みて天に問はんと欲すれど、
天蒼蒼として上に縁えにし無し。
かうべを舉げて仰望すれば空しき雲煙、
九拍情おもひを懷いだくも誰たれにか傳へん。

城頭の烽火曾かつて滅えず、
疆場きゃうじゃうの征戰何いづれの時にか歇まん。
殺氣は朝朝塞門を衝き、
胡風は夜夜邊月に吹く。
故鄕隔てて音塵絶え、
哭けど聲無く氣將まさに咽むせんとす。
一生の辛苦は別離に縁り、
十拍悲しみ深くして涙は血と成る。

我は生を食むさぼるに非ざれども死を惡にくみ、
身を捐つること能あたはざれども心に以ゆゑ有り。
生きては仍しきりに冀こひねがひ得て
桑梓さうし=故郷に歸らん、
死しては當まさに骨を埋めんとして
とこしへに已矣やんぬるかな
日や月や戎壘じゅうるゐに在りて、
胡人我れを寵して二子有り。
これを鞠やしなひ之これを育てて羞恥せず、
これを愍あはれみ之これを念じて邊鄙へんぴに生長す。
十有一拍因よって茲ここに起こし、
哀響纏綿てんめんとして心髓に徹す。

東風律こよみに應じて暖氣多く、
知るは是れ漢家天子
陽和を布くを。
羌胡きゃうこ蹈舞して共に謳歌し、
兩國交歡して兵戈罷む。
忽ち漢使に遇ひて近したしく詔みことのりを稱となはる
千金を遣つかはして妾身を贖あがなふと。
喜び得たり生還して聖君に逢ふを、
稚子をさなごと嗟なげき別れて會するに因よし無し。
十有二拍哀・樂均ひとしく、
去ることと住とどまることとの兩情は
ともに陳ぶること難かたし。


胡笳十八拍第十三拍~
第十八拍 漢魏・蔡文姫
不謂殘生兮卻得旋歸
撫抱胡兒兮泣下沾衣
漢使迎我兮四牡騑騑
胡兒號兮誰得知。
與我生死兮逢此時、
愁爲子兮日無光輝、
焉得羽翼兮將汝歸。
一歩一遠兮足難移、
魂消影絶兮恩愛遺。
十有三拍兮弦急調悲
肝腸攪刺兮人莫我知

身歸國兮兒莫之隨、
心懸懸兮長如飢。
四時萬物兮有盛衰、
唯我愁苦兮不暫移。
山高地闊兮見汝無期
更深夜闌兮夢汝來斯
夢中執手兮一喜一悲
覺後痛吾心兮
無休歇時。
十有四拍兮涕涙交垂
河水東流兮心是思。

十五拍兮節調促、
氣填胸兮誰識曲。
處穹廬兮偶殊俗。
願得歸來兮天從欲、
再還漢國兮歡心足。
心有懷兮愁轉深、
日月無私兮曾不照臨
子母分離兮意難任、
同天隔越兮如商參、
生死不相知兮何處尋

十六拍兮思茫茫、
我與兒兮各一方。
日東月西兮徒相望、
不得相隨兮空斷腸。
對營草兮憂不忘、
彈鳴琴兮情何傷。
今別子兮歸故鄕、
舊怨平兮新怨長。
泣血仰頭兮訴蒼蒼、
胡爲生兮獨罹此殃。

十七拍兮心鼻酸、
關山阻修兮行路難。
去時懷土兮心無緒、
來時別兒兮思漫漫。
塞上黄蒿兮枝枯葉干
沙場白骨兮刀痕箭瘢
風霜凜凜兮春夏寒、
人馬飢豗兮筋力單。
豈知重得兮入長安、
歎息欲絶兮涙闌干。

胡笳本自出胡中、
縁琴翻出音律同。
十八拍兮曲雖終、
響有余兮思無窮。
是知絲竹微妙兮
均造化之功、
哀樂各隨人心兮
有變則通。
胡與漢兮異域殊風、
天與地隔兮子西母東
苦我怨氣兮浩於長空
六合雖廣兮
受之應不容。




おもはざりき殘生卻かへって旋歸せんきを得て、
胡兒を撫で抱いだきて泣き下り衣を沾うるほす。
漢使我れを迎へて四牡しぼ騑騑ひひたり、
胡兒號すれど誰たれか知ることを得ん。
我が生死に與あづかりて此の時に逢ひ、
愁ひて子の爲に日光輝無し、
(いずくん)ぞ羽翼を得て汝なんじを將したがへて歸らんや。
一歩一遠すれど足あゆみは移り難がたく、
魂は消え影は絶ゆるとも恩愛は遺のこる。
十有三拍弦は急にして調しらべは悲し、
肝腸攪刺かうしさるも人の我れを知る莫し。

身歸國すれど兒之れに隨ふ莫く、
心懸懸として長つねに飢うるが如し。
四時しいじの萬物は盛衰有れど、
だ我が愁苦のみ暫しばしも移らず。
山高く地(ひろ)くして(なんじ)(まみ)ゆる(とき)無し、
更深く夜(たけな)はにして汝の()こに(きた)るを夢む。
夢中に手を執りて一喜一悲し、
覺めし後吾が心を痛まして
休歇きうけつせる時無し。
十有四拍涕涙交こもごも垂れ、
河水東流して心是れ思うれふ。

十五拍節調促き、
氣胸を填ふさぎ誰たれか曲を識らん。
穹廬に處して殊俗しゅぞく:異人に偶つれそふ。
願ひ得て歸り來たるは天の欲するに從まかし、
再び漢の國に還かへれば歡心足つ。
心に懷ひ有りて愁ひ轉うたた深し、
日月無私にして曾かつて照臨せず。
子母に分離せば意任へ難かたく、
天を同うするも隔て(とお)きこと商(せん)の如かりせ
ば、生死相ひ知らずして何處いづくにか尋ねん。

十六拍思ひ茫茫として、
我と兒とは各おの々一方。
日は東し月は西して徒いたづらに相ひ望み、
相ひ隨ふを得ずして空しく斷腸す。
營草に對して憂ひ忘れず、
琴を彈き鳴らして情何ぞ傷いたまん。
今子に別れて故鄕に歸れば、
舊怨平けくなるも新怨長ず。
血に泣き頭かうべを仰あふぎて蒼蒼(さうさう)たるに訴ふ:
(なんすれ)ぞ生きて獨り此の(わざわい)(かか)らんや。

十七拍心鼻酸つらく、
關山は阻み修そなへて行路難し。
去る時は土くにを懷おもふ心緒無く、
來たる時は兒に別れて思ひ漫漫たり。
塞上は黄蒿して枝は枯れ葉は干き、
沙場の白骨は刀痕たうこん箭瘢せんはんあり。
風霜凜凜として春夏寒く、
人馬飢ゑ豗かまびすしくして筋力單く。
あに知らんや重ねて長安に入るを得
歎息し絶えんと欲して涙闌干たり。

胡笳本と胡中自り出づ、
琴に縁り翻へ出だすも音律は同じ。
十八拍曲終はると雖いへども、
響に余有りて思ひ窮きはまり無し。
是れ絲竹微妙にして
ひとしく造化の功なるを知る、
哀・樂各おのおの人心に隨ひて
變有れば則すなはち通ず。
胡と漢とは域を異にして風ふうを殊ことにす、
天と地と隔つがごとく子は西し母は東す。
我を苦しめたる怨氣は長空よりも浩ひろく、
六合りくがふ廣しと雖いへども之れを
受くること應まさに容れざるべし。


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