豪放詞 [索引] [書架]

 念奴嬌
宋・蘇軾
大江東去、浪淘盡、
千古風流人物。
故壘西邊、人道是、
三國周郞赤壁。
亂石穿空、
驚濤拍岸、
卷起千堆雪。
江山如畫、
一時多少豪傑。

遙想公瑾當年、
小喬初嫁了、
雄姿英發。
羽扇綸巾、談笑間、
檣櫓灰飛煙滅。
故國神遊、
多情應笑我、
早生華髪。
人間如夢、
一樽還酹江月。



大江東に去り、浪淘あらひ盡くす、
千古の風流人物を。
故壘の西邊、人は道ふ是れ、
三國周郞の赤壁なりと。
亂石空を穿ち、
驚濤岸を拍ち、
卷き起こす千堆の雪。
江山畫けるが如く、
一時多少の豪傑ぞ。

遙かに想ふ公瑾當年、
小喬初めて嫁し了へ、
雄姿英發たり。
羽扇綸巾、談笑の間、
檣櫓灰飛し煙滅す。
故國に神遊し、
多情應まさに我を笑ふべし、
つとに華髪を生ぜしを。
人間じんかん夢の如く、
一尊還ほ江月に酹せん。

 滿江紅
宋・岳飛
怒髮衝冠、
憑闌處、瀟瀟雨歇。
抬望眼、仰天長嘯、
壯懷激烈。
三十功名塵與土、
八千里路雲和月。
莫等閒、
白了少年頭、
空悲切。

靖康耻、猶未雪。
臣子憾、何時滅。
駕長車踏破、
賀蘭山缺。
壯志饑餐胡虜肉、
笑談渇飮匈奴血。
待從頭、
收拾舊山河、
朝天闕。



怒髮冠を衝き、
欄に憑る處とき、瀟瀟たる雨歇む。
望眼を抬もちあげ、天を仰ぎ長嘯ちゃうせうすれば、
壯懷激烈。
三十の功名塵與土、
八千里路雲和月。
等閒にする莫れ、
白く了なりおおせたる少年の頭、
空しく悲切。

靖康の耻、猶ほ未だ雪すすがず。
臣子の憾うらみ、何れの時か滅せん。
長車に駕し、
賀蘭山を踏破して缺こぼたん。
壯志あるもの饑しとき餐するは胡虜の肉、
笑談して渇きしとき飮むは匈奴の血。
はじめり、
もとの山河を收拾せるを待ちて、
天闕に朝せん。

江城子 密州出猟
北宋・蘇軾
老夫聊發少年狂、
左牽黄、右擎蒼、
錦帽貂裘、
千騎卷平岡。
爲報傾城隨太守、
親射虎、看孫郞。

酒酣胸膽尚開張、
鬢微霜、又何妨。
持節雲中、
何日遣馮唐。
會挽雕弓如滿月、
西北望、射天狼。

 江城子 密州にて猟に出づ

老夫聊か發す少年の狂、
左に黄いぬを牽き、右に蒼たかを擎つ、
錦帽貂裘、
千騎平き岡を卷く。
爲に報ぜん傾城して太守に隨せるに、
親く虎を射ん、孫郞を看よ。

酒酣たけなはにして胸膽尚ほ開張す、
鬢微かに霜すとも、又何ぞ妨げん。
節を雲中に持たらせる、
いづれの日か馮唐を遣らん。
かならずや雕弓を滿月の如く挽き、
西北を望み、天狼を射ん。

 臨江仙
明・楊愼
滾滾長江東逝水、
浪花淘盡英雄。
是非成敗轉頭空。
靑山依舊在、
幾度夕陽紅。

白髮漁樵江渚上、
慣看秋月春風。
一壺濁酒喜相逢。
古今多少事、
都付談笑中。



滾滾たる長江東に逝く水、
浪花は英雄を淘あらひ盡くす。
是非成敗頭を轉ずれば空なり。
靑山舊に依りて在り、
幾度の夕陽紅し。

白髪漁樵江渚の上、
看るに慣れたり秋月春風を。
一壺の濁酒相ひ逢ふを喜ぶ。
古今多少の事は、
すべて談笑の中に付す。

石州慢 己酉秋呉興舟中作 両宋・張元幹
 石州慢 己酉秋呉興の舟中にての作
雨急雲飛、
瞥然驚散、
暮天涼月。
誰家疏柳低迷、
幾點流螢明滅。
夜帆風駛、
滿湖煙水蒼茫、
菰蒲零亂秋聲咽。
夢斷酒醒時、
倚危檣淸絶。

心折、長庚光怒、
群盗縱横、
逆胡猖獗。
欲挽天河、
一洗中原膏血。
兩宮何處?
塞垣只隔長江、
唾壺空撃悲歌缺。
萬里想龍沙、
泣孤臣呉越。
雨急に雲飛ぶも、
瞥然として驚き散じ、
暮天の涼やかなる月。
誰が家の疏柳ぞ低迷し、
幾點かの流螢明滅す。
夜帆風駛し、
滿湖の煙れる水蒼茫として、
菰蒲零亂して秋聲咽ぶ。
夢は斷つ酒醒めし時、
危檣に倚れば淸絶たり。

心折れ、長庚光怒らせ、
群盗縱横にし、
逆胡猖獗す。
天河を挽き、
中原の膏血を一洗ひせんと欲す。
兩宮何處いづこにかおはさん?
塞垣は只だ長江を隔つのみ、
唾壺空しく撃ちて悲歌に缺く。
萬里龍沙を想ひて、
孤臣呉越に泣く。

水調歌頭 送章德茂大卿使虜 南宋・陳亮
 水調歌頭 章德茂大卿の虜えびすに使ひするを送る
不見南師久、
漫説北羣空。
當場隻手、
畢竟還我萬夫雄。
自笑堂堂漢使、
得似洋洋河水、
依舊只流東。
且復穹廬拜、
會向藁街逢。

堯之都、
舜之壤、禹之封。
於中應有、
一個半個恥臣戎。
萬里腥膻如許、
千古英靈安在、
磅礴幾時通?
胡運何須問、
赫日自當中。
南師を見ざること久しく、
みだりに説ふなかれ北羣は空しと。
場に當たりては隻手にてし、
畢竟還ほ我が萬夫の雄。
自ら笑ふ堂堂たる漢使、
洋洋たる河水の、
舊に依って只だ東に流るるに似るを得んや。
しばし復た穹廬を拜せんも、
かならずや藁街において逢はん。

堯の都、
舜の壤つち、禹の封くに
中に於ては應まさに有るべし、
一個半個の戎えびすに臣つかへるを恥づるを。
萬里腥膻なまぐさきこと許かくの如く、
千古の英靈安いづくにか在る、
磅礴たるは幾いづれの時にか通ぜん?
胡運何ぞ問ふを須もちゐん、
赫日自ら當に中にあるべし。

 六州歌頭
南宋・張孝祥
淮望斷、
關塞莽然平。
征塵暗、
霜風勁、悄邊聲。
黯銷凝。
追想當年事、
殆天數、非人力。
洙泗上、
絃歌地、亦羶腥。
隔水氈鄕、
落日牛羊下、
區脱縱橫。
看名王宵獵、
騎火一川明、
笳鼓悲鳴、遣人驚。

念腰間箭、匣中劍、
空埃蠹、竟何成!
時易失、
心徒壯、歳將零。
渺神京、
干羽方懷遠、
靜烽燧、且休兵。
冠蓋使、
紛馳鶩、若爲情?
聞道中原遺老、
常南望、羽葆霓旌。
使行人到此、
忠憤氣填膺、
有涙如傾。

 六州歌頭

長き淮わいを望斷すれば、
關塞莽然もうぜんとして平らかなり。
征塵暗く、
霜風勁く、邊聲悄ひそやかなり。
ひそやか凝にして黯くらし。
當年の事を追想するに、
おそらく天數にして、人力に非ず。
洙泗の上、
絃歌の地、亦羶腥なまぐさし。
水を隔てば氈テントの鄕さと
落日に牛羊下る、
區脱おうだつ縱橫なり。
看よ名王宵に獵し、
騎火一川いちめんに明し、
笳鼓かこ悲く鳴き、人をして驚か遣む。

おもふ腰間の箭、匣中こうちゅうの劍を、
空しく埃ほこりし蠹むしばまれ、竟ついに何をか成さん
時は失ひ易く、
心は徒いたずらに壯たるも、歳將まさに零つきんとす。
びょうたるかな神京、
干羽方まさに遠きを懷なつかせ、
烽燧ほうすいを靜め、且しばし兵を休めん。
冠蓋の使、
馳鶩あわただしく紛みだるるは、若爲情ぶざまなり。
聞道きくならく中原の遺老は、
常に南のかた、羽葆うほう霓旌げいせいを望むと。
行人をして此ここに到ら使めば、
忠憤の氣膺むねに填ち、
涙有りて傾けるが如し。

賀新郞 送胡邦衡待制赴新州 南宋・張元幹
 賀新郎 胡邦衡待制の新州に赴くを送る
夢繞神州路。
悵秋風、
連營畫角、
故宮離黍。
底事崑崙傾砥柱、
九地黄流亂注。
聚萬落、
千村狐兔。
天意從來高難問、
況人情、
老易悲難訴。
更南浦、送君去。

涼生岸柳催殘暑。
耿斜河、
疏星淡月、
斷雲微度。
萬里江山知何處、
囘首對牀夜語。
雁不到、
書成誰與。
目盡靑天懷今古、
肯兒曹、
恩怨相爾汝。
舉大白、聽、金縷。
夢は繞る神州の路。
秋風を悵めば、
連營の畫角、
故宮を離黍す。
底事なにごとぞ崑崙砥柱を傾け、
九地に黄流亂れ注ぐ。
聚まるに萬落、
千村の狐兔。
天意從來高くして問ひ難し、
況んや人情、
老ゆれば悲しみ易くして訴へ難し。
更に南浦に、君の去るを送る。

涼岸の柳に生ずれば殘暑を催す。
耿たる斜河、
疏星淡月、
斷雲微かに度る。
萬里の江山何處いづこなるかを知らん、
首を囘らす牀に對して夜語せしを。
雁到らずば、
書成りて誰にか與たくさん。
靑天を目盡みきはめ今古を懷おもへば、
なんぞあへて兒曹の、
恩怨相あひ爾汝たる。
大白たいはくを舉げて、金縷を聽け。

滿江紅 登黄鶴樓有感 南宋・岳飛
 滿江紅 黄鶴樓に登りて感有り
遙望中原、
荒煙外、
許多城郭。
想當年、
花遮柳護、
鳳樓龍閣。
萬歳山前珠翠繞、
蓬壺殿裏笙歌作。
到而今、
鐵騎滿郊畿、
風塵惡!

兵安在?膏鋒鍔。
民安在?填溝壑。
歎江山如故、
千村寥落。
何日請纓提鋭旅、
一鞭直渡淸河洛。
却歸來、
再續漢陽遊、
騎黄鶴。
遙かに望む中原は、
荒煙の外、
許多あまたの城郭。
かの年を想ふに、
花は遮り柳は護れり、
鳳樓龍閣を。
萬歳山前に珠翠繞めぐり、
蓬壺殿裏に笙歌作おこる。
而今に到りて、
鐵騎郊畿に滿つ、
風塵惡し!

兵安いづくにか在る?鋒鍔に膏あぶらさる。
民安いづくにか在る?溝壑に填うづまる。
歎く江山は故もとの如くあるも、
千村は寥落せるを。
いづれの日か纓えいを請ひ鋭旅を提ひきゐて、
一鞭直ちに渡りて河洛を淸めん。
しりぞきて歸り來りて、
再び續けて漢陽に遊び、
黄鶴に騎らん。

 念奴嬌 登多景樓
南宋・陳亮
危樓還望、
嘆此意、
今古幾人曾會?
鬼設神施、
渾認作、
天限南疆北界。
一水橫陳、
連崗三面、
做出爭雄勢。
六朝何事、
只成門戸私計。

因笑王謝諸人、
登高懷遠、
也學英雄涕。
憑却江山、
管不到、
河洛腥膻無際。
正好長驅、
不須反顧、
尋取中流誓。
小兒破賊、
勢成寧問強對。

 念奴嬌 多景樓に登る

たかき樓に還めぐり望みて、
嘆く此意を、
今古の幾人か曾て會らん?
鬼設神施、
あたかも認め作すがごとし、
天限の南疆北界たるに。
一水橫に陳び、
連なる崗は三面す、
做り出だす雄を爭ふの勢。
六朝何事ぞ、
只だ成すは門戸の私計。

因って笑ふ王謝諸人、
高きに登り遠きを懷み、
た學ぶ英雄の涕なみだ
たより却る江山に、
かかはり到らず、
河洛腥膻なまぐさきこと際無し。
正に好し長驅するに、
反顧するを須もちゐず、
尋し取れ中流の誓ひを。
小兒賊を破りしとき、
勢成すに寧なんぞ強對を問ひし。

 小重山
宋・岳飛
昨夜寒蛩不住鳴、
驚回千里夢。
已三更。
起來獨自遶階行、
人悄悄、
簾外月朧明。

白首爲功名、
舊山松竹老、
阻歸程。
欲將心事付瑤琴、
知音少、
絃斷有誰聽。

 小重山

昨夜寒蛩鳴くを住めず、
驚き回かへる千里の夢より。
すでに三更。
起き來あがりて獨り自ら階を遶めぐり行く、
人悄悄たり、
簾外月朧明なり。

白首は功名せし爲にして、
舊山の松竹老いんも、
歸程を阻まる。
心事を將もって瑤琴に付さんと欲ほっすれど、
知音少く、
絃斷たるも誰有りてか聽かん。

 六州歌頭
宋・賀鑄
少年侠氣、
交結五都雄。
肝膽洞、毛髮聳。
立談中、生死同、
一諾千金重。
推翹勇、矜豪縱、
輕蓋擁、
聯飛鞚、斗城東。
轟飮酒壚、
春色浮寒甕。
吸海垂虹。
閒呼鷹嗾犬、
白羽摘雕弓、
狡穴俄空。
樂怱怱。

似黄梁夢、
辭丹鳳、
明月共、漾孤篷。
官冗從、懷倥偬;
落塵籠、簿書叢。
鶡弁如雲衆、
供粗用、忽奇功。
笳鼓動、漁陽弄、
思悲翁、
不請長纓、
繋取天驕種、
劍吼西風。
恨登山臨水、
手寄七絃桐、
目送孤鴻。

 六州歌頭

少年の侠氣、
交り結ぶ五都の雄と。
肝膽洞つらぬき、毛髮聳つ。
立談の中、生死同ともにし、
一諾千金の重さ。
翹勇を推し、豪縱を矜ほこる、
輕蓋擁し、
飛鞚を聯つらね、斗城の東。
酒壚に轟飮し、
春色寒甕に浮ぶ。
海を吸ひ虹を垂らす。
ひまに鷹を呼び犬を嗾けしかけ、
白羽雕弓に摘かみ、
狡穴俄に空し。
樂み怱怱たり。

黄梁の夢の似ごとく、
丹鳳を辭し、
明月共にし、孤篷漾ふ。
官は冗に從ひ、倥偬を懷ふ;
塵籠に落ち、簿書の叢。
鶡弁雲の如き衆、
粗用に供し、奇功忽おろそかにす。
笳鼓動どよもし、漁陽弄ぶ、
思悲の翁なれば、
請はず長纓、
繋ぎ取る天驕の種を、
劍は吼ゆ西風に。
登山臨水を恨み、
手に寄す七絃の桐
目送す孤鴻を。

 漁家傲
宋・范仲淹
塞下秋來風景異、
衡陽雁去無留意。
四面邊聲連角起。
千嶂裡、
長煙落日孤城閉。

濁酒一杯家萬里、
燕然未勒歸無計。
羌管悠悠霜滿地。
人不寐、
將軍白髮征夫涙。

 漁家傲

塞下に秋來りて風景異なり、
衡陽に雁去りて意留むる無し。
四面の邊聲連角起こり。
千嶂の裡、
長煙落日に孤城閉す。

濁酒一杯家萬里、
燕然に未だ勒きざまざれば歸るに計無し。
羌管悠悠として霜地に滿つ。
人寐ず、
將軍は白髮になりて征夫は涙す。

滿江紅 夜雨涼甚忽動從戎之興 宋・劉克莊
 滿江紅 夜雨の涼きこと甚しければ忽ち從戎の興を動す。
金甲雕戈、
記當日、
轅門初立。
磨盾鼻、
一揮千紙、
龍蛇猶濕。
鐵馬曉嘶營壁冷、
樓船夜渡風濤急。
有誰憐、
猿臂故將軍、
無功級。

平戎策、從軍什、
零落盡、慵收拾。
把茶經香傳、
時時温習。
生怕客談楡塞事、
且敎兒誦花間集。
嘆臣之壯也不如人
今何及。
金甲雕戈、
記す當日、
轅門に初めて立つ。
盾鼻に磨すみすりり、
一揮に千紙、
龍蛇猶ほ濕ふ。
鐵馬曉に嘶けば營壁冷く、
樓船夜渡れば風濤急し。
誰か憐れむ有らん、
猿臂の故將軍の、
功級無きを。

平戎の策、從軍の什へん
零落し盡し、收拾に慵ものうし。
茶經香傳を把とりて、
時時温習す。
生怕おそる客の楡塞の事を談ずるを、
しばし兒に「花間集」を誦すを敎ふ。
嘆く臣之壯なりし也人に如しかざりきも、
今何ぞ及ばん。

 玉樓春 戯林推
宋・劉克莊
年年躍馬長安市、
客舍似家家似寄。
靑錢換酒日無何、
紅燭呼盧宵不寐。

易挑錦婦機中字、
難得玉人心下事。
男兒西北有神州、
莫滴水西橋畔涙。

 玉樓春 林推に戯れて

年年馬を躍らす長安市、
客舍は家に似て家は寄るが似ごとし。
靑錢酒に換へ日ゝに何もする無く、
紅燭に盧くろと呼び宵も寐ず。

みいだし易し錦婦の機はた中の字、
はかり難し玉人の心下の事。
男兒の西北神州有り、
滴す莫れ水西橋畔の涙を。

賀新郞 送陳子華赴真州
宋・劉克莊
北望神州路、
試平章這場公事、
怎生分付?
記得太行山百萬、
曾入宗爺駕馭。
今把作握蛇騎虎。
加去京東豪傑喜、
想投戈、
下拜真吾父。
談笑裡、定齊魯。

兩河蕭瑟惟狐兔、
問當年祖生去後、
有人來否?
多少新亭揮泪客、
誰夢中原塊土?
算事業須由人做。
應笑書生心膽怯、
向車中、
閉置如新婦。
空目送、塞鴻去。
北神州の路を望み、
試みるに平章這の場公事、
怎生いかに分付せりや?
記し得たり太行山の百萬、
曾て宗爺の駕馭に入るも。
今それを把もって握蛇騎虎と作す。
加ふるに京東に去れば豪傑喜び、
想ふに戈を投げ、
真に吾が父と下拜せん。
談笑の裡うちに、齊魯を定めん。

兩河蕭瑟として惟だ狐兔あり、
問ふ當年祖生の去りし後、
人の來る有りや否や?
多少の新亭泪を揮ふの客、
誰か夢みん中原の塊土を?
かぞふるに事業は須すべからく人に由りて做す。
まさに笑ふべし書生の心膽怯おぢけること、
車中向て、
閉置せる新婦の如し。
空しく目送す、塞鴻の去るを。

水調歌頭 丙辰中秋 歡飮達旦 大醉作此篇 兼懷子由 宋・蘇軾
 水調歌頭 丙辰の中秋、歡び飮みて旦あさに達す、
 大いに醉ひて此の篇を作り、兼くはえて子由を懷おもふ。
明月幾時有?
把酒問靑天。
不知天上宮闕、
今夕是何年。
我欲乘風歸去、
又恐瓊樓玉宇、
高處不勝寒。
起舞弄淸影、
何似在人間!

轉朱閣、
低綺戸、照無眠。
不應有恨、
何事長向別時圓?
人有悲歡離合、
月有陰晴圓缺、
此事古難全。
但願人長久、
千里共嬋娟。
明月幾時よりか有る?
酒を把りて靑天に問ふ。
知らず天上の宮闕は、
今夕是れ何れの年なるかを。
我風に乘りて歸去せんと欲すれど、
又た恐る瓊樓玉宇の、
高き處寒さに勝へざらんことを。
起舞すれば淸影弄したがひ、
何ぞ似ん人間じんかんに在るに!

朱閣に轉じ、
綺戸に低くして、照らされ眠ること無し。
まさに恨み有るべからざるも、
何事ぞ長つねに別かるる時に向いて圓まどかなる
人に悲歡離合有り、
月に陰晴圓缺有り、
此の事古いにしへより全まつたきこと難かたし。
但だ願はくは人長久にして、
千里嬋娟せんけんを共にせんことを。

水調歌頭 快哉亭作
宋・蘇軾
落日繍簾卷、
亭下水連空。
知君爲我、
新作窗戸濕靑紅。
長記平山堂上、
欹枕江南煙雨、
渺渺沒孤鴻。
認得醉翁語、
山色有無中。

一千頃、
都鏡淨、倒碧峯。
忽然浪起、
掀舞一葉白頭翁。
堪笑蘭臺公子、
未解莊生天籟、
剛道有雌雄。
一點浩然氣、
千里快哉風。
落日繍簾卷き、
亭下の水空に連なる。
知る君は我が爲に、
新たに窗戸を作り靑紅濕る。
とこしへに記す平山堂上、
枕を欹そばだつ江南の煙雨、
渺渺として孤鴻沒す。
認め得たり醉翁の語、
山色有無の中。

一千頃、
都て鏡淨にして、碧峯を倒さかしまにす。
忽然として浪起り、
おこり舞う一葉の白頭の翁。
笑ふに堪へん蘭臺の公子、
未だ解せず莊生の天籟を、
ひて道ふ雌雄有りと。
一點の浩然の氣、
千里快哉の風。

 西江月
宋・宋江
自幼曾攻經史、
長成亦有權謀。
恰如猛虎臥荒邱、
潛伏爪牙忍受。

不幸刺文雙頬、
那堪配在江州。
他年若得報冤讐。
血染潯陽江口。

 西江月

幼より曾かつて經史を攻をさめ、
長成して亦た權謀有り。
あたかも猛虎の荒邱に臥すが如く、
爪牙を潛伏させて忍受せん。

不幸にして雙頬に刺文され、
なんぞ堪へん江州に配され在るを。
他年若し冤讐を報ずるを得たれば。
血に染めん潯陽江の口ほとりを。

糖多令 安遠樓小集 侑觴歌板之姫黄其姓者
乞詞于龍洲道人 爲賦此唐多令 同柳阜之、劉去非、
石民瞻、周嘉仲、陳孟參、孟容 時八月五日也
宋・劉過
蘆葉滿汀洲。
寒沙帶淺流。
二十年、
重過南樓。
柳下繋舟猶未穩、
能幾日、又中秋。

黄鶴斷磯頭。
故人今在不。
舊江山、
渾是新愁。
欲買桂花同載酒、
終不是、少年遊。
蘆葉汀洲に滿ち。
寒沙淺流に帶ぶ。
二十年、
重ねて南樓を過ぎる。
柳下に舟を繋げど猶ほ未だ穩かならず、
能く幾日かすれば、又た中秋。

黄鶴斷磯の頭ほとり
故人今在りや不いなや。
舊江山、
すべて是れ新たなる愁ひ。
桂花けいくゎを買ひ載酒を同にせんと欲すれど、
つひに是れ、少年の遊とたがふ。

南鄕子 重陽日 宜州城樓宴集 即席作
宋・黄庭堅
諸將説封侯、
短笛長歌獨倚樓。
萬事盡隨風雨去、
休休、
戲馬臺南金絡頭。

催酒莫遲留、
酒味今秋似去秋。
花向老人頭上笑、
羞羞、
白髮簪花不解愁。
諸將封侯を説くも、
短笛長歌獨ひとり樓に倚る。
萬事盡ことごとく風雨に隨したがひて去れば、
めよ休めよ、
戲馬臺の南金絡頭。

酒を催す遲留する莫れ、
酒の味今秋去秋に似たり。
花老人の頭上向笑まば、
はぢらひて羞らふ、
白髮の簪花は愁ひを解かず。

 柳梢靑 岳陽樓
宋・戴復古
袖劍飛吟、
洞庭靑草、
秋水深深。
萬頃波光、
岳陽樓上、
一快披襟。

不須攜酒登臨。
問有酒、
何人共斟?
變盡人間、
君山一點、
自古如今。

 柳梢青

劍を袖して吟を飛ばせば、
洞庭靑草、
秋水深深たり。
萬頃の波光りて、
岳陽樓上に、
一たび快く襟を披ひらく。

もちひず酒を攜たづさへて登臨するを。
問ふ酒有りて、
何人か共に斟せん?
人間じんかんを變へ盡くすも、
君山の一點は、
いにしへ自り今の如し。

酹江月 和友驛中言別 南宋・文天祥
乾坤能大、
算蛟龍、
元不是池中物。
風雨牢愁無著處、
那更寒蟲四壁。
橫槊題詩、
登樓作賦、
萬事空中雪。
江流如此、
方來還有英傑。

堪笑一葉漂零、
重來淮水、
正涼風新發。
鏡裏朱顏都變盡、
只有丹心難滅。
去去龍沙、
江山回首、
一綫青如髮。
故人應念、
杜鵑枝上殘月。
乾坤能く大なれば、
かんがふるに蛟龍、
元々是れ池中の物にあらざらん。
風雨牢愁著く處無く、
なんぞ更に寒蟲四壁するを。
ほこを橫たへ詩を題し、
樓に登り賦を作るも、
萬事空中の雪たり。
江流此くの如く、
まさに還ほ英傑の來あらはるる有らん。

笑ふに堪へん一葉漂零し、
重ねて淮水に來きたれば、
正に涼風新たに發せんとす。
鏡裏の朱顏都すべて變じ盡くし、
只だ丹心の滅じ難きが有るのみ。
龍沙に去り去らんとし、
江山に首こうべを回らせば、
一綫青きこと髮の如し。
故人應まさに念おもふべし、
杜鵑枝上の殘月を。

滿江紅 感懷、用岳鄂王韻 作於秋瑾就義後
清末・徐自華
歳月如流、
秋又去、
壯心未歇。
難收拾、
這般危局、
風潮猛烈。
把酒痛談身後事、
舉杯試問當頭月。
奈呉儂、
身世太悲涼、
傷心切。

亡國恨、終當雪。
奴隷性、行看滅。
嘆江山、
已是金甌碎缺。
蒿目蒼生揮熱涙、
感懷時事噴心血。
願吾儕、
煉石效媧皇、
補天闕。
歳月は流るる如く、
秋又た去り、
壯心未だ歇まず。
收拾し難し、
の般の危局を、
風潮猛烈なり。
酒を把りて身後の事を痛談し、
杯を舉げて試みに問ふ當頭の月に。
呉の儂ひとを奈いかんせん、
身世太はなはだ悲涼にして、
傷心切なり。

亡國の恨み、終つひに當まさに雪すすぐべし。
奴隷の性、行ゆくゆく滅ずるを看る。
江山を嘆く、
すでに是れ金甌は碎かれ缺く。
蒼生を蒿目して熱涙を揮ひ、
時事に感懷して心血噴る。
願はくば吾が儕ともがらよ、
石を煉りて媧皇に效ならひ、
天の闕けたるを補おぎなへ。

賀新郎 寄李伯紀丞相 南宋・張元幹
曳杖危樓去。
斗垂天、
滄波萬頃、
月流煙渚。
掃盡浮雲風不定、
未放扁舟夜渡。
宿雁落、
寒蘆深處。
悵望關河空弔影、
正人間、
鼻息鳴鼉鼓。
誰伴我、醉中舞。

十年一夢揚州路。
倚高寒、
愁生故國、
氣呑驕虜。
要斬樓蘭三尺劍、
遺恨琵琶舊語。
謾暗澀、
銅華塵土。
喚取謫仙平章看、
過苕溪、
尚許垂綸否。
風浩蕩、欲飛舉。
杖を曳き危樓に去く。
斗は天より垂れ、
滄波萬頃、
月は煙れる渚に流す。
浮雲を掃き盡す風定まらず、
未だ扁舟夜に渡るを放たず。
宿雁は落つ、
寒蘆の深き處。
關河を悵望して空しく弔影す、
正に人間じんかん
鼻息いびき鼉鼓だこを鳴らす。
誰か我を伴ひ、醉中に舞はん。

十年一夢揚州の路。
高寒に倚れば、
愁ひは故國に生じ、
氣驕虜を呑む。
斬るを要す樓蘭三尺の劍にて、
恨みを遺のこせり琵琶の舊語。
みだりに暗く澀し、
銅華塵土。
び取る謫仙章を平して看よ、
苕溪しょうけいに過し、
尚ほ綸いとを垂らすを許すや否や。
風浩蕩として、飛舉せんと欲す。

酹江月 秋夕興元使院作 用東坡赤壁韻
胡世將
神州沈陸、
問誰是、
一范一韓人物。
北望長安應不見、
抛卻關西半壁。
塞馬晨嘶、
胡笳夕引、
嬴得頭如雪。
三秦往事、
只數漢家三傑。

試看百二山河、
奈君門萬里、
六師不發。
閫外何人迴首處、
鐵騎千群都滅。
拜將臺欹、
懷賢閣杳、
空指衝冠髮。
欄干拍遍、
獨對中天明月。
神州沈陸、
問ふ誰か是れ、
一范一韓の人物なるかと。
北のかた長安を望めど應に見えざるべし、
抛卻せる關西半壁を。
塞馬晨あしたに嘶き、
胡笳夕ゆふべに引き、
嬴ち得たるは頭雪の如きを。
三秦の往事は、
只だ漢家の三傑を數ふ。

試みに看よ百二山河を、
君門萬里を奈いかんせんとて、
六師發せず。
閫外の何人迴首せる處、
鐵騎千群都すべて滅ぶ。
拜將臺欹かたむき、
懷賢閣杳はるかにして、
空しく衝冠の髮を指す。
欄干を拍つこと遍く、
獨り中天の明月に對す。

 相見歡
朱敦儒
金陵城上西樓、
倚清秋、
萬里夕陽垂地、
大江流。

中原亂、
簪纓散、幾時收?
試倩悲風吹涙、
過揚州。



金陵城上の西樓、
清秋に倚れば、
萬里の夕陽地に垂れて、
大江は流る。

中原亂れ、
簪纓散ず、幾いづれの時か收をさめん?
こころみに倩ふ悲風涙を吹きて、
揚州に過よぎらすを。

 念奴嬌 過洞庭
張孝祥
洞庭青草、
近中秋、
更無一點風色。
玉鑑瓊田三萬頃、
著我扁舟一葉。
素月分輝、
明河共影、
表裏倶澄澈。
悠然心會、
妙處難與君説。

應念嶺海經年、
孤光自照、
肝肺皆冰雪。
短髮蕭騷襟袖冷、
穩泛滄浪空闊。
盡吸西江、
細斟北斗、
萬象爲賓客。
扣舷獨笑、
不知今夕何夕。

 念奴嬌 洞庭に過ぎる

洞庭の青草、
中秋に近けれど、
更に一點の風色も無し。
玉鑑瓊田三萬頃、
我をして扁舟一葉を著かべしむ。
素月分れて輝き、
明河共に影ず、
表裏倶ともに澄澈す。
悠然として心に會す、
妙處君與説き難し。

應に念おもふべし嶺海の經年を、
孤光自ら照らし、
肝肺皆な冰雪。
短髮蕭騷として襟袖冷し、
穩かに滄浪の空闊に泛かぶ。
盡く西江を吸ひ、
細かに北斗に斟す、
萬象賓客と爲す。
舷を扣たたきて獨り笑ふ、
知らず今夕は何いづれの夕なるかを。

浪淘沙 秋夜感懷
劉辰翁
無葉着秋聲、
涼鬢堪驚。
滿城明月半窗横、
惟有老人心似醉、
未曉偏醒。

起舞故無成、
此恨難平。
正襟危坐二三更、
除却故人曹孟德、
更與誰爭。

 浪淘沙 秋夜の感懷

葉無くして秋聲を着し、
涼鬢驚くに堪へんや。
滿城の明月半窗の横、
だ老人の心醉ふに似たる有りて、
いまだ曉あかつきならざるも偏ひとへに醒む。

起舞すれど故ゆえありて成る無し、
此の恨うらみたひらかなり難かたし。
襟を正して危坐すること二三更、
故人曹孟德を除却せば、
更に誰たれとか爭はん。

[索引]
念奴嬌仝・過洞庭滿江紅江城子臨江仙
石州慢水調歌頭六州歌頭賀新郞
小重山漁家傲玉樓春西江月糖多令南鄕子柳梢靑
酹江月・和友驛中言別仝・秋夕興元使院作相見歡
浪淘沙・秋夜感懷

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