念奴嬌 宋・蘇軾
大江東去、浪淘盡、千古風流人物。 故壘西邊、人道是、 三國周郞赤壁。 亂石穿空、 驚濤拍岸、 卷起千堆雪。 江山如畫、 一時多少豪傑。 遙想公瑾當年、 小喬初嫁了、 雄姿英發。 羽扇綸巾、談笑間、 檣櫓灰飛煙滅。 故國神遊、 多情應笑我、 早生華髪。 人間如夢、 一樽還酹江月。 |
大江東に去り、浪淘あらひ盡くす、 千古の風流人物を。 故壘の西邊、人は道いふ是れ、 三國周郞の赤壁なりと。 亂石空を穿ち、 驚濤岸を拍ち、 卷き起こす千堆の雪。 江山畫けるが如く、 一時多少の豪傑ぞ。 遙かに想ふ公瑾當年、 小喬初めて嫁し了をへ、 雄姿英發たり。 羽扇綸巾、談笑の間、 檣櫓灰飛し煙滅す。 故國に神遊し、 多情應まさに我を笑ふべし、 早つとに華髪を生ぜしを。 人間じんかん夢の如く、 一尊還なほ江月に酹せん。 |
滿江紅 宋・岳飛
怒髮衝冠、憑闌處、瀟瀟雨歇。 抬望眼、仰天長嘯、 壯懷激烈。 三十功名塵與土、 八千里路雲和月。 莫等閒、 白了少年頭、 空悲切。 靖康耻、猶未雪。 臣子憾、何時滅。 駕長車踏破、 賀蘭山缺。 壯志饑餐胡虜肉、 笑談渇飮匈奴血。 待從頭、 收拾舊山河、 朝天闕。 |
怒髮冠を衝き、 欄に憑る處とき、瀟瀟たる雨歇む。 望眼を抬もちあげ、天を仰ぎ長嘯ちゃうせうすれば、 壯懷激烈。 三十の功名塵與と土、 八千里路雲和と月。 等閒にする莫れ、 白く了なりおおせたる少年の頭、 空しく悲切。 靖康の耻、猶ほ未だ雪すすがず。 臣子の憾うらみ、何れの時か滅せん。 長車に駕し、 賀蘭山を踏破して缺こぼたん。 壯志あるもの饑しとき餐するは胡虜の肉、 笑談して渇きしとき飮むは匈奴の血。 頭はじめ從より、 舊もとの山河を收拾せるを待ちて、 天闕に朝せん。 |
江城子 密州出猟 北宋・蘇軾
老夫聊發少年狂、左牽黄、右擎蒼、 錦帽貂裘、 千騎卷平岡。 爲報傾城隨太守、 親射虎、看孫郞。 酒酣胸膽尚開張、 鬢微霜、又何妨。 持節雲中、 何日遣馮唐。 會挽雕弓如滿月、 西北望、射天狼。 |
江城子 密州にて猟に出づ 老夫聊か發す少年の狂、 左に黄いぬを牽ひき、右に蒼たかを擎もつ、 錦帽貂裘、 千騎平き岡を卷く。 爲に報ぜん傾城して太守に隨せるに、 親く虎を射ん、孫郞を看よ。 酒酣たけなはにして胸膽尚ほ開張す、 鬢微かに霜すとも、又何ぞ妨げん。 節を雲中に持たらせる、 何いづれの日か馮唐を遣やらん。 會かならずや雕弓を滿月の如く挽き、 西北を望み、天狼を射ん。 |
滾滾たる長江東に逝ゆく水、 浪花は英雄を淘あらひ盡くす。 是非成敗頭を轉ずれば空なり。 靑山舊に依りて在り、 幾度の夕陽紅し。 白髪漁樵江渚の上、 看るに慣れたり秋月春風を。 一壺の濁酒相ひ逢ふを喜ぶ。 古今多少の事は、 都すべて談笑の中に付す。 |
雨急雲飛、
瞥然驚散、 暮天涼月。 誰家疏柳低迷、 幾點流螢明滅。 夜帆風駛、 滿湖煙水蒼茫、 菰蒲零亂秋聲咽。 夢斷酒醒時、 倚危檣淸絶。 心折、長庚光怒、 群盗縱横、 逆胡猖獗。 欲挽天河、 一洗中原膏血。 兩宮何處? 塞垣只隔長江、 唾壺空撃悲歌缺。 萬里想龍沙、 泣孤臣呉越。 |
雨急に雲飛ぶも、
瞥然として驚き散じ、 暮天の涼やかなる月。 誰が家の疏柳ぞ低迷し、 幾點かの流螢明滅す。 夜帆風駛し、 滿湖の煙れる水蒼茫として、 菰蒲零亂して秋聲咽ぶ。 夢は斷つ酒醒めし時、 危檣に倚れば淸絶たり。 心折れ、長庚光怒らせ、 群盗縱横にし、 逆胡猖獗す。 天河を挽き、 中原の膏血を一洗ひせんと欲す。 兩宮何處いづこにかおはさん? 塞垣は只だ長江を隔つのみ、 唾壺空しく撃ちて悲歌に缺く。 萬里龍沙を想ひて、 孤臣呉越に泣く。 |
不見南師久、
漫説北羣空。 當場隻手、 畢竟還我萬夫雄。 自笑堂堂漢使、 得似洋洋河水、 依舊只流東。 且復穹廬拜、 會向藁街逢。 堯之都、 舜之壤、禹之封。 於中應有、 一個半個恥臣戎。 萬里腥膻如許、 千古英靈安在、 磅礴幾時通? 胡運何須問、 赫日自當中。 |
南師を見ざること久しく、
漫みだりに説いふなかれ北羣は空しと。 場に當たりては隻手にてし、 畢竟還なほ我が萬夫の雄。 自ら笑ふ堂堂たる漢使、 洋洋たる河水の、 舊に依って只だ東に流るるに似るを得んや。 且しばし復また穹廬を拜せんも、 會かならずや藁街において逢はん。 堯の都、 舜の壤つち、禹の封くに。 中に於ては應まさに有るべし、 一個半個の戎えびすに臣つかへるを恥づるを。 萬里腥膻なまぐさきこと許かくの如く、 千古の英靈安いづくにか在る、 磅礴たるは幾いづれの時にか通ぜん? 胡運何ぞ問ふを須もちゐん、 赫日自ら當に中にあるべし。 |
六州歌頭 南宋・張孝祥
長 淮望斷、關塞莽然平。 征塵暗、 霜風勁、悄邊聲。 黯銷凝。 追想當年事、 殆天數、非人力。 洙泗上、 絃歌地、亦羶腥。 隔水氈鄕、 落日牛羊下、 區脱縱橫。 看名王宵獵、 騎火一川明、 笳鼓悲鳴、遣人驚。 念腰間箭、匣中劍、 空埃蠹、竟何成! 時易失、 心徒壯、歳將零。 渺神京、 干羽方懷遠、 靜烽燧、且休兵。 冠蓋使、 紛馳鶩、若爲情? 聞道中原遺老、 常南望、羽葆霓旌。 使行人到此、 忠憤氣填膺、 有涙如傾。 |
六州歌頭 長き淮わいを望斷すれば、 關塞莽然もうぜんとして平らかなり。 征塵暗く、 霜風勁く、邊聲悄ひそやかなり。 銷ひそやか凝にして黯くらし。 當年の事を追想するに、 殆おそらく天數にして、人力に非ず。 洙泗の上、 絃歌の地、亦羶腥なまぐさし。 水を隔てば氈テントの鄕さと、 落日に牛羊下る、 區脱おうだつ縱橫なり。 看よ名王宵に獵し、 騎火一川いちめんに明し、 笳鼓かこ悲く鳴き、人をして驚か遣しむ。 念おもふ腰間の箭や、匣中こうちゅうの劍を、 空しく埃ほこりし蠹むしばまれ、竟ついに何をか成さん 時は失ひ易く、 心は徒いたずらに壯たるも、歳將まさに零つきんとす。 渺びょうたるかな神京、 干羽方まさに遠きを懷なつかせ、 烽燧ほうすいを靜め、且しばし兵を休めん。 冠蓋の使、 馳鶩あわただしく紛みだるるは、若爲情ぶざまなり。 聞道きくならく中原の遺老は、 常に南のかた、羽葆うほう霓旌げいせいを望むと。 行人をして此ここに到ら使しめば、 忠憤の氣膺むねに填みち、 涙有りて傾けるが如し。 |
夢繞神州路。
悵秋風、 連營畫角、 故宮離黍。 底事崑崙傾砥柱、 九地黄流亂注。 聚萬落、 千村狐兔。 天意從來高難問、 況人情、 老易悲難訴。 更南浦、送君去。 涼生岸柳催殘暑。 耿斜河、 疏星淡月、 斷雲微度。 萬里江山知何處、 囘首對牀夜語。 雁不到、 書成誰與。 目盡靑天懷今古、 肯兒曹、 恩怨相爾汝。 舉大白、聽、金縷。 |
夢は繞る神州の路。
秋風を悵めば、 連營の畫角、 故宮を離黍す。 底事なにごとぞ崑崙砥柱を傾け、 九地に黄流亂れ注ぐ。 聚まるに萬落、 千村の狐兔。 天意從來高くして問ひ難し、 況んや人情、 老ゆれば悲しみ易くして訴へ難し。 更に南浦に、君の去るを送る。 涼岸の柳に生ずれば殘暑を催す。 耿たる斜河、 疏星淡月、 斷雲微かに度る。 萬里の江山何處いづこなるかを知らん、 首を囘らす牀に對して夜語せしを。 雁到らずば、 書成りて誰にか與たくさん。 靑天を目盡みきはめ今古を懷おもへば、 肯なんぞあへて兒曹の、 恩怨相あひ爾汝たる。 大白たいはくを舉げて、金縷を聽け。 |
遙望中原、
荒煙外、 許多城郭。 想當年、 花遮柳護、 鳳樓龍閣。 萬歳山前珠翠繞、 蓬壺殿裏笙歌作。 到而今、 鐵騎滿郊畿、 風塵惡! 兵安在?膏鋒鍔。 民安在?填溝壑。 歎江山如故、 千村寥落。 何日請纓提鋭旅、 一鞭直渡淸河洛。 却歸來、 再續漢陽遊、 騎黄鶴。 |
遙かに望む中原は、
荒煙の外、 許多あまたの城郭。 當かの年を想ふに、 花は遮り柳は護れり、 鳳樓龍閣を。 萬歳山前に珠翠繞めぐり、 蓬壺殿裏に笙歌作おこる。 而今に到りて、 鐵騎郊畿に滿つ、 風塵惡し! 兵安いづくにか在ある?鋒鍔に膏あぶらさる。 民安いづくにか在る?溝壑に填うづまる。 歎く江山は故もとの如くあるも、 千村は寥落せるを。 何いづれの日か纓えいを請ひ鋭旅を提ひきゐて、 一鞭直ちに渡りて河洛を淸めん。 却しりぞきて歸り來りて、 再び續けて漢陽に遊び、 黄鶴に騎のらん。 |
念奴嬌 登多景樓 南宋・陳亮
危樓還望、嘆此意、 今古幾人曾會? 鬼設神施、 渾認作、 天限南疆北界。 一水橫陳、 連崗三面、 做出爭雄勢。 六朝何事、 只成門戸私計。 因笑王謝諸人、 登高懷遠、 也學英雄涕。 憑却江山、 管不到、 河洛腥膻無際。 正好長驅、 不須反顧、 尋取中流誓。 小兒破賊、 勢成寧問強對。 |
念奴嬌 多景樓に登る 危たかき樓に還めぐり望みて、 嘆く此意を、 今古の幾人か曾て會しらん? 鬼設神施、 渾あたかも認め作すがごとし、 天限の南疆北界たるに。 一水橫に陳び、 連なる崗は三面す、 做り出だす雄を爭ふの勢。 六朝何事ぞ、 只だ成すは門戸の私計。 因って笑ふ王謝諸人、 高きに登り遠きを懷み、 也また學ぶ英雄の涕なみだ。 憑たより却きる江山に、 管かかはり到らず、 河洛腥膻なまぐさきこと際無し。 正に好し長驅するに、 反顧するを須もちゐず、 尋し取れ中流の誓ひを。 小兒賊を破りしとき、 勢成すに寧なんぞ強對を問ひし。 |
小重山 昨夜寒蛩鳴くを住やめず、 驚き回かへる千里の夢より。 已すでに三更。 起き來あがりて獨り自ら階を遶めぐり行く、 人悄悄たり、 簾外月朧明なり。 白首は功名せし爲にして、 舊山の松竹老いんも、 歸程を阻まる。 心事を將もって瑤琴に付さんと欲ほっすれど、 知音少く、 絃斷たるも誰有りてか聽かん。 |
六州歌頭 宋・賀鑄
少年侠氣、交結五都雄。 肝膽洞、毛髮聳。 立談中、生死同、 一諾千金重。 推翹勇、矜豪縱、 輕蓋擁、 聯飛鞚、斗城東。 轟飮酒壚、 春色浮寒甕。 吸海垂虹。 閒呼鷹嗾犬、 白羽摘雕弓、 狡穴俄空。 樂怱怱。 似黄梁夢、 辭丹鳳、 明月共、漾孤篷。 官冗從、懷倥偬; 落塵籠、簿書叢。 鶡弁如雲衆、 供粗用、忽奇功。 笳鼓動、漁陽弄、 思悲翁、 不請長纓、 繋取天驕種、 劍吼西風。 恨登山臨水、 手寄七絃桐、 目送孤鴻。 |
六州歌頭 少年の侠氣、 交り結ぶ五都の雄と。 肝膽洞つらぬき、毛髮聳たつ。 立談の中、生死同ともにし、 一諾千金の重さ。 翹勇を推し、豪縱を矜ほこる、 輕蓋擁し、 飛鞚を聯つらね、斗城の東。 酒壚に轟飮し、 春色寒甕に浮ぶ。 海を吸ひ虹を垂らす。 閒ひまに鷹を呼び犬を嗾けしかけ、 白羽雕弓に摘かみ、 狡穴俄に空し。 樂み怱怱たり。 黄梁の夢の似ごとく、 丹鳳を辭し、 明月共にし、孤篷漾ふ。 官は冗に從ひ、倥偬を懷ふ; 塵籠に落ち、簿書の叢。 鶡弁雲の如き衆、 粗用に供し、奇功忽おろそかにす。 笳鼓動どよもし、漁陽弄ぶ、 思悲の翁なれば、 請はず長纓、 繋ぎ取る天驕の種を、 劍は吼ゆ西風に。 登山臨水を恨み、 手に寄す七絃の桐琴、 目送す孤鴻を。 |
漁家傲 塞下に秋來りて風景異なり、 衡陽に雁去りて意留むる無し。 四面の邊聲連角起こり。 千嶂の裡、 長煙落日に孤城閉す。 濁酒一杯家萬里、 燕然に未だ勒きざまざれば歸るに計無し。 羌管悠悠として霜地に滿つ。 人寐ず、 將軍は白髮になりて征夫は涙す。 |
金甲雕戈、
記當日、 轅門初立。 磨盾鼻、 一揮千紙、 龍蛇猶濕。 鐵馬曉嘶營壁冷、 樓船夜渡風濤急。 有誰憐、 猿臂故將軍、 無功級。 平戎策、從軍什、 零落盡、慵收拾。 把茶經香傳、 時時温習。 生怕客談楡塞事、 且敎兒誦花間集。 嘆臣之壯也不如人 今何及。 |
金甲雕戈、
記す當日、 轅門に初めて立つ。 盾鼻に磨すみすりり、 一揮に千紙、 龍蛇猶ほ濕ふ。 鐵馬曉に嘶けば營壁冷く、 樓船夜渡れば風濤急し。 誰か憐れむ有らん、 猿臂の故將軍の、 功級無きを。 平戎の策、從軍の什へん、 零落し盡し、收拾に慵ものうし。 茶經香傳を把とりて、 時時温習す。 生怕おそる客の楡塞の事を談ずるを、 且しばし兒に「花間集」を誦すを敎ふ。 嘆く臣之壯なりし也人に如しかざりきも、 今何ぞ及ばん。 |
玉樓春 林推に戯れて 年年馬を躍らす長安市、 客舍は家に似て家は寄るが似ごとし。 靑錢酒に換へ日ゝに何もする無く、 紅燭に盧くろと呼び宵よも寐ず。 挑みいだし易し錦婦の機はた中の字、 得はかり難し玉人の心下の事。 男兒の西北神州有り、 滴す莫れ水西橋畔の涙を。 |
北望神州路、
試平章這場公事、 怎生分付? 記得太行山百萬、 曾入宗爺駕馭。 今把作握蛇騎虎。 加去京東豪傑喜、 想投戈、 下拜真吾父。 談笑裡、定齊魯。 兩河蕭瑟惟狐兔、 問當年祖生去後、 有人來否? 多少新亭揮泪客、 誰夢中原塊土? 算事業須由人做。 應笑書生心膽怯、 向車中、 閉置如新婦。 空目送、塞鴻去。 |
北神州の路を望み、
試みるに平章這この場公事、 怎生いかに分付せりや? 記し得たり太行山の百萬、 曾て宗爺の駕馭に入るも。 今それを把もって握蛇騎虎と作なす。 加ふるに京東に去れば豪傑喜び、 想ふに戈を投げ、 真に吾が父と下拜せん。 談笑の裡うちに、齊魯を定めん。 兩河蕭瑟として惟ただ狐兔あり、 問ふ當年祖生の去りし後、 人の來る有りや否や? 多少の新亭泪を揮ふの客、 誰か夢みん中原の塊土を? 算かぞふるに事業は須すべからく人に由よりて做なす。 應まさに笑ふべし書生の心膽怯おぢけること、 車中向にて、 閉置せる新婦の如し。 空しく目送す、塞鴻の去るを。 |
明月幾時有?
把酒問靑天。 不知天上宮闕、 今夕是何年。 我欲乘風歸去、 又恐瓊樓玉宇、 高處不勝寒。 起舞弄淸影、 何似在人間! 轉朱閣、 低綺戸、照無眠。 不應有恨、 何事長向別時圓? 人有悲歡離合、 月有陰晴圓缺、 此事古難全。 但願人長久、 千里共嬋娟。 |
明月幾時よりか有る?
酒を把りて靑天に問ふ。 知らず天上の宮闕は、 今夕是れ何れの年なるかを。 我風に乘りて歸去せんと欲すれど、 又た恐る瓊樓玉宇の、 高き處寒さに勝たへざらんことを。 起舞すれば淸影弄したがひ、 何ぞ似ん人間じんかんに在るに! 朱閣に轉じ、 綺戸に低くして、照らされ眠ること無し。 應まさに恨み有るべからざるも、 何事ぞ長つねに別かるる時に向おいて圓まどかなる 人に悲歡離合有り、 月に陰晴圓缺有り、 此の事古いにしへより全まつたきこと難かたし。 但だ願はくは人長久にして、 千里嬋娟せんけんを共にせんことを。 |
落日繍簾卷、
亭下水連空。 知君爲我、 新作窗戸濕靑紅。 長記平山堂上、 欹枕江南煙雨、 渺渺沒孤鴻。 認得醉翁語、 山色有無中。 一千頃、 都鏡淨、倒碧峯。 忽然浪起、 掀舞一葉白頭翁。 堪笑蘭臺公子、 未解莊生天籟、 剛道有雌雄。 一點浩然氣、 千里快哉風。 |
落日繍簾卷き、
亭下の水空に連なる。 知る君は我が爲に、 新たに窗戸を作り靑紅濕る。 長とこしへに記す平山堂上、 枕を欹そばだつ江南の煙雨、 渺渺として孤鴻沒す。 認め得たり醉翁の語、 山色有無の中。 一千頃、 都て鏡淨にして、碧峯を倒さかしまにす。 忽然として浪起り、 掀おこり舞う一葉の白頭の翁。 笑ふに堪へん蘭臺の公子、 未だ解せず莊生の天籟を、 剛しひて道いふ雌雄有りと。 一點の浩然の氣、 千里快哉の風。 |
西江月 幼より曾かつて經史を攻をさめ、 長成して亦た權謀有り。 恰あたかも猛虎の荒邱に臥すが如く、 爪牙を潛伏させて忍受せん。 不幸にして雙頬に刺文され、 那なんぞ堪へん江州に配され在るを。 他年若もし冤讐を報ずるを得たれば。 血に染めん潯陽江の口ほとりを。 |
蘆葉滿汀洲。
寒沙帶淺流。 二十年、 重過南樓。 柳下繋舟猶未穩、 能幾日、又中秋。 黄鶴斷磯頭。 故人今在不。 舊江山、 渾是新愁。 欲買桂花同載酒、 終不是、少年遊。 |
蘆葉汀洲に滿ち。
寒沙淺流に帶ぶ。 二十年、 重ねて南樓を過ぎる。 柳下に舟を繋げど猶ほ未だ穩かならず、 能く幾日かすれば、又た中秋。 黄鶴斷磯の頭ほとり。 故人今在りや不いなや。 舊江山、 渾すべて是れ新たなる愁ひ。 桂花けいくゎを買ひ載酒を同にせんと欲すれど、 終つひに是れ、少年の遊とたがふ。 |
諸將説封侯、
短笛長歌獨倚樓。 萬事盡隨風雨去、 休休、 戲馬臺南金絡頭。 催酒莫遲留、 酒味今秋似去秋。 花向老人頭上笑、 羞羞、 白髮簪花不解愁。 |
諸將封侯を説とくも、
短笛長歌獨ひとり樓に倚よる。 萬事盡ことごとく風雨に隨したがひて去れば、 休やめよ休めよ、 戲馬臺の南金絡頭。 酒を催す遲留する莫れ、 酒の味今秋去秋に似たり。 花老人の頭上向に笑まば、 羞はぢらひて羞らふ、 白髮の簪花は愁ひを解かず。 |
柳梢青 劍を袖して吟を飛ばせば、 洞庭靑草、 秋水深深たり。 萬頃の波光りて、 岳陽樓上に、 一たび快く襟を披ひらく。 須もちひず酒を攜たづさへて登臨するを。 問ふ酒有りて、 何人か共に斟せん? 人間じんかんを變へ盡くすも、 君山の一點は、 古いにしへ自より今の如し。 |
乾坤能大、
算蛟龍、 元不是池中物。 風雨牢愁無著處、 那更寒蟲四壁。 橫槊題詩、 登樓作賦、 萬事空中雪。 江流如此、 方來還有英傑。 堪笑一葉漂零、 重來淮水、 正涼風新發。 鏡裏朱顏都變盡、 只有丹心難滅。 去去龍沙、 江山回首、 一綫青如髮。 故人應念、 杜鵑枝上殘月。 |
乾坤能かく大なれば、
算かんがふるに蛟龍、 元々是れ池中の物にあらざらん。 風雨牢愁著く處無く、 那なんぞ更に寒蟲四壁するを。 槊ほこを橫たへ詩を題し、 樓に登り賦を作るも、 萬事空中の雪たり。 江流此かくの如く、 方まさに還なほ英傑の來あらはるる有らん。 笑ふに堪へん一葉漂零し、 重ねて淮水に來きたれば、 正に涼風新たに發せんとす。 鏡裏の朱顏都すべて變じ盡くし、 只だ丹心の滅じ難きが有るのみ。 龍沙に去り去らんとし、 江山に首こうべを回らせば、 一綫青きこと髮の如し。 故人應まさに念おもふべし、 杜鵑枝上の殘月を。 |
歳月如流、
秋又去、 壯心未歇。 難收拾、 這般危局、 風潮猛烈。 把酒痛談身後事、 舉杯試問當頭月。 奈呉儂、 身世太悲涼、 傷心切。 亡國恨、終當雪。 奴隷性、行看滅。 嘆江山、 已是金甌碎缺。 蒿目蒼生揮熱涙、 感懷時事噴心血。 願吾儕、 煉石效媧皇、 補天闕。 |
歳月は流るる如く、
秋又た去り、 壯心未だ歇やまず。 收拾し難し、 這この般の危局を、 風潮猛烈なり。 酒を把りて身後の事を痛談し、 杯を舉げて試みに問ふ當頭の月に。 呉の儂ひとを奈いかんせん、 身世太はなはだ悲涼にして、 傷心切なり。 亡國の恨み、終つひに當まさに雪すすぐべし。 奴隷の性、行ゆくゆく滅ずるを看る。 江山を嘆く、 已すでに是れ金甌は碎かれ缺く。 蒼生を蒿目して熱涙を揮ひ、 時事に感懷して心血噴る。 願はくば吾が儕ともがらよ、 石を煉りて媧皇に效ならひ、 天の闕けたるを補おぎなへ。 |
曳杖危樓去。
斗垂天、 滄波萬頃、 月流煙渚。 掃盡浮雲風不定、 未放扁舟夜渡。 宿雁落、 寒蘆深處。 悵望關河空弔影、 正人間、 鼻息鳴鼉鼓。 誰伴我、醉中舞。 十年一夢揚州路。 倚高寒、 愁生故國、 氣呑驕虜。 要斬樓蘭三尺劍、 遺恨琵琶舊語。 謾暗澀、 銅華塵土。 喚取謫仙平章看、 過苕溪、 尚許垂綸否。 風浩蕩、欲飛舉。 |
杖を曳き危樓に去ゆく。
斗は天より垂れ、 滄波萬頃、 月は煙れる渚に流さす。 浮雲を掃き盡す風定まらず、 未だ扁舟夜に渡るを放たず。 宿雁は落つ、 寒蘆の深き處。 關河を悵望して空しく弔影す、 正に人間じんかん、 鼻息いびき鼉鼓だこを鳴らす。 誰か我を伴ひ、醉中に舞はん。 十年一夢揚州の路。 高寒に倚れば、 愁ひは故國に生じ、 氣驕虜を呑む。 斬るを要す樓蘭三尺の劍にて、 恨みを遺のこせり琵琶の舊語。 謾みだりに暗く澀し、 銅華塵土。 喚よび取る謫仙章を平して看よ、 苕溪しょうけいに過し、 尚ほ綸いとを垂らすを許すや否や。 風浩蕩として、飛舉せんと欲す。 |
神州沈陸、
問誰是、 一范一韓人物。 北望長安應不見、 抛卻關西半壁。 塞馬晨嘶、 胡笳夕引、 嬴得頭如雪。 三秦往事、 只數漢家三傑。 試看百二山河、 奈君門萬里、 六師不發。 閫外何人迴首處、 鐵騎千群都滅。 拜將臺欹、 懷賢閣杳、 空指衝冠髮。 欄干拍遍、 獨對中天明月。 |
神州沈陸、
問ふ誰か是れ、 一范一韓の人物なるかと。 北のかた長安を望めど應に見えざるべし、 抛卻せる關西半壁を。 塞馬晨あしたに嘶き、 胡笳夕ゆふべに引き、 嬴ち得たるは頭雪の如きを。 三秦の往事は、 只だ漢家の三傑を數ふ。 試みに看よ百二山河を、 君門萬里を奈いかんせんとて、 六師發せず。 閫外の何人迴首せる處、 鐵騎千群都すべて滅ぶ。 拜將臺欹かたむき、 懷賢閣杳はるかにして、 空しく衝冠の髮を指す。 欄干を拍つこと遍く、 獨り中天の明月に對す。 |
金陵城上の西樓、 清秋に倚れば、 萬里の夕陽地に垂れて、 大江は流る。 中原亂れ、 簪纓散ず、幾いづれの時か收をさめん? 試こころみに倩こふ悲風涙を吹きて、 揚州に過よぎらすを。 |
念奴嬌 過洞庭 張孝祥
洞庭青草、近中秋、 更無一點風色。 玉鑑瓊田三萬頃、 著我扁舟一葉。 素月分輝、 明河共影、 表裏倶澄澈。 悠然心會、 妙處難與君説。 應念嶺海經年、 孤光自照、 肝肺皆冰雪。 短髮蕭騷襟袖冷、 穩泛滄浪空闊。 盡吸西江、 細斟北斗、 萬象爲賓客。 扣舷獨笑、 不知今夕何夕。 |
念奴嬌 洞庭に過ぎる 洞庭の青草、 中秋に近けれど、 更に一點の風色も無し。 玉鑑瓊田三萬頃、 我をして扁舟一葉を著うかべしむ。 素月分れて輝き、 明河共に影ず、 表裏倶ともに澄澈す。 悠然として心に會す、 妙處君與と説き難し。 應に念おもふべし嶺海の經年を、 孤光自ら照らし、 肝肺皆な冰雪。 短髮蕭騷として襟袖冷し、 穩かに滄浪の空闊に泛うかぶ。 盡く西江を吸ひ、 細かに北斗に斟す、 萬象賓客と爲なす。 舷を扣たたきて獨り笑ふ、 知らず今夕は何いづれの夕なるかを。 |
浪淘沙 秋夜の感懷 葉無くして秋聲を着し、 涼鬢驚くに堪たへんや。 滿城の明月半窗の横、 惟ただ老人の心醉ゑふに似たる有りて、 未いまだ曉あかつきならざるも偏ひとへに醒さむ。 起舞すれど故ゆえありて成る無し、 此の恨うらみ平たひらかなり難かたし。 襟を正して危坐すること二三更、 故人曹孟德を除却せば、 更に誰たれとか爭はん。 |