劍南詩詞稿 南宋・陸游 [索引] [書架] |
兒に示す 死去せば元もと知る萬事空なるを、 但だ悲しむ九州の同ふするを見ざるを。 王師北のかた中原を定むるの日、 家祭忘るる無かれ乃翁に告ぐるを。 |
十一月四日風雨大作 十一月四日風雨大なるとき作る |
僵臥孤村不自哀、
尚思爲國戍輪臺。 夜闌臥聽風吹雨、 鐵馬冰河入夢來。 |
孤村に僵れ臥すも自ら哀しとせず、
尚も思ふ國の爲輪臺を戍らんと。 夜闌け臥して聽く風雨に吹くを、 鐵馬冰河夢に入り來たる。 |
金錯刀行 黄金錯刀白玉裝、 夜穿窗扉出光芒。 丈夫五十功未立、 提刀獨立顧八荒。 京華結交盡奇士、 意氣相期共生死。 千年史冊恥無名、 一片丹心報天子。 爾來從軍天漢濱、 南山曉雪玉嶙峋。 嗚呼、 楚雖三戸能亡秦、 豈有 堂堂中國空無人。 |
黄金の錯刀白玉の裝、 夜窗扉を穿ちて光芒を出だす。 丈夫五十功未だ立たずして、 刀を提げ獨り立ちて八荒を顧りみる。 京華に交を結ぶは盡く奇士、 意氣相ひ期すに生死を共にせん。 千年の史冊に名の無きを恥づ、 一片の丹心天子に報ふ。 爾來從軍す天漢の濱、 南山の曉雪玉嶙峋りんじゅんたり。 嗚呼、 楚は三戸と雖も能く秦を亡す、 豈に 堂堂の中國空しく人の無きこと有らんや。 |
秋夜將曉出籬門迎涼有感 秋夜將に曉に籬門を出で涼を迎へんとして感有り |
三萬里河東入海、
五千仞嶽上摩天。 遺民涙盡胡塵裏、 南望王師又一年。 |
三萬里の河東し海に入り、
五千仞の嶽上天を摩す。 遺民涙は盡つく胡塵の裏うち、 南のかた王師を望みて又一年。 |
憤を書く 早歳那なんぞ知らん世事の艱かたきを、 中原北を望みて氣山の如し。 樓船夜雪瓜洲の渡、 鐵馬秋風大散關。 塞上の長城と空しく自ら許せしも、 鏡中の衰鬢已すでに先はや斑まだらなり。 出師の一表真に世に名をあげ、 千載誰たれか堪へん伯仲の間。 |
塞上の曲 老い矣たるかな猶なほも思ふ萬里の行を、 翩然として馬に上る始めての身輕し。 玉關の去路心鐵の如くなれど、 酒を把とりて何ぞ妨げん「渭城」を聽くを。 |
北のかた中原を望めば涙巾に滿ち、 黄旗空しく想ふ渡河の津わたし。 丈夫窮死するは由來ある事、 要もしも是れ江南に此の人有りせば! |
劍門の道中微雨に遇ふ 衣上の征塵雜酒の痕、 遠游消魂せざる處無し。 此の身合まさに是れ詩人なるべしや未だしや? 細雨驢ろばに騎して劍門に入る。 |
關山月 和戎詔下十五年、 將軍不戰空臨邊。 朱門沈沈按歌舞、 厩馬肥死弓斷弦。 戍樓刁斗催落月、 三十從軍今白髮。 笛裏誰知壯士心、 沙頭空照征人骨。 中原干戈古亦聞、 豈有逆胡傳子孫! 遺民忍死望恢復、 幾處今宵垂涙痕。 |
戎と和す詔みことのり下りて十五年、 將軍戰はずして空しく邊に臨む。 朱門沈沈として歌舞を按じ、 厩馬は肥死して弓は弦を斷つ。 戍樓の刁斗てうと落月を催し、 三十にして軍に從ひ今は白髮なり。 笛裏誰か知らん壯士の心、 沙頭空しく照らす征人の骨。 中原の干戈古いにしへも亦た聞くに、 豈あに逆胡の子孫に傳ふる有らんや! 遺民死を忍びて恢復を望み、 幾處か今宵涙を垂らせし痕あとのこす。 |
千金戰士を募り、 萬里長城を築く。 何れの時か靑冢の月は、 却って照らさん漢家の營を。 |
山西の村に遊ぶ 笑ふ莫れ農家の臘酒は渾にごれると、 豐年なれば客を留むるに鷄豚足る。 山重水複疑ふらくは、路無きかと、 柳暗花明又また一村。 簫鼓追隨して春社近く、 衣冠簡朴にして古風存す。 今從より若もし閒ひまに月に乘ずるを許さるれば、 杖を拄つき時無く夜門を叩かん。 |
病より起き懷を書す 病骨支離として紗帽寬く、 孤臣萬里江干に客す。 位卑しけれど未だ敢て憂國を忘れず、 事定まれど猶ほ須らく棺を闔するを待つべし。 天地の神靈は廟社を扶け、 京華の父老は和鑾を望む。 出師の一表今古に通じ、 夜半燈を挑て更に細く看まん。 |
少くして一劍を攜たづさへ天下を行き, 晩に空村に落ちて灌園を學ぶ。 交舊凋零して身は老病, 輪囷たる肝膽誰と與にか論ぜん。 |
龍興寺弔少陵先生寓居 龍興寺に少陵先生の寓居に弔ふ |
事に感ず
雙鬢多年雪と作なり; 寸心死に至るも丹の如し。 |
中原草草失承平、
戍火胡塵到兩京。 扈蹕老臣身萬里、 天寒來此聽江聲。 |
中原草草として承平を失ひ、
戍火胡塵兩京に到る。 扈蹕の老臣身萬里、 天寒きとき此こに來りて江聲を聽く。 |
樓上醉歌 我遊四方不得意、 陽狂施藥成都市。 大瓢滿貯隨所求、 聊爲疲民起憔悴。 瓢空夜静上高樓、 買酒捲簾邀月醉。 醉中拂劍光射月、 往往悲歌獨流涕。 剗却君山湘水平、 斫却桂樹月更明。 丈夫有志苦難成、 修名未立華髪生。 |
我れ四方に遊びて意を得ずして、 狂と陽いつはりて成都の市に施藥す。 大瓢滿ち貯へて求めらるる所に隨ひ、 聊いささか疲民の爲に憔悴を起なほす。 瓢空しく夜静かにして高樓に上り、 酒を買ひ簾を捲き月を邀むかへて醉ふ。 醉中劍を拂へば光月を射い、 往往悲歌して獨ひとり涕なみだを流す。 君山を剗却せば湘水平かに、 桂樹を斫却せば月更に明かならん。 丈夫志有るも成し難きに苦しみ、 修名未だ立たずして華髪生ず。 |
隴頭水 隴頭十月天雨霜、 壯士夜挽綠沈槍。 臥聞隴水思故鄕、 三更起坐涙數行。 我語壯士勉自強、 男兒堕地志四方。 裹尸馬革固其常、 豈若婦女不下堂。 生逢和親最可傷、 歳輦金絮輸胡羌。 夜視太白收光芒、 報國欲死無戰場。 |
隴頭十月天霜を雨ふらし、 壯士夜挽ひく綠沈槍を。 臥して隴水を聞きて故鄕を思ひ、 三更起坐して涙數行。 我われ壯士に語るに自強に勉つとめよ、 男兒地に堕ちて四方に志す。 尸しかばねを馬革に裹つつむは固もとより其の常なり、 豈あに婦女の堂より下らざるが若ごとくならんや。 生きて和親に逢ふは最も傷いたむ可べく、 歳輦の金絮胡羌こきゃうに輸いたす。 夜太白を視みれば光芒を收む、 國に報ひて死せんと欲ほっするも戰場無し。 |
往事を追感す 諸公歎ず可べし善よく身を謀る、 國を誤らせしは當時豈あに一秦のみならんや。 望まず夷吾の江左に出づるを、 新亭に對泣せんも亦た人無し。 |
事を書す 關中の父老王師を望み、 想見す壺漿こしゃうの路に滿つる時。 寂寞たる西溪衰草すゐさうの裏うち、 斷碑猶なほ有り少陵の詩。 |
秋興 成都城中秋夜長、 燈籠蝋紙明空堂。 高梧月白繞飛鵲、 衰草露濕啼寒螿。 堂上書生讀書罷、 欲眠未眠偏斷腸。 起行百匝幾歎息、 一夕綠髮成秋霜。 中原日月用胡暦、 幽州老酋著柘黄。 榮河温洛底處所、 可使長作旃裘鄕。 百金戰袍鵰鶻盤、 三尺劍鋒霜雪寒。 一朝出塞君試看、 旦發寶鷄暮長安。 |
成都城中秋夜長く、 燈籠の蝋紙空堂を明てらす。 高梧月白くして飛鵲ひじゃく繞めぐり、 衰草露濕りて寒螿かんしゃう啼く。 堂上の書生讀書を罷やめ、 眠らんと 起きて行きて百匝ひゃくさふ幾いくたびか歎息し、 一夕綠髮秋霜と成る。 中原の日月胡暦を用ゐ、 幽州の老酋らうしう柘黄しゃくゎうを著つく。 榮河温洛底處いづこの所ぞ、 長く旃裘せんきうの鄕と作なら使しむ可べけんや。 百金の戰袍鵰鶻てうこつ盤わだかまり、 三尺の劍鋒霜雪寒し。 一朝塞を出づ君試こころみに看よ、 旦あしたに寶鷄を發すれば暮には長安。 |
媿はぢを識す 幾年羸疾るゐしつ家山に臥し、 牧竪ぼくじゅ樵夫せうふ日々に往還す。 至論本もと求む編簡の上、 忠言乃すなはち在り里閭りりょの間。 「私ひそかに驕虜けうりょを憂ひて心常に折くだけ、 明時に報ぜんことを 寸祿沽もとめずして能よく此ここに及ぶ、 |
夜讀范至能攬轡録言中原父老見使者多揮涕感其事作絶句 夜に范至能の『攬轡録』を讀み、「中原父老使者を見て多く涕を揮ふ」と言ふ。 其の事に感じて絶句を作る |
公卿有黨排宗澤、
帷幄無人用岳飛。 遺老不應知此恨、 亦逢漢節解沾衣。 |
公卿こうけい黨有りて宗澤を排し、
帷幄ゐあく人の岳飛を用うる無し。 遺老應まさに此の恨みを知るべからざるも、 亦た漢節に逢ひて衣を沾うるほすを解す。 |
沈しん家の園裏花錦の如く、 半なかばは是これ當年たうねんに放翁はうをうを識る。 也また信まことなり美人も終つひに土と作なること、 堪たへず幽夢いうむの太はなはだ怱怱そうそうたるに。 |
小舟遊近村捨舟歩歸 小舟にて近村に遊び舟を捨てて歩みて歸る |
斜陽古柳趙家莊、
負鼓盲翁正作場。 身後是非誰管得、 滿村聽説蔡中郞。 |
斜陽古柳趙家莊、
鼓を負ふ盲翁正に場を作なす。 身後の是非誰たれか管し得ん、 滿村説くを聽く蔡中郎。 |
秋風亭拜寇莱公遺像 秋風亭に寇莱公の遺像を拜す |
豪傑何心居世名、
材高遇事即崢嶸。 巴東詩句澶州策、 信手拈來盡可驚。 |
豪傑何の心ぞ世名に居らん、
材高くして事に遇あはば即すなはち崢嶸さうくゎう。 巴東はとうの詩句澶州せんしうの策、 手に |
山南行 我行山南已三日、 如縄大路東西出。 平川沃野望不盡、 麥隴靑靑桑鬱鬱。 地近函秦氣俗豪、 鞦韆蹴鞠分朋曹。 苜蓿連雲馬蹄健、 楊柳夾道車聲高。 古來歴歴興亡處、 擧目山川尚如故。 將軍壇上冷雲低、 丞相祠前春日暮。 國家四紀失中原、 師出江淮未易呑。 會看金鼓從天下、 却用關中作本根。 |
我れ山南に行くこと已すでに三日、 縄の如き大路東西に出づ。 平川沃野望めども盡きず、 麥隴ばくろう靑靑として桑鬱鬱たり。 地函秦かんしんに近くして氣俗豪にして、 鞦韆しうせん蹴鞠しうきく朋曹ほうさうに分わかつ。 苜蓿もくしゅく雲に連りて馬蹄健かに、 楊柳道を夾はさみて車聲高し。 古來歴歴たり興亡の處、 目を擧あぐれば山川尚ほ故もとの如し。 將軍壇上冷雲低たれ、 丞相祠前春日暮くる。 國家四紀中原を失ひ、 師江淮かうわいに出ださば未だ呑み易からず。 會かならずや金鼓の天從より下るを看んとせば、 却って關中を用もって本根と作なすべし。 |
客城中從より來きたる 客城中從よ來きたり、 相ひ視て慘として悦ばず。 盃を引きて長劍を撫し、 慨歎す胡未いまだ滅せずと。 我も亦また爲ために悲憤し、 共に論じて明發に到る。 向來酣鬪の時、 人情少しく歇まんことを願ふ。 今に及ぶまで數十秋、 復また謂ふ歳月を須またんと。 諸將爾なんぢ何の心ありて、 安坐して旄節ばうせつを望まんや。 |
雨を聽く 髮已すでに絲と成り齒半ば搖らぐ、 燈殘すたれ香燼きて夜迢迢てうてうたり。 天河は洗がず胸中の恨、 却って檐頭の雨滴に頼みて消さん。 |
望江の道中 吾が道は非なるか曠野くゎうやに來きたる、 起つは烏鵲うじゃくの初めて翻ひるがへる後に隨したがひ、 宿るは 風力漸やうやく添ひて帆力健に、 艣聲ろせい常に雜まじふ雁聲がんせいの悲しきを。 晩來又た入る淮南わいなんの路、 紅樹青山合まさに詩有るべし。 |
小園 其の三 村南村北鵓鴣ぼっこの聲、 水は新秧しんあうを刺し漫漫として平らかなり。 行きて遍ねし天涯千萬里、 却かへって鄰父に從ひて春耕を學ぶ。 |
貧甚しく戲れに絶句を作る 天涯を行くこと遍あまねくして斷蓬に等しく、 詩を作り博し得たるも一生窮す。 憐あはれむ可べし老境蕭蕭せうせうたる夢、 常に荒山破驛の中に在り。 |
園丁架に傍そひて黄瓜を摘つみ、 村女籬に沿そひて碧花を采とる。 城市尚なほ餘す三伏の熱、 秋光先まづ到る野人の家。 |
事を書す 鴨綠あふりょく桑乾さうかん盡ことごとく漢の天、 功名子在るも何ぞ我に殊ことならん、 |
春晩山南を懷おもふ 梨花りくゎは雪を堆つみ柳は綿わたを吹く、 常とこしへに記す梁州りゃうしう古驛の前。 二十四年昨夢さくむと成なり、 春晩に逢あふ毎ごとに卽すなはち悽然せいぜんたり。 |
村飮示鄰曲 七年收朝迹、 名不到權門。 耿耿一寸心、 思與窮友論。 憶昔西戍日、 孱虜氣可呑。 偶失萬戸侯、 遂老三家村。 朱顏捨我去、 白髮日夜繁。 夕陽坐溪邊、 看兒牧鷄豚。 雕胡幸可炊、 亦有社酒渾。 耳熱我欲歌、 四座且勿喧。 即今黄河上、 事殊曹與袁。 扶義孰可遣、 一戰洗乾坤。 西酹呉玠墓、 南招宗澤魂。 焚庭渉其血、 豈獨淸中原。 吾儕雖益老、 忠義傳子孫。 征遼詔儻下、 從我屬櫜鞬。 |
村飲して鄰曲に示す 七年朝迹てうせきを收をさめ、 名は權門に到らず。 耿耿かうかうたる一寸の心、 窮友きゅういうと論ぜんと思ふ。 憶おもふ昔西戍せいじゅの日、 孱虜せんりょ氣呑のむ可べかりき。 偶たまたま萬戸侯ばんここうを失ひ、 遂つひに三家村に老ゆ。 朱顏しゅがん我を捨て去り、 白髮はくはつ日夜に繁しげし。 夕陽せきやう溪邊けいへんに坐して、 兒じを看て鷄豚けいとんを牧す。 雕胡てうこ幸ひに炊かしぐ可べく、 亦社酒の渾にごれる有り。 耳熱し我歌はんと欲ほっす、 四座且しばらく喧かまびすしきこと勿なかれ。 即今そくこん黄河の上ほとり、 事は曹さうと袁ゑんとは殊ことなれり。 義を扶たすけて孰いづれか遣つかはしむ可べき、 一戰して乾坤けんこんを洗はん。 西のかた呉玠ごかいの墓に酹そそぎいのり、 南のかた宗澤そうたくの魂を招く。 庭ていを焚やきて其の血を渉ふみ、 豈あに獨ひとりにて中原を淸きよめんや。 吾が儕ともがら益ますます老ゆと雖いへども、 忠義は子孫に傳へり。 征遼せいれうの詔せう儻もし下くだらば、 我に從ひて櫜鞬かうけんを屬つけよ。 |
沈園しんゑん 二首 其の一 城上じゃうじゃうの斜陽畫角ぐゎかく哀かなし、 沈園しんゑん復また舊きう池臺ちだいに非ず。 傷心す橋下けうか春波しゅんぱの綠、 |
沈園しんゑん 二首 其の二 夢は斷たえ香かをりは消えて四十年、 沈園しんゑん柳は老いて綿わたを吹かず。 此この身行ゆくゆく稽山けいざんの土と作ならんも、 |
蹇驢けんろ渺渺べうべうたる煙津えんしんを渉わたり、 十里の山村興きょうを發はっして新たなり。 青旆せいはいの酒家しゅか黄葉くゎうえふの寺、 相あひ逢あふは倶ともに是これ畫中ぐゎちゅうの人。 |
小雨極涼舟中熟睡至夕 小雨極きわめて涼し舟中しうちゅうに熟睡して夕べに至る |
舟中一雨掃飛蠅、
半脱綸巾臥翠籐。 淸夢初回窗日晩、 數聲柔艣下巴陵。 |
舟中しうちゅう一雨いちう飛蠅ひようを掃はらひ、
半ば綸巾くゎんきんを脱して翠籐すゐとうに臥ぐゎす。 清夢初めて回さむれば窗日さうじつ晩くれ、 數聲の柔艣じうろ巴陵はりょうに下くだる。 |
當年萬里封侯を覓め、 匹馬梁州を戍りき。 關河夢は斷たる何處なりきや? 塵は暗ふかし舊き貂裘に。 胡未だ滅びざるも、鬢先づ秋たり、 涙空しく流る。 此の生誰か料はからん、 心は天山に在るも身は蒼洲に在り! |
夜遊宮 記夢寄師伯渾 夜遊宮 夢を記して師伯渾に寄す |
雪曉淸笳亂起。
夢遊處、不知何地。 鐵騎無聲望似水。 想關河、 雁門西、靑海際。 睡覺寒燈裏。 漏聲斷、月斜牕紙。 自許封侯在萬里。 有誰知、 鬢雖殘、心未死。 |
雪の曉淸ものさびしき笳亂れ起き。
夢に遊びし處、知らず何いづこの地なるかを。 鐵騎聲無く望めば水に似たり。 想ふに關河は、 雁門の西、靑海の際ほとりならん。 睡りより覺めれば寒燈の裏もと。 漏聲斷たえ、月牕紙に斜めなり。 自ら許す侯に封ぜらるるは萬里に在り。 誰か知る有らんや、 鬢殘そこなはると雖も、心未だ死せざるを。 |
壯歳戎に從ひ、 曾て是れ氣殘虜を呑む。 陣雲高く、狼烽夜に舉る。 朱顏靑鬢、 雕戈を擁し西を戍る。 笑ふ儒冠、自來多く誤れるを。 功名夢は斷たれ、 卻って扁舟を呉楚に泛ばす。 漫に悲歌し、傷懷して弔古す。 煙波無際、 望むに秦關は何處ぞ。 歎く流年、又た虚しく度すを成せるを。 |
秋波媚 七月十六日晩登高興亭望長安南山 秋波媚 七月十六日の晩、高興亭に登り、長安・南山を望む |
秋到邊城角聲哀、
烽火照高臺。 悲歌撃筑、 憑高酹酒、 此興悠哉。 多情誰似南山月、 特地暮雲開。 灞橋煙柳、 曲江池館、 應待人來。 |
秋は邊城に到り角聲哀れに、
烽火高臺を照らす。 悲歌に筑を撃ち、 高きに憑りて酒を酹ぎ、 此の興きょう悠なる哉。 多情は誰に似る南山の月、 特地わざわざに暮雲開かす。 灞橋の煙柳、 曲江の池館、 應まさに人の來たるを待つべし。 |
家は住む蒼煙落照の間、 絲毫も塵事に相ひ關かかはらず。 玉瀣を斟くみ殘し行くゆく竹たかむらを穿ち、 黄庭を卷き罷へ臥して山を看る。 嘯傲を貪り、衰殘に任し、 隨處に一しばしば顏を開ほころばすを妨げず。 元より知る造物と心腸は別なるを、 老卻せば英雄も等閒ありきたりに似るを! |
漁家傲 仲高に寄す 東のかた山陰を望めば何處いづこか是れなる? 往來一万三千里。 寫かき得て家書空しく紙に滿つ! 淸き涙を流し、 書を回かへすこと已すでに是れ明年の事。 語ことばを寄す紅橋橋下の水に、 扁舟何日いづれの日か兄弟を尋ねん? 天涯を行くこと遍ねく眞に老い矣たり! 愁ひて寐ねる無く、 鬢絲幾いく縷すぢか茶煙の裏うち。 |
鵲橋仙 夜に杜鵑を聞く 茅檐に人靜まり、 蓬窗に燈ともしび暗く、 春晩連江の風雨。 林の鶯巣の燕總じて聲無し、 但だ月夜なれば、常に杜宇ホトトギスは啼なく。 淸き涙を催し成し、 孤りの夢を驚き殘そこなひ、 又た深き枝を揀えらびて飛び去る。 故山なれど猶自なほも聽くに堪へず、 況いはんや半世、飄然たる羈旅にありてをや。 |
紅く酥やはらかき手、黄縢の酒、 滿城の春色宮牆の柳。 東風惡しく、歡情薄し。 一懷の愁緒、 幾年の離索。 錯、錯、錯! 春舊の如く、人空しく痩す、 涙痕紅あかく浥うるほして鮫綃ハンカチに透る。 桃花落ち、閑かなる池閣、 山盟在りと雖も、 錦書托し難し、 莫、莫、莫! |
卜算子 梅を詠ず 驛外斷橋の邊、 寂寞として開き主無し。 已に是れ黄昏獨り自ら愁ふるに、 更に著ます風雨に和まず。 苦もっぱら春を爭ふの意こころ無く、 一へに羣芳の妬まるるに任まかす。 零落して泥と成り碾ひかれて塵と作なるも、 只だ香は故もとの如く有り。 |
桃源憶故人 題華山圖 桃源憶故人 華山の圖に題す |
中原當日三川震、
關輔回頭煨燼。 涙盡兩河征鎭、 日望中興運。 秋風霜滿靑靑鬢、 老却新豐英俊。 雲外華山千仞、 依舊無人問。 |
中原の當日三川震ひ、
關輔に回頭すれば煨燼なり。 涙は盡く兩河の征鎭、 日に望む中興の運を。 秋風に霜は靑靑たる鬢に滿ち、 老却したり新豐の英俊。 雲外の華山は千仞にして、 舊に依よりて人の問おとなふこと無し。 |
水調歌頭 多景樓 江左占形勝、 最數古徐州。 連山如畫。 佳處縹渺著危樓。 鼓角臨風悲壯、 烽火連空明滅、 往事憶孫劉。 千里曜戈甲、 萬竈宿貔貅。 露霑草、風落木、 歳方秋。 使君宏放、 談笑洗盡古今愁。 不見襄陽登覽、 磨滅遊人無數、 遺恨黯難收。 叔子獨千載、 名與漢江流。 |
江左形勝に占むるは、 最いつに古き徐州を數ふ。 連山畫の如く。 佳き處縹渺として危樓を著はす。 鼓角風に臨みて悲壯に、 烽火空に連なりて明滅す、 往事孫・劉を憶おもひ。 千里戈・甲を曜かがやかす、 萬竈貔貅を宿す。 露は草を霑ぬらし、風は木に落おとろふ、 歳ときは方まさに秋。 使君宏放にして、 談笑し洗ひ盡くす古今の愁を。 見ず襄陽の登覽を、 磨滅して遊人無數なれば、 遺恨黯く收め難し。 叔子獨り千載に、 名と漢江は流る。 |
浪淘沙 陽浮玉亭席上作 浪淘沙 丹陽の浮玉亭席上の作 |
綠樹暗長亭。
幾把離尊。 陽關常恨不堪聞。 何況今朝秋色裏、 身是行人。 淸涙浥羅巾。 各自消魂。 一江離恨恰平分。 安得千尋橫鐵鎖、 截斷煙津。 |
綠樹長亭に暗く。
幾たびか離尊を把る。 「陽關」常に恨みて聞くに堪へず。 何ぞ況んや今朝秋色の裏うち、 身は是れ行人なり。 淸涙羅巾を浥うるほし。 各自消魂し。 一江の離恨恰まさに平分す。 安いづくんぞ千尋の橫ざまなる鐵鎖を得て、 煙津を截斷せん。 |
淸商怨 葭萠驛の作 江頭の日暮に痛飮す、 乍雪はつゆき晴るれど猶なほ凛たり、 山驛凄涼として、 燈昏くらくして人獨ひとり寢いぬ。 鴛機は新たに寄こす斷錦を、 往事を歎くに、重ねて省かへりみるに堪たへず、 夢は南樓に破れ、 綠雲一枕に堆うづたかし。 |
一竿の風月、 一蓑の煙雨、 家は釣臺の西に在って住む。 魚を賣るに城門に近くを生怕おそる、 況いはんや肯て、紅塵の深き處に到るをや。 潮生ずれば櫂を 潮平かなれば 潮落つれば浩歌して歸去す。 時の人錯ちて把もって嚴光と比さんも、 我自らは是れ、無名の漁父なり。 |
青衫初めて入る九重城、 結友盡く豪英。 蝋封夜半に檄を傳へ、 騎を馳せて幽并を諭さとす。 時失ひ易やすく、志成り難がたし。 鬢絲生ず。 風月を平章し、 江山を彈壓す、 別もしや是れ功名ならんか。 |
[索引] *示兒*十一月四日風雨大作*金錯刀行*秋夜將曉出籬門迎涼有感 *書憤*塞上曲*北望*劍門道中遇微雨*關山月*古意*遊山西村 *病起書懷*灌園*感事*龍興寺弔少陵先生寓居*樓上醉歌 *隴頭水*追感往事*書事*秋興*識媿 *夜讀范至能攬轡録言中原父老見使者多揮涕感其事作絶句*春游 *小舟遊近村捨舟歩歸*秋風亭拜寇莱公遺像*山南行*客從城中來 *聽雨*望江道中*小園・其三*貧甚戲作絶句其六*秋懷*書事 *春晩懷山南*村飲示鄰曲*沈園二首其一*仝其二*冬初出遊 *小雨極涼舟中熟睡至夕*訴衷情*仝*夜遊宮*謝池春*秋波媚 *鷓鴣天*漁家傲*鵲橋仙*釵頭鳳*卜算子・詠梅 *桃源憶故人・題華山圖*水調歌頭・多景樓 *浪淘沙・丹陽浮玉亭席上作*淸商怨・葭萠驛作*鵲橋仙 [上代][陶淵明][玉臺新詠][抒情詩][竹枝詞][花間集][李煜][香殘詞] [淸風詞][豪放詞][憂国慨世][李淸照][陸游][辛棄疾][金陵舊夢][秋瑾] [通俗詩][扶桑櫻花讚][日本漢詩] |