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       春情花の朧夜

       その五 吹かれたらなびくさまあり糸柳

 半七の心を美しいと思っていた助十郎の女房のお花は、半七が屋敷を出て消息知れずになってしまったのを寂しく思っていた。
 助十郎は、自分の女房をたとえ一夜とはいえ人に貸した上、半七からの手紙によれば金も借りたらしい。
 それは女房を売ったのも同じ卑劣なやり方である。
 それに、刀に誓って女房を貸すと約束したのにもかかわらず、半七とおいきが寝ているところを立ち聞きして嫉妬し、切り込もうとしたのは何ということであろうか。
 これほど心の定まらない男と一生連れ添うよりは、わが身を思って恋煩いし、代わりのおいきを自分と信じて寝たとはいえ、それに非を認め、恥と思って屋敷をただちに立ち退いた半七殿こそ信義がある。
 このような男に身を任せて一生涯を過ごすことこそ女の本望であろう、という考えにいたり、半七への愛情が募っていった。
 お花はつてを頼って半七の行方を捜し求めた。
 そして、江戸にいるらしいことがわかると、少しの衣服を包み、路用の金を腰に巻きつけて、ある夜、こっそり屋敷を抜け出し、人目につかぬよう通し駕籠に乗って東海道を江戸へと急ぎ向かうのであった。
 お花がいなくなった屋敷では、誰がこのことを聞きつけて言いふらしているのか、屋敷の中に噂が広まり、助十郎のしたことは実に武士にあらざる行為だとして、助十郎は知行三百石を没収、勤めていた主人からも長の暇を言い渡されてしまった。
 水性田の家名が潰れたのは自業自得である。
 助十郎はおいきを連れて屋敷を出たが、これといった身寄りもないので、大磯宿のおいきの伯母のところへ行ってみた。
 伯母は突然のことに驚いたが、以前の恩人でもあるので懇ろに待遇してくれた。
 安堵した助十郎は、当面の雑費にといくらかの金を渡して、しばらくここに落ちつくことにした。

 その日は、朝から伯母が出かけたので、いつものような機織りの音が聞こえることもなく、たいへん静かな日であった。
 屋敷にいたときは家の軒先をゆっくり見たこともなかったが、田舎住まいはのんびりしたものだ、と二人は寝ころんで庭の景色を眺めていた。
「なあ、おいき。鎌倉と違ってここらは誠に寂しいけれど、世間に遠慮なんのということもねえから、そりゃいいのう」
「ほんにさようでございますよ。三日経っても誰がくる気遣いもなく、気楽なことはまあ、この上もありませんのさ」
「しかし、この狭いところに三人並んで寝るのだから、夜は話しにくいのう」
「年寄りは目ざといので困りますねえ」
「まあ、もうちっとこっちに寄んな。真昼間だと気分も変わるというもの。窮屈なのよりよかろうよ」
 助十郎はおいきの手を取って引き寄せた。
「おほほほ。それでもあんまりじゃございませんか」
 おいきは男にぴったりとくっついた。
「初めてのときも昼間だったぜ。こうしておけばいいさ」
 助十郎が障子をぴしゃり閉めると、おいきはそばにあったたばこ箱に鼻紙をあてて枕にし、ごろりと横になった。
「誰かきやしまいかねえ」
「たったいま、三日経っても人はこねえ、と言ったばかりじゃねえか」
「おほほほ。それでもまさかのときが」
「ふん。まさかのときもねえもんだ」
 そう言うと、助十郎はおいきを仰向けざまにしたまま、敷いていた座布団を女の尻の下にあてがい、そのまま衣服の裾をまくりあげて、脚を開かせ、その間に太腰を割り入れた。
 左右のひらひらを開いて、穴の中を明かりに透かして覗きこむと、尻を高くしたおかげでその内奥の口までかすかに見える。
 男をまだそれほど知らない証拠に、百裂が薄く、赤い。
 肉饅頭の上に毛がもじゃもじゃ生えていた。
 助十郎は女のすべすべした雪よりも白い内股を片手で抱えあげ、大舌の下のぐりぐりしたところとその周辺を、たっぷり唾をつけた親指の腹で、ぬるり、ぬるりとこすりあげ、左手の人差し指と中指でこねくりまわす。
 おいきはだんだんによくなって、しきりに尻を振り回した。
 奥のほうからぬらぬら溢れ出してくるものに、思わず
「ハア、ハア」ともらして抱きつこうとすると、男はここぞとばかりに指を女のその口まで進ませて、ぐりぐりかきまわした。
「あ、もう気が遠くなりますよ。あれさ、じらさずに抱きついておくれよ。ねえ、意地の悪い。それ、また出ますよ。行きそうだというのに、後生だから本当に入れておくれよ」
 耐えられなくなったおいきは、身を起し、両手を伸ばして男の首に噛り付き、大喜びに身もだえした。
 全身が勃起しているような気持ちになった男は、鉄火のように脈打ち誇り、反り返っているものを押しあて、ぬるぬるぬっと滑らしこめば、それは一息に飲み込まれていく。
 その心地好さに、腰をつかわず、トキン、トキンと脈打たせてだけいると、左右の肉にくわえこまれて奥に引き込まれそうになる。
 ハア、ハアと鼻声が出てきた。
「あ、いく。こっちも久しぶりに腹いっぱいに気がいきそうだ」
「ほんに嬉しいわえ。一緒におやりよ。私はこれで三度目がいまいくところだ。一緒におやりよ。あ、いく、いく」
「こっちもそれ、それ、いく、いく、いく。あう、あう、はあ、はあ」
「お、いく、いく、あああいいいうううすう」
 二人は誰に遠慮することなくしきりに気をやった。

 十分堪能したところに主の伯母が戻り、家の門口から声をかけてきた。
「やれ、やれ。いま帰りました。旦那さんもおいき坊も寂しかろうと思ったが、お寺の十夜でお談義を聴聞していたので隙取りました。今夜はお籠りで念仏踊りもあり、商人も出てにぎわっているから、参詣にお出まし。若いお方が家にばかりいるのは毒ですから」
「念仏踊りとは珍しい。おいき、おめえも見にいかねえかえ」
「ご一緒に連れていっていただきましょうかねえ」
「そんなら髪でもなでつけな」
 おいきは急いで鏡台を取り出し、紅おしろいして身仕度した。
 外は若い二人が寄り添い、手をつないで、じゃらつきながら歩くのにちょうどよい恋の夜の道である。
 宿を出た二人が細い縄のような道を歩いていると、四〜五人の男連れとすれ違った。
 一杯機嫌の酒臭い男が振り向いて小声で仲間に囁いた。
「よう、よう。あれだ、あれだ。あの女だぜ」
「なるほど。素敵に美しい代物だ」
「連れの野郎は亭主かなあ」
「かねて話していたとおり」
「しかかる喧嘩のそのどさくさに」
「女をみんなで引っさらい」
「売ってしまえば金づるだ。うめえ、うめえ」
 などと立ち止まってよからぬ相談をしている。
 よからぬ気配を感じた助十郎とおいきは寺への足を早めた。
 寺の門内は念仏踊りと見物の人混みで、田舎とは思えない賑わいぶりを見せていた。
 その楽しさに心が落ち着き、悪漢のことをすっかり忘れていたとき、人が大勢、騒ぎはじめた。
 どこかで喧嘩が始まったらしく
「それ、喧嘩だ」という声がする。
 人が押し合い、へしあいして、二人は人の波にもみくちゃにされる。
 いつしかおいきは助十郎とはぐれて、一人、裏門のほうの通りへ押し出されてしまった。
 裏門は人だかりでここから中には戻れそうもない。
 しかたなく真暗闇を表の門のほうに向かって歩き出したところで、おいきは先ほど道で会った連中に取り囲まれてしまった。
 人のいなくなるところを見計らって待っていたらしい。
 おいきは逃げようとする間もなく、手拭いのさるぐつわをかまされ、二人の悪漢に担ぎあげられた。
 おいきを担ぎ、息のはずむに任せてかけ出した悪漢が、おいきをおろしたのは人のいないある薮陰だった。
「しめた、しめた。ここまでくりゃこっちのものだ。ほかの奴らはどうしたんだ」
「大方、道に迷ったんじゃないか」などと目をこらして周囲をうかがっている。
 そのとき稲草の間からぬっと現れた浪人ふうの男が、悪漢の襟元を引っ掴んで田圃にどんぶりと投げ込んだ。
「やあ、邪魔するな」
 むしりつこうとしたもう一人の悪漢に浪人は当て身を食らわせる。
 悪漢が反り返って倒れた。
 悪漢が立ち上がってこないのを確認すると、浪人はおいきの口を塞いでいる手拭いをとって田圃に捨て、自分は衣類の塵を払いながらおいきの手を取って、悠々と小道のほうへと歩き出した。
 おいきは悪漢からの難儀をまぬかれた嬉しさに、ひかれるままについていき、人気のない古寺のお堂に連れていかれた。
 梢の間から洩れてきた月の光に照らされたとき、おいきは初めて男の顔を見た。
 はっきりとはわからなかったが、二十五〜二十六歳ぐらいで月代が長く、色が白い。
 忠臣蔵の芝居に出てくる定九郎に似た武士である。
 おいきは助かったと思う反面、もしかしたらこれも悪漢かもしれないという不安がよぎると、言葉も出せずに、おどおどしていた。

その六 洩れる暇のありて嬉しや寝屋の月

 武士は月明かりにおいきの顔を透かし見ながら、何やらニコニコとうなずいている。
「やれ、やれ。かわいそうに。さぞ怖かったろう」と言うと、火打で火をつけたたばこを吸い付け、煙管の雁首を下げて喫み込んだ。
「姐さん、おめえを担いだ先刻の奴らは、おおかた、おめえをまわして慰みものにする気か、女郎に売って金にする企みだろうと思ったから、懲らしめてやったが、ここまでくりゃあもう大丈夫。どこが家か知らねえが、夜明けになったら送ってやるから、まあ、心配しねえでいるがいい」
 親切そうなことに安心したおいきは、自分が大磯の伯母のところに住まっていること、十夜詣でに出かけて災難にあったことなどを話した。
「私は怖くって生きた心地がしませんでしたが、あなたのお陰で助かりました。あまりに勝手ではございますが、この上はなにとぞ伯母の家までお送んなすってくださるよう、何分、お願い申します」
「そりゃあ承知。そのつもりでいるのさ」
「誠にありがとうございます。あなたがいらしてくださらなければ、いまごろどんな目にあっていたかも知れません」
「不運なところに居合わせたのも、よくよく深い縁なのだろうさ」
 武士はまたもおいきの顔をほれぼれと眺めた。
「こっちが生まれたのは鎌倉で、いまは江戸勤めの身。そこの旦那に用を頼まれ、小田原まで行ってきた帰りだが、帰りを急いでこの先の平塚で泊まろうと思ったあまり、道を誤ってこんなあぜ道にきてしまった。それが幸い、こうしておめえを助けたのだが、見りゃあ見るほど美しく、色っぽい娘じゃねえか。こう言ったら今度はこっちを悪漢と思って驚くだろうが、長い一夜を向き合ったまま気を揉んでいるわけにもいかねえ。先刻の奴らに薮陰でやられたと諦めて、寒いからもっとこっちへ寄んねえ」
 手を掴まえられて引き寄せられたので、おいきは再び震えはじめた。
 一難去ってまた一難とはこのことで、歯の根も合わないほどに声を震わせた。
「それはもうあなたのお陰で助かりました。ご恩は忘れはしませんが、なにとぞ家まで帰った上……」
「その逃げ口上も無理はあるめえ。だが、こっちも初めからこうしておめえを口説くためにこの空き寺に引っ張りこんだわけじゃねえ。難儀と見たから力になってやろうとの一心だったが、何のはずみか恋心が立ってしまったのだ。名も知らねえで惚れるのはこっちが悪いから、嫌だろうし、怖くもあろうが、ちょっとの間、辛抱しておとなしくしていてくんな」
 そう言って、おいきをぐっと抱きすくめると、内股に手を差し込んできた。
 おいきはその手を一所懸命に払いのけて
「もう、なにとぞ堪忍して」と泣き声で詫びたが、男は容赦せずに、おいきを板の間に仰向けに押しのけた。
 閉じようとする両脚の間に太腰を無理に割り込ませ、うなじを抱き寄せて口を吸う。
「あれ、もう無体な。もし、苦しいから堪忍して」
 押しのけようとする手を男は左手で押さえ、右手の指二本で探りかかった。
 開中はしっくり湿って温かく、例えようのない手触りだ。
 血気盛んな若者はたまりかねて、筋張った馬より大きな一物を火より熱く、樫の木より固くさせて、ドキン、ドキンと反り返らせている。
 それを押しのけた女のふっくらした真ん中にあてがい、腰を押していくと、両側を巻き込んでだんだんに入っていく。
 こうなっては、もはやおいきは抵抗のしようがなかった。
「あれ、もし。お前さんの言いなりになるから、なにとぞ静かにしてこの手をゆるめておくんなさい。痛くて切ない」
「本当にそうだろうのう。一体全体、おめえが強情だから力が入ってしまったのだ。堪忍してくんねえよ」
 男は正気に戻ったようで、押さえていた手を離した。
 だが、いったん始めてしまったのをやめようとはしなかった。
 おいきに両手を床につかせて四つんばいにすると、悠然と抜き差ししはじめたのである。
 内側がこすられて、ツウ、ツウと出てきたぬらつきに、図抜けて太い大竿が半分ばかり入っていく。
 おいきは自然とよくなってきたが、鼻息をはずませて気をやってはいけないと思い、顔をしかめ、歯をくいしばって耐えている。
 だが、締まる玉中で抜き差しされるたびに、左右の内側が強く当たり、ひだひだの臓物が男の先端に吸い付いて、引き抜かれるような感じが何ともいえない。
 いままで味わったことのない気持ちよさに、我を忘れて尻を持ち上げてしまう。
「ああ、もうどうしよう。あれ、あれ、情けない。私は、それ、それ、ああ、ああ」
 気を揉んでいるうちに心底から湯より熱い情の証しをドク、ドク、ドクと吐き出して、男の天井に浴びせると、締まりのよかったものもたちまちゴボ、ゴボ、スポ、スポと容易に抜き差しできるようになってしまった。
 そのたびに鳴り出して、足と足がじゃり、じゃり絡むほどにぎっしりと入るので、男もすっかり耐えられなくなり、総身の力を込めて息するのも激しく、スカリ、スカリ、ツボリ、ツボリと突きまわす。
 抵抗していたのが嘘のように女は開口を開けて、男をしっかり吸い込もうとしてくる。
 男は
「はああ」と身を震わせ、顔をしかめていたが、
「ああ、いく、いく、それ、いく、いく」と言うのを合図に、トキン、トキン、ヒョッツク、ヒョッツク、愛泉のように吐き出したものを女宮の中へ弾き入れた。
 女は
「ああ、あれ、どうしよう、うん、うん、はあ、はあ」と悶えていたが、男がさんざ気をやってようやく離れたので、そのまま床につっぷした。
 男は女の腰巻で後始末をし終えてから、くんにゃりと綿のように動かなくなっているおいきを引き起こし、自分の膝の上に抱えあげて、背中を撫ではじめた。
「やれ、やれ。かわいそうに、さぞ嫌であったろう」
 おいきは何だか意気地もなく開け広げた衣類の前を合わせながらため息をついた。
「あなたが嫌がるものを捉えてひどい目に合わせなさるのだもの」
 少し潤んだ恨めしげな声だった。
 男は天井を見上げた。
「こっちが悪いは悪いけれど、そんなに言ってくれねえでもだ、つまりはおめえが美しすぎるのでつい惚れてしまい、本望を遂げたらまんざら悪くもねえだろうと思ったが、実際にこうして交わり、気をやってみると、なお可愛さが増してきた。姐さん。通りすがりに袖と袖が振り合うのも他生の縁というじゃねえか。いっぺん肌を合わせた日にゃ、何度交わっても同じことだ。まあ、夜明けまでいいじゃねえか」
 男がまた押し倒して乗りかかってきた。
 おいきはもう抵抗することもなく体を投げ出した。
「お前さんの言うことを立てて、これまで言いなりになっていましたが、いまのでなにとぞ堪忍して。あれさ、そんなに指を入れては、乳をなめてはくすぐったいから、あれさ、誠にひどいねえ」
「そんなら口を吸わせてくんな。もっと長あく舌を出してさ、チュウ、チュウ、チュウ、ああ、甘い」
 そうして楽しんでいるうちに、またぬっと押し立った大物にツバもつけず、花玉にあてがい、一息にズブ、ズブと押し込む。
「あれ、痛いからそんなにせずにゆっくり入れて」
 女が払いのけようとしてきたところを男が上からぐっと抱きしめた。
「なあ、おいきさん。なんぼ月夜の明かりでも、もう気がつくかと思っていたのに、わからないとはにべもない。あんまりだ」
 そう言われてよくよく見れば、いつだったかお花の代わりに犯されたときの半七ではないか。
「おやまあ、あなたでございましたか」
 おいきはいままでの恐怖と引き替えに我を忘れて半七に抱きついた。
 半七は顔をしかめた。
「ああ、いい女だ。たまらねえ。それ、それ。抜き差しするたびにこっちの胴中を吸い込むんだから」
 ズッポ、ズッポと突き立てると、女は喜びのあまりそれに応えて尻を持ち上げ、回している。
「半七さん、お前さんとは知らなんだ。ああ、こらえていた気を一度にやるよ。おお、いい、いい。ああ、いく、いく、あれさ、あれさ」
 と大よがりによがっている。
「おいき、おいき」と呼ぶ声が聞こえてきて助十郎は目を覚ました。
 眠い目をして上半身を起こしているおいきが見えた。
 助十郎ははっと気がついた。
 いまのは寝ころんでウトウトしていたときに見た夢で、外出もせずにずっと伯母の住まいにいたことを。
「ああ、怖かった」
 助十郎は全身の汗を拭いた。
 何が怖かったのかは言わずに紛らわしたが、股は正直にぬめっていた。
 助十郎は急いで厠へ向かった。

 半七は藤兵衛の口利きで梶原家の馬預かり係となり、藤兵衛の裏に住まいを構えたが、鎌倉にいたときは奉公人を四〜五人も使っていた身だったのに、ふとした恋の迷いから、いまの一人暮らしを選ぶことになった。
 そして、すっかり寂しい思いをしていたときに、どうした縁か藤兵衛の娘のお登世と深い仲になり、ときどき父親の目を盗んでやってくるお登世との忍びの転び寝に心を慰めていた。
 半七はきょうもいつもと同じように夕暮れ過ぎに屋敷から戻ってきた。
 行灯は暗いが、それも一人所帯の気楽さである。
 消し炭の火で茶を沸かし、火鉢の縁に肘をついて、たばこをくゆらしながら、もしかしたらお登世が忍んでやってくるんじゃないかと心待ちにしていた。
 そのとき門口に人がやってきた気配がした。
「あのう少し、物をお尋ね申しとうございます。鎌倉からおいでなさいました粋野半七さまのお住いはこちらではございませんか」
 それは確かに女の声で、どこかで聞いたこともあるような気もする。
 半七は首をかしげて、はてな、と考えながら、
「半七の宅は手前でございますが、どなたさまでございますか」と表に向かって声をかけた。
「半さん、誠にお久しゅう」と、障子をがらっと開けて入ってきたのは、水性田助十郎の女房のお花だった。
 死ぬほど思い詰めて惚れ込んだ女が突然目の前に現れたのだ。
 半七はびっくり呆然として、しばらく言葉が出なかった。

続く

[春情花の朧夜梅柳 恋衣濡色 糸柳寝屋の月 糸瓜桜 色好奥の院 花吹雪桜紙 怒竿裾開 玩言花腎 乱舞朧夜] 長枕褥合戦 書架