狂歌百人一首

 秋の田の刈り田のあとを咎められ 我が後ろ手に雪は降りつつ

 春すぎて夏来にけらし綿抜きの 衣干すてふ汗のかき初め

 あしひきの山屋がうどん汁もよし 長々しきをひとりすすらん

 吉原に打ち出でてみれば白小袖 散茶揚屋の雪の振袖

 奥山に紅葉見の客生酔の 声聞く時ぞ秋もおかしき

 蕎麦売りの声細々と行灯の 白きを見れば夜ぞ更けにける

 天の原月すむ秋を真二つに ふりわけみればちやうど仲麻呂

 花のころはさかりにけりな上野山
わが身べんとをひらきせしまに

 これやこの行くも帰るも蝦夷咄 知るも知らぬも大方は嘘

 三月のうちにとれたる初鰹 人には告げよ海士の釣舟

 落馬にもこりず 乙女をとめたがり

 みなの川男と女の間には 嘘つくばねの淵のありてふ

 みちのくの忍ぶもぢずりそれよりも 乱れそめにし今日の酒盛り

 世渡りに春の野に出て若菜摘む 我が衣手に雪も恥かし

 立ちわかれ田舎へ行くも金ゆゑに 都合ができて今帰りこん

 千早ふる神代もきかず江戸中に 目から鼻から砂くぐるとは

 娘の子ひいき役者を思ひ寝の 夢の通ひ路人めよくらむ

 難波がたみじかき足の亀の子も ながきよはひをすぐしてよとや

 今こんと鳴きしばかりに女狐の 穴にや夜の殿を待つらん

 吹くからに秋の米の直上がるれば むべ山風を餓死といふらん

 月みれば千々に芋こそ喰ひたけれ
わが身ひとりのすきにはあらねど

 このほどは櫛も取りあへずむさければ 虱わくらし髪の間に間に

 なにといはば大酒飲みのあばれ者 人にぶたれてくるよしもがな

 小倉山折り焚く紅葉心あらば 時雨ふるほど酒が降れかし

 酒のはら起きてのまるる水の数 いつ飲むとても苦しかるらん

 山里は冬ぞさびしさ増りける 人目も草もいとはずに野糞たれ

 こころあてに吸はばや吸はん初しもの
昆布まどはせる塩だらの汁

 そしてまたおまへいつきなさるの尻
あかつきばかりうき物はなし

 朝出でてありたけの銭のなき迄に 吉野の遊山くらす籠のり

 質蔵にかけし赤地のむしぼしは ながれもあへぬ紅葉なりけり

 おやかたのしかりくどきき晴の日に
何ごころなくはなのたるらむ

 誰をかも知る人にせん死出の旅 鬼も昔の友ならなくに

 人はいざ小野の小町に年はよれど 花ぞ昔の香ににほひける

 夏の夜はまだ酔ひながらさめぬるは 腹のいづくに酒やどるらん

 鬼は外福は内へといり豆は つらぬきとめぬ玉ぞちりける

 恐るべき事は藪医に身を任す 人の命の惜しくもあるかな

 徳利はよこにこけしに豆腐汁 あまりてなどかさけのこひしき

 わが恋は袖やたもとをおしあてて 忍ぶとすれど腹に出にけり

 恋しさに忍びてまがき立ちまよひ 君知れず土手を帰る裏道

 千切れたる鴎の羽の萎れつつ 末の松山浪こさじとは

 又してもじじとばばとのくりことに
むかしは物をおもはざりけり

 逢ふことのたえて久しき座敷牢 人をも身をも恨みざらまし

 あまれども食ふべき物は惜しまれて
身のいやしきにくやみべきかな

 裏の戸をたたく待ち人門たがへ ゆくへも知らぬ恋の道かな

 八重むぐらしげれる宿の無法者 人こそ見えね秋は来にけり

 花みんともちしささへをぶちおとし
くだけてものをおもふころ哉

 御かき守衛士のこく屁によし宣が 鼻かかへつつものをこそ思へ

 恋路には惜しからざりし命さへ 長くもがなと地黄をぞのむ

 かくとだにえやはいぶきのさしも草
なくば灸治はほくちなるらん

 負けぬれば売れるものとは知りながら
なを恐ろしき掛値なるかな

 酔ひつぶれひとりぬるよのあくるまは
ばかに久しきものとかはしる

 忘りやるな行く末まではかたけれど 命かぎりに金をかぎりに

 滝の音は絶えて久しくなりぬると いふはいかなるかんばつのとし

 あらざらん未来のためのくりことに 今一たびの逢ふこともがな

 めぐりあひて見ぬ顔したり年の暮

 老いぬれば子供にかへる物ぞとて いでそよ人を忘れやはする

 下戸ならば寝なましものを酒樽の かたぶくまでの月ぞさびしき

 大江山いく野の道のとをければ 酒呑童子のいびき聞えず

 奈良桜一重余計に匂ふ也

 身をほめていふ空言にはかるとも 世にあるさかし人はゆるさじ

 今はただ金は絶えけりはかなさよ
ことづけならでゐるよしもがな

 両国の花火一刻千金の あらはれ渡る瀬々の網代木

 糞こいに朽ちなむ酒樽や油だる

 二三日間がありや相模うらみわび

 もろともにあはれと思へお月さま 国のなじみはお前ばかりぢや

 およしよといはず小声で春の夜の 夢手枕に下女孕み

 若後家になりて浮世にながらへば 淋しかるべき夜半の月かな

 湯豆腐に紅葉卸しを掻き混ぜて 龍田の川の錦なりけり

 さびしさに宿を立ち出てながめたり
煙草呑んだり茶をせんじたり

 夕ざれば門の破れ戸おとづれて あただ丸寝に秋かぜぞひく

 赤飯をいざやくばらん鳥のふん かけしや袖のぬれもこそすれ

 越中の返魂丹を売りに出て とやまの霞立たずもあらなん

 とし頼はさむさも強し山おろし はげしかれとはいのらぬものを

 ねぎり置きしさしもの質を命にて
あはれことしのきはもすぐめり

 下の句をぬすみし哥もありそ海 雲ゐにまがふ沖津白浪

 焼つぎにやりなばよしやこの徳利 われても末にあはんとぞ思ふ

 淡路かた通ふ上戸の千鳥足 幾夜寝酒を過ごしきぬらん

 たなびく雲のたえまより久米どさり

 新枕心もしらず黒髪の みだれて今朝は物も言はれず

 替玉に月をして行くほととぎす

 嬉しいにつけ悲しいにつけ泣き上戸 憂きにたへぬは涙なりけり

 世の中よ餅こそよけれ思ひ入る 山の奥にも茶屋ぞあるなる

 手切金取りて別れし女房の 憂しと見し世ぞ今は恋しき

 傾城にふられ煙草の火は消えて 閨のひまさへつれなかりけり

 あきれつつ月夜に釜をぬかれたる たはけ面なるわが所帯かな

 むらさめの道のわるさの下駄のはに はら立ちのぼる秋の夕ぐれ

 なには江の芦のかり寝の一夜妻 みをつくすこそなんのあだ浪

 玉の緒よ絶えなば絶えねなどといひ
今といつたら先ずおことわり

 夕立のはれてしぼりのその浴衣 ぬれにぞぬれし色はかはらず

 しづの女はなくや霜夜のさむしろに 機織虫と身を恨みつつ

 人こそ知らねかわく間も嫁はなし

 しのばずはすぽんも鴨な(がん)ぞなく あまた子供のつくでかなしも

 奉公に子供を出して親心 故郷寒く衣うつなり

 おぼえなく浮く世の席にあそぶかな 我が飲む酒にしみぞめの袖

 花さそふあらしの庭の雪ならで 振り行くものは牛の金玉

 釣舟で酒の肴にまづ鰈 焼くや藻塩の身もこがれつつ

 みめぐりに早苗とりゐの乙女子が 笠着ぞ夏のしるしなりける

 食ふもうし食はぬもつらし居候

 ひるもうしひらぬもつらし嫁すかし

 ももしきや古き哥人しのぶには 猶あまりある小倉色紙ぞ

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