飛ぶ鳥は落とせど鳥羽は落ちぬなり

殺生石 目録

 天竺・唐土・本朝と三国を跨にかけて、美女に化して数々の悪行を重ねてきた、白面金毛九尾の老狐が、本朝では玉藻の前と身を化して皇道を妨げようとしたが、安倍の泰成に見破られて調伏され、那須野の原に潜んでいたのを、三浦の介・上総の介の矢先にかかって命を落とした。
 命は落としたものの、その執心が石となって、近づく者の命を奪い、飛ぶ鳥をも落としていた。
 通りかかった玄翁道人の供養により、悪事を行わないことを誓って消えうせる。

 ワキの玄翁道人が下野の国那須野の原で、石の上に鳥が落ちるのを見て近づこうとすると、一人の里女が現れ殺生石の由来を語ります。

 「さてこの石は何故かく殺生をば致すやらん」「昔鳥羽の院の上童に、玉藻の前と申しゝ人の、執心の石となりたるなり」

にこにこしていても 飛鳥が 落ちるなり
官女の時も 飛ぶ鳥を 落とすなり

 さて玉藻の前ですが、どうも怪しげなご身分で、

 そもそもこの玉藻の前と申すは、出生出世定まらずして、何處の誰とも白雲の、上人たりし身なりしに。
 然れば好色を事とし、容顔美麗なりしかば、帝の叡慮浅からず。
 ある時玉藻の前が智慧を計り給ふに、一事滞る事なし。
 経論聖教和漢の才、詩歌管絃に至るまで、問ふに答への暗からず。
 心底曇りなければとて、玉藻の前とぞ召されける。

詮議して 見れば玉藻は 無宿なり
古渡りの 官女と言ふは 玉藻なり
十二単衣は 恐ろしい 化けの皮
さつさつと 玉藻唐本 読んでいる
つま立つて 歩く官女を ご寵愛
人間の 官女がみんな 嫉むなり
初手狐 のちの鳥羽には 亀が付き

 2句目「古渡り」は、外国から渡来した布・器物・薬品などをいいます。
 4句目、もとがもとですから漢籍なんてペラペラだったことでしょう。
 その上とびきりの美女とくれば、なんで帝が逃しましょう。
 そんなこんなでご寵愛を受ける身となりましたが・・・。
 ある夜、清涼殿にて管絃の御遊がありました。
 突然吹く風に御殿の灯火が消されてしまい、大騒ぎとなりました。
 その時玉藻の前の身が光り輝き、それを見た帝は御悩となってしまいます。
 最後の句、「初手狐」は玉藻のこと、「のちの亀」は後鳥羽上皇と寵妃・亀菊。
 亀菊の所領である摂津国長江、倉橋両庄の地頭職改補などを廻り、北条義時と後鳥羽院との争いに発展、承久の変へと繋がっていきます。

玉藻より すごい奴だと 江間はいひ

 は亀菊を詠んだもので、江間は江間小四郎義時(北条義時)のこと。

昔から 尾のある美女が 迷はせる
天竺浪人で 主上御悩なり
天竺浪人を 嘗めて御悩なり
恐ろしい 御悩は玉の 汗を出し
鳥の羽 すでに狐が 喰ふところ
もちつとで 狐皇子を 孕むとこ

 今は何をかつつむべき、天竺にては斑足太子の塚の神。
 大唐にては幽王の后褒ジと現じ、我が朝にては鳥羽の院の、玉藻の前とはなりたるなり。
 我王法を傾けんと、假に優女の形となり、玉體に近づき奉れば御悩となる。

遠つぱし よりをする奴は 玉藻なり
天竺の 唐のと玉藻 慣れたもの
三韓を 玉藻の前は すぐ通り
機嫌よく 幽王身代を潰し
天竺は けつの毛を 数へられ
あつちからは 玉藻こつちからは貴妃

 2句目の結句(拾遺四・27)では「擦れたもの」。
 三韓は新羅・百済・高麗、朝鮮半島など素通りです。
 最後の句、楊貴妃は熱田明神の化身という伝承があります。
 詳しくは「楊貴妃」で取り上げたいと思います。
 それにしてもとんでもない者をご寵愛になったものです。
 このままでは唐土の幽王の二の舞、命が危ないとさすがに帝も気がつかれたものか、

 既に命を取らんと、喜びをなしゝ處に。
 安倍の泰成、調伏の祭を始め、壇に五色の幣帛をたて、玉藻に御幣を持たせつゝ、肝膽を碎き祈りしかば。
 軈て五體を苦しめて。
 軈て五體を苦しめて幣帛をおつ取り飛ぶ鳥の、雲居を翔けり海山を越えてこの野に隠れ棲む。

 陰陽師安倍泰成の登場です。
 泰成は安倍晴明の子孫ですが、さすがは泰成、玉藻の正体が狐であることを見破ります。
 玉藻すなわち老狐は、都から那須野までひとっ飛び、この野に隠れますが……

泰成が 居ぬとそろそろ 笑ふとこ
泰成は 性根のしつぽ 見あらわす
大きな狐憑きを 泰成落とし
泰成は 落とし保名は 化かされる
御后の 悪尻をいう 陰陽師
祈られて 玉藻の前は おならをし
玉の點 取つたら御悩 平癒なり

 あと一歩というところで安倍泰成に尻尾を見つけられてしまいました。
 4句目、保名とは安倍保名。
 余談ですが、ある日保名は狩で追われた白狐を助けます。
 助けられた白狐は葛乃葉と名のる女人に化し、保名のもとにやってきます。
 二人は愛し合いその間に男子が生まれますが、葛乃葉の油断でうっかり正体を子供に見られてしまいます。
 彼女は「恋しくば尋ねきて見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」なる歌を残して信太の森に去ってゆきます。
 そしてこの男子こそ、かの有名な安倍晴明だという言い伝えが残されています。
 でもこんな狐であれば化かされてみたいものです。
 さて、那須野に隠れているにもかかわらず、可愛さ余って憎さ百倍とでもいうのでしょうか、帝は徹底的に討伐する決意のようです。
 ただ、川柳作家の先生たち、狐といたちを混同されてはいませんか。
 6句目の「おなら」といい、すぐ後にも「屁にむせながら」とありますが、いたちの「最期っぺ」と一緒にしているように思いますが…。

 その後勅使立つて。
 三浦の介、上總の介両人に、綸旨をなされつゝ。
 那須野の化生の者を、退治せよとの勅を受けて。
 野干は犬に似たれば犬にて稽古、あるべしとて百日犬をぞ射たりける。
 これ犬追物の始めとかや。

両介は 第一飯が うまく喰え
両介は 屁にむせながら 引きり
両介は 烏犀圓にも 召されたり
百日の 稽古無益の 殺生し

 お二人は、狐を射る稽古に百日もの間犬を走らせて、馬上から射たということですから、それだけ運動すれば、さぞかし飯がうまかっただろう、という穿鑿です。
 「烏犀円うさいえん」は漢方。
 享保二〇(一七二五)幕府医丹羽正伯が中風や炎症などに効く薬として発売とあります。
 狐が嫌ったらしい。
 ただちょっと気にかかるのが、百日間稽古で射られた犬のこと。
 一体何匹の犬が犠牲になったのか、心配です。
 なお両介とは、三浦介義明と上総介常胤であります。

 途中で、能の進行とストーリーとがごっちゃになってしまいました。
 能の進行では、玄翁道人が殺生石に向かって引導を渡すと、石が二つに割れて中から「石に精あり」の謡とともに野干が出現いたします。
 ちなみに、石を割る大きな金づちを「げんのう」と呼ぶのは、玄翁道人の故事からとった名称たとは、ちょっと信じ難いが本当のようです。

しからした 物を玄翁 割るやつさ

 後シテの出の謡をもじったものに、

 石に精あり、水に音あり、風は大虚に渡る。
 像を今ぞ現す石の、二つに割るれば石魂忽ち現れ出でたり。
 恐ろしや。

石に精 あつて固まる 四十七
石に精 あつて固まる 赤穂塩
 赤穂浪士四十七人が大石内蔵助を中心に纏まったのを、またうまく表現したものです。