うら若き人々にこの編をおくる 編者 竹久勝彦 目録

 私や春雨主や野の草よ 濡れる度毎色を増す

 河岸にたゞずむ春雨傘を 嬲る柳の出来心

 花や霞に引止めさせて 帰しともない春の雁

 色気離れた墨絵でさへも 濃いと薄いがあるわいな

 辛気らしいと手にとる烟管 忘れ草やら思ひ草

 当つて砕ける譬もあれば 逢ふて話が身の願ひ

 花の曇りは雨にもならで 傘をはなさぬ朧月

 表向きでは切れたと云へど 蔭でつながる蓮の糸

 無理もいふべの乱れ髪 掻き上げながらの笑ひ顔

 思ひ廻せば浮世は鏡 笑ひ顔すりや笑ひ顔

 たとへ野立の一重の梅も 力づくでは開きやせぬ

 来いと言はれてその行く夜さの 足のかるさようれしさよ

 時節来るまで私も主も 年はとるまいとらせまい

 露と添寝の小萩もあはれ 風の仕打ちに隔てられ

 よしや今宵は曇らば曇れ とても涙で見る月を

 咲いた花なら散らねばならぬ 恨むまいぞへ小夜嵐

 主は今頃さめてかねてか 思ひだしてか忘れてか

 ふりよき君に情の無いは 冴えゆく月にかゝる村雲

花は実故に実は花故に 私や十八歳ゆえに

 梅はにほひよ木立は入らぬ 人は心よ姿は入らぬ

 春の別れの近づく辛さ 散るは涙か花の雨

 辛苦つくした桜は枯れて さした柳に芽がふいた

 浅い川だと裾褄からげ 深くなるほど帯をとく

 人にたのめば浮名が恐し 二人ぢや文殊の智恵も出ず

 残る移香枕にそいて いとゞ忘れぬ閨のうち

 お前お立ちかお名残惜しや 雨の十日も降ればよい

 月のいやがる雨雲はれりや 花のきらひな風が吹く

 ぬしの心と今戸の畑 かはりやすさよ風次第

 切れる心はさらさらないに 切れた振する身の辛さ

 面の憎さよあのきりぎりす 思ひ切れ切れ切れと鳴く

 ゆうべゆうべのその移り香は 君が袂のゆかりとも

 涙ならでは哀れを問じ 深き思ひの袖の色

 金でからだを買はれてゐても 心一つはぬしのもの

 女房もちとは知つてのことよ 惚れるに加減の出来ようか

 山で赤いのが椿に躑躅 咲いてからまる藤の花

 しびれが切れたと一座の手前 杖にして立つ主の肩

 きりぎりす胡瓜切られて扨籠の中 親は草葉の蔭でなく

 花にや誘はれ雲雀にや呼れ 今日も出てゆく春の山

 さんざ泣かせて団扇の風を 送りや憎らし高鼾

私やお前の下着の小褄 肌にやつけども蔭のつま

 見捨しやんすな枯木ぢやとても 藤が絡りや花が咲く

 花をうしろに思ひを残し 時にせかれて帰へる雁

 蛙鳴くさへ恨みのあるに まして寝覚めの時鳥

 風が戸叩きうつゝで開けて 月に恥し我姿

 ちよいと時雨に袖ぬらされて 暫しかり寝の雨やどり

 風の小舟のろかいも絶えて 波にまかせたこのからだ

 思ふまいもの心をつくし 他に心のある様を

 筋を立てれば切れなきやならぬ 悪く縺れた凧の糸

 妻と思ふてゐる身が主に 文を変名で書く辛さ

 儘にしやんせと嬉しく解けば 帯も察して鼠鳴き

 源氏車のあとへは引かぬ 意地と我慢の江戸気質

 夢に見てさへ恋しいものを 逢つて手をとりや尚の事

 煙草一葉が千両しようとまゝよ さまの寝煙草絶やしやせぬ

 涼し曙蓮吹く風が 絽蚊帳二人の夢さます

 楽む時には二人で分けて 絶えぬ苦労は私がする

 潮来好くなよ浮気な主に 惚れたわたしが身の因果

 井戸の蛙とそしらばそしれ 花も散りこむ月も見る

 朝顔が便りし竹にもふりはなされて うつむきや涙の露が散る

 野暮で渡れる世間ぢやないが 粋で暮せる世でもない

 喧嘩して背中合せも夜風がしみて 寒くなつたと仲直り

 丁とはらんせもし半でたら 私を売らんせ吉原へ

 宵の騒ぎにまぎれてをれど 更けりや気になる明の鐘

 こなた思へば千里も一里 逢はずもどれば一里が千里

 わざと欠伸をしてみるつらさ 悲しい涙を隠すため

 私やお前に火事場のまとひ 振られ乍らも熱くなる

 松の並木が何に怖からう 惚れりや三途の川も越す

 逢ふた嬉しさ別れのつらさ 逢はぬ者がましかいな

 思ひ出すぞへ去年の今宵 月がよう似たあの月が

 鳴くに鳴かれず飛んでは行けず 心墨絵のほとゝぎす

 調子合はせりや調子に乗つて 調子外れの声を出す

 思ひ出すよぢやおろかで座る 思ひ出さずに忘れずに

 何がなんでも添はねばならぬ たとへ蓮のうてなでも

 惚薬外にないかといもりに聞ば 指を輪にしてみやしやんせ

 こざるこざると浮名をたてゝ 様は松風音ばかり

 種まかぬ岩に松さへ生へるぢやないか 思ふて添はれぬ事はない

 嘘も実も売るのがつとめ そこで買手の上手下手

 そこは見へてもあの薄氷 とけぬ心が憎らしい

 人の事かと立よりきけば きけばよしなやわしが事

 今宵忍ぶなら宵からお出 東枕の窓の下

 主の来る夜は宵からしれる 〆たしごきがそら解ける

 ぱつと引いたる浮名の虹も 消えて嬉しく晴れる空

 富士の雪かやわたしが思ひ 積るばかりで消えはせぬ

 枕出せとはつれない言葉 傍にある膝知りながら

 一夜逢はねば猶深草の せうせうなりとも顔みたや

 室の梅さへ開けば薫る 隠す恋路も色に出る

 可愛いお方に謎かけられて 解かざなるまい繻子の帯

 及ばぬ恋よと捨ては見たが 岩に立つ矢もある習ひ

 いらぬ煙管の羅宇がなごて 様とねた夜のみじかさよ

 胸にあるだけ云はせておくれ 主の云ひ訳けあとで聞く

 主の来ぬ夜は早や寝て夢に 逢ふて思ひを晴したや

 一人笑ふて暮さうよりも 二人涙で暮したい

 三千世界の烏を殺し 主と朝寝がして見たい

 来てはちらちら思はせぶりな 今日もとまらぬ秋の蝶

 神にむかへば親よりさきへ たのまにやならないぬしの事

 惚れたは私が重々悪い 可愛と云つたは主の罪

 思ひ切られぬ心が不思議 これだけ不実をされ乍ら

 かわいがられてまた憎がられ 可愛いがられた甲斐がない

 待間程無く名指しの迎ひ ハイと返事も鼠鳴き

 夕方かけてこひしさつらさ いつにおろかはなけれども

 恋の淵瀬に身を投げ島田 浮も沈もぬし次第

 忍び足して閨の戸あけて そつと立聞く虫の声

 勤めする身は田毎の月よ 何処へ誠が映るやら

 花見戻りに降る春雨が 留てしぼり二度の首尾

 持たその時や嬉しいけれど 持りや持る程身が持ぬ

 切れた切れたと口にはいへど 水に浮草根は絶えぬ

 月にてらされあたりをかねて 離れ離れの二人づれ

 案じ暮してゐる身にまたも 届いて泣かせるこの便り

 それでなくとも袂をしぼる 降るな今宵の秋の雨

 忘れ草とて三味線とれば 唄の文句でまた涙

 異見聞いてる畳の指で 主のかしら字書いちや消し

 逢へば話もそれからそれと 解けて恥し氷水

 末は袂をしぼると知れど 濡れてみたさの夏の雨

 かけてよいのは衣桁に小袖 かけてたもるなうす情

 弱いやうでも心の意気地 石さへ抬げる霜柱

 山路とほれば茨がとめる いばらはなしやれ日が暮る

 愚痴を云はずとこゝをば放せ 帰る此の身は猶辛い

 あいに来たれど戸は叩かれず 唄の文句で語らんせ

 山で小柴をしむるが如く 今宵其様と〆めあかす

 抱いて寝てさえ隙もる風が まして木格子内と外

 門に立つたは八もじ様か 夜風身の毒うち座れ

 辛苦島田に今朝結つた髪を 様が乱しやるうれしや様

 鳴子可愛や昼雀番 夜は若衆の相図役

 人に話せぬ苦労の痩を そつと忍んでみる鏡

 炭もつぎつぎ火箸を筆に あつい男のかしら文字

 主の浮気と空吹く風は 何処のいづこで止まるやら

 くるかくるかと待せてをいて 何処へそれたか夏の雨

 火事がなくなりや半鐘はいらぬ とかくやけるはいろの道

 刺の中にも花咲くばらよ 知らずに手を出しやけがをする

 ぬれた事からつい苦にやんで 娘心の五月雨

 凍る硯に息ふきかけて こぼす涙にしめる筆

 泣いた拍子に覚めたが口惜し 夢と知たら泣かぬのに

 秋の草木のしぼむを見ても なみだこぼすか泣上戸

 浮いた同志と云はれる筈さ 涼み風から出来た仲

 意気な桜の一枝よりも ぢみな松葉の末長く

 行燈ひきよせ筆取る文に なんの恨みの火取虫

 夢の最中に枕がはづれ 覚めて恥し主のそば

 つとめする身に誠を云はせ 嘘はお前に先こされ

 子規たしか鳴いたと出て見る度に 幾度はだしにされたやら

 いふて了うかいはずに置うか 思案なかばのもつれ髪

 韓信が股をくゞるも時代と時節 踏れた草にも花が咲く

 惚れて悪けりや見せずにおくれ 主の優しい気心を

 志賀の小波立つともまゝよ 霞がくれの舟ゆかし

 若しも道中で雨降るならば わしが涙と思はんせ

 更けて碪の音より聞けば 月に落ちくる我涙

 帰りともないお方は帰り 散らしともない花は散る

 色のよいのは出口の柳 殿にしなつてゆらゆらと

 知らぬ顔してすましてゐれど いつか互に出る笑凹

 お前正宗わしや錆刀 お前切れてもわしや切れぬ

 捨てた身体だ七両二分も どこから斬るなと縛るなと

 切れて見やがれたゞおくものか 藁の人形に五寸釘

 文は逢へども我身は逢へず 文になりたや一夜でも

 言へば恨のかずかずあれど 言はぬ心を察さんせ

 我儘するとて叱るは無理よ 我儘する人外にない

 喉へ出る程唐茄子お芋 食べてみたいが身の願ひ

 箪笥の抽出し背中でをさへ 出先たゞして出す羽織

 どうせ互の身は錆刀 切るに切られぬくされ縁

 窓にもたれて化粧の水を 何処へ捨てよぞ虫の声

 夢の夢まで忘れぬ主を 夢と思へと無理な親

 切るならお切りと膝すりよせて これもお前の仕込杖

 片手に剃刀片手に砥石 切れても合はせて下さんせ

 殿と旅すりや月日もわする 鶯なくそな春ぢやそな

 酒はのみ遂げ浮気をしとげ 儘に長生しとげたい

 顔を見りや苦労を忘れるやうな 人がありやこそ苦労する

 逢へば怨みの言葉も鈍る 惚れた因果かこの弱さ

 暗夜なれども忍ばゝ忍べ 伽羅の香をしるべにて

 櫓太鼓に暁晴れて 勇む出世の五月場所

 憂き身浮き草沈みも果てぬ そこの心を月やしる

義理にせかれて今宵の月を 別れ別れに見るつらさ

 私が鶯なれば主のお庭の梅の木に止り
 ほう惚れましたと お目にかゝつて
  たつた一言 焦れてなく声を聞かせたい

 洗髪の投島田を根からぶつつり切つて
 男の膝に叩きつけ 今度から浮気をすると
  芝居のお化ぢやないけれども ひうどろどろと化けてゞる

 お大名ぢや上杉 芝ぢや金杉 上野ぢや二本杉
 間夫はひけすぎ 逢はなきや互の愚痴がすぎ

 これはこれは御両所様には見苦しき茅屋へ
 ようこそ御入来 是は些細の内所事
  おかまひなくとも御通りあつて 御煙草なりとも召上れ

 凡そ世界に長いやうで短いやうで広いやうで狭いやうで
 一寸見てわからぬものは 人の寿命と胸の内

 梯子かけ梯つぎ天の星が取られやうか
 私の恋路と同じこと 日増に上れど届きやせぬ

 雨はほろほろ 稲妻ぴかぴか かみなりごろごろ
 と言ふて抱きしめたが縁のはし

 濡れて色増す若葉の紅葉
 「秋は色増す花頂山時雨を厭ふ
   傘に濡れて紅葉の長楽寺」端唄春に桜
      
末にや浮名の立田川

 吹けよ川風揚れよ簾
 「のぞいて来たが濡燕」端唄浅クトモ
   中の小唄の主見たや

 ふと目を覚まして障子をあけりや
  「雪は巴と降りしきる 屏風が恋の仲立で
    蝶と千鳥の三蒲団」端唄雪巴 またも温まる朝の夢

 主と別れのそのきぬぎぬは
 「すがる袂もほころびて 色香こぼるゝ梅の花
  さすがこなたも憎からず」清元明烏 帰へる帰へるも五六度

 噂立てられかうなるからは
  「私やお前の政所 いつか果報も一もりと
    賞められたさの身の願」清元喜撰 千代の末まで倶白髪

 思ひ切れとは昔の事よ
  「一日逢はねば千日の 思ひに私やわづらうて
    針や薬の験さへ 泣きの涙に紙ぬらし」清元三千歳
                 思ひ切られる義理かいな

 別れりや逢う日をまた待ち兼ねて
 「文の便りになア今宵ごんすと其噂 いつも絞日も主さんの
  野暮な事ぢやが比翼紋 離れぬ仲ぢやとしよんがへ」長唄吉原雀
                   添はざやむまいこの苦労

 かならず行くよと知らせてよこし
 「その約束の宵の月 高くなるまで待たせてをいて」長唄浅妻
                   ぢらす心が憎らしい

 親と親との許しを受けて
 「さて婚礼の吉日は 縁をさだめの日を選み」長唄舌出三番
                  夫だ妻ぢやと云はれたい

 苦労させたも元はと云へば
  「もうし忠兵衛さん よしな私がある故に
    お前の心づかひ 何かの事を思ふてみれば
      此梅川にあいそが尽きやうかと」常盤津梅川
                    おもや涙が先に立つ

 春の初花羽子つく娘
  「ひとこにふたご身は世をしのぶ
    いつか昔のさゝめごと」常盤津追羽根
               どんな男に添ふであろ

 十二一重の窮屈よりも
 「頃も弥生の雛祭 梢の花をうちかけて
   藤の姿に桜のかさね 松の操を立てる雛」常盤津三人生酔
                   裸人形の身がやすい

 聞いた意見も忘れはせぬが
  「早やきぬぎぬに引きしめる
    帯かくさるゝ戯れも
      悪くはあらぬ移り香に」常盤津将門
             けふもまゝよとゐつゞけし

 人にや聞かれず行先や知れず
 「又も都を迷ひ出て いつかは廻り逢ふ坂の
  関路をあとに近江路や 美濃尾張さへ定めなく
   恋し恋しに目を泣きつぶし 物の墨日も水鳥に
    さまよふ悲しさは」義太夫宿屋
               尋ぬる便りも泣くばかり

 元結の切れてしまへばねもはもないが
 「そりや聞くくえませぬ伝兵衛様
  お言葉無理とは思はねど そも逢ひかゝる始めより
   末の末まで言替し 互に胸を明し合ひ
    何人の遠慮も内証の世話しられても
     思に着ぬ ほんの女夫と思ふもの」義太夫堀川
                それを忘れちやすまぬぞへ

 じつと見つめてにつこり笑ひ
  「向ふ鏡のふた取つて 写せば写る顔と顔」義太夫千両幟
                わしの惚れたも無理はない

 いやな世間に未練はないが
 「たとひ此身はあわ雪と 共に消ゆるも厭はねど
  此の世の名残今一度」新内明烏 逢ふて一言語り度い

 ねもない花だと粗略にするな
 「縁でこそあれ末かけて 約束堅め身を固め
  世帯かためて落付いて」新内蘭蝶 根がありや再び花が咲く

 ぬしと二人で世帯をもてば
 「手づから私が飯たいて 家のものこちの人
  明日はどうしてこうしてと」新内伊太八
                 どんな苦労もいとやせぬ

 とても一つになられぬならば
 「所詮この世はかりわけの 恋にうき身を投島田
  覚悟極めし心をば 主になんとぞつげの櫛」平節黒髪
                  はやくあの世で新世帯

 すねて背中を向けてはゐたが
  「烏が唄へば別れがいやで」富本松風
            とほしかねたよ此我慢

 花を散らしつ柳をといつ
  「蜂に一刷毛夕霞」河東節松の内
          といつ散らしつ春の風

 思ひ廻せば果敢なさ辛さ
 人間思愛斯心迷 哀々不禁無情涙
          雁が鳴けども便りなり