夏之部

巫女町によきゝぬすます卯月哉

みじか夜や地藏を切て戻りけり

  嵯峨吟行

みじか夜の闇より出て大井川

みじか夜や葛城山の朝曇り

みじか夜や足跡淺き由井の濱

みじか夜や芒生添ふ垣のひま

みじか夜や金も落さぬ狐つき

短夜やおもひもよらぬ夢の告

みじか夜や吾妻の人の嵯峨どまり

みじか夜や淺瀬にのこる月一片

みじか夜や淺井に柿の花を汲ム

明安き夜や住のえのわすれ草

明やすき夜を磯による海月哉

すゞしさをあつめて四つの山おろし

麥秋や鼬啼なる長が許

麥秋や遊行の棺ギ通りけり

麥秋や狐のゝかぬ小百姓

麥の秋さびしき貌の狂女かな

辻堂に死せる人あり麥の秋

麥秋や何におどろく屋根の鶏

麥秋やひと夜は泊る甥の法師

飯盗む狐追ひうつ麥の秋

床低き旅のやどりや五月雨

うきくさも沈むばかりよ五月雨

ちか道や水ふみ渡る皐雨

さみだれや鳥羽の小路を人の行

さみだれに見えずなりぬる徑哉

さみだれや水に錢ふむ渡し舟

濁江に鵜の玉のをや五月雨

皐雨や貴布禰の社燈消る時

五月雨の堀たのもしき砦かな

 丸山主水が畫たる蝦夷の圖に
昆布で葺軒の雫や五月雨

帋燭して廊下過るやさつき雨

さみだれのかくて暮行月日哉

さみだれや美豆の小家の寢覺がち

遠淺に兵舟や夏の月

石陳のほとり過けり夏の月

賊舟をよせぬ御船や夏の月

 貫山子が土佐のくにゝ舟出するを祝して
青海の風も疊のかほりかな

高紐にかくる兜やかぜ薫る

  宋阿居士卅三囘忌正當

花の雲三重に襲ねて雲の峯

飛のりの戻り飛脚や雲の峯

雲の峯に肘する酒呑童子哉

夏山や神の名はいさしらにきて

夏山や京盡し飛鷺ひとつ

討はたす梵倫つれ立て夏野かな

鮒ずしの便も遠き夏野哉

實方の長櫃通るなつ野かな

水晶の山路わけゆく清水哉

石工の飛火流るゝしみづ哉

 宋阿の翁このとし比予が狐獨なるを拾ひたすけて、
 枯乳の慈惠ふかかりけるも、さるべきすくせにや、
 今や歸らぬ別れとなりぬる事のかなしびのやるかたなく、
 胸うちふたがりて云ふべく事もおぼへぬ

我泪古くはあれど泉かな

若禰のすがすがしさよ夏神樂

木藥の帋流るゝ御祓川

ねり供養まつり貌なる小家哉

味噌汁を喰ぬ娘の夏書哉

たもとして掃ふ夏書の机哉

 雲裡叟武府の中橋にやどりして一壺の酒を藏し一年の粟をたくはへ、たゞひたごもりに籠りて一夏の發句おこたらじとのもふけなりしも、遠き昔の俤にたちて
なつかしき夏書の墨の匂ひかな

少年の矢數問寄る念者ぶり

ほのぼのと粥にあけゆく矢數かな

若楓矢數のもみぢせよ

大矢數弓師親子もまいりたる

ころもかえ母なん藤原氏也けり

更衣矢瀬の里人ゆかしさよ

更衣むかしに遠きやみ上り

更衣金ふく輪の鞍置ん

一渡し越べき日なり衣かへ

かりそめの戀をする日や更衣

二十五のあかつき起や更衣

ころもかへ人も五尺のからだかな

更衣狂女の眉毛いわけなき

更衣塵うち拂ふ朱の沓

小原女の五人揃ふてあはせかな

袷着て身は世にありのすさび哉

那須七騎弓矢に遊ぶ袷かな

ゆきたけもきかで流人の袷かな

木がくれて名譽の家の幟哉

家ふりて幟見せたる翠微哉

腹あしき隣同士の蚊やりかな

浴して蚊やりに遠きあるじ哉

燃立て貌はづかしき蚊やり哉

蚊遣して宿りうれしや草の月

蚊遣火や柴門多く相似たり

學する机の上の蚊やりかな

一日のけふも蚊やりのけぶりかな

いざゝらば蚊遣のがれん虎渓まで

いとまなき身に暮かゝるかやり哉

雨にもゆる鵜飼が宿の蚊遣哉

貌白き子のうれしさよまくら蚊帳

草の戸によき蚊帳たるゝ法師かな

僧とめて嬉しとを高う釣

古あふぎ二本さしたる下部かな

目に嬉し戀君の扇眞白なる

戀わたるかま倉武士の扇哉

主しれぬ扇手にとる酒宴哉

褌に團扇さしたる亭主かな

後家の君黄昏貌のうちはかな

任口に白き團をまゐらせん

いさゝかな料理出來たり土用干

なき人のあるかとぞ思ふ薄羽織

かけ香や幕湯の君に風さはる

抱籠やひと夜ふしみのさゝめこと

殿原の網にあさるや夕すゞみ

凉舟舳にたち盡す列子哉

 法師ほどうらやましからぬものはあらじ、人には木のはしのやうにおもはれてとはこゝろえぬ兼好のすさびならずや
自剃して凉とる木のはし居哉

我影を淺瀬に踏てすゞみかな

似た僧のしばしとてこそ夕凉

床凉笠置連哥のもどりかな

見失ふ鵜の出所やはなの先

朝かぜのふきさましたる鵜川哉

射干して 囁く近江やわたかな

葉を落て火串に蛭の焦る音

宿近く火串もふけぬ雨のひま

兄弟のさつお中よきほぐしかな

山おろし早苗を撫て行衞哉

けふはとて娵も出たつ田植哉

午の貝田うた音なく成にけり

おそを打し翁も誘ふ田うへかな

雨ほろほろ曾我中村の田植哉

早乙女やつげのおくしはさゝで來し

麥刈て瓜の花まつ小家哉

麥刈て遠山見せよ窓の前

麻を刈レと夕日このごろ斜なる

あふみ路や麻刈あめの晴間哉

酒を煮る家の女房ちよとほれた

葛水や鏡に息のかゝる時

葛水に見る影もなき翁かな

葛水や入江の御所にまふずれば

  自畫讚

葛水にうつりてうれし老の貌

鮓おしてしばし淋しきこゝろかな

鮓を壓す我レ酒醸す隣あり

鮓をおす石上に詩を題すべく

すし桶を洗へば淺き遊魚かな

眞しらげのよね一升や鮓のめし

卓上の鮓に目寒し觀魚亭

鮓の石に五更の鐘のひゞきかな

寂寛と晝間を鮓のなれ加減

夢さめてあはやとひらく一夜鮓

木の下に鮓の口切るあるじ哉

  霍英文臺開

雲を開く山ほとゝぎす第一義

ほとゝぎす哥よむ遊女聞ゆなる

耳うとき父入道よほとゝぎす

たく矢數の空をほとゝぎす

しのぶ夜の己尊しほとゝぎす

時鳥琥珀の玉をならし行

はしたなき女嬬の嚔や杜鵑

ごつごつと僧都の咳やかんこ鳥

閑古鳥歟いさゝか白き鳥飛ぬ

なかなかに雨の日は啼く閑古鳥

金堀る山もと遠しかんこどり

わが捨しふくべが啼かかんこ鳥

挑灯を消せと御意ある水鶏哉

かはほりのかくれ住けり破れ傘

朝比奈が曾我を訪ふ日や初がつを

初鰹觀世太夫がはし居かな

點滴にうたれて籠る蝸牛

かたつぶり何おもふ角の長みじか

簑蟲はちゝとも啼を蝸牛

 西讚に客寓して東讚の懶仙翁に申おくる
東へも向磁石あり蝸牛

蝸牛のかくれ顏なる葉うら哉

月の句を吐てへらさん蟾の腹

ぼうふりの水や長沙の裏借家

さし汐に雨の細江のほたる哉

螢火に殊にうれしき家居哉

蠅打て留守居ながらや病上り

うたゝ寢の貌に離騒や蠅まれ也

蠅散て且ウ白しや盆の糊

葉ざくらや南良に二日の泊客

若楓學匠書ミにめをさらす

箒目にあやまつ足や若楓

休ミ日や鶏鳴村の夏木立

かしこくも茶店出しけり夏木立

動く葉もなくておそろし夏木立

とろゝ汲む音なしの瀧や夏木立

蝉なくや行人絶るはし柱

ひるがへる蝉のもろ羽や比枝おろし

 白道上人の仮に宿り給ひける草屋を訪ひ侍りて、
 日くるゝまで物語して帰るさに申侍る

蝉も寢る頃や衣の袖疊

袖笠に毛むしをしのぶ古御達

朝風に毛を吹れ居る毛むし哉

我水に隣家の桃の毛蟲哉

淺間山煙の中の若葉かな

おちこちに瀧の音聞く若ばかな

山畑を小雨晴行わか葉かな

般若讀む庄司が宿の若葉哉

夜走りの帆に有明て若ばかな

谷路行人は小き若葉哉

淺河の西し東シす若葉哉

たかどのゝ灯影にしづむ若葉哉

峰の茶屋に壯士餉す若葉哉

出家して親王ます里の若葉かな

葉ざくらや草鹿作る兵等

賣卜先生木の下闇の訪れ貌

笋や五助畠の麥の中

笋や垣のあなたは不動堂

堀喰ラふ我たかうなの細きかな

筍や柑を惜む垣の外

若竹や十日の雨の夜明がた

若竹や是非もなげなる芦の中

若竹や曉の雨宵のあめ

わか竹や横雲のあちこちに見ゆ

日光の土にも彫れる牡丹かな

不動畫く琢摩が庭のぼたんかな

金屏のかくやくとしてぼたんかな

南蘋を牡丹の客や福西寺

ぼうたんやしろがねの猫こがねの蝶

ぼたん有寺行過しうらみかな

方百里雨雲よせぬぼたむ哉

  蟻 垤

蟻王宮朱門を開く牡丹哉

虹を吐いてひらかんとする牡丹哉

  題學寮

芍藥に帋魚うち拂ふ窓の前

貧乏な御下やしきや杜若

一八やしやがちゝに似てしやがの花

 金の扇にうの花畫たるに句せよとのぞまれて
白がねの花さく井出の垣根哉

うの花や貴布禰の神女の練の袖

うの花や庵へ寢に來る小商人

澁柿の花ちる里と成にけり

柿の花きのふ散しは黄バみ見ゆ

柚の花やゆかしき母屋の乾隅

柚の花や能酒藏す塀の内

橘やむかしやかたの弓矢取

 魚赤たのふだる人の七囘忌追福のために、しれるどちの發句を乞て手向くさとなすも、則讚佛場の因なるべし
梢より放つ後光やしゆろの花

  米侯一周忌

ゆかしさよしきみ花さく雨の中

朱硯に露かたぶけよ百合花

晝がほや町になり行杭の數

夕がほや行燈提し君は誰そ

夕貌や武士ひとこしの裏つゞき

ゆふがほや竹燒く寺のうすけぶり

佛印のふるきもたへや蓮の花

蓮池の田風にしらむ葉うら哉

戸を明けて蚊帳に蓮の主人哉

藻の花や小舟よせたる門の前

  題 湖

藻の花や藤太が鐘の水はなれ

郷君の曉起や蓼のあめ

狐火や五助畠の麥の雨

兵どもに大將瓜をわかたれし

あだ花にねぶるいとまや瓜の番

我園の眞桑も盗むこゝろ哉

青梅や棒心の人垣を間

わくらはの梢あやまつ林檎哉

 見世のはし居も自ずから蘭臺萬里の凉を得べし
襟にふく風あたらしきこゝちかな

 駿河なる葛人・文母の兩子みやこの客舎の暑さをいとひて歸りのいそぎあはたゞしければ
見のこすや夏をまだらの京鹿子

蕪村句集後編 夏之部 了

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