蕪翁句集

  卷之下      几董著

  秋之部

秋來ぬと合點させたる嚔かな

秋たつや何におどろく陰陽師

貧乏に追つかれけりけさの秋

秋立や素湯香しき施藥院

初秋や餘所の灯見ゆる宵のほど

 秋夜閑窓のもとに指を屈してなき友を算ふ
とうろうを三たびかゝげぬ露ながら

高燈籠滅なんとするあまたゝび

  七 夕

梶の葉を朗詠集のしほり哉

戀さまざま願の糸も白きより

つと入やしる人に逢ふ拍子ぬけ

あぢきなや蚊屋の裙蹈魂祭

魂棚をほどけばもとの座敷哉

 十六日の夕、加茂河の邊りにあそぶ
大文字やあふみの空もたゞならね

相阿彌の宵寢起すや大文字

攝待にきせるわすれて西へ行

  英一蝶が畫に贊望れて

四五人に月落かゝるおどり哉

ひたと犬の啼町越へて躍かな

萍のさそひ合せておどり哉

  かな河浦にて

いな妻や八丈かけてきくた摺

いな妻の一網うつやいせのうみ

いなづまや堅田泊リの宵の空

稲妻にこぼるゝ音や竹の露

  春夜に句をとはれて

日ごろ中よくて耻あるすまひ哉

飛入の力者あやしき角力かな

夕露や伏見の角力ちりぢりに

負まじき角力を寢ものがたり哉

  遊行柳のもとにて

柳散清水涸石處々

小狐の何にむせけむ小萩はら

薄見つ萩やなからむ此ほとり

山は暮て野は黄昏の薄哉

女郎花そも莖ながら花ながら

里人はさともおもはじをみなへし

 永西法師はさうなきすきもの也し。
  世を去りてふたとせに成ければ

秋ふたつうきをますほの薄哉

茨老すゝき痩萩おぼつかな

猪の露折かけてをみなへし

白萩を春わかちとるちぎり哉

垣ね潜る薄ひともと眞蘇枋なる

きちかうも見ゆる花屋が持佛堂

  澗水湛如藍

朝がほや一輪深き淵のいろ

朝貌や手拭のはしの藍をかこつ

夜の蘭香にかくれてや花白し

蘭夕狐のくれし寄楠をむ

  辨慶贊

花すゝきひと夜はなびけ武藏坊

しら露やさつ男の胸毛ぬるゝほど

ものゝふの露はらひ行かな

  妙義山

立去ル事一里眉毛に秋の峰寒し

白露や茨の刺にひとつづゝ

狩倉の露におもたきうつぼ哉

市人の物うちかたる露の中

身にしむや横川のきぬをすます時

身にしむや亡妻の櫛を閨に踏

朝露やまだ霜しらぬ髪の落

 葛の棚葉しげく軒端を覆ひければ、
  晝さへいと暗きに

葛の葉のうらみ貌なる細雨哉

朝貌にうすきゆかりの木槿哉

朝霧や村千軒の市の音

朝霧や杭打音丁々たり

もの焚て花火に遠きかゝり舟

花火せよ淀の御茶屋の夕月夜

八朔や扨明日よりは二日月

初汐に追れてのぼる小魚哉

  となせの瀧

水一筋月よりうつす桂河

虫賣のかごとがましき朝寢哉

むし啼や河内通ひの小でうちん

みのむしや秋ひだるしと鳴なめり

蠧て下葉ゆかしきたばこ哉

小百姓を取老となりにけり

鬼灯や清原の女が生寫し

日は斜關屋の鎗にとんぼかな

 良夜とふ方もなくに、訪來る人もなければ
中々にひとりあればぞ月を友

名月にゑのころ捨る下部哉

身の闇の頭巾も通る月見かな

月天心貧しき町を通りけり

 忠則古墳、一樹の松に倚れり
月今宵松にかへたるやどり哉

名月や雨を溜たる池のうへ

名月やうさぎのわたる諏訪の海

  探題  雨月

旅人よ笠嶋かたれ雨の月

月今宵あるじの翁舞出よ

仲丸の魂祭せむけふの月

名月や夜は人住ぬ峰の茶屋

山の端や海を離るゝ月も今

庵の月主をとへば芋掘に

かつまたの池は闇也けふの月

 鯉長が醉るや、嵬峨として玉山のまさに崩れんとするがごとし。其俤今なを眼中に在て
月見ればなみだに碎く千々の玉

花守は野守に劣るけふの月

 雨のいのりのむかしをおもひて
名月や神泉苑の魚躍る

  探題  雁字

一行の鴈や端山に月を印す

紀の路にも下りず夜を行鴈ひとつ

 雨中の鹿といふ題を得て

雨の鹿戀に朽ぬは角ばかり

鹿寒し角も身に添ふ枯本哉

鹿啼てはゝその木末あれにけり

菜畠の霜夜は早し鹿の聲

三度啼て聞へずなりぬ鹿の聲

  殘照亭晩望

鹿ながら山影門に入日哉

 ある山寺へ鹿聞にまかりけるに、茶を汲沙彌の夜すがら眠らで有ければ、晋子が狂句を思い出て
鹿の聲小坊主に角なかりけり

折あしく門こそ叩け鹿の聲

  老 懷

去年より又さびしひぞ秋の暮

父母のことのみおもふ秋のくれ

あちらむきに鴫も立たり秋の暮

  猿丸太夫贊

我がてに我をまねくや秋の暮

門を出れば我も行人秋のくれ

弓取に哥とはれけり秋の暮

淋し身に杖わすれたり秋の暮

  故人に別る

木曾路行ていざとしよらん秋ひとり

かなしさや釣の糸吹あきの風

秋の風書むしばまず成にけり

金屏の羅は誰カあきのかぜ

秋風や干魚かけたる濱庇

  古人移竹をおもふ

去來去移竹移りぬいく秋ぞ

順禮の目鼻書ゆくふくべ哉

腹の中へ齒はぬけけらし種ふくべ

四十にみたずして死んこそめやすけれ

あだ花にかゝる耻なし種ふくべ

人の世に尻を居へたるふくべ哉

我足にかうべぬかるゝ案山子哉

  武者繪贊

御所柿にたのまれ貌のかゞし哉

姓名は何子か號は案山子哉

三輪の田に頭巾着て居るかゞしかな

山陰や誰呼子鳥引板の音

 雲裡房、つくしへ旅だつとて我に同行をすゝめけるに、
 えゆかざりければ

秋かぜのうごかして行案山子哉

水落て細脛高きかゞし哉

故郷や酒はあしくとそばの花

宮城野ゝ萩更科の蕎麥にいづれ

道のべや手よりこぼれて蕎麥花

落る日のくゝりて染る蕎麥の莖

  題  白川

黒谷の隣はしろしそばのはな

なつかしきしをにがもとの野菊哉

綿つみやたばこの花を見て休む

三徑の十歩に盡て蓼の花

甲斐がねや穗蓼の上を鹽車

沙魚釣の小舟漕なる窓の前

百日の鯉切尽て鱸かな

釣上し鱸の巨口玉や吐

 ひとり大原野ゝほとり吟行しけるに、田疇荒蕪して千ぐさの下葉霜をしのぎ、つれなき秋の日影をたのみて、はつかに花の咲出たるなど、ことにあはれ探し
水かれがれ蓼歟あらぬ歟蕎麥歟否歟

小鳥來る音うれしさよ板びさし

此森もとかく過けり鵙おとし

山雀や榧の老木に寢にもどる

  竹渓法師丹後へ下るに

たつ鴫に眠る鴫ありふた法師

鴫立て秋天ひきゝながめ哉

わたり鳥こゝをせにせん寺林

わたり鳥雲の機手のにしき哉

瀬田降て志賀の夕日や江鮭

駒迎ことにゆゝしや額白

秋の暮辻の地藏に油さす

秋の燈やゆかしき奈良の道具市

追剥を弟子に剃けり秋の旅

秋雨や水底の草を蹈わたる

 黒き犬を畫たるに讚せよを望みければ
おのが身の闇より吼て夜半の秋

甲賀衆のしのびの賭や夜半の秋

枕上秋の夜を守る刀かな

身の秋や今宵をしのぶ翌もあり

 我則あるじゝて會催しけるに
小路行ばちかく聞ゆるきぬた哉

うき人に手をうたれたる砧かな

遠近をちこちとうつきぬた哉

うき我に砧うて今は又止ミね

石を打狐守夜のきぬた哉

鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分哉

門前の老婆子薪貪る野分かな

梺なる我蕎麥存す野分哉

市人のよべ問かはすのはきかな

客僧の二階下り來る野分哉

 三井の山上より三上山を望て
秋寒し藤太が鏑ひゞく時

角文字のいざ月もよし牛祭

うら枯やからきめ見つる漆の樹

物書に葉うらにめづる芭蕉哉

 斗文、父の八十の賀をことぶくに申贈る
稻かけて風もひかさじ老の松

  廣 澤

水かれて池のひづみや後の月

山茶花の木間見せけり後の月

泊る氣でひとり來ませり十三夜

十月の今宵はしぐれ後の月

 十三夜の月を賞するは、我日の本の風流也
唐人よ此花過てのちの月

日でりどし伏水の小菊もらひけり

 山家の菊見にまかりけるに、あるじの翁、
 紙・硯をとうでゝほ句もとめければ

きくの露受て硯のいのち哉

いでさらば投壺まいらせん菊の花

 菊に古笠を覆たる畫に
白菊や呉山の雪を笠の下

手燭して色失へる黄菊哉

村百戸菊なき門も見へぬ哉

あさましき桃の落葉よ菊畠

菊作り汝は菊の奴かな

  高 雄

西行の夜具も出て有紅葉哉

ひつぢ田に紅葉ちりかゝる夕日かな

谷水の盡てこがるゝもみぢ哉

よらで過る藤澤寺のもみぢ哉

むら紅葉會津商人なつかしき

  須磨寺にて

笛の音に波もより來る須磨の秋

雨乞の小町が果やをとし水

村々の寢ごゝろ更ぬ落し水

毛見の衆の舟さし下せ最上川

新米の坂田は早しもがみ河

落穗拾ひ日あたる方へあゆみ行

  山 家

猿どのゝ夜寒訪ゆく兎かな

壁隣ものごとつかす夜さむ哉

缺々て月もなくなる夜寒哉

起て居てもう寢たといふ夜寒哉

夜を寒み小冠者臥たり北枕

長き夜や通夜の連哥のこぼれ月

山鳥の枝踏かゆる夜長哉

子鼠のちゝよと啼や夜半の秋

秋風や酒肆に詩うたふ漁者樵者

秋はものゝそばの不作もなつかしき

 幻住菴に曉臺が旅寢せしを訪ひて
丸盆の椎にむかしの音聞む

椎拾ふ横河の兒のいとま哉

  探 題

餉にからき涙やとうがらし

俵して藏め蓄へぬ番椒

折くるゝ心こぼさじ梅もどき

梅もどき折や念珠をかけながら

にしき木を立ぬ垣根や番椒

稚子の寺なつかしむいてう哉

  几董と鳴瀧に遊ぶ

茸狩や頭を擧れば峰の月

茯苓は伏かくれ松露はあらはれぬ

うれしさの箕にあまりたるむかご哉

鬼貫や新酒の中の貧に處ム

栗備ふ惠心の作の彌陀佛

にしき木は吹たふされて鶏頭花

  ある方にて

くれの秋有職の人は宿に在す

いさゝかなをいめ乞れぬ暮の秋

行秋やよき衣きたる掛リ人

跡かくす師の行方や暮の秋

  洛東ばせを庵にて

冬ちかし時雨の雲もこゝよりぞ

蕪村句集  秋之部  了

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