冬之部

みのむしの得たりかしこし初時雨

初しぐれ眉に烏帽子の雫哉

楠の根を靜にぬらす時雨哉

時雨るゝや蓑買ふ人のまことより

しぐるゝや鼠のわたる琴の上

古傘の婆娑と月夜の時雨哉

しぐるゝや我も古人の夜に似たる

夕時雨蟇ひそみ音に愁ふ哉

 人々高尾の山ぶみして一枝の丹楓を贈れり。
 頃は神無月十日まり、老葉霜に堪へず、
 やがてはらはらと打ちりたる、ことにあはれふかし

爐に燒てけぶりを握る紅葉哉

初冬や日和になりし京はづれ

居眠リて我にかくれん冬ごもり

冬ごもり壁をこゝろの山に倚

冬ごもり燈下に書すとかゝれたり

勝手まで誰が妻子ぞ冬ごもり

冬ごもり佛にうときこゝろ哉

 東山の梺に住どころ卜したる一音法師に申遣す
嵐雪とふとん引合ふ佗寢かな

いばりせしふとんほしたり須磨の里

故郷にひと夜は更るふとんかな

かしらへやかけん裾へや古衾

大兵のかり寢あはれむ蒲團哉

乕の尾を踏つゝ裾にふとんかな

  十 夜

あなたうと茶もだぶと十夜哉

 浪花遊行寺にて芭蕉忌を営みける二柳庵に
簔笠の衣鉢つたへて時雨哉

夜興引や犬のとがむる塀の内

枇杷の花鳥もすさめず日くれたり

茶の花や白にも黄にもおぼつかな

茶のはなや石をめぐりて路を取

咲べくもおもはであるを石蕗花

 几董に誘われ岡崎の下村氏別業に遊びて
口切や五山衆なんどほのめきて

口切や小城下ながら只ならね

爐びらきや雪中庵の霰酒

狐火や髑髏に雨のたまる夜に

 一條もどり橋のもとに柳風呂といふ娼家有。
 ある夜、太祇とともに此樓にのぼりて

羽織着て綱もきく夜や川ちどり

風雲の夜すがら月の千鳥哉

磯ちどり足をぬらして遊びけり

打よする浪や千鳥の横ありき

水鳥や百姓ながら弓矢取

里過て古江に鴛を見付たり

水鳥や舟に菜を洗ふ女有

加茂人の火を燧音や小夜鵆

  泰里が東武に歸を送る

嵯峨寒しいざ先くだれ都鳥

早梅や御室の里の賣屋敷

宗任に水仙見せよ神無月

 うかぶ瀬に遊びて、むかし栢莚が此所にての狂句を思ひ出て、
 其風調に倣ふ

小春凪眞帆も七合五勺かな

冬の梅きのふやちりぬ石の上

千葉どのゝ假家引ケたり枯尾花

たんぽゝのわすれ花あり路の霜

  老女の火をふき居る畫に

小野ゝ炭匂ふ火桶のあなめ哉

われぬべき年もありしを古火桶

うづみ火や終には煮る鍋のもの

炭うりに鏡見せたる女かな

裙に置て心に遠き火桶かな

炭團法師火桶の穴より窺ひけり

 讃高松に暫く旅宿りしけるに、主夫婦の隔なき志の嬉しさに、
 けふや其家を立出るとて

巨燵出て早あしもとの野河哉

腰ぬけの妻うつくしき巨燵かな

沙彌律師ころりころりとふすま哉

鋸の音貧しさよ夜半の冬

彈山の質屋とざしぬ夜半の冬

  春夜樓會

むさゝびの小鳥はみ居る枯野哉

大とこの糞ひりおはすかれの哉

水鳥や枯木の中に駕二挺

子を捨る藪さへなくて枯野哉

草枯て狐の飛脚通りけり

狐火の燃へつくばかり枯尾花

息杖に石の火を見る枯野哉

  金福寺芭蕉翁墓

我も死して碑に邊せむ枯尾花

馬の尾にいばらのかゝる枯野哉

蕭條として石に日の入枯野かな

 大魯が病の復常をいのる
痩脛や病より起ツ鶴寒し

待人の足音遠き落葉哉

菊は黄に雨疎かに落葉かな

古寺の藤あさましき落葉哉

往來待て吹田をわたる落ば哉

 隋葉を拾ひて紙に換たるもろこしの貧しき人も、腹中の書には富るなるべし。さればやまとうたのしげきことのはのうち散たるをかきあつめて捨ざるは、我はいかいの道なるべし
もしほ草柿のもと成落葉さへ

西吹ケば東にたまる落葉かな

鰒汁の宿赤々と燈しけり

ふぐ汁の我活キて居る寢覺哉

秋風の呉人はしらじふぐと汁

音なせそ叩くは僧よ鰒じる

河豚の面世上の人を白眼ム哉

うつて鰒になき世の友とはむ

袴着て鰒喰ふて居る町人よ

 霍英は一向宗にて、信ふかきおのこ也けり。愛子を失ひて悲しびに堪えず、朝暮佛につかふまつりて、讀經をこたらざりければ
らうそくの涙氷るや夜の鶴

 大魯が兵庫の隱栖を、几董とゝもに訪ひて人々と海邊を吟行しけるに
凩に鰓吹るゝや鉤の魚

こがらしやひたとつまづく戻り馬

こがらしや畠の小石目に見ゆる

こがらしや何に世わたる家五軒

凩やこの頃までは荻の風

木枯や鐘に小石を吹あてる

こがらしや岩に裂行水の聲

  晋子三十三囘

擂盆のみそみぐりや寺の霜

麥蒔や百まで生る貌ばかり

初雪や消ればぞ又草の露

初雪の底を叩ば竹の月

  題  七歩詩

雪折や雪を湯に焚釜の下

雪の暮鴫はもどつて居るような

うづみ火や我かくれ家も雪の中

いざ雪見容す簑と笠

鍋さげて淀の小橋を雪の人

雪白し加茂の氏人馬でうて

雪折やよし野ゝ夢のさめる時

漁家寒し酒に頭の雪を燒

朝霜や室の揚屋の納豆汁

入道のよゝとまいりぬ納豆汁

朝霜や釼を握るつるべ繩

宿かさぬ火影や雪の家つゞき

  几董と浪華より歸さ

霜百里舟中に我月を領す

 故人曉臺、余が寒爐を訪はずして歸郷す。
 知是東山西野に吟行して、荏苒として晦朔の代謝をしらず。
 歸期のせまりたるをいかむともせざる成べし

牙寒き梁の月の鼠かな

  陶弘景贊

山中の相雪中のぼたん哉

町はづれいでや頭巾は小風呂敷

引かふで耳をあはれむ頭巾哉

みどり子の頭巾眉深きいとをしみ

めし粒で紙子の破れふたぎけり

此冬や帋衣着ようとおもひけり

老を山へ捨し世も有に紙子哉

我頭巾うき世のさまに似ずもがな

さゞめごと頭巾にかづく羽折哉

頭巾着て聲こもりくの初瀬法師

  題 戀

貌見せや夜着をはなるゝ妹が許

かほ見せや既うき世の飯時分

 かの曉の霜に跡つけたる晋子が信に背きて、嵐雪が懶に倣ふ
貌見せやふとんをまくる東山

新右衞門 蛇足を誘ふ冬至かな

書記典主故園に遊ぶ冬至哉

水仙や寒き都のこゝかしこ

水仙や美人かうべをいたむらし

水仙や鵙の草莖花咲ぬ

冬ざれや小鳥のあさる韮畠

霜あれて韮を刈取翁かな

葱買て枯木の中を歸りけり

ひともじの北へ枯臥古葉哉

易水にねぶか流るゝ寒かな

皿を踏鼠の音のさむさ哉

  郊 外

靜なるかしの木はらや冬の月

冬こだち月に隣をわすれたり

この句は夢想に感ぜし也

  同二句

二村に質屋一軒冬こだち

このむらの人は猿也冬木だち

鴛に美を盡してや冬木立

斧入て香におどろくや冬こだち

鳴らし來て我夜あはれめ鉢叩

一瓢のいんで寢よやれ鉢たゝき

木のはしの坊主のはしやはちたゝき

ゆふがほのそれは髑髏歟鉢敲

花に表太雪に君あり鉢叩

西念はもう寢た里をはち敲

  御火焚といふ題にて

御火焚や霜うつくしき京の町

御火たきや犬も中々そゞろ貌

足袋はいて寢る夜ものうき夢見哉

宿かせと刀投出す雪吹哉

寺寒く樒はみこぼす鼠かな

杜父魚のえものすくなき翁哉

  貧居八詠

愚に耐よと窓を暗す雪の竹

かんこ鳥は賢にして賤し寒苦鳥

我のみの柴折くべるそば湯哉

紙ぶすま折目正しくあはれ也

氷る燈の油うかゞふ鼠かな

炭取のひさご火桶に並び居る

我を厭ふ隣家寒夜に鍋を鳴ラす

齒豁に筆の氷を噛ム夜哉

一しきり矢種の盡るあられ哉

玉霰漂母が鍋をみだれうつ

古池に草履沈ミてみぞれ哉

山水の減るほど減りて氷かな

  倣素堂

乾鮭や琴に斧うつひゞきあり

から鮭に腰する市の翁かな

からざけや帶刀殿の臺所

詫禪師乾鮭に白頭の吟を彫

 鐵骨といふは梅の枝を寫する畫法也
寒梅や火の迸る鐵より

寒梅を手折響や老が肘

  感 偶

寒月や門なき寺の天高し

寒月や鋸岩のあからさま

寒月や枯木の中の竹三竿

寒月や衆徒の群議の過て後

寒聲や古うた諷ふ誰が子ぞ

細道になり行聲や寒念佛

極樂の近道いくつ寒念佛

寒垢離や上の町まで來たりけり

寒ごりやいざまいりそふ一手桶

  几董判句合

鯨賣市に刀を皷しけり

しづしづと五徳居えけり藥喰

藥喰隣の亭主箸持參

くすり喰人に語るな鹿ケ谷

妻や子の寢貌も見へつ藥喰

客僧の狸寢入やくすり喰

  春泥舎に遊びて

靈運もこよひはゆるせとし忘

にしき木の立聞もなき雜魚寢哉

おとろひや小枝も捨ぬとし木樵

うぐひすの啼や師走の羅生門

御經に似てゆかしさよ古暦

としひとつ積るや雪の小町寺

ゆく年の瀬田を廻るや金飛脚

とし守夜老はたうとく見られたり

  題 沓

石公へ五百目もどすとしのくれ

とし守や乾鮭の太刀鱈の棒

  笠着てわらぢはきながら

芭蕉去てそのゝちいまだ年くれず

  冬の部 了 蕪村句集下卷終

 夜半翁常にいへらく、發句集はなくてもありなんかし、世に名だゝる人の其句集出て、日來の聲譽減ずるもの多し、況汎々の輩をやと。
 しかるに門派に一人の書肆ありて、あながちに句集を梓にちりばめむことをもとむ、翁もとよりゆるさず。
 翁滅後にいたりて、二三子が書とめおけるをあつめて、是を前後の二編に撰分ケて、小祥・大祥二忌の追福のためとすと也。其志又淺からずといふべし。
 されば句集を世に弘うすることは、あなかしこ翁の本意にはあらず、全く是をもて此翁を議ずべからずといふ事を田福しるす。

天明四甲辰之冬十二月
京寺町通五條上ル町 書肆 汲古堂

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