尾崎放哉全句集
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中学時代 明治三十
一八九七
年~明治三五
一九〇二
年
きれ凧の糸かかりけり梅の枝
明治三三
一九〇〇
年
教場に机ばかりや冬休暇
穴蜂や別莊の花の下
蚊帳釣つて子に添乳する暑さかな
水打つて靜かな家や夏やなぎ
新らしき電信材や菜たね道
新らしき電信村も菜種道
よき人の机によりて晝ねかな
鯉のぼり下して居るやにはか雨
古井戸や露に伏したる萩桔梗
刀師の刄ためすや朝寒み
露多き萩の小家や町はづれ
明治三四
一九〇一
年
蟲送り鎭守の太鼓叩きけり
温泉
ゆ
所は白足袋穿いて按摩かな
寒菊やころばしてある臼の下
寒菊や鷄を呼ぶ畑のすみ
門を入り門を入る日傘二つかな
旅僧の樹下に寢て居る淸水哉
洞窟の頭にたるゝ淸水かな
石に踞して藥とり出す淸水哉
病いへずうつうつとして春くるる
行春や母が遣愛の筑紫琴
行春の今道心を宿しけり
木の間より釣床見ゆる靑葉かな
欄干に若葉のせまる二階かな
見ゆるかぎり皆若葉なり國境
別亭に火をともしたる若葉かな
夕立のすぎて若葉の戰ぎ哉
石階の半ばは見えて若葉かな
城廓の白壁殘る若葉かな
月代や廊下に若葉の影を印す
山茶花の根もとに雪を掃きよせぬ
一高時代 明治三五
一九〇二
年~明治三八
一九〇五
年
酒のまぬ身は葛水のつめたさよ
明治三五
一九〇二
年
元旦を初雪降るや二三寸
明治三七
一九〇四
年
雨はれてげんげ咲く野の夕日かな
明治三八
一九〇五
年
峠路や時雨晴れたり馬の聲
しぐるゝや殘菊白き傘の下
雨晴れてまた夕日すや鯔の飛ぶ
朝霧に戸をあくる音や芙蓉園
申し置いて門を出れば時雨哉
森の雪河原の雪や冬の月
鯛味噌に松山時雨きく夜かな
茶の花や庵さざめかす寒雀
大学時代 明治三八
一九〇五
年~明治四二
一九〇九
年
煮凝りの鍋を鳴らして佗びつくす
返り咲く園遲々と行く廣さかな
元日や餠二日餠三日餠
すき腹を鳴いて蚊がでるあくび哉
くづれては鴛鴦に波うつ松の雪
鶴を折る間に眠る兒や宵の春
一齊に海に吹かるる芒かな
投げられて負けてもまけぬ相撲哉
大霧はるる百萬石の城下哉
提灯が向ふから來る夜霧哉
提灯が火事にとぶ也河岸の霧
郷を去る一里朝霧はれにけり
四十雀五十雀よくシヤベル哉
姿見に灯うつる夜寒哉
鏡屋の鏡に今朝の秋立ちぬ
木犀に人を思ひて俳徊す
百文に賣りとばす蚊帳の分れ哉
むかし寺のありたる町の夜寒哉
だらだらと要領を得ぬ糸瓜哉
我庭の露三升や月今宵
奈良に來て未だ日の入らぬ紅葉哉
自炊子の起きて又食ふ夜長哉
油盡きて寢てしまひたる夜長哉
火事の夢さめて火事ある夜長哉
白粉のとく澄み行くや秋の水
うつむきてふくらむ一重桔硬哉
寺多き谷中の鷄頭鷄頭哉
胡地の秋千里背水の陣をはる
烏瓜は短かく糸瓜長き哉
種瓢綽然として棚の月
籠の中に色々の茸集めけり
山火事を背戸に出て見る芒哉
夕ぐれや短册を吹く萩の風
朝霧の凝りて蜜柑の千顆哉
圓橋や紅葉に白き蝙蝠傘
月出でぬ河南河北の砧哉
耳なれて妻の砧や夢に入る
雨三度降て長き夜あけにけり
遲速ある二つの廻り燈籠哉
廻燈籠まはらずなりぬ稚子ねたり
耶馬溪の山皆高き紅葉哉
秋の風我がひげを吹き殘を吹く
秋の山幽なり水靜かなり
稻妻や犬しきりなく椽の下
秋日和四國の山は皆ひくし
夕暮を綿吹きちぎる野分哉
手探りに芋やたら食ふ無月哉
秋の雨朝より障子しめきりつ
紅葉さげて汽車にのる人集いけり
急ぎ足に草履の人や後の月
瀧途や冷やかにとぶ白き蝶
冷や/\と見え透く籔や白き蝶
松が根に春の雪かき集めけり
箱庭や寸人尺馬春の雪
行く秋を開ききつたる芙蓉哉
赤黑き迄谷底の紅葉哉
碧潭や紅葉ちりこみ吐き出す
初汐や空舟月に浮かびけり
蓮の實をとばし盡して野分哉
行き/\て鳩の宮ある花野哉
行く秋を人なつかしむ灯哉
撫子に遊び友達もなかりけり
水仙の百枚書きや春寒し
春寒や母のなりしを絹小袖
春寒や嵐雪の句を石にほる
春寒や小梅もどりのカラ車
春寒やそこそこにして銀閣寺
明治三九
一九〇六
年
井田の並木も霜の旦かな
冬ざれに黄な土吐けり古戰場
煮凝りや彷彿として物の味
泥沼の泥魚今宵孕むらむ
物種の百種に盡きず紙袋
開墾地種播く人に晴れにけり
春淺き戀もあるべし籠り堂
張り替へて障子閉づれば鵙が鳴く
百舌にあいて行けば餠つく小村哉
大江や月急ぎ落つ露の明け
霜踏むで指す方もなき花野哉
塗骨の扇子冷たき別れかな
行秋の居座り雲に夜明けけり
冬されて赤が褪めたるざれ繪哉
冬されの山畑掘れば芋が出る
光琳の僞筆に炭がはねる也
炭やたらはねて晴れける朝の空
明治四十
一九〇七
年
初冬の蘇鐵は庭の王者かな
いぬころの道忘れたる冬田かな
椿咲く島の火山の日和かな
水汲みに來ては柳の影を亂す
春雨や磯分れ行く船と傘
骨燒けて腸焦げよ二日灸
風は皆湖へ吹きけり凧
伊勢詣で凧の丸きを見てはやす
飯蛸や一錢に三つちゞかまる
曲水も暮れゆく猪口や草がくれ
船路來て繁華な町や凧
閨房に晝の日高し海棠花
桃の晴産屋の障子開きけり
山吹や皿をあやまつ池の底
山吹やほき/\折れて髓白し
鯛膾二舟相寄る朧かな
春水や泥深く居る烏貝
ふらここや人去つて鶴歩みよる
何處へやら月が出て居る靑葉かな
等閑に飛橋人行く靑葉かな
瀧つ瀬の川になり行く靑葉かな
坊々は谿にのぞめる靑葉かな
藻に深く金魚ほのかに泳ぎけり
別莊や牡丹の花に松の影
灌佛や美しと見る僧の袈裟
心太淸水の中にちゞみけり
つめたさに金魚痩せたる淸水哉
夏の月塔に上れば横に在り
舟中に雷を怖れぬ女かな
吹かれ鳴く蝉二つ三つ朝渡し
長櫃の歸りはかろき夏野かな
寢て聞けば遠き昔を鳴く蚊かな
卯の花の散り殘りけるは鴨足草
夕立や渚晴れ行く波高し
百合咲くや朝ほがらかに藪の中
稻妻や豐年祭過ぎし空
紫陽花の花靑がちや百日紅
象に乘て小さき月に歩みけり
石塔にもたれて月を眺めけり
波際に霧晴るゝ迄佇みぬ
焚きつけて妻は何処へ朝寒し
轡蟲籠ふるはして鳴きにけり
路傍の萩に祭の行燈かな
高野道御山蜻蛉の日和かな
山の墓燈籠ともして帰りけり
本堂に上る土足や秋の風
盗まれし菊をいよいよ惜みけり
朝顏や金魚は白き秋となり
潮風に赤らむ柿の漁村かな
遲く著く船や夜寒の迎ひ人
堤歩りく提灯高き夜寒かな
去年行幸ありし紅葉の社かな
草に投ぐる餠にかけるや神の鹿
冷々と瀧道飛ぶや秋の蝶
舟中に紅葉照り込む夕日哉
荷車を引き込む萩の無殘かな
七つ池左右に見てゆく花野かな
水邊に燒けし家あり暮の秋
暮るゝ日や落葉の上に塔の影
風邪に居て障子の内の小春かな
午過ぎに棒振るならひ冬籠
鷄頭や紺屋の庭に紅久し
團栗を呑んでや君の默したる
雪の原何處まで見ゆる月の雪舟
七峠八坂に馴れぬ雪舟の棹
短日や已に灯して寄席のあり
長橋に暮れ早き日の移り哉
大船に小舟寄る火の寒さかな
あの僧があの庵へ去ぬ冬田かな
一つ家の窓明いて居る冬田かな
明治四一
一九〇八
年
餌をやる人に鶴舞ふ初日かな
初日出て目出度く雲にかくれけり
濱社どんどの神事終りけり
お降や縁に縺れし凧の糸
草の家の屏風に張れり繪雙六
奧の方幾間距てしかるたかな
近く來て城の大破や枯野原
御降りに新しき足袋ぬらしけり
炭取りに土間に降りたる寒さかな
山茶花やいぬころ死んで庭淋し
白梅の廣き構へや禰宜が家
鬪牛の裝ひなりぬ梅赤し
探梅や曾遊の危橋眼前に
寫生して人去る野路の梅淋し
榾下ろす馬の背骨の聳えけり
荒釜を煮馴らす冬の夜毎かな
返り花小鳥も鳴かぬ社頭かな
返り花あからさまなる梢かな
返り咲く馬場の櫻や遠くより
別れ來て淋しさに折る野菊かな
君去つて椅子のさびしき暖爐哉
飛び込んで犬雪振ふ暖爐哉
雛三日見つつ馴れける讀書かな
小弓引散りも初めぬ櫻かな
*
二月二十六日、郷里に向つて新橋を發す。
箱根近傍
水に遠き冬川堤の焚火哉
冬の山神社に遠き鳥居哉
大船近傍
江ノ島は曾遊の地也。
枯野原見覺えのある一路哉
十七日午後、上郡驛より下車して、北行三十里、中國山脈に向ふ。
人力車あり。
途中吟
炬燵ありと障子に書きし茶店哉
野のはての蛇飼ふ家の障子哉
提灯を雪に置きけり草鞋はく
駒歸り峠 山嶮なれば駒も歸るとて此稱あり。
山陰と山陽とを分つて、中天に聳ゆ。
駒返り峠に向ふ霰哉 絶頂に地藏あり、泣地藏と云ふ。
始めて郷關を辭する者皆こゝに來つて泣くが故也。
大木にかくれて雪の地藏かな
一月九日、郷里を發す。
あたたかき炬燵を出る別れ哉
*
牡丹園狹く住へる母屋かな
今朝秋や庭を掃き居る陰陽師
筆筒にいつまで秋の扇かな
松原のあかるき砂に野菊かな
御輿の中に歌のある野菊かな
明治四二
一九〇九
年
冷かに居れば月さす後ろかな
水仙のかたむく花や霜柱
火を焚いて居ればくづるゝ霜柱
水仙に降りにけり雪五六尺
松風が通ふ紙衣の穴目かな
風邪の神覗く障子の穴目かな
何處からも見ゆる東寺や草を摘む
朝の霧楠の雫となりにけり
杉苗の深山に入れば狹霧かな
搖ぎ岩搖ぐ波かや夏の月
靑嵐
綸
いと
を引き居る大魚かな
絶頂に登りつく池や靑嵐
傾城の魂ぬけし晝寢かな
末法の遊女もすなる夏書かな
行水や祭の事で來る家主
本堂に遠き心や行水す
行水の家内少なに大家かな
紫陽花に松のしづくや水打てば
日傘さす人に榮えある渡船かな
水色を涼しきものに日傘かな
淸水の舞臺に動く日傘かな
獲物來る時色赤き火串かな
僧房の繪師を見知りし鹿の子かな
雪よけの長き廂や蚊喰鳥
蝉なくや草の中なる力石
數の中啞蝉もあるあはれかな
螢飛ぶ門が嬉しき歸省かな
橋高し皆水に飛ぶ螢かな
波高くなりて沙魚釣る危舟かな
鷄頭や犬の喧嘩に棒ちぎり
山門に日の當りたる芒かな
社会人時代 明治四三
一九一〇
年~大正十二
一九二三
年
明治四三
一九一〇
年
路傍のはやらぬ神も惠方哉
燒印や金剛杖に立てる春
釣堀に傘の雫や春の雨
薔薇の雨けさに晴れたる木馬かな
鴨足草石の起伏に咲きにけり
木苺を貪り食へば山淋し
五六本折れば濃き黄や女郎花
一里來て疲るゝ足や女郎花
木犀や町はなれ來て三軒家
明治四四
一九一一
年
芋掘るは愚也金掘るは尚愚也
掛稻の石段登るみ寺かな
茸の毒に死に絶えし家のあるあはれ
只のやうな松露買ひけり峠茶屋
大正三
一九一四
年
爐開いてはたと客なき一日かな
大正四
一九一五
年
常夏の眞赤な二時の陽の底冷ゆる
大正五
一九一六
年
炭切る小僧と垣の野菊にうすき陽のあり
新聞のさし繪彩る兒等秋日さす縁に
湖へ強く風吹き暮るゝとんぼとんぼ
冬田立木三本に靑空晴れてあり
雪の上を匍へる蚯蚓に午後の日はあり
日ざしをりをり凩に暮るる鏡店
墓より墓へ鴉が默つて飛びうつれり
川に漬けし障子に日毎降りやまず
葱靑々と寒雨つゞくかな
雪晴れの晝靜かさを高く泣く兒かな
美しい子が椿照る夕日の中に立ちたれ
酒甕に鶯の藪もるゝ日ざし
花火の音近き夕雪駄ならし行く
ひねもす曇り居り浪音の力かな
日ねもす曇り浪音空にこもりたり
靑空映す水たまり墓地の一隅に
湖の風にふるひ居る森の花草
おぼろ夜の灯を音を吸へる池なれ
剃り居る間鶯がだまり居れる朝
護岸あるる波に乏しくなりし花
陽炎へる縁に居り何も思はず
跣足の兒がスタ/\と行けり柳暮る
草に殘る風のみに月夜となれり
火が灰になり行く猫と靜けさ
そこな土瓶に夕日集れり打つ田かな
土より暮るヽ墓に線香の火が赤けれ
海が明け居り窓一つ開かれたり
手紙つきし頃ならん宿の灯る見ゆ
椿が赤く咲き出でて井戸が深いかな
夏帽の靜かさを降り來る松葉
雪の晴れ間のあかるさに光る牡鷄
菜の花に一日で出來上りし家
汽車慌しく過ぎし踏切を渡りゆく乞食
谷底に只白く見ゆる流れなる
水の闇が濃くなりゆけば赤い灯が
若葉を貫く光りにふくるゝ淸水
雨が光り居り靑空がひろがり行けり
繪馬堂にのびあがり見し海なりしが
漁師の太い聲と夕日まんまろ
兒等と行く足もと浪がころがれり
燈臺守が培へる草花の赤さ
温泉が湧く音を聞きをりひたる一人なれ
温泉づかれの淋しき手足の白さ
寢轉べる男に夕べの雲の色變る
橋を渡る時星が一齊に光れり
せわしき蟻のひとむれに蝉が死にゐたれ
あかつきの風が明け居れるお寺なれ
石積む船が曇れる川づらを下れり
馬の鈴音しやんしやんと急がるる町の灯
一心に物書く男に晝の蚊が鳴けり
稻妻はためき消えて靑田の風なり
町を貫く川の橋々の夜の灯なれ
犬がのびあがる砂山のさきの海
笛吹き居れど動かぬ金魚晝深かし
麥のびたり郵便夫と話しゆく
馬倦まず歩みつゝ麥のいきれかな
うづまき流るゝ
煤煙
スヽ
の中雨が光り降る
雨がやまず降り居り水は流れをる
煙草の煙を吹きちらす潮風なれ
月いよ/\あかるきに物思ひをる
あかつきの木々をぬらして過ぎし雨
夕燒け河原の撫子に花火筒を据う
格子戸の鈴が鳴る花火のあがる夕
醉がさめ行く蟲の音の一人となりて
社をろがみまつるに木立日も漏れず
濱砂に根深く生ひし草花なれ
濱つたひ來て妻とへだたれる
とんぼ一つ風にさからふ水面なれ
郵書出しに行く夕つき來るか蜻蛉
蟲高々と鳴き出でぬ遲く湯に行く
灯をともし來る女の瞳
秋らしき湖となり旅人歸る
筧の水音に咲き出でし草花
小さく生れて此の池にあそべる魚よ
並木がまつ直ぐに路はしろじろ
三日月が出て居る前の流れなり
道端の萩赤し足袋はたきけり
くれゆく水がたゞ見入らるゝ
よく笑ふ女と日まはりのあかるさ
大正六
一九一七
年
こんこんと棺の蓋こんこんと打ち終え
燒場の煙突の太くして空のうつろ
嵐に倒されし草花を持ちながら
引越し車の鏡空をうつしおり
松のむきむき空よく晴れたり
海は黑く眠りをり宿につきたり
銀杏吹散る風に傘おされ行く
飯粒がこぼれ居る草原の晝
物思ひつゝ來たり塔の眞下なり
壁土に藁きざみこめば濃き朝日
銀杏まつ黄な家の晝鳴る時計
花屋のはさみの音朝寢してをる
日暮れ船が皆火をもやし下る
僧の袈裟が光れる渡しなり
椎の實が兩のたもとにあまれる
草の中小鳥の身ぬくうにぎりけり
とつぷり暮れたる夜の灯が親し
朝の掃除が河の水面にひゞくなり
窓あけて居る朝の女にしじみ賣
つと叫びつつかけ去りし人の眞夜中
〈叫びつつかけ去りし人の眞夜中〉
霜が光れる二階の雨戸あけ居る
芝居町に灯がともれる雪晴れ
冬日さし居る土間の下駄の數
羽子つき居る靑空よ粉雪をおとす
木の葉が舞ひ上る一日の朝
《木の葉が舞ひ上る一日の朝なれ》
草鞋はきしめてさヽやかな旅に立つ
米洗ひつヽあした下る舟
雪晴れしみち停車場に着く車
たき火せる父に霜柱はかたし
渡し場へたら/\下りつ何か咲きをる
寒き窓に聲かけて行く朝
今し夕やくる中の冬木
店の戸あくるや煙草買ひに來し
工場の大いなる音が暮れ行く
ふと消えたる足音に寢入られず
僧のゆく手野に立つ煙
しつとり濡れし橋を行く雨の明るさ
大聲に鷄を追ふ裸の男
暖かき灯にかざす新海苔の靑さ
大風の夜となれり二階住ひに
ふとん積みあげて朝を掃き出す
耳なれし潮音やすらかに寢まる
野路はろばろ人にも逢はず來し
つめたく咲き出でし花のその影
うららかな土の香にありく一日
日がくるめきおつよ雲雀ひた落つ
手紙よみ居れる森の中の風
白い蝶ににぶき夕日を落とし居る
驛の草花が赤い雨の日なり
眞黑き水の暮となり工場がともる
よちよち下りて歩りく兒よ大地芽ぐめる
切り出す竹一本一本の靑さ
休め田に星うつる夜の暖かさ
大戸あくればひとすじの朝日つばくら
ずゝだま冷え/\病む兒が遊べり
砂山はろばろ濱人の墓に海が光れり
濱砂とりにゆくあつき人等かな
大時計なほす足場夕日くるめく
船をあがれば櫻ひと木が暮れゐたり
駈けざまにこけし兒が泣かで又駈ける
兒等が植ゑしへうたんの蔓がのびたり
電車待ち居る傘に柳がさはる
ある晝ほがらかに花が散りそめし
かすめる中に浪音はれ行く
とはに隔つ棺の釘を打ち終へたり
〈こんこんと棺のふたこんこんと打ち終え〉
本句は同年六月二十五日に十九歳で亡くなった放哉の姪、実姉である並
山口秀美妻
の長女初の追善句である。
燒き場の煙突の大いさをあふぐ
〈燒き場の煙突の太くしてうつろ〉
前句同様、姪の初への追善句である。
裸の子が並び居り汽車に聲はなつ
手をならし呼ぶ若葉ひつそり
位牌の影の濃さ蠟燭がもえしきる
火の見のかげ長う海はやすらか
お城へゆく路蓮の花ま白なり
山百合吹きをろす風寒み窓を閉づ
赤松下り上る蟻よ晝のしじま
海原漕ぎ出でし船端這ふ蟻
自動車とびしあとの風にもまるゝ
若葉の香ひの中燒場につきたり
御佛の黄な花に薰りもなくて
向日葵の晝鉦かん/\と叩き來る
手拭かはけり浴場の紫陽花
ポスト立ち居る坂道の夕燒靜か
松の葉散れり泉水の靑き空
兩手にて蔽ひし其の顏のつめたき
みゝずのこゑすきとほる月夜ありけり
一軒の家に逢ひけり山路ふかみ行く
今日一日の終りの鐘をききつつあるく
草花に淋しい顏をよする兒よ
夜咲く花に稻妻ひらめく
はしご晴れたる柿の實赤し
金魚鉢に顏よせし姉妹の夕べ
金魚の赤をちらしては雨ふり止まず
靑服の人等歸る日が落ちた町
軍艦のどれもより朝の喇叭が鳴れり
朝霧の町に兵隊並びたり
庭一面にしく松葉ふくよかな陽ざし
手ににぎりしめし汗やがて見つめたり
大正七
一九一八
年
かろい悔をもちてつとめに出てゆく
霜ふる音の家が鳴る夜ぞ
妻が留守の障子ぽつとり暮れたり
障子いつぱいに山の陽さしたり
月は冱え/\人の世またく寢入りたり
本がすきな兒に灯があかるし
鳩のうたうたひ居り陽はまんまろ
コスモスに大空の靑さ暮れ初む
雪は晴れたる小供等の聲に日が當る
眼をやめば片眼淋しく手紙かき居る
赤い房さげて重い車をひく馬よ
元日暮れたりあかりしづかに灯して
日が少し長くなり夕煙あかるく
島の女に汽笛鳴らして船來る
女乞食の大きな乳房かな
風の中ほう/\となにか追ひ居る
風寒み障子ま白くしめし家
笹舟流すに廣々と風ありにけり
妻がもどりて火鉢の炭が起されたり
堤の上ふと顏出せし犬ありけり
線路工夫にのみ明けし朝の堅い土
小供等さけび居り夕日に押合へる家
宿を杉並木の雨となりけり
佛の灯じつとして凍る夜ぞ
氷とけたり朝日あまねし
夢さめし眼をひたと闇にみひらけり
荷造り終えし家の中電燈あかるし
二人してもちし小さい店の灯なり
冷やかな灯ありけり朝の竹藪
流るる水にそれぞれの灯をもちて船船
篝地より炎ゆ空は眞つ黑
篝焚きてぞ續く舟なり
闇の篝に浮くは人の顏顏
篝炎え立ち散り來る木の葉
骨拾ふべく其の箸がよごれ居り
はるばる來にける旅なりし山山
凪げる朝あけ靑き島島すわる
夜店人通り犬が人をさがし居る
ただにうれしてぞ子馬とぶらし
兒等が歸りしあとの机淋しや
肴屋が肴讀みあぐる陽だまり
芽ぐめるもの見てありく土の香ひ
芽ぐめるもの見てありく土の匂 【大空】
わが肌をもむあんま何か思ひつつ
わが肌をもむあんま何を思ひつつ 【大空】
チヤブ臺に置かるる縁日の赤い花
雲雀雲雀暮れ行く土に吸はれけり
水瓶いつぱいに朝あけの水張れり
寢ころべる犬に椿の花が落つ
籠の鳥なかず雨の降る事よ
山深々と來て親しくはなす
ぢつと子の手を握る大きなわが手
土よりの緑二葉にわかれたり
庭の緑にことごとく風ふれて行く
緑の風みちてぞ籠の鳥鳴く
かめに水はりて廚片付きし
灯がもるる家ぬちのぬくもり
歸り來し人に灯かげをかざす
莖の一本一本がつくりつつある水の輪
いともつめたき水の輪一つひろごれり
曇れる日にて木々の葉ふくらめる
くもり來し湖水音ひつそり
時計唄ひ居れども兒等は深きねむり
落つる日の方へ空ひとはけにはかれたり
佛の花に折れば咲きつづくけしの花
雨が晴れがまへ山の上の家
藏戸あけられし海の風いつぱい
藏の脊ならび立ち夕汐みちたり
うり言葉買ひ言葉櫻咲ききれり
水の靑さきはまれば櫻ま白し
山懷ろの湖にて明けきりたり
湖深く喰ひ入りて古い色街
湖廻り靜かに白い家たてる
松原平に波はしづもれり
漁夫等何か叫びつゝ強い風の中
風が落ちたる辻に立つポスト
松はあくまで光りて砂にならぶ墓
嵐の夜あけ朝顏一つ咲き居たり
機音なつかしむ山ふところにて
機音やみたり靑葉陽にひつそり
靑い息つく螢一つ見つめ居り
芒光れるのみ船も來ぬ港
海近き驛にて芒光れり
さやかにも朝の月あり芒光れり
一ツ足らぬ鷄を呼ぶ芒の風
箒目たてゝ森閑とした家
箒木のまはり綺麗にも草ぬかる
はたと倒れし箒の影の夕べ
大風の空の中にて鳴る鐘
マツチつかぬ夕風の涼しさに話す
海見えて砂山越せり續く砂山
靜かにも曉の家の灯なりけり
錢が土の間に轉りて音なし
夜中となり水の上灯更けたり
公園ぬけて雨の菊ありけり
硝子越し靜にも菊が咲き居り
日まはりこちら向く夕べの机となれり
妻を叱りてぞ暑き陽に出て行く
道細々と山の深きへ續く
旅館の朝の山の大きに向ひ
山に旭があたる頃の物音もせず
降りつづく山山どつしり座れり
晝深深と病室の障子
眞晝光りの中に物種子下す
田舍に歸りて晝深々と居り
山より夕煙上り旅人ふたり
山の淋しさ兒を抱きしめて行く
山登りきりて山の唄うたふ
古き神祭る島の女等
寺の屋根見つつ木の葉ふる山を下り行く
口笛吹かるる朝の森の靑さは
大正八
一九一九
年
暮るる明りにて髮を結ひあぐ
シーツの晝深々と黑髮なげて
靜かにも黑髮ふるる湯槽に浸り
街吹く風の家並疎らとなり
晝の街深深と物賣の聲通る
葬列足早やな足に暮色まつはり
龜を放ちやる晝深き水
新らしき本屋が出來た町の灯
犬が吠ゆる水打ぎわの月光
桃が熟れた香ひの木陰にたてり
晴れたる朝を冷やかな椅子の病人
燒跡黑黑と朝露の中
あか桶重たく朝露の中に置く
冷やかに患者が朝の眼を開き
冷たい水となり旅の朝な朝な
切りたほす木木の上の靑空
嵐のまへんお蟻等せんねん
浪のうねりの大きく身ぬちにひびく
浪をかぶりては黑く据われる岩なり
流れゆく雲のはるかにも光る潮あり
とつぐべき其の夜の星空となり
しみじみ水をかけやる墓石
電車の終點下りて墓地への一人
埃立つ道を墓地へ行きつけり
雲が湧く湧く湖動かず
夕べ鐘が鳴る鳴る雲の色變る
井戸深深と曉を鳴く蟲ありにけり
蟲等鳴く闇の中にかがまる
水吸ひ上げては百合の花白く咲きつゞく
池のまわり百合皆くもり雷遠し
草の中より風起り百合白う咲けり
もぐらが持ちあげし土のその陽の色
杭打ちこみてゆすり見る土の力
涼しさの灯が吸はれたる庭のくらやみ
病める人に花の色色をゑらむ
大正十一
一九二二
年
白きものうごめく停車場の夜あけにて
白いは人と鳥とにて靑い畑よく鋤かれたり
汽車下りて船に乘る寢どこありにけり
火ばしさす火の無き灰の中ふかく
暮るれば教會の空ひろう鳴る鐘
オンドル月夜となれり卷煙草をさがす
廊へ急ぐ足音ぞオンドル更けたり
オンドル焚き捨てゝヨボ
鮮人
を叱るたそがれ
オンドルに神棚も手近く祭りて
オンドル冷ゆる朝あけの電話鳴るかな
オンドルに病んで前住の人の跡をさがす
何に使ひしものか柱に錆びし五寸釘
熱の眼に色々のもの釘にぶら下る
電燈二つくつ付けてチヤブ臺とり卷く
あはぬ襖が氣になりて病む眼をとがらす
妻を叱る無理と知りつゝ淋しく
コスモスに朝の煙流れそめたり
コスモス拔きすてしあとに黑猫眼光らし
晴れつゞけばコスモスの花に血の氣無く
臺所のぞけば物皆の影と氷れる
鮮童石とばす、身を切るやうな風
焚火ごう/\事ともせずに氷る大地よ
病中
氷れる硯に筆なげて布團にもぐる
曲がれる釘の影までが曲れり
半ば山をくづせる儘に冬となり行く
土運ぶ鮮人の群一人一人氷れる
石に腰かけて冷え行くよ背骨
大めし喰ふ下女の手足がうらやましく
コトとも音せぬ夜の足の節々が痛む
蜜柑山の路のどこ迄も海とはなれず
〈みかん山の道いつまでも海を離れず〉
たそがれの浪打ぎはをはるかに來にけり
大正十二
一九二三
年
鈴の音したしむ小さい馬車馬二つづつ
支那語で馬車をよぶ月の夜うれしく
月に二重戸おろし相子關と人すめり
靑草限りなくのびたり夏の雲あばれり
支那の女美し卷煙草すひ馬車をかるべく
家路はるけく露のぼる草葉淋しき
土くれのやうに雀居り靑草も無し
途に兒等は泣くどの家にも燈火
松の實ほりほりとたべ子のない夫婦で
朝鮮にて
風の中走り來あつい錢握りゐし
四ツ手網おろされ夕の野面ひつそり
稻がかけてある野面に人をさがせども
何もかも死に盡したる野面にて我が足音
朝の街に來て既に汗流せる馬よ
氷穿ちては釣の糸深々と下ろす
氷れる路に頭を下げて引かるる馬よ
山ずそ親しく雪解水流れそめたり
田ずそ親しく雪解水流れそめたり 【大空】
海苔をあぶりては東京遠く來た顏ばかり
長雨あきる小窓であんず落つるばかり
長雨あまる小窓で杏落つるばかり 【大空】
あくまでもきたなき牛がまなこを見張れる
晝火事の煙遠くへ冬木つらなる
燒跡はるかなる橋を淋しく見通し
春日の中に泥厚く塗りて家つくる
いたくも狂へる馬ぞ一面の大霜
かぎりなく煙吐き散らし風やまぬ煙突
母の日ぬくとくさやえんどう出そめて
夏帽新しく睡蓮に晝の風あり
草に入る陽がよろしく滿洲に住む氣になる
朝からヨボが喧嘩して樂隊通る
犬が覗いて行く垣根にて何事もない晝
わが胸からとつた黄色い水がフラスコで鳴る
ここに死にかけた病人が居り演習の銃音をきく
小供等たくさん連れて海渡る女よ
遠く船見付けたる甲板の晝を人無く
一燈園時代 大正十二
一九二三
年十一月~大正十三
一九二四
年三月
大正十三年
一九二四
年
暗
やみ
の底握りつめ我を忘れんとする
水音親しみ親しみ夕の橋を渡りきる
山水ちろろ茶碗眞白く洗ひ去る 【大空】
ホツリホツリ闇に浸りて歸り來る人人
落葉掃き居る人の後ろの徃來を知らず
牛の眼なつかしく堤の夕の行きずり
流るる風に押され行き海に出る
船は皆出てしまひ雪の山山なり
砂濱ヒヨツコリと人らしいもの出て來る
つくづく淋しい我が影よ動かして見る
晝めし云ひに來て竹藪にわれを見透かす
ねそべつて書いて居る手紙を鷄に覗かれる
皆働きに出てしまひ障子あけた儘の家
靜かなるかげを動かし客に茶をつぐ
花あはただしさの古き橋かかれり
夕日の中ヘ力いつぱい馬を追ひかける
落葉へらへら顏をゆがめて笑ふ事
月夜戻り來て長い手紙を書き出す
須磨寺時代 大正十三
一九二四
年六月~大正十四
一九二五
年三月
寢ころんで白雲遠く蝶も見し
お地藏樣に灯をともす秋の花ばかり
寢そべつて草の靑さに物云ふ
けものが歩く道をよける朝の疊
姉妹なりけり小さい手がつながれる
地藏並び給ふ霧雨ふりてはやみ
もずが高啼く朝を昨日の首つりの話し
お金の事申しやる心を叱つて居る
又も夕べとなり粉雪降らし來ることか
寶物拜觀五錢と大書してゐる
廣場の風の中に小供等集めてる物賣をやじ
あすは雨らしい靑葉の中の堂を閉める
一日物云はず蝶の影さす
友を送りて雨風に追はれてもどる
雨の日は御灯ともし一人居る
なぎざふりかへる我が足跡も無く
輕いたもとが嬉しい池のさざなみ
靜もれる森の中をののける此の一葉
井戸の暗さにわが顏を見出す
雨の傘たてかけておみくぢをひく
沈默の池に龜一つ浮き上る
鐘ついて去る鐘の餘韻の中
炎天の底の蟻等ばかりの世となり
山の夕陽の墓地の空海へかたぶく
柘榴が口あけたたはけた戀だ
赤いたすきをかけて臺所がせまい
佛飯ほの白く蚊がなき寄るばかり
たつた一人になりきつて夕空 【大空】
墓原路とてもなく夕べの漁村に下りる〉
高浪打ちかへす砂濱に一人を投げ出す
雨に降りつめられて暮るる外なし御堂
昼寝起きればつかれた物のかげばかり
げつそり痩せて竹の葉をはらつてゐる
御祭の夜明の提灯へたへたとたたまれる
月の出おそくなり松の木楠の木
何も忘れた氣で夏帽をかぶつて
ねむの花の晝すぎの釣鐘重たし
氷店がひよいと出來て白波
兩手に淸水をざげてくらい路を通る
日まはり大きくまはりここは滿洲
父子で住んで言葉少なく朝顏が咲いて
砂山赤い旗たてて海へ見せる
聲かけて行く人に迎火の顏をあげる
蛇が殺されて居る炎天をまたいで通る
ほのかなる草花の匂を嗅ぎ出さうとする 【大空】
潮滿ちきつてなくはひぐらし 【大空】
わかれを云いて幌おろす白いゆびさき
茄子もいできてぎしぎし洗ふ
空に白い陽を置き火葬場の太い煙突
むつつり木槿が咲く夕べ他人の家にもどる
裏木戸出入りす朝顏實となる
朝顏の白が咲きつづくわりなし
いつ迄も忘れられた儘で黑い蝙蝠傘
陽がふる松葉の中で大きな竹かごをろす
蛙の子がふえたこと地べたのぬくとさ
何かしら兒等は山から木の實見つけてくる
乞食の兒が銀杏の實を袋からなんぼでも出す
船乘りと山の温泉に來て雨をきいてる
もやの中水音逢ひに行くなり
あらしの闇を見つめるわが眼が灯もる
海のあけくれのなんにもない部屋
銅錢ばかりかぞえて夕べ事足りて居る
古き家のひと間灯されて客となり居る
夕べひよいと出た一本足の雀よ
たばこが消えて居る淋しさをなげすてる
をだやかに流るる水の橋長々と渡る
空暗く垂れ大きな蟻が疊をはつてる
蚊帳の釣手を高くして僧と二人寢る
蟻を殺す殺すつぎから出てくる
雨の幾日がつづき雀と見てゐる
雜巾しぼるペンだこが白たたけた手だ
友の夏帽が新らしい海に行かうか
氷がとける音がして病人と居る
すでにあかつき佛前に米こぼれあり
寫眞うつしたきりで夕風にわかれてしまつた
小さい時の自分が居つた寫眞を突き出される
血がにじむ手で泳ぎ出た草原
晝の蚊たたいて古新聞よんで
人をそしる心をすて豆の皮むく
はかなさは燈明の油が煮える
刈田で烏の顏をまぢかに見た
落葉木をふりおとして靑空をはく
からかさ干して落葉ふらして居る
傘さしかけて心寄りそへる
赤とんぼ夥しさの首塚ありけり
血汐湧き出で雜念なし
念彼觀音力風音のまま夜となる
障子しめきつて淋しさをみたす
屋根の落葉を掃きおろす事を考へてゐる〉
水草ともしくなるままの小波よせる
庭石一つすゑられて夕暮が來る
わらじはきしめ一日の旅の川音はなれず
寒さころがる落葉が水ぎわでとまった
木槿咲いて小學を讀む自分であつた
墓石洗ひあげて扇子つかつてゐる
藁屋根草はえれば花さく
木魚ほんほんたたかれまるう暮れて居る
今朝の夢を忘れて草むしりをして居た
児に草履をはかせ秋空に放つ
ぶつりと鼻緒が切れた闇の中
鳩がなくま晝の屋根が重たい
土運ぶ默々とひかげをつくる
風船玉がおどるかげがおどる急いで通る
財布はたいてしまひつめたい鼻だ
マツチの棒で耳かいて暮れてる
わが足の格好の古足袋ぬぎすてる
生徒等が記念碑を取り卷いてしまつた陽の中
栗が落ちる音を兒と聞いてゐる夜
夕べ落葉たいて居る赤い舌出す
落葉燃え居る音のみ殘して去る
自らをののしり盡きずあふむけに寢る
落葉へばりつく朝の草履干しをく
何か求むる心海へ放つ
波音正しく明けて居るなり
めつきり朝がつめたいお堂の戸をあける
靑空ちらと見せ暮るるか
ばたばた暮れきる客がいんだ座ぶとん
大正十四年
一九二五
年
戸口から顏出して兒等の中のわが兒見出す
こんなよい月の夜のひとり
蟲があるく道をよける朝のたたみ
粉炭もたいなくほこほこおこして
一人つめたくいつ迄藪蚊出る事か
晝ふかぶか木魚ふいてやるはげてゐる
妹と夫婦めく秋草
鉛筆とがらして小さい生徒
お寺の秋は大松のふたまた
小さい火鉢でこの冬を越さうとする
心をまとめる鉛筆とがらす
松かさつぶてとしてかろし
朝々を掃く庭石のありどころ
お堂淺くて落葉ふりこむさへ
をん鷄氣負ひしが風にわかれたり
草枯れ枯れて兵營
佛にひまをもらつて洗濯してゐる
大根が太つて來た朝ばん佛のお守りする
ただ風ばかり吹く日の雜念
かぎ穴暮れて居るがちがちあはす
二人よつて狐がばかす話をしてる
うそついたやうな晝の月がある
醉のさめかけの星が出てゐる
考へ事して橋渡りきる
松原兒等を歸らせて暮れ居る
おほらかに鷄なきて海空から晴れる
中庭の落葉となり部屋部屋のスリツパ
白い帶をまいてたまさかの客にあふ
山に家をくつつけて菊咲かせてる
しも肥わが肩の骨にかつぐ
板じきに夕餉の兩ひざをそろへる
わがからだ焚火にうらおもてあぶる
傘干して傘のかげある一日
こんなよい月を一人で見て寢る
とつぷり暮れて居る袴をはづす
夜中菊をぬすまれた土の穴ほつかりとある
便所の落書が秋となり居る
竹の葉さやさや人戀しくて居る
めしたべにおりるわが足音
小さい家をたてて居る風の中
大空のました帽子かぶらず
どつかの池が氷つて居さうな朝で居る
猿を鎖につないで冬となる茶店
兒に木箱つくつてやる眼の前
ふくふく陽の中たまるのこくづ
落葉たく煙の中の顏である
晩の煙りを出して居る古い窓だ
佛體にほられて石ありけり
足音一つ來る小供の足音
足袋ぬいで石ころを捨てる
何かつかまへた顏で兒が藪から出て來た
一人のたもとがマツチを持つて居た
晝だけある茶屋で客がうたつてる
大根洗ひの手をかりに來られる
上天氣の顏一つ置いてお堂
馬の大きな足が折りたたまれた
打ちそこねた釘が首を曲げた
とまつた汽車の雨の窓なり
鴉がだまつてとんで行つた
尻からげして葱ぬいて居る
しぐれますと尼僧にあいさつされて居る
人殺しありし夜の水の流るるさま
水たまりが光るひよろりと夕風
針に糸を通しあへず靑空を見る
絲瓜が笑つたやうな圓右が死んだか
きたない下駄はいて白粉ぬることを知つてる
軍馬たくさんつながれ裸の木ばかり
片目の人に見つめられて居た
すでにすつ裸の柿の木に物干す
冬帽かぶつてだまりこくつて居る
紅葉あかるく手紙よむによし
襟卷長くたれ橋にかかるすでに凍てたり
公園冬の小徑いづこへともなくある
寫眞とつて歩く少し風ある風景
兒をおぶつてお嫁さんの顏見に出る
大地の苔の人間が帽子をかぶる
葱がよく出來てとつぷり暮れた家ある
病人よく寢て居る柱時計を卷く
お盆にのせて椎の實出されふるさと
姉妹椎の實たべて東京の雜誌よんでる
かへす傘又かりてかへる夕べの同じ道である
眼鼻くすぼらしてゐた風呂があつうなる
赤ン坊のなきごゑがする小さい庭を掃いてる
大松暮れてくるはだしを洗ふ頃となる
雀のあたたかさを握るはなしてやる
酒もうる煙草もうる店となじみになつた
灰の中から針一つ拾ひ出し話す人もなく
帆柱がならんでみんなとまる船ばかり
曇り日の落葉掃ききれぬ一人である
たくさんの兒等を叱つて大根漬けて居る
門をしめる大きな音さしてお寺が寢る
うで卵子くるりとむいて兒に持たせる
傘にばりばり雨音さして逢ひに來た
あるものみな着てしまひ風邪ひいてゐる
かまきりばたりと落ちて斧を忘れず
事實といふ事話しあつてる柿がころがつてゐる
黑い帶しつかりしめて寒い夜居る
囮のかごさげてだまつて山にはいる
淋しいぞ一人五本の指を開いてみる
火ばしがそろはぬ儘の一冬なりけり
朝の白波高し漁師家に居る
草履が片つ方つくられたばこにする
むつきを干して小さい二階をもつ
島の女のはだしにはだしでよりそふ
わが顏ぶらさげてあやまりにゆく
葬式の幕をはづす四五人殘つて居る
秋風のお堂で顏が一つ
菊の亂れは月が出てゐる夜中
今日も生きて蟲なきしみる倉の白壁
黑眼鏡かけた女が石に休んで居るばかり
釘に濡手拭かけて凍てる日である
つめたい風の耳二つかたくついてる
お堂しめて居る雀がたんともどつて來る
たんぼ風まともにうけとぼけた顏だ
蟻が出ぬやうになつた蟻の穴
庭を掃いて行く庭の隅なるけいとう
降る雨庭に流れをつくり佗び居る
のら犬の背の毛の秋風に立つさへ
雜草花つける強い夕風
あひる放たるる水底見ゆる
草のびのびししわぶきして窓ある
わが家のうしろで鍬ふるふあるじである
師走の夜の吊鐘ならす身となりて
師走の夜のつめたい寢床が一つあるきり
けもの等が鳴く師走の動物園のま下を通る 【大空】
雪を漕いで來た姿で朝の町に入る
大雪となる兔の赤い眼玉である
女と淋しい顏して温泉の村のお正月
破れた靴がぱくぱく口あけて今日も晴れる
榾火に見渡さるる調度である
小鳥がふみ落す葉を池に浮べて秋も深い
焚えさしに雪少し降り明け居る
寒鮒をこごえた手で數へてくれた
落葉掃けばころころ木の實
柿の木を賣つた錢を陽なたで勘定してる
反古を讀み讀み消し壺張りあげた
犬をかかへたわが肌には毛が無い
鞠がはずんで見えなくなつて暮れてしまつた
舟の帆が動いて居る身のまはりの草をむしる
かたい梨子をかじつて議論してゐる
聞こえぬ耳をくつつけて年とつてる
たくさんある兒がめいめいの本をよんでる
借家いつか出來て住む夫婦者の顏
草刈りに出る裏木戸あいたままある
曲がつた宿の下駄はいて秋の河原は石ばかり
病人らしう見て過ぐ秋草
吸取紙が字を吸ひとらぬやうになつた
漬物桶に鹽ふれと母は産んだか
こんな處に卵子を産んでぬくとく拾ふ
吹けばころがる卵子からの卵子
溪深く入り來てあかるし
笑へば泣くやうに見える顏よりほかなかつた
池を干す水たまりとなれる寒月
雪解の一軒の家のまはり
蜜柑を燒いて喰ふ小供と二人で居る
がたびし戸をあけてをそい星空に出る
鉢の椿の蕾がかたくて白うなつて
馬が一疋走つて行つた日暮れる
池の氷の厚さを兒等は知つてる
片つ方の耳にないしよ話しに來る
葬式の着物ぬぐばたばたと日が暮れる
汀にたまる霰見て温泉の村に入る
低い戸口をくぐつて出る殘雪が堅い
波立つ船に船をよせようとする
兩手をいれものにして木の實をもらふ
すたすた行く旅人らしく晩の店をしまふ
夜中の襖遠くしめられたる
女に捨てられたうす雪の夜の街燈
なんにもたべるものがない冬の茶店の客となる
波へ乳の邊まではいつて女よ
山かげ殘雪の家鷄もゐる
濠端犬つれて行く雪空となる
落葉拾うて棄てて別れたきり
行きては歸る病後の道に咲くもの
雪が消えこむ川波音もなく暮れる
雪の戸ひそひそ叩いて這入つてしまつた
こんな大きな石塔の下で死んでゐる
雪空火を焚きあげる雪散らす
さはればすぐあく落葉の戸にて
紺の香きつく着て冬空の下働く
あけた事がない扉の前で冬陽にあたつてゐる
水車まはつてゐる山路にかかる
椿にしざる陽の窓から白い顏出す
湖の家並ぶ寒の小魚とるいとなみ
湖は寒ンの小魚とるいとなみの二三軒
うす化粧して凍てた道をいそぐ
うす化粧して凍てた田道をいそぐ
牛小舍の氷柱が太うなつてゆくこと
きたない下駄ぬいで法話の灯に遠く座る
雪解の山淺く枯枝あつめる
大きな木ばかりのお寺の朝夕である
島の殘雪に果物船をよせる
動物園の雪の門があけてある
岩にはり付けた鰯がかわいてゐる
冬川にごみを流してもどる
かきぶねしつかりかけて霜夜だ
臼ひく女が自分にうたをきかせてゐる
今逢ふて來た顏で炭火ををこす
夜明けの大浪の晴れがまへである
藤棚枯れて居る下の椅子によつて話す
曇り日の儘に暮れ雀等も暮れる
堅い大地となり這ふ蟲もなし
這ふ蟲もなく堅い大地となり
墓原雪晴れふむものとてなく
ゆるい鼻緒の下駄で雪道あるきつづける
ふところの燒芋のあたたかさである
霜がびつしり下りて居る朝犬を叱る
鳩に豆やる兒が鳩にうづめらる
霰ふりやむ大地のでこぼこ
ひげがのびた顏を火鉢の上にのつける
高波曳網のつな張り切る
ぽつかり鉢植の枯木がぬけた
宵祭の提灯ともしてだあれも居らぬ
ハンケチがまだ落ちて居る戻り道であつた
にくい顏思ひ出し石ころをける
たまたま蟻を見付け冬の庭を歩いて居る
天辺落とす一と葉にあたまを打たれた
底がぬけた杓で水を呑もうとした
底のぬけた柄杓で水を呑もうとした
池が氷つてしまつたお寺の境内
粉雪散らし來る大根洗ふ顏を上げず
雪空にじむ火事の火の遠く戀しく
雀がさわぐお堂で朝の粥腹をへらして居る
爪切るはさみさへ借りねばならぬ
なんにもない机の引き出しをあけて見る
犬よちぎれるほど尾をふつてくれる
殘雪の番ひのにはとりが居るばかり
寒に入る地藏鼻かけ給ふ
松の葉をぬいて齒をせせる朝の道である
先生の家の古ぼけた門である
色鉛筆の靑い色をひつそりけづつて居る
月の出の船は皆砂濱にある
節分の豆をだまつてたべて居る
刈田のなかで仲がよい二人の顏
雪空一羽の烏となりて暮れる
鶴鳴く霜夜の障子ま白くて寢る
花が咲いた顏のお湯からあがつてくる
齒をむき出した鯛を威張つて賣る
人を待つ小さな座敷で海が見える
兒をつれて小さい橋ある梅林
入營を送つて來た旗をかついでゐる
ほつかり池ある夕べの小波
コスモスなんぼでも高うなる小さい家で
夕の鐘つき切つたぞみの蟲
夕飯たべて猶陽をめぐまれてゐる
道いつぱいになつて來る牛と出逢つた
小浜時代 大正十四
一九二五
年五月~同年八月
晝を草ひきつつ讀んで居る本は「夢の破片」
背を汽車通る草ひく顏をあげず
今日來たばかりで草ひいてゐる道をとはれる
あたまをそつて歸る靑梅たくさん落ちてる
剃つたあたまが夜更けた枕で覺めて居る 【大空】
一人分の米白々と洗ひあげたる
時計が動いて居る寺の荒れてゐる
乞食に話しかける我となつて草もゆ
血豆をつぶさう松の葉がある
考へ事をしてゐる田にしが歩いて居る
風が落ちたままの驛であるたんぼの中
雪の戸をあけてしめた女の顏
するどい風の中で別れようとする
どんどん泣いてしまつた兒の顏
新緑の山となり山の道となり
赤ン坊動いて居る一と間切りの住居
田舍の小さな新聞をすぐに讀んでしまつた
どろぼう猫の眼と睨みあつてる自分であつた
留守番をして地震にふられて居る
臍に湯をかけて一人夜中の温泉である
病人らしう見て居る庭の雜草
浪音淋しく三味やめさせて居る
豆を水にふくらませて置く春ひと夜
かぎりなく蟻が出て來る穴の音なく
遠くへ返事して朝の味噌をすつて居る
手作りの吹竹で火が起きて來る
戻りは傘をかついて歸る橋であつた
笑ふ時の前齒がはえて來たは
眼の前筍が出てゐる下駄をなほして居る
百姓らしい顏が庫裡の戸をあけた
釘箱の釘がみんな曲つて居る
かたい机でうたた寢して居つた
お寺の灯遠くて淋しがられる
豆を煮つめる自分の一日だつた
二階から下りて來てひるめしにする
海がよく凪いで居る村の呉服屋
蜘珠がすうと下りて來た朝を眼の前にす
銅像に惡口ついて行つてしまつた
雨のあくる日の柔らかな草をひいて居る
きちんと座つて居る朝の竹四五本ある
とかげの美くしい色がある廢庭
蛙たくさんなかせ灯を消して寢る
寺に來て居て靑葉の大降りとなる
芹の水濁らすもの居て澄み來る
池の朝がはぢまる水すましである
土塀に突つかひ棒をしてオルガンひいてゐる學校
うつろの心に眼が二つあいてゐる
花火があがる音のたび聞いてゐる
母の無い兒の父であつたよ
小さい橋に來て荒れる海が見える
淋しいからだから爪がのび出す
屋根草風ある田舍に來てゐる
ころりと横になる今日が終つて居る
一本のからかさを貸してしまつた
雨のわが家に妻は居りけり
海がまつ靑な晝の床屋にはいる
瓜うりありくヨボの大きな瓜である
久しぶりのわが顏がうつる池に來てゐる
となりへだんご持つて行く藪の中
藪の中のわたしだちの道の筍
何やら鍋に煮えて居る僧をたづねる
蚤とぶ朝のよんでしまつた新聞
小芋ころころはかりをよくしてくれる
朝早い道のいぬころ
京都時代 大正十四
一九二五
年七月~同年八月
山寺灯されて見て通る
晝寢の足のうらが見えてゐる訪ふ
宵のくちなしの花を嗅いで君に見せる
蜘蛛がとんぼをとつた軒の下で住んでる
筍ふみ折つて返事してゐる
逢ひに來たその顏が風呂を焚いてゐた
舊暦の節句の鯉がをどつて居る
洋服の白い足折り曲げて話しこんでゐる
打水落ちつく馬の長い顏だ
小豆島時代 大正十四
一九二五
年八月~大正十五
一九二六
年四月七日
眼の前魚がとんで見せる島の夕陽に來て居る
夜明けが早い濱で顏を合す
ここ迄來てしまつて急な手紙書いてゐる
いつしかついて來た犬と濱邊に居る
町の盆燈ろうたくさん見て船に乘る
島の小娘にお給仕されてゐる
夕汐みちくる松垂れにけり
西瓜の靑さごろごろとみて庵に入る
新緑を目に満たし橋を渡る
島から出たくも無いと云つて年をとつてゐる
お盆の墓原燈をつらね淋しやひとかたまり
追憶の夕べ庭先きを蟹がはつて見せる
ビクともしない大松一本と殘暑に入る
此の釘打つた人の力の執念を拔く
蚊帳のなか稻妻を感じ死ぬ事だけが殘つてゐる
自分をなくしてしまつて探して居る
鼻緒たてた、いささかの指の泥をはらふ
鼻緒しめていさゝかのゆびの泥をはらう
なにがたのしみで生きて居るのかと問はれて居る
二人ではじめてあつて好きになつてゐる
さよならなんべんも云つてわかれる
蛇穴に入るや身にしみ透る酒の味
火の氣のない火鉢を寢床から見て居る
一日風吹く松よお遍路の鈴が來る
蜜柑の皮をむいて咳いてしまつた
山の石、石さけて、飛ぶ海は靑く
ふと顏見合せて妻と居つた
旅からもどつて妻の顏とブツカツタ
旅からもどつた妻の顏とぶつかつた
嬉しさが押へきれないで女よ
ざんざん叱つた揚句の妻よ
町内の顏役に候蝙蝠
女の足が早くて穗芒
美しい女で菅笠をかむり
海風のなかで芋掘る
いつ迄も曲つて居る火箸で寒いな
蟹に小供が小便かけてるよい天氣だ
窓一つあいてゐる海の靜けさ
夕陽舟を超え大松をこえ靜かに行く
夕日大松をこえ山をこえ靜かにゆく
今朝俄かに冬の山となり
針の穴の靑空に糸を通す
冬山人があがつて居る
秋山半分に切られた
白々あけて來る生きてゐた
白々あけて來る生きて居つた
けが人運び去られた日輪
ベンチから歩き出したものがある
くりくりよく太つた兒がようころぶ
松山雪風をならしはじむ
一枚の舌を出して醫者に見せる
朝の姿見からはなれる
淋しや壁はつてゐる
山から子供あづかつてきた
墓原小さい兒が居る夕陽
嵐のふとんにもぐりこむ
月夜のかるい荷物だ
粉炭ほこほこ顏一つあぶつて寢る
今日も夕陽となり部屋に座つてゐる
今日も夕陽となつて部屋に座つて居る
赤ん坊ひと晩で死んでしまつた
四角な庵の元日
大晦日暮れた掛取も來てくれぬ
元日のみんな達者馬も達者
元日の灯の家内中の顏がある
墨をつけた顏でもどつて來た
滿潮の橋長々とかかれり
なにか、こはれた音もしてたそがれ
なにかこわした音もしてたそがれ
つきたての餠をもらつて庵主であつた
夜中の天井が落ちて來なんだ
上天氣の顏が集まつて來る
夕空の下の夫婦
冬山こせばお城が見える
冬山登ればお城が見える
南瓜半分喰はれてゐる
お金ほしさうな顏して寒ン空
山の匂ひかぎ行く犬の如く
手袋片つぽだけ拾つた
うらがれ山を下りる
子守唄に月が出た
子守唄に月が出て來た
胃袋の有るところも知らぬ女だ
わが家の雪ふりつもる
わが夜の雪ふりつもる
葱積んで行く朝の舟女漕ぎけり
師走の冷たい寢床にわがからだ一つ投げこむ
雀が背のびして覗く俺だよ
梯子下りたり上つたり暖い
友の繪がうまいんださうだ
娘等よ早く野に出よ
殘雪に雪ふる
殘雪に雨ふる
冬ばらに手をひつかかれた
大空、シヤッポは持たない
これでもう外に動かないでも死なれる
いつも松風を屋根の上にをいてねる
雪やみし野にてたそがれ
一ケ所壁が新らしくて夕陽
よく降る枳殼の垣
枯草山辷る松原の朝陽
いつでも凧が泳いでゐる町の中の山
ふるさと大きな星が出とる
一人豆を煮る夜のとろとろ火
曇り日の障子冬ざれ光れり
すり鉢が無いすりこ木が無い
箱の中のものを忘れてゐた
洗つた古下駄がかはいてゐる裏口
マツ赤になつて烏瓜踊つてるばかり
いつも來ては糞をする鄰の鷄
雪道あけてある大きな石門
町中冬木ある古る家
一足さきに出る雪の山宿
妻はうす雪の朝の庭に立ち
ほん氣で鷄を叱つて居る
ガタ馬車徃來する道となり冬木
遲參した夜の梅の匂ひ
大河に立ち寄りて話す
身近く夜更けのペンを置く
星が出た庭にうづくまつて居た
よい家が出來て浪寄せてゐる
雪とばす野茶屋酒にする
ぬくき限りの猫柳
やせた手のゆびの骨をならし
あすは元日の草履ぬぎそろへ
川のまん中を流れゆく草花
奧で笑ひ聲がした落葉
水郷見るものに蘆枯れたり
いつも机の下の一本足である
死にもしないで風邪ひいてゐる
女中部屋の雪あかりに病んでゐる
石垣の穴に潮充ち梅咲き
また晩の雪となり寺町通り
小さい手で貝殼かぞへる
みんな葉を落し小さい銀杏である
いそがしさうな鳩の首だ
砂山兒等の走るに任せ
おごそかなるものの冬田の水
黑豆石の如しふた物
松の葉にさされな寢にくる雀
秋風に吹かれ居るわれに母なし
四五日呑みなれた湯呑
カタリコトリ夜の風がは入つて居る
一つの湯呑の尻がどつしりと重たい
皺だらけの手のひらぱりぱりあける
窓の下に草履がぬいである
椽の下から猫が出て來た夜
ランプ身近く置き金米糖かじつて居る
机の上の少しの埃をたたく淋しく
木瓜の鉢も机にのせ
木瓜の鉢も湯呑も本も机にのせ
たいたことが無いくどが庭にくつ付いとる
お菓子のあき箱でおさい錢がたまつた
李が咲いた足が立たぬ
晩秋の庵は風吹き切花出してある
庵は腰ぬけの朝ばんの春
毎朝散る花ある庵の疊
手のゆびのほねがやせ出したよ
雪解の道行く急ぎの用をもち
烏にしては大きな晩のたんぼの鳥だ
いそいで立つた座布とんが曲つた
ホンの少しの間の淋しい氣持であつた
めづらしい春の大雪
山に雪少しある朝のゐのり
かがやく雪景色の夢がさめた
乳母が家は冬の大きな南天
雪解の海見える桑畑の大きな株
天氣つづきの田舍の舊の正月
雪中梅咲く田舍の正月
闇空金借りて戻る
教へ子をもちいつもやせこけて居る
その邊のものがみんなにがい胃の藥
ねていてくゆらすうまいタバコだ
吸いつぐ紫の煙風無く
一日の終りの雀
山の和尚の酒の友とし丸い月ある
さはにある髮をすき居る月夜
潰物石になりすまし墓のかけである
すばらしい乳房だ蚊がゐる
あらしが一本の柳に夜明けの橋
あらしの中のばんめしにする母と子
あらしのあとの馬鹿がさかなうりに來る
足のうら洗えば白くなる
石山蟲なく陽かげり
螢光らない堅くなつてゐる
大松一本雀に與へ庵ある
海が少し見える小さい窓一つもつ
わが顏があつた小さい鏡買うてもどる
ここから浪音きこえぬほどの海の靑さの
わが庵とし鷄頭がたくさん赤うなつて居る
すさまじく蚊がなく夜の痩せたからだが一つ
とんぼが淋しい机にとまりに來てくれた
四五人靜かにはたらき鹽濱くれる
夜更けの麥粉が疊にこぼれた
松かさも火にして豆が煮えた
井戸のほとりがぬれて居る夕風
なん本もマッチの棒を消し海風に話す
山に登れば淋しい村がみんな見える
雨の椿に下駄辷らしてたづねて來た
髮の美くしさもてあまして居る
叱ればすぐ泣く兒だと云つて泣かせて居る
花がいろいろ咲いてみんな賣られる
掃く程もない朝朝の松の葉ばかり 【大空】
秋風の石が子を産む話し
投げ出されたやうな西瓜が太つて行く
壁の新聞の女はいつも泣いて居る
海風に筒拔けられて居るいつも一人
盆休み雨となつた島の小さい家家
風邪を引いてお經あげずに居ればしんかん
風音ばかりのなかの水扱む
鼠にジヤガ芋をたべられて寢て居た
たまらなく笑ひこける若い聲よ
盆燈籠の下ひと夜を過ごし故里立つ〉
少し病む兒に金魚買うてやる
風吹く家のまはり花無し
靑田道もどる窓から見られる
山は海の夕陽をうけてかくすところ無し
家が建てこんで來た町の物賣りの聲
水を呑んでは小便しに出る雜草
船の中の御馳走の置きどころが無い
花火があがる空の方が町だよ
一疋の蚤をさがして居る夜中
木槿の花がおしまひになつて風吹く
追つかけて追ひ付いた風の中
追つかけて來て追い付いた風の中
ぴつたりしめた穴だらけの障子である
あけがたとろりした時の夢であつたよ
あけがたとろりした時の夢であつたか
をそい月が町からしめ出されてゐる
障子張りかへて居る小さいナイフ一挺
思ひがけもないとこに出た道の秋草
わが肩につかまつて居る人に眼がない
蓮の葉押しわけて出て咲いた花の朝だ
切られる花を病人見てゐる
乞食日の丸の旗の風ろしきもつ
天氣つづきのお祭がすんだ島の大松
卵子袂に一つづつ買うてもどる
お祭り赤ン坊寢てゐる
お祭赤ン坊寢させてゐる
その手がいつ迄太皷たたいて居るのか
陽が出る前の濡れた烏とんでる
夕立からりと晴れて大きな鯖をもらつた
蜥蜴の切れた尾がはねてゐる太陽
木槿一日うなづいて居て暮れた
お遍路木槿の花をほめる杖つく
葬式のもどりを少し濡れて來た
白い夾竹桃の花の下まいばん掃く
大正十五
一九二五
年
道を教へてくれる煙管から煙が出てゐる
病人花活ける程になりし
朝靄豚が出て來る人が出て來る
迷つて來たまんまの犬で居る
山の芋掘りに行くスツトコ被り
人間並の風邪の熱出して居ることよ
さつさと大根の種子まいて行つてしまつた
夕靄たまらせて鹽濱人居る 【大空】
已に秋の山山となり机に追り來
蛙釣る兒を見て居るお女郎だ
久しぶりの雨の雨だれの音
都のはやりうたうたつて島のあめ賣り
厚い藁屋根の下のボンボン時計
三味線が上手な島の夜のとしより
障子あけて置く海も暮れきる 【大空】
山に大きな牛追ひあげる朝靄
畑のなかの近か道戻つて來よる
疊を歩く雀の足音を知つて居る
あすのお天氣をしやべる雀等と掃いてゐる
あらしがすつかり靑空にしてしまつた
窓には朝風の鉢花
淋しきままに熱さめて居り
火の無い火鉢が見えて居る寢床だ
風にふかれ信心申して居る
小さい家で母と子とゐる
淋しい寢る本がない
竹藪に夕陽吹きつけて居る
月夜風ある一人咳して
お粥煮えてくる音の鍋ふた
一つ二つ螢見てたづぬる家
早さとぶ小鳥見て山路行く
咳込む日輪くらむ
雀等いちどきにいんでしまつた
草花たくさん咲いて兒が留守番してゐる
爪切つたゆびが十本ある
來る船來る船に一つの島
漬物石がころがつて居た家を借りることにする
鳳仙花の實をはねさせて見ても淋しい
夜の木の肌に手を添へて待つ
秋日さす石の上に背の兒を下ろす
浮草風に小さい花咲かせ
障子の穴から覗いて見ても留守である
朝がきれいで鈴を振るお遍路さん
入れものが無い兩手で受ける
朝月嵐となる
秋山、廣い道に出る
口あけぬ蜆死んでゐる
咳をしても一人
汽車が走る山火事
靜かに撥が置かれた疊
菊枯れ盡したる海少し見ゆ
流れに沿うて歩いてとまる
海苔そだの風雪となる舟に人居る
とんぼの尾をつまみそこねた
麥がすつかり蒔かれた庵のぐるり
墓地からもどつて來ても一人
戀心四十にして穗芒
なんと丸い月が出たよ窓
ゆうべ底がぬけた柄杓で朝
風凪いでより落つる松の葉
雪の頭巾の眼を知つてる
自分が通つただけの冬ざれの石橋
藪のなかの紅葉見てたづねる
ひどい風だ、どこ迄も靑空
大根ぬきに行く畑山にある
麥まいてしまひ風吹く日ばかり
今朝の霜濃し先生として行く
となりにも雨の葱畑
くるりと剃つてしまつた寒ン空
夜なべが始まる河音
よい處へ乞食が來た
雨萩に降りて流れ
寒なぎの帆を下ろし帆柱
庵の障子あけて小ざかな買つてる
師走の木魚たたいて居る
松かさそつくり火になつた
風吹きくたびれて居る靑草
嵐が落ちた夜の白湯を呑んでゐる
鐵砲光つて居る深雪
霜濃し水汲んでは入つてしまつた
一人でそば刈つてしまつた
冬川せつせと洗濯してゐる
昔は海であつたと榾をくべる
寒ン空シヤツポがほしいな
蜜柑たべてよい火にあたつて居る
とつぷり暮れて足を洗つて居る
晝の鷄なく漁師の家ばかり
海凪げる日の大河を入れる
働きに行く人ばかりの電車
雪の宿屋の金屏風だ
わが家の冬木二三本
家のぐるり落葉にして顏出してゐる
墓原花無きこのごろ
山火事の北國の大空
月夜の葦が折れとる
墓のうらに廻る
あすは元日が來る佛とわたくし
掛取も來てくれぬ大晦日も獨り
雪積もる夜のランプ
雨の舟岸により來る
山奧の木挽きと其男の子
夕空見てから夜食の箸とる
ひそかに波よせ明けてゐる
冬木の窓があちこちあいてる
窓あけた笑い顏だ
夜釣から明けてもどつた小さい舟だ
兒を連れて城跡に來た
風吹く道のめくら
旅人夫婦で相談してゐる
ぬくい屋根で仕事してゐる
繪の書きたい兒が遊びに來て居る
山風山を下りんとす
裸木春の雨雲行くや
をそくなつて月夜となつた庵
更けてから月夜となつた庵
松の根方が凍ててつはぶき
舟をからつぽにして上つてしまつた
小さい島に住み島の雪 【大空】
名殘の夕陽ある淋しさ山よ
故郷の冬空にもどつて來た
一日雪ふるとなりをもつ
みんなが夜の雪をふんでいんだ
山吹の花咲き尋ねて居る
春が來たと大きな新聞廣告
雨の中泥手を洗ふ
枯枝ほきほき折るによし
靜かなる一つのうきが引かれる
山畑麥が靑くなる一本松
窓まで這つて來た顏出して靑草
渚白い足出し
久し振りの太陽の下で働く
貧乏して植木鉢並べて居る
霜とけ鳥光る
久しぶりに片目が蜜柑うりに來た
障子に近く蘆枯るる風音
障子に近く蘆かれてゐる風音
風の音蘆枯るる障子にちかく
八ッ手の月夜もある戀猫
仕事探して歩く町中歩く人ばかり
舟から唄つてあがつて來る
元氣な人ばかり海へ働きにゆく
あついめしがたけた野茶屋
ぬくいめしが焚ケタ原茶ヤ
どつさり春の終りの雪ふり
森に近づき雪のある森
肉がやせてくる太い骨である
一つの湯呑を置いてむせてゐる
やせたからだを窓に置き船の汽笛
婆さんが寒夜の針箱おいて去んでる
すつかり病人になつて柳の糸が吹かれる
春の山のうしろから烟が出だした
■澤芳衛宛書簡に現れる句
明治三八
一九〇五
年二月~明治四一
一九〇八
年頃
花白き春やむかしの夢さむし
繪にかきて、むかしむかしの話しかな
ともし火くらくはる雨のふる
狂氣の、老女寐て居る座敷牢
大ろーそくに、春の夜を守る
紫の幔引きまはす櫻狩
元日や餠、二日餠、三日餠
草摘で都ニ遠き一日、哉
ゆめの人ゆめの鳥夢の行かすや
すき腹を鳴いて蚊が出るあくび哉
判じ繪の中に秋草繪きけり
くずれては鴛鴦に波うつ松の雪
鶴を折る間に眠る兒や宵の春
雛の
頰
ホ
の冷めたきに寄す我が
頰
ホ
哉
腹押せど啼かずなりたる雛かなし
小人島そこら明るし春ノ月
椿咲く島へ三里や浪高し
春雨ヤ岩ニ立ツ人見エズナル
一齊に海に吹かるゝ芒かな
投げられて負けてもまけぬ相撲哉
大霧はるゝ百萬石の城下哉
提灯が向ふから來る夜霧哉
提灯が火事にとぶ也
河岸
カシ
の霧
郷を去る一里朝霧はれにけり
四十雀五十雀よくシヤベル哉
姿見に灯うつる夜寒哉
鏡屋の鏡に今朝の秋立ちぬ
木犀に人を思ひて俳徊す
百文に賣りとばす蚊帳の分れ哉
むかし寺のありたる町の夜寒哉
だらだらと要領を得ぬ糸瓜哉
我庭の露三升や月今宵
奈良に來て未だ日の入らぬ紅葉哉
自炊子の起きて又食ふ夜長哉
油盡きて寐てしまひたる夜長哉
火事の夢さめて火事ある夜長哉
白粉のとく澄み行くや秋の水
一人。愛妹をしのびて、
うつむきてふくらむ一重桔硬哉
寺多き谷中の鷄頭鷄頭哉
胡地の秋千里背水の陣をはる
烏瓜は短かく糸瓜長き哉
種瓢綽然として棚の月
籠の中に色々の茸集めけり
山火事を背戸に出て見る芒哉
夕ぐれや短册を吹く萩の風
朝霧の凝りて蜜柑の千顆哉
圓橋や紅葉に白き蝙蝠傘
月出でぬ河南河北の砧哉
耳なれて妻の砧や夢に入る
雨三度降て長き夜あけにけり
遲速ある二つの廻り燈籠哉
廻燈籠まはらずなりぬ稚子ねたり
耶馬溪の山皆高き紅葉哉
秋の風我がひげを吹き我を吹く
秋の風我がひげを吹き殘を吹く
秋の山幽なり水靜なり
稻妻や犬しきりなく縁の下
秋日和四國の山は皆ひくし
夕暮を綿吹きちぎる野分哉
手探りに芋やたら食ふ無月哉
秋の雨朝より障子しめきりつ
紅葉さげて汽車にのる人集いけり
急ぎ足に草履の人や後の月
瀧途や冷やかにとぶ白き蝶
冷や/\と見え透く籔や白き蝶
かきあげて、コスモスの花に眼晴れけり
春寒し、山の靑きを見て居れば
松が根に春の雪かき集めけり
箱庭や寸人尺馬春の雪
行く秋を開ききつたる芙蓉哉
赤黑き迄谷底の紅葉哉
碧潭や紅葉ちりこみ吐き出す
初汐や空舟月に浮びけり
蓮の實をとばし盡して野分哉
行き/\て鳩の宮ある花野哉
行く秋を人なつかしむ灯哉
撫子に遊び友達もなかりけり
水仙の百枚書きや春寒し
春寒や母のなりしを絹小袖
春寒や嵐雪の句を石にほる
春寒や小梅もどりのカラ車
春寒やそこそこにして銀閣寺
みゝずくの耳を打たれてねる夜かな
新内ヲ門ニ呼ビケリ宵ノ春
■句稿
句稿 一
※〇小濱ニ來て 層雲雜吟 尾崎放哉
〇小濱のオ寺で
今日來たばかりの土地の犬となじみになつてゐる
を世話になる寺をさがして歩くつゝじがまつ盛だ
竹の子竹になつて覗きに來る窓である
朝から十錢置いてある留守の長火鉢
其の儘はだしになつて庭の草ひきに下りる
和尚とたつた二人で呑んで醉つて來た
汽車通るま下た草ひく顏をあげず
背を汽車通る草ひく顏をあげず
あかるいうちに風呂をもらいに行く海が光る
カンヂキはいて草ひくかげが一日ある
重たい漬物石をくらがりであげとる
僧の白足袋ばかり見て草ひき話す
今日來たばかりで草ひいて居る道をとはれる
石だんあがつて行くたそがれの白足袋である
女枕をして兔ニ角寢てしまつた
雜草に海光るお寺のやけ跡
雜草に海光るやけ跡
くらい戸棚をあければ煮豆が腐つて居る居た
たきものたくさん割つて心よきくたびれ
竹の子の皮をむいてしまつてから淋しい
あたまをそつて歸る靑梅たくさん落ちてる
そつたあたまが夜更けた枕で覺めて居る
脚氣でふくれた足に指をつつこんで見る
手紙入れて來るに行く海風落ちた夕方
たつた一人分の米白々と洗ひあげたる
草ひけばみゝず出て來る春日ゆるやか
靑梅たくさん落ちて居るみどりのくらがり
石だん上る人あり草ひく旅人として
草をぬく泥手がかはく海風の光り
障子切り張りしてゐるして留守番のしてゐる顏だ
火ばしを灰に突つこんでいんでしまつた
だれも居らぬ部屋に電氣がついた
雜吟 尾崎放哉
かまどが氣持よく燃える春朝
時計が呼吸する音を忘れて居た
豆腐屋朝をならし來るよい男だ
爪の土を堀つてから寢てしまう
時計が動いて居る寺の荒れてゐる
萬年筆がもたるゝ漬物臭い手である
和尚茶畑に居て返事するなり
あたへられたるわが机とていとしく
いつからか笑つたことの無い顏をもつて居る
洗いものしてしまつて自分のからだとなる
木の下掃きつゞけるよいお天氣となる
下手な張りやうの儘で障子がかわいてしまつた
のびたあごひげなでてのみなつかしみ居る
月夜となつてしまつた遂に來る來ぬ人
松葉數えて兒等が遊べる
術
スベ
を知らず
乞食に話しかける心ある草もゆ
乞食に話しかける我となつて草もゆ
血豆をつぶす松の葉を得物とす
血豆をつぶさう松の葉がある
考え事をしてゐる田にしが歩いて居る
風が落ちたまゝの驛であるたんぼの中
朝の靑空のその底見せきれず
寒い顏して會釋し合つた
林檎の眞ツ赤な皮が切れぎれにむかれた
さつきから晩の烏がないて居る草ひくうしろ
舟の灯を數えて數えてから寺の門をしめる
雪の戸をあけてしめた女の顏
蟻を見付けた大地に顏觸れさせて居る
妻が留守の朝からの小雨よろし
障子に針がさしてあるさびた針
障子の穴ひくい穴から可愛いゝ眼を見せる
兒の對手をして繪本を面白がつてる
お山の晴れを松葉かき居り聲あげんとす
米とぎ居るやあかつきの浪音
たくましい手できざみが上手にまるめられる
たつた一軒の町の本屋で寄らるゝれる
くるわの中の赤いポストの晝である
和尚が留守の豆をいつてるはぢける
するどい風の中で別れようとする
銃音がしてせつせと草をぬいて居る
どんどん泣いてしまつた兒の顏
晴れて行く傘で肩に乘せられる
窓に迫り來る雜草の勢を見る
大根ぶらさげて橋を渡り切る一人
新緑の山となり山の道となり
ボストに落としたわが手紙の音ばかり
急いで行く徑の筍が出て居る
鏡の底のわが顏ひげのばしたり
草花一つ置き夫婦のみの夜更けたる
地圖を見て居る小さい島々ある
鷄小舍鷄居らず春なり
たつた一つ去年の炭團が殘つて居る
怪しからず凍てる夜となり炭團火にして參らす
去年の炭團がいつまでも一つごろ/\して居る
夕べ煙らして居る家のなかから泣くよ赤ん坊
赤ン坊動いて居る一と間切りの住居
雜踏のなかでなんにも用の無い自分であつた
家をたてること話し雜草やかれる
みんな泣いて居る人等にランプが一つ
病人の蜜柑をみんなたべてしまつた
めし粒が堅くなつて襟に付いて居つた
淋しさ足らず求め足らず
層雲雜吟 尾崎放哉生
樋のこわれをなほし水だらけになつてゐる
海いつぱいに尻を向け石だんの草をひいてる
田舍の小さな新聞をすぐに讀んでしまつた
猫が斜に出て行つた庫裡の晝すぎである
あす朝の茶の芽をつむ約束をして和尚と寢てしまつた
フトつばくろを見し朝の一日家を出ず
疊のその燒け焦げの古びたるさへ
麥わら帽のかげの下一日草ひく
きせるがつまつてしまつたよい天氣の一人である
毎朝ごみ捨てに來て若い藪の風に立つ
縁に腰かけて番茶呑む一人眺めらる
ひよいとさげた土瓶がかるかつた
若葉にむつとしてお寺をさがして居る
冷え切つたを茶をのんで別れよう
蚤がとんで見えなくなつた古い疊だ
夕陽の庫裡は茶漬をすゝる音ばかり
ヘリ
・・
が無い疊の淋しさが廣がる
あすの米洗いあげて居る月の障子となる
頭をそつて出る小さい町の海風
花火をあげて海に沿ふて小さい町ある
雜吟 尾崎放哉
ひねもすどこやら水音がして山寺なりけり
すゝけた障子にわがかげうつる夜となる
山ふところの水遠くひく太い靑竹
庫裡の大きな柱に古い五寸釘が打つてある
土瓶がことこと音さして一人よ
どろぼう猫の眼と睨みあつてる自分であつた
番傘ひらいては干す新緑の寺のしゞま
雨雨があがつたらしい兒等が遊んで居る聲が近い
魚釣り見て居るわれに寄りそう人ある
寢ころぶ一人には高い天井がある 5/21
※○小濱に來て層雲雜吟 尾崎放哉
筍筍いそいで竹になつてしまつた
大きな古足袋もらつてはきなれて居る
白い衣物ばかりたゝんで居る夜である
小さい茶椀で何杯も淸水を呑む
かん詰の罐を捨てる早春の藪
留守番をして地震にふられて居る
燒け跡已に芽ぐまぬ木とて無く
落ちそうな大岩の下で淸水絶えず
木の芽かゞやきあつい茶を出される
雪ふるにまかせ赤い灯に集つてゐる
齒みがき粉こぼし朝の木の芽の道
バケツがころがつて泣く夕風
力いつぱいの二た葉持ちあげたり
夜通し水走る宿で夢を見てゐる
手を振り足を振り朝は新らしい空氣
澄み切つた空で眼が覺め出す
靑梅木の下すかせば見え來る
白たゝけた爪の色を眼の前にしてゐる
かまどの暗い口に火をつけてやる
靜な朝の雀をさがす一つ居る
せんベい布團にくるまつて居る剃り立ての頭である
臍に湯をかけて一人夜中の温泉である
針の小さい光る穴に糸を通す
窓から女の白い手が切手を渡してくれた
病人らしう見て居る庭の雜草
浪音淋しく三味やめさせて居る
豆を水にふくらませて置く春ひと夜
姉妹仲よく針山をかれる
句稿 二 ※〇村の呉服屋 層雲帷吟 尾崎放哉
古い汽車の時間表を見て居た二人であつた
石のぬく味を雜草に殘して去る
蜘蛛が巣をつくつてる間に水を打つてしまつた
はぢめての道の寒夜足になじまず
橋に來てしまつて忘れ忘れたものがあつた
土瓶のどつかにひゞがあるらしい
お寺にすつこんでそれから死んでしまつた
豆ばかりたべて腹くだしをして居る
古椅子ひつぱり出して來て痩せこけた腰を下ろす
きせるのらをを代へるだけの用で出て行く
烏がひよいひよいとんで春の日暮れず
一文菓子屋の晩の小さい灯がともる
かぎりなく蟻が出てくる蟻の穴音なく
ネクタイが鏡のなかで結ばれる
いつしか曇る陽の草ひくかげが消えた
古くなつた石塔新らしい石塔
木の梅を賣る雙手を組む
人にだまされてばかり圓い夕月ある
いち早く朝を出てしまつた船である
水引がたんとたまつた淺い箱で
れいめいの味噌すり鉢がをどること
すりこ木すり鉢にそへて庫裡の朝ある
遠くへ返事して朝の味噌をすつて居る
汐干の貝が臺所でぶつぶつ云つてる
ほんの一ちようしで眞ツ赤になつてるよ
熱のある手を其儘妻に渡す
ころころころがつて來た仁丹をたべてしまつた
あごひげをそる四角な鏡である
わが歳をかぞへて見る歳になつて居た
木の芽を盜みに來る窓からで叱らねばならぬ
柿若葉の頃の二階を人に貸してる
かまどちよろ/\赤い舌出し明けそむ
朝のかまどの前に白いあぐらをくんでる
地震の號外をたゝき付けてとんで行つた
讀んだ手紙もくべて飯が煮えたつた
火消壺の暗に片手をつつこむ
猫に覗かれる朝の女氣なし
豆腐をバケツに浮かべて庫裡の夕となる
靑梅ふみつぶして行く新らしい下駄
かまどが眞ツ黑な口あけてるだけの庫裡
冷酒の醉のまはるをぢつと待つて居る
いつもうたつて居る竹藪の中の家
吹けど音せぬ尺八の穴が並んで居る
竹藪ほつたらかして障子が釘付けにしてある
米をはかる時竹藪の夕陽ある
お茶の葉をむす湯氣の中の坊主頭である
老ひくちて居る耳の底の雷鳴
手作りの吹き竹で火が起きてくる
茶わんのかけを氣にして話しして居る
冷え切つた番茶の出がらしで話さう
句稿 三 雜吟 尾崎放哉
竹切る音の人が顏を見せない
遊びつかれた兒に寢る灯がある
椿の墓道を毎朝掃くことがうれしい
釜の尻光らして春陽に居る
寺はがらんとして今日の落つる陽ある
車屋貧乏くさい自分を見て通つた
自分の母が死んで居たことを思ひ出してゐる思ひ出した
白い小犬がどこ迄も一疋ついてくる
たぎる陽の釜のふたをとつてやる
犬がもどつて來ない夕あかりに立つ
今朝の花のどの枝を切らう
暮れ切つた坊主頭で居る
戻りは傘をかついで歸る橋であつた
燒け跡一本の松の木に背をもたせる
藏の横の殘雪に痛む眼ある
時計がなりやむ遠くの時計がなり出す
月が出て居る障子あけんとす
菊の鉢買つて來て客とはなして居る
傘をくる/\まはして考え事してゐた
好きな花の椿に絶えず咲かれて住む
いちにち山椒煮る醬油の香にしみ込んで居る
貧乏德利をどかりと疊に置く
寺の名大きく書いた傘ばりばり開いて出る
妻を風呂に入れて焚いてやる
雨を光らして提灯ぶらさげて出る
バラの垣が無雜作に咲き出した
櫻が葉になつて小供が又ふえた
咲き切つた櫻かな郊外に住む
花の雨つゞきのわらじが乾かぬ
山吹ホキと折れて白い
朝寢すごして早春の晝めしをたべとる
古本の町の埃をばたばたはたいてゐる
たつた一つ殘つてゐる紙鳶に靑空ある
うしろから襷をしめてもらう泥手である
うす陽一日くもらせて庭石ある
日曜日の庭を歩いてゐる蔓草
小さい布團で兒がふか/\と寢てゐる
埃が立たぬ程の雨の女客ある
笑ふ時の前齒がはえて來たは
から車大きな音させて春夕べ
處女の手のひらのやうな柿若葉の下に立つてる
蟻にかまれたあとを思い出してはかいてゐる
筍
堀
つた穴にふつくり朝の陽がある
筍
堀
りに主人の尻について行く
眼の前筍が出てゐる下駄をなほして居る
ごみ捨場に行く道が雜草でいつぱいになつた
障子張りかへて若葉に押されてゐる
はでな浴衣きて番茶をほうじてゐる
妻の下駄ひつかけて肴屋の肴見に出る
漬物桶の石がぎつしり押して居る
お寺はひつそりして國旗出してゐる
みどりの下かげの若い人等の話し
お寺の靑梅落ちる頃を兒等は知つてゐる
ボタンが落ちた儘でシヤツを着てゐる
わが行く手の提灯一つ來るさま
いつぱいつまつてゐる汽車に乘りこんでしまつた
水の輪ひろがる山の池の出來事
空つ風の日の兒等はどつかへとんで行つてしまつた
泥手で金勘定をしてゐる風の中
梅も咲いて居る小さい流れありけり
句稿 四 層雲雜吟 尾崎放哉
芭蕉の廣い葉であふがれて居る蒼空
のびた爪切れば可愛いゝわがゆびである
暗がり砂糖をなめたわが舌のよろこび
犬が一生懸命にひく車に見とれる
干した茶を仕舞ふ黑雲に追つかけられる
百姓らしい顏が庫裡の戸をあけた
ごはんを黑焦にして恐縮して居る
味噌汁がだぶづく朝の腹をかゝへ込んでる
朝のごはんの大根一本をろしてしまつた
洗いものがまだ一つ殘つて居つたは
晩をひつそり杓子を洗ふいろいろな杓子
眼鏡かけなれて靑葉
ほつたらかしてある池で蛙兒となる
板の間をふく朝の尻そばだてたり
漬物くさい手で□句を書いて
そろはぬ火ばしの儘で六月になつた
今日切りのわが茶椀に別れようとする
書きよい筆でいつも手にとられる
古下駄洗つて居るお寺はたれも來ぬ
針箱を片付けてから話す
暦が留守の疊にほり出してあるきりだ
暦をあけて梅雨の入りを知つた顏である
空家の前で長い立話しをして居た
兒等が大きくなつて別莊守がぼけとる
釘箱の釘がみんな曲つて居る
水のつめたさに荷が下ろされて居る
夫婦でくしやめして笑つた
二人の親しみの長火鉢があるきり
靑梅醋つぱい顏して落ちとる
道でもないところを歩いて居るすみれ
和尚の不自由な足が夜中の廊下で起きとる
一莖の草ひく蟻の城くづれたり
ひねもす草ひく晩の豆腐屋の聲を身の廻りにして居る
草ひくことの毎日のお陽さんである
鳶ひよろひよろ草ひくばかり
一日歩きつゞける若葉ばかりの山道
そつとためいきして若葉に暮れて居る
かたい机でうたゝ寢して居つた
提灯と出逢つて居る知つた人である
蟻にたばこの煙りをふきつける 放哉
かくれたり見えたり山の一つ灯が消えてしまつた
送つて来てくれた提灯の灯にわかれる
わが眼の前を通る猫の足音無し
お寺の灯遠くて淋しがられる
昼寝起きの妻が留守にして居る
豆を煮つめる一日くつくつ煮つめる
〈豆を煮つめる自分の一日だつた〉
こんな山ふところで耕して居る
二階から下りて来てひるめしにする
火事があつた横丁を風呂屋に行く
鍋ずみが洗つても洗つてもとれぬ朝である 放哉
桜の実がにがいこと東京が遠い
煙管をぽんとはたいてよい知恵を出す
顔の紐をゆるめて留守番をしてゐる
淋しい池に来てごはん粒を投げてやる
葉になつた桜の下でたばこを吸はう
すねの毛を吹く風を感じ草原
蛙大きな腹を見せ月夜の後ろある
いり豆手づかみにしてこぼれる
蛙を釣つて歩るくとぼけた顔だ
花活けかへた日の午后の客あり 放哉
句稿(五)
層雲雑吟 尾崎放哉
久々海へ出で見る風吹くばかり
半鐘ならされた事無き村のこの海
障子がしめてある海があれて居る
海がよく凪いで居る村の呉服屋
高下駄傘さして豆腐買ひに行くなり
よい月をほり出して村は寝て居る
池水しわよせて京に来て居る
マツチの棒を消す事をしてゐる海風
さんざん雨にふられてなじみになつてゐる 放哉
筍すくすくのび行く我が窓である
障子の穴から小さい筍盗人を叱る
餅を焼いて居る夜更の変な男である
古釘にいつからぶらさげてあるものを知らず
蜘蛛がすうと下りて来た朝を眼の前にす
銅像に悪口ついて行つてしまつたは
〈銅像に悪口ついて行つてしまつた〉
探し物に来て倉の中で読んで居る
雨のあくる日の柔らかな草をひいて居る
たもとから独楽出して児に廻して見せる
今日も一羽雀が砂あびて居るよ草ひく 放哉
とんぼが羽ふせる大地の静かさふせる
きちんと座つて居る朝の竹四五本ある
蛙ころころとなく火の用心をして寝る
破れうちはをはだかの斜にかまへる
所在不明の手紙がこつそり戻つて来て居る
◎只今居る常高寺といふオ寺は妙心寺派の禅寺で中々立派なものです(非常に荒廃して居ますが)淀君の末の妹(京極家ニ嫁して)が建立されたもの、問題にならぬ程あれはてゝ居るけれど、庭は実に見事なものです淀君の妹といヘば美人であつたろうと思います、-一人庭の草ムシリをしながら次の九句をつくつて見ました 放哉
一と處つゝじが白う咲いて廃庭
廃庭大きな蛙小さな蛙
蛙がとんだりはねたりはねたりして池の夜昼
とかげの美くしい色色がある廃庭
廃亭に休らうわれは大昔しの人
昔しの朝の風吹かせ一本一石
女がたてた大きなお寺だ
廃庭雑草の儘の数奇を尽す
ホキと折る木の枝よい匂ひがする
〇以上、九句廃庭吟御叱正下さりませ
青梅憂然と落ちて見せる
青梅かぢつて酒屋の御用きゝが来る
青梅白い歯に喰ひこまれる
節穴さし来る光り尊し
梅雨入りのからかさに竹の葉さはらせる
小供を抱いてお客と話してゐる
児の笑顔を抱いて向けて見せる
折れ釘も叩きこんで箱をつくつつてしまつた
佛のお菓子をもらう子供心子供心である
赤いお盆をまんまろくふいて居る 放哉
蛙たくさんないて居る夜の男と女
蛙たくさんなかせ灯を消して寝る
小鳥よくなれて居て首をかしげる
鳥籠下ろす二の腕の春だ
はつかしそうな鶯遠くへ逃げて逃げてはなく
下手くそな鶯よ山路急ぐとせず
雪国の長い家のひさしに逗留してゐる
はるか海を見下ろし茶屋の婆つんぼであつた
もるがまゝにつかつて居る一つの土瓶
豆のやうな火を堀り出し寒夜もどつて居る 放哉
句稿(六)
層雲雑吟 尾崎放哉
葉桜の暗夜となり蛍なりけり
木槿の垣に沿ふて行く先生の家がある
桜葉になつてしまつてまだあき家である
葉桜の下で遊びくたびれて居る
木槿の垣から小犬がころがり出す
木槿垣の上を豆腐屋の顔が行くよ
木槿の葉のかげで包丁といでいる
[やぶちゃん注:「いる」はママ。]
松山松のみどり春日ならざるなし
燃えさしに水かける晩の白い煙り
すくすく松のみどりの朝の庭掃く
竹の葉がふる窓で字を習つてゐる
底になつた炭俵の腹に手を突つ込む
豆腐屋の美くしい娘が早起きしてゐる
田舎の床屋で立派なひげをはやしてゐる
少し■の酒が徳利ふればなる
久し振りに英語の字引の重たさ手にする
池で米とぐかきつばたは紫
池一つ置いて静かなあけくれ
お池のなかの黒ン坊のゐもり
蠅が障子にぶつかる元気がよい 放哉
寺に来て居て青葉の大降りとなる
サツとかげる陽ある躑躅まつ盛り
物干で一日躍つて居る浴衣
汐ふくむ夕風に乳房垂れたり
砂山下りて海へ行く人消えたる
芹の水濁らかすもの居て澄み来る
〈芹の水濁らすもの居て澄み来る〉
桜咲き切つて青空風呼ぶさま
青葉は日かげの石段高々とある
桜ひとかたまりに咲き落ちて池水
軒の■しのぶが手をのばす夕月 放哉
借金とりを返して青梅かぢつて居る
落葉ふんで来る音が犬であつた
四角にかり込まれた躑躅がホツ/\花出す
池の朝がはぢまる水すましである
ぱく/\返事をして豆がいれる
落葉どつさり沈めて澄み切つた池だ
煙草のけむりが電線にひつかゝる野良は天気
煙草のけむりがひつかゝる高い鼻である
小米花数限りなく白くて白うて
池の冷めたさにごらす米のとぎ水 放哉
土塀に突つかい棒をしてオルガンひいてゐる学校
児にヨジユームを塗つてやる朝の空気だ
黒い衣ものきて後ろ姿を知らずに居た
夜の枕があたまにくつ付いて来る
今朝はどの金魚が死んで居るだらう
話しが問遠になつて町の灯を見る
言ふ事があまり多くてだまつて居る
小さな人形に小さいかげがある
鯖を一本持つて来て竹を切つていんだ
話しずきの方丈にとつつかまつて居る 放哉
梅雨晴れの七輪ばたばたあふいで居る
筍くるくるむいてはだかにしてやる
茱萸の小さい提灯が赤うなつて来た
石油かんを叩いてへこましてしまつた
茶の出がらしが冷えてゐる土瓶である
茶椀の欠けたのが気になつてゐる朝である
墨すり流しつゝ思はるゝこと
消し炭手づかみにしてもつて来る
たばこを買つてしまつて一銭しか残らぬ
山吹真ツ黄な蛇をかくしてゐる 放哉
口笛吹かるゝ四十男妻なし
うつろの心に眼が二つあいてゐる
花火があがる音のたび聞いてゐる
天幕がたゝまれて馬がひかれて行つた
一日曇つてゐる手習ひしてゐる
破れたまんまの障子で夏になつてゐる
夜がらすに啼かれても一人
淋しいからだから爪がのび出す
電燈が次の部屋にもつて行かれた
重たいこうこ石をあげる朝であつた 放哉
髪を切つてしまつた人の笑顔である
蛙が手足を張り切て死んでゐる
肉のすき間から風邪をひいてしまつた
裸の人等のなかの風呂からあがつてくる
屋根草風ある田舎に来てゐる
障子のなかに居る人を知つてゐる
赤ン坊火がついたやうに泣く裏口暮れとる
寝そべつてゐる白い足のうらである
板の間光らせて冷ヘた茶を呑んでゐる
苔がはえて居る墓の字をよまんとす 放哉
襖あけひろげ牡丹生けられたる
たくさんの墓のなか花たてゝある墓
牡丹あかるくて読まるゝ手紙
山の茂りの人声下りて来る
人を乗せて来た戸板でさつさといんでしまつた
米粒一粒もたいなく若葉に居る
汽車でとんで来たばかりの顔である
痛い足をさすりさす今日もくれて来た
女房大きな腹をしてがぶ/\番茶を呑んで
物を乞はれて居るわれは乞食 放哉
何くれとなく母の手助けをして女の子である
なぜか一人居る子供見て涙ぐまるゝ
他人同志が二人で寝起きしてゐる
貧乏ばかりして歳頃となつてゐる
わが歳を児■のゆびが数へて見せる
橋までついて来た児がいんでしまつた
母の無い児の父であつたよ
牛乳コトコト煮て妻に病まれてゐる
卵子たくさんこわしてあいそしてくれる
今朝も町はづれの橋に来てゐる 放哉
裸ン坊がとんで出る漁師町の児等の昼
波音になれて住む若い夫婦である
渚消されずにある小さい児の足跡
小さい橋に来て荒れとる海が見える
〈小さい橋に来て荒れる海が見える〉
一本松とて海真ツ平らなり
海の旭日仰んをがんで二階から下りる
えぼし岩目がけて朝の釣舟をやる
ひとひらの舟に乗る深い海である
島に人住はせて海は波打つ
手からこぼれる砂の朝日 放哉
句稿(七)
層雲雑吟 尾崎放哉
※〇足のうら
妻楊枝嚙んでは捨てるなん本でもある
だんだん風が強くなつて来て泊る気になつて居る
煙草の煙りにごまかされて出て来た顔である
この蟹めと蟹に呼びかけて見る
かはいや小さくても赤い蟹の親ゆび
松かさぼんやりして居る庵にたゝき付けられる
雨のあくる日がよく晴れ松かさからりと落ちる
火が消えて居る火鉢をかきまはしてほり出す
呼び返して見たが話しも無い
海を前に広げて朝から小便ばかりして居る
あらしが一本の柳をもみくちやにする夜明けの橋
〈あらしが一本の柳に夜明けの橋〉
あらしの部屋にはランプが一つ
灯
(
つ
)
いて居る
みんな寝込んで居る家並の上に赤い雲を流し嵐はぢまる
あらしの中のばんめしにする母と子
あらしのあとの馬鹿がさかなうりに来る
あらしのなかの虫一つなく一つなきけり
あらしの晩で椎拾ふ相談が出来た
あらしのあとの小さい鶏頭起してありく
風が落ちた神主の顔に夜があけて居る
よい凪の月無きかゝる夜島島生れし
波にかくれる島にて舟虫はひけり 放哉
芒がどんどんのびて行く島のお天気つゞき
雨の日は遠くから燈台見て居る
ゆつくり歩いても燈台に来てしまつた
旅人若く島の芒穂に出でず
風がどこに行つてしまつたか海
波のうねりのだんまつて居る力
島々皆白波の祠を抱き
白波打ちかへし渚秋なりけり
ひよいと呑んだ茶椀の茶が冷たかつた
朝のあついお茶をついで呑む 放哉
いつの問に風が落ちたか暮れとる
石油の匂ひが好きな女であつた
水平線をはなれ切つた白雲
石炭酸の匂ひがする裏町ぬける
砂山砂から顔出して石塔
道しるベ横さまに打ち込まいでもよさそう
小鳥飼ふ事が上手でだまりこんでゐる
うたが自慢でおばゞ酒をほしがる
朝皃の蔓のさきの命ふるはす
風の藤棚の下ベンチが無い
緋鯉がにじんだ儘で暮れる 放哉
大きな鯉も居る藤も垂れて居る
雨蛙がぴつたり手に吸ひ付いた朝風
なぜか逢ひともない人の顔だが
鳶だんだん大きな輪をかいて高いぞ
針箱しまつて晩のにぎやかさにかゝる
ボケの花が一番すきな木瓜の花
数えて居るうちに鳩の数がまぎれて来る
そうめん煮すぎて団子にしても
喰
(
く
)
ヘる
づいぶん強い風であつた柘榴が落ちない
庭下駄庭石にくつ付いた儘で□□くつ付いて居る 放哉
もう汽車に乗つたかな土瓶がからつぽだ
焼米ゆびからこぼれる音を拾ふ
小包の紐をたんねんにほどいてたばねる
庭石格好よく据えてあすのことにする
風が落ちたやうだ小供の泣く声
ハンケチ洗つて干す秋陽となり
蝉がちつとも啼かぬやうになつた大松一本
歯みがき粉がこぼれて留守にして居る
墓へ行つた足音が今戻つて来る
藤棚洩れる秋陽を机の前にす 放哉
海辺の畑の垣とても無く夾竹桃真ツ盛り
石が火になつて炭とをこつて居る
血を吸ひ足つた蚊がころりと死んでしまつた
田を植えて行く村のお医者さんが通られる
こんな町中の三角の田水田であつた
(慥か大久保新田、辺りの記憶)
鎌を光らして朝の山にはいる
口をあけないでしまつた柘榴だ
洗濯竿にはわがさるまたが一つ
足のうら洗へば白くなる
すら/\書ける手紙で二三本書く 放哉
涼しさ担ひ来し荷を下ろす
石山虫なく陽かげり
石山雨をふるだけふらせて居る
青梅落として居る留守らしい
ざるから尾頭ぴんと出して秋風
自分をなくしてしまつて探して居る
帯のうしろに団扇をさしてお婆よく歩く
三味線の■稽古して御詠歌をしへて居る
帽子にとまつた蛍を知らない
蛍籠の蛍の匂ひ 放哉
河原の蛍が光る部屋に案内される
昼の蛍の襟が赤い兵隊さん
蛍すいすい橋は風ある
叱られた児の眼に蛍がとんで見せる
そんな遠方までとんでもよいか池の蛍
夜更かしてもどる蛍がよく光ること
どうせ濡れてしまつたざんざんぶりの草の蛍
〈どうせ濡れてしまつた夜空の草の蛍〉
風よ高々忘れたような蛍
光らぬやうになつた蛍寵吊るして居る
光ること忘れて死んでしまつた蛍 放哉
〈蛍光らない堅くなつてゐる〉
人一人焼いた煙突がぽかんとしてる夕空
はやり風邪で死ぬ人を焼く煙突がいそがしい
大松一本雀に与へ庵ある
大松によりかゝる蟻の音全く無し
根も葉も無い話しで田舎の夜が更ける
月の出がをそいからの庵にもどる
への字動かすきりの烏が遠くなつてしまつた
雨の烏がだまつて居て無精者で
蚤とり粉たくさんまいてくしやみして居た
堤へあがる海への道消えたり 放哉
句稿(八)
層雲雑吟 尾崎放哉
海が少し見ヘる小さい窓一つもち事たる
〈海が少し見へる小さい窓一つもつ〉
わが顔があつた小さい鏡を買うてもどつて来る
〈わが顔があつた小さい鏡買うてもどる〉
こゝから浪音きこえぬほどの海の青さの
畳がえしてもらつた其の日から庵の主人で居る
わが庵とし鶏頭がたくさん赤うなつて居る
すさまじく蚊がなく夜の痩せたからだが一つ
久し振りに島の朝の木魚叩いて居りけり
人の親切に泣かされ今夜から一人で寝る
井戸水汲みに行くまつ昼西瓜がごろ/\寝てゐる
日が暮れゝば寝てしまうくせの窓一つ残し
わが手わが足の泥を洗ひ今日の終り
七輪あふいで居れば飯が出来汁が出来
とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた
どつと山風に消えたちよろ/\風呂の火
藁をたいた土の匂ひをふと嗅いで寝る
ほりかけの石塔の奥で晩酌やつて居る
■小さい窓から茶がらをこぼす新月
どうせ一人の一人の夕べ出て行くかんなくづの帽子
新らしい石塔がたつた夜のわれは寝るとす 放哉
をさな心のランプを灯し島の海風
島の墓にはお盆の夕空流れ
晩のかげがうつる頃となる二枚の障子
四五人静かにはたらき塩浜くれる
四五本ほちほちくゆらし蚊とり線香
夜更けの麦粉が畳にこぼれた
壁土が落ちること昼の虫なく
炭をもらつた夜の火鉢土瓶たぎらす
色々思はるゝ蚊帳のなか虫等と居る
今朝は松の青い葉がたくさんある掃く 放哉
いつも松風を屋根の上にをいて寝る
海辺はをなじなりはひの家々晩の煙りをあげ
洗濯竿をじやまにして立話して居る
夜中ひやひや起こされて居る窓の海風
船がはいつたぞと知らしてゐる窓一つ暮れとる
蚤とぶ朝の畳の裸一貫
店の灯が美くしくてしやぼん買ひにはいる
松かさも火にして豆が煮えた
屋根の上から見えてゐる山も島の山かな
女の笑ひ声もして盆の墓原 放哉
こんなところに打つてある釘を考えて居る
島人の訛りになれて木槿白き夜の
無暗に打つてある釘をぬく小さな住居とし
大声あげて呼ぶ野良はひろびろ
茄子をもいで来たあんまにもんでもらう
ひとばんでしぼんでしまつた白い木槿
御佛の灯を消して一人蚊帳にはいる
みんなで汲まれる井戸の水がうまくて真夏
井戸のほとりがぬれて居る夕風
西瓜がつけてある井戸水深々汲み去る 放哉
葬式のかねがなる昼月出て居り
さゝつたとげを一人でぬかねばならぬ
麦粉を鼠がねらう夜が長いぞ
わかれてから風邪薬をかつて寝にもどる
なん本もマッチの棒を消やし海風に話す
〈なん本もマッチの棒を消し海風に話す〉
新らしい釘を打つて夏帽をかける
松の葉風無くて淋しい朝よ
山に登れば淋しい村がみんな見える
もらつた新芋がある葱があるたべ尽くされず
横顔そつくりの顔がちがつて居つた 放哉
蚊帳の吊り手の朝風に用なくて居る
腰をろす石をさがす暮れちかく
待つて居る手紙が来ぬ炎天がつゞく
夜更けの舟をろす月にひそかなる
漕ぎもどす舟の月夜はなれず
お茶を呑むわが茶碗が一つ
よびとめられた晩の道茄子もいでもらう
片眼の女がうりに来る島のくだもの
ボラがたくさん釣れるこの頃の丸い月夜
まつくらなわが庵の中に吸はれる 放哉
夕べもどつて来る庵の障子があいて居つた
葡萄の種子を吐いて居るランプの下
梅干を大事にしてお粥をたべとる
人来る声してみんな墓場へまがる
土のほこりの窓低き鶏頭
半分よんだ本がなか/\読み切れぬ
畳はく風の針が光つて見せる
庭をはいてしまつてから海を見てゐる
半紙が二三枚とんで居る庵であつた
昼の蚊御佛を礼讃し刺すよ 放哉
白足袋がよくかはいて暮れてしまつた
天井のふし穴が一日わたしを覗いて居る
般若心経となへ去る朝の第一燈
海風たんとたもとに入れ晩を遊びに出る児等
恋を啼く虫等のなかでかゞまつて寝る
かりそめのたなを吊つて乗せるものがたんとある
障子の穴が大きうなつて朝晩涼しうて居る
裏山にあがつて朝の舟を見てこよう
土瓶の欠けた口に笑はれて居る
麦粉を口いつぱいに頰ばつても一人 放哉
燃えさしに水をかけて泣かせてしまつた
東京へ手紙かきあげて島の夜にだかれて寝る
石塔ほる前の家の女がめくらであつた
一銭置いてお茶をみんな呑まれてしまつた
妻楊子買つて来て一本もたいなく抜く
今ばん芋を煮ようか茄子を煮ようかとのみ
京の女を思ひ出す鏡見て居る
扇子を大事にし大事にし蠅を叩く
お経よむ気にもなれず米とぐ日ある
お光りに佛てらされ給ふ朝は 放哉
句稿(九)
層雲雑吟 尾崎放哉
雨の椿に下駄辷らしてたずねて来た
〈雨と椿に下駄辷らしてたづねて来た〉
何かもの足らぬ晩の蛙がなかぬことであつた
(此島米ヲ産セズ故、水田ナシ)
わが髪の美くしさもてあまして居る
〈髪の美くしさもてあまして居る〉
浴衣きて来た儘で島の秋となつとる
バケツ一杯の月光を汲み込んで置く
閾
(
しきい
)
の溝に秋の襖をはめる
いつも淋しい村が見える入江の向ふ
障子の穴をさがして煙草の煙りが出て行つた
夏帽新らしくて初秋の風
鶏のぬけ毛がとんで来ても秋
藁ぐまにもたれて落ち込んでしまつた
波打際に来てゆつくり歩きつゞける
しとしとふる雨の石に字がほつてある
淋しくなれば木の葉が躍つて見せる
叱ればすぐ泣く児だと云つて泣かせて居る
窓いつぱいの旭日さしこむ眼の前蠅交る事
今朝、五時頃ノ実景デ、ナンダカ馬鹿ニサレテ居ル様ナ気ガシマシタ、彼等、第一義諦ヲ知ル筈トデモ云ヒタイ様ナ気持デ、彼等ハ実ニ堂々タルモノデス、旭日直射シ来レバ彼等ハ即歓呼ヲ挙ゲテ交ル、
秋風吹断一頭盧(?)
旭暉眼前蒼蠅交
マヅイ偈デスカ、マダ死ネソヲニモアリマセンカ
あく迄満月をむさぼり風邪をひきけり
さあ今日はどこへ行つて遊ばう雀等の朝
はちけそうな白いゆびで水蜜桃がむかれる
石のまんなかがほられ水をたゝえる
山ふところの風邪の饒舌
花がいろ/\咲いてみんな売られる花
〈花がいろ/\咲いてみんな売られる〉
青空の下梨子瓜一つもぐ
塩のからいに驚いて塩をなめて居る
はく程もない朝々の松の葉ばかり
盆芝居の太鼓が遠くで鳴る間がぬけて居てよし 放哉
落葉生きてるやうにとび廻つて見せる
枝をはなるゝや落葉行違も知らず
たまさか来るお遍路の笠が見送らるゝ秋は
追憶のタベ庭先き蟹がはつて見せる
今日はも一つお地蔵さまをこさえねばならぬと石ほる
障子の破れから昼のランプがのぞくも風景
なれてしまへば障子の破れから景色が見える
荒壁ほろ/\わが夜の底に落ちる
秋風の石が子を産む話し
投げ出されたやうな西瓜が太つて行く 放哉
忘れた頃を木槿又咲く島のよい日和
いつも泣いて居る女の絵が気になる壁の新聞
〈壁の新聞の女ハいつも泣いて居る〉
鴨居とて無暗に釘が釘打つてあるがいとほし
此の釘を釘打つた人の力の執念を抜く
われにも乏しき米の首がやせこけた雀よ
下手になく朝もよろし島の鶏
海風に筒抜けられて居るいつも一人
海風至らぬくまもなく一本の大黒柱
たまたま窓から顔出せば山羊が居りけり
海風ベう/\と町までの道夜道 放哉
朝から曇れる日の白木槿に話しかける
うらの畑にはいつて盆花切つてもらう
アイスクリーンを売つて歩く島の昼は開けた
うつかり気が付かずに居た火鉢に模様があつた
お盆の年寄が休む処とし庵の海風
盆休み雨となりぬ島の小さい家々
〈盆休み雨となりた島の小さい家々〉
島から出たくも無いと云つて年とつて居る
お盆の墓原灯をつらね淋しやひとかたまり
死ぬ事を忘れ月の舟漕いで居る
朝ばん牛乳を呑んでやせこけて居る 放哉
山々背中にあすの天気をさしあげて居る
ビクともしない大松一本と残暑にはいる
全く虫等の夜中となりをぢぎして出る
稲妻しきりにする窓焼米かぢる音のみ
蚊帳のなか稲妻を感じ死ぬだけが残つてゐる
屋根瓦すべり落ちんとし年ヘたるさま
アノ婆さんがまだ生きて居たお盆の墓道
島ではぢめての蛇を見て唾吐いてしまつた
女手でなんとも出来ない丸い漬物石
早起の島人に芝草をのゝき喜び 放哉
白い両手をついて晩の用をきゝに来て居る
やゝはなれてよくなく蝉が居る朝を高い木
焼米ほつりほつり水呑むわが歯強かりけり
壁にかさねた足の毛を風がゆさぶつて居る
すね小僧より下にしか毛が無い秋風
今日は浪音きこえる小窓はなれず
風邪を引いてお経あげずに居ればしんかん
ろうそく立てた跡がいくつも机に出来た
風音ばかりのなかの水汲む
よい墨をもらつて朝からうれしい 放哉
すつかりお盆の用意が出来た墓原海ヘ見せとる
鼠にジャガ芋をたべられて寝て居た
蚊帳の吊り手が一本短かくて辛抱してゐる
白木槿二つ咲きいつも二つ咲き
今日一日は七輪に火をせなんだまゝ
山のやうに芝草刈つて山に寝てゐる
草履をはたいてもはたいても浜砂が出る
魚釣りに行く約束をしたが金がなかつた
島人みんな寝てしまひ淋しい月だ
窓からさす月となり顔一つもち出す 放哉
友にもらつて来た歯磨粉が中々つきない
島の土となりてお盆に参られて居る
小さい船下りて島に来てしまつた
茄子を水に漬けて置く月夜であつた
墓近くなる盆花うる家家
萩かな桔梗かな美くしくなつた盆のわが庵
まつくらな戸に口をあけて秋山の家である
海人の親子が呼びかはし晩になつとる
草履が一つきちんと暮れとる切りだ
犬が逃げて行くかげがチラと晩だ 放哉
句稿(十)
層雲雑吟 尾崎放哉
※○島の祭
盆燈篭の下ひと夜を過ごし古郷立つ
うら盆の田舎の町となり逗留して居る
少し病む児に金魚買うてやる
夕陽松の葉をわけてさし込む
牀の木の水嵩に提灯一つ吊るされ
鶏頭切つてやる実をこぼし
下駄の鼻緒たてゝ揃へられたる
葡萄喰べあいたとハガキよこした
風吹く家のまはり花無し
年寄りに道を教え晩が来た 放哉
足袋が片ツ方どうしても見つからない
なんでもない事の人だかりであつた
どうかすると蜘蛛の糸が光る窓だ
線香が折れる音も立てない
藤棚から青空透かして一日居る
鬼灯がまつ赤な女の家に来て居る
これで葬式を二つ出した戸口だ
青田道もどる窓から見られる
芋が白い芽を出して居る土間だ
日なたに筵を持ち出して里の児がかたまつてゐる 放哉
山は海の夕陽をうけてかくすところ無し
家が建てこんで来た町の物売りの声
水を呑んでは小便しに出る雑草
障子を少しあけて見る雨がやみそうもない
とり籠餌を残して死んだ小鳥
山かげの赤土堀つて居る一人
屋根の棟に雀が並ぶあちむくこちむく
棹を櫓に代ヘる広々と出にけり
船の中の御馳走の置きどころが無い
いやな雲が覗いて居る山のうしろ 放哉
しやぼん一つ置いて買え買え云はれてゐる
花火があがる空の方が町だよ
一本しかない足を虫等に投げ出してゐる
犬の顔つくづく見て居るひまがあつた
口もあけないあけびを一つもつて山から下りる
ふところ手して居る朝の山明けきつた
温泉の町煙りをあげて月夜
一疋の蚤をさがして居る夜中
祭の大太鼓がなる海風
なつかしい角帯をしめきちんと座つて見る 放哉
道を教えてくれる煙管から煙りが出てゐる
旧道静かなる家家人住み
をくれて来た一人を乗せて舟出す
君が呼ぶ声に障子をあける
梅の実拾つて子供になんべんとなんべんも通はせる
みんなが広ろ間で勝手に寝てしまつた
灰かぐらのなかからひげもぢやの顔が出た
海風に呼吸を押し込まれて歩く
散歩に出る杖かろく草ひく人居る
木槿の花がおしまひになつて風吹く 放哉
裏口からはいる気安さで来て居た
障子をしめてある縁に朝の日さし
わらじはきしめ四五人にまだ明けきらない
鵙がなくいつも見て居る大松
芝居のはねの雨の灯の町
傘をかついで行く広ろびろ虹たつ
雨の糸瓜見て家にばかり居る
熱をわが熱を見る君の脈を借りる
稲田みだれ伏す星が消え行く
朝起きた手のしびれが残つて居た 放哉
句稿(十一)
層雲雑吟 尾崎放哉
菊つくる小器用な若い夫婦
糸瓜の棚つくるすつ裸になつて居る
長雨のあと大きな夕陽の顔が一つ
返事を返してゐるひまに已に雲なし
橋の半分頃まで来て呼ばれて居る
三人で笑つてどれもよく呑む
花売り花こぼし遠く行きけり
今日も来てしまつた松の根もとにかゞまる
追つかけて■■追ひ付いた風の中
とうとう見えなくなつた一羽の烏見てゐた
なにくれとして居る窓でだまつて月が出てゐた
月がだんだん登つて行つて小さうなつた
海が入り込んで来て居る限り月に光り
ぴつたりしめた穴だらけの障子である
思つて居た通りの枝に烏がとまつた
一つたべてしまつた梨子の心がある
烏の羽音を間近かに聞いて暮れかける
ワイシヤツまくり上げて山ほど仕事がある
さよならなんべんも云つて別れる
あけがたとろりとした時の夢であつたよ 放哉
ばたりと風が落ちた夜の襖をあける
足のゆびばかり見て急いで歩く
案山子の顔をこう書いてやらう
路次の奥までさかなやの声が通るらしい
風呂しきのなかが御馳走らしい
晩をそい月が町からしめ出されてゐる
門を出てから右左にわかれた
巡査のうしろから蜻蛉がついて行つた
蜻蛉がみんなぱつと立つたいちどき
火鉢の上の小さい鍋で豆腐がことこと煮えてくれる 放哉
障子切り張りしたあとがきわ立つて晴れとる
洗つた障子の雫を大松に立てかける
障子張りかへてきたない顔をしてゐる
障子張りかへて居る小さいナイフ一挺
朝から石塔ほる音の一心にほる音
くたびれた足がちやんと二本ある
ぱつたり風が落ちた昼の銭湯に行く
思いがけもないとこに出た道の秋草
ちつとも風が無い道の郊外で児を連れ
淋しい顔した二人で道で逢つて居る 放哉
如何にも静かな一日の机であつた
みんながお山の冷たい水で顔洗つて来る
肩のこりを摑むわが手ある曲がらせ
わが肩につかまつて居る人に眼が無い
未だ明けきらぬ松原の神居ます
小さい臍が一つあつた赤ン坊の腹
豚がたかく売れた話しをしてゐる満月
低い土塀から首が一つ出た
大根大きく輪切りにする
旅立つ朝の妻の顔がある竃の火 放哉
静かなる日の名も知らぬ花咲きたり
朝顔べつたり咲かせて貧乏だ
一番遠くへ帰る自分が一人になつてしまつた
久し振りの顔がランプつけて来た
水車一つ廻らせて昔しのまんまだ
思ひ出せない顔に挨拶して居る
欠伸して昼の月見付けた
小供四五人で足音を揃へ
新聞ばかり勉強して電車に乗つてる
笑靨花こぼれないしよで来て居る 放哉
二人で泳ぎ出して遠く距たり
となりの藪から出て来た筍でぬかれる
遠く離れてしまつた島近くなる島
蠅とり紙をふんづけた大きな足だ
疲れたこんな重たい足があつた
テーブルの下で足がいたづらして居た
初夏の女の足が笑ひかける
切られた繩がだらりと地に垂れた
絹糸切つてくれた糸切歯
ポケツト探す手がなにかつかんで居た 放哉
月がさして来た窓に本がなげてある
小さい窓あけて宵月を探して居る
考へ考へ児が絵をかきつゞける
蓮の葉押しわけて出て咲いた花の朝だ
子供がはぢめてをぼえた唱歌だ
赤ン坊に邪魔されて新聞をよんで居る
昼の握りめしたべた軽いからだで歩かう
腰を下ろした石のまんまで暮れとる
屋根やが煙草を吸つて居る高い屋根だ
大きな蚤を押えたひとさしゆびだ 放哉
八月のあばれ蚊を叩きつぶしてゐる頭だ
松かさ一つでも落ちて居らぬ朝は無い
お客さんにこの風を御馳走しよう
松原松のなかから可愛いゝ児が出て来た
この辺で待ち合す約束であつた
今、夜あけた道自分が通る
コスモス折れたる立てゝ見る
大松腰を振つて秋空立つ
二人が手をひろげて大松だききれない
少し饐えた芋を捨てる犬が喰はない 放哉
句稿(十二)
層雲雑吟 尾崎放哉
町の黎明の鳩光り立ちをさまり
玄かん太陽さす埃りに訪ねて居る
切られる花を病人見てゐる
病人花活ける程になりし
寝ようとするひと間だげ月あかり
青唐辛焼いて居る白い皿一枚置き
乞食日の丸の旗の風ろしきになんでもほりこむ
〈乞食日の丸の
旗
(
はた
)
の風ろしきもつ〉
浜のコスモス短かくて風に赤くて
妙によう似た口もとで挨拶してくれた
新ぶんの広告らんばかりよんでる
○以下、島のオ祭雑吟です…島ノオ祭ニハ、御輿も無い 御榊も無い、只、大小無数の太鼓を皆で、かついでドン/\叩いて、海神を驚かすのです…太鼓の大なるものは、素破らしい物があります、…神戸の楠公サンのを買つて来たとか云ふ、履歴ツキのもあります……小サイのは小供が擔ぐ、東京の樽御輿のワッショイ/\と仝様……なか/\、よいのが出来ませんが、マア見て下さいませ、……(太鼓ハ人ガ上ニ乗ツテ居テ叩クノデスヨ)
柿の核子吐き出して太鼓をかつぐ
天気つゞきのお祭すんだ島の大松
お祭のゴ馳走たベ■あいた顔で船に間にあつてる
梨子買ひに出て柿も買つて来た
卵子二つだけ買うてもどる両方のたもと
〈卵子袂に一つゞゝ買うでもどる〉
ツイ前の
石屋
(
いしや
)
にもお祭が来てゐる
↑此句ハイケマセンカ?及第シマセンカ、呵々
もらつたお祭の赤めしたべて居るわが口動くばかり
お祭り寝てゐる赤ン坊(此句、及第シマセンカナ?)
〈お祭り赤ン坊寝てゐる〉
その手がいつ迄大鼓たゝいて居るのか
茲に一人淋しい男が居つた島のお祭り
↑此の(た)ハ二三日考ヱマシタ
お祭にあいて海に来て居る女だ
ヒゲダラケノ
○オ祭五日モツゞクノデス
○しかし-クチナシの花ノ「女」イいネ呵々 放
句稿(十三)
層雲雑吟 尾崎放哉
びつしより濡れた大松の幹で静かな朝だ
蠅の死骸一つ前に置いて考えて居る
蠅取紙で蚊がとれて居る
涼しうなつた蠅取紙に蠅が身を投げに来る
松風小寒う浴衣二枚きてゐる
さかなの匂ひがまだ残る手よ秋風
朝の静かな気持で墨をまつすぐにすらう
ホク吐いてケソとへる芋腹
炭の粉眼に入れて朝か■ら泣いてゐる
陽が出る前の山山濡れた烏をとばす
〈陽が出る前の濡れた烏とんでる〉
木槿の花と遊ぶ児よ手がかゆいぞ足がかゆいぞ
硯洗つて干す木槿の花に陽ある
足袋はいて朝の庭掃けば初秋らしう
夕立からりと晴れて大きな鯖をもらつた
暖簾から首の因業をつき出す
てんぐるまして児に葡萄をとらせる
ことこと小豆を煮て朝の手紙読んでゐる
米櫃に晩の首を落し込んでゐる
ひつそりさしてゐる児よいたづらしてゐるな 放哉
珍らしい客に訪はれて居るどしや降りの夾竹桃
ころりと横になれば蜘妹の巣が見える
時々とんぼに抜けられて涼しうなつたこと
秋山海が見えるところへ腰を下ろす
握り飯の竹の皮が吹かれて居る秋山
深夜のあたゝかさを感じ小さい火鉢
たまたまお客がある小さい火鉢だ
水をいつぱい張つてから朝めしにする
口あけぬ柘榴は枝に残され
知らぬあいだを阿呆と話して居つた 放哉
ぴしやりと児を叩く音も暮れてしまつた
母子で代る代るおぢぎしてお墓
嫁ツ子嫁ツ子向ふの山からとんで来た
藁屋根雨ふり足りて晩の煙りをあげる
納屋をごそごそ云はせて居たが灯して住んでる
鶏頭五六本ぬいてしまつたとも見えない
朝霧豚が出で来る人が出で来る
山は今日も暮れて人住むあかりが灯る
松の葉に刺されな寝に来る雀
二階の障子はりかへて海風の家あり 放哉
壁土もちあげる土の重たさ
とうからぶらさがつて居るからかさかへさねばならぬ
豆腐半丁水に浮かせたきりの台所
浴衣に足袋はいて居る庵の秋である
垣の竹に足袋干すたつた一足
手拭かける釘がきまつて居る
山の上は風が強い赤とんぼ
朝から四杯目の土瓶とだまりこんで居る
とうとうつまらしてしまつたきせるほり出す
箸が一本みぢかくてたべとる
晩のお光りが消えてしまつただけの
庵
(
いおり
)
よ 放哉
蜥蜴の切れた尾がぴんぴんしてゐる太陽
〈蜥蜴の切れた尾がはねてゐる太陽〉
焼米一粒畳に落ちて居る口に入れて置く
風の格好の青い枝山から切つて来た儘儘をさす
葉蘭の葉ずれの音よ障子しめて居る
灯の下さらさら音させ小豆を袋から出す
まつ先きに酔つてしまつた穂亡がうたつた
石が生きて居る話しを聞かされる石屋少し酔つてゐる
晩の少しの埃り掃き出す庵の音ある
蚊に喰はれた跡をかきかき書いてゐる
鐘がなる鐘がなる夜の風が持つて歩るく 放哉
お遍路の杖が新らしくて初秋
今朝は南風の庵のしつとり雨気ある
木槿一日うなづいて居て暮れた
お遍路木槿の花をほめる杖つく
線香立てる灰を乞はれて居る
眼がわるい人で佛の線香くゆらし
しとしと雨となる今頃京都で逢つて居るだらう
木魚ほんほん庵の蚊いつ迄出ることか
久しぶりに庵を出かける猫が見て居る
こつそり蚊が刺して行つたひつそり 放哉
灰に字を書いて線香が消えてしまつた
淋しさ松だけはやし小さい島ある
何がたのしみに生きてると問はれて居る
茸がはえぬ此の山風のこの山
起きあがつた枕がへつこんで居る
長雨でどこもかも濡れて庵
雀が啼かぬ日の庵の雨まつすぐに降る
朝から雨の海船一つ置いて居る
びつしより石塔濡れて秋雨よろし
セルの袴でやつで来たまつ黒な顔の兵隊さん
(星城子来シトキ) 放哉
葬式のもどりを少し濡れて来た
晩の煙りがゆつくり逃げる山里は雨
朝露の草原歩るく痩せた脛をまくる
たつた一つ啼く虫地の底で啼く虫
庵をそつくり暗にあづけて出かける
鵙だな朝顔洗ふ水が冷たい
雨雲かさなりかさなり合歓の木
睡蓮夜中の池が眼をさましてゐる
青空みんな出してしまつた秋山
南瓜めいめいでぷくぷくふくれて 放哉
迷つて来たまんまの犬で居りけり
〈迷つて来たまんまの犬で居る〉
旅に立つ人と夜の銀座を歩く
晩の燕が白い腹を雛妓に見せる
病人長くなりにけり浪音
自分の本が包まれて出る行く古本やの風呂敷
思つたより大きな人と初対面申してゐる
始めて逢つた二人で好きになつて居る
堅い軍隊パンを嚙つて一時をきく
となりの鶏が産んだ卵子が御馳走
たつたひと晩でお別れか
(以上五句、星城子来庵ノ際)放哉
句稿(十四)
※○島の明けくれ
層雲雑吟 尾崎放哉
木槿いつまでも咲いてくれる白よ一重よ
すきな海を見ながら郵便入れに行く
すきな海が荒るればわが心痛む
舟が矢のように沖へ消えてしまつた
網干す炎天筋肉りう/\
いつも海にとりかこまれて居る島人の心
山の上の芋堀りに行く朝のスツトコ被り
〈山の芋堀りに行くスツトコ被り〉
下駄のまんまざぶざぶ海には入つて洗ふ
芋堀つてしまヘば大根が太つてくれる
赤ン坊がほり出されたまんまで太つて行く
海風へだつ一枚の障子あるきり
水汲桶の底をぬいてしまつて笑つた
人間並の風邪の熱を出して居るよ
〈人間並の風邪の熱出して居ることよ〉
水吹けば光る蛍草蛍にやる
雑草朝の風の中蟹が眼を出す
突つかけ草履の冷たい鼻とがらす
きつくしめすぎた鼻緒がゆびのまたにあつた
鼻緒しめていさゝかのゆびの泥をはらう
こんな屋根の下から人が出て来た
朝のうちにさつさと大根の種子をまいて行つてしまつた 放哉
〈さつさと大根の種子まいて行つてしまつた〉
夕靄溜まらせて塩浜人居る
已に秋の山山となり机に迫り来
裏山草の風あけがたの雨ありけらし
生ぬるいビールで西陽の蠅にたかられてゐる
芋喰つて生きて居るわれハ芋の化物
蜘蛛もだまつて居る私もだまつて居る
下り路となる海へお別れ
うたをうたつて洗濯してゐると手紙で知らせ来た(れうチヤン)
をそくなつてから出る月も見る窓である
国勢調査の通知をよく読んでから寝てしまつた 放哉
何やらふんづけた時蛙に笑はれる
蛙釣る児を見て居るお女郎だ
酒夜となる蛙等の夜となる
〈酒蛙等の夜となる〉
子供あやす顔で泣かれてしまつた
巻たばこ吸ふ乞食が反り身になる
久し振りの雨の雨だれの音よ
〈久し振りの雨の雨だれの音〉
盆踊りにつかれた顔で芋堀つてゐる
雨空はりつめ昼も蚊やり線香をたく
長い釣竿一本のばす堤の風の中
障子の外からをとなはれて居るも秋 放哉
何かことこと音させて持たせてゐる
炭俵げそとヘらしてこわれた火鉢抱へこんでゐる
庭先きの空逃■げて来る晩の煙りさへ
少し小さい足袋を無理や理にはいてしまつた
都のはやりうたうたつてあめ売りに来る
〈都のはやりうたうたつて島のあめ売り〉
かたづけかけた古い手紙をよんでゐる
厚い藁屋根の下のボンボン時計
すぐ死ぬくせにうるさい蠅だ
咲かねばならぬ命かな捨生えの朝顔
夜中の雨に眼覚め月に眼覚め 放哉
すつかり青田となつた夕べの虹が片足落とす
蚊帳のなかすね立てゝ居る外はまだ明るい
蚊帳のなか一人を入れ暮れ切る
昼も出て来てさす蚊よ一人者だ
昼便の手紙が無いときめて少し寝る
風が何やら耳に話して行く草枯れて山路
枯れた風の芒を折るばかり海を眼の下
漁船ちらばり昼の海動かず
焼いたばかりの枯れ草の朝の山路
釣ランプの下で親子が晩めしたべるのが見られる
海へ半分切り落とされた山の青空 放哉
一人の山路下りて来る庵の大松はなれず
瓜も茄子も山羊に喰はれてしまつて窓一つあいてる
瓜盗人の山羊のあごひげ石よあたれ
山羊ヘラヘラと笑ふ風の尻向けたる
さかなはよう売つてしまつてサツサと帰らんせ
西洋葡萄かついで来た片眼で押しうりする
島のポプラみんな大きくなり裸の児ばかり
月夜豆腐屋を尋ねて探してありく
庵の藤棚藤豆一つありけり
山からうんと青い枝折つて来る仏さまと二人分だよ 放哉
家家網を干しつらね夾竹桃赤かりけり
一人の机ひきよせごまの石をえる
梨子を一つあすの分に残して置かう
深々朝の海へ下ろす小さい島の根
いつも眼の前にある小さい島よ名があるのか
引き汐の島へつゞく道となれり
舟には誰も居らぬらしいあしがをぢぎして居る
三味線が上手な島の夜のとしより
たつた一つの窓東にもたされて太陽
提灯襟にさすことの知恵を出して居る 放哉
たれにも逢はで来し道の秋草
汐浜南船北馬と見る夕べもある
くどの火焚きつけるめくらに火がよく燃える
色が白うてエゝ
娘
(
こ
)
になつたぞな
きざみたばこのなかから一銭出て来た
白黒まぜこぜの畳のヘリで夏がいんだらしい
アスピリンきらきら光る呑んで寝る
あれもいつ時これもいつ時鐘撞く
大松太くて子供がのぼられぬ
朝の机ふくやひや/\経文
いとも静かなる昼の半紙買ひに行く 放哉
橋まで来てから思ひ出したことであつた
郵便やが通つてそれから犬が通つて浜街道
いつも暗いうちに井戸水汲み去る足音がある
今夜も星がふるやうな佛さまと寝ませう
石に腰かけて居た尻がいつ迄も冷たい
洩るのかな土瓶すましこんで居る
鶏小屋半日でみんなこわしてしまつた
きせるにたばこつめる間を考えて居た
お茶がしやんしやんわいた音の筆をく
わが窓の秋は葉蘭二三枚の風
句稿(十五)
層雲雑吟 尾崎放哉
すつかり暮れ切るまで庵の障子あけて置く
〈障子あけて置く海も暮れ切る〉
沢庵のまつ黄な色を一本さげて来てくれた
寄席を出たすき腹の小さいかげが一つ
お互に知らぬ顔をして居たまでさ
山に芋を堀りに行く犬がついて来る
満潮の島へ行かれない風吹く
縁の下から雀がひよんと出て来た
てんでに臭い物の匂ひを嗅いで見る
でこぼこの島の梨子売りつけられてゐる
あの海からとれたさかなを焼いてゐる 放哉
手が墨を逆さまにすつて居つた
海の青さが変る朝から庵に居る
アヅキ島らしいこのあの島に名があつたのか
島に居ればめづらしい支那人が物売る
あす朝満潮のときに手紙を入れに行かう
台所の障子を誰かあけそうな月あかりだ
砂いぢる児等の白砂糖も赤砂糖も暮れてしまつた
笑つて居るのだがうしろ向ひて居る
帽子を被るくせを忘れてしまつて禿げとる
ひとの袷をもらつて着て手が出足が出 放哉
夕空透かす松四五本むかしから四五本
神棚にのせて置いて忘れて居つた
島の夕陽は松一本
だまりこんで居る朝から蚊がさしに来る
芋ばかり喰つて月が太つて来る
なんでもない字を忘れて煙草吸つて居た
さつさと朝くらいうちの布団をたゝむ
電燈消してしまつてから思い出した事ことであつた
この頃鼠が静かな天井で寝る
産屋産室の灯が洩れる襖のそとはつめたい 放哉
切り張りして居る庵の障子が痩せてゐること
幾とせの月にさらされ庵に人居る
夫婦喧嘩して居るよい月夜だ
窓空模様晴れてきめた顔窓から入れる
熱いお茶こぼした膝小僧いたはる
寝るだけの火鉢にまた戻つて来た
ひよいと持ちあげた火鉢が軽かつた
軒の雫がま遠になり風来る
浜に出て来て海風にぶつかつて居る
障子だけしめて寝る月あかりにで死んだやうな 放哉
夜中ひどい風のなか半弦の月はすゝむ
茸狩自分ばかりが男であつた
落葉ひとしきり古帽にたまつてくれる
はらりと出た落葉寝まきに着かへる
山に大きな牛追ひあげる朝靄
陽に焼けそめた海水浴の女等
畑のなかの近か道戻つて来よる
潮のしぶきに濡れた顔ハンケチでふく
みんなわしが産んだ児等を集めて居る
黒雲が早い夜中の星が出たりはいつたり 放哉
長雨の山山にでめづらしい客がある
北を塞ぐ山の高低く秋来る
トロ押しては乗つて行く草限りなし(満州)
畳を歩く雀の足音を知つて居る
あすのお天気をしやべる雀等と掃いてゐる
山の赤土ほろほろとこぼれるばかり
尻からげして長い足だ
西の空見てから寝ることにして居る
台所の団扇を握つて朝がはぢまる
鶏頭少しの風でもたほれる 放哉
晴れになる風が変つた葉鶏頭二た株
あらしがすつかり青空にしてしまつた
窓の朝風と仲ようして居る鉢花
〈窓には朝風の鉢花〉
松の葉が暮れた地べたに突きさゝつてゐた
帆柱がみえるだけの帆柱がみんな動いて居る
こゝにはいつも陽がさゝぬ蟹の穴がある
だあれも来ぬ庵のよい秋のお天気
朝の畳を掃くとぶ蜘蛛が居たよ
落葉掃きよせていつぷく
葉鶏頭の美くしさに見られる顔だ 放哉
句稿(十六)
層雲雑吟 尾崎放哉
一日風吹く松よお遍路の鈴が来る
羽織を着ないで帯をきちんとして居る
羽織を着ずに居る顔に夕陽が落ちてしまつた
お粥の腹を重たくして座つて居る
静かなる日の藤の枯葉がよく落出したこと
長い着物をたくりあげてきて冬になる
朝赤い顔して大根をくれて行つた
大根が太つては朝々またれる
叩き落とした蚊秋の蚊がなかない
麦がうれた道で先生を取巻いてもどる
朝湯あふれて居る硝子戸かちんとしめる
銭湯からもどる頃晴れてくれる
いつ迄もぢつとして居る雀だよ
ホキ/\朝の小菊を折つて来る
芋がみんな堀られた大地の裸だ
霧に灯して浮きあがる船船
風の町のせわしい人ばかり
ハンケチを一寸たまとに入れて出る
襟巻を取つた女の白い首だ 放哉
松の下掃く一厘落ちて居る
病床に居る晩の雀がもどつて来る
松の風音なき日の熱出して居る
ばけつで茶椀と箸を洗つておしまひ
魚焼く金網が蜘蛛の巣にとられて居る
薬瓶からにして右枕で寝る
水にかした豆がひと晩で太つた
いつ迄もある歯磨紛の袋を覗く
忘れられた頃の風呂敷包みが釘にかゝつてゐる
蜜樹の皮をむいて咳いてしまつた 放哉
〇以下、二週間ノ病床雑吟感ジノ無クナラヌ内書イテ見マシタ
咳き入つた日輪暗らむ
熱の手に晩の郵便受けとる
今朝は熱が無くて豆菊折る
寝床から首あげて見る豆菊咲き出した
お粥ふつふつ煮える音の寝床に居る
寝床から首あげる暮れかけた障子がある
熱いお茶一杯呑みたくて寝てしまう
寝床のまはりの古新ぶんばかり音たて
寝床から返事してことわる
雨のふる日もある寝床出て見る 放哉
暮れ方の音の中の熱ある
海を見る熱の眼を伏せ
熱の眼に船の帆大きく動く
海見て咳いて寝てしまう
脈を数えることを止めよう
生卵子こつくり呑んだ
掃かねば埃だらけの手紙よんで置く
熱が出て来た鼠が騒ぐ
春菊の香ひがふと通つて行つた
熱の眼があいて居る柱のからかさ一本 放哉
熱が出る時刻となり出て来た
たばこ吸ひ度い気持ちを考えてゐる
いつしか夜中となつて居た寒い寝床だ
蠟燭一本立てに寝床から呼び起される
くらい寝床に病むからだほり込む
熱い小便をしに出る月夜
誰も病気のことたづねてくれぬ
ねむり薬の赤い包み紙をたゝんで置く
胸のどこに咳が居て咳くのか
朝の机の前に座つて見ればなかしなつかし 放哉
端書かきかけて出て来た熱だ
熱の鉢巻を坊主あたまにしめる
あたまの上に氷袋が下がつて居らぬ
売薬きかぬと思つて呑む
夢を見せてくれる熱よ熱恋し
妻の手を感じ熱が出てゐる夜中
寝床をぬけて出た穴がある
淋しきまゝ熱さめて居り
火の無い火鉢が見えて居る寝床だ
うれしい手紙が熱の手にある 放哉
水がはりばかり呑んで居ても熱が出る
熱の手に持たれて持たされて居る三角な墨
朱筆を握つて居る熱の朝であつた
咳いては呑むやくわんの水がへる
郵便やさんから咳きこむ手紙受取る
御花の水かへて熱さめて居る
井戸水汲んで置くだけの寝床
風呂敷に豆かつて来た晩から熱出してゐる
豆菊咲けりなんぼでも黄に咲く
熱の眼に黄な花の朝よろしく」
以上、病床ニテ 放哉
風のなかに立ち信心申して居る
〈風にふかれ信心申して居る〉
母子暮しの小さい家であつた
〈小さい家で母と子とゐる〉
藁屋根晩の煙りを静かにあげて居る
悲しいことばかり云ふ児である
淋しいから寝てしまをう
〈淋しい寝る本がない〉
山のだんだん畑を犬が走つてあがつてしまつた
向ふの岳の松に突つかい棒がしてある今日もしてある
塩浜行きかへりする人々と遠く座つてゐる
曇つたまんまで夕陽をかつと見せてくれた
夕陽かつと箒もつて立つ 放哉
よく灯つて居る蠟燭に心持ち風が出た
海が凪いだ小さい窓でよい線香くゆらす
火鉢でぐつ/\煮えて居る朝からをんなじものだ
巡査が晩の自分の家に戻つて居つた
破れ障子しめ切つたしめ切つた儘使はぬランプがある
一枚の端書受けとつて寝る
淋しいこゝ迄手紙をこしてくれる
こんなに早く菊の水が無くなつてゐた
薬呑むこと忘れてゐた薬瓶がある
小豆が一粒落ちて居た朝の小豆をたかう 放哉
句稿(十七)
層雲雑吟 尾崎放哉
なにごとも無くて陽がうつる一枚の障子
露けさ秋草咲かんとするあまたの蕾
蝉なく山の家に客あり
竹藪に夕陽吹きつけて居る
風に吹きとばされた紙が白くて一枚
芋畑朝の人一人立てり
椅子が一つこけて居る松風ばかり
葱を洗つて来て台所をぬらす
よく光るあの星見つけてから寝る
往復ハガキの半分が出て来た
薬瓶透き通つて居る薬を呑む
薬瓶たもとに落して朝出る
咳をして炭を吐いて今日も暮れた
薬瓶のわが名前を朝の机に置く
瓶からごくりと呑む水薬がつめたい
火ををこしてくれる人も無い寝て居る
一日火の気も無くて暮れてしまつた
月夜風ある一人咳して
佛の花をもらう朝の熱あり
熱の手に手紙受けとる 放哉
灯に遠く近くみんな寝てしまつた
どこまでもつゞくつゞく蟻の行列
蟻をたくさん這はせて大松根をはる
馬の大きな腹が起きられそうにもない
窓から手を出した切りで暮れとる
渚遠く走り行くわが児の夏帽
お粥をすゝる音のふたをする
〈お粥煮えてくる音の鍋ふた〉
一つ二つ蛍見てたずね来りし
〈一つ二つ蛍見てたづぬる家〉
ダリヤ手に持てば垂れる
朝学校へとんで行つた風の子 放哉
はげしく小鳥になかれ昼前熱が出て居る
はげしき小鳥になかれて秋朝居る
早さとぶ小鳥見て山路を行く
〈早さとぶ小鳥見て山路行く〉
ぎようさんな頭痛膏張つた宿の女だつた
雀等いちどきにゐんでしまつた
蟇あすこにも一つ動けり
蟇やがて少し右に向きたり
眼の前出て居つた蟇
草花たくさん咲いて児等が留守番してゐる
〈草花たくさん咲いて児が留守番してゐる〉
にぎやかにみんなが出て行つた麦秋 放哉
栗をむす湯気のなかの達者な顔だ
波音聞こえて来る日はかなしく
調法がつて使つてゐる一枚の風呂敷
名も無い犬ころ等に秋草咲き
山の絶頂のお寺に犬が居つた
夕陽いつぱいの旅舎で皆が草鞋をぬぐ
爪がかたくて切つてしまつた朝寒
桐の葉が大きな田舎の町の朝を歩く
牛の一と足一と足がそのからだを支え
牛が横こ眼をした風吹く 放哉
午后の陽にまるまつて居る背中もたいなし
小さい座布団で秋の趺座がはみ出す
爪切る音が
薬瓶
(
くすりびん
)
にあたつた
座布団かたくなるわが尻尖る
どれも汚ない足のゆびの爪だ
雀を摑まうとしたわが手であつたよ
左のゆびで煙草つめる癖を忘れてゐた
足袋から爪切る足を引つ張り出す
シヤツポから豆が一つころがり出した
爪切つたゆびが十本眼の前にある 放哉
〈爪切つたゆびが十本ある〉
箸を左手に持つ児であつたよ
月がまろくて児等に呼んで行かれる
墨をすつてもすつても水であつた夢
なんとよい夕焼の島で煙りをあげる
来る船来る船に島一つ座れり
〈来る船来る船に一つの島〉
葬式のかねがなつて近よつて来る
橋を渡るにも唱歌うたい連れる
朝の風雲の下火を焚きあげる
たもとのなかに紙切れも無し
秋の流れ幾つも渡りヨボの家ある 放哉
足もと灯を見せられる夜の青草
夜の青草提灯につけて来し
小さい落とし物ありけり夜の青草
いつ迄も灯をかゝげ見られ見送られ青草
手と手をつなぎ夜の青草
青い月ばかりなる夜の青草
更けて送り出される夜の青草
踏切番の顔ちらと見し夜の青草
見て居るうちに消えてしまいそうな月だ
タバコの煙り雲となり朝月 放哉
障子があいた音を葱畑で聞いて居た
釣人雨晴るゝを知る
今夜のことの魚籠をしつかり腰にくゝる
毛を切られた犬の尾がかなしく動く
残忍の人の眼の色を見まじ
漬物石がころがつて居た家を借りることにする
文身して見ようかと若い女の血が云ふ
若い女が小ゆびから少し血を出した
お椀を伏せたやうな乳房むくむくもり上る白雲
たゝけばなる筋肉の浴衣きる 放哉
舟は皆大松の下にかゝり
手を水になぶらせて舟静かに漕がるゝ
河はゞ広くなり行く蜩に別れる
舟つけてタバコ買ひに行つてしまつた
舟をしつかりくゝり付けて青草
ふなうた遠く茲にも聞いて居る一人
波のうねり大きく青い音をひそめ
舟からむくりとあたまあげたり
遠くへ広がつて行くばかり池の漣
はや魚籃にあまる魚白し漣尽きず 放哉
句稿(十八)
層雲句稿 尾崎放哉
櫓を漕ぐまねをして月夜の女
秋草のなかを濡れて来て訪はれし
家のすぐ前を汽車が通る裸で呑んでる
生れたばかりの壺である秋の陽さし
障子の桟が折れて居る張つてしまつた
大きなたんぼの夕陽で声かけられた
鳳仙花の実にはぢかれた長いたもとだ
鳳仙花の実をはねさせて見ても淋しい
今日も夕陽の大松が斜に出てゐる
夜の木の肌に手を添えて待つてゐる
〈夜の木の肌に手を添へて待つ〉
がらりとあけて訪はれた秋の障子である
踊り子障子にうつる夜の町の旅人とし
乞食が白いめしたべて居る石に腰かけ
高い石段をあがり切つた松風ばかり
風の道白々吹かるゝ墓道
犬がをそくもどつて来て寝たけはひ
縁の下一つ啼く虫ある今宵よ
鼻のさきの菊が咲き出した低い窓である
初秋の家の人等に交り新妻 放哉
ほのぼの明け行く昨夜の河広かりけり
大根ぶらさげて立つなんと大きな夕日だ
庭に水打つてしまつた尻からげ下ろす
ふところ手して稲の穂にふれ行く
秋陽さす石の上に脊の児を下ろす
〈秋日さす石の上に脊の子を下ろす〉
家うちに居て芒が枯れ行く
〈こもり居て芒が枯れ行く〉
浮草とて小さい風の花咲かせ
〈浮草風に小さい花咲かせ〉
小流れ足のほてりをさますお地蔵
宿屋の庭をひとまはりして来た無花果
姿見の前も考えて歩いて来た 放哉
朝晴れ晴れした顔を合はせて居る
障子の穴から覗いても見る留守である
〈障子の穴から覗いても留守である〉
風呂しきの小いさい穴が豆をこぼす
ごみを一つつまんで捨てる秋朝
菊を一株盗まれた穴に陽がさす
ごそ/\寝床の穴には入つておしまひ
どうどう火を焚く音の秋の障子
眼が覚めた寝床の上に天井が無い
青い蜜柑を朝からたくさんもらつた
水がめから芋の顔がはみ出してゐる 放哉
うんと松葉を散らして夜明の松風
足のわるい人が菊を提げて来た
猫を叱る声がする昼間寝て居る
立ち寄れば墓にわがかげうつり
蟹が顔出す顔出す引潮の石垣
海風に声からして居る
青空焚きあぐる焚火大きくて一人
島の巡査となじみになつた
ふところ手して忘れた事をして居た
いつ迄も赤い鶏頭で住みなれる 放哉
鏡を買つて来たが見たことが無かつた
あごにさわる手にひげがのびて居る
ぺたんと尻もちついて一人で起きあがる
ご馳走たべてしまつた白い皿がある
今朝顔を洗はなんだこと思い出してゐる
庵を尋ねると云ふハガキがとびこんだ
一粒一粒喰ひヘらす瓶の辣韮
手紙のしまひから赤い三銭切手が出て来た
朝が奇麗になつてるでせうお遍路さん
ゆびさきから血が出て居つた朝だ 放哉
句稿(十九)
層雲雑吟 尾崎放哉
※○野菜根抄
小さい朱の硯がかはきやすくて
鍋の底の穴を大空に探す
針の穴の青空に糸を通す
から車引いてもどる浜街道
曇る一日手紙来らず
夜中の冷えた足が曲つて居た
秋の雲動くひろびろ
玉葱のきつい匂ひの台所
ボロ帯しつかりしめて出かける
いつ迄も若い気で銀杏落葉はく
山の蜜柑たべあいていんでしまつた
赤いインキが手についた朝
ベンチから歩き出した者がある
ペンサキ一本買うてもどる
冬空のお地蔵さんに参る
一人児として連れらる
塩からい井戸水で冬になつた
さんざん叱られていんだ
夕陽の山は淋しいな 放哉
死んだ真似した虫が歩き出した
入れものが無い両手で受ける
いつぱいの水をいたゞく
風の吹く方へ歩く草原
寝られぬ夜中の布団動かしてゐる
児に赤い足袋はかせ連れて出る
動物園からつかれて出た
朝月嵐となる
秋山広い道に出る
たくさん児を連れてブラ/\行く 放哉
いつも草履の足音が無い
水にうつるわが頰にひげがのびとる
いつもしめてある門の前を通る
絵を見て出る寒い風だ
青空のなかからふり来るもの
口あけぬ蜆淋しや
〈口あけぬ蜆死んでゐる〉
たしかに見た顔と船に乗つた
風吹けば少しある海光る
どこの屋根も冬になつとる
小さい帆をあげて暮れる 放哉
障子が一枚ふうわりたほれた
又風になる小さい窓をしめる
背が高い西洋人と出逢つた
注射する静脈ふくらせる
屋根にあがつた児が大声あげとる
葉のなかうれた蜜柑をさがす
あの足音がやつて来た
咳をしても一人
番小屋がもえてしまつただけさ
汽車が走る山火事 放哉
墓参りのついでに寄つて居る
自動車の砂煙りに歩き出した
さかな一疋釣れたばかりの水面
夕陽となり釣れ出す
とつぷり雨の夜となる
一番高い山から陽が出る
秋山半分に切られた
電柱どこまでも刈田
日の出合掌している葱畑
のびて来るひげが冷たい 放哉
怪我人運び去られた日輪
白々明けて来る生きて居つた
ちつともヘらぬ腹を山にもつて来た
一日晴れ曇り風
木の実落ちては池に沈む
冬山人があがつて居る
暗らい台所でたべとる
障子つぎ張りつぎ張りして雪来る
猫の大きな顔が窓から消えた
白帆人無きさま 放哉
どこへ行つてしまつたのか日曜の小供
朝々汲み代へて置くわがバケツの水一杯
唐辛しもらつて昼めしにする
傷口しみじみとわが血湧き出す
たのまれたかなしい手紙書いてあげる
どつかで猫が鳴いとる
大きな柳の葉が枯れ出した
土を運んで汗出す
粉炭掃きよせて置く土間のすみ
饅頭がまだ一つあつた 放哉
女達れに道をきかれた
夜の藁屋根の下から三味線がもれる
庫裡の灯一つの暗らさになれ
めくらが空見てうたふ
石佛の冷たい顔で休む
静かに撥が置かれた畳
うまい茶が出た茶わんを手にのせる
日暮れの畳を掃く
写真のなかの大きな犬だ
犬も入れて残らず写す 放哉
大きな切り株に腰を下ろす
奇れいな砂のなか蜆が居る
埃をいつぱいためて客と居る
くりくりよく太つた児がようころぶ
夜の波音のなかをもどる
風音の障子あけられず
いつも此の草山の高さに来る
山風下ろし来た一日の終り
砂糖なめた児が叱られた
波音ころがして蜜柑山うれとる 放哉
句稿(二十)
層雲雑吟 尾崎放哉
風が落ちた顔を窓から出す
はたりと風が落ちた障子たて切つて居る
かつと夕陽の風が落ちた障子
風が落ちた夜のあつい湯を呑む
短かい羽織きてちよこなんと家ぬち居りけり
風が落ちた夕べ訪はれて居る
風が落ちた晩の大根ぬいて来る
風音の夜中の柱にもたれ
風音のなかに寝る庵無し
大風のなかの手紙が来た
海を見に山に登る一人にして
少し見える海で鶏頭枯れ行く
船の笛を聞いておわかれにする
菊枯れ尽したる海少し見ゆ
朝の頰かむりして出るすゝき光らせ
葱畑のなかいとしき妻に声かけ
小供遊ばす蟹がたくさん居ること
石垣に夕汐たゝへ家深く灯せり
陽の入る山のなかから出て来た
海の青さのたのしみ尽きず 放哉
遠足の美くしき野の流れをこえ
鎌一挺腰にさして朝の山にはいる
秋雨の家を出で戻る道ひとすぢ
赤ン坊たらひの湯気を立てゝ泣いとる
朝の湖のさゝなみたち旅たち
いつしよに大根ぬきに行かう
朝から一日戻らぬ雀だ
冷たい手で手を握られた
雑誌をばらりとあけた朝
海行く幾く日海のなかのわれ 放哉
落葉水に流れ去る風の日つゞく
菓物たくさん買うて来た月夜だ
菓物たべて話す灯の下ナイフ光らせ
駅前の菓物屋が朝の戸をあけた
山の池の小さき魚泳げり
小供等がよつてお祭の提灯ともす
朝霧流るゝ湖の遠く水見え
藪に沿ひ行く道の大きな家の門がある
流れに沿ひ一日歩いてとまる
〈流れに沿うて歩いてとまる〉
風にたほれた藤の枯棚起す力無し 放哉
海苔そだの風雪となる舟に人居る
障子しめ切つて足に灸すえて居る
一日雨音しつとり咳をして居る
朝早き秋の灯に旅立ちて来し
茶わんのかけらがいつも見えて居る流れ
一枚のわが畑案山子立てるべし
萩の花咲く寺を覗いて行く半日
夕べそば畑の石ころを捨てる
児の小さい手に椎の実拾はれ
たれも畑に居らぬ見渡す 放哉
障子の外は雀等のよい天気
客が遠方にいんでしまつた朝だよ雀
今朝は雀が大勢で来てくれた
雀風に吹かれて並んで居る
いつ迄も動かぬ船を見て居つた
晩の白雲かさなりかさなり帆柱
夜中の大きな音が鼠であつた
今朝俄かに冬の山となり
あられいつ時の青空
風吹けば鳴るわが障子
きつとうまいぞ■泥だらけの大根
冷めたさ握つて居た手のひら
手のひらにゆびで字を書いて教ヘる
旅からもどつて来た人に灯りを見せる
ひと晩とまつたきりで船でいんでしまつた
山から下りて風ひいてしまつた
茶わんの湯気が朝の顔にかゝる
いツつも六畳じきのたゝみだ
蚊帳の吊り手が動いて居る冬らし
今日で三日の雨の大松立てり 放哉
乞食が寝て居る昼間見て通る
小雨の波打際をゆつくり歩く
吸がらポンとはたいてゐんだ
草原牛が寝て居つた
硯を洗つて書く
東京に来て夜の火事を見に出る
立ン坊朝の寒いかげくつきり持つ
一銭もつてかけ出した
とんぼの尾をつまみそこねた
赤とんぼ大勢でみんな小さいな 放哉
一日曇る日の花とて無し
曇り日の机窓によせてある
大きな栗を一つたもとから出してくれた
めくらの女に秋陽いつぱい流れ
だぶ/\川水呑んで行つた牛
消えかけた榾火に大きな足出して寝てゐる
風邪声で何か叱つて居る
一つ花咲き色色風吹く
垣をしつかりなほして寒うなつた
朝の一本の柱を拭く 放哉
坂道牛が辷つた大きな足跡
いつの間に出たのか一つ白雲
船の窓ことりとあいて小さい児顔出す
かたわの児は暗い部屋に居るらしい
晩のよごれた足を拭いてあがる
陽がさゝぬ庭の人住めり
冷え切つた握り飯のなかの梅干
一日雨ふる庭の水流れ去る
どの女が鬼灯ならすのか
藁屋横低く煙りあげる黒い口もつ 放哉
句稿(二十一)
層雲雑吟 尾崎放哉
葱積んで行く舟の女漕ぎけり
青い葱ばりばかり島は秋雨
葱きざむ朝は葱がしむ眼の泣かるゝ
蜻蛉流るゝ風とて咲く花
のびあがつて見る海が広々見える
腰を下ろす痛い石ころがある
水を出れば直ぐに咲く花
水の上風吹き素足である
学校卒業した顔でやつて来た
見て居れば這ひ出した寒い虫よ
コレ丈ケ句作ヲタメテ居タ処…二十六日北朝来リ、ソレヨリ、温泉気分ニナリ、両人共、一句モ出来ズ候…今日三十日、「北朗」丸亀ニ去ル アトデ、手紙類ヲ整理シ見ルニ、私ノ「句稿」ニ…鉛筆ニテ、チョイ/\句ノ上二穴ヲアケ居り候――キタナクナツテ「業腹」故、…此儘送り申し候、…乞御許三十日放
生れ出た虫よ風ある大地
木の葉まひ上りどんどん暮れる
くつきり夜の戸の灯が洩れ
胡座かいてゐる島の家の水兵さん
電柱斜に打ち込んである冬田
まつ赤になつたほゝづきが舌でならされる
屋根に秋草の花をのせ枯してゐる
麦がすつかり蒔かれた庵のぐるりは
〈麦がすつかり蒔かれた庵のぐるり〉
麦をすつかり蒔いて小便してゐる
もづがなく朝霧とぶ 放哉
入梅しんみり夕陽の小家いつも見て暮れる
舟が一つも居らぬ日よ夕陽よ入梅
夕陽大松を越え山を越え静かに行く
昼は小供が番をしてる島の雑貨屋
はるかなる畑畑のもみぢ一本明かるくて住む
ぢつと見て居る堤の帆が動いて居る
さんざん淋しい目をして来た顔が円るいとさ
さかな焼く晩の煙りの家が押し合ひ
昼月風少しある一人なりけり
墓地からもどつて来ても一人 放哉
・・・
『亥ノ子』ノ日、新十一月二十三日、作、…コレカラ愈、寒クナツテ参ルソヲデス
『亥ノ子』ナンテ言葉ハ久シ振リニキゝマシタヨ、難有/\
章魚をもらつた朝まつ赤に煮あげた
ころがつた林檎が落ち付いた灯のかげある
鰌きゆうきゆうなかせて割いとる
船が錨下ろす迄たばこ吸つて居た
風呂敷包み一つもつて艀にのる
船から上り陸の人となりて話す
艀こぼれこぼれるやうに人乗せて来る
をくれて一人艀に乗つた人で漕ぎ出す
島は紅葉を照らし舟から人上る
艀人を盛りあげ小雨のなか 放哉
拭くあとから猫が泥足つけてくれる
猫の足跡に笑はれて居る
どつか近所に飼はれて居るらしい片眼の猫だ
なに気なく振りかへる猫が歩いて居た
山はなだらかに入江の青さに入り
畳の上の小さい紙切れに風ある
まつ黒い畳に机が一つ引つ付いてゐる
火が出来た朝霧吹きこむ窓
直ぐ灰になる火を大事にして夜
静かなる煙り煙りをあげ大きな藁屋根 放哉
句稿(二十二)
層雲雑吟 尾崎放哉
小さい窓から首突き出して晩秋
ひどい風だどこ迄も青空
お遍路鈴音こぼし秋草の道
風なくて居る庵の上鳶なくらし
犬に覗かれた低い窓である
海風のなかで芋堀る
砂に雨落ちはぢめ浪音はなく
浜の雨となり頰かむりしてもどる
出べその児も居てあつい浜砂
炭俵に突つ込むたびの黒い手だ
船の灯一つ安らかな窓あけて居る
家々夕べの煙りあげ旅人行くなり
禿げあたまを蠅に好かれて居る
子に手を引かれ母親眼が無い
霧雨の山に朝の煙りかゝり
青田ひろびろ冷豆腐たベて出る
落葉掃く方に夕風少しある
落葉掃きよせて暮れてしまつた
すつかり晴れ切つた空の山山並び
落葉焚きつけては入つてしまつた 放哉
此ノ頃、「乳房」トカ、「髪」トカ「女」トカ…放哉此頃女ガ恋しくなつたかと冷笑スル人ガ有リマスガ、全く左ニ非ズ、此頃、新ぶんノ新らしい和歌を見て、ヒントを得て和歌なんか、アマイもんだ、俳句ノ方が今少し濃艶ダゾと、「試み」て見たワケデス、モノになりますかな、幸、「乳房」ト「髪」トハ十一月号ニ採ツテモラツタケレ共…
恋心四十にして穂芒
女の白い手が眼の前で消えた
女の足が早くて穂芒
美くしい女で菅笠をかむり
太つた女がたら/\汗ふくそばに居つた
ハンケチ忘れて行つた女であつた
小さい手足を動かして眼を覚ました
帽子かぶつて出るくせの宵祭
島の人等に交り自分一人帽子かぶつて居つた
水がめのまろさころがし行く 放哉
なんと丸い月が出たよ窓
火事がおきすぐ消えてしまつた宵だ
町内の顔役に候蝙蝠
遠くから例の小供の納豆売が来るよ
舌出し面化の舌がとれてしまつた
落葉焚きあげた坊主頭だ
小坊主二ツ寄つて落葉焚いとる
羽織袴で墓場の夕陽から出る
ゆうべ杓の底がぬけた今朝になつて居た
〈ゆうべ底がぬけた柄杓で朝〉
猫の足音がしないのが淋しい 放哉
ふと顔見合せて妻と居つた
女よ女よ年とるな
たもとを短かく切りつめた我が妻とし
旅からもどつた妻の顔とぶつかつた
嬉しさが押え切れないで女よ
夫婦で見送られて一人であつたは
さんざん叱つた揚句の妻よ
みんな若い人だちに西瓜が切られる
風につぶされた家がいつ迄もある
駄菓子が好きな坊主を笑ひ給へ 放哉
海が荒れる日の漁師が酔つて居る
火の無い火鉢に手をかざし
ひどい風の中咲く花白し
藁灰焚き置き朝の裏口
がらり障子をあけた小供であつた
立話して居てめしを焦がした
朝の一枚の障子をあける海風
小ざかな生きて居る夕河岸
生きて居る蟹を買つてしまつた
お賽銭集めてハガキ買ひに出る 放哉
縁かわあたゝかくて居る木の葉が一枚とんで来た
犬がなく山の村の灯が見える
くらまぎれから犬が出て来た
落葉掃いて居る犬に嗅がれる
島のお天気は静かなる電線
裏の小供と仲よくなつて菊が咲いて
佛の灯が消えて居るのを知らずに居た
石油買つてもどるちよい/\紅葉しだした
堤の上から昼の帆柱がふらふら動いてゐる
あついお茶を呑んで落葉掃きに出る 放哉
一日障子を風にならして読んで居る
障子のつぎ張りも松風の景色
茶わんが白くてだまつて台所暮れとる
山に登る山の畑の牛なく
いつも洗濯してる女で色白で
柿の木一本赤くして洗濯してゐる
落葉掃きたくない晩もある
草履が古くなつて来た落葉はく草履
いつも草履をはいて暮してゐる
ぬれた草履をかはかすよい秋晴れだ 放哉
いつ迄も曲つてゐる火ばしで寒いな
犬が小供をうるさがつて居る
紅葉まつ赤な急流の舟を捨てる
流れがゆつくりして来た平かな石ある
温泉になんべんも出てははいつては青い急流
ホトトギスと云ふ茶屋で昼めしにしよう昼月
夕陽のなかの土瓶が一つ
夕陽海に親しみ暮れる
肩がこつたな松の葉を掃く
爪を切つてしまつたカツと夕陽 放哉
句稿(二十三)
層雲雑吟 尾崎放哉
青空の下で話して別れた
草刈りあたまをあげた知らず
化粧が早い妻と連れ立つ散歩
つい銀座に来てしまつた
汽笛海へならし空へならし
風落ちしより落つる松の葉
〈風凪いでより落つる松の葉〉
障子の穴から太い手が出た夜話でもどる
もどる時の土間の下駄が見えない
山の上の人が何か話して居る
眇眼で見られて居るやうだ
雪の頭巾の眼を知つとる
〈雪の頭巾の眼を知つてる〉
神社の雪晴れの音をきく
一人二人の夜の雪道となり
小さい児が雪の小さい道つける
小さな島々雪を残し
はるかなる山の雪見て過ごし一と夏
雪道あけるあけぬの喧嘩
雪の町はづれとなりかなしく
雪の家を探しあてた
夜通し雪の街燈 放哉
霜夜の遠くの半鐘
暮れる雪ふる酒席となり
満天雪を散らしはぢむ
青空雪散らし街燈の群集
雪の下駄わが門に叩いてはいる
向うから来る人と近くなる雪道
湯気吹く雪夜の銕瓶
青空半天の雪を落とし来る
今夜は雪だと風呂での話し
雪道遥かなる原の小さい太陽 放哉
雪かく朝の小さい手もかりる
雪晴れ舟動く
雪の中の庭石堀り出す
足もと降る雪の提灯
松山雪風鳴らしはぢむ
雪道銭を落とす
雪に杖たてる深し
雪のひと間を出でず
帽子の雪を座敷迄持つて来た
南天うつむかして夜の雪やむ 放哉
雪道まつすぐに下りる渡船場
たれも居らぬよ雪の渡船場
残雪に雨ふる
雪の藁屋根祝ひごとある
暮れニもどる雪あかり
池一つ雪をためず
外は雪となりしお芝居
雪に面形つける遊びを知つてる
雪の上焚火捨てゝある
夜の雪ふる音を見る 放哉
雪晴れのたんぼへ障子をあける
どこ迄も雪の一本道
雪の障子をあけた美くしい児だ
雪のお寺に美くしい児が居た
雪丸げ重たくなつて捨てる
町へ入れば雪無し
マツ赤な頰だまの雪晴れ
雪の湖から小海老がたくさんとれる
雪道奇麗な橋があつた
温泉の町の雪深し
寒鮒みんな子をいつぱい持つて 放哉
船の横腹に石炭つめこむ冬朝
月の光り母子でもどる
冬野大きな穴ある
立ち話しして居るわれ等のかげくもる
日曜秋晴れの道縦横
月の光り寝た家にもどる
あられがころがる牛の背中
提灯もどしに行く落葉ふる道
平かなる石の上風吹き出で
あかつきの風弱り朝月 放哉
自分ばかりの道の冬の石橋
〈自分が通つたゞけの冬ざれの石橋〉
いつしか雲が消えて居た窓の机
線日の坂道菊をかつぎ
焚火のうしろの暗さ
風の落ちぎわの犬の顔
霜朝一寸窓をあけた女
山宿朝霧流れあつい飯たべる
遠くの高い山へつゞく此の道
枯草たつぷりと冬陽ある
案山子の一本足が出て来た 放哉
灯を消して寝るわが寝床
雲吹き散らす風の雲のさま
はらりと落葉つながれた猿が見てゐる
玄関久しい菊の鉢持ち去る
豚が一疋逃げ出した裸か木
内庭の高い木が一本葉を落とす
門口に出て見るあすの天気
鶏頭引きぬく土少しついて来た
藪のなかの紅葉見てたづねる
太い桐の幹だけ見えて待たされて居る 放哉
遠くの渚に舟一つありけり
わが顔のまはり灯を置き縁日商人
杭を打ち込む音があとから聞こへる
小供が来る犬が来る町中のあき地
星のなかのなぢみがある星
紅葉あかるく小石を拾ふ
ぎし/\荷をしわらせて来た雪のさかなや
さかなやどんぶりがらざく/\銭出す
寒き日となりし生花かへる
今日の大地の仕事を終る 放哉
句稿(二十四)
層雲雑吟 尾崎放哉
※○寒空
名も無き冬の山山並び
とつぷり暮れて雨を落とす
しやがめば顔に近きだりやの花
日曜はをそい朝めし
この木の花を見た事がない
大根ぬきに行く畑山にある
麦まいてしまひ風吹く日ばかリ
枯枝ぽき/\折つて焚く
低い山なれど海風強く
冬風に吹かれ働らきつめる
うしろから吹く風海風
人力のからをひいて戻るにあふ冬田
一日砂利運んで居る
雪あかり一日の小窓
もどさねばならぬ首巻が釘にかゝつてる
池の氷に穴をあけて去る
山茶花が咲いたのでよい庭だ
少し開きかけた椿をもらつた
冬の港にま白い蒸汽が来た
温泉の町を歩く朝の白雪 放哉
その夜の池が氷つて居た
やどかり畳に置いて見てゐる
ダリヤ畑の陽によつて来し
冬川雪にあけたるひとすじ
雀の軒を並べ郊外にすむ
公係樹が散る寺から使ひが来た
暮れてしまつた生垣なほしてゐる
山路花あればつむ小供
町を流るゝ大河の夜更け
むかし此の石落ちて来しより冬田 放哉
右手のゆびが下手くそな煙草をつめる
一人呑む夜のお茶あつし
戻つて来て土瓶の腹に手をあてる
軒を並べて昼の客引く家々寝たり
やつと間にあつた汽車が居てくれた
今朝の霜濃し先生として出かける
〈今朝の霜濃し先生として行く〉
板の間の霰音たてゝ消えたり
たつた一本の野の木を見上げる
煙りをどんどん青空へあげ消えた畑
冬空少しあかるくなりぼんやり居る 放哉
たらなくなつた葱をぬきに出る月夜
となりにも雨の葱畑
寒い手がたばこをつまむ
咳して出る寒ン空
長い橋のまんなかに来て休む
痩せた尻が座布団に突きさゝる
右の手の爪だけ切つて忘れて居た
土瓶わいて来た麦のよい匂ひを入れる
寝て居る顔に夜の壁土落とす
海風吸ひあき秋 放哉
つるりと辷つた白足袋
古畳どす/\歩く
足袋ぬぐ赤い鼻緒のあと
風が落ちた監獄
冷え切つた右手いとほし
火鉢の灰をへらす
蕗のとう見つけたある朝
故郷の道をまちがへず
医者の大きな門が無くなつてる
一寸窓をあけた寒ン空 放哉
朝の大波となり寒ン空
破れ切つた障子に手を突つ込む
お医者と考えとる
薬はきかぬときめ水仙が咲いたは
お医者は釣りに行つて居た
くづ湯がうまい風の無い夜
風が無い夜の粉炭がをこる
風が落ちた草履をはく
残雪の顔を剃る
くるりと剃つてしまつた寒ン空 放哉
用事の有りそうな犬が歩いてゐる
濡れて来た犬と眼をあはす
夜中のすき腹に焼餅一つ入れる
やんちやは隣りの医者の児だ
うんと足をのばして壁にさはる
女今日は犬を連れて来ない
電気がついても戻つて来ない
赤ン坊あまりよく寝る雪晴れ
胃袋の有るところも知らぬ女だ
遊びつかれた灯だ 放哉
三銭切手も張つてしまつて寝る
たもとについた灰を知らずに居た
夜中の痩せた骨にさわつて見る
鼠が嚙る夜のよい音だ
庵は静けさの小さい鼠大きな鼠
よい気持の腹が太つてゐた
机の下が奇麗な朝だ
夜なべが始まる河音
池は雪の動かぬベンチ
大松よいとひよいと風落ちた幹 放哉
雨のお医者に手紙もたせてやる
小料理屋には入る銭ある夕ベ
古新ぶんの音を踏んで起きる
下手くそな医者菊咲かせたり
爪のあかを見もしない
庵の春は書きとばす五色短冊
畳の焼け焦げがいつつも二つだ
今日がはぢまる机がまつ四角だ
乏しうなつた半紙折つて居る
よい処へ乞食が来た 放哉
句稿(二十五)
層雲雑吟 尾崎放哉
とび出しそうな大根の出来だ
藤だな藤の骨からませて冬空
はだかで背なかから寝た児をはぎとる
寝てしまつた児を背中で渡す
風が落ちた庵をふらりと出る
をんなじ事を云つては泣いとる
晩の葱四五本洗ひあげて足りる
暗さ晩になつとる
寝る前の帯をたゝむ
かげのやうな気持ちが歩く
今朝掃いた松葉は煙にしてしまつた
お茶が煮える松葉の白い煙り
星がきらきらする夕べの煙り
山裾静かなる雨の煙りあり
バーのあかるい灯で落ち合つた
食パンが無い島は芋喰ふ
遠くても海辺をもどる
いつ見ても咲きかけて居る菊だ
この山の水をたゝへ一軒家とし
宵月の顔うすうす見ては話す
まつすぐに降る小雨はうれし 放哉
雨萩に降りて流れ
一本の洗濯竿の月夜
わが雨に濡れてつわ蕗
夜の青草にふる雨音知つとる
雨夜の灯をかぞヘる
やつぱり雨であつた水馬
雨の電燈が来た
犬が濡れてもどる垣の穴ある
寒なぎの船帆を下ろし帆柱
〈寒なぎの帆を下ろし帆柱〉
冬雨あかるい大きな柳が一本 放哉
枯れ草ぬかないで冬を越そう
奥から奥から山が顔出す
長いひさしの夕空が見にくい
眼玉菊足もとで咲く
小さい児が夜中一人でいんだ
浜には誰も居らぬ風吹き
糠雨となり居りし知らず
雨の夜の仕事がたくさんある
雨の窓で芸者はうたひ
朝方の雨を知らなんだ 放哉
一日歩いて来た山道の残雪もあつた
山の草原で木の実をわける
いつ迄も立つて居る畑の男
夕陽の山近し
留守番に来て居る夕陽の障子
ぬけ路次の旭日さすごみため
冬咲き残る花は黄にして
梨子のたな低く宵月
初霜旅の朝起き出でたり
大霜朝月ある 放哉
頰杖ついた窓さきさるまた海へ吹かれる
草履ぺたぺた晩の酒買ひに来る
浜に出て行つた人が中々もどらぬ
ふところ手出して火種ほじくる
とても深い谷で葉をふらし
いたちがかくれた早いこと
いつ折つたのか本のページ
状袋が一枚も無いあすにしよう
山からあがる陽が海から出だした
月夜歩く足駄の太い歯だ 放哉
また風が出かけたばけつに一杯くんで来る
また風だ大松の下の庵
また風の障子がしやべり出す
また風だよ裏のお婆さん
板塀ひつくりかへした夜中の風が笑ふ
水仙が炭俵の上に置いてあつた
庵の障子あけて小ざかな買つてる
握りめしを落した根上り松がある
寝てもさめても吹いとる
師走の木魚たゝいて居る 放哉
まだ咲いて居る佛の花を捨てる
禿山夕陽の大松をさゝげ
大風の夜の蜜柑の種子を呑んでしまつた
三度三度呑む風の丸薬
糊がかたくてつかない
フト大きな手のひらであつた
風の夜の麦粉二人でたべ
さした事が無いからかさ一本
毎朝風の墓石ならべり
遠方のわが下駄に乗つてもどる下宿屋 放哉
松かさそつくり火になつた冬朝
〈松かさそつくり火になつた〉
小供と落葉焚きあげる昼すぎ
小供と二人山の上でうたふ
黒い板塀の切戸があいた柘榴
柘榴口あけ皆が口あけ
柘榴佛に供へられ口をあけず
色街の灯の泥川泥動く
橋に来て下駄の音みだれ提灯
銀行から出て自転車かけらす
友の顔が居る銀行の窓口 放哉
また風音のねむり薬を呑み
あすは元日のお粥の残りがある
元日いつもの風吹き
元日はの箸を山で揃へ折つて来る
とつくに明けて居る元日起きて来て座る
正月休みの旅の会社員たちよ
元口の朝の行火あたゝめる
元日の盗泥棒猫叱りとばす
元日の草履ぬぎ揃へ
風よ俺を呼んで居るな風よ 放哉
句稿(二十六)
層雲雑吟 尾崎放哉
暗くなつて畳や片付けて居る
青空風吹きつのらせ
風吹きくたびれて居る青草
風音の布団にもぐり込む
郊外高い家建ちたり
今朝の太陽と話す
きたない畳によい冬陽さしこむ
いつも提灯張つてるお爺さん
机の足が一本短かい
ゆつくり暮れて行く籐椅子 放哉
群集のなかですぐ見付かつた
ストンストン大根輪切りにする暗い手元
障子あいた音が泥大根置いていつた
杉並木のまんなかを歩く
葬式のあとから来て路次に曲る
またあの東西屋にあつただまつて行く
たつた一人で活動館から出て来た
田舎の電気がついたり消えたりして寝る
銭湯出て電車道突つ切る
わが背中もたせる柱にえらまれ 放哉
犬のお椀に飯が残つて居る
更けて行く山の一つ灯消されず
鯊釣船を湯女の美くしい手で教えらる
病人ながらへて寒うなりけり
かけ出した児が蜻蛉見つけた
曼珠沙華がみんな踏み折つてある
柳散る陽の大地のしま目
眼の前糸瓜ぶらさがつてゐる座敷をかりた
朝顔嵐のなかでも小さく咲く
鶏頭たくさん枯らして住む 放哉
柳散る井戸に蓋がしてある
ひそかに散る柳眼が知つて居た
野に向けどんどん風呂たく
噴水風が強い公園に来た
噴水力のかぎりを登りつめる
糸瓜たくさんぶらさげていつも寝てゐる
児に乳呑ませて居る夜店の女だ
どこまでも土塀について曲るポスト
お盆の芋の湯気がたゝなくなつた
鶏毛を散らし散らし蹴合ひ 放哉
雨の高下駄久しぶりにはきたり
歯を入れかへた下駄で歩く雪よし
雪の素足でもどつて来た
つま皮新らしく白足袋を入れる
松たれさがる今し汐ひけり
妻の下駄に足を入れて見る
小さな帆かけ舟が見えなくなつた
春菊の花咲く春菊の花ばかり
嵐の松かさ叩きつけられて寝て居る
松かさたくさん土間にたまつた 放哉
嵐の犬の子一疋も居らぬ
青空ポツンとひたいにあたつたもの
講談をよむ嵐の炬燵
白砂糖こぼした嵐の夜
はや起きて居る宿の小娘
女よ新らしい下駄を泥にした
畳の黒いもの零余子であつた
枯草ぬく根を遠方に持つ
人肉の味の柘榴むさぼる夜の女で
嵐でたほれた家のとなりの台所だ 放哉
嵐が落ちた夜の白湯を呑んでゐる
嵐が落ちタ夜のなんにも無い机
嵐が落ちた障子あけあける遠方が見える
嵐が落ちた晩のお
白粉
(
しろい
)
つけてる
人の噂さして酒呑んで居る
カチ/\になつて居る蛙の死骸だ
手をついた蛙の腹に臍が無い
山の池晴れ蛙勇躍す
ゐもり冷やかな赤さひるがへす
蛙蛙にとび乗る 放哉
庵は青葉の昼の雨蛙なきて
雪凍てた夜の梟来てなく
梟なく夜の乳房与へる
熱い風呂に雪をうめる
赤ン坊行水させる雪の晴れ間
児等が登る風が落ちた松の木
風が落ちた板塀をなほす
風が落ちてしまつた庭石
寝た児を炬燵に置いて来る
障子あけて見た物音無し 放哉
雨の藁屋根の下の何年ぶりだらう
話す事も無くてやつて来た
嫁入りのお供が山みち酔つてもどる
買うた状袋が上等すぎた
原稿紙を売つてる家が町ぢうにない
師走の青草をふむ
郊外の電車に乗りかへた
となり合せに古く住みて木こり
顔から火が出たと女が云ふ
あの星を見付けて安心した 放哉
墓地の上は星ばかり
友の絵を壁に張りて師走
師走の島は松の木ばかり
犬がこつそりちんばをひいてもどつた
咳の薬がちつともきかぬきかない師走
めくらが兎の夫婦を飼ふて居る
小さい手から蜜柑をくれた
冬雨来たらしい音の枯草
月を見上げただけの心もち
山み■ち二つに分れ分れて細ぼそ 放哉
句稿(二十七)
層雲雑吟 尾崎放哉
もらつた餅を数えて居る元日
松の実を
破
(
わ
)
る音ばかり元日
海がなんぼでも見える今年の元日
お寺が賑かな日の烈風
一日庵の障子をならし人来ず
初旅の汽車で買つた弁当
松の内のバスケツト一つで旅立つ
吹けばとんでしまつた煙草の灰
石塔ほる音の年の暮迫り来
夕べ風落ち草少しみだれ
たゞに流るゝ大河橋かゝる
秋の港の船は皆灯し
美くしい小鳥よ山路かくれし
夕べのさかな焼くとなり同志
山の温泉の山に見あき
今日も夕陽となり卵子一つ吸ふ
今日も夕陽となり泣いてる児ども
こどもの赤い鉛筆で絵をかいてやる
わがかげ動く夜となりて座る
いつ迄も馴染が出来ない温泉の町 放哉
小さいわが庭の中の冬陽が動く
海から拾つて来た石だよ潮騒
銕砲光つて居る深雪
何か居り秋の樹の葉を散らす
遠くの船は動かず
風のあとの松原の砂のでこぼこ
浜砂かついでもどる風呂敷が重たうなつた
林檎の籠の到来物が置かれ灯の下
えりまきぐるぐる巻にした眼だ
あられたまる間を見て居る 放哉
内庭の空見上げては本読む
霜濃し水汲んでは入つてしまつた
痩せた手首をひら/\動かす
奇れいなあたまを寄せて村の娘たち
角力とりと峠茶屋で落ち合つた秋だ
太い桐の木の下草無し
芒光る野の若き心一つ
うす霜の朝背中ニ寒く
労働者らしく夜霧にかくれ
並んで通れぬ野の橋に来た 放哉
向ひ山陽照りてくらき窓もつ
空を見る事が好きな妻であつた
小供は小供同志のお祭
松ばかりの大寺の冬
水仙縁の陽に出して銭湯に行く
小さい月夜をもどる寒さ
藪を曲れば冬の大河
一人でそば刈つてしまつた
畑から暮れてもどる百姓
灰の中の釘が曲つて出て来る 放哉
お墓のばけつ幾つもあづけられてる
柱の水仙が咲いた咲いた咲いた
児が出来た話しをきゝ大根煮てゐる
かた炭一俵もらつた寒の入りよ来い
くもれる空動く池ありと云ふ
池をひとまはりしてかるきつかれ
妻がシヤがんでる柳已に散る葉ある
カフエーには入らうか夕陽
暮れかゝる旅の山かなしく
はるかに呼べど冬野聞こえず 放哉
もどつて来た児等がチヤブ台かつぎ出す
猫の首ぶらさげた格好
猫の眼がきらひだ
秋山よき家あり人住まぬ
足がだまつては入つて居た水たまり
大河流るゝよ海へ遠く
灯の街になつた東京に汽車がはいる
大きな陽を落とし片舟
庭石雀が一寸下りて見た
大きな石がある風の野 放哉
こはれた火鉢でも元日の餅がやける
〈こはれた火鉢で元日の餅がやける〉
粉炭はねるなよこわれた火鉢
手のひらあければ淋しや
死ぬ迄左に置く癖のこわれた火鉢
馬がをどれば馬車がをどる冬野
硝子窓に
呼吸
(
いき
)
で書いた絵が消えた
石ころ幾つも海へ投げあきてもどる
砂山越えし人永久に見えず
ふるさとのやつぱり小さい馬だ
釘の着物が落ちた音だ 放哉
寺の大蘇銕いそいで見て出る星
踏みつけられた朽葉が氷りついた
すくすく桐の木太らせ百姓
すぐ灰になる一と抱への松の葉
いぶるものつまみ出す蜜柑の皮
落葉火になつて飛ぼうとする
掃きよせた落葉風に散らされ
二三日煮たきせぬ小さい台所
向ふの山に陽のあるうちを急ぐ
枯れはてた野山かな人住む 放哉
落葉つゝき出しかけひの水通る
坂道ころがり落ちて来た児よ落葉
夜の池水はま黒く
枯れ草に陽あたり牛喰む
枯れ木の中の人では無かりし
冬川せつせと洗濯しとる
〈冬川せつせと洗濯してゐる〉
渚残されし藻草つかんでかぐ
藁すべ一本落ちとる
麦藁吹いて遊ぶよ盲目の児
青い生垣に沿ひ行き気晴れ 放哉
句稿(二十八)
層雲雑吟 尾崎放哉
※○佛とわたくし
粉炭ほこほこ顔一つあぶつて寝る
夜話しが出て来る煙管のがん首
夜中の漬物石が重たい
薬を呑んでも呑んでも痩せとる
いちばんこれが近か道だ
交番に巡査が居らぬ
古畳売り物に出してる
もらつた手拭に小さい役者の紋があつた
かけた盃ばかりだ
大きな門の表札が無い
落葉かさこそ夜となり
凍て切つた一本道を詣る
はやり唄うたつて児をそだてる
郊外寒い家健ち
女世帯の奇麗にしてある
朝の水仙に水さしこぼし
今日も夕陽となつて座つて居る
いつも人が居たことが無い古道具屋だ
あの大きな机が売れたらしい
貧乏知りぬいた夫婦で 放哉
池にそつと浮いた葉だ
ほんの少しの赤さ見ゆる山茶花
下手医■者の門から出て来た
枯木を叩けば虫が喰つてる
きかぬ薬を酒にしよう
茶わんの好きな模様を買ふ
なんかは入つて居そうな壺だ
昔しは海であつたと榾をくべる
〈昔は海であつたと榾をくべる〉
半紙の皺をのばす
晩めしはやめて寝る 放哉
蜜柑一つで手紙入れて来てくれた
さんざん面白い眼をした皺よらしてゐる
かき餅半畳に干し足り
指輪が光る夜中のゆび
大きな番傘をあける
古足袋のみんな片足ばかり
朱筆もさしてある冬陽
曲りくねつた道が海に出た
次ぎ次ぎ咲いてしまつた花だ
宵月よ晩めし時 放哉
小便に起きて来る夜中の影だ
状袋にお銭をみんな入れとく
寒ン空シヤツポがほしいな
冬陽病んで寝て居る
饅頭をたべた大きな口だ
こんな町を電車が走つて居る
女が下りた銀座だ
遥か新道をつくつて居る
煙草店冬となり
工場の小さい裏門 放哉
布団のなかの肋骨がごろごろしとる
蜜柑たべてよい火にあたつて居る
六銭張つて小言云つてやる
泊り泊りの灯しつけて寝る
銭湯から神主が出て来た
飯前の手紙ポストに入れて来る
一日青空のまんまで暮れ切る
鍋釜つけてある冬の小流れ
とつぷり暮れて足を洗つて居る
蜜柑の皮が火鉢のそばに置いてある 放哉
昼の鶏なく漁師の家ばかり
あけがたの風強し水汲む音
洗つたテーブルかけのうすいしみ跡
いく
度
(
ど
)
かだまされた夜中の足音
夕べの凍て風に雄ん鶏なかであり
気に入つた部屋に案内された
海凪げる日の大河を入れる
宿は暮れ切らぬ前の山見てる
粟のいが朝の下駄で踏みわる
雨になつたぬくい寝床だ 放哉
晩の灯を入れた雨の宿屋町
まつ白い午の乳をしぼる
読書す夜のうす霧
朝の白雪消えて大河
働きに行く人ばかりの電車
みんなが弁当箱をさげとる
日曜の洋服がぶら下がつてる
田舎の月が遅く出て来た
柚子をもいで一つもいで来るうす雪
煙草屋の娘のお白粉がはげてた 放哉
野道の風に立ち先生である
電柱突きさしてある山の畑
二度もなつたよ宵の半鐘
河原火を焚きあげる冬が来た
子守唄に月が出て来た
昼間猫の子を捨てに出かける
大きな冬木が切られて居る
炬燵によい火を入れてくれた
雪の宿屋の金屏風だ
夜あけし港の船船ある 放哉
わが家の前の冬木二三本
〈わが家の冬木二三本〉
ゆつくり歩いて行く夜霧の道
家鴨も女も太つて居る
家のぐるり落葉にして顔出してゐる
霜朝犬がくわへえくわえて来たもの
父子で芋堀る
山茶花に今日も霰が来る
家たてる材木が置かれ山茶花
夜のコーヒーを呑む男と女ばかり
一人の道が暮れて来た 放哉
句稿(二十九)
此ノ百句ハ非常二苦吟シマシタ、
但、ホメテモラヱルノガ有ルカト心配シテマス
層雲雑吟 尾崎放哉
墓原小さい児が居る夕陽
墓の前に女が引つ付いてしまつた
墓にもたれて居る背中がつめたい
墓原花無きこのごろ
墓原暮れて出る縁日
墓原昼の大きな提灯
赤ン坊ころがして大根が煮えた
ふた子かなし似て居る
泣いてるよ今朝生れた赤ン坊
赤ン坊一と晩で死んでしまつた
淋しや壁張つて居る
わが家近くなり児が駆け出す
兎を飼つて貧乏してる
葱畑の大きな足跡
寒ン空火事がうつる
藪のなかの凍てきつた路だ
朝眼がさめた児が唄つてる
暗い土間で足ふいてあがる
飯粒かたくなつて居た袖口
茶わんがこわれた音が窓から逃げた 放哉
暗らくてなんにも読めない机だ
曇る陽の庭石案内される
ハガキが一枚ほり込んであつた
山から小供あづかつて来た
日が落ちたペンサキ夜のペンサキ
夜釣からもどつたこんな小さい舟だ
〈夜釣から明けてもどつた小さい舟だ〉
曇り日の花切る忌日
夜の裏木戸ばたりばたりならし
手拭かたくしぼつた朝陽
よく吹く事だな又夜になる 放哉
となりは未だ起きぬ霜朝
水車廻らぬ冬の家あり
今朝は俺が早かつたぞ雀
おはぎを片寄らして児が提げて来た
柳散り散り尽したる小流れ
柳散りつくし風の日ばかり
朝々散る柳ある庭石
晩の小ざかな売りに来る女ばかり
一枚の舌を出して医者に見せる
行灯さげて来て二人の間に置く 放哉
この村で一人の兵隊さんだ
沈丁花の匂ひ夜中思ひ出してゐる
月夜のかるい荷物
よい凧一つ海にとられた
公園木枯の児等ばかり
児を連れて城跡に来た
城跡の大松吹き居り
大霜のわが家ばかり
朝の姿見からはなれる
大霜昼となるお針子 放哉
ばけつにいつぱい水汲めば足る
ていねいに読んで行く死亡広告
窓の下雨やどりして立ち去る
小窓の外から小供に呼ばれる
夕陽の座敷となる一本の柱
坊さんが奥の方から出て来た
橋もいつしよに渡つて来て別れる
小犬が鳴いて居る風の夜もある
女だけ助かつた朝の渚の話し
大浪晴るゝ朝なり
かたくり粉の湯がぬる過ぎた
少し風立ち晩の藁灰
いつもまつ黒い板の天井だ
インキ壺透かして見る
いやな手紙を嚙んで居る女だ
土瓶のふたに皿が乗つてる
風吹く道のめくらなりけり
〈風吹く道のめくら〉
まき割る風つのる
一丁の冷豆腐たベ残し
古道具やの店はかなしく 放哉
絵はがきばかり出て来るカバンだ
汽車走る間のをもちや売り去れり
餅を喰ひくたびれたよい火がをこつて居る
橋のきわのうまい寿司屋が無くなつた
もう川舟が下り始めたらしい
夫婦で相談してる旅人とし
〈旅人夫婦で相談してゐる〉
又一人雪の客が来た
風呂吹きをよばれに行くよい月だ
今夜の分を出して置く白い丸薬
元日の灯に家内中の顔がある
元日のみんな達者馬も達者 放哉
思ひ出したやうに火がはねる
まつてる蛙がこつそり出て来た顔だ
芸者の三味線かついで行く月夜
知つた芸者に逢つて煙草を捨てる
羽織を着ればひもがある
壁を張る新聞紙をわけてもらう
羽織のたもとには入つて居つた
漬物きざむ手で児を受取る
どかどか客が来たとなりの部屋
となりも静かな客だ 放哉
寝たがひの肩持ちて朝居る
朝の茶をつまみ風落ち
釘の手拭が氷つて居るさま
朝々の土瓶煮え立ち
お聟さんに夕月光り
婚礼の夜の提灯に雪ふらし
婚礼からもどつて少し酔つてる
カタクリ粉が落ちて居た朝の畳
女郎屋が一軒焼けの冬夜
鐘ついて来た顔で話す 放哉
句稿(三十)
層雲雑吟 尾崎放哉
すつかり明け切つて居る洗面器
嫁さんが来た淋しい町だ
ぬくい屋根で仕事して居る
佛に供える青い葉朝露にぬれ
となりの児にかきもち焼いて置く
墨つけた顔でもどつて来た
なにかこわした音もしてたそがれ
蛙をつぶし蟹を殺した児がくたびれて居る
そつと石を起すうす濁り
灰かけて置いた火が夜中夜中に出て来た 放哉
裸足に恋れたよ島の女
蜜柑を買わされ片眼を知らずに居た
赤インキを引つくれ引つくりかやして夜が明けた
何かいつぱい書いてある手帳だ
児等が未だ遊んで居る一つの窓
釘にかけ切れないで輪かざりの庵り
夜中の雨を話して居る逗留客だ
戻つたらすぐ竹馬に乗つて居る
絵のうまい児が遊びに来て居るよ
〈絵の書きたい児が遊びに来て居る〉
満潮の橋長々とかゝれり 放哉
ぶらぶら女と来た踏切り
暮れ方の裾に綿がついて居た
夕陽の小窓があけてある
見世物小屋がばた/\片付けとる
山風山を下りるとす
山火事の北国の大空
庭石皆少ししめりたる
新藁散らかして仕事してゐた
カ餅をたべて海を見てゐる
小さいランプで勉強してゐる 放哉
朝の高塀に沿ふて働きに出る
うす霜の朝の切戸があいてる
さめたコーヒー皿で待つてる
コゝア呑む腕がはち切れそうだ
ちらと見た知らぬ顔で過ぎた
朝の踏切のうす
靄
(
もや
)
踏切りどつかで鶯が啼いとる
雨の汽車路ばかり踏切
踏切に来れば浪音
大根ぶら下げて止められた踏切
まるい山の肩に宵月が乗つてる
山路はいろ/\の落葉
落葉焚きあげ呼ばれて居る
落葉焚きあげ大木
雪に小便する児等は並び
土間が奇れいに掃いてある
小さい銀杏の木が真ツ黄になり
帽子あみだにして陽にやけて居る
暗い土間で仕事して居た
落書が無くてお寺の白壁 放哉
一寸書き付けて置いた紙切れが無い
釘の手拭が一日乾かぬ
夜のお茶がぶがぶ呑むよく呑む
留守番の小供は寝とる
芽ぶくもの見てまはるある日
まだ明かるい空に親しみ
海見えはぢめ風吹くなり
一人住みてあけにくい戸ではある
夜中の蜜柑一つたべる
眼の前する/\と帆をあげた船 放哉
今年は雨風多し乞食
夜の襖があけてあつた
銀貨が一枚交つて居た
宵の口の喧嘩話しで銭湯
茶の花時雨れるのか
雀が来る木が切られてしまつた
大根畑から出た月だ
お医者の靴がよく光ること
橋を渡る提灯が一つ
山が冷えて来た凧下ろす 放哉
曇り日の鉛筆をけづる
さら/\浪よす渚薄氷
恋のうたばかり唄ひ里の遠い火
月夜の葦が折れとる
めざしを焦がしてしまつた
冬は白雲の光り
雪の山見ては書く手紙
あいてる椅子にかけてあついコーヒーだ
草に陽がはいる大きなタンク(満州長春)
やすい馬車の冬陽走らす(仝所) 放哉
大きな池の風に立ち地図をひろげる
静かなる鶴の一本の足
池に座敷を浮べ鯉をたべさせる
小さい池に出て弁当たべる
鯉がはねる音の貧厨
同じやうな沼の景色漕ぎ出で
大きな沼の枯れ葦
弟とふるさとの池の風に立つ
池のぐるりは白雲ばかり
鮒釣る池の風が強い 放哉
今朝の障子を郵便やがあけた
大霜月は雲となり
枯れ枝が動いて居る
鮒がたくさん釣れる雪風となり
どうしても動かぬ牛が小便した
一日森で遊んでしまつた
森をわけ入り小供になる
よどんで居るお椀を流してやる
意地悪るの児をにくむ心があつた
夜が明け切つて居る町の小流れ 放哉
句稿(三十一) 層雲雑吟 尾崎放哉
雀がたつた二つ居る夫婦らしい
雨水の流れ動く朝の庭
一日雪がふりつゞける障子
誰か居るらしいまつ白い障子
雪国の元気な小供等だ
牡丹雪となつたたそがれ
この宿鳩を飼つて居たのか
夕風葉と吹かるゝ虫あり
墓のうらに廻る
わが夜の雪ふりつもる
アナタの(わらやね雪ふりつもる)‥が、常ニ思い出され、真似して見たのですが?
四角な庵の元日
ことこと番茶を煮てもてなす
熱がまた出て来たな雪風
遠くの餅つく音で起こされて居る
つきたての餅をもらつて庵主であつた
夜中の天井が落ちて来なんだ
のびたあごひげのさきを焦がして居る
たもとになんにもは入つて居ない
星がふるやうな火の見やぐら
冬の海には遠く船一つ 放哉
大晦日皆松にとり変へて佛の花
あすは元日が来る佛とわたくし
餅をもらつた白砂糖ももらつた
どつから夜中の風がは入つて来るのか
和尚さん木鋏をならし訪ねて居る
大晦日暮れた掛取も来てくれぬ
〈掛取も来てくれぬ大晦日も独り〉
墓を拝む兄のうしろ
一番鶏がないたやうでもある欠伸をした
朝方の大雨を知らずよい晴れだ
お月さんもたつた一つよ 放哉
大いなる人この山奥にかくれしと
風烈しき夜々のランプ灯もされ
石油たつぷりついでランプの夜である
ランプ灯もす頃の船がは入つて来る
二三人にランプが灯もされる
ランプ掃除の油手をふく残雪
わがランプをかゝげ下宿をかはる
雪積もる夜の燃え座はるランプ
〈雪積もる夜のランプ〉
ランプの笠に粉雪の音するよ
ランプの笠がかしげとる 放哉
枯れあし明けて居るそれだけ
貸家気に入らないで出る秋草
いつもよい花活けて迎える
フト曇り来る部屋に居たり
窓に肱を置く大地の春
窓から手をのばして拾ふ
月光の井戸を覗いただけだ
さつき出て行つた音がした
不格好な石の冬
星がふるやうな山の道 放哉
神の朝の木木立ち
落ち葉曇り陽日をとべり
まつ黒な顔で惚れられた
坂の雨流れ青空
皿のお薬子が一つになつとる
夕づつ妻から児を抱きとる
手洗鉢の落葉かきわけ水
木の実ころころ見えなくなつた
雨の舟岸により来る
行き違ひの日曜のを訪ね 放哉
網干す雫砂に落つ
木引きがとう/\引き切つた
山奥木引き男の子連れたり
〈山奥の木挽きと其男の子〉
山の木引きがこゝの生れでなかつた
夏の夜の茶わん音さして買ふ
白いめしほ気立てゝ朝の茶わん
いつしか自分の茶わんとなり
台所しまうをそい灯
友の絵がうまいんだそうだ
電気がぶら下がつて居た机にもどつた 放哉
手毬がとび込んで来た内庭しんかん
芝居の幕合に蚊にくはれた
貧乏の軒を押し並べ夕陽
南瓜半分喰はれて居る
雨に濡れ雨を流し冬木
背中で泣く児わが児よ
お金がほしそうな顔して寒ン空
足袋洗ふ朝の雪晴れ
落葉踏み来し庭宮のうしろ
山の匂ひ嘆ぎ行く犬の如く 放哉
夕空見てから晩めしにする
〈夕空見てから夜食の箸とる〉
行き止りの道なりき落ち葉
明け方ひそかなる波よせ
〈ひそかに波よせ明けてゐる〉
水たまりをとんで行つた児だ
名刺を張つてわが家とす
昼の波音になれたるさへ
冬木の窓があちこちあいてる
窓あけた笑ひ顔だ
櫓の音障子しめたる
潮くさい夫婦で児を太らせる 放哉
日が暮れても大根つけとる
硯の水がちんまり澄んで居た
芝居もどりがくしやみして通る
冬月外套のボタンをはめる
夕空の下の夫婦
冬山登ればお城が見える
船の待合所で呑んでる
西洋人の長い足が乗つてる人力だ
梯子上つたり下りたり暖い
白壁雨のあとある
■拾遺句稿
みんなが夜の雪をふんでいんだ
おごそかなるものの冬田の水
籠の鳥逃がした夕べとなり
どの小鳥の名も知らない
居るよと云つてる後架だ
疊に灰少しこぼし寐る時
灰ろの灰をこぼす火鉢のすみ
小さな球とし煙草の銀紙
耳の穴一日雨音ありし
糠雨寐てゐる大松
朝見れば矢ツ張り白い花だつた
冬ばらに手を引つかかれた
今日も貧乏を夕陽に見せとる
酒屋の小僧が朝の雪はいてくれた
貧乏徳利がころがつてたまつて居る
足の踏みどころも無い座敷で貧乏してゐる
貧乏が立派なひげ生やして居る
川のまんなかを流れゆく草花
障子に近く蘆枯るる風音
水郷見るものに蘆枯れたり
かがやく雪景色の夢がさめた
天氣つづきの田舍の舊の正月
いつ迄も遠山雪ある一人暮しなり
水汲みに下りる籔の道梅の堅い蕾ある
鉢の梅の蕾堅くて靑くて
鉢の椿の蕾がかたくて白うなつて
大風が吹いとる春のお彼岸
醉えば出て來る昔しの唄も忘れ
萬年靑の赤い實が餘り大きくて
鐵瓶の湯氣が少したち居り
釘の手拭に風ある野茶屋
山から下りて來る川に氷はりし町
森に近づき森に雪ある
森に近づき雪のある森
汽車の窓からみんな顏出して梅林
池の氷が厚くて梅は匂ひ
晝空冱えたる音樂學校
橋の處の梅が早くて
油紙一枚背中に張つて春雨
海の宿屋に來てめづらしい大雪
お寺參りの春の雪散らす
大雪の春の河舟
ランプ身近く置き金米糖かじつて居る
一と所壁が新しくて夕陽
一ケ所壁が新しくて夕陽
一つの湯呑の尻がどつしり重たい
一つの湯呑の尻がどつしりと重たい
皺だらけの手のひらぱりぱりあける
椽の下から猫が出て來た夜
■存疑の部
定型俳句
二ツ池鴦たえず通ひけり
波打つや山は遙に今年哉
北窓に暮れ果つるまで見送らむ
櫻散る散るや人行く櫻かな
萩桔梗たゞ愛らしく咲けとこそ
萩桔梗ただしををしく咲けとこそ
自由律俳句
湖へ湖へなびく旗日の漁村
厠を出れば障子に影おれまがれり
引越しの鏡に靑空がうつる
米の粉にまみれ今日ををはりし夕陽おろがむ
だんだら阪のぼれば上から鐘つきおろす
力一ぱい石を海へなげてみる
夕の雀が背のびして覗く俺だよ
元日の灯に家内中の顏がある
山は濱の夕陽をうけてかくす處無し
完