冬之部

初冬や香花いとなむ―――

百姓に花瓶賣けり今朝の冬

貧乏な儒者とひ來る冬至哉

肌寒し己が毛を噛木葉經

鐘老聲饑て鼠樒を食こぼす

 郢月泉のあるじ巴人庵の門に入て予とちぎり深き人なり、
 ことし末の冬中の五日なきひとの數に入ぬときゝて

耳さむし其もち月の頃留り

借具足われになじまぬ寒哉

井のもとへ薄刄を落す寒哉

水鳥も見へぬ江わたるさむさ哉

眞金はむ鼠の牙の音寒し

雪舟の不二雪信が佐野いづれか寒き

炭賣に日のくれかゝる師走哉

面影のかはらけかはらけとしのくれ

行年や氷にのこすもとの水

行年の女歌舞妓や夜の梅

行としのめざまし草や茶筌賣

冬ざれや北の家陰の韮を刈

冬ざれて韮の羹喰ひけり

石となる樟の梢や冬の月

のり合に渡唐の僧や冬の月

寒月に薪を割寺の男かな

寒月や僧に行合ふ橋の上

寒月や開山堂の木の間より

寒月や小石のさはる沓の底

寒月や松の落葉の石を射ル

たえだえの雲しのびずよ初時雨

一わたし遲れた人にしぐれ哉

榎時雨して淺間の煙餘所にたつ

禪寺の廊下たのしめ北時雨

又嘘を月夜に釜のしぐれ哉

化さうな傘かす寺のしぐれかな

水ぎはもなくて古江の時雨哉

釣人の情のこはさよ夕しぐれ

窓の灯の佐田はまだ寢ぬ時雨哉

鶯の竹に來そめてしぐれかな

  虹竹に手向侍る

來迎の雲をはなれて時雨かな

  芭蕉忌

時雨おとなくて苔にむかしをしのぶ哉

朔日のまことがましきしぐれかな

蓑蟲のふらと世にふる時雨哉

目前を昔に見する時雨哉

鷺ぬれて鶴に日のさすしぐれ哉

海棠の花は咲ずや夕時雨

夕時雨閾に蓑の雫かな

しぐるゝや長田が館の風呂時分

蓮枯て池あさましき時雨哉

半江の斜日片雲の時雨かな

物負フて堅田へ歸るしぐれ哉

時雨るや山かいけちて日の暮る

夕しぐれ車大工も來ぬ日哉

手にとらじとても時雨の古草鞋

下戸ならぬこそ宵々のしぐれ哉

子を遣ふ狸もあらん小夜しぐれ

仮庵の軒にとしふるしぐれ哉

窓の人のむかしがほなる時雨哉

木兎の頬に日のさす時雨哉

老が戀わすれんとすればしぐれかな

初雪や上京は人のよかりけり

大雪と成けり關のとざし時

焚火して鬼こもるらし夜の雪

いさり火の燒のこしけむ巖の雪

山里や雪にかしこき臼の音

念比な飛脚過行深雪かな

雨の時貧しき蓑の雪に富リ

雪折も聞えてくらき夜なる哉

雪國や粮たのもしき小家がち

雪の旦母屋のけぶりのめでたさよ

住吉の雪にぬかづく遊女哉

邯鄲の市に鰒見る雪の朝

樂書の壁をあはれむ今朝の雪

雪拂ふ八幡殿の内參

  おもふこと有て

雪を踏て熊野詣のめのと哉

風呂入に谷へ下るや雪の笠

玉あられこけるや富士の天邊より

木がらしや小石のこける板びさし

こがらしや野河の石をふみわたる

こがらしや廣野にどうと吹起る

木枯しや覗て迯る淵の色

凩や何をたよりの猿おかせ

木がらしや碑をよむ僧一人

木がらしや釘の頭を戸に怒る

こがらしや炭賣ひとりわたし舟

初霜やわづらふ鶴を遠く見る

松明ふりて舟橋わたる夜の霜

我骨のふとんにさはる霜夜哉

野の馬の韮をはみ折る霜の朝

衞士の火もしらじら霜の夜明かな

氷踏で夙に驗者の木履かな

めぐり來る雨に音なし冬の山

冬川や佛の花の流れ來る

冬川や孤村の犬の獺を追ふ

冬川や誰が引捨し赤蕪

畠にもならで悲しきかれ野哉

山をこす人にわかれて枯野かな

石に詩を題して過る枯野哉

てらてらと石に日の照枯野かな

眞直に道あらはれて枯野かな

三日月も罠にかゝりて枯野哉

油灯の人にしたしき十夜かな

 傅統の光をかゝげて古里虹が三十三囘の遠忌をとぶらふに申つかはす
御影講の蓮やこがねの作り花

戸に犬の寢かへる音や冬籠

冬籠燈光虱の眼を射る

桃源の道の細さよ冬籠

鍋敷に山家集あり冬籠

屋根ひくき宿うれしさよ冬ごもり

賣喰の調度のこりて冬籠

變化すむやしき貰ふて冬籠

夜興引の袂佗しきはした錢

鳥鳴て水音くるゝあじろ哉

爐びらきや裏町かけて角やしき

口切や梢ゆかしき塀隣

口切や湯氣たゞならぬ臺所

口切や喜多も召れて四疊半

桐火桶無絃の琴の撫ごゝろ

火桶炭團を喰事夜毎夜毎に一つづゝ

宿かへて炬燵うれしき在ところ

埋火のありとは見へて母の側

埋火やものそこなはぬ比丘比丘尼

埋火や春に消行夜やいくつ

庵買て且うれしさよ炭五俵

炭俵ますほのすゝき見付たり

炭やきに汁たうべてし峯の寺

頭巾二つひとつは人に參らせむ

紫の一間ほのめくづきんかな

眇なる醫師わびしき頭巾哉

なまめきてさしある僧の頭巾哉

春やむかし頭巾の下の鼎疵

宿老の紙衣の肩や朱陳村

眞結びの足袋はしたなき給仕哉

糞ひとつ鼠のこぼす衾かな

鬼王が妻に後れし衾かな

能ふとん宗祗とめたるうれしさよ

孝行な子供等にふとん一つづゝ

都人にたらぬふとんや峯の寺

唐くさの牡丹めでたきふとんかな

冬やことしよき裘得たりけり

鉢たゝきこれらや夜の都なる

守信とふくべにかけよ鉢叩

夜泣する小家も過ぬ鉢たゝき

子を寢させて出行闇や鉢たゝき

墨染の夜の錦やはちたゝき

挑灯の猶あはれなり寒念佛

寒ごりに尻をむけたりつなぎ馬

 召波居士七周の追善に招魂の心を申侍る
いざ雪車にのりの旅人とく來ませ

旅立や貌見世の火も見ゆるより

節季候や貌つゝましき小風呂敷

柊さすはてしや外の濱びさし

寶ぶね慶子が筆のすさびかな

煤掃や調度すくなき人は誰

麥蒔の影法師長き夕日かな

藥喰廬生を起す小聲哉

朱にめづる根來折敷や納豆汁

いざ一杯まだきににゆる玉子酒

からさけや鳶もささめぬ市の中

乾鮭の骨にひゞくや後夜のかね

からさけの片荷や小野の炭俵

から鮭や判官殿の上リ太刀

 鷹が峯に遊ひて樵夫の家にやどる
寒山に木を伐て乾鮭を烹る

ふぐ汁の亭主と見へて上座哉

鰒くへと乳母は育てぬうらみかな

妹が子は鰒くふ程になりにけり

鰒汁の君よ我等よ子期伯牙

河豚汁や五侯の家の戻足

鰒汁やおのれ等が夜は朧なる

鰒と汁鼎に伽羅を焚夜哉

雪の河豚鮟鱇の上にたゝんとす

鰒の贊先生文を揮はれたり

その昔鎌倉の海に鰒やなき

彌陀佛や鯨よる浦に立給ひ

突とめた鯨や眠る峯の月

既に得し鯨は迯て月ひとつ

山颪一二のの幟かな

手取にやせんと乘り出す鯨舟

佐保川に鴨の毛捨るゆうべ哉

鴨遠く鍬そゝぐ水のうねり哉

をし鳥や鼬の覗く池古し

鴛や國師の沓も錦革

鴛や花の君子はかれてのち

鴛や池におとなき樫の雨

水鳥や提灯遠き西の京

水鳥を吹あつめたり山おろし

水鳥や朝めし早き小家がち

かぜ一陣水鳥白く見ゆるかな

水鳥やてうちんひとつ城を出る

水鳥や夕日江に入る垣のひま

水鳥や巨椋の舟に木綿うり

うかれ越せ鎌倉山を夕千鳥

渡し呼ぶ女の聲や小夜ちどり

湯あがりの舳先にたつや村千鳥

むら雨に音行違ふ千鳥かな

  甘棠居にやどりて

千どり聞夜を借せ君が眠るうち

冬鶯むかし王維が垣根哉

うぐひすや何こそつかす籔の霜

おもふこと言はぬさまなる生海鼠哉

海鼠にも鍼をして見る書生哉

大鼾そしれば動くなまこかな

伐たをす木は其儘の落葉哉

細道を埋みもやらぬ落葉哉

春臼のこゝろ落つく落葉哉

乘ものを靜に居る落葉哉

茶帋を捨るところも落葉哉

屋根葺の落葉を踏や閨のうへ

落葉して遠くなりけり臼の音

 軒のかけ菜も一とせの謀
籠城の汁も薪も木の葉かな

撥音に散るは壽永の木の葉哉

鶯の逢ふて戻るや冬の梅

寒梅や熊野の温泉の長がもと

寒梅やうめの花とは見つれども

冬木立家居ゆかしき麓哉

里ふりて江の鳥白し冬木立

乾鮭ものぼる景色や冬木立

  古 丘

水仙に狐遊ぶや宵月夜

寒菊やいつを盛りの莟がち

寒ぎくや日の照村の片ほとり

寒菊を愛すともなき垣根哉

秋去ていく日になりぬ枯尾花

枯尾花野守が鬢にさはりけり

枯尾花眞晝の風に吹れ居る

日あたりの草しをらしく枯にけり

武者ぶりのひげつくりせよ土大根

うら町に葱うる聲や宵の月

葱洗ふ流もちかし井手の里

蕪村句集 後編 冬之部 了

蕪村句集 後篇 終

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