秋之部

  病 起

こしに鬼を苔うつ今朝の秋

温泉の底に我足見ゆるけさの秋

きぬきぬの詞すくなよ今朝の秋

硝子の魚おどろきぬけさの秋

うちはして燈けしたりけさの秋

  方空子に申つかはす

御佛のなを尊さよけさの秋

手燭して能ふとん出す夜寒哉

盗人の屋根に消行夜寒かな

きりぎりす自在をのぼる夜寒哉

巫女に狐戀する夜さむ哉

書綴る師の鼻赤き夜寒哉

貧僧の佛をきざむ夜寒哉

おとごぜのうは着めでたき夜寒かな

秋のくれ佛に化る狸かな

人は何に化るかもしらじ秋のくれ

訓讀の經をよすがや秋の暮

一人來て一人をとふや秋の暮

門を出て故人にあひぬ秋のくれ

燈ともせといひつゝ出るや秋のくれ

鳥さしの西へ過けり秋の暮

軒に寢る人追聲や夜半の秋

秋の夜や古き書よむ南良法師

  窓といふ字を探りて

住ムかたの秋の夜遠き燈影哉

秋おしむ戸に音づるゝ狸かな

雨そゝぐみくさの隙や二日月

まつ宵や女あるじに女客

  所 思

宋祇我を戀ふ夜眉毛に月の露を貫

 百貫の坊は賣盡すとも今宵の月眺めざらんやは
名月やあるじをとへば芋掘に

五六升芋煮る坊の月夜哉

三井寺や月の詩つくる踏落し

鬼老て河原の院の月に泣ク

月見ぶねきせるを落す淺瀬哉

櫻なきもろこしかけてけふの月

盗人の首領哥よむけふの月

いさよひや鯨來初し熊野うら

鰯煮る宿にとまりつ後の月

後の月賢き人をとふ夜哉

後の月鴫たつあとの水の中

三井寺に緞子の夜着や後の月

殿原のいづち急ぞ草のつゆ

しら露の身や葛の葉の裏借家

白露や家こぼちたる萱のうへ

鍋釜もゆかしき宿やけさの露

旅人の火を打こぼす秋の露

人をとる淵はかしこ歟霧の中

朝霧や畫に書く夢の人通り

おもひ出て酢作る僧よ秋の風

秋風に散や卒都婆の鉋屑

唐黍のおどろきやすし秋の風

岡の家の海より明て野分哉

野分やんで鼠のわたるながれかな

鴻の巣の網代にかゝる野分かな

船頭の棹とられたる野分かな

曉の家根に矢のたつのわき哉

關の火をともせば滅る野分かな

いな妻や佐渡なつかしき舟便り

稻妻やはし居うれしき旅舎り

きく川に公家衆泊けり天の河

秋の空昨日や霍を放ちたる

帛を裂琵琶の流や秋の聲

野路の秋我後ロより人や來る

松明消て海すこし見ゆる花野哉

廣道へ出て日の高き花野かな

初潮や旭の中に伊豆相摸

初しほや枕にちかき濱屋敷

二またに細るあはれや秋の水

落し水柳に遠くなりにけり

たなばしはゆがみなりなりおとし水

  太祇が一周忌に

魂かへれ初裏の月のあるじなら

魂祭王孫いまだ歸り來ず

徹書記のゆかりの宿や魂祭

――――に消殘りたる切籠哉

高燈籠總檢校の母の宿

銀閣に浪花の人や大文字

細腰の法師すゞろに踊かな

錦木の門をめぐりてをどり哉

あけかゝかる躍も秋のあはれ哉

攝待へよらで過行狂女哉

つと入や納戸の暖簾ゆかしさよ

二三軒つと入しゆく旅の人

故郷の座頭に逢ぬすまふ取

組あふて物打かたる地とりかな

よき角力出て來ぬ老の恨哉

夜角力の草にすだくや裸蟲

訪ひよりし角力うれしき端居哉

角力取つげの小櫛をかりの宿

花火見えて湊がましき家百戸

畠主のかゝし見舞て戻りけり

木曾どのゝ田に依然たるかゝしかな

人に似よと老の作れるかゝし哉

花鳥の彩色のこす案山子哉

笠とれて面目もなき案山子哉

家ありや煙のつとふ鳴子繩

ちかづきの鳴子ならして通りけり

あなくるし水つきんとす引板の音

ゆく秋の所々やくだり簗

しかしかと主も訪來ずくだり簗

獺の月に啼音やくづれやな

稻かれば小草に秋の日のあたる

したゝかに稻になひゆく法師哉

  伏見やき

刈稻の神に仕ふや土の恩

大高に君しろしめせことし米

熊野路や三日の粮のことし米

新米もまだ草の實の匂ひ哉

升飮の價は取らぬ新酒哉

新そばや根來の椀に盛來ル

迷子を呼べば打止む碪哉

きぬた聞に月の吉野に入身かな

聲深き庄司がもとのきぬたかな

比叡にかよふ麓の家の砧かな

枕にと砧よせたるたはれかな

なつかしき忍の里のきぬた哉

旅人に我夜しらるゝきぬた哉

わたとりや犬を家路に追かへし

徳本の門も過たり藥ほり

藥掘けふは蛇骨を得たりけり

地藏會やちか道をゆく祭り客

腹あしき僧も餅くへ城南神

狩衣の袖より捨る扇かな

窓の灯を山へな見せそ鹿の聲

小男鹿や角遠近にひとつつゝ

  秋の佛と云題に

鹿の寄下駄のあまりの佛かな

小男鹿や僧都が軒も細柱

 けものを三つ集て發句せよといへるに
猪の狸寢いりや鹿の戀

鹿啼や宵の雨曉の月

たち聞の心地こそすれ鹿の聲

山守の月夜野守の霜夜鹿の聲

鹿笛を僞り鳴らす山屋形

雁啼や舟に魚燒く琵琶湖上

鵯のこぼし去ぬる實のあかき

手斧打音も木深し啄木鳥

鶉野や聖の笈も草がくれ

鱸得てうしろめたさよ浪の月

鮎落て宮木とゞまる麓哉

沙魚を煮る小家や桃のむかし顏

染あへぬ尾のゆかしさよ赤とんぼ

とんぼうや村なつかしき壁の色

古御所や虫の飛つく金屏風

や相如が絃の切るゝ時

いてう踏でしづかに兒の下山かな

 或女の應擧に猿の畫をかゝせて讚望けるに、
 立圃が口質に倣ふとて

初もみぢお染といはゞたつた山

川かげの一株づゝに紅葉哉

紅葉して寺あるさまの梢かな

紅葉見や用意かしこき傘二本

このもよりかのも色よき紅葉哉

白菊の一もと寒し清見寺

白菊や庭に餘りて畠まで

西の京に宿もとめけり菊の時

二本づゝ菊まいらする佛達

けふ匂ふ觀世の辻子や菊の花

修理寮の雨にくれゆく木槿哉

桐の葉はおち盡すなるを木芙蓉

  官 女

日を帶て芙蓉かたぶく恨哉

黄昏や萩に鼬の高臺寺

岡の家に畫むしろ織るや萩の花

萩の月うすきはものゝあわれなる

とかくして一把に折ぬおみなへし

修行者の徑にめづる桔梗哉

蘭の香や菊より暗きほとりより

鶏頭の根に睦まじき箒哉

子狐のかくれ貌なる野菊哉

  二見形文臺の讚
 此器は祖翁の好みにして殊に筆かへしこそ千々の心はこめられけめ

濱萩によせては浪の筆かへし

萩の風いとさうぞう敷男哉

線香やますほのすゝき二三本

地下りにくれゆく野邊の薄哉

追風に薄かりとる翁かな

天狗風のこらず葛のうら葉哉

曼珠沙花蘭にたぐひて狐啼

下露の小萩がもとや蓼の花

黄に咲は何の花ぞも蓼の中

蓼の穗を眞壺に藏す法師哉

鹽淡くほたでを嗜む法師哉

芦の花漁翁が宿のけぶり飛ぶ

一つ家のかしこ貌なり蕎麥の花

根に歸る花や吉野の蕎麥畠

さればこそ賢者は富まず敗荷

春や老木の柿を五六升

かけ稻のそらどけしたり草の露

かけ稻にねづみ啼なる門田かな

油買て戻る家路のおちぼかな

梅もどき鳥ゐさせじと端居哉

古寺に唐黍を焚く暮日哉

二の尼のむかごにめづる筐かな

葉に蔓にいとはれ貌や種ふくべ

御園もる翁が庭や番椒

うつくしや野分のあとのとうがらし

十七年さゝげは數珠にくり足らす

君見よや拾遺の茸の露五本

茸狩や似雲が鍋の煮るうち

栗めしや根ごろ法師の五器折敷

うら枯や家をめぐりて醍醐道

おのが葉に月おぼろなり竹の春

青墓は晝通けり秋の旅

定宿の持佛覗くや秋の旅

行舟や秋の灯遠くなり増る

秋たまたま躑躅はなさく澁賀の里

打よりて後住ほしがる寺の秋

目に見ゆる秋の姿や麻衣

蕪村句集 後編 秋之部 了

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