夏之部

絹着せぬ家中ゆゝしき更衣

辻駕によき人のせつころもがへ

大兵の廿チあまりや更衣

ころもがへ印籠買に所化二人

  眺 望

更衣野路の人はつかに白し

たのもしき矢數のぬしの袷哉

痩臑の毛に微風あり更衣

御手討の夫婦なりしを更衣

 しれるおうなのもとより、古ききぬのわたぬきたるに、
 ふみ添て送りければ

橘のかごとがましきあはせかな

更衣いやしからざるはした錢

鞘走る友切丸やほとゝぎす

ほとゝぎす平安城を筋違に

子規柩をつかむ雲間より

春過てなつかぬ鳥や杜鵑
ほとゝぎす待や都のそらだのめ

  大徳寺にて

時鳥繪になけ東四郎次郎

岩倉の狂女戀せよ子規

稻葉殿の御茶たぶ夜や時鳥

 箱根山を越る日、みやこの友に申遣す
わするなよほどは雲助ほとゝぎす

哥なくてきぬぎぬつらし時鳥

草の雨祭の車過てのち

牡丹散て打かさなりぬ二三片

  波翻舌本吐紅蓮

閻王の口や牡丹を吐んとす

寂として客の絶間のぼたん哉

地車のとゞろとひゞく牡丹かな

ちりて後おもかげにたつぼたん哉

牡丹切て氣のおとろひし夕かな

山蟻のあからさま也白牡丹
廣庭のぼたんや天の一方に

 柴庵の主人、杜鵑・布穀の二題を出して、
 何れ一題に發句せよと有。
 されば雲井に走て王侯に交らむよりは、
 鶉衣被髪にして山中に名利を厭わんには

狂居士の首にかけた歟鞨鼓鳥

閑居鳥寺見ゆ麥林寺とやいふ

山人は人也かんこどりは鳥なりけり

食次の底たゝく音トやかんこ鳥

足跡を字にもよまれず閑古鳥

うへ見えぬ笠置の森やかんこどり

むつかしき鳩の禮儀やかんこどり

閑居鳥さくらの枝も踏で居る

かんこどり可もなく不可もなくね哉

  探題  實盛

名のれ名のれ雨しのはらのほとゝぎす

かきつばたべたりと鳶のたれてける

宵々の雨に音なし杜若

  雲裡房に橋立に別る

みじか夜や六里の松に更たらず

鮎くれてよらで過行夜半の門

みじか夜や毛むしの上に露の玉

短夜や同心衆の川手水

みじか夜や枕にちかき銀屏風

短夜や芦間流るゝ蟹の泡

みじか夜や二尺落ゆく大井川

  探題  老犬

みじか夜を眠らでもるや翁丸

短夜や浪うち際の捨

みじか夜やいとま給る白拍子

みじか夜や小見世明たる町はづれ

  東都の人を大津の驛に送る

短夜や一つあまりて志賀の松

みじか夜や伏見の戸ぼそ淀の窓

卯の花のこぼるゝ蕗の廣葉哉

來て見れば夕の櫻實となりぬ

 圓位上人の所願にも背きたる身のいと悲しき様也
實ざくらや死のこりたる菴の主

しのゝめや雲見えなくに蓼の雨

砂川や或は蓼を流れ越す

蓼の葉を此君と申せ雀鮓

三井寺や日は午にせまる若楓

  あらたに居を卜したるに

釣しのぶにさはらぬ住居かな

蚊屋を出て奈良を立ゆく若葉哉

窓の燈の梢にのぼる若葉哉

不二ひとつうづみ殘してわかばかな

絶頂の城たのもしき若葉かな

若葉して水白く麥黄ミたり

山に添ふて小舟漕ゆく若ば哉

蛇を截てわたる谷路の若葉哉

蚊屋の内にほたる放してアヽ樂や

尼寺や能キたるゝ宵月夜

あら凉し裾吹蚊屋も根なし草

蚊屋を出て内に居ぬ身の夜は明ぬ

  よすがら三本樹の水樓に宴して

明やすき夜をかくしてや東山

古井戸や蚊に飛ぶ魚の音くらし

うは風に蚊の流れゆく野河哉

蚊やりしてまいらす僧の坐右かな

  嵯峨にて

三軒家大坂人のかやり哉

蚊の聲す忍冬の花の散ルたびに

 諸子比枝の僧房に會す。余はいたつきのために此行にもれぬ
蚊屋つりて翠微つくらむ家の内

若竹や橋本の遊女ありやなし

笋の藪の案内やをとしざし

若竹や夕日の嵯峨と成にけり

筍や甥の法師が寺とはん

けしの花籬すべくもあらぬ哉

垣越て蟇の避行かやりかな

  嵯峨の雅因が閑を訪て

うは風に音なき麥を枕もと

長旅や駕なき村の麥ほこり

病人の駕も過けり麥の秋

旅芝居穗麥がもとの鏡たて

 洛東の芭蕉菴にて、目前の景色を申出侍る
蕎麥あしき京をかくして穗麥哉

狐火やいづこ河内の麥畠

 大魯・几董などゝ布引瀧見にまかりてかへさ、途中吟
春や穗麥が中の水車

  丹波の加悦といふ所にて

夏河を越すうれしさよ手に草履

なれ過た鮓をあるじの遺恨哉

鮓桶をこれへと樹下に床几哉

鮓つけて誰待としもなき身哉

鮒ずしや彦根が城に雲かゝる

 兎足三周の正當は文月中の四日なるを、
 卯月のけふにしゞめて、追善営みけるに申遣す

麥刈ぬ近道來ませ法の杖

かりそめに早百合生ケたり谷の房

  かの東皐にのぼれば

花いばら故郷の路に似たる哉

路たえて香にせまり咲いばらかな

愁ひつゝ岡にのぼれば花いばら

  洛東芭蕉菴落成日

耳目肺腸こゝに玉卷ばせを庵

青梅に眉あつめたる美人哉

青うめをうてばかつ散る青葉かな

かはほりやむかひの女房こちを見る

夕風や水青鷺の脛をうつ

たちばなのかはたれ時や古舘

  浪花の一本亭に訪れて

粽解て芦吹風の音聞ん

夏山や通ひなれたる若狹人

  述 懐

椎の花人もすさめぬにほひ哉

水深く利鎌鳴らす眞菰刈

しのゝめや露の近江の麻畠

採蓴を諷ふ彦根の夫哉

藻の花や片われからの月もすむ

路邊の刈藻花さく宵の雨

虫のために害はれ落ツ 柿の花

浪華の舊國あるじゝて諸國の俳士を集めて、圓山に會莚しける時
うき草を吹あつめてや花むしろ

さみだれのうつぼ柱や老が耳

湖へ富士をもどすやさつき雨

さみだれや大河を前に家二軒

さみだれや佛の花を捨に出る

小田原で合羽買たり皐月雨

さみだれの大井越たるかしこさよ

さつき雨田毎の闇となりにけり

 青飯法師にはじめて逢けるに、舊識のごとくかたり合て
水桶にうなづきあふや瓜茄子

いづこより礫うちけむ夏木立

酒十駄ゆりもて行や夏こだち

おろし置笈に地震なつ野哉

行々てこゝに行々夏野かな

 みちのくの吾友に草扉をたゝかれて
葉がくれの枕さがせよ瓜ばたけ

離別れたる身を蹈込で田植哉

鯰得て歸る田植の男かな

狩衣の袖のうら這ふほたる哉

  一書生の閑窓に書す

學問は尻からぬけるほたる哉

でゝむしやその角文字のにじり書

蝸牛の住はてし宿やうつせ貝

こもり居て雨うたがふや蝸牛

雪信が蠅うち拂ふ硯かな

  畫 贊

こと葉多く早瓜くるゝ女かな

關の戸に水 鶏のそら音なかりけり

蝮の鼾も合歡の葉陰哉

蠅いとふ身を古郷に晝寢かな

  春泥舎會、東寺山吹にて有けるに

誰住て樒流るゝ鵜川哉

しのゝめや鵜をのがれたる魚淺し

老なりし鵜飼ことしは見えぬ哉

殿原の名古屋貌なる鵜川かな

鵜舟漕ぐ水窮まれば照射哉

夏百日墨もゆがまぬこゝろかな

日を以て數ふる筆の夏書哉

 慶子病後不二の夢見けるに申遣す
降かへて日枝を廿チの化粧かな

  馬南剃髪、三本樹にて

脱かゆる梢もせみの小河哉

石工の鑿冷したる清水かな

落合ふて音なくなれる清水哉

 丸山主水が小さき龜を寫したるに贊せよとのぞみければ、
 仕官縣命の地に榮利をもとめむよりは、しかじ、
 尾を泥中に曳んには

錢龜や青砥もしらぬ山清水

二人してむすべば濁る清水哉

我宿にいかに引べきしみづ哉

草いきれ人死居ると札の立

晝がほやこの道唐の三十里

ゆふがほや黄に咲たるも有べかり

夕貌の花噛ム猫や餘所ごゝろ

  律院を覗きて

飛石も三ツ四ツ蓮のうき葉哉

蓮の香や水をはなるゝ莖二寸

吹殻の浮葉にけぶる蓮見哉

白蓮を切らんとぞおもふ僧のさま

河骨の二もとさくや雨の中

 座主のみこの、あなかまとてやをらたち入給ひける、
 いと尊とくて

羅に遮る蓮のにほひ哉

  夏日三句

雨乞に曇る國司のなみだ哉

負腹の守敏も降らす旱かな

大粒な雨は祈の奇特かな

夜水とる里人の聲や夏の月

堂守の小草ながめつ夏の月

ぬけがけの淺瀬わたるや夏の月

河童の戀する宿や夏の月

瓜小家の月にやおはす隱君子

雷に小家は燒れて瓜の花

あだ花は雨にうたれて瓜ばたけ

  あるかたにて

弓取の帶の細さよたかむしろ

細脛に夕風さはる箪

  箱根にて

あま酒の地獄もちかし箱根山

御佛に畫備へけりひと夜酒

愚痴無智のあま酒造る松が岡

  寓 居

半日の閑を榎やせみの聲

大佛のあなた宮樣せみの聲

蝉鳴や行者の過る午の刻

蝉啼や僧正坊のゆあみ時

かけ香や何にとゞまるせみ衣

かけ香や唖の娘のひとゝなり

かけ香やわすれ貌なる袖だゝみ

 雁宕、久しくおとづれせざりければ
有と見へて扇の裏繪おぼつかな

とかくして笠になしつる扇哉

繪團のそれも清十郎にお夏かな

手ずさびの團畫かん草の汁

渡し呼草のあなたの扇哉

  七 日

祇園會や眞葛原の風かほる

ぎをん會や僧の訪よる梶が許

  加茂の西岸に榻を下して

丈山の口が過たり夕すゞみ

網打の見へずなり行凉かな

すゞしさや都を竪にながれ川

  葛圃が魂をまねく

河床や蓮からまたぐ便にも

川床に憎き法師の立居かな

凉しさや鐘をはなるゝかねの聲

  鴨河にあそぶ

川狩や樓上の人の見しり貌

雨後の月誰ソや夜ぶりの脛白き

月に對す君に唐網の水煙

川狩や歸去來といふ聲す也

  雙林寺獨吟千句

ゆふだちや筆もかはかず一千言

白雨や門脇どのゝ人だまり

夕だちや草葉をつかむむら雀

  施米  水粉

腹あしき僧こぼし行施米哉

水の粉のきのふに尽ぬ草の菴

水の粉やあるじかしこき後家の君

  旅 意

廿日路の背中にたつや雲峰

揚州の津も見えそめて雲の峯

雨と成戀はしらじな雲の峯

雲のみね四澤の水の涸てより

飛蟻とぶや富士の裾野ゝ小家より

日歸りの兀山越るあつさ哉

居りたる舟に寢てゐる暑かな

  探題  寄扇武者

暑き日の刀にかゆる扇かな

宗鑑に葛水給ふ大臣かな

葛を得て清水に遠きうらみ哉

端居して妻子を避る暑かな

  花頂山に會して探題

褒居士はかたい親父よ竹婦人

虫干や甥の僧訪ふ東大寺

ところてん逆しまに銀河三千尺

  宮 島

薫風やともしたてかねついつくしま

裸身に神うつりませ夏神樂

つくばふた禰宜でことすむ御祓哉

灸のない背中流すや夏はらへ

出水の加茂に橋なし夏祓

 鴨河のほとりなる田中といへる里にて
ゆふがほに秋風そよぐみそぎ川

夏の部 了 蕪村句集上卷終

蕪村句集      後編     付録 書架 TOP頁