近衛文麿(このえふみまろ)の上奏文(外務省『日本外交年表竝主要文書』抜粋)

東条内閣打倒を図った近衛は、一九四五(昭和二〇)年二月天皇に奉呈し、敗戦必至との認識のもとに、恐ろしいのは敗戦よりもそれに伴う共産革命であり、政府は国体護持(天皇制擁護)を絶対の課題とすべきであると主張した。それが近衛上奏文である。

敗戦ハ遣憾ナカラ最早必至ナリト存候、以下此ノ前提ノ下ニ申述候。
敗戦ハ我カ国体ノ暇僅カキンタルヘキモ、英米ノ輿論ハ今日マテノ所国体ノ変革トマテハ進ミ居ラス(勿論一部ニハ過激論アリ、又将来如何イカニ変化スルヤハ測知シ難ガタシ)随シタガッテ敗戦タケナラハ国体上ハサマテ憂フル要ナシト存候。国体護持ノ建前ヨリ最モ憂フルヘキハ敗戦ヨリモ敗戦ニ伴フテ起ルコトアルヘキ共産革命ニ御座候。

ツラツラ思フニ我力国内外ノ情勢ハ今ヤ共産革命ニ向ツテ急速度ニ進行シツツアリト存候。即チ国外ニ於テハソ連ノ異常ナル進出ニ御座侯。(中略)

カクノ如キ形勢ヨリ押シテ考フルニ、ソ連ハヤカテ日本ノ内政二干渉シ来ル危険十分アリト存セラレ候(即チ共産党公認、ドゴール政府、バドリオ政府ニ要求セシ如ク共産主義者ノ入閣、治安維持法、及防共協定ノ廃止等々)翻ヒルガエッテ国内ヲ見ルニ、共産革命達成ノアラユル条件日々具備セラレユク観有之候。即スナワチ生活ノ窮乏、労働者発言度ノ増大、英米ニ対スル敵愾心テキガイシン昂揚ノ反面タル親ソ気分、軍部内一味ノ革新運動、之二便乗スル所謂イワユル新官僚ノ運動、及之ヲ背後ヨリ操リツツアル左翼分子ノ暗躍等ニ御座候。右ノ内特二憂慮スヘキハ軍部内一味ノ革新運動二有之候。(中略)

昨今戦局ノ危急ヲ告クルト共ニ一億玉砕ヲ叫フ声次第ニ勢ヲ加へツツアリト存候。カカル主張ヲナス者ハ所謂右翼者流ナルモ背後ヨリ之ヲ煽動センドウシツツアルハ、之ニヨリテ国内ヲ混乱ニ陥レ遂ニ革命ノ目的ヲ達セントスル共産分子ナリト睨ニラミ居り候。

一方ニ於テ徹底的ニ米英撃滅ヲ唱フル反面、親ソ的空気ハ次第ニ濃厚ニナリツツアル様ニ御座候。軍郡ノー部ハイカナル犠牲ヲ払ヒテモソ連ト手ヲ握ルヘシトサヘ論スルモノモアリ、又延安(中国共産党ノ拠点)トノ提携ヲ考へ居ル者モアリトノ事ニ御座候。(中略)

戦局ノ前途ニ付キ何等カ一縷イチルテモ打開ノ望ミアリト云フナラハ格別ナレト、敗戦必至ノ前提ノ下ニ論スレハ勝利ノ見込ナキ戦争ヲ之以上継続スルハ、全ク共産党ノ手ニ乗ルモノト存候、随シタガッテ国体護持ノ立場ヨリスレハ、一日モ速スミヤカニ戦争終結ヲ講スヘキモノナリト確信仕リ候。

戦争終結ニ対スル最大ノ障害ハ、満州事変以来今日ノ事態ニマテ時局ヲ推進シ来タリシ軍部内ノカノ一味ノ存在ナリト存候。彼ラハ己二戦争遂行ノ自信ヲ失ヒ居ルモ、今迄ノ面目上飽クマテ抵抗可致者ト存セラレ候。(中略)

ソレハトモ角トシテ、コノー味ヲー掃シ軍都ノ建直シヲ実行スルコトハ、共産革命ヨリ日本ヲ救フ前提、先決条件ナレハ、非常ノ御勇断ヲコソ願ハシク奉存候。