お園の夫の母はそこで檀寺に行き、住職に事の一伍一什を話し、幽霊の件について相談を求めた。
その寺は禅寺であって、住職は学識のある老人で、大玄和尚として知られていた人であった。
和尚の言うに
『それはその箪笥の内か、またはその近くに、何か女の気にかかるものがあるに相違ない』
老婦人は答えた――
『それでも私共は抽斗を空からにいたしましたので、箪笥にはもう何も御座いませんのです』
――大玄和尚は言った
『宜しい、では、今夜拙僧わたしが御宅へ上り、その部屋で番をいたし、どうしたらいいか考えてみるで御座ろう。
どうか、拙僧が呼ばる時の外は、誰れも番を致しておる部屋に、入らぬよう命じておいていただきたい』
日没後、大玄和尚はその家へ行くと、部屋は自分のために用意が出来ていた。
和尚は御経を読みながら、そこにただ独り坐っていた。
が、子の刻過ぎまでは、何も顕れては来なかった。
しかし、その刻限が過ぎると、お園の姿が不意に箪笥の前に、いつとなく輪廓を顕した。
その顔は何か気になると云った様子で、両眼をじっと箪笥に据えていた。
和尚はかかる場合に誦するように定められてある経文を口にして、さてその姿に向って、お園の戒名を呼んで話しかけた
『拙僧わたしは貴女あなたのお助けをするために、ここに来たもので御座る。定めしその箪笥の中には、貴女の心配になるのも無理のない何かがあるのであろう。
貴女のために私がそれを探し出して差し上げようか』
影は少し頭を動かして、承諾したらしい様子をした。
そこで和尚は起ち上り、一番上の抽斗を開けてみた。
が、それは空であった。
つづいて和尚は、第二、第三、第四の抽斗を開けた――抽斗の背後うしろや下を気をつけて探した――箱の内部を気をつけて調べてみた。
が何もない。しかしお園の姿は前と同じように、気にかかると云ったようにじっと見つめていた。
『どうしてもらいたいと云うのかしら?』と和尚は考えた。
が、突然こういう事に気がついた。
抽斗の中を張ってある紙の下に何か隠してあるのかもしれない。
と、そこで一番目の抽斗の貼り紙をはがしたが――何もない!第二、第三の抽斗の貼り紙をはがしたが――それでもまだ何もない。しかるに一番下の抽斗の貼り紙の下に何か見つかった――一通の手紙である。
『貴女の心を悩ましていたものはこれかな?』と和尚は訊ねた。女の影は和尚の方に向った――その力のない凝視は手紙の上に据えられていた。
『拙僧がそれを焼き棄てて進ぜようか?』と和尚は訊ねた。
お園の姿は和尚の前に頭を下げた。
『今朝すぐに寺で焼き棄て、私の外、誰れにもそれを読ませまい』と和尚は約束した。姿は微笑して消えてしまった。
和尚が梯子段を降りて来た時、夜は明けかけており、一家の人々は心配して下で待っていた。
『御心配なさるな、もう二度と影は顕れぬから』と和尚は一同に向って云った。果してお園の影は遂に顕れなかった。
手紙は焼き棄てられた。
それはお園が京都で修業していた時に貰った艶書であった。
しかしその内に書いてあった事を知っているものは和尚ばかりであって、秘密は和尚と共に葬られてしまった。